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第14話「ハンド・イン・ハンズ」




 一歩、また一歩。


 踏み出す度にいや増す風は生温く、肌を撫でればぞわりと粟立てる。

 頭上を覆う筈の樹木の葉は力無く垂れ下がり、陽光ですら薄雲に阻まれでもしているのかと思う程に弱々しい。

 どんなにモンスターがいようとも生命力に満ちた森を延々歩いた先がこんな惨状だと、にわかには信じられなかった。


 不吉な、ただただ不吉な風景が続く。

 もうすぐ、はじまりの森のボスエリア。



◇◇◇◇◇



「ちょっと、アンタの堅っ苦しい説明で緊張でガチガチじゃない。どーにかしなさいよ!」

「ぬぅ……あのだなアリッサさん、さっきは色々言ったがあくまで用心だからな? 君がそんな固くなる必要は無いんだぞ」

「ひゃ、ひゃい!」


 わー、緊張してるー。今の返事で余計にそうなってしまった。

 そんな私をセレナさんが肩を軽く叩いてくれる。


「アナタは今回見学なんだし気負わなくていいから。私の勇姿と天丼の醜態でも見て楽しむくらいの調子でいいんだって」

「お前な……俺が倒れたらじり貧だって理解してるか?」

「アンタが死んだら逃げればいいんでしょ?」

「俺はお前の当て馬か?!」

「鉄砲玉よ」

「なお悪いわ!!」


 そうして雑談を交わしていると、次第に強張っていた体から力が抜けていくのを感じた。2人のやり取りにぷっと吹き出してしまうくらいに。


「ふ、ふふ……はあ、気を遣わせてしまってすみません」

「ま、初めてのボスだしな、緊張し過ぎるのも仕方ないだろ。俺も最初は――」

「っと、そこら辺にしときなさい、ジャイアントモスが見えてきたわよ……!」


 薄暗い森が途切れ、その先には広い広い円形の空間が現れた。そして、その中心にはどす黒い巨大な蛾が気味の悪い紋様の羽根を休めていた。ばさ、ばさっ、と時折羽根を動かし、そこからはパラパラと、キラキラと、細かな鱗粉が舞い散ってる。


「あれ、黒い靄じゃない?」


 フロアボスの時はボスエリアに入ると不可視の壁があって、そこに辿り着くと壁の向こう側の黒い靄が集まってモンスターに変わった。

 けど、ジャイアントモスは既に出現している。


「それは再戦だから、普通はその通りね。さ、アナタは下がってしっかり見て覚えときなさい」

「行ってくる」


 ダッ!


 言うが早いか、2人は武器をその手に駆け出した。


 バッサアッ!!


 それを確認したのか、ジャイアントモスも一際羽根を強く羽撃かせて空へと舞い上がる。


(HPはどれくらい……って何アレ、ゲージが2本ある?! え、ボスモンスターってそんなにHPが多いの!?)


 上のゲージの残量は4割って所だけど、下のゲージはフルに残ってる。ただでさえボスと言うだけで気が滅入るのに……。


 2人は二手に分かれ、ジャイアントモスを挟み込んだ。

 セレナさんは半身になり大鎌を構え、体全体でリズムを取るようにステップを刻む。その顔には不敵な笑みが浮かんでる。

 天丼さんはそれとは逆に、剣を右手で盾を左手で構えてどっしりと腰を据えている。

 互いにアイコンタクトを済ませると……。


『〈ウォークライ〉、『ウォオオオォォッ』!!』


 私のお腹の底までビリビリ響くような、天丼さんの咆哮(スキル)(多分)が轟いた……!

 するとさっきの〈ウォークライ〉と言うスキルの効果なのだろうか、ジャイアントモスは天丼さんの方へとゆっくりと方向を変え、頻りに威嚇をし始めた。


『ギィギィッ!!』


 ……蛾って鳴くんだっけ?


『よーし、こっちだこっち!』


 誘導されていたジャイアントモスが突如羽根を何度も羽撃かせると風が巻き起こり、天丼さんへ刃となって幾度も襲い掛かる。盾で受けても完全には防ぎきれないのか、HPはガリガリと不規則に小刻みに減っていく。

 だが、そんな事をしていれば背後に位置しているセレナさんが黙っている筈も無い。


『隙だらけ! 〈アッパーライン〉ッ!!』


 大鎌はそれに応じて赤い光を放つ、セレナさんはぐぐぐっと体を沈み込ませて下段から振り上げる大鎌に合わせるようにジャンプした。


 ズバン!


 2m近く飛び上がっての一撃は空中にいるジャイアントモスを切り裂いた。……でも、キレイに入ったように見えたのにHPの減少は1割程度。

 そんな事はお構い無しと、ジャンプの頂点に達したらしいセレナさんは振り切った大鎌をブオンと回転させ、水平に構え直す。


『〈ターニングリーチ〉!!』


 今度は緑に輝く大鎌を、腰を支点にして円を描くように振るう。

 ザンッ!

