第98話「ただ気持ちのまま」
――バシュンッ!
私たちを追い掛けていた水の刃が廃墟の壁に激突し、弾けて消えた。
「『っ、間に合った……!』」
「ふう……」
『キューイ』
ここに飛び込んだのもギリギリだったので私とセレナ、そしてひーちゃんも安堵の息を吐く。
クリアテールさんの攻撃は廃墟群を盾とした場合防げる場合が多い。
セバスチャンさん曰く「それは、クリアテール殿の攻撃は大穴で使う事を前提としている為」なのだと言う。
クリアテールさんはダメージ量が一定を超えた場合、こちらを追うのをやめ、大穴で待ち伏せるようになる。
広大な大穴はクリアテールさんの体を簡単に飲み込む。その際の彼女の動きはまさしく水を得た魚と言った感じらしい。
更に、水竜の息吹に酸性雨など、遮蔽物の無い場所ではこれらの攻撃がどれだけ凶悪となるか。
そう思えば全然ダメージが入らなくても悔しくないかもしれない……むしろほっとする。
「『……じゃあ行くわよ、しっかり掴まって』」
「了解」
『キュ!』
窓から首を出して周囲を窺っていたセレナがそう言い、私の腰を抱く腕に力を込めた。
水の刃が私たちを追った、つまりクリアテールさんの攻撃目標は私だ。今も接近しているのかもしれない。
大概の攻撃で簡単にHPを全て奪われる身としては、いつまでもひと所に留まってはいられない。
私は頷き首に腕を回す、セレナは入ってきた窓から飛び出した。
『そこにいたか娘たち』
「『目が良いんだか鼻が利くんだか……!』」
『キュキュキュ!!』
「っ、セレナ!」
お昼ごはんから既に数時間が経過していた。そろそろ晩ごはんも視野に入り始める時間帯。
そこまで長く戦っていれば攻撃への対処も今のようにそれなりに慣れてきている。
特にひーちゃんの恐がり方などは攻撃を察知する一助であり、この子が一度たりと攻撃を受けずにいる理由かもしれない。
……しかし、基本的に実力差が隔絶した相手である。時に戦闘不能となってその度に蘇生アイテムは消費されていった。
――ピリリ、ピリリ。
そんなアラーム音が決めていた時間を教えてきたから私はセレナに尋ねる。
「セレナ、大地神の涙は後どれくらい残ってる?」
「『……』」
痛い腹を突かれたと言った顔のセレナが口ごもる。
今回の戦闘で私たちはそれぞれ適宜湖畔に設営されたテントでログアウトする、と言う変わった戦い方をしている。
それは戦闘が長々時間に渡る為に現実で食事を摂る為であり、瀕死状態になった時に消費される蘇生猶予カウントを回復する為であった。
しかし、その為に誰もが少なからず戦闘を離れていた時があると言う事でもある。
その為にどれだけ蘇生アイテムを消費したか全員が全員分把握している訳じゃ無い。
表面的なダメージ・状態異常ならば視覚的に捉えられるけど、アイテムのストックなどは例えパーティーを組んでも分からないのだから。
この戦闘での要である瀕死状態となっても自動で蘇生する効果を持つ大地神の涙のストックは一定時間毎にそれぞれチェックする事にしていた。
セレナ自身それは理解しているんだろう。周囲を見てクリアテールさんが天丼くんのスキルで誘き出されたタイミングを見計らってシステムメニューを開いて確認する。
「『……30』」
チャットから天丼くんとセバスチャンさんからもストックが伝わる。天丼くんはセレナとほぼ同じ、セバスチャンさんは多少は多いものの楽観出来る数字ではなかった。
そして私のストックは87。みんなに守られたからこれだけ残ってる、その分みんなに負担が回っているんだ。
「3分の1以下……」
戦闘開始前、セバスチャンさんがお金を注ぎ込んで買い求めた大量の大地神の涙。私たちにはそれぞれに99個ずつ渡されていた。
(消費ペースが速すぎる……!)
