第9話「なんだか妹が縦横無尽」
明くる日の昼休み、私は3年生の教室を訪れていた。
クラスを確認して出入り口近くにいた上級生に話し掛ける。
「すみません、春日野先輩はいらっしゃいますか?」
「え? ああ、いるわよ。さくらー、書記ちゃんが来てるよー」
もう書記じゃないんですけどね、と思いつつ苦笑する。このクラスには何度か会長(当時)を訪ねていたので顔を覚えてもらっていたらしい。
「はいはい、っと。ありがと、千尋」
「ごゆっくりー」
呼び掛けにすぐに春日野先輩は現れ、声を掛けた千尋と言う名前らしい先輩は手を振りながら離れていった。お辞儀をして春日野先輩と向き直る。
「昨日ぶりね書記子。結果報告?」
髪を踊らせながらそう尋ねてくる。腰に手を当てて立つ春日野さくら前・生徒会会長はそれだけで絵になる存在だ。
目立ち、目を引き、目に止まり、そして時折目に余る。
1年間同じ生徒会にいて、多少なりとも慣れたつもりでも、不意打ち気味に放たれる仕草にはドキリとさせられたりする。
まあ、そこで顔に出すのはなんだか負けた気分になるので平静を装おうのだけども。
「はい、昨日のお礼に。先輩のお陰で妹と仲直りする事が出来ましたので」
姿勢を正して、会長に報告する。花菜との仲直りの後押しをしてくれたのは、今ここにいる春日野先輩だ。それが無ければ、まだ花菜と仲違いが続いていた、きっと。
だから、電話番号もメールアドレスも知っているけど、ここはきちんと本人にお礼をしておきたかった。
「本当に、ありがとうございました」
深々と頭を下げる。
「貴女って……どうしてそう、固っ苦しいのかしらね」
だが当の本人には不満だったらしく、そう言うやいなや私の頭を両手で掴みぐいっと自分の方を向かせる。
……捻ったりはしてない、と思う。
「そんなのはいいの、私は発破掛けただけで頑張ったのは貴女なんだし、言った通り私は依頼通りに立ち居振る舞っただけですからね」
面と向かってそう言われると、なんだか胸の奥がむず痒くて。
嬉しい。
改めて感謝の意が口から、
「あ、」
「それでもお礼って言うなら笑顔の1つも持参してほしいかな? こう……嬉しそうなのを1つ」
「……エー」
そんな事言われたって出やしない。
私、一応笑ってたと思うのだけど……どうも先輩にするとそれでは足りなかったみたい。
にっこり、と人によっては向けられただけで一種致命的なスマイルを作り、見本は見せたとばかりに小首を傾げている。
やれと?
それはあなただから様になる気が激しくするのですが。しなきゃダメですか? ……ああ、ダメなんですね。
周りからの視線は気の所為……と、思った方がきっと楽。ギャラリーが増えない内に済ますべき。
この人に絡まれた時はさっさと要求を満たすに限るのだ。満たせれば、だけど。
「え、えーと、こうですか」
にこー。
「固ーい」
「う、」
そうだろうと私も思う。
しかし、これはあれなのかな。ちゃんと先輩が満足する笑顔が出来るまでやらされる流れ?
