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第11話「曲がり角の出会い、的な」


 アリッサ17歳。

 運命の出会いであった。

 ( ´∀`)




 カランカラン。


 杖が手から離れて地面を転がり乾いた音を立てる。

 よろける体を足を踏ん張って堪えようとするも叶わず、お尻を地面へと打ち付けてしまう。

 急いでいた私は脇道から飛び出た所で横から歩いてきた誰かにぶつかってしまったらしい。


「いった……じゃない、ごめんなさい! 大丈夫ですか?!」

「あらら」


 相手を確認すると驚いた事に、私と同じく尻餅をついているのは小柄なお婆さんだった。

 その周囲にはお婆さんが持っていた籠から荷物が地面にばらまかれていた。

 お婆さんは尻餅をついた姿勢のまま周囲に散らばった荷物を見て困ったような顔をしている。

 私は急いで籠を拾ってその中に周りの荷物を軽くはたきながら入れていく。


「お婆さん、立てますか?」


 籠に全部入れ終わった所で、お婆さんに手を差し出し立ち上がる手伝いをする。

 お婆さんは私の手を取り、ゆっくりと立ち上がる。怪我が無いらしいのが見てとれて私はそっと安堵の息を吐いた。


「本当にごめんなさい! 私の不注意でした」

「あらら、いいのよお嬢ちゃん。慌てる事くらい誰にでもあるわ」


 間髪入れずに頭を下げた私にお婆さんは苦笑しながらそんな事を言ってくれる。

 お婆さんは私の肩くらいの背でとても華奢に見える、そこに私が走りながらぶつかれば下手をしたら大怪我になっていたかもしれない。そんな考えが過り、申し訳無さが胸を突く。


「でも……」


 なおも謝ろうとしたその時――。



 『ぐう〜』



「…………ぁぅ」

「あらら?」


 今までで最大級の咆哮をお腹が鳴らしていた。


(何も今じゃなくてもよくないかな?!)


 半分涙目、顔は多分耳まで真っ赤になっているだろう、いくらなんでも恥ずかし過ぎる……っ!!


「あらら、もしかしてお腹が空いてごはんを食べる為に急いでたのかしら?」

「あ、う……」

「あららあらら、そうなの?」

「は、はい」


 お婆さんは手で口を押さえてくすくすと静かに笑っていた。


「ああ、そうだわ。ねえ、もしよかったらなのだけど」

「へ?」


 いい事を閃いたとでも言うように、両手をポンと叩いて腰を曲げたままだった私に目線を合わせ。


「あなた、お腹が空いてるなら今からお婆ちゃんのお家に来ない? 美味しいシチューをご馳走しますよ」

「へ?」


 そんな事をとても素敵な笑顔で仰った。


 『ぐう〜』


「あらら、嫌かしら?」

「い、いえそんな事は……でも私、お婆さんにご迷惑をお掛けしたのに……そんな」

「気にしてないわ、誰にだってある事だもの。それより申し訳無く思うなら……ああ、お婆ちゃんの話し相手になってくれないかしら? シチューはそのついで、ね?」


 『ぐきゅる〜』


「あう」

「ね?」

「う、う〜〜……は、はい」


 こうして背に腹は代えられず、私はお婆さんの好意に甘えてお家でごはんをごちそうになる事になった。


「あらら、じゃあ自己紹介をしないとね。わたしはマーサ・ヘイゼルよ、マーサって呼んでちょうだいね」

「あ、はい。私はアリッサです、ただのアリッサ」

「あらら。アリッサちゃんね、可愛らしいお名前だわ〜」

「あ、ありがとうございます。えと、マーサさん」


 お互いに簡単に自己紹介を済ませて、私たちはお婆さん改めマーサさんの家へと向かっていた。


 街を十字に走る大通りの左右には当然ながら建物がひしめいている。大通りにはそこへ向かう為の脇道が何本も縫うように走り、迷路のような裏道と化していた。その中でも比較的広い道、通称北西2番通りを私たちは歩いていた。