戦闘開始からおおよそ8時間近く、戦闘に使える時間はおおよそ5〜6時間。なのにその数と言うのは明らかに足りていない。
『ううむ。もう少し買っておくべきでしたかな?』
疲れを感じさせないセバスチャンさんの声がチャット越しに聞こえてきた。
「そんな事は……今回は収益が見込めないんですから、度が過ぎる散財はいけませんよ」
大地神の涙は蘇生した時点で1しかHPを回復出来ないものの、自動蘇生効果を持つ為にそれなりの値段となるらしい。
それを約400個用意し、上記の蘇生時HP1からの回復用にハイパーHPポーションを各自250個、主に私用に用意された各種MPポーションなどもセバスチャンさん供出なのだ。
それこそ莫大な額の資金が既につぎ込まれている割に、クリアテールさんとの戦闘での目的は勝利ではなく戦闘でスキルを使い経験値を得る事。
戦闘が終わった所でドロップアイテムや報酬が出る訳でもない。
だと言うのにこの上更に、なんて口が裂けても言えるものですか。
「機を見計らって私の大地神の涙をみんなに分けます、それで1人頭45、6個くらいにはなる筈……」
元より私1人では逆立ちしても戦闘の継続なんて望めない相手。ならみんなの分に回した方が長く戦える。
……けど、
『それでもやっぱ時間いっぱいまでってのは難しいかねぇ!』
クリアテールさんに追われて息を切らせた天丼くんの声が、分配したとしても足りなくなると告げてきた。
「『……一応、戦闘不能になるペース自体は落ちてる気がするんだけどね』」
進行方向をクリアテールさんに変えながらもセレナの呟きがチャットにより増幅され耳に届く。
それは事実と思う。
戦闘開始からお昼ごはんにまでが最も戦闘不能回数が多く、徐々に慣れて回数は減ってきている。
ただ、元々の消費ペースが激し過ぎた。
多分時間的には間に合わないのだ。
『ならばせめて我らが目標とする値に届くまで全力を尽くしましょう』
『ま、そうだな。俺らの目標は勝つ事じゃねぇ。それまでなるだけ粘ってやるさ』
「『そうよ、試合に負けても勝負に負けなけりゃいいんだから!』」
『キュ!』
この戦闘の目標は私の加護のレベルアップ。それさえ果たせるなら――それがみんなの共通認識だった。
「……」
けど、その決意にこそ私の胸の奥は小さくざわめく。
その時が来なければいい。そう思いながらも、きっといつかは――。
私はそう予感し、そして……その時は訪れてしまうのだった。
◇◇◇◇◇
「あ――」
世界が逆さまに映る。
宙を舞っていた。
放り投げられたのだ。
力の限りのそれはあり得ない程に長く舞わせ、私を遠くへと追いやろうとしていた。
「――っ、天丼、くん……!」
『気に、すんなって……後は、ま、がんばれや』
「ああっ!」
ただ感情のままに伸ばした手は何に届く事も無く、虚しく宙を泳ぐ。
眼前、そこでは天丼くんがいた。その姿は瞬きの間に光の粒となって消え、後にはただ水面の波紋だけが残された。
(ゲージが、消え――!)
死に戻り。
HPが0となり、蘇生猶予カウントも0となった時、PCは戦闘から離脱し、最後に立ち寄ったライフタウンまで強制的に転移し、得た経験値の2割を失う。
場合により異なるものの、今この戦闘に天丼くんが復帰する事はもう無い。
テーブルマウンテンの奥地と言う秘境は気軽に来れる場所ではないのだから。
(っ――!)
息が詰まる思いだった。
天丼くんの蘇生アイテムが底をついた事は知っていた。蘇生猶予ももう無くなると知っていた。
次に戦闘不能となればどうなるかだって知っていた。私もかつて何度となくそうなったのだから。
でも、違った。
(――ああ……っ!)