 ジャイアントモスは為す術無く、その背中には斬られた事を示す赤い光の十字が刻まれた。ダメージ自体は1回目よりも低いみたいだけど、空中でよくあんな芸当が出来るなあ。

 大鎌の残光を引きながら、2回目の攻撃の反動によってセレナさんの落下軌道が変化し、ジャイアントモスとの距離が開く。


「ギジィィィッ!!」


 耳障りな鳴き声と共に、ジャイアントモスはばっさばっさと羽撃く回数を増やし、空高くへと飛び立ってしまう。あれじゃ剣や鎌が届かない……。


『アリッサさん、聞こえてるか?』

『あ、はい。大丈夫です、天丼さん」


 耳元へ、遠くでポーションを飲む天丼さんの声が、まるですぐそばにいるかのように聞こえてくる。現在私たちはチャットでの通話を行っていた。ただ、以前クラリスと同じようにチャット通話した経験があるけど、今はどちらにもウィンドウは出ていない。

 これはパーティーを組んだ事で使えるようになる機能の1つ。パーティーチャットと呼ばれる物で『チャットオープン・○○(プレイヤー名)』の音声のみで繋ぐ事が出来、戦闘などで手が塞がっている場合でも簡単に通話状態となれる便利な機能……だった筈。

 ちなみに現在はパーティー全員が相互に話せる『フルチャット』と言う状態で、さっきから遠くにいる2人の声が聞こえる理由だった。


『いいか、これからジャイアントモスは上空を旋回して鱗粉を撒き散らす。それなりの確率で毒状態になるから慌てず対処しろよ』

「は、はいっ、分かりました!」


 空を見上げれば言われた通り、羽撃く羽根からははらはらと紫色の鱗粉が舞っている。

 数度上空を回った所で鱗粉が私に到達した。

 それと同時、ずーんと体に違和感を感じる。


「わっぷ、なんかピリピリする」


 視界隅の私のHP・MPゲージとその下にパーティーを組んだ事で常時表示されるようになった2人の小さめのHP・MPゲージの脇にも先程まで無かった紫色の泡を象ったアイコンが追加されている。

 ドクン。

 のんびりしていると鼓動が一度高鳴りHPがわずかばかり減少した。


「げっぷみたい。あ、浄化浄化っと……〈キュア〉!」


 キィン。

 光が私を包み、バッドステータスを解除する。前方の2人も小瓶の中身を口に含んでアイコンが消えた、あれが解毒ポーションかな?

 上空からは鱗粉の散布が終わったジャイアントモスが急降下してきた。砂埃が煙のように舞い、更にそれを羽根が起こす旋風が散らす。

 飛び上がった時とは別の場所に降りてきたので2人が後を追う、私もジリジリ距離を離しておく。


『あー、ホンットめんどくさい奴! 腰据えて殴り合うくらいしなさいよね、〈アッパーライン〉!』


 見れば先程と同じく、天丼さんが注意を引いている間にセレナさんが攻撃を加える為に飛び上がった。

 ブゥオン!

 対してジャイアントモスはその巨体をさながら独楽のように回転し反撃する、セレナさんはスキルの出がかりを突かれ弾き飛ばされてしまう。


『痛っ?!』

『突っ込み過ぎだバカ、〈ウォークライ〉! 『こっちだ化け物ッ』!』


 体勢を崩しながらも着地したセレナさん。それを見た天丼さんはすかさず、ジャイアントモスの攻撃が向かないように再び天丼さんが〈ウォークライ〉を使い、


『〈プロヴォック〉〈スラストストライク〉!!』


 更に他のスキルでの攻撃を加える。それは白く輝く突き攻撃、斜め上方のジャイアントモス目掛けて力強く放たれた。


 ドゥッ!


『ギィ?!』


 飛んだり跳ねたりは苦手、と言うのは本当だったのか、天丼さんは追撃を仕掛けずに距離を開けて剣と盾を構え直す。セレナさんもその間に受けたダメージをポーションで回復してる。


(……それにしても)


 もし私1人で戦っていたら、攻撃を受けてしまったら、と考えると天丼さんのありがたみがよく分かる。


(まあセレナさんとだからこそあんなに……)

『つつーっ……ああもうっちょっと、そこの店屋物! ちゃんとタゲ取んなさいよ、役立たず!』

『してんだろ! ギャラリーがいるからって張り切って無駄に特攻し過ぎなんだよお前は! 自重しろ!』

(……きがねなくやくわりにてっしてるんだろうなー(棒読み))


 そんな様子をどこか生暖かく眺める。あれで手を止めずに戦い続けているんだから、この程度の口喧嘩は日常茶飯事なのかも。


 ――それから少し。


 ジャイアントモスのHPも2本目のゲージに突入したのみならず既に5割程度にまで減り、禍々しい羽根も所々が裂けたりしてる。

 2人は危なげ無く、疲労も感じさせない。これなら撃破も時間の問題かな。


(ううーん……)


 ここまで見た限り、ジャイアントモスは回転し、上空から突風を起こし、時には巨体を生かした体当たりを繰り出し、ダメージを受けると上空から鱗粉を撒いている。


(私が戦う時はやっぱり、逃げて逃げて逃げ続けて待機させた法術をぶつけるって感じ、かなあ)


 下手に攻撃を受けたら死ぬ私なので、真っ正面から立ち向かうとかは論外。追い付かれないように走り続けないといけないのがきついけど、他に思い付かないし……とりあえずはやってみるしかない、か。


 バサッ!