 ちなみにマーサさんの籠は私が持っている。食事をごちそうになる以上、出来る事はどんな些細な事でも率先してしなければならない。

 北西2番通りから更に脇道へ入った割りと奥まった所にマーサさんのお家があった。お庭にはお花や草木が丁寧にガーデニングされ、建物は古い造りながらもがっしりと丈夫そうな白いレンガで出来ている、マーサさん同様にどこか優しく可愛らしいお家だった。


「おじゃまします」

「あらら。はい、いらっしゃい。ふふ、若い子が来てくれるとやっぱり嬉しいわね〜」


 マーサさんは顔を綻ばせながら廊下から手招きする。お店ならばともかく民家に土足で上がる事になんだか違和感を感じてしまうけど、ぺこりと頭を下げてからマーサさんに続いて廊下の奥へと進んで行く。

 突き当たりの扉を抜けた先にあったのはダイニングキッチン。開放的な窓は庭に面していて木の実の光がいくつも見える、きっと昼間なら陽光が部屋を明るく照らしてくれるんだろうなあ。

 マーサさんは壁に掛かっていたエプロンを着けていた。真っ白でふりふりとフリルがあしらわれているずいぶん可愛らしいエプロンで、マーサさんにはよく似合っている。


「あ、お手伝いします、と言うかさせてください」

「あらら、じゃあお願いしようかしら。誰かと一緒に料理をするなんていつぶりかしら、楽しみだわ〜」


 そう言うとマーサさんは予備らしいお揃いのエプロンを貸してくれた……じ、自分で着けるとなるとなんか気恥ずかしいなあ……。

 そして、私とマーサさんはシチュー作りを開始した。



 ポーン。


『【加護契約】

 《調理》の加護を与える星との結び付きが強まりました。

 契約を交わし、星の加護を得ますか?

 [Yes][No]』



 あれ? ああ、そっか。料理をするのが《調理》の加護の取得条件なんだっけ。

 まさか取得しないと料理が出来ない、なんて事はないと思いたいけど、やっぱり料理をするなら加護があった方がいいのかな。

 それに……今日の事を考えれば自前で料理くらいは出来た方が……。


(マーサさんに迷惑を掛けたくないんだ、け……ど)


 その間、当のマーサさんはと言えばまるで私が見えていないかのように見向きもしていなかった。さっきまで親しげに話し掛けてくれていたのに。

 このウィンドウの所為なのか、その様子にはものすごい違和感があった。マーサさんがNPCと言う存在なのだと突き付けられたようだった。

 ノンプレイヤーキャラクター。私のようにプレイヤーではなく人工知能が動かす、このゲームの中だけの架空の存在……さっき話している時も所々で次の言葉に詰まって「?」と首を傾げていたのも返答にパターンでもあったからなのかどうか。


(……ここは、どんな反応をすべきなんだろう)


 すごいっ、こんなリアルなNPCがいるなんて! と素直に感心する場面?

 そんな事はどうでもいい、と無関心を装う場面?

 それとも……少し前まで普通に話していた人が同じ人間ではないと分かって切なさを覚える場面、なのかな?

 私の場合は……胸が疼く。


(……ううん、神父さまの時と同じだよね。相手がどうであれ、どう受け取るかは私の自由なんだから)


 お腹を空かせた私を心配してくれた真心も、他愛ないおしゃべりに見せてくれた笑顔も、私が信じるなら……きっと本物。



『【加護契約】

 星と契約を交わしました。

 加護《調理》がギフトリストに登録されました』



 《調理》を取得した私は手早くメニューでリストにセットして、マーサさんのお手伝いに戻ろうとする。



 ポーン。



(え、まだ何かあるの?)



『【チェーンクエスト発生】

 《マーサさんのお料理指南》#1

 クエストを開始しますか?