視界がわずかにぼやけるのは飛沫となった水の刃の所為ではなくて、喉が震えるのも恐怖からではなくて……。
(ごめんなさい――)
本心から出た言葉だった。遅かれ早かれこうなる事は想定の範囲内ではあっても、私はひどく……悔いていた。
(こんなに辛い事だなんて思わなかった、こんなに苦しい事だなんて思わなかった、こんなに悲しい事だなんて思わなかった――)
そう、私は1ヶ月のプレイ時間の中で今初めて――。
(――誰かが、いなくなる事が……っ)
――大切な仲間を、大事な友達を、死なせてしまったのだ。
そして実感した。
私は今、泣いている。置き去りにする涙がそれを私に教えていた。
だからか、私の反応が遅れる。
――バッシャン!
体が水面に叩き付けられる。
高地の水であるから冷たく、浅瀬であるから地面にぶつかり痛い。だけど、そんな感想を持つ暇など私に与えられている筈も無かった。
『まずは1人――』
背後、天丼くんを倒したクリアテールさんが私へ頭を巡らせる。
『続けて2人。後に続け、森の娘』
そのぎらつく牙の隙間から青い輝きを――
『キューーーーッ!!』
瞬間、響く声。
(――今、の、は……)
聞き慣れた可愛らしい高い声。視界には燃え盛る火の玉が、輝きを増し始めていた口へと激突する光景が映る。
「ひ、ちゃ」
震える喉はきちんと言葉を出してなんてくれなかった。
けど、なのに、
『キュー』
どうして、そんなに嬉しそうにしているの?
――キュオッ!
その火の玉は一瞬小さくなると輝く程に激しい爆発を引き起こす!
(〈ファイア、ブロウアップ〉……?!)
自らのHPをすべて失う代わりに大ダメージを与えるそのスキルを使えなんて、私は一度たりと言っていない。言う筈が無い。
ひーちゃんも本当に死んでしまった訳じゃない。HPが0になった事で強制送還されただけ、またしばらくすれば召喚出来て元気な姿を見せてくれる。
けど、だとしても驚愕を覚えずにいられない。
(あれだけ水を恐がってたのに――ひーちゃん、ひーちゃんあなたは――!)
残るのはまた大切な仲間が、大事な友達がいなくなったと言う事実、だけど……私は唇を噛む。
『続けて1匹。その献身は讃えるが……さて森の娘よ、汝はそれに足るか?』
(……そうだ。足りない、足りてなかった……っ!)
歯を食い縛る。
天丼くんの事は誰より彼自身が知っていた。なのに彼は盾を構えていてくれた。私を守ってくれた。最後は私だけでもと投げ飛ばして、無防備な背中に直撃を受けた。
「…………ありがとう」
いつか言われた言葉が甦り、そんな言葉がささやかな水音に紛れる程細く出る。
「っ、ありがとう……っ」
そしてもう一度。
私を守ってくれた、私よりもずっとずっと勇気を持っていた小さなひーちゃんに。
(私も、あなたみたいに勇気を持つよ……私の心が痛んでも、辛くても、悲しくても関係無い、2人の気持ちを――無駄にするんじゃない、私――っ!!)
そう、私は奮い起つ。私は生かされたのだからと、そう出来なければ本当に2人は無駄死にじゃないかと。
きっとさっき、あの巻き起こった爆炎が心に火を灯したのだと信じて顔を上げる。
でも、ありがとうの言葉を既に消えた2人が聞く事は無い。
声を届けるような機能も、スキルも、あるいは超能力だって持ち合わせていない。
(だから後でちゃんと言おう。きっと、きっと。負けなかったって……!)
バシャバシャと水面を蹴る、その勢いを殺さずに体を起こして走り出す。
「“水の歩み”……!」
自身の腕に向かってそう叫べば体は淡く光を帯び、足を取っていた水の上を走る事が出来る。格段に走りやすくなったけど、それでも思う。
(遅い……っ!)
そう己の貧弱な体を断じる。それくらい速度は出ない。
装備を新しくしても体系のパラメータの上昇幅は少なく、みんなより遅いのは当然で、背中から感じる圧力は確実に近付いているから余計にそう愚痴らずにいられない。
(それでも、出来るだけ離れなきゃ……!)
天丼くんとひーちゃんの守ってくれたこの命を絶対に無駄にはしないと固く心に誓う。
やれる事がある限りは……絶対に諦めない。
――だから走る!
