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第1話「1人きりの再開」



 ――体の感覚がリセットされ次の瞬間には仰向けに横たわっていた体が直立状態へと変わる。

 少しの浮遊感の後に感じるのは仮想の重力、足が地面に降り立ち崩れないように体に力を込める。

 目の前には小さなテーブルと1冊の本があるばかり。

 私はその本に手を伸ばしゆっくりと表紙を開く……するとそこからは眩しい程の光が溢れ――。



◇◇◇◇◇



 閉じていた瞼を開けば、視界を埋め尽くすのは煌々と光を放つ木の葉と木の実、そして墨を落としたような夜空だった。


(――あ)


 太陽に照らされた昼間とは別種の“はじまりの街”『アラスタ』の風景に体が震えた。

 この街に来たのは初めてではないけど、夜時間では初めてだった。昼と夜でこうも顔を変えるのかと、幻想的な鮮やかさに染まる街は、どこか私の心を浮き足立たせる。


 でも。


 ふわりと木々の薫りを乗せた風が吹き、軽やかに私の仮想の体を撫でていく。


(ああ……久しぶり)


 街の空気を深く静かに吸う。緑と土の色濃い薫り、それは昼も夜も違いが無いように思えたから。強張っていた私の体から少し力が抜ける。


 今私が立つのは街の中心にある『地上の星』と言うオブジェが設置された街の中心。そこはゲームにログインするとまず降り立つ、ポータルポイントと呼ばれる場所だった。

 わずかばかりの懐かしさを胸に抱きながら周囲を見回す。


 アラスタはプレイヤーが始めに来る円形の壁に囲まれた大きな街で、その広さは1キロ近いとか。

 中世風のシックな街並みに絡み付くように樹木が生えているのが最大の特徴、初めて見た時にはここが異世界で、ファンタジーな別世界なのだと強く教えられる。

 屋根の上には葉が繁り、所々には色んな色形の果実が実りぼんやりと光を放つ、そこここを小動物が走り小鳥が飛び回る。

 ここは文字通り、自然豊かで緑に溢れた街なんだと思い出す。


「……そっか、私も……」


 ここが別世界であるように、私もまた別人だと思い出す。

 手を握り、開く。久しぶりに来たからか少し違和感があるかな……と考えて、そもそも別に慣れる程来てないじゃない、と苦笑する。


 この体は『エルフ』という種族のもの。

 確か色々と特徴があった気もするけど、よく知らないし気にしてない。

 もし何かしら不利な要素があっても、この流れるようなさらさらの金髪が目当てだったのだから何も問題は無かった。

 スタイルはすらりと細く華奢、現実の私と比べると若干落ち込む。背丈が同じだから余計に…………あ、やめよう、虚しい。

 顔は……実はまだ知らない。

 鏡を見た事は無かったし、せいぜい窓に映ったのをちらっと見た程度で判然としない。どんな顔なのか……これからも付き合うので気にはなってるけど、今はそんな事を気にする時じゃないので意識の隅に追いやる。


「……えっと?」


 私の周囲には少なくない(それでも以前来た時よりは明らかに少ないのだけど)人達が私を訝しげな目で、あるいは驚いたような目で見てる。


(まあ、そうだよね)


 改めて私は全身を見る。

 そこにあるのは全て『初心者の』と付く装備品の数々だった。


 長めである程度整っているけどただの木の枝で出来た『初心者の杖』。

 だぼっとしたあまり見栄えの良くない浅葱色のワンピース『初心者のローブ』。

 その上から上半身を覆うのは簡素な布で仕立てられた同色の『初心者のケープ』

 服と同じ色の魔女が被るような帽子を小さくした『初心者のトンガリ帽子』。

 見ただけで安物と分かる茶色い皮製の『初心者の靴』。

 装飾の無いシンプルな造りのくすんだ金属で出来た『初心者の指輪』。


 そう、これはゲームを始めて最初に与えられる装備品。

 対して周囲の人達の中に私のような装備の人は1人も居なかった。

 板金の鎧やきらびやかな衣服、豪奢な剣や装飾付きの杖を持っていた、そこに私のようなのが来れば悪目立ちもするだろう。


(あまり、気持ちのいいものじゃないけど……)