 [Yes][No]』



(『チェーンクエスト』……? 『クエスト』は確か……)


 ――クエストは特定の状況で条件を満たすと発生する任務・お使い・仕事などの総称です。

 ――クエストには様々な種類があり、荷物の運搬・要人の護衛・簡単なお手伝い・モンスター退治など様々。

 ――そしてそんな様々なクエストをクリアするとクリア報酬を得られる場合もあるのです。

 ――それは力やお金や物、もしかしたら栄誉や名声かもしれません。

 ――さぁ、街や村を回ってクエストを見つけてみましょう!


(えっと……こんな感じだったよね)


 説明書のクエストのページの文章を思い出す。

 チェーンと言うのは確か、複数回に跨がって継続して起こるクエスト、だっけ。

 見た所マーサさんに料理教わるだけみたい。まあデメリットも(多分)無いし、受けてみようかな。

 Yesを選んで私は今度こそマーサさんのお手伝いを開始した。



◇◇◇◇◇



 『ぐぎゅるる〜』


「ううう」

「あらら、お腹が大変ね。もう出来上がるからテーブルに座ってていいわよアリッサちゃん」

「す、すみませんマーサさん」


 マーサさんの言葉に甘えてエプロンを脱ぎ、ダイニングキッチンの目の前の木製テーブルにある4脚の椅子の内の1つに座らせてもらう。

 キシ、と軽く音を立てる椅子は古くはあってもよく手入れをしているのか座り心地良くしっかりと私を受け止めてくれた。

 テーブルには既に付け合わせのサラダとこんもりと盛られたロールパンがあり、今の私には酷く目の毒だった。

 弛く嘆息した私はお腹を撫でる。

 別にステータス上の変化でしかなく、音は鳴っても減っている訳では無い、無いのだけど……。


(こうまでぐーぐーぐーぐー鳴られるとごはんが恋しくなっちゃうよ……)


 晩ごはんを食べてまだ数十分と経っていないと言うのに、またごはんを食べる事になるなんて思わなかった。

 マーサさんを横目で見る。

 ぐつぐつとシチューをかき回しながら目を細めて鼻歌を歌っていた。


 当初は火はどうするのかとか疑問に思ったけど、この家のキッチンはやけに整っていた。

 シンクのような金属製の流し、青い宝石が栓に組み込まれた蛇口、赤い宝石がはめ込まれた陶器製のコンロ。

 話を聞けば、蛇口やコンロは水や火の力を持つ精霊を中に住まわせた『精霊器』と呼ばれる物の一種らしく、星の加護を持たなくても使えるそうな。

 いえ、もっと言えばこの部屋の灯りにしたってそうなのだ。

 天井に設えられた電灯のように見える機器もまた精霊器であり、夜中であるにも関わらず不自由の無い明るさをもたらしている。

 でもこれ、どこの家にもある代物では無さそうな気がするけど……。


「あらら、お待たせしちゃったわねアリッサちゃん」

「あ、はい!」


 コトン、と私の目の前にシチュー皿によそわれたホワイトシチュー(作り方は現実と同じだから多分そう)がふわりと実に、実に美味しそうな匂いを漂わせながら置かれた。


 ゴクリ。


 思わず唾を飲み込んでしまう。柔らかそうなニンジンが、形のしっかり残るジャガイモが、とろけたタマネギが、そして何よりプリッとした鶏肉が、白く輝くシチューに閉じ込められていた。

 いえ、仕方ないの。むしろよだれが垂れてない事を褒めてください。

 マーサさんは椅子に腰掛けると両手を組む。お祈りか何か?