「……ふう。ま、いいけれどね。上手くいったなら、それに越した事は無いもの」
掴んでいた頭を離し、ぽんと頭に手を載せる。
私はと言えば、呆気ない終わり方に思わずきょとんと呆けてしまう。
「ご苦労様」
「……はい」
先輩は今度はふんわりとした優しげな笑顔を向けてくれた。それはまるで「よかったわね」と語り掛けてくるみたいだった。
そしてそれに応じるように、私の顔にも笑みが浮かぶのが分かる。多分さっき言われた、嬉しそうなのが。
◇◇◇◇◇
「ずいぶんと仲が良いのね、花菜ちゃんに言ったら泣きそう」
「それを楽しそうに言うってどうよ」
春日野先輩のクラスを辞した私に浴びせられたのはそんな言葉だった。
幼馴染みの2人、まこと光子は私が先輩にお礼を言っている間廊下で待っていた。
初めは先輩に『クライアント』と言われていた2人なので一緒に先輩に挨拶くらいはするかと思っていたら、なんと昨日私と別れた後の先輩と落ち合っていて諸々の事は既に済ませていたと言う。
しかも昨日聞かされた録音の内、まこのパートは当日に2人して我が家に赴いて録られた物であり、その間の時間稼ぎと発破を掛ける役を先輩に頼んでいたのだと聞かされた時にはそのアグレッシブさに開いた口が塞がらなかった。
「別に結花が自発的に動いてくれればこんな事をせずともすんだのだけどね。残念極まりない事に誰かさんの性根が思った以上にチキンだったものだから動かざるをえなくなったのよ。ああ、面倒臭かった」
3年生ばかりの廊下を歩きながら昨日の(正確には数日前からの)詳細を、外面はまともなくせに気心の知れた相手には毒を混ぜる幼馴染みが語っている。
「わたし、文化祭で結花が雑用をさせられないように色々してあげたのよ。お陰で遊ぶ時間が削れちゃったわ。だって言うのにだらだらそこらを歩き回っただけとか、期待外れも甚だしかったわねー」
「う。面目無い」
まこ的にはあそこで花菜と連絡を取ってわだかまりを薄れさせるか、花菜からコンタクトを取るくらいはしてほしかったらしい。その為に光子には花菜を捕まえつついつでも合流出来る位置で待機していた(それが録音の光子パート)。が、予想に反して私たちは互いに相手方からのアクションを待ってしまい、計画はご破算となった。
「おまけに役員辞めてもいつまでもその時の事を引きずるし……いい加減うざかったからこっちからお膳立てしたのよ。これはあれね、一生ものの貸しよね」
「否定出来ない……」
そうしているとぐしゃぐしゃと力任せに頭を撫で回される。
「まぁ、まこ相手に借りとか頭痛くなるのは分かるけどさ、良かったじゃん。仲直り出来たんだからさ。そんだけで十分だろ?」
「それは……うん」
私は光子の手から逃れて2人の前に立ち、バッと頭を下げた。
「改めて、心配掛けてごめん。仲直りさせてくれてありがとう」
「よろしい」
「おう」
まこにデコピン、光子に更に髪を乱されながら、私たちは残りが心許なくなった昼休みを昼食に当てるべく教室へと急いだのだった。
◇◇◇◇◇
学校が終わっての帰り道、帰宅部らしい何人かの生徒に混じりながら歩いている。
(何の気負いも無く、こうして帰路についたのもなんだか久しぶりだなあ……)
家に帰れば否応無く花菜と会う事になる。仲違いの長期化はそんな考えを生み、進展の無さは進む足を日に日に鈍らせていた。
時間としては微々たるものであったけど、気持ち的に自己嫌悪に陥るには十分過ぎた。
でも、絡み付いていた重りはほどく事が出来た、嬉しくない筈もない。昼休みの先輩と幼馴染み2人との出来事も、この高揚に拍車をかける一端だ。
足取りは軽く、気持ちは晴れやか、天気は快晴。これなら家に着くのもいつもより早くなりそうだ。
と、そのままならば鼻歌でもしかねなかったが、私の耳が妙な音を拾う。
――ドドドドド……。
まだ結構な距離があるのか、その連続した音自体は小さいものの、徐々に大きくなるように聞こえていた。
(なんだろう、音が……工事? いえ、近付いてくる……)
車やバイクの線は無い。大半が電気駆動でほぼ無音なご時世だし、そもそもここは車両は進入禁止。だとするなら一体……?
だが、そんな呑気な予想は的を大きく外した。
騒音レベルにまで近付いた音は更にその音量を上げていき、T字路に差し掛かったまさにその時――。
「待ってろぉぉうっ、テスタメントゴーレムーーーーッ!!!」
と、雄叫びを張り上げながら、目を血走らせながら、スカートを翻しながら、髪を舞わせながら、歯を剥き出しにしながら、歩道を右から左へと一瞬で、それこそ突風を巻き起こす勢いでもって疾走していった。
――妹が。
ガクッ、と崩れ落ちるように地面に膝と手をついてしまう。右肩上がりだった気分が物凄い角度での直滑降に突入してしまった。
(なっ、何よアレは!?)