 ぼーっと考えていると、羽根を強く羽ばたかせて何度目かの風起こしによる攻撃を行おうとしている。

 ただ慣れたもので、ジャイアントモスは〈ウォークライ〉によって防御体勢の天丼さんに『タゲられ』中。

 タゲって言うのはゲーム用語でターゲットの略称らしく、自身がモンスターを狙う場合はタゲる、モンスターに狙われている場合はタゲられる、となる。

 天丼さんのスキルはモンスターから狙われやすくする物なのだとか。天丼さん自身のHPは7割程度残ってるので問題は無さそうだけど、恐くないのかな。


『そろそろ追加が来るわよ!』

『分かってる! そっちもあまり近付くなよ、巻き込まれるぞ!』

「?」


 追加……?

 ジャイアントモスの攻撃に何かしら変化があるの?

 天丼さんの言動だと、それなりに広範囲に影響を及ぼすような変化のようだけど……。


 ブワッ!


 巻き起こる風、しかしそれは見覚えのある紫色に染まっていた。


(追加、って……まさ、か……!?)


 その攻撃を受けた天丼さんのHPゲージには紫色の泡がぷくぷくと湧いている、あれは間違い無く毒状態。

 今まで鱗粉は上空から撒き散らすだけだったのに……風起こしに混じってる?!


『っ! これだからコイツは苦手なんだよ、全く!』


 鈍足がそうであったようにバッドステータスは一定時間で(一部を除き)自然治癒する、と説明書には書かれていたけどそれまでに受けるダメージだってバカにならない。

 それが通常の攻撃に加えて与えられたら堪ったものじゃない。天丼さんは腰のポーチに手を伸ばしてアイテムを取り出している。



「…………あの、天丼さん聞こえますか?」

『アリッサさん? どうした、何かあったのか?』

「いえ、こちらは大丈夫です。それで、天丼さんの毒をスキルで浄化させてもらっても構いませんか?」


 さすがにこのままでは天丼さんの負担が大きすぎる。ここまでは順調だったけど、鱗粉攻撃の頻度が上がればその限りじゃない。でも私なら毒を浄化出来る、せっかく同席させてもらったのだから何かしたい。


『そりゃ助かるが……いや、分かった。でも気を付けろよ、回復や浄化ってのはヘイト値……モンスターの敵愾心を上げやすい、そっちにコイツが向かうかもしれないって事だ。使い過ぎると危険だぞ』

「はい、ありがとうございます。気を付けて使います」


 許可を得た私はすぐさま天丼さんをターゲットサイトで捕捉する。結構な距離があるけど、スキルを使用した時にサイトが青くなっていればいい筈。天丼さん自身もあまり動いていないから多分大丈夫。


「外れないで……〈キュア〉!」


 杖が淡く発光する、次いで天丼さんにも。光が薄れると泡のアイコンが消えていた。


「よかった……当たった」


 ほっと一安心。こんな距離から味方にスキルを使った事なんて無かったから不安だったけど、上手く行ったいったようで何より。

 そう安堵していると今度はセレナさんの声が届く。


『ちょっと、無茶しちゃダメじゃない!』

「あ、ご、ごめんなさい。それに鱗粉が混ざって大変そうだったので……」

『あ、ああそう。その、悪かったわね。私らだけで、っと、倒すつもりだったんだけど、ふっ!』

「見てるだけでは申し訳ないですし……って、よく戦いながら喋れますね」


 ある時は大鎌を振るい、スキルで舞い、ステップで距離を取る。そんな中で私と普通に喋ってる、器用と言うかなんというか……。


『まぁね、パーティ戦闘じゃ必須だから……慣れよ慣れ、〈アッパーライン〉!』


 高く高くジャンプするセレナさん。その狙いに狂いは無く、ジャイアントモスを切り裂く。

 でも、飛び散る鱗粉が追撃を躊躇わせた。2撃目を放つ事無く、セレナさんは着地した。


『アナタも鍔迫り合いしながらチャットくらい出来るようになった方がいいんじゃない? 今はソロでもこれからどうなるか分からないんだから、パーティーメンバーとの……意志疎通、とか……〈ウェイブゲイザー〉!!』


 まだ鱗粉は辺りを紫に染めている。そんな中、セレナさんは鎌を大きく振りかぶって勢いよく一気に振り下ろす、水色の軌跡は衝撃波となって滞空しているジャイアントモスと鱗粉を押し退ける。


『今練習しろとは言わないけど……考えておいたら?』

「はい、覚えておきます」


 あ、反対側の天丼さんが攻撃を受けて毒状態になってる。


「〈キュア〉」

『あ、邪魔したわね』


 鎌を脇に挟み片手を顔まで持ち上げて手刀を作ってる。って、そんな事してる場合ですか?!


