第05局 素人
こうして、半ば強引ではあるが、飛鳥の対局が始まった。
「ま、親は二度振りでもして決めましょ」
飛鳥の対面に座った足立が自動卓を覆うシーツをめくる。やや旧式ではあるが、雀荘などで使われる一般的な自動卓であった。
彼女たちにならうように、飛鳥の下家に森、上家に宮内がそれぞれ座る。
足立は全員が席に着いたのを確認すると、卓の中心部にある、『DICE』のボタンを押した。カラカラと音を立ててガラスの中のサイコロ二つが回る。
出た数は2と3。再び足立がボタンを押す。続いて出た合計は、8。
東家:森(起家)
南家:足立
西家:宮内
北家:飛鳥
東一局0本場 ドラ:西
「よろしくお願いします。」
「あ、よ、よろしくお願いしますっ…」
宮内が礼儀正しい姿勢で腰を30度曲げる。慌てて飛鳥も同く頭を下げた。
配牌を取りながら森が笑う。「そんなに堅くならなくても良いのよ」
北家手牌:二二五六八八4777東北白・北
「えっと…」
三巡目。
早くも飛鳥の手が止まった。だが実際に停まってるように見えるのは、他の三人だけ。本人は普通に打っているのだが、他の三人に比べて、ツモから打牌までの時間が4,5秒遅いため、一人テンポが遅れているように見えるのだ。
やがて悩んだ後、打・東。
(初牌……なら、)
それを見た森は次巡、浮いていた北を切った。
「ポン」
ぎこちない動作で北が拾われる。
遅まきながらも、ゆっくりと確実に場は進んでいった。
「ポン」
「ポン」
「えっと…ツモ、です。」
手牌が倒された。
北家手牌:五777・五
鳴き:北北(北)・八八(八)・二二(二)
「トイトイ、ですよね?」
「あと北(役牌)もね」
森が1000点棒を二本渡しながら微笑む。1000・2000を和了り、飛鳥はプラス4000点。8巡目で和了りと、早い巡目で和了である。
東二局0本場 ドラ:4
「ツモ」
九巡目。
飛鳥は再び手牌を倒した。
西家手牌:一一88 V V V ・一
鳴き:IX IX (IX)・二二(二)
「トイトイ、です。」
「かぁ〜!親マン張ってたのに〜!」
足立が悔しそうに天を仰ぐ。足立の手牌にはドラの四筒が三枚見えた。
飛鳥はそんな彼女に畏縮し、それを森がなだめる。いつの間にかそんな図式が出来上がってた。
(なるほど……)
点棒を渡しながら、宮内はメガネの奥で目を細めた。
(やさしい先輩で良かったわね。一年生さん。)
飛鳥を一瞥して、今度は対面の森に目をやる。視線に気づいたのか、正面に座る女子生徒は、こちらに向かってニコリと微笑んだ。
宮内は笑わず、クイ、とメガネを持ち上げてその視線を返した。
東三局0本場 ドラ:南
(さて……)
宮内は下家、飛鳥の手牌に目をやる。
南家鳴き:IV IV (IV)・九九(九)・VIII VIII (VIII)
視線を戻し、自分の手牌に目を落とす。
これまでの飛鳥の和了――全て対々和だが、鳴きは全て森からのものだ。これ一体何を意味してるのだろうか。
(部長はおそらく、この半荘すべて一年のアシストに回る。それも、私と足立さんを完全に押さえつけて。 でも…)
東家手牌:六七七八九7789V V VI VII ・VIII
タンッ、と短い打牌の音が響きわたった。
「リーチ」
(これが私の打ち方です。例え一年でも、負けるつもりはありません。)
打・7とともに出されたリーチ宣言。山に手を伸ばしかけていた飛鳥の手が一瞬、止まる。
(ど、どうしよう…)
南家手牌:16南南・1
鳴き:IV IV (IV)・九九(九)・VIII VIII (VIII)
東家河:北東二一2 IV 白 II [7]
六筒のところで指が止まる。
(当たる、かな?でもこれを切らないと和了れないし……)
数秒ほど間を置いて、飛鳥は6を切った。それを見た宮内、足立が思わず目を丸くする。
宮内が小さい声で、通し、と言った。
(本当はこの人、素人なんじゃ?)
(うひゃー、一発目に油っこいとこ切るねー)
「チー」
二人が驚き、飛鳥がほっとしている間、森の手牌から45がさらされる。
森が牌を切る直前、宮内はハッとその森の鳴きを見た。
(部長、一年に差し込むつもりですか…?となると…)
先ほどのチー、これで宮内のリーチの一発が消された。
もしこの後切り出される牌が自分の予想通りなら――
(あくまで危険性を回避……相変わらず貴方の打ち方は理解できない。)
そして捨て牌、
タンッ――
「…ロ、ロンっ」
森の手牌から切り出された南。そして手牌を倒す飛鳥。
ドラ:南
南家手牌:11南南・南
鳴き:IV IV (IV)・九九(九)・VIII VIII (VIII)
「トイトイ、ドラ3……えっと、何点ですか?」
「跳満。12000。」
自らのリーチ棒を差し出しながら、宮内が機械のような単調さで、そう答えた。
「まるで茶番だな」
飛鳥たちとは離れた場所、椅子に座りながらその様子を見ていた仙道は、その声で振り返った。
そこには、自分たちが部室に来た時点で初めから居た部員、大和田が立っていた。今の今まで、紹介されることもなく、ただ机に座って事を眺めていたのだ。考えてみれば、ここの部員は見る限り、男子は彼一人だけだ。ひょっとしたら肩身が狭いのかもしれない。
そんなことを考えていると、隣の空いていた席、さっきまで飛鳥が座っていた椅子に、大和田は座った。一応こちらを気にしてか、彼は仙道と多少の距離をとった。
仙道の視線の先では、飛鳥たちが麻雀を続けている。
宮内や足立が何度もリーチをかけるが、いずれも飛鳥の対々和で流れる。そんな対局が何度も繰り返されていた。確かにこれは茶番と言えるかもしれない。
「そう、かもしれないですね」
少々やる気の失せた声で仙道は答えた。
和了り続けているのは飛鳥だが、実際は森の掌の中。それが仙道にも容易く分かっていた。
しかしながら、彼女には気になることがあった。
結局、こうして麻雀部へ足を運ぶことになったのだが、その原因である飛鳥は、見る限り、まるで素人なのだ。たとえプロに通用するまででなくとも、それなりに『打てる』ものでなければ、実際に来ようとは思わないだろう。
見れば見るほど分からなくなっていく飛鳥の背中。一体彼女は何のためにここに来たのだろうか?
「しかし不思議だ。」
「?」
彼女たちを見ながら、大和田は無精髭の生える顎を撫でた。
「いくら全員でサポートしたところで、こうも毎局同じ手で和了れるわけじゃない。」
「……」
確かにそうかもしれない。他に役を知らない素人なら、ありえるかもしれないが。
気がつくと、仙道は飛鳥たちの卓へ歩み寄っていた。
「すいません。」
彼女の声に気づいて、森が振り返る。
「何かしら?」
「私にも次、打たせてもらえませんか?」
「勿論いいわよ」
そう微笑みながら森は立ち上がって、仙道を席へと促す。
大和田が語った『不思議』。
仙道は、そんな彼の言葉が一体どうやって起こっているのか、興味を持っていた。
ルビの振り方が今までずっと間違っていたことに気づいてしまった今日この頃。どうしよ。
ケータイ読者に優しくない小説。読みづれぇ!