わなわな震える手足にあるのは虚脱感。もしここが私の部屋、いや自宅だったら、頭から突っ伏していた確信がある。
一言ではなかなか言い表せないが敢えて、敢えて! 言えば…………ひっどい。
(色々とそれでいいのかと、一度真剣に話す機会を設けた方がいいのじゃないだろうか、姉として人として)
よろよろと傍の塀を支えに立ち上がり、頭を抱えてしまう。
あの子、確かテスタメントゴーレムとか叫んでいたけど、MSOのモンスター、よね多分。
この1ヶ月あんなのは初めて見た。いや、前はもっと遅い時間に帰ってたけど、まさかあの子毎度毎日雄叫び&猛ダッシュじゃないでしょうね……ああ、背筋が凍る。
そりゃ昔から花菜はゲームが好きで、「学校って終わるのが待ち遠しいよね!」とはよく言っていた。
実際ホームルームなどが長引けば不機嫌になるとも、あの子の友達から苦笑と共に聞いてもいた。
それでも、あんな事になっているなど見た事も聞いた事も無い。
「あ、あそこまでハマってたの、あの子……?」
自覚するレベルでドン引いていると、不意に思い出すのは昨日MSOでクラリスに送ったメールだった。
『信じて、先に行ってて』
……。
…………。
………………。
発破、かけたろうか、私。
そう思い至り、数える程しか雲の無い青い空を見上げて途方に暮れた。
秋も半ばの快晴の空はやけに、私の目に沁みる。
ひゅるり〜、と寒々しい風が私の体を撫でていくのであった。
◇◇◇◇◇
歩くペースを気分に合わせてもいられずに、私は気持ち早足になりながら帰宅した。
居間にいたお母さんに聞くと花菜はもう自室に上がっていったそうだ。だとすると、多分……。
私も2階へ上がろうとすると階段の脇に花菜の靴下が落ちていた。
多分花菜が部屋で着替えて洗濯機に放り込みに降りる時に落としたんだろう。
どうせ私も洗濯物を出しに行くのだからついでに持ってこうか。後で注意するのは確定で。
私の部屋の奥、花菜の部屋のきちんと閉まっていないドアの隙間からはリンクスを装着してベッドに横たわる花菜が見えた。
案の定、なのがアレだが、やはり一目散に着替えてログインしていったらしい。
若干の呆れを抱きつつ火に油を注いでしまった手前、強く言えるか心配になるのだけども。
その後着替えた私は課題を済ませて、MSOへとログインする事にした。
と言っても晩ごはんもあるのでそう2時間も出来ないけど。
◆◆◆◆◆
真っ白だった視界が色付き始める。空の黒と木々の光が映り、人のさざめきが耳を打つ。
体の重さをずしりと(いや、そんな擬音を使う程重くはないけど!)両足に感じる。
気付けばいつのまにか、手には杖を携えている。最初は驚いたけれど、4度目なのでさすがに慣れる。
アラスタへと来た私は、まず昨日行けなかったショップでドロップアイテムの換金を済ませる事にした。
換金を先に済ます理由は2つ、1つは私の懐事情による。
最初に与えられる所持金は1000G。
初心者用HP・MPポーションが1個50Gで合わせて10個で500G減り。
宿屋さん2回分で300G使ってしまった。
なので現在の所持金は200G。あと一度宿屋さんを利用したら(お店にもよるけど)ほぼすかんぴん。
次に、アイテムを入れるアイテムポーチの容量は初心者用で100種類まで、1種類につき30個までしか入らない。種類はともかくいくつかのドロップアイテムの個数が上限一杯になりつつあった。
これよりも容量の大きな物も売っているそうだけど、今の私では逆立ちしたとしてもまるで届かないくらいに高価な装備だとか。
まあ今のアイテムポーチでも困ってないし、いつかは必要になるかもしれないけど、それはそれ。
不要なアイテムを売って空きスペースを確保したい。
なのでとりあえず、ではあっても西大通りへと向かっていた。昨日の今日だからか、どこか足早になりながら。
