第04局 説明
「見学しにきたみたい」
森は、適当にしてて、と飛鳥たちに言った後、他の部員たちにそう説明した。
「あ」「お」
思わず二人の口から驚きが漏れる。
部室に入って真っ先に目についたのは、部屋の中心に置かれた全自動卓だった。
ただ今は誰も使っていないのか、卓を大きなシーツが覆っていた。そのシーツが、時折吹く風で、チラチラと裾を揺らしている。
既に部室に集まっていた部員は2人ほど。部員達は、飛鳥と仙道を見て、どうしたもんやらと固まっている。
そして二人も、この後どうしたらいいのか分からず、壁際で直立のまま動けずにいた。
「見学者ですか。では、二人とも鞄をこちらに置いてください。
あと、座る場所を用意します。」
先に部室に居た生徒の一人、綺麗に切りそろえられたおかっぱ髪の女子生徒が、二人を促す。ピンバッチを見ると、二年生を表す黄色の模様であった。
部室は、やはり旧校舎らしく、壁や天井がかなり痛んでる様子である。だが、それ以外はまるで別である。
きちんと手入れされた自動卓の他にも、隅には使わない机や椅子がきっちりと積まれていたり、床がちゃんと掃除されていたり、飛鳥たちが想像していたよりもとても良い過ごしやすそうな環境であった。加えて、当初の心配のタネだった男子しかいない、というのも、話かけられた先輩が女子である時点で解決している。
「どうかしましたか?」
「あ、すいません…」
ふむ、と女子生徒のメガネが持ち上がる。
仙道は部室の思いがけないほどの好印象に、部室をそこら中見回していた。それを不審に思ったのか、二年の生徒は仙道に訝しげな目を送る。メガネの向こうにある、その鋭い視線に、思わず仙道は謝っていた。
メガネといい、言動といい、何やら彼女からは“お堅い”雰囲気を漂わせている。
多分、何事もきっちりしないと気が済まない性格なんだろうな、と持ってきた椅子を“きっちり”並べている先輩を見て、飛鳥はそう思った。
「部長、私が説明しますか?」
「ん。よろしくお願いね、宮内さん」
森がそう言って手を振る。
(あの人部長だったんだ……)
飛鳥はその事実に驚いたが、あの人は部長が一番似合うかも、と何となく思った。
宮内と呼ばれた女子生徒は再び、くい、とメガネを持ち上げた。
「私は、この部の会計をやってます、|宮内≪みやうち≫です。
この部の簡単な説明を始めるので、楽にして聞いて下さい。あと、質問はいつでもして構いません。」
飛鳥と仙道の座った目線からでは、立っている宮内のメガネが反射してその表情が良く見えない。
楽にしていいとは言われても、自分たちは座らされて相手は立っているというこの圧迫ポジションである。まるで先生にでも叱られてる気がして、二人は一向に落ち着けなかった。
「は、はいっ」
背筋をピンと伸ばしたまま、飛鳥が返事する。初対面の緊張も合わさってか、声が少々上ずっていたが。
「良い返事です。
まずこの部ですが、名前を見ての通り、麻雀をすることを目的においた部活です。マージャンというゲームは知っていますね?」
「えぇ、まぁ…」
同じく背筋を伸ばして座っている仙道が返した。時折、居心地の悪そうに体勢を変えていた。
飛鳥も頷く。
「結構です。
麻雀部は、ゲームの最終目標である“勝つ”ための技術の向上、ひいては参加する者の精神を鍛えることを念頭に置いています。麻雀を愛好する人やこれから始める人でも気軽に入部してください。以上、校報『部活動紹介』より。
何か質問はありますか?」
「……」
「……」
「無いようですね。
部長、終わりました。」
「ありがと……やっぱり私がやるわ」
森は少々困ったように微笑みながら、二人の前にやってきた。そんな森を見て、よく笑う人だな、と仙道は内心思った。その微笑みは、不快という意味ではなく、むしろ見るものを和ませてくれる力があった。