「天に輝く星と月と太陽に、恵み育む大地に、今日も糧を頂ける事を感謝いたします」

「か、感謝いたします……?」

「あらら、じゃあ冷めない内にいただきましょうね」

「はいっ!い、いただきます!!」


 置かれていたスプーンを掴んでドキドキと高鳴る鼓動の中、最低限音を起てないようにして掬い上げる。


 そして一気に口の中へ――。




 そこから先は聞かないでください、ちょっと私の口から出すにはあまりにもあんまりな食べっぷりに私自身が恥ずかし過ぎる。

 ただ一言、マーサさんのシチュー超美味しかったです。ええ、そりゃもう……ふはー(にやけ)。


「はあ……ご馳走様でした」

「あらら、お粗末様でした」


 多目に作ったシチューを完食してしまった、一緒に食卓に載せられたサラダやパンも含めて……これが現実なら体重計を戦々恐々と見る羽目になったんでしょうね……などと思いつつ、私はエプロンを手に立ち上がり食器や鍋を洗おうとする。


「あらら、いいのよアリッサちゃん。私がやるわ」

「いいえダメですマーサさん! あんな美味しいシチューご馳走になって、これ以上マーサさんのお手を煩わせるなんてできませんよ!」


 「あらら、ありがとうね」と椅子に座り直すマーサさん、見ているこっちまで明るい気分になるニコニコ顔だ。

 本音を言えば、あれだけ食べてぐうたらしていたら付かなくてもいいアレやコレやが体(主に腹部とか二の腕付近)に追加で発注されそうな思いに駆り立てられた結果でもある。果たしてそんな事が起こるのかは知らないけども。

 さて、と私は袖を捲り食器洗いに取りかかるのだった。



◇◇◇◇◇



 洗い物も済み、今は2人で食後のおしゃべりタイムに突入していた。

 目の前にはマーサさんが淹れてくれた紅茶とお手製のクッキーがあり、さっきあれだけ食べてたくせにぽりぽりと摘んでいたりする。だって美味しいんだもん。


「じゃあ息子さんがいらっしゃるんですか?」

「ええ、王都についこの前お店を出したのよ」

「わー、おめでとうございます!」

「ありがとうね、うふふ」


 マーサさんはほんのり頬を染めて微笑んだ、可愛らしい笑顔だなー。なんだかこっちまでほっこりとしちゃう。


「ほら、星守さんたちは今王都に沢山いるでしょう? ガンツったらきっともっと賑やかになるって言ってね、一念発起してお店を出しちゃったのよ」

「ああ、成る程。前より人が減ってましたもんね、王都に移ってたんだ」


 確かに王都と言うくらいならはじまりの街(アラスタ)よりも色々と便利そうだしね。都会って物価高そうだけど。


 この話の発端は、私がマーサさんにある疑問を口にしたからだった。具体的にはどうしてこんな時間に外に出掛けていたのか。

 ゲーム内でも現実でも現在時刻は大した差が無い、こちらも今は夜なのだ。マーサさんのライフサイクルは知る由も無いけど、規則正しい生活を営んでいるのだろうな、とはこのお家やお庭を見れば想像に難くない。


 そこで飛び出したのがマーサさんの愛息子であるガンツ・ヘイゼルさんだった。

 どうもマーサさんはガンツさん宛の手紙を書いて王都に向かう知人に預けようとしたのだけど盛大に行き違い、いつの間にやらこんな時間になっていたのだとか。


(どれだけすれ違ったらこんな……ああ、でもだからこそマーサさんと会えたんだよね。でも……うーん、複雑)


 などと答えも出ない問いを頭の中で回しながら、その後も私たちは他愛のないおしゃべりに興じるのだった。



◇◇◇◇◇



「あらら? もうずいぶん時間が経っちゃったわね。ごめんなさいねアリッサちゃん、こんな時間まで引き留めちゃって」

「ああ、そうですね」


 おしゃべりを始めてどれくらいだろう? こちらでは現実の感覚では午後11時頃にはなってしまっているかもしれない。これ以上長居をしてはマーサさんが休めない、そろそろ引き上げなきゃ。


「そういえばアリッサちゃんはどこに住んでるのかしら? トナカイの蹄亭とか蜂鳥の羽ばたき亭? それともお家があるのかしら?」

「へあ?!」


 あ、忘れてた睡眠度!