西大通りは消費アイテム、武器、防具、色々なお店が延々と並んでいる。空き店舗もあるけどその前には露店や屋台なんて物もちらほらあって賑やかさに一役買っている。
聞いたところでは同じ商品でもお店毎に価格や性能が異なっている、らしい。プレイヤーの経営するお店なら尚更。
初日にクラリスが連れていってくれたお店は価格は定価ながら効果が高く、何度か利用する事でサービスをしてくれるらしくスタンプカードまで出てきた。でも、せっかくクラリスがスタンプカードを持っているのだからとお金を渡して買ってきてもらうと言う、今から思えばずいぶん恥ずかしい真似をしている私であった。
なのでちゃんと買い物をするのは今日が初めてだったりする。
(ちっちゃな子供なら可愛げもあるんだろうけどね……)
長寿番組の子供の方がまだ立派かもしれないくらいにちょっとびくついている自分をみっともなく思いながら、しばらくずらりと広がる商店街をキョロキョロと歩いていると、手書きらしい看板が目に止まる。
『NPCshop』
と書かれた看板が。
……一応の確認として、基本的にこの世界には独自の言語がある。プレイヤー以外のお店ではそれを用いているので、看板がアルファベットで書かれたここは間違いなくPCのお店です。
「分かりやすい……?」
そこで私の意識は今朝方に、ドロップアイテムを売る予定云々を花菜に話した時にまで遡る。
◆◆◆◆◆
「ああ、それならNPCshopに行くといいよー。えっと場所はねー……」
花菜はトーストに目玉焼きとレタスの上にマヨネーズをかけて頬張りながら、お薦めーと人差し指を立ててそう言ってきた。
私はホットミルクを少し飲んでから尋ねてみる。
「NPCショップ? でもそう言うのっていっぱいあるんでしょう? 一体どのお店がお薦めなの?」
400m近い西大通りには数多くのお店が軒を連ねている。その内プレイヤーのお店が3割に空き店舗2割、そして残りの5割がNPC、つまりはあちらの世界の人たちが営むお店だと言ったのは目の前の花菜自身だ。
それだけのお店があるとどれがどれやら、である。
「行けばわかるよ。大丈夫、すっごくわかりやすいから」
との答えが返ってきた。
花菜はお店の大まかな場所を口頭で伝えながら、フォークでお皿に乗っているウインナーに大量のケチャップをかけてぱくりと食べている。
私は頭に疑問符を浮かべながら、「分かった」とよく分からないままに頷いた。
花菜にはそれ以上話すつもりも無いのか、朝食を平らげようと口を動かし始めた。
(行けばわかるのならまずは行ってみて、分からない時は連絡するしかないか)
その後は詳しく話を聞く間も無く、登校する時間になったのでその場は消化不良のままお開きとなった。
◆◆◆◆◆
最初は、NPCのお店だと私では看板が読めないから位置だけ教えたのだろう、程度に思っていたのだけど……。
「いや、確かにNPCshop……よね」
見た目は、あんまり良くは無かった。
この街、はじまりの街・アラスタはヨーロッパ風の建築物とそれに絡み付く緑成す数多の木々が特徴だけど、木造建築もちらほらと見受けられる、ここに来るまでにも何軒かはそうだった。
が、ここは明らかに他とは趣が異なっていた。
えーと……はっきり言って――オンボロだった。
あばら屋、は言い過ぎとしても随分とくたびれていた。目に見えて壊れるまでは及んでいないのが救い、に当たるのか……もしかしてお店の値段が安かったりしたのだろうか? 自然とそんな疑問が頭に浮かぶ程には悪目立ちする建物だ。
外壁は薄汚れ、建てられてから相応の時間が経っているようにも見える。
木々は絡まる、よりは締め付けている、と言う表現が近く、その内押し潰されるのではと危惧してしまう。
横書き看板は開け放たれた扉の上に堂々と掲げられている。素材である木材自体は安っぽいのに彫り込まれた文字は驚く程に精緻だった。