――一歩でも遠くへ行く為に、全力で走る!
「はっ、はっ……!」
細い脇道を見つけてそこに入り込む。相手は空を飛べるのだから追うのに関係は無くても、牙で噛み砕かれるなり、爪で切り裂かれるなり、尻尾で吹き飛ばされるなり、直接的な攻撃を回避出来るならそれだけでも助かる。
(……でもこの感じ、どこか……懐かしい)
荒くなる呼吸、振り乱される髪、振り上げる腕、回転する足、何より単身。
間違いようのない危機の最中、だと言うのに不思議と頭が少し冷静に機能している理由。
(ああ……やってきた事が残ってる)
これは慣れ。
《古式法術》を得るまで、みんなとパーティーを組む前まで、私は弱いくせに1人で戦っていた。
下手に攻撃を受ければ死んでしまうタイトロープなボス戦を、駆けて走って逃げ回って何度も何度も待機状態の法術を振り向きざまに放っていた。
何の事は無い。
時間は置いてあっても、重ねた経験はしっかりと私のどこかに息づいていた。
あの頃と状況は似たり寄ったり。いえ、蘇生アイテムなんて高価な品がポシェットの中に眠っているのだから相手が相手だとしても断然マシかもしれない。
(このままなら追い付かれる……なら、やってみる!)
――ザザッ!
水面にクリアテールさんの巨影が写った瞬間に足を止める。仰げば廃墟の隙間から覗く狭い空は青い巨体が埋めている。
だからすぐさま待機させていた法術を解き放ち、着弾を見届けもしない内に反転、来た道を戻っていく。
(地に足が着いていない今なら、急な旋回には限界がある筈……距離を取る!)
当てずっぽうの色合いが強いけど、勇気を振り絞るにはお釣りが出る言い訳を頭から心に巡らす。
『オオオオォォォォッ!』
上空からビリビリと肌を震わす咆哮。攻撃か、あるいは――。
(拘束技!)
前方、開けた通り側から2本、そしておそらくは後方からも2本の水柱。
あれに囚われれば噴出する水により上空に放り上げられてしまう、そうなればクリアテールさんの思う壺、煮るなり焼くなりご自由にコースが待っている。
でも、狭い脇道では逃げようが無い。
(なら、あれを――)
どんな法術を使うか、そう頭に浮かべば口は半自動的に動き出す。ずっとずっと繰り返してきた反復練習はこんな土壇場だからこそ骨身から溢れ出す。
ぐんっ! 両足に込める力を増す、回転を上げながら1歩でも前へ。そして――。
「“導け、聖なる領域”!」
自身を中心に展開する光の壁、防御法術〈プロテクション〉が迫り来る水柱を押し退ける。
しかし、水柱は諦める様子も無く〈プロテクション〉へと張り付き、迫る事を止めようとしない。
前後を水柱に、左右を壁に囲まれた格好。身動きが取れないなら、それは結局拘束される事と変わらない。
(……けど、策が無い訳じゃない)
この戦闘での経験値は死に戻りすれば減少するものの、戦闘を中断し、湖畔に脱出した時点で加護に加算はされる。
つまり、今の《古式法術》は――。
「〈ダブル・レイヤー〉、“汝、虹のミスタリアの名の下に我は乞う”“我が意のままに形を成し、魔を討つ氷の一欠を、この手の許に導きたまえ”。“其は、形無き物に形を与える凍れる息吹き”。“凍てつけ、氷結”、〈マルチロック〉、リリース!」
青と緑が混じり合った2つの光球は道を塞ぐ水柱に命中し即座に氷柱へと変える。
《氷属性法術》10レベルビギナーズスキル〈アイスフリーザー〉。水などの液体を凍らせる効果を持つ。
先程のログアウト時にレベルアップした事で修得したスキルの1つだった。
(これで!)