 ため息。




 ――夜空へ顔を向け、私は思い出す。


 ――この世界に来る事になった理由を。




◆◆◆◆◆




 最近、『マイスターズ・オンライン』『MSO』というゲームがある、と耳にする。


 聞きかじった話では『リンクス』と言う全感覚仮想体感型ゲームハード専用の大規模参加型ゲームで、大変な期待と人気を集めているとかなんとか。

 発売前で人気、っていうのに違和感があったけど、なんでもモニターだとかなんたらβとかいうテストでの評価の高さに由来するもの、みたい。


 私はあまりゲームに詳しくないけど、妹の花菜(かな)はゲームが大好きで、大丈夫かなと心配するレベルで興奮しながら捲し立ててたのでそう認識してた。


 まあ結局はその程度でしかないけどね。


 で、当の花菜はというと発売前から欲しい欲しいと大騒ぎ、CMが流れればテレビにかじりつく有り様。入手の為に文字通り目の色を変えて八方手を尽くしてた。

 本体のリンクスは比較的早く手に入っていたので尚の事意地になっていたのかもしれない(オープン価格12万9980円(税込)と聞いて激しく顔が引きつったのを覚えてる。……一体どこから出したの、あの子)。


 ……でもMSOの初回生産分は2万本のみで、花菜は結局手に入れる事が出来なかった。

 その後はと言えば、花菜が本気泣きして1週間近く落ち込む事になった。

 正直なところ大袈裟過ぎる、と思わなくもないけど癇癪を起こされても困るので次は手に入るように協力するからと約束した(させられた、でも差し支えは無い)。役に立ったかは微妙だったけどね。

 そしてその3ヶ月後、ようやく新たに5万本が追加で発売される事になり、どうにか抽選で予約権を手に入れる事が出来た。

 出来た、はいいんだけど……花菜の喜びようがその、割と引くレベルと言うかやめてほしいレベルと言うか、狂喜乱舞という言葉が頭を過ってしまった……あのね、スカートを翻してブレイクダンスとかはダメ、ダメなんだよ。

 どうどうとなだめつつ、ともあれ喜んでいるならまあいいかと嘆息した。


 そして、いよいよ再販が明日に迫ったある日の事。

 日々テンションが妙な方向に加速する花菜に、せめて勉強はちゃんとするよう言っていたら思わぬ事を告げられた。


「あのねあのね、実は雑誌の抽選でリンクスとMSOがセットで当たったんだよお姉ちゃん!」

「ふうん……よかったね」

「うん! メガラッキー!」


 「ぴーす!」と両手をカニのようにする花菜。

 ……今までの、予約する為にあれだけ方々を回った苦労はなんだったのかと思わなくもないけど、当たらないよかマシだよねと思い直す。


「それでね……お姉ちゃん、一緒にプレイしない?」

「は?」


 と、ギラ……こほん、キラキラした目で誘われた。

 予約分とでハードとソフトが2つずつになるから片方を私にくれると?


「えっと……」


 ――でも、と私は考える。

 正直な話、私はゲームに興味が薄い。別に嫌いでもないし、否定する訳でもない。暇な時には情報端末でゲームアプリをプレイする事もあるし、花菜とファミリー向けゲームで遊ぶ事もある。件のゲームだって話を聞かされればすごいゲームなんだなあと思ったりもする、けどやってみたい! とまでは至らない。

 勉強や学校での活動の方が大事、そういう結論に至るのが私だった。

 なので。


「私はそういうのはいいよ。それより他のゲーム好きの友達にでも譲れば?」

「ちょっ、そんな事言わないでよ! 1回やったら絶対ハマるから、ね! ね!」


 ……いや、あのね……花菜並にゲームにハマるのは遠慮したいかなー。それはもう掛け値無しの全力全開、力の限り。なので繰り返し断る。しかし、花菜は諦めるって選択肢をどこかに置いてきたのかと思う程に熱っぽい視線を向けてきてた。

 私はこれ見よがしに、はあ、とため息を吐きながら言う。


「……あのね、知ってると思うけど私、これから文化祭とか生徒会の引き継ぎで忙しいからほんとに時間無いの。期待されても殆ど遊ぶ時間なんて取れません」


 微力ながらも生徒会書記を1年間勤め上げた身だもの、その総決算である文化祭とそこでの作業を通じた引き継ぎが迫ってる以上、そこについてはきちんとNOと言わないといけない。