再び、メガネが持ち上がる。
「何か説明不足でしたか?」
「いえ、あなたの言いたいことは大体伝わってると思うわ。ただ、本当に必要な分しか伝わっていないけど。さて…」
そう宮内を嗜めると、森は二人に向き直った。
「何事も“ああ”なのが宮内さんの長所でもあるから、気にしないでね。あと、そんな堅くならなくて良いわよ?もっとリラックスして」
ほっ、と安堵の息を漏らす飛鳥。とりあえず肩の力を抜いて楽な、いつも通りの姿勢で座り直した。
ただ、相変わらず森の後ろでは宮内のメガネが光っている。太陽光の反射によって、その表情は計り知れないおかげで、飛鳥は緊張を解けずにいた。
「部の内容は宮内さんが説明してくれた通りよ。言い方は違うけど、皆で打って実力を付けよう、てのが|麻雀部≪ここ≫の目標。勿論ノーレートだし、お金を賭けることは一切させてないわ。その辺は学校からも厳しく言われてるから安心して頂戴。
ちなみに、部員は全部で5、6人てとこ。見ての通り、参加は自由だから人によっては来る日来ない日が分かれるわね。あと、部の掛け持ちはOKだから、別の部活と併用してる人も居るわ。
…こんなところかしら。何か知りたいこと、ある?」
あるもなにも、と飛鳥は首を横に振った。知りたいことは全て森が話してしまったのだ。それは、仙道も同様であった。
そこへ、新たな闖入者が。
「呼ばれて飛び出て何たらー!」
バーン!と突如、部室の扉が開け放たれた。引き戸が全開にされ、扉と壁がぶつかり凄まじい打撃音が部屋に木霊する。
「やったー!まだ始まってなかったー! いやー、参りましたよ。こないだの実力テストが悪くて担任に呼び出されちゃって〜
さー、場決め場決め」
適当に鞄を放りながら、ドカドカと入ってきた女子生徒。登場もさることながら、その一挙一動が喧しくて仕方ない。
入ってきた女子生徒は、そのまま自動卓の椅子に座ってしまった。
「足立さん!」
足立が放り投げた鞄を拾いながら、宮内は激昂した。
「何度も言ってるでしょう!鞄や荷物は一箇所にまとめる!」
「えー」
「えー、じゃない!」
そのベリーショートの髪が似合う女子生徒は、面倒そうに唇を尖らせるが、宮内の斬れるような鋭い視線に射抜かれ、渋々彼女から鞄を受け取った。
「ん?」
鞄を置きに行く途中、足立の視線が、飛鳥と仙道に目が合わさる。
「この人ら誰!?」
「本当に、あなたは勢いだけで生きてるんですね……この人たちは一年で、見学者です。」
まるで未知生命体でも見つけたかのような奇妙な表情をする足立。部室に入ったときに気づきそうなのだが、彼女は本当に気づいてなかったらしい。
「うぉ一年!?じゃあ早速囲もうぜ♪」
「は、はぁ…」
足立の強烈なノリとキャラに圧倒され、仙道はやや仰け反り気味に答える。そんな足立の後ろでは、困ったように微笑む森と、呆れて溜息をついてる宮内が目に入った。
「足立さん、彼女たちは見学者であって、まだ入部を決めてないんですよ?」
「まぁまぁ宮内さん。
そんなわけだから。お二人さん、どう?打ってかない?」
一度、飛鳥と仙道は顔を見合わせた。そして、仙道だけが頭を下げる。
「いや、遠慮しときます。私はただの付き添いなんで。」
飛鳥が驚いて再び仙道を見た。仙道は、その視線をあえて受け止めて、肩をすくめた。
じゃあ自分も、と言いかけたところで、飛鳥の手を足立が掴んでいた。
「ささ、おじさんがええとこ連れてってあげよう」
「え、あ、ちょ…」
冗談混じりに足立が飛鳥を卓に着かせる。不安げな表情のまま、飛鳥はもう一度仙道の方へ目をやった。
――諦めろ。
仙道はそういう目線を込めて首を振った。
ようやく対局が始まります。