凍りついた氷柱は動く事は無く、私は脇道を脱出する。
その時に押しやった氷柱はバキリと根本からへし折れて粉々に砕け、破片は陽光を受けてキラキラと周囲を煌めかせる。
『アリッサさん!』
その瞬間、チャットからセバスチャンさんの声がする。振り向けばこちらに向かって駆けてくる姿。
私たちは合流し、抱き上げてもらって距離を離す。
「『ご無事で何より』」
「……私は……でも天丼くんとひーちゃんが……」
振り向いてもそこには何も、誰もいない。視界内のHPゲージはいつもよりずっとずっと寂しい。
『ほっほ。今頃ライフタウンでゆっくりとなさっている事でしょう。残された我らは、彼の頑張りに応える事を考えましょう』
「……はい、分かっています」
ぐっと弱音を飲み込む。
振り向くとクリアテールさんの姿は若干離れていて……あのプレモーションは?!
「セバスチャンさん!」
「『ゆっくりとお喋りも許されぬとは、どうにも手厳しい!』」
廃墟の屋根に降り立ったクリアテールさんが空に向かって鳴く。ここからの攻撃となれば黒雲を用いたもの……酸性雨・『豪雨』・『霧雨』の3種。
クリアテールさんへの攻撃を続けつつ、早回しのように急速に立ち込める黒雲を意識する。やがてそこからチカリ、淡く青い光を瞳が捉えた!
「豪雨!」
『チッ!』
チャット越しに伝わる苦みばしった声が豪雨の脅威を如実に表していた。
「『セレナさん! 身を隠せる場所へお早く!』」
『分かってる!』
セバスチャンさんは廃墟の2階へと退避する。程無く壁の向こうから小さな音がした。
――パタッ。
そんな音が1つ2つ3つ4つ……やがて恐ろしい程の数の音が重なり、次の瞬間には薄青色の光を帯びた猛烈な雨が降り始める。
「セレナ、そっちは無事だった?」
内心の心配をまるで隠せぬままチャットで呼び掛ける。
『なんとかね』
ほっと安堵する。
この豪雨は酸性雨同様に雨粒の1つ1つに数ダメージの判定を持つ。
酸性雨との違いは耐久値減少効果が無い事だけど、視界は塞がれてしまうのは変わらないのでどの道身動きを封じられてしまう。
こうしている間にもクリアテールさんが近付いているのではと縮こまっていると……。
「『先程は……中々どうして、ご立派な戦いぶりだったようですな』」
不意にそんな言葉が贈られる。
きょとんとする私にセバスチャンさんがにこりと朗らかに笑みを浮かべていた。
先程、と言うと1人で走り回った時の事かな。
「あの、いえ、大分綱渡りでしたし……運が良かっただけですよ……」
実際色々とギリギリな戦い方だった。
脇道で出たのが攻撃力の無い拘束技だったから防げたけど、もし水の刃でも放たれていれば〈プロテクション〉程度では防げず、一撃でHPが消し飛び戦闘不能となっていたに違いない。
それだけでもなく基本的に逃げ回る間のどのタイミングでも攻撃されればアウトだった。
防御力も機動力も無い私が無事だったのは本当に幸運に恵まれた色合いが強い。
「『ご謙遜を。いえ本当に、万一を考えたならば先程の対応でも十分ですとも』」
「万一?」
「『……天くん同様、わたくしの蘇生アイテムもそろそろ底をつきます。セレナさんもそうなのでは?』」
『まーね』
チャット越しにセレナが会話に加わる。
晩ごはんを済ませて多少は蘇生猶予カウントが回復していても、蘇生自体が出来なくなれば……死に戻る他は無い。
「『もし、わたくしかセレナさんのどちらかが死に戻ればアリッサさんが単独行動を行う場合もあるでしょう』」
「それは……」
無い、とは言い切れない。
私たちの中で最も防御力の高い天丼くんだってとうとう死に戻ってしまったのだから。
「『万一単独行動が厳しいのであれば、そうなった時点での降参も視野に入れておりましたからな』」
それはそうだ。クリアテールさんの攻撃を凌ぐのは至難の技。
戦闘不能→自動蘇生→すぐさま攻撃→戦闘不能となりあっと言う間に蘇生猶予カウントは消し飛ぶ。
