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とある一日  作者: 菜胡
本編
1/6

とある夏の一日

「へぇー。じゃあ君の事、ゆーくんって呼んでいい?」

 そいつは俺の名前を聞いてそう言った。

「ゆーくんって、ここらへんに住んでいるんでしょ?これからよろしくね」

 今も変わらない、その無邪気そうな笑顔で、可愛らしい笑顔でそう言った。

 それがあいつ、柚原萌恵(ゆずはらもえ)との出会いだった。



「あっつ!」

 俺はベットから這い出し、部屋の窓を勢いよく開けた。朝の清々しい空気が、サウナ化した俺の部屋に入り込む。

 深呼吸、吸って、吐いて。

 まったく、毎朝毎朝、この暑さで起こされるのはこりごりだ。なんでこの部屋には、エアコンというすばらしい冷房器具がないんだか。

 今日は八月二六日。夏休み最後の日曜日だ。といっても、別にこれといった用事はない。手付かずの宿題とか手付かずの宿題とかがあったりするが、まあ、そんなものは始めからなかったことにしておこう。

 にしても、なんだか懐かしい夢を見た。柚原と初めて会った日の夢。あれは、いつだったろう。……いかん、思い出せん。

 俺は考えるのを諦め、部屋を出ようとドアノブに手をかけた。すると、なにかが俺の頭に直撃した。

「イテ!」

 おもわず叫び声を上げてしまった。なんなんだよ、いったい。

 俺はガンガンと痛む頭をおさえながら、足元に転がったなにかを見た。

 ……野球ボールだった。

 なぜ野球ボール?一応いっておくが、ここは二階だ。しかもここ周辺には公園などなく、見渡すかぎり家家家。つまり住宅地なのだ。それなのに、なんでこんなもんが飛んでくるんだ?

「おはよー!ゆーくん、起きてるー?」

 ……なるほど。すべての謎が解けた。

 窓下から、大声で叫んでいるのは柚原だった。朝っぱらから元気な奴だ。俺は野球ボールを持って窓の外を見る。

「あ!ゆーくん起きてたね」

 にこっ、と柚原は俺の顔を見て笑った。……うん。可愛い。が、今はそれどころではない。

「おい、柚原。この野球ボール、俺の頭に……」

「ねえ、今日暇?」

 人の話は最後までちゃんと聞きましょう。

「……暇……だけど」

 すると柚原の顔が一気に明るくなった。

「そっか!じゃあ今日は私とお出かけしよう!」

「……はっ?」

 こうして俺は柚原とお出かけすることになった。


 景色が町並みから山の緑色へと変わっていく。

 俺と柚原はバスの中からの景色を楽しんでいた。

 バスの中は夏休み最後の日曜ともあって、たくさんの子供連れや、カップル達で賑わい満席だった。というわけで俺達は手すりを持ってバスに揺られる。足からガタゴトと振動が伝わってくる。

「今日は絶好のお出かけ日和だね!」

 急に柚原が話かけてきた。

「ああ……そうだな……というか、いまからどこに行くつもりなんだ?」

「うーんと、それは着いてのお楽しみ!ゆーくんと二人っきりでお出かけなんて、すっごい久し振りだね!」

 お前が無理矢理俺を連れ出したんだけどな。

 ん……?二人っきり?

 そういえば、中学に入ってからあまり柚原と、二人でどっかに行くことってなかったなあ。小学生の時はいろんなとこに行ってたんだけど。

 しかし中学生、しかも二年生の男女が、こうして二人っきりで出かけるというのはいかがなもんだろ?

