第02局 思案
入学式が終わって2週間が経過した。
まだ着慣れぬブレザーの制服を着た一年生、一条飛鳥は机の上で唸っていた。
「一条さん、さっきから何うなってるの?」
時刻はまだ昼休み。すでに弁当を食べ終わった生徒たちは、思い思いの暇を過ごしている。
そんな中、飛鳥の隣の席に座っていた女子生徒が声をかけた。
「仙道さん」
飛鳥が、机から目を離して、仙道を見る。しかし飛鳥は大して反応することもなく、再び机を睨みつけた。そして、また唸りだす。
机の上に散らばる多くの紙を見て、仙道は、ああ、と一人頷いた。
「一条さん、部活とかで悩んでるわけ?」
「う、うん……どれにしようかなぁ、て」
散らばる紙たちは、全部この高校の部勧誘のチラシであった。今週から始まった部活の勧誘期間。各部活の上級生たちは、自分たちで看板を創ったり、チラシを配ったりと、一年生を一人でも多く獲得しようと余念が無い。
今朝も、校門には実に多くの先輩から、このようにチラシを渡されたのだった。
「一年から見れば、結構鬱陶しいのよね。朝のアレ。特に部活とか決まってる人にはさ」
「仙道さん、サッカー、だっけ?女子のなんてあったんだ…」
「いんや、確かにサッカーだけど女子サッカー部はなかった。結局、男子のマネージャーてことで入った。」
いやー残念だ、期待外れだ、と仙道は残念そうに話すが、飛鳥にはそんな彼女がとても落ち込んでるようには見えない。
仙道は、飛鳥よりも10センチ以上も背が高く、見るからにスポーツが得意そうな生徒だ。いや、実際に得意なのだろう。体育の授業では、飛鳥は並外れた身体能力を彼女に見せ付けられている。
ざっくばらん、という表現通りの性格を示唆するように、まるで侍のように前髪ごと一緒に後ろに結っている。
かわいい、というより、かっこいい、という言葉が似合ってると、飛鳥は素直にそう思った。
二人は席が隣同士ということもあり、始業してから何かと話す仲であった。
「一条さんも、何かスポーツやるの?」
「う、うーん…私は文化系かな。ホラ、私ってどんくさいし…」
「確かにそうかも。体育ん時とか」
あははは、と飛鳥は苦い表情で笑う。そんな彼女の両膝には、スカートの裾に見え隠れして、大きな絆創膏が貼ってあった。
「あんな派手な転び方した人、初めて見たよ。」
その時の情景を思い出してか、仙道はニヤニヤと笑い出した。
体育の時に見せられた仙道の身体能力で奮起した飛鳥は、思いのほか頑張ってしまったのだ。そして、ものの見事に転倒、こうして怪我をした。
「で、実際はどんなのが良いんだい?」
「んーと……」
飛鳥はいくつかのチラシを選びだす。とりあえず候補として考えてるものだろうか。
「料理研究部とか、絵画部とか、文芸部とか、ゲーム同好会とか……」
「思いのほかジャンルに富んでるね……。あと、ゲーム同好会は実際、オタクしかいないって聞いたけど」
「やっぱり?…ん〜、どうしようかな……」
ガサガサと机の上を色白な手が這う。
ふと、一枚のチラシに触れた。
「まーじゃん…?」
「何だって?」
「これ…」
それは一枚のコピー用紙。女子が書いたのだろうか、可愛らしいイラストに加えて、これまた可愛らしい丸っこい字体で部活名が書かれていた。
「麻雀部?」
チラシを覗き込んだ仙道も、疑問符が浮かび上がる。
「マージャン、なんて種目あったかな?聞いたことないや。」
「いや一条さん、体育会系の部活とは到底……。っていうか、これはやっぱり、」
「やっぱり、あの麻雀だよね。ゲームの。」
「いや、もしかしたら裏に囲碁将棋部って書いてあるかも…。ジョーク?みたいな感じで」
仙道にそう言われ、飛鳥はそのチラシを裏返してみた。が、裏には何も書かれていない。むしろ、囲碁将棋部のチラシは先ほど飛鳥が選び出したチラシたちの中に含まれている。
なおさら疑問符が二人の頭に浮かんだ。
「本当に麻雀“だけ”やる部、なのかな?」
「いや、そもそもこういうのって同好会じゃない?」
「ほぼ毎日部活やってるみたい……。これ本当に部活なのかな?」
チラシの活動時間の項目には、月火水木金と書かれている。文化系の部活の割には意外とアグレッシブな内容である。普通文化系なら月水金なり週2,3度程度の部活のはずだ。
あれやこれや二人は話し合うが、どれも語尾に「?」と疑問形を交えている。一向に話がまとまらない。
「行ってみようかな」
キーンコーンカーンコーン…
やがて昼休みを終わりを告げる予鈴が鳴り響く。
その音に紛れて、飛鳥からそんな言葉が漏れたのを、仙道は聞いた。