そうなれば戦闘は敗北となり、得た経験値の2割は失われてしまう。それだけはどうあっても防がなくてはならない。
「『もちろんそれは無茶をしろ、と言う事ではありません。ですがもしも、レベル30までに必要な経験値を得ねばならなかったとすれば……お考えを』」
もしもの話……それは一歩違えば失うものの多すぎるギャンブルだった。
「その時は……」
『覚悟はしとけって話よ』
「うん」
「『……アリッサさん、そろそろ雨がやむようです。参りましょうか』」
「……はいっ」
セバスチャンさんに抱き上げてもらい、タイミングを見計らって飛び出す。
「『む』」
正面、廃墟の屋根に降り立っていたクリアテールさんがこちらを捉えるのを、私の瞳もまた捉える。
セバスチャンさんが水面を蹴るのと、クリアテールさんが翼を羽ばたかせるのはほぼ同時だった。
◇◇◇◇◇
あれから何度かの攻防が行われた。一進一退、なんて事にはならず、私たちはいつだって逃げてはやられての繰り返しだった。
そしてそれは、今も同じで――。
走る、走る、走る。
「『ぜっ!』」
セレナが走る。私を連れて、廃墟群の間を縫って走る。セレナはスタミナ値も怪しいだろうに、それこそ風の如くに加速している。
進路上には丁字路。普段ならば跳躍し、乗り越える選択肢もあった。が、背後から迫るクリアテールさんがそれを許さない。
口内に充溢しているのだろうスプラッシュブレスの鮮烈な光が、跳躍などすれば狙い撃ちすると伝えるかのよう。
だからセレナは跳ぶ。
上ではなく――前、丁字路を成す廃墟の壁へと、その勢いのままに!
――ズダッ!
セレナの細い足が一瞬、壁に当たり次の瞬間には壁を蹴ったのだ!
壁走り。数歩ではあったけど、それでも直角に曲がった事でクリアテールさんの攻撃は空振りとなる。
しかし、それで攻撃が終わる訳じゃない。天丼くんが去った事でヘイトコントロールはより難しくなっている。
「『しつこい……っ! どうしろってのよ!』」
「一旦――」
「『却下! 本末転倒!』」
一旦攻撃を止めるか、その言葉を先読みしたセレナが制止する。
「『逃げてやるわよ! 伊達に《脚力上昇》取ってないってぇの!!』」
ぐん! 加速する体感速度、以前よりも速く感じるのはセレナの《脚力上昇》も、この戦闘でレベルアップしたからか。
しかし、それを尚上回るのか、背後から迫る姿は刻一刻と近付いている。
攻撃・攻撃・攻撃。
その度に当てやすくなるクリアテールさんに焦燥が心を焦がす。
(だめっ、追い付かれるっ!)
同じく思ったのだろう。クリアテールさんの顎が開かれる。ギラッ、心臓を貫くような輝きが私の瞳を埋め尽くし――。
『ぬぅんっ!!』
ドッ! 直後、クリアテールさんの頭が衝撃音と共に弾かれた!
まるで弾丸のように頭を撃ち抜いた黒い影、それは――!
「セバスチャンさん?!」
黒い執事服、眼光鋭く、手には以前1度だけ見せた短刀を握り締めたセバスチャンさんがクリアテールさんに凄絶な突き攻撃を食らわせていた!
『お行きなさい!!』
「『っ……ぬ、あぁあぁぁぁぁっ!!』」
ダンダンダン!
少しでも速く、わずかでも遠くへ。セレナの心のままに、1歩1歩が数メートルの歩幅を叩き出し、攻撃により失速したクリアテールさんを置き去りにした。
「――っっっ!!」
だめ!
そう叫びたかった。
天丼くんの死に戻りから1時間と経たず、既に2人の蘇生アイテムは底をついていた。
私の分を分けようとしてもこれ以上はだめと拒否されている。
もう、自動では戦闘不能から復帰出来ない、だからセバスチャンさんは――!
『――健闘を祈ります』
その言葉だけを残し、長い戦いから退場していった。
田舎から出てきた親類に付き合ったり、そう思えば田舎に行って片付けさせられたり、ゴールデンウィークは色々と忙しかったです。
……休みの筈なのに執筆全然進んでない……。