一字一字はシンプルな文字でも、まるで機械で彫ったような正確さと、文字の中にうっすらと見える紋様の絶妙なバランスが、他の装飾が無い事で逆に際立つ。
それはじっと見なければ、安物らしい木材が先に立つのだけど。
“看板は店の顔”と聞いた事がある、もしかしたら外見でなく中身で勝負してます、的な意味なのかもしれない。
外観から分かるのはこんな感じ、店内は暗くよくは見えない。
色々不安はあるけど、なんにせよ花菜のお薦めなのだから異論を挟む余地は無い。
他のお店を見たとして、そもそもの問題として私ではどこが良いのかなど判断のつけようも無いから選択肢は前進だけ。
それにいつまでもお店の前でぼけーっと突っ立っていては営業妨害にもなりかねない。
「よしっ」
一発気合いを入れて、足を前に踏み出した。
「……らっしゃい」
扉をくぐり店内に入るとその先に人がいた、カウンターの向こうなので店主か店員と思われる。
見た所、大学生くらいの風貌で鋭い三白眼が特徴的な男の人だ。
髪は黒髪でツンツンと尖っている。
服装には頓着が無いのかあるいは何かしら理由があるのか、私同様の布製の初期装備(多分)に、汚れが目立つ白い簡素なエプロンを着込んでいる。
カウンターの奥に設置されている机の上にノートと筆記用具を乱雑に広げ、頬杖を突きながら苦々しい顔をしていた。
店内に入ってから「らっしゃい」の後は一言も無く、最初に一度ちらっとこちらを見たっきりで、以降は全く視線を向けない。
居心地が……。
「あ、あのすみません……」
買い取り希望な以上話し掛けないといけない。私は恐る恐る声を掛ける。
するとつい、と三白眼が私を捉える。
ガシガシ持っていた鉛筆で髪を掻きながら応えてくる。
「初めての客だな。なんの用だ?」
ぶっきらぼうにそう言うと、鉛筆をぽいっとノートの上に放り、立ち上がってカウンター越しに私と相対する。
背は私より優に頭1つ分は大きい。腕を組んだその姿はなんだか威圧感があった。
「あの、ドロップアイテムの買い取りをお願いします」
「まいど」
彼はシステムメニューを操作し始める。すると私の前にビジネス用のウィンドウが表示された。
そこには私の所有するアイテムが項目別に列挙されていて、それぞれの前後には四角い空欄がある。
売りたいアイテムの前の空欄にチェックマークを、後ろの空欄に個数を入力する。買う場合も同様。
今回売るのは昨日の分と以前クラリスと行った草原で手に入れたドロップアイテム全部。
「……はじまりの森1層とはじまりの草原1層のドロップか。この量なら、こんな所か」
下部の空欄に[1500G]と入力され、その額でいいかと問われる。
適正金額がいくらかなんて知らないので、ここはクラリスを信用して頷き、[Yes]を押してお金を受け取る。
チャリーン、と効果音が響き入金を報せてくれた。
「ふう」
「お前、ドロップといいその格好といい……新入りか?」
無事に売れた事に安堵していた私にそんな言葉が掛けられる。
「え、はい。まあ……そうですね」
始めたのは1ヶ月前だけど、空白期間も1ヶ月だものねー。実質的なプレイ時間なら誰より少ない自信がある。
あはは、と笑って頬を掻く。
「……ほぉ」
組んでいた腕を崩し顎に触れる。何か考えているようだ。
「1つ聞くが、よくここに来たな」
「は?」
「自分で言う事でもないが、これだぞ」
ぐるぐると周りを指す、このお店の事だろうか?
いや私も失礼ながらオンボロとか思ったし、初めて来て入るかと聞かれたら限りなくNOだけど、自分で言っちゃうんだ。
「まさか看板に引っ掛かった訳でもないだろう?」
その言い方からすると、本当にNPCショップと間違って来店する人もいるんですか。
「えと、知り合いからの紹介です。クラリスって「ほぉ」え?」
言うやいなや見る間に顔が歪んでいく、眉間にはシワが、口はへの字に、目元がひくひくと。
(ちょっ!? な、何したのあの子ーーーー?!)