「ちょっ、ジャイアントモス目の前じゃないですか! よそ見までしてちゃいくらなんでも危ないです、前! 前!」

『っと』

「私よりも天丼さんに意識を向けてあげて下さい、怒ってるじゃないですか!」

『そっちは今更気にしない、けど……忠告は受けとく、じゃ』


 そう言ってセレナさんはジャイアントモスに集中する。気付けば戦闘も大詰めになってる、HPゲージも残す所約2割強。羽根も体もボロボロで、挙動も大分鈍くなって……あれ?


(なんだろジャイアントモスの体からうっすら……鱗粉? ううん、もっと黒い)


 靄のようにぼんやりとだけど、確かに何かが滲み出してる……? あれは……ビッグスパイダーを生み出した靄、みたいな……。

 私よりも近くにいて、かつ知識のある2人なら何かしら知っているのかもしれないけど、危ない事だったら2人の集中を乱しちゃいけない……よね。

 結局はここで“何か起こるかもしれない”という前提で待ってるしか出来ないの……?


『セレナ、分かってんな! ここで終わらせるぞ! タイミング合わせろよ!』

『はぁ?! 何勝手にリーダー面してんの! つーか、アンタが私に合わせなさいよ!』

『どっちでも同じだバカ!』


 やっぱり2人はあの靄が何を意味するのか知ってるみたい。今までよりもずっと厳しい表情でジャイアントモスに相対してる。


 ブオンッ!


 回転攻撃! しかも鱗粉のおまけ付きだから落ち着くまで近付けもしない。けど……その様子には然したる違いは無いように感じた。

 やがて回転がゆるゆると減速し、鱗粉が晴れると2人は同時に駆け出す。

 ギリギリまで近付くと天丼さんは体を引き絞り、セレナさんは体を沈ませる。どちらもスキルを使うつもりらしい。


『〈アッパーライン〉!!』

『ギジィ?!』


 ズバンッ!!


 セレナさんが叫び、大鎌は上へ上へと駆け上がる。迸る赤い輝きは三日月を描き、ジャイアントモスの体を深々と穿った。

 紫色の鱗粉がぶわりと舞うがそんな事には構わず、攻撃によって硬直したわずかな好機を逃さずに天丼さんが続けてスキルを発動した。


『〈スラストストライク〉!!』

『ギ、ギィッ!』


 ドォン!


 地面からロケットのように豪快な突きが放たれた。

 斜め下からの攻撃により、既に〈アッパーライン〉で浮き上がっていたジャイアントモスは更に上方へ押し込まれる。

 そしてその先にはまだ空中にいるセレナさんが大鎌を構えて待ち受けていた。

 連続攻撃によってHPは既に残り1割を切っていた。恐らくはこれで倒せるのでは……?


『〈ターニングリーチ〉ッ!!』



 でも。


 円形の軌跡の先端、大鎌の刃が数ミリ、ジャイアントモスの体を切り裂いた時それは起こった。



 ――ゴォォォウッッ!!



 まるで蒸気が吹き出すように、煙っていた靄が爆発的にその量を増やした?!

 スキルが発動していたセレナさんだけど、吹き荒れる黒い靄に阻まれ大鎌を包んでいた緑色の光が明滅し、次の瞬間には陽炎のようにかき消えてしまう。


『キャッ?!』


 噴出する黒い風圧は凄まじかった、それはセレナさんを私の方へと弾き飛ばす程。


 ザザザザザァッ!

 ――ガラ、ガランッ!


『セレナ!!』

「セレナさん!?」


 一気に2割以上減ってしまったHPを見ては居ても立ってもいられず倒れ伏すセレナさんを放っておけず、私は駆け出した。

 その間にジャイアントモスの傷付いた体は黒い靄によって覆われ、赤黒く怪しく光る両目以外は真っ黒に禍々しく染まっていた。

 そんな不気味な変化を目の端に捉えつつも、セレナさんの下へと到着した私はすぐさま回復を行う。


「大丈夫ですか?! 今回復しますから、〈ヒールプラス〉!」

「『なっ、何してんのよ?! ちょ、危ないでしょ!?』」

「ごっ、ごめんなさいっ」


 私が来た事にセレナさんは酷く驚いている、分かるけど。

 光に包まれたセレナさんのHPは全快し、それに胸を撫で下ろしたその時。



『ギッイィィィィアアアァァッッッ!!』



 漆黒のジャイアントモスの咆哮が轟いた……!!

 耳に痛い程の爆音に顔を上げれば、そこにはさっきまでの弱々しさとはまるで別物の、ともすれば最初よりもずっと激しい動きでジャイアントモスが暴れ回り、その攻撃を一身に引き受けていた天丼さんからの絶叫が耳に届いた。


『オイ、セレナ! フォローに回、ずあっ?!』


 そして、とうとう暴風と化した突風により天丼さんが後方へと吹き飛ばされてしまう!


