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とある一日  作者: 菜胡
本編
4/6

とある春の一日 前編

2人とも大人になりました。

ゆーくん視点。


※長くなったので、前編後編に分けてます。

「またね、ゆーくん」

 あの最後の冬から、あの最後の笑顔から――何度目かの春。

 俺はあいつがいるこの町に帰ってきた。


「ほら、自分で歩けよ」

「うううう……お、お水……」

 もう時刻は深夜過ぎ。日付はとうの昔に変わってしまった。大通りと言っても今や人は疎らで、周りのネオンが静かに光り続けている。

 そんな時間に俺は――酔っ払い二人を両肩に担いで歩いていた。

「水篠、家どこだ」

「森丘くん~。水篠じゃなくて、アヤって呼んでよぉ~」

「……所長の家はどこですか」

「家ぇ?家ってそんなにうまいのかぁ~?」

 ……駄目だこりゃ。

 今日は、俺が入社した建築事務所の歓迎会だった。小さい事務所で、新入社員は俺と、今酔いつぶれている水篠(みずしの)愛也(あや)の二人だけだ。あともう片方で酔い潰れているのは事務所の所長で、二人とも酔っ払って歓迎会を惨劇に変えた張本人達だ。他の先輩達は逃げ帰ってしまい、何故か絡まれていた俺は逃げ遅れて、仕方なく二人を送って行っているところだ。なのだが……一体どこに送ればいいのやら……。

「とりあえずそこの病院……あたしの家……」

「え?病院?」

 所長に言われて立ち止まると道路を挟んだ向かい側に小さな病院が建っていた。俺が子供のころよくお世話になった病院だ。今日は夜間も空いているのか、窓から眩い光が漏れている。

 でもなんで病院……所長の家なのだろうか。

 問いかけてもそれ以上反応がなく、水篠も呻きながら水を水をと連呼している。まあとりあえず入ってみるか……。

 自動ドアを潜り抜け、明るい室内へと入った。入り口傍の靴置場でなんとか二人にスリッパを履かせ、奥の受付の方へと向かう。受付には一人の看護師が座っていた。俯いてなにか作業をしているので顔はよく見えないが、どうやら俺と同じぐらい若いやつみたいだ。

「あのーすみません」

 俺は両肩に担ぐ水篠と所長の体制を整えながら、その看護師に声をかけた。

「あ、はい!なんでしょうか!」

 看護師は手を休めて笑顔で顔を上げる。俺と目が合って、そして――

「あ」

 声が重なった。

 ……え?なんで……えっ!?

「――えええええええええええええっっっ!」

 互いに指を差し、また声が重なった。院内に驚いた声が大きく広がる。

 なぜなら、その看護師の顔を俺は知っているから。そう、ずっと昔から……。

「え?ゆっゆーくん?ゆーくんだ、よね?」

 そいつは俺を懐かしい名前で呼んだ。

「お、お前……え、看護師って、ここの!?」

「ええっ!?なんでここに……い、一体いつ……」

 お互い動揺していると、ふとそいつは気付いたように目線を動かした。両肩にいる、水篠と所長を見つめる。

 ……今は深夜。スーツを着ているから今帰りっぽい。なぜか妙に酒臭い。そして酔い潰れている女性を担いでいる。しかも二人。――それが今の俺の状況だった。

 ……なんか、やばいような。

「……ゆーくん。誰?その人達……」

「え!いや!これはだな……」

 その看護師は俯いて拳を挙げる。

「……ゆ、ゆーくんの……」

「お、おいちょっと待て!ゆずは……」

「バカーッ!」

 ごふっ。

 ――避けられなかった。

 こうして、俺は意外なところであいつ――柚原萌恵との再会を果たしたのだった。


****


 次の日……といっても日付は同じなのだが、とりあえず次の日。俺は筋肉痛の肩をほぐしながら出勤した。

 病院で柚原と再会した後、酔っ払い二人は病院の院長先生に無事保護してもらった。どうやら所長と院長は知り合いだったようで、先生の車で二人を送ってもらうことになった。柚原と話をしたかったが、仕事中で忙しそうだったので、あまり話もせずにそのまま俺は歩いて帰宅した。

「おはようございます」

 事務所の中に入ると、「おはよう。遅いぞ森丘」「おっはよー!森丘君!」と、所長と水篠の元気そうな挨拶が返ってきた。

 ……ああ、社会人って辛い。

 二人とも元気そうで、昨日のことなど全く覚えていないようだった。せめて俺に対しての労いの言葉が一つ二つあってもいいんじゃないだろうか……。

 すると所長は何かを思い出したように席を立ち、事務所内を見渡した。

「あー今日は夜に花見をするつもりなので場所取りが必要だ。というわけで、森丘。午後から河川敷で場所取りに行ってこい。仕事は午前中まででいいから」

「え!俺がですか!?」

 昨日もさんざん飲んだのに今日も飲むつもりなのか!?