 見れば空腹度ゲージはシチューやお菓子のお陰か9割まで回復していたけど、睡眠度の方は相変わらず赤いままなのだった。

 食事とおしゃべりですっかり頭の隅に追いやっていたとか、何だか最近よく思うのだけど、ばかじゃないかな私!


「あらら? どうしたの?」

「あ、いえ、その、なんと言うか」


 ヒクヒクと眉を引きつらせながら考える。

 今日はもう戦闘出来るコンディションじゃない。はじまりの森に行くとしてもこれじゃあ……すぐにどうこうとはならなくても睡眠度が0になればMPに対するあらゆる回復が作用しなくなる。法術が要の私にそれは致命的過ぎる。


(気もそぞろの戦闘なんて危ないよね……うわあ)


 実質的にどれだけの間持つのかが分からない。

 宿屋に泊まって回復させなきゃ……でも、なんと残金は75G。

 初心者用ポーション1本分にしかならない、宿屋に泊まれもしない。な、なんと言う行き当たりばったり……。


(またノールさんのお店に行って今日手に入れたドロップアイテムを換金すれば……でも今回は前程の量は無いしどれだけの値になるか……)


 どの道お財布の軽さ的には五十歩百歩かもしれない。


「あ、あのマーサさん。この街で一番安い宿屋ってどこでしょうか?」


 こうなれば最後の悪あがき、少しでも可能性を模索しよう。

 この街に長く住んでいそうなマーサさんならそんな情報も持っているかもしれない、と一縷の望みを託してみる。


「あららそうねぇ、南の門近くの猫の額亭の50Gが一番安かったかしら」


 ご、50G!? 安っ! 夜の梟亭の3分の1……そこなら今のお金だけでも泊まれる、今日はなんとか乗り越えられる、かな?


「あ、あららアリッサちゃん大丈夫? 顔色が悪いわ」

「大丈夫大丈夫、大丈夫ですよ。ええ、そりゃもう全然元気」


 空元気ですが。


「あらら、どうしましょどうしましょ……でも猫の額亭より安い宿なんてあったかしら……?」

「ま、マーサさん落ち着いてください。とりあえず今日泊まるくらいならなんとかなりますから!」

「あ、あらら、今日の分しかないの?!」


 いけない、余計に不安にさせてしまった。

 大丈夫、1.5泊分あります! ではどうかな。ダメかな。ダメだね。


「き、今日ぐっすり寝て明日がんばって働いて稼ぎますから大丈夫ですよ」

「あらら。でもあそこボロボロだし、その名前の通り猫の額くらいの広さしかないわよ? ゆっくり出来るかしら……」


 か、回復する分には問題無い……きっと。


「あらら……困ったわねぇ、んー……ねぇ、アリッサちゃん」

「はい、なんですか?」



「よければ、この家に住まない?」



「………………はい?」


 住む?

 この家に?

 突然の展開に私の頭がフリーズする。

 対してマーサさんはニコニコ顔でこちらの返答を待っている。


「えと、ここに、ですか?」

「あらら。嫌?」

「いっ、いえそんな事はっ、すごく助かりますし……でも、いいんですか?」

「あらら。だってこんなに楽しかったんだもの、アリッサちゃんがいてくれたらこれからもきっと楽しいわ〜」


 この短い時間でした事と言えば、一緒にお料理して、お食事して、おしゃべりして、笑い合って、ただそれだけなのに。


(でも、私も楽しかったな)


 出会えてよかったと、お別れが寂しいなと、どこかで思ってる。

 そう思えるのなら、その気持ちに従ってもいいのかな?