「『天丼っ!』」


 天丼さんへ向けて放たれたセレナさんの切実なその声が、不思議な程にこの空間を揺らした。

 けど、まるでそれが耳障りだったとでも言うかのように、ジャイアントモスの血のようにどろりとした輝きを放つ目が、こちらに向けられた?!


「『っ、攻撃してこっちのヘイトが上回った!? くっ……あ?! わ、私の武器はっ!?』」

「あ、あそこにっ!」


 セレナさんはそれを向かえ撃とうとしたけど、自分が無手である事に気付く。さっき吹き飛ばされた時に持っていた大鎌が別方向へ飛んでいってしまっていたのだ。


『そっちに行ってるぞ! アリッサさんを連れて逃げろ!!』


 天丼さんの焦りを滲ませた叫びが響く、でも……ジャイアントモスは巨体に似合わぬスピードで羽根を羽ばたかせて私たちに迫っていた。


「『っ、離れて!!』」

「セレナさん?!」


 ダッ! セレナさんは一瞬だけ私を見た後に大鎌のある右前方へと駆け出した。でも、あれでは進路の途中でジャイアントモスにぶつかって攻撃を受けてしまう――!?


(っ、私がいたから?!)


 本当なら、無理に戦わなくて良かった筈だ。今までと逆にセレナさんが時間を稼いでいる内に天丼さんが回復するのを待つ選択肢だってあった筈だから……。


(私が後ろにいたから、私を守る為に下がれなかったんだ!)


 一緒に逃げても、あのジャイアントモスのスピードでは追い付かれて攻撃を受けるかもしれない、そうなればレベルの低い私が耐えられる保証は無い。


(でも、でもそれじゃあ!)


 セレナさんのHPはちゃんと全快してる。けど、セレナさん自身の防御力は天丼さんよりも劣っている。それで持つの? もし、もし天丼さんでも防ぎきれなかった攻撃に晒されたら――。


(だめっ、そんなのだめだよ!!)


 離れていろと言われたのを破ったのは私なのだ、その責をセレナさんに負わせてしまうなんてだめに決まってる、なら私は!


「〈コール・ソイル〉〈ファイアチェイン(、、、、)〉!!」

『ッ、ギィィイイィーーッ?!』


 ――ジャララララララッ!!


 私の言葉と共にジャイアントモス直下の地面から飛び出した1本の長い長い鎖が空を飛ぶジャイアントモスへと絡み付き、その動きを阻害する!

 〈ファイアチェイン〉。《火属性法術》6レベルで修得していたモンスターの動きを封じるスキル。ダメージは与えられないけど……今、これ以外なんて無い!


『っ!!』

『アリッサ、さん?!』

「セレナさん急いで!!」


 けど、この鎖は一定のダメージで壊れてしまう。〈コール・ソイル〉で耐久力を引き上げているけど、私の鎖じゃジャイアントモスをそんなに食い止められない。


『ギイッ!! ギイッ!!』


 ジャイアントモスがその羽を羽ばたかせる度に鎖がギチッギチッ、と軋む。


「1つでだめなら……〈ウォーターチェイン〉〈ウィンドチェイン〉〈ソイルチェイン〉〈ライトチェイン〉〈ダークチェイン〉ッ!!」

『はあっ?!』

『なっ、なんじゃそりゃあ!?』


 6重に絡み付いた鎖を見た2人が驚きに目を見開く。


「いいから早く! 私のレベルじゃそんなに持たないんです!」


 バキン、バキンッ!!


 そう言った直後に続けて2つ、赤と青の鎖が弾け飛び、光となって消えてしまう。その破砕音にハッと気付いたか、セレナさんが走るのを再開し、HPの回復し始めた天丼さんがジャイアントモスへと駆ける!


 バキンッ!!

 バキンッ!!

 バキンッ!!


 緑、橙、黄の鎖が砕かれる。残るのはもう1本だけ……それももうすぐ、っ!


「ああっ、壊れる! ……ならもう一度――」


 再申請時間なら既に過ぎてる。再度チェインを使おうとターゲットサイトでジャイアントモスを捉え、



『その必要は無いわよ』

『ああ、助かった』



 大鎌を拾い上げたセレナさんが、盾を捨て置いてまで駆け付けてくれた天丼さんが。最後の鎖を振りほどき、怒りに震えるジャイアントモスへと……辿り着いていた!


『〈ファングクラック〉ッ!!』

『〈ダーティエッジ〉!!』


 飛び上がったセレナさんが、まるで牙を突き立てるかのように大鎌を振り下ろし、前傾で地を駆ける天丼さんは逆手に剣を持ち、アッパーを放つような姿勢で飛び上がってジャイアントモスを切り裂き、頂点に達するや更に両手で深々と突き刺した!