「やった~今日もお酒飲めるっ!森丘君よろしくね~」

 水篠がぽんっと俺の肩を叩く。同じ新入社員なのに、この扱いの差はなんなのだろう。周りの先輩たちも俺に構わず喜びの声を上げている。

 ……ああ、社会人って以下略。

 所長の命令通り、俺は午前中に急ピッチで仕事を片付け、午後から花見の場所取りのため事務所を後にした。ビル街から数十分ほど歩き、満開の桜が咲く河川敷へと足を運ぶ。ピンクに色づく桜は、川に沿ってずらりと並んで立っている。ちょうど今が見頃らしい。木の下には平日の昼間と言うのにたくさんの人たちが桜を見て楽しんでいた。

 桜並木の奥の方に進んでいくと、離れたところに大きくて綺麗な桜の木を見つけた。周りには誰もいない。場所取りはあそこにするか。

 俺はその木のふもとに近づいて、持ってきたレジャーシートを置く。すると、同じタイミングで反対側のすぐ隣に、大きなかごバックが置かれた。

「……ん?」

 なにやら声が重なり、目線を上げてみる。すると、

「あ」

 私服姿の柚原が、俺と同じように目線を上げてこちらを見ていた。


「ゆーくん、いつからこの町に帰ってきてたの?」

「あー一週間前ぐらいかな……」

 大きな桜の木に俺と柚原は腰を下ろした。どうやら、柚原も職場で花見をするらしく、その場所取りに来たらしい。なんたる偶然だ。

「ふうーん……一週間も前なんだ……」

 そう小さく、俯きながら呟いた柚原。おや……なんだかちょっと雰囲気が……。

「じゃあとりあえず土下座してくれないかな」

「なぜ!?」

 いきなりの土下座請求だった。しかも超笑顔……。

「なぜって……ゆーくん、自分が何したか分かってる……?」

「え……なっなにかしましたっけ……」

「そう!なんにもしてないの!いい?ゆーくんは!私になにも!連絡とか連絡とか連絡とか!」

 ああ……ごもっとも……。

 柚原は立ち上がりこちらを見下ろした。

「昨日も私に声かけずにすぐ帰っちゃうし!メールも電話全然ないし!というかこの町を引っ越してからというもの、連絡が全くない!」

「すっすみません……」

「引っ越し先の連絡先も、東京の大学に行ってからの連絡先も、携帯を買ったことすら教えてくれないし!もうなんなの!」

「いや……いつも家電のワンプッシュに柚原の番号入れていたから、番号分かんな」

「誰かに聞けばよかったじゃん!もう、いろいろ調べるの大変だったんだから!」

「え、でももう今更じゃな」

「ゆーくんがこっちに就職するってのは聞いていたから、いつ引っ越してくるか連絡してねって言ったのに……!一週間も前に帰ってきてたのに、なんで教えてくれないの!」

「ちょ、ちょっとバタバタし……」

「もー!ほんと信じられない!」

 俺の話を聞けー!お前こそ信じられないぐらい人の話聞いてねー!

「す、すみませんでしたっ…!」

 もうとりあえず謝るしかないようだった。俺は柚原の足元で土下座した。くそう、俺の初土下座が柚原に奪われてしまった。なんか悲しい。

「…………」

 柚原は黙ったまま、すとんっと土下座した俺の隣に座り込んだ。俺が顔を上げると、まだ不服そうな顔で柚原はこちらを見ていた。

「……おかえり、ゆーくん」

「……ただいま」

 その顔がなんだか可愛くて少し笑ってしまった。


 柚原とは家が近所だったということもあり、小さい頃から俺が高校二年生の冬に引っ越すまでずっと一緒だった。引っ越してから、俺は引っ越し先の地元の高校に転入し、それから東京の大学に進学した。その間、全くこの町に帰ってきていなかったから、柚原と直接会うのは実に六年ぶりぐらいになる。