「うぐっ!? で、でもでも一度だけでも一緒に遊ぼ、その後はお姉ちゃんのペースでいいから!」


 引かないかあ……ほんとにこういう時は無駄に頑固なんだから。

 花菜は必死に私を説得しようと「やらなきゃ損だよ後悔するよ」「やってくださいお願いします」「あーだこーだなんだかんだ」と言い続けている。

 次第に目尻に涙を溜めていく顔を見てどうしてそこまで、そう口に出そうとした時、不意に思う。


(ああ、そういえば最近は色々と忙しくて一緒に遊ぶ事も少なくなっていたっけ。寂しかったのかな)


 そう感じてしまえば、必死な様子に苦笑まで浮かんでしまう。


(……はあ……全く、もう)


 どうにも放っておけない気分になるのはもしかして姉としての仕様かな。甘いなあ、私。


「……分かった、分かったから。とりあえずやってみるから、それでいい?」

「おっしゃー!! やった、ホント?! ホントだね! 信じたからね!!」

「はいはい、ほんとほんと……ただし、さっきも言ったけど1ヶ月くらいは忙しいからそのつもりで。遊べなくても文句とか言わないでね?」

「ぐっ……1ヶ月もほっといたら取り残されちゃうじゃん……」


 なにやらジト目を向ける花菜。しかしこれは私1人の問題でもないので譲るつもりは無い。


「なにか?」

「あ……うー、了解ぃ。で、でも1ヶ月経ったらMSOいっぱい遊べるんだよね? ね?」

「え? 学生の本分は勉強でしょう?(さらり)」

「うわーん、意地悪だぁ! 固っ苦しいよお姉ちゃん。せっかくなんだしもっと楽しく青春を謳歌すればいいじゃん、主にゲームとかゲームとかゲームとかで!」

「ゲームしかないじゃない! 全く、もう少し健康的な楽しみを見つけなさい」

「お姉ちゃんだって無趣味じゃん!」

「知らーんぷり」

「ふっふっふ、まぁいいよ。一度始めれば、趣味の欄に『MSO』って書くようになるからね!」

「無いから。花菜じゃあるまいし……」


 そんなやり取りの果て、私はMSOを始める事になったのでした……ふう。



◇◇◇◇◇



 今、私たちは自分の部屋に抽選で手に入ったリンクスを運び込み、花菜に言われるままにセットアップ作業を行っていた。

 現在MSOは大幅なプレイヤー増加に備えての丸一日かけた大規模メンテナンスに入っているそうで、どうも花菜は自分の分のソフトが再販される明日までに私のセットアップを全て終わらせたいらしい。


「別にそこまで急がなくてもいいんじゃ……」

「だめっ! お姉ちゃんだっていつも『何事も早めにすませなさい』って言ってるでしょ」

「なら花菜も他の事をそうしなさいよ、もう」


 ガサゴソと段ボール箱を開くと中には若干大きいヘルメット『リンクス・ゲート』と箱形の本体『リンクス・ポート』、後はいくつかのケーブル類などが入っていた。

 頭を覆うその形状から考えると暑くなった時に頭が蒸れる気がするので部屋の温度管理に気をつけよう。


(それにしても……ほんとにこんなので全部の感覚を仮想体感する事なんて出来るのかな?)


 ゲームの中に入って遊ぶ、そんなハードが出回るようになって数年。

 世間ではさんざん騒がれもしたし騒ぐ家族もいたけど、生憎と高額なのが災いして触れる機会は無かったし、使用者以外には体感出来ないその特性も相俟って、こうして目の前にしてもハードを見ても実感は湧いていない。

 私は疑問に思いながらも緩衝材である発泡スチロールに包まれているヘルメットを掴んで持ち上げてみる。


 ズシッ!


(……箱を持った時点で判ってはいたんだけど、やっぱりそれなりに重い……うーん、3キロくらい?)


 ベッドに座っている私の膝の上に乗せると重みが直にのし掛かる、再び持ち上げるのが億劫になりそう。

 頭に被って立ち上がったり動いたりは難しい、と言うかしたくないくらいには重かった。


「じゃあお姉ちゃん、リンクス・ゲートを被って」

「はいはい。すーはーすーはー……んしょっと」


 花菜に言われたので覚悟を決めて、ヘルメットをどうにか頭に被せる……も、首があらぬ方向に。

 重いっ! やっぱり重いよコレ!