内心でダラダラと脂汗を量産しながら、バックダッシュしたい衝動が胸から溢れてしまう。
身内贔屓ながら人に嫌われるような子ではないと思うけど……。
「……ああ、すまん。客に見せる顔じゃあねぇな」
恐がらせたと思ったのか、バツが悪そうに目を伏せ、眉間のシワを揉む。
「あ、いいんですいいんです、そんな。あのそれで、その……あの子一体何を……」
「……いや、人に話すような事じゃ――」
「あ、いえ、その……」
私は少し考える。
浮かぶのは様々な所で言われ聞かされ書かれていた事。個人情報はみだりに口外すべきではない、と。それがどんな些細な事であろうと責任を持たねばならないと。
それは何もこのゲームに限った話ではないけど、今の私はクラリス……妹が人様に嫌がられるような事をしたならきちんと知らねばならないと姉として家族として思っていて、それは必要な事とすっぱり割り切ってしまっていた。
「……クラリスは私の妹なんです。もしあの子が何かご迷惑をお掛けしたのならちゃんと謝りに来させないといけないですから」
「あん? ……ちょっと待て」
そう言うなりシステムメニューを操作し始める。
「お前、名前は?」
「? アリッサですけど」
ウィンドウから目を離さず、そのままキーボードを打ち続ける。
それが終わり、メニューを閉じると「悪いが少し待っててくれ」と店内を見ているよう言われた。
見れば店内の棚にはポーションなんかも置かれてるし、入ったお金で補給する予定だったから丁度いいか。
その後、数分もしない内に彼の前にウィンドウが現れる。さっきの事からメールをしていたんだろうと思う。相手は、まあ1人しかいないか。
「すまん、待たせた」
「あ、はい」
「クラリスに確認した、えぇと『金髪ロングのエルフの法術士系で、思わず抱きついてくんかくんかしたくなる天使みたいな超☆可愛い美少女だったらお姉ちゃんだよ』……」
……頭の痛くなるような返事だった!
彼にしてもその内容に気の毒そうにこちらを見ている。やーめーてー!
「……そうですか」
「なんだ、その……すまん」
「いえ、お気になさらず」
悪いのは妹です。
2人の間の空気は実に微妙になってしまった。なんて事でしょう。
落ち込みそうにもなるけど、いつまでもこんな空気にしておく訳にもいかず、意を決して口を開く。
「あの、それでさっきのお話は」
「ん? あ、ああアレか。あ〜〜……ま、いいか」
ふぅ、と一息し体の力を抜く。
「別にお前の妹が何かしら悪い事をした訳じゃない。むしろ逆だ」
「逆?」
「どこから話すか……そうだな、ゲームってのは多かれ少なかれ個人のプレイヤースキルに左右されるもんだろう?」
「プレイヤー、スキル……ですか?」
スキル、なら分かるけど……プレイヤースキル? そんな単語、説明書にあったかなあ?
私が首を傾げると、察してくれたのかプレイヤースキルについての説明をしてくれる。
「ん? あぁ、そうか。プレイヤースキルってのは、プレイヤー自身の能力、だな。体の動かし方、学習能力、応用力、反射神経、もちろん経験、とかだな。格闘ゲームなんかは見た事あるか? プロの試合なんか見ると、まさしく異次元の世界だぜ」
能力……そう言われて思い出すのは1ヶ月前に見たクラリスだった。
あの時のクラリスは私同様に初心者だった、それなのにその戦い方は大雑把でも様にはなっていた。別に花菜が剣道やスポーツを嗜んでいる訳でもない、でもあれだけ動ける。
もし私が剣を取ってもああは動けない。プレイヤーの能力、と言うなら私とクラリスの違いももそうなんだろう。
「で、だ。上がいれば下もいる。オレみたいにどこかで行き詰まる奴が、な」
自分を指差し、自嘲気味に笑う。
「行き詰まるって……」
「行き詰まる、と言うか正確には着いて行けない、だな。他の奴とレベルに差はないのに実際の“強さ”には差が出る。仲間が避けられる攻撃を食らう、的確な攻撃のタイミングを逃す、無駄な動きが多い。練習してもその間に仲間は更に先へ行く。で、しまいには足手まといの完成だ。なんなんだよこのクソゲー! なんて思った事もある。もう辞めるか、そう考え始めたりな」
「…………」
……それは、どんな気分なんだろうか。
楽しみにしていたゲームを実際に始めてみたら、上手くいかずに……もし誰かの足を引っ張ってしまったりしたら。
辛いのか、悔しいのか、恥ずかしいのか、薄く彼の顔からはどれも感じるような気がする。