「ゆーくん、久しぶりに会ったけど、あんまり変わってないねー」

 怒りはだいぶ収まったのか、にこやかに俺の方に顔を向ける柚原。

「……お前も、あんま変わってないな」

 相変わらずの白い肌に長い黒髪。笑った顔も変わらない。こいつがモデルかなにかやっていても、納得しかできない。そんな変わらない可愛さだった。

「そお?まあ六年なんてそんな変わんないか!でもゆーくん変わってなくてほんと安心!急に劇太りしてたり金髪になってたりしたら、驚くもん」

「あ、大学二年の時一時期金髪だったけど」

「ええっ!?似合わなさそー……」

「悪かったな」

 確かに俺には似合わなかったよ。

 この六年間、会うことはなかったが、メールや電話のやりとりは続いていた。とはいっても、お互い忙しくてそんな頻繁にはしていなかったし、こうやってきちんと話すのは本当に久しぶりだ。俺の大学時代のこと、柚原が看護師になるまで大変だったこと、いろいろ話は尽きなかった。

 日はだいぶ傾いてきたみたいで、風が心地よくなってきた。桜の木の陰が長く伸びている。

「ところでさ、ゆーくん……ゆーくんって、かっ彼女とか……いるの?」

「は?」

「いっいや!特に意味はないんだけどっ!」

 いきなりの質問に驚いて柚原の方を向くと、柚原は顔を真っ赤にして慌てて付け加えた。

 彼女……ねぇ……。

「いないけど」

「ほんと!?だよね!」

 ぐざっ。俺の心に言葉の刃が刺さった。いきなりそんな質問しておいて、なんだよだよねって……。

「わっ悪かったな……」

「今までもいなかったよね!?大学生の時とかも、いっいなかったよね!?」

「いねーよ!今までいたことありません!」

 すると柚原は本当にほっとしたような顔でよかったーと呟いた。

 いや、なんなんだこれは。全然よくないんですけど。急に、彼女いない歴=年齢の俺をえぐりにかかって……公開処刑でもしたつもりなのだろうか。

「……じゃあ柚原はどうなんだよ?」

「えっ、私!?いないよ!いるわけないじゃん!」

 即答だった。

「いやいや、そんな俺に気を遣わなくてもいいんだぞ?」

「ホント今まで彼氏なんていたことないよ!だって私は――」

 そこまで言って、柚原は真っ赤になったまま口をつぐんで俯いてしまった。

「…………」

「…………」

 俺も何か言うタイミングを失い、妙な間が続く。私は――のあとはなんなのだろう。柚原は相変わらず俯いたまま黙り込んでいる。

 そのまま、しばらく会話が途切れてしまった。

「…………」

「…………おい、ゆずは――」

 俺がこの間を解こうとした時、柚原の頭が俺の肩に寄りかかってきた。

「えっ!?柚原?」

「…………すぅ」

 ……寝ていた。

 っとに、こいついきなり寝過ぎだろ……!

「おーい、柚原さーん……」

「…………」

「すいません、起きてくれませんかー……」

「…………すぅ」

 ああ……駄目だこりゃ。起きなさそうだ。俺は呼びかけるのを断念した。

 仕方ない、柚原も夜勤明けで疲れているのだろう。俺の肩でよければ貸してあげよう。ちょっと重いけど……。

 柚原は心地よい寝息を立てている。その寝息に合わせて肩から振動が伝わる。髪の毛からはどこのシャンプーか知らないけど、少し甘い香りがした。

 こんなやつに今まで彼氏がいなかっただなんて信じられない。でも、本当なんだろう。実際今までずっと一緒にいたが、そんな柚原の色沙汰事なんて聞いたこともなかった。もちろん柚原はモテないわけではない。むしろモテモテで、中学や高校の時も色んなやつから告白されていた。きっと大学でもそうだったのだろう。でもすべて断っていた。俺はその理由を知らない。それは柚原の事情であって、俺がとやかく聞くものではないと思っていた。でも……でももし、柚原に彼氏がいたら――それは、なんか……。

「あっ見っけた!森丘くーん!」

「えっ?」

 どこからか聞き覚えのある声が聞こえた。顔を上げると遠くから特徴的な赤い巻髪の女がこっちに向かってかけてきていた。

「え、水篠?」

 水篠のほかには誰もいないようだ。もう辺りは夕日に照らされていたが、まだ夜桜には早い時間帯だ。一体どうしたのだろう。

「はーよかった。広いからどこにいるか探しちゃった。森丘君場所取りありが……」

 近づいてきていた水篠はぴたっとその動作を止めた。

「…………」

「…………水篠?どうし」

「リア充爆発しろ」

 …………りあ……じゅう……?