 顎の下にバンドを締めている間に変な方向に頭が傾かないように首に力を込める。


 キュッ。


 バンドで固定して今度は両手でヘルメットを抱える。


「で、コレを」


 続いて花菜は箱の中からビニール袋に入った4本のケーブルを取り出す。1、2本目はリンクス本体とヘルメットそれぞれをコンセントに繋ぎ、3、4本目は随分と仰々しく、私の机のデスクトップパソコンとリンクスの本体、本体とヘルメットを接続した。

 それが済むと花菜は机に座り、パソコンに必要なデータを打ち込み始める。

 セットアップの大半はパソコン上で済ませるらしいので任せておく、でしゃばっても役に立つか分からない。必要な事があれば言ってくるだろうしね。

 なので私は暇潰しに机に置かれているMSOのパッケージから説明書を取り出して目の前に持ってきた。



 ――MSO、マイスターズ・オンライン。


 最初に聞いた時はドイツ語の『Meister』かと勘違いしてたっけ。実際には英語で『MyStars』と書かれているから星にまつわるゲームなんだろうけど。

 説明書の表紙にはそれに合わせてか星空が描かれていた。ただそれが実際の星空なのか架空の星空なのかは分からない。


 ぺらり。


 ページをめくって目次の次の『STORY』の項目を読んでみると、以下の事が書かれていた。


 ゲームの舞台は『ステラ・ラント』と呼ばれる異世界。

 昔は夜空に輝く星々が『加護』と呼ばれる様々な恩恵をもたらす力を人々に与えていたのだけど、『魔の軍勢』と言う悪役によって封印され、夜空からは星々が消えてしまったんだって。

 説明書には私たちプレイヤーは星の守護者『星守』となって星との繋がりを見つけて封印を解いてほしい、封印を解けば星々は再び夜空に瞬くようになるから、そう誰からかも分からない願いがつづられていた。



 『いつか、満天の星空を仰ぐ日を夢見て』



 パッケージの裏に書かれている一文になんだか、こう……ぐっとくる。


(渋々とは言ったってどうせ始めるのなら楽しんで遊びたいものね)


 そんな事を考えているといつの間にか私の前に来ていた花菜に「動かないでねー」と言われた。

 体に力を入れていると何やら半球状の部品をリンクスの額部分からカシャッと音がした。


「リンクスに限らず、VR系のハードってフルダイブするまでが面倒なんだよねー」

「それで、何か音がしたけどどうなったの?」

「ん? 測定用のセンサーだよ。お姉ちゃんの身体データを読み込ませなきゃ、フルダイブ時のスタンダードフレームが生成出来ないもん」

「は、はあ……そうなの」


 聞けば毎回行う訳でもないそうだし、行わなきゃ始められないと言われれば従う他無いか。


「それじゃちょっと立って」

「……待って、コレ被ったまま?」

「ははは、当然じゃない」


 今さっき立つの嫌だと思ったばっかりなのに……。

 恐る恐る手を貸してもらって立ち上が……ろうとしたら、ふらついた。


「わっ、大丈夫?」

「大丈夫、じゃない。やっぱり重い。何だか知らないけど早く終らせて」

「了解了解っと」


 私を支えていた手を離し、おっかなびっくり立っていると今度は手首と両膝と腰に真ん中に金属が付いた細長いバンドをマジックテープで付けていく。一体何をするんだろう?


「これはね、お姉ちゃんの身長や身体バランスをリンクスにサンプリングさせる為のパーツなんだよ」

「???」


 身長を云々とかはさっきも聞いたけど、いまいちよく分からない。疑問が頭をよぎり、首をひね……れない。

 そんな私の様子も気にせず花菜はさっさとデスクトップの前に移動する。


「それじゃ背筋伸ばして頭ふらつかせないでねー」

「え、ちょっ……このままで!?」

「お姉ちゃんはやれば出来る子です! ファイト! あんまり動かないでね、センサーが地面までの距離を測定して身長を逆算するから」

「ちょっ?! 聞いてよ、もう……そんなに長くは無理だからね?!」


 私は重い頭を両手で支えながら、フラフラとしそうになるのを体に力を込めて堪える。


「OKそのまま、ちょっと待ってて」


 花菜は横に目線を送るとタッチパネルを操作する。



『身体測定を開始しますか?