 ……どうみてもカップルにしか見えない。

 俺は辺りを見回す。よし、誰も知ってる奴はいない。こんなところをクラスの奴らなんかに見られたりでもしたら、からかわられるどころか、俺の命さえ危ない。

 なんせ柚原はモテるのだ。

 小学生の時からまあまあモテるほうだったが、中学に入ってからはもう何度も告白されているらしい。クラスの奴が言っていた。柚原はそんな話、全然俺にしてくれない。

 俺は柚原を見る。背は結構小さいほう。色白で、肩に少しかかるぐらいのサラサラな黒髪。目はパッチリ大きくて、ニキビとかには無縁そうな肌。

 ……可愛い。幼馴染みの俺でもそう思う。

 しかも今日はどうしたもんか。淡い色のキャミソール、ふんわりとしたスカートにかごバックと、実に女の子らしい服装できている。いつもならもっと楽な格好してるくせに。

 うーん……。変な奴につかまらなければいいが……。

「……ん、なに?私の顔になにかついてる?」

 柚原に言われて、ハッと我に返った。

「あ……いや別に」

「そっか、ならいいけど」

 そう言って柚原は笑った。ったく、よく笑う奴だなあと俺は思った。


 バスに揺られ始めて四十分。俺達は山頂にあるとあるバス停に到着した。

「ここだよ。ゆーくん早く!」

 俺は柚原にせかされ、お金を払ってバスを降りる。バスは俺達を降ろすと、さっさと次の目的地に向かって走り出していった。そして目の前には大きな門そびえ立ち、多くの人々が出入りしている。

「ここは……」

「そう、牧原自然公園だよ!」

 牧原自然公園。ここらへんでは結構でかい自然公園だ。山の中ともあって緑が多く、景色がとてもいい。確か七歳ごろに柚原と一緒に来はずだ。もちろん俺と柚原の両親付きだったが。

「さっ、入ろう」

「ん、あっ、ああ」

 俺は柚原に引っ張られ、チケットを二枚買い、門をくぐる。門の中は花で囲まれた道が延々と続いて、左側には広い芝生と野外ステージ。右側にはアスレチック広場があり、子どもたちが楽しそうに声を上げて遊んでいた。

「んー。ここは空気がいいねー風が気持ちいいー」

 柚原が背伸びをしながら言った。

「そうだな……ここは山だからな。町とちがっ……」

 町と違って―と、俺が言おうとした瞬間、俺の腹が悲鳴をあげた。

「あれっ?ゆーくんおなか空いてるの?」

 しまった!女子の前で不覚にも腹を鳴らしてしまった!今日は朝少ししか食べてないもんな。まあ柚原のせいでもあるのだが。くそっ、恥ずかしい……。

「んーと。じゃあちょっと早いけどお昼にしようか。私、お弁当作ってきたから」

「えっ?」

 柚原が作った弁当? 


「どう?おいしいかな?」

「えっ……あっ、ああ。すごくうまいよ」

 今、俺は野外ステージがある芝生で、柚原特製の弁当を食べている。

「よかった。こういうの初めて作ったから心配だったんだ」

 うん。心配いらない。実にうまい。これならいつだってお嫁さんでもなんでも行けるだろう。

 そう、うまいのだ。

 確かにうまい。

 だが……

「あっ、デザートもあるからね!ほら、干し柿」

 メニューが渋すぎる!

 柚原が持ってきた弁当は、そりゃあ花柄がたくさんついてかわいらしいものだった。

 しかし中味は……なんというか……よく言って渋く、悪く言っておじさん臭かった。

 まずは、ごぼうとサトイモを使った筑前煮。ふきのきんぴら。イワシを甘く煮詰めた甘露煮。そして、だしをしみこませた大根とシイタケ、にんじん。極めつけは真っ白なおにぎりのど真ん中に梅干し一つと、弁当箱の端に黄色いたくあんがあることだろうか。

 うまいんだけど……。柚原はなんでこんな昭和弁当みたいなのを作ったんだ?しかも、デザートが干し柿って……。今、夏だよな。

「私の好きな食べ物を詰め込んでみたんだー」

「そっ……そうか」

 なんか、柚原の新たな一面を見た気がする。うん。和食はいい。体にいい。けど……

 ……なんか悲しくなってきた。


「ごちそーさまでした」

「ごちそうさま」

 すっかり空になった花柄の弁当を片付け、俺達はこの公園を散策がてらに歩き始めた。奥に行くほど、バラ園やサボテンがあるビニールハウスなどの植物園が多くなり、一つ一つゆっくりと見ていく。

 そしてさらに奥に進むと、白い柵がかけてあるがけがあった。

「あっ、見て見てゆーくん!」

「うわあ……」

 がけの向こう側には絶景が広がっていた。

 緑色の山々が連なって続き、間から町の建物が米粒のように小さく見える。青い空には入道雲がのぞき、風で木々が踊るように揺れている。

「きれいだね」

 そう言って、柚原は白い柵をつかむ。

「そうだな……」

 こういうのを絵に描いたらきれいなんだろうな……まあ、絵が上手い人に限るけど。カメラ持ってくるんだったな。そういえば、柚原は携帯持ってたっけ、写メ撮れるのかなあ。聞いてみるか。