「あらら。どうかしら?」



 ポーン。


『【契約】

 [ヘイゼル家の居候]

 [Yes][No]』



 開いたウィンドウは宿屋さんと同様の物だった。

 その半透明の板の向こう側にはウキウキと返事を心待にしているかのようなマーサさん。

 その姿を見たら、かすかに唇が動く。


(これで断れる程、器用じゃないよ)


 苦笑と共にウィンドウをタップして、改めてマーサさんに向き直る。


「……分かりました、お言葉に甘えさせていただきます」

「あらら、それじゃあ」

「はい、お世話になります」

「あらら、よかった〜。それじゃあよろしくね、アリッサちゃん」

「はい。よろしくお願いします、マーサさん」


 そう選択するやマーサさんが朗らかに笑みを浮かべながらはしゃいでいる、私が同居するのがそんなに嬉しいのかな……。

 そういえば旦那さんの話は聞いてないな。息子さんは王都に行ってしまったと言っていたし、1人暮らし、だったのかも。


「あらら。それじゃあまずは案内するわね、どの部屋がいいかしら〜」

「え、あ、はい」


 私はマーサさんに促されて椅子から立ち上がる。

 一度廊下に出るとお風呂やトイレ(今まで尿意を感じた事は無いのだけど……使う事があるのかなあ?)の場所、そしてマーサさんと息子さんの部屋が1階にあると説明された。

 私の部屋は2階になるので気兼ねしなくていい、とも。

 階段を上っていくとその先に左右に2つずつ、計4つのドアが並んでいる。


「2階の空き部屋は2つあるのよ、どれがいいかしら?」


 左手前の部屋はベッドなどは置かれておらず右奥の部屋は物置として使っているので、他の2部屋ならどちらでも好きな部屋を選んでいいそうだ。

 造りはどれも同じだったので物置の隣にしておいた。


「あらら、じゃあ今日からここはアリッサちゃんのお部屋に決まりね」

「はい。よろしくお願いします、マーサさん」

「あらら。はい、よろしくね。わたしはもう寝るつもりだけど、アリッサちゃんはどうするのかしら? 部屋はちゃんと掃除してあるからすぐにでも使えるけれど」

「……そうですね、そうさせてもらいます。本当に色々とご迷惑を――」

「あらら、いいのよ。ほら、気にしないでゆっくり休んでね」


 そう言って部屋の中へと促してくれる。

 部屋はベッド、机にタンスがあるだけのシンプルな造りで、マーサさん曰く許可さえ出れば後は好きに改装してもいいらしい(改築、なんてのはさすがに無理だろうけど)。


 マーサさんは私が部屋に入るとすぐに退室してお休みなさいね、とドアを閉めていった。

 パタパタと階段を下りる音が次第に小さくなっていく。


「ふう」


 なんだか色々あったな今日。

 ノールさんのお店に行って、森に突入して、芋虫にやられて、教会に死んで戻って、図書館に行って、お腹が鳴って、マーサさんにぶつかって、食事に誘われて、一緒に住む事になって……。

 時計を確認するとまだ10時過ぎだった。

 とは言っても、睡眠度が今も赤いままに減っている。森に行ったとして何が出来る訳でもない、マーサさんの言う通り今日はもう大人しくログアウトするしかないのかな。


(はあ……もっとがんばらなきゃ。こんな調子じゃ、いつまで経ってもクラリスの背中なんて見えてこないよね……)


 杖を机に立て掛けて靴を脱いでポスン、とベッドに飛び込む。


「……いい匂い」


 夜の梟亭の物よりも多少大きなベッドからは、ふんわりとお日様の匂いがする。これなら本当に寝てしまいそうだった。



 ポーン。


『【就寝】

 [ヘイゼル家での宿泊]

 就寝しますか?

 [Yes][No]』


『【就寝】

 [ヘイゼル家での宿泊]

 ログアウトしますか?

 [Yes][No]』



 両方共にYesを選択すると、強制的に瞼が閉じられていく。体からは力が抜け、暗闇の中で次第に感覚がぼやけていった。


(今日の事はきちんと反省しないと……空腹度は適度に食事を、睡眠度はログアウト時は必ず睡眠をする、でないと今日みたいに何も出来ずに終わる羽目になっちゃう)


 そう考えながら、私は現実へと引き戻されていった。


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