 [Yes][No]』



 という表示のYesを選ぶ。どうでもいいけど身体測定と言う表示で苦い顔になってしまった。


「後10秒だけだから、頑張ってねー」

「分かった……」


 リンクスからキュイーーンッ、と微かに音が鳴っている。どうやら測定が始まったらしい。

 説明書を読む訳にもいかず自室の壁を注視する。実に暇。


 ピッ。


 そしてやっと10秒が過ぎ、画面にOKと出た。


(ふぅ、これで座れ――)

「ん、終わったから次行ってみよう!」

「え?! 聞いてな――」

「これから大体の身体バランスを測定してリンクスに登録するから、いくつか規定された動きをしないといけないんだよ。だからもう少し頑張れお姉ちゃん!」

「う、嘘でしょ……」


 頭が重いので俯く訳にもいかず、頭を支えているので肩を落とす訳にもいかず、私はその分気分をごっそりと落ち込ませたのだった。



◇◇◇◇◇



 花菜に頭を支えてもらうという酷く絵面の悪い格好での登録作業をようやく済ませて一息吐き、ベッドに腰を降ろす。キシッとスプリングが鳴き、柔らかく私を受け止める。

 そんな私に花菜は「お疲れさまー」と労いの言葉をかけながら、もう必要無いのかバンドとパーツを外していく、丁度いいのでさっき感じた疑問を聞いてみた。


「ねぇ、なんで身長とか測ったの?」

「ん? なんでって、リンクスで遊ぶのに必要なんだよ。そこら辺は体感型だからなのかな、MSOにも測った身体データが使われるし」

「そうなの? そういうのは自由に作れるのかと思ってた」

「全然だよ。身体データもそうだけど、MSOって容姿がほとんどランダムだもん。リアルトラブル対策で取り込みとか自作が出来ない仕様みたいなんだよね」


 ゲームなんだから格好良く、或いは可愛く作り込んだキャラクターで遊ぶものとばかり思ったらそうでもないらしい。


「はあ、なるほどねえ……まあそれもそう、かな」


 他人に成りすましたりとか……考えたくないけど、ストーカーとかで現実に被害が及ばないようにいっそ全員ランダムにする、とそういう事かな?


「で、性別も身長も極端にギャップがあると操作に支障が出るから、とか……あ、そーいえば半年に一度再測定推奨とか書いてたけど、忘れそうな気が……ううう」


 デスクトップの前に戻って打ち込みを続けつつ、すらすらと……後半はぶつぶつと話し出す。こんなにすぐに出てくるのは、もしかしたら気になって調べていたのかもしれない。

 この熱意がどうして勉強に活かされないんだろうか……この子の将来が心配になってきた。


「っと。よし、これでこっちで出来る事は済ませたから、後はダイブしてお姉ちゃんがやって」

「何をすればいいの?」

「あー、うん……仮想の体で指示された動作をこなしたり、感覚が正常に機能するか、とか? ま、簡単に終わるから心配しなくていーよ」

「何で微妙に視線を逸らすの……」


 私は不安を感じながらもどんな事をするのか考えながらベッドに横たわる、枕は柔らかめなのでリンクスを被っていても首が変な方向に曲がる事は無かった。寝違えたら嫌だし。

 リンクスは排熱の為か後頭部よりも側頭部と頭頂部がかなり大掛かりな造りで機械の大半がここに収まっているみたい、ある意味安定はするけども。


「あ、お姉ちゃん。端末貸して」

「? 花菜も持ってるでしょ?」

「いやいやリンクスってね、フルダイブする時はホラ、今デスクトップのスクリーンに『FullDive』ってアイコンが表示されてるでしょ? あれをタップすればいいんだけど……」

「毎回? これで?」


 頭を指して言う。この重量を被ってパソコンの前まで行って操作をした後にベッドに横たわるの?


「うん、分かる分かる。で、流石にそれはキツいから専用のアプリをダウンロードしとけば端末からフルダイブ操作が出来るようになるんだよ。お姉ちゃんがフルダイブしてる間にすませちゃおうと思って」

「ふうん。まあ、それなら」


 私はポケットから情報端末を取り出して花菜に渡す。


「……変な仕掛けしないでよ?」

「その信用の無さにあたしのガラスのハートは大ダメージだよぅ」


 強化ガラス製が何を言う。しくしくしくと口で言っても説得力は無いのです。


「むぅ……今回はあたしがダイブさせるけど、次からは自分でやってね。さっき言った操作の後に10秒経過すると自動でフルダイブが開始されるから」

「ん、分かった」

「じゃ、いってらっしゃい!」


 花菜がアイコンをタップすると、画面が暗転してカウントダウンのみが表示される。

 私は目を瞑り、初めてのフルダイブに身を任せた。




◆◆◆◆◆




 瞼を閉じたまま一度体の感覚がフッ、と消える。

 目も耳も鼻も舌も肌も、それどころか体の全てが消え失せていた。


(なんか、怖い)