「おい、柚原―」

 バキィッ。

 ……なんだか嫌な音がした。俺は柚原の方を見る。

「……えっ?」

 二人の声が重なった。

 柚原が手をかけていた部分の白い柵が―折れてしまった。

 俺が見たのは、折れた白い柵と共に、柚原ががけに落っこちようとしているところ。

「……はっ……?」

 俺も柚原も目を丸くした。

 そして――

「いやぁぁぁっ~!」

「うわぁぁぁっ~!」

 二人の叫び声。

 俺は走って、今、がけから落ちようとする柚原の手をつかんだ。そして後ろに思いっきり引っ張る。くっ……結構重い……。

「ぅあああっ!」

 叫び声を上げる柚原抱きかかえ、そのまま背中から地面に倒れる。その衝撃が俺の体に伝わる。白い柵は真っ逆さまにがけから転落し、少し遅れて下の方で激しい音が聞こえた。……あっ……危なかった。ここの管理は一体どうなってんだ?

「ゆっ……ゆーくん、あっ……ありが……とう……」

 しばらく荒い息を立てていた柚原が、落ち着いたのか話しかけてきた。俺の上にいるので顔は見えないが、髪からのぞく小さい耳が妙に赤い。

「大丈夫か?」

「……うん……平気」

「そうか、なら早く下りてくれ。重いから」

 柚原はそのセリフに反応して、バッ、という音がしそうなほど、素早く退いた。俺の体は重さから解放される。

「お前、軽そうに見えて、実は結構重いんだな」

 俺が率直な感想を言うと、柚原は顔をトマトの様に真っ赤に染めた。

「んなっ……!ゆっ……ゆーくんの……」

 柚原が顔をふせながら拳を振り上げる。

「バカーッ!」

ドゴッ。

「うおっ!」

 拳が俺の顔めがけて、ものすごいスピードで振り下ろされた。が、首をかしげ、間一髪で避けることに成功。

 どっ、どうやらコンプレックスらしかった。

 柚原はそっぽを向いてうつむいている。

「ごっ……ごめん、柚原……」

 とにかく、係員を呼んで来ないと。


 そこらへんにいた係員を捕まえて、柵のことを伝えた。たちまちそこは立ち入り禁止となり、俺達は何度も謝罪された。どうやらもともとあの柵は古いものらしく、かなりもろくなっていたらしい。じゃあそのまま放っておくなよって話だ。

 柚原とは、まあなんとか仲直りを果たし、そのあとフリーマーケットが開催されている広場へと向かった。

「あっ!可愛いー!」

 たくさんの店が並ぶ中、柚原はネックレスなどのアクセサリーを売っているテントを見ていた。そして、一つの指輪を指差す。

 その指輪はシルバーの細いリングに、青いビーズが三つほど付いているものだった。

「へえ。きれいだな」

 正直に言うとよく分からんが。

「でしょ!これいいなー、買おうかなあ」

 柚原はその指輪を取っていろんな角度から観察し始めた。

「……俺が買ってやろうか?」

「……えっ?」

 柚原が驚いた顔で振り返る。

「ほら……この前お前の誕生日、なんにもやってないだろ?この指輪でいいなら買ってやるよ」

 実を言うと、普通のお店で女子のプレゼントを買うなんてマネ、俺には恥ずかしくてできないのだ。ここで済むのだったら嬉しいかぎりだ。

「……いいの?」

「ああ、いいよ」

 すると、急に柚原の頬が赤くなった。

「じゃあ……買って」

「ん、分かった」

 俺は指輪を柚原から受け取り、店の人にお金と共に渡した。毎度ありー、と気のよい声で紙袋に入れた指輪を渡してくる。その際に、

「がんばって彼女落とせよ」

 と、店の人は俺の耳元でささやき、にっこりと笑った。

 なんだ?落とせって。柚原はつい先ほどがけから落ちそうになったが……まっ、いいか。

 俺達はその店から少し離れ、ちょっと広いところで、紙袋から指輪を取り出した。

「ほら、つけてやるよ」

「えっ、つける……って?」

 誕生日はなんにもしていなかったしな。これぐらいはしないと。

 俺はおもむろに柚原の左手を取る。

 うーむ。どの指につけてやるものか。指輪をつけて似合う指って言ったら・・・薬指?