 水篠はそう言い放つと、まるでケダモノを見るような視線で俺……俺達を見下ろした。そう、寄り添っている(ように見える)俺達を。

「いや違っ……これは……」

「なにが違うのよ!こんな明るい内から彼女を肩になんか乗せて!しかも場所取りとはいえ勤務中に!全くリア充め!滅びろ!」

「だから違う!こいつは彼女じゃないって、ただの幼馴染!」

「はぁ?幼馴染ぃ?ただの幼馴染がなんでそんなカップルみたいな状況になってんのよ!」

 いや、それは俺も聞きたい……。

「まっまあ落ち着けよ、お前一体何しに来たんだ?仕事終わったのか?」

「終わりましたぁー、だから森丘君と交代しよっかなって、優しいアヤが来てあげたのに!まさかこんなリア充乙な光景を見せつけられるだなんて、ホントありえないんだけどっ!」

「だからそんなんじゃねえって!静かにしないと、こいつ起きるだろ!」

「こいつぅ?はっ紳士ぶっちゃって!私が来なかったら一体何をするつもりだったのよ!リア充なんて、世間から見たら公害なのよ!こ・う・が・い!」

「いいから人の話を聞けー!」

 俺の周りにはどうしてこう人の話を聞かないやつが多いのだろう。がやがや騒ぐ水篠の一方的な会話は数分続いたが、その間柚原はピクリとも動かなかった。

 ほんとに、人の話聞かないやつらばっかり……。

「……ただの幼馴染、ね」

 少し落ち着いたのか、水篠はそう言って俺の隣に腰かけた。しかし、納得はいっていないのか、未だこちらに疑いの目線を向けてくる。まあ、静かになっただけいいか……。俺は心の中で安堵する。

 しかし、その安堵もつかの間。急に何か思いついたのか、水篠の疑いの目に輝きが生まれた。

「あー分かった!森丘君、この子のこと好きなんでしょー!」

「……は?」

 ちょっと思考回路が追いつかない。

「とぼけないでよー、森丘君も隅に置けないなぁ。幼馴染ってことは、もしかして小っちゃい時から!?きゃー!もう何年片思いなの!?森丘君って一途なのねー!」

 さっきの殺気立った雰囲気から一転、急にテンションが上げて盛り上がる水篠。きらきらした目で俺を見つめてくる。

「え……いや、別に俺はそんなんじゃ……」

「そんなわけないでしょー?だってずっと一緒だったんでしょ?久しぶりに再会したんでしょ?そりゃ寝込みを襲いたくなっちゃうよね!」

「はぁっ!?」

 おっ襲っ……って!?

「ごめんねっ☆アヤ気づかなくて!リア充になろうと頑張っている森丘君にあんなこと言っちゃって☆」

「いや待てお前、その言い方やめろ!」

 なんか俺悲しいやつじゃないか!