「仲間とも疎遠になり出した辺りだったか、クラ公と会ったのは。なんかの話の途中で辞めるかも、と言ったら目の色を変えて『戦うだけが全てじゃない。他の楽しみ方を探せばいい』なんて言い出して、色々な事をやらされてな」
「あの子が……そんな事を?」
「お節介過ぎだろ、とか思ったもんだ」
苦笑を浮かべて肩を竦める。
「……私と重なったのかも」
「ん?」
「私、クラリスと一緒にこのゲームを始めたんです。でも、色々忙しくて、結局1ヶ月もプレイ出来なくて……」
仲違いしていた。
「ま、リアルを優先するのは当然だ。これは結局ゲームなんだからな」
「はい。でも、クラリスは辞めるかもしれないと言ったあなたに私を重ねたのかもしれません。私も、もうここに来なくなるかもしれないって、怖かったのかも……だから何かしたかったのかな……」
本当にそう思っていたかは分からない、けど放っておきたくなかったのは本心なんだろう、と思う。
あの子は、誰かと一緒に遊ぶのが大好きだから。きっと皆に楽しんでほしいと思ってるから。
「なるほど、なぁ? ま、ともあれそんな事が続いて今じゃこの通りだ」
上を、いやお店を見ている。
「まだ店買って3日目だしボロだし金欠だしだがよ、それでもまあこんな店を、悪くない気分で開けられて、これでもクラ公には少なからず感謝してるのさ。癪だから本人にはぜってぇ言わないがな」
情けない所も散々見られたしな、と薄く笑いながら彼は告げる。
自分でも出来る事を見つけたと語る今の彼はどこか誇らしげで、だからこそあまり良い思い出ではない過去の話を、会ったばかりの私にも話せたのだろうか。
「お前が心配したような事はないから安心しな」
「……はい」
私が離れていた1ヶ月、クラリスはクラリスで色々としていたみたい。
きっと他にも色々、いや、そんな一言では表現しきれないくらいの事があったんだろう。仲直りして元気になった今なら余計に多くなっているかもしれない。
今まで出来なかった分までいつか、そんなクラリスとも関わってみたいな。
「ありがとうございました。それとすいませんでした、不躾に色々と」
「乗り掛かったなんとやら、だ。それと、感謝よりは実利的なアレコレの方が嬉しいんだが? 特に今は」
コツンコツンとカウンターを人差し指で叩く。木製なので心地よく響いている。
ポーションでも買え、との事だろう。元々そのつもりなので、頷いて改めて見返して、やはりこれだろうと彼に言う。
「ビギナーズHPポーションを5本とビギナーズMPポーションを20本ください」
「まいど。全部で1125Gだ」
わ、ありがたい事に以前のお店で買うよりも5Gも安かった。今の私には回復量より安値の方がありがたい。
「あ、所で」
「あん?」
「お名前を教えてもらえませんか?」
…………。
数秒の沈黙。
「おい待て、クラリスから聞いてないのか?」
「はい、このお店がお薦めだとしか」
「あれか……どうせまたあの看板でNPCショップ云々とかなんだろうな」
どうもここを紹介する時の常套手段らしい。
「おま……あー、アリッサだったか? 改めて、俺の名前はノールだ。よろしくな」
「ノール、さん」
「ちなみに、あの看板はお前の妹が『ノールってPCのお店だからNPCshopって名前にしよう!』とか言ってどこからか持ってきて押し付けられたもんだ」
「あ、あの子は……すみませんほんと」
「ある意味目立つからいいがな、はっは」
あの子は毎度毎度何をしているのか、その妙に高いバイタリティーは一体どこら辺から湧き出してくるのやら。
と、そんな事をしていると後ろから複数の話し声が店内へと入ってきた。
「らっしゃい」
「あ、じゃあ私はこの辺でおいとましますね」
「ああ、気が向いたらまた来な。ろくにサービスも無いがな」
「あはは。今の所他のお店知りませんから、お世話になると思います」
そう言って会釈をした私は他のお客さんの迷惑にならないように出口へと歩を進め、そそくさとノールさんのお店・NPCshopを後にした。
さて、南大通りをぽてぽてと歩きながら私はこれからどうしようかと考えていた。
ポーションの補充は済んだし、夕飯まではまだ時間もあるから攻略を進めちゃおうかな。
いい加減はじまりの森の1層くらいはクリアしたいもんね。
「よーし、やってやりますかっ」
私は西門目指して歩き出した。