第03局 接近
放課後。飛鳥は旧校舎の廊下を歩いていた。
文化系の部室は、まとめられて一つの校舎に収まっている。それは、全学年の教室がある校舎とは別館、いかにも歴史を感じさせる風格の旧校舎であった。どれくら古いかというと、
(うわ、大丈夫かなこの床…)
ギシギシと一歩進めるたびに、廊下の床板は音をたてるほどである。
ふと足を止め、窓を見ると、運動場が一望できた。トラックを延々と走り続ける陸上部、少し離れた場所では野球部が練習をしている。そして、
「あ、仙道さんだ」
飛鳥が声を上げる。
広いトラックの中心に張り巡らされた白線。その内側ではサッカー部が練習に励んでいる。
その多くの部員の中、ユニフォームを着た生徒を適当に仙道と見立てて手を振る。生徒は飛鳥の気配に気づいたのか、旧校舎の方へと振り返った。そして、手を振る飛鳥を見て首を傾げてる。
「あ、違った?」飛鳥は慌てて手を引っ込めた。
「何やってるの?」
え、と飛鳥は振り返る。背後には、仙道が立っていた。ユニフォームは着ていない。
「仙道さん?あれ?今グランドに?あれ?」
「何を見てたか分からないけど、私はさっきからここに居たよ」
「あ、うん…じゃあ見間違えかぁ…」
もう一度運動場を見ると、先ほどの生徒はすでに練習に入っていて、見失っていた。
「仙道さん練習は?」
「今日は休むことにする」
「え、何で?」
「友達が一人で正体の分からん部に行こうとしてるんだ。さすがに心配だって」
廊下を歩きながら、仙道が飛鳥の肩を叩く。
「別に大丈夫だよ。ただ麻雀する部だよ?……多分」
「いやいや……そうであっても、男子しか居なかったり、不良の集まりかもしれないぞ?カツアゲとかされるかも」
ハッ、として飛鳥は立ち止まる。何か思い当たったのか、それとも重大な可能性を考えていなかった自分に気づいたのか。
思わず飛鳥は弁明してみた。
「でもあのチラシ、」
「チラシなんて、案外どうにでもなるもんだよ?」
「う……やっぱり止めようかな…」
「…一条さんてよく“天然”て言われない?」
うーん、と飛鳥は唸った。考えてるのか惚けてるのか、視線は中空を泳いでいる。
やがて、
「分かんない」
と、コロコロと笑いながら言った。
そんな彼女の言葉に仙道は内心、やっぱり天然だ、と溜息をついた。
「で、結局どうするわけ?」
「う〜ん……」
会話に盛り上がっているうちに、目的の部室まで来てしまった。
これまでの仙道の話を聞いてるうちに、飛鳥の心はすっかり折れてしまった。
ここまで来といて帰るのも忍びないが、あと一押し、あと一押し何かがあれば帰る決心と、麻雀部を諦める決意ができる気がする。
飛鳥はそんな胸中で立ち止まっていた。
目の前には、教室と同じ引き戸。部室の廊下側には窓はなく、加えてドアにも窓はない。廊下からでは一切中の様子が伺えない。
「入らないの?」
「え、えっと…」
ドアを睨むだけで一向に入ろうとしない飛鳥に、とうとう嫌気が差した仙道が声をかけた。
相変わらず、飛鳥はドアを見つめて悩んでいる。
「入らないの?」
「もうちょっと待って……え?」
驚いて思わず振り返る。
聞こえてきたのは、明らかに仙道のとは違う声だったのだ。セリフは同じだったが。
仙道の隣には、いつの間にか女子生徒が一人、立っていた。
校則で、ブレザーには学年を色で表すピンバッチを付けられる。彼女の胸には、三年生を表す青い模様のピンバッチがあった。
「いきなりごめんなさい。あなた達、この部に用があると思ったんだけど……違ったかしら?」
「い、いえ!違わないというか、違うというか……」
突然先輩に声をかけられて焦る飛鳥。
そんな彼女の心境を察したのか、その女子生徒はにこりと微笑むと、自ら部室のドアを開いた。
――ザァ、と。
どこかの窓が開いてるのか、ドアを開けた途端に風が彼女たちに吹き付けた。
「心配要らないわ。|麻雀部≪ウチ≫は見学自由よ」
春一番の風に艶やかな長髪を|靡≪なび≫かせて、再び女子生徒は微笑んだ。
すっと、散々悩ませていた胸のつかえが軽くなる。微笑む先輩を見て、飛鳥に恐怖心は無くなっていた。
後ろを振り返ると、仙道が静かに頷いていた。しかしその顔は、女子サッカー部がなかったことを話したときのような表情であった。良い方向であろうと、アテが外れると彼女はそんな表情をするらしい。
一歩、歩みを進める。
「麻雀部へようこそ。私は三年の、森 |翠≪みどり≫。よろしくね。」