『ギッ、ギィィイイィッ?!』


 2人はすぐさまジャイアントモスから離れ、その様子を伺っていた。


『ギ……ギ、ギィ…………』



 対するジャイアントモスのHPゲージは0。それでもなお抵抗しようとしたようだけど……。

 バ……サッ。

 ジャイアントモスが最後に起こした風は微風に留まり、その巨体をズズーン、地に落とした。羽根もそれにわずかに遅れて土埃を舞わせる。

 黒い靄は消え、そこにはボロボロになった体だけが残された。


 ボウッ。


 やがてジャイアントモスはビッグスパイダー同様に黒い炎に包まれ、ハラハラと崩れていく。

 ビッグスパイダー以上の巨体も、全て消滅するのにそう時間は掛からなかった……。


『……はあ、はあ、はあ……』

『ああー……終わったぁ』

「終わり、ましたね……」


 最後の一欠片が消え去った瞬間、私たち3人は脱力する。


 元々しゃがんでいた私は足から力が抜けて、ぺたんと座り込んだ。

 天丼さんはざっくりと地面に剣を突き刺し体を預けた。

 セレナさんに至っては大の字に寝転がってしまった。天丼さんが背を向けていたのは幸運だったろうか。


 ポーン。


 呆けているとウィンドウが開く。経験値は入っていたもののレベルアップは無し。アイテムは『ジャイアントモスの鱗粉』と『ジャイアントモスの羽根』、『瘴気の欠片』を入手出来た……いくらくらいで買い取ってもらえるのかな、これ。


『おつかれ』


 上半身を起こしたセレナさんがこちらに向けて手を振っていた。ただそこに力は無く、ぷらぷらと前後に揺らしてるだけだった。


「お疲れさまです、セレナさん。最後危ない目に遭わせてしまってすみませんでした」

『気にすんなよ。元はと言えばセレナが下手打ったからだし、回復してくれなかったら危なかったかもしれないしな』


 地面にあぐらをかいて座った天丼さんが肩を竦めてそんな事を言った。

 途端セレナさんの眉間に皺が寄って目が据わっちゃうので方向転換。


「あの……なんだったんでしょうか、あの黒くなったのは」

『……『イーヴィライズ』よ。特定のモンスターはHPが一定以下になったり条件を満たしたりすると、ああして凶暴化すんの』


 えええ……ボスモンスターってそんな事まで起こるの? 大変だよう、1人でやれるかなあ……。


「じゃあお2人が連続で攻撃していたのは……」

『一気に仕留めたかったからだな。まぁ、オレら基本的に細かいダメージ調整苦手なんでそうなったんだが……』


 言うや、2人は互いを指差し。


『『ソイツがタイミング外したから――――』』


 綺麗にハモった。


『『…………』』


 見つめ合い。そして、沈黙。


『……ちょっと待て、お前の〈ターニングリーチ〉が遅かったからイーヴィライズしたんじゃねーか!!』

『は、ふざけないでくれる?! アンタの〈スラストストライク〉が早過ぎたからでしょ!!』


 ああ、また顔を突き合わせての口喧嘩が勃発してしまった……疲れているのだろうによくやるなあ、もう。


『どこがだ! もしあれ以上遅れたらすぐにイーヴィライズしてたね! そもそもお前がちんたらしてたのが悪いんだろうが!』

『こっちは空中でタイミングシビアなの見て分かんないワケ?! そっちがギリギリまで合わせるのが筋でしょ、バーカバーカ!! アンタの目が節穴ってんじゃないの!?』

「あの、落ち着いて……」

『てめ……大体人の苦労も知らないでいっつもいっつもお膳立てをもれなく台無しにしてるお前が言う事か!』

『誰も頼んでまーせーんー! つーかアンタこそ毎度毎度人の都合無視して押し付けないでもらえますぅ?!』

「2人とも……」

『んだとテメェ!』

『なによバーカ!』


「……〈ファイアショット〉」


 ばうっ。


『だぁっ?!』

『あづっ?!』


 出鼻を挫くべく暴力を行使する。あ、当ててませんよ。文字通り鼻先を掠めただけです、ええ。



「落ち着きません?」



『『――――はい』』


 2人はそう言ってくれた。心から安堵する。

 あれ、どうして頬がひきつってるんですか?



◇◇◇◇◇



「マジすんませんでした」

「ごめん許してお願い」

「はあ……」


 口喧嘩から一転、2人はさっきからこの調子だった。

 曰く、「笑顔の裏に般若が見えた」「レベル差関係無くぞっとした」だそうです。誰が般若ですか誰が。

 違うんですよ。幼馴染み2人が時折そんな感じで喧嘩するので、そう言う時はさっきみたいにして諫めていただけなのだけども……。

 ……でも、一番の問題はそこよりも。


「土下座はどうかと思います! されたこっちがいたたまれなくなりますから! ……ともかく喧嘩を止めてくれたならそれでいいですから……普通に話しましょう、ね」


 そう言うと2人はようやく頭を上げ、安堵の息を溢す。


「そ、そう?」

「ふぅ、助かった」


 が、何故か小声で「アリッサさん怒らせないようにしろよ……」「頷く以外に道が無い……」と密談された。それを見ると苦笑いが込み上げる、そんなに怖かったろうか……頬を撫でる。むう。



