第01局 日常
アカギと哲也と雀鬼と哭きの竜と天牌と兎と咲とむこうぶちと朱雀とムダヅモ無き改革などの漫画と、麻雀格闘倶楽部とMJとハンゲなどのゲームが好きな作者の小説です。
タン…
タン…
タン…
タン…
タン…
伽藍と静まり返った室内。柔らかな夕暮れの陽光が、仄かに床を朱色へと染めていく。
その中を、