「だから違うって!そういうんじゃなくて、俺は――」

 あれ、そういうのって、なんだっけ。

 俺が少し口迷っていると、水篠は何か察したのか、俺の肩で寝ている柚原を指差した。

「この子のこと、好きなんでしょ?」

「…………」

 好き……というのは、恋愛感情があるかどうか、ということだろうか。柚原のことが好きかどうか、というのは――つまりその。

「ねえ、森丘君。好きなんでしょ?この子のこと」

 好きなんでしょと言われても……。

「好き……ってなんなんだ?」

 疑問形に疑問形で返した俺が予想外だったのか、水篠は首をかしげた。

「なにって……好きは好きだよ。ライクじゃないよ、ラブの方」

「だからラブって……どういうものだよ」

 ライクとラブが違うっていうことくらいは分かる。が、ラブというのは……そういえば、今まで考えたことがなかったかもしれない。

 水篠は少し呆れたような顔を作った。

「森丘君って、見た目いいのに中身残念な人だよね」

「残念ってなんだよ」

 なんか色々引っかかるな……。

「森丘君、誰かに告白とかされたことないの?」

「はあ?……あると言えば、あるけど」

「付き合ったことは?」

「……ないけど」

「なんで?」

 いやなんでって……。

「告白されたことあるんでしょ?じゃあその人と付き合ったらよかったじゃん。まあ森丘君がそっち系じゃない前提だけど」

「そっち系って?」

「ゲイ」

 ……聞いた俺がバカだった。

「なんで告白してくれた子と付き合わなかったの?」

 高校時代とか大学時代とか、なぜか知らんが俺に好きですと言ってくれる人はいた。けど、そんなに話したことない人達ばっかりだったし、そもそも――

「付き合うって……発想がなかったな」

「やっぱゲ」

「断じて違う」

 これからこいつと職場一緒なのか……なんか、先が思いやられる。

「じゃあ彼女欲しいって思うのが普通じゃーん。なに?彼女欲しくないの?」

「いや欲しくないわけじゃないけど……なんか……」

 なんか……違うというか……いや違うってなにがって……なんだ……?なんかよく分からなくなってきた。

 そんな様子を見た水篠はじゃあーと言って、再び寝ている柚原を指差した。

「この子って誰かと付き合ったことってあるの?」

「いや……ないって言ってたけど……」

「ふーん……この子に彼氏できたら森丘君どうするよ」

「えっどうするって……」

 どうするもこうするも、それは柚原の自由であって、俺はそれを歓迎するべきで。

 さっき柚原とした会話が思い出される。柚原に彼氏がいたら――俺は、嬉しい?それとも柚原の方が俺より先にそんな人ができるなんて、妬ましい?羨ましい?――それとも?

「あのねー森丘君。たぶん好きって、人それぞれだと思うよ」

「え?」

 その言葉でふと我に返ると、水篠はもう暮れかかった夕日を背に向けて立っていた。

「アヤの場合は、胸がきゅーんとなって、もうこの人しかいない!ぎゅってしたい!されたい!ってなるんだけど、たぶんそれが正解ってわけじゃないと思う。とにかく、好きってさ、いつの間にかそうなってるもんだと思うよ。自分の気づかないうちにさ」

「…………」

 自分の気付かないうちに……か。

「なんか、難しいんだな」

 素直に感想を述べると、水篠はにこっと笑った。そして――オーラが一変した。

「そう……難しいのよ。好きと分かっていてもそれが成功するわけじゃないというか成功しない方が多いし。そうなのよ。成功したリア充たちなんてね、ほんと一握りの存在なのよ。選ばれた人種なのよ。アヤみたいなミジンコ以下の存在は、はなっから跳ねられているのよ。分かる?そしてリア充達はそんなアヤに見せつけるようにリア充っぷりを発揮するのよ。全く、リア充なんてとんでもない人種だわ。リア充滅べリア充滅べリア充滅べ」

 ……あ、やばい。水篠の地雷を踏んでしまったようだ。

「あの、水篠さん…あの……」

「リア充滅べリア充滅べリア充滅べリア充滅べリア充滅べリア充滅べリア充滅べリア充滅べリア充滅べ」

 一体こいつ過去になにがあったんだ⁉

 すると、水篠の後ろからいきなり黒い影が現れた。

「うるさい黙れ」

 ばこっ!と、その影は呪文(?)を唱える水篠の頭を殴った。殴られた水篠は地面にそのまま倒れて静かになる。生きてる……よな?

「場所取りご苦労。いい桜だな」

 水篠を殴った影――まあ、所長なのだが――は、桜の木を見上げてそう言った。

「所長、お疲れ様です。事務所の方はもう大丈夫ですか?」

「ああ。今、他の奴らに酒を買いに行かせているところだ。……ところで、一応場所取りも勤務の一つなのだが、そのお前にもたれかかってる女はなんだ」

 所長は、目付きを鋭くしてまだ寝ている柚原を指差した。まあ……そうなりますよね。

「あーと、こいつは俺の幼馴染で、偶然場所取りが一緒に……」

 所長に説明しようとすると、肩にもたれかかっていた柚原が少し動いた。そして次の瞬間、柚原の頭が俺の肩からずり下がり、俺の膝の……。

「…………」

「……訂正。その、お前が膝枕している女はなんだ」

「そんな訂正いらないです!」

 なんか余計変な状況に!なんだこれ!

 柚原は俺の肩から膝へ移動したにも関わらず、相変わらず眠りについている。くそう、今すぐ叩き起こしたいが、柚原はそう簡単に起きるやつじゃないし、こんな幸せそうな顔されたら……無理だ。

「まあ、起こすのも可哀想だ。そのままにしてろ」

「はい……すいません」

 俺は、柚原を膝枕して動けないまま、お花見が始まるのを待つはめになった。


後編に続く。

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