 次いで、ようやく落ち着いた私たちははじまりの森のボスエリアの中央で顔を突き合わせての相談を始めた。ちなみにジャイアントモスが消えた場所からは微妙に距離を開けてる、気分的に。


「それで、これからお2人はどうなさるおつもりなんですか?」

「そうね……私たちはこの森を抜けた先にある小村でとりあえずは食事? 効果高くてもサンドイッチ1つだけじゃさすがに心許ないし」

「だな。アリッサさんはどうする、一緒に行くか? 案内するぞ」


 あ、それはありがたい……んだけど、私にはやる事が残っているからその申し出は受けられない。


「……いえ、私はジャイアントモスにもう一度挑むつもりです。残念ですけど、お2人とはここでお別れですね」


 するとセレナさんはキョトンと目を点にした、天丼さんはあまり動じてない。ともあれ驚かれるのは理解出来ていたので、私自身は落ち着いてる。


「……もう一度」

「……いえ、私はジャイアントモスにもう一度挑んでみようかと思います。お2人とはここでお別れですね」

「あれ、聞き間違いじゃない」


 また驚かれた。


「……ま、そうなるか。元々ソロ攻略してたんだし、オレたちと一緒に来たのもジャイアントモスの情報代わりだったからなぁ」

「はい。お陰で攻撃方法も分かってドロップアイテムも手に入って、何から何まで本当にありがとうございました」


 私は改めて頭を下げる。この2人に出会えてよかった、出来るならもっと強くなって今度は……今度があればだけど、役に立てるようになりたいな。


「サンドイッチ貰ってサポートもしてもらったんだ、フィフティフィフティさ。でも気を付けるんだぞ、危なくなったらエリア外に逃げていいんだからな」

「はい。分かってます」



「ちょ、待ちなさいよ! アンタたち何をそんなのほほんと話を進めてんのよ!!」



 私が天丼さんと言葉を交わしていると、唐突にセレナさんがその流れを塞き止めた。


「セレナさん?」

「本気なの!? そりゃ私たちに比べたら法術士系の方がジャイアントモスとは相性はいいかもしれないけどさ……アナタ、ソロでしょ? 攻撃が全部自分に向かうのよ、対処出来るの?」

「それは……まあ、そうですね」


 自信は無い、そもそも有った時期があったか知れないけど。それだけジャイアントモスと言うモンスターは強大で驚異的だった。怖かったし、恐ろしかった。

 ……それでも、私に退く選択肢は無い。寄り道も脇道も回り道もしたけど、ここは必ず通らないといけない場所だから。


「その、大丈夫なの?」


 セレナさんはじっと私を見つめる。その顔はジャイアントモスに相対した時のように真面目な物に、ちょっと不安が混じっていた。

 それを払拭してあげたくて、私はうっすらと笑う。


「……保証なんか無いですよ。当たって砕けないようにがんばるだけです」

「要は行き当たりばったりでしょ?! な、なら……なら、私も一緒に行ってあげるわよ!」

「はい?」


 突然思いもよらない提案が降って湧いた。セレナさんと天丼さんがボス戦に同行してくれる? 私と一緒に?


「手出しはしない、でも危なくなったら助けに入る。それならいいでしょ?」


 真面目な顔のまま詰め寄られる。近い近い!


「で、でもセレナさんごはん食べに行くって言ってたじゃないですか。自慢になりませんけど、私が戦うとなったら確実にさっきより時間掛かりますよ。もしかしたら空腹度がまた無くなっちゃうかも……」

「そんな簡単に無くならないわよ。それにもし空腹度が無くなってもHPがいきなり0になるワケじゃない。回復出来なくてもカバーとか撤退の支援とかならやれるし、それに……」

「セレナ」


 私に迫っていたセレナさんを天丼さんの静かな一言が押し留める。セレナさんがジト目を向けた。


「……何よ店屋物」

「アリッサさんはここまで来たソロプレイヤーだ。情報が少なくても4日掛けて、きっと自分なりに失敗も発見もしながら攻略してきたんだ。心配なのは分かるが俺らがとやかく言う事じゃないだろ」