 俺は左手の薬指に指輪をつけてやった。

「…………」

「…………」

 あれっ、なにこのフンイキ。

「ゆーくん……」

「……なんだ?」

「ここ……左手の薬指だけど……」

「それが……どうかしたのか……?」

 俺、なにかまずいことしたのか。

 柚原はしばらくその指を眺めていたが、ゆっくり顔を上げて言った。

「……ありがとう。大事に……するね」

 ほんのり赤い笑顔で言った。


 それから、子どもたちが遊ぶアスレチックに乱入したり、動物とふれあったりして遊んだ。

 そしてあっという間に夕方。

「あー疲れたー」

 俺と柚原は木の陰になっている芝生に寝っ転がった。こんなに一日中遊びまくったのは久し振りだ。

「柚原、そろそろ帰んないと……」

 俺が起き上がって柚原を見ると、なんともまあ可愛らしい姿で寝息を立てていた。どうやら疲れて眠ってしまったらしい。

「……まあ、閉園までまだ時間あるし、いいか」

 起こしたら悪いような気がした。

 とりあえず、腰に巻いておいた上着を柚原にかけてやった。

 それから一時間ちょい。

 ピーンポーンパーンポーン。

 公園内に軽やかなチャイムが鳴り響いた。

『もうすぐ閉園の時間です。園内におられる方は、早めにお帰りください。ご利用ありがとうございました』

 ピンポンパンポン。

 ……起きねぇ。

 もう日は暮れてしまったのか、空の大半は暗くなり、夕日のオレンジが隅の方にやられている。

 なのに、柚原はあいかわらず安らかな眠りについている。

 ……ってか、どんだけ寝てんだぁー!

 俺は柚原を揺すってみる。―起きない。

 ほっぺを強くつねってみる。―起きない。

「おい!柚原起きろ!」と、怒鳴ってみる。―起きない。

 ……起きねぇ。

「早く起きてくれないと困るんだけど……」

 ずいっ、と俺は柚原の顔に近付いてみた。

 すると、パッと柚原が目を覚ました。

「…………」

 二人の間に気まずい空気が流れる。

「……きっ」

 柚原が叫んだ。

「きゃぁあぁああ!」

 ドスッ。

「おうっ!」

 俺は柚原に強く押され、地面にたたきつけられた。

「ゆっ、ゆーくんなにを……」

なにかを言いかけた柚原は、ハッとして辺りを見回した。主に空。

「ゆーくん今何時!」

「えっ……七時……ってかもう閉園……」

「えっ!嘘!いっ……急がなきゃ!」

 柚原は俺の上着を持ったまま、出口の反対方向に走り出した。

「っておい!どこいくんだよっ!」

 俺は柚原を追った。……というか、さっき押したのに対しての謝罪はなしですか。そうですか。そして上着を返せ。

 しばらく走って、この公園の一番奥にある丘にたどり着いた。どうやらここが一番高いところらしい。てっぺんに大きな木が立っている。

「ハァ……ハァ……」

 大きな木の下で荒い息をしている柚原は、急にその場に座り込んでしまった。

「ハァ……どうしたんだよ」

 俺が肩で呼吸をしながらたずねると、柚原は下を向いてしまった。ポタッ、と柚原の足にしずくが落ちる。

「間に……合わなかった……」

「はっ?なにがだよ」

「夕日……沈んじゃった……」

 夕日?

 空を見れば、日はもう山の方に沈み、山のふちがかすかに黄色いだけだった。一番星がキラキラ輝いている。

「夕日が見たかったのか?」

 柚原は小さくうなずく。

「なんで?夕日なら別にいつだって見られるだろ」

 至極もっともだ。なぜそこまでして夕日を見たいと思ったんだ?

「だって……ここで夕日を見た二人はずっと……」

「はっ?ずっと?」

 柚原は真っ赤になりながらそっぽを向いた。

「むっ……結ばれるっていう……言い伝えが……」

「なんで俺と柚原が?」

 バッ、と柚原は立ち上がった。そして俺の方を睨む。

「だから!私はゆーくんの事がっ!」

「俺のことが?」

「ゆっ……ゆーくんの事がっ……」

 しゅん、と柚原は急に小さくなってしまった。耳まで赤い。

「ゆっ!……悠介くんの……事……が」

「…………」

 初めて柚原に名前で呼ばれた。

 ああ……そっか……。

 本当、お前って――、

 

可愛いな。 


 赤くなってふるふる震える柚原の頭を、俺は優しく撫でてやった。



今から○年前、中学2年生の時に初めて終わりまで書いた作品です。


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