 それは本当に一瞬の事だったのだけど、例えば夢を見ている時にも似てぽっかりと現実感が失われた気がして、私は分かっていた筈なのに少しばかりの不安に襲われていた。


 ――そして。



「きゃっ!?」


 唐突に感覚が復帰する。

 しかし、寝転んでいた姿勢から直立に変わっていた為にバランスを崩してしまい、お尻から地面(?)に転んでしまう。


(いっ……あれ? いた、くない?)


 結構な勢いで転んだ筈なのに、手足への痛みは殆ど無かった。せいぜいが振動を感じたくらい。地面が軟かかった、訳でもない。


(んん、あー……あれかな。体が痺れた時に感覚が鈍くなる感じ)


 正座をして足に血が通わなくなって皮がぶよぶよの肉厚に感じるのを思い起こす。それが全体にまで広がっているみたい。

 唯一の救いは痺れた時に鋭く走る傷みが無い事か。ある程度動くだけなら問題は無さそうだった。


「変な感じなのは変わらないけど、って……何、この声」


 つい反射的に喉を押さえる。自分から発したとは思えない機械的で硬質な合成音みたいな声。

 そりゃサンプリングしたのは身長だけだから音声はこれで固定されてるんだろうけど、もう少しどうにかならないかな……なんだか気味が悪い。

 そう思いながら、ようやく私は瞑っていた目を開いた。その先には地面に付いたままの手がある……手?


「うわわっ?!」


 上半身を起こし、地面に座り込んで手、そして腕をしげしげと見詰めてしまう。


 真っ白だった。


 肌の色が、なんてレベルでなく。実際にホワイトカラーだった、若干の陰影こそあるもののそれ以外となると他の色は全く無い。形も漠然と掌と5本の指があるだけ、指紋も爪すら無い。


(マネキンみたい……気持ち悪っ!)


 真っ先にイメージしたのがそれだった。腕から先、体を見てみても多少の膨らみと括れで女性のものと判るけど、のっぺりとしたその外見はマネキンという印象を余計に加速する。

 確認をするまでもなく髪も無い。目鼻や口は流石に怖くて有無を調べる気にはならず、私は激しい違和感に苛まれていた。


(……早く終わらせたいよ、コレ)


 そういえばいつまで経っても何の音沙汰も無い、そう思い視線を巡らせてみた。

 左右を見回すとどうもここは結構な広さ、多分学校の体育館を一回り小さくした程度の部屋の中らしかった。

 壁や床は灰色、模様の類いは無く、天井がぼんやりと光っているだけ。

 と、周囲に意識を向けていると私の頭の少し上に薄青い板が浮かんでいるのに気付く。


(ウィンドウ?)


 ゲーム上ではまま見掛ける類いのメッセージなどが書かれているウィンドウに酷似していた。考えてみれば私は今まさにゲームの中にいるのだからこんな事があっても不思議でもないのかな?

 何か書かれているようなので体に力を込めて立ち上がる。

 どうも最初の私の目線に合うように表示されていたらしく、私が立った胸の辺りに位置していて傾いたウィンドウに下げた視線が丁度合う。

 そこにはこんな文章が書かれていた。



『フィジカルアジャストを開始しますか?

 [Yes][No]』



(花菜の言っていたのってコレ?)


 周りには他に何も無いので、改めてウィンドウに目を向けてYesを選択した。

 するとウィンドウが閉じて私の少し前の床に光の円が描かれる、真っ直ぐに立ち上る光の内側に次第に人の形が現れ始めた。


 その姿は薄緑色で形状はほぼ私のマネキンと同じ(顔はやっぱりのっぺらぼう)だった。


『フィジカルアジャストを開始します』

「なんでそっちの声はまともなのよう」


 発せられた声は実に落ち着いた女性のもの。どっちにしろマネキンなのだけど。

 ……はあ、愚痴ってもしょうがない。


 パンパンッ!