「………………分かってるっての、お節介だってさ」


 そっぽを向くセレナさん。それを見てやれやれと肩を竦める天丼さん。

 でも、話は続く。


「でも折角知り合えたんだから、なんか……その……このまま終わり、とか、なんか……勿体無いでしょ」


 セレナさんはそうして伏し目がちに、でも確かに私を見て、口を開いた。



「だから…………フ、フレ、フレンド、になん……な、ろ…………なって、ほしい」



 顔を赤く染めてそう言うセレナさんに、私も天丼さんも目を大きく見開いて見入っていた。

 それに気付いたセレナさんはなおも顔の赤さを増しながら、捲し立てるように叫ぶ。


「そっ、そうすればこれからいつでもチャットでSOS出せるしっ! 場所も大体分かるしっ! それから、それ……から」


 次第に尻すぼみになる申し出に、私は不思議な気持ちになる。

 ぽわぽわとかふわふわとか、そんな足元が覚束無くなるような感覚と胸の奥がじんわりと熱を持ったような柔らかくて温かい気持ち。


「……あの」

「っ。……い、嫌なら、別に」



「い、嫌じゃないです! これからって、いつでもって言ってくれてすごく、すごく嬉しかった。私、セレナさんとフレンドになりたいです!」



 私の言葉を受けて、恥ずかしげに俯くセレナさん。その頭にポンと軽く天丼さんの手が置かれた。


「良かったな」

「うざい」


 パン。セレナさんがそれを弾き、ポン。また天丼さんが載せる、を何度となく繰り返していた。

 天丼さんはそんな扱いを受けながらも隠すつもりもなく嬉しそうだった。


「あ、どうせだから俺ともフレンドになるか?」

「え、あ、はい」

「な、ちょっとそんな軽いノリで?!」

「お前らが考え過ぎなんだよ。ホレ、さっさと登録しちまおうぜ。時間が勿体ねぇからよ」

「ハ、ハイハイ、分かったわよ!」


 私とセレナさんは感慨に耽る間も無く、フレンド登録へと移る。そう、天丼さんに背中を押されるように。



『【フレンド申請】

 [セレナ]からのフレンド申請を受諾しました。

 [セレナ]がフレンドリストに登録されました』


『【フレンド申請】

 [天丼]からのフレンド申請を受諾しました。

 [天丼]がフレンドリストに登録されました』



 2人からのフレンド申請を受諾したウィンドウを自覚出来るくらいニコニコと見つめた後、私は目の前にいる新しいフレンドへと向き直った。



「セレナさん、天丼さん。フレンドになってくれてありがとうございました」


 ぺこり。深々と頭を下げる。


「いいさ。さんざ助けられたからな、むしろこっちがありがとうございます、だ」

「そうね。助けられた、いっぱい」

「お力になれたなら、良かったです」

「それで……これから、ジャイアントモス戦なのよね。ホントに1人で平気なの?」

「はい。私、強くなりたいんです。だからなんとかなるなら1人でやってみようと思います。心配してくださってありがとうございます」

「そ、そう……好きにしたらいいんじゃない?」


 ふぃっと顔を背けてしまう。でもどうしてだろう、気落ちしているような雰囲気が手に取るように感じられた。


「あの……でも、私たちフレンドですから。一緒に遊びたくなったら誘ってくださいね」

「ふ、ふうーん。ま、気が向いたらねー」


 セレナさんは顔を背けたままに、目線だけでちらちらとこちらを窺う。


「……ア…………アー……ア、ナタも困ったら言いなさいよね。フ、フレンド、なんだし」

「はいっ♪」


 あ、にやけてる。

 「ぷっ」、隣の天丼さんが吹き出した。でも、それを聞き咎めたセレナさんに追い掛け回されている……あーあ。


 そして、方針が決まった私と2人は向かい合って立っていた。私は入り口側に、2人は出口側に背を向けて。


「じゃあまたなアリッサさん。健闘を祈ってる」


 そう言うと天丼さんは片手を肩の高さまで上げる。


「……はい、また!」


 ぱんっ。心地好い音を立ててハイタッチを交わす。


「あんま無茶しないでよね」

「気を付けます」


 同じように上げられた手の平をぱん、と打ち合わせた。セレナさんは名残惜しげに重ね合わせた手をそっと離した。


「ああ、そうだ。聞きたい事があるんだけど」

「なんですか?」

「そのですます口調はデフォ?」


 口調……? 

 そりゃ今日会ったばかりでフランクに話せる程私の心臓は強くないので多少は畏まってしまっている。だからデフォルト、と言われたら答えはNOになる。


「いいえ、違いますけど?」

「そ、ならこれからはその口調は禁止だから」

「はい?」


 首を傾げると明後日の方向へ向きながら、ぶっきらぼうにこう言った。


「フ……フレンドなんだから遠慮とかいらないでしょ! それと、さん付けも禁止だからね!!」



 シンと静まり返る空気。そこで、「ぷっ」またもや懲りずに吹き出した天丼さん、そして今度は涙目で大鎌を振り上げるセレナさ――。


「ぷっ……くっ、くくく」

「ア、アアアアンタねぇ! マジでぶっ殺すわよ!?」



「そうだよ。気持ちは分かるけど、笑ったりしちゃ可哀想じゃない」



 ピタリ。掲げられた大鎌が振り下ろされる直前で石になったように停止する。



「それと、人にどうこう言うならちゃんと人の名前を呼んでほしいかな。私、アナタじゃなくてアリッサだから。後……さん付けは無しだって、だから呼び捨てでいいからね」



 ギギギと動きが鈍くなっていた……何故か、2人とも。



「それじゃまたね、天丼くん……セレナ」



 つい恥ずかしくて、2人が振り向く前に私はエリアの入り口へと駆け出してしまったのでした。


 追記、背中に遠く「またね、アリッサ!」と聞こえたりもして……私は笑顔です。


 アリッサにフレンドが出来たよ。(´∀`)

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