 あんまり感じないけど両頬を叩いて気合いを入れ直す。面倒だと思うと感じる時間は長くなるものだもの、早く終わらせたいなら集中しなきゃ。


「さて、これから何をするの?」




◆◆◆◆◆




「はあ……」


 感覚が現実の体へと戻り、瞑っていた目を開ければ見慣れた私の部屋の天井がある。少し、安心した。


「お帰りー、どうだった?」

「……変な感じでした。花菜もそう感じたから言葉を濁したんでしょ」

「あははー、アレはしょうがないよねー」


 苦笑する花菜も既に済ませた筈なので、思い出しているんでしょうね……アレの事を。

 あの後行われた『フィジカルアジャスト』、これは五感を色々と調整するものらしく項目を進める毎に体に変化が現れた。

 私が最初に感じた触覚の違和感も含めこのチェックで修正されるのか終了する頃にはほぼ改善されていた。

 ……それにしても身体中くすぐられてつねられて、えぐみや苦味を強引に味わい、臭いなんかの嗅覚チェックまでほんとに必要だったのー? とぐったりしてしまう。


 次に行われたのが『フィジカルモーションテスト』、私はひたすら目の前に現れた仮想マネキンに『動作チェックを行います。私と同じように動いてください』と命じられ、色々と動き回る事になった。

 先に感覚を修正したのは体を動かす為だったんだろう。

 準備体操みたいなものからジョギング、反復横跳び等々々……。いつもなら息切れ間違い無しなメニューの数々も、そこはやはり仮想の特権か疲労感は精神的なもので済んでる。


「こっちも半年に一度は再測定推奨、らしいけど。やっぱり嫌だよねー」

「それはさすがに同意」


 がっくりと肩を落とす。

 高揚しかかっていた気分がちょっと冷めた。言わないけど。

 どれくらい時間が経ったかと思ったらせいぜい30〜40分ちょっとだった。


「はい、お姉ちゃんの端末」

「ああ、ありがと」


 花菜から情報端末が返却される。さっきはあんな事を言ったけど、流石の花菜でもそんな妙な真似はしないか。


 ちらり。私は目を向ける。

 逸らし。花菜の目が泳ぐ。


「そろそろ晩ごはんだから下行こ」

「待って! 何今の反応っ?!」

「ヤダナー、ナンデモナイヨー、タマタマダヨー」

「…………分かった、先に行ってて」

「りょーかーい」


 楽しげに鼻歌を歌いながら花菜は扉を開いて一階に降りていく。トントントン、と軽やかな階段を降りる音が次第に遠ざかる。


「……ほんとに楽しみにしてるみたいね」


 私はリンクスを固定していたバンドを外して力を込めて持ち上げる。ズシリとした重みを慎重にベッドに置いた。


「んーーっ」


 腕を振り上げ体を伸ばす。着けていたのは少しの間でも、なんとなく解してしまう。もし何時間もプレイしたら体が固まりそう……。

 お腹も騒ぎ始めそうなので片付けは後回し、ベッドから立ち上がってドアへと向かう。


(今日の晩ごはんは何かなっと)


 私は情報端末を殊更入念に調べながら部屋を後にした。



◇◇◇◇◇



 明くる日、少々早めに昼食の冷製パスタとツナサラダを手早く食べ終え、私は部屋へと戻ってきていた。

 始めればしばらくは花菜に付き合わされるのだろうからお昼はちゃんと食べておかないとね。


 ちなみに花菜は流し込むようにがっつき、お母さんに怒られていた。

 お店の開店と同時にソフトを手に入れてきた後は時と共にテンションがおかしくなっているのかもしれない。お母さんの呆れも実に納得のいくものだった。


 視線を上げると壁掛け時計の針が12の上で重なろうとしてる。私は既にリンクスを装着し、ベッドに寝転がり、いつでもダイブ可能な状態で待機中。

 私の手には藍色に白い花が染め抜きのように描かれた携帯端末が握られている。

 特に何かされた形跡も無かったのでこれで重い頭で歩き回らなくても大丈夫。

 花菜は今頃自分の部屋で興奮しているんだろうな……隣室から時折奇声が聞こえたりはしません、しないと思わせてお願い(涙)。


「そろそろ、かな」


 12時まで後わずか。


 私はアイコンをタップしてベッド横に端末を置き、目を瞑る。

 そして10秒が経過し、昨日と同じように体の感覚が、消えた。









(あ。そういえば、説明書ろくに読んでなかった)


 そんな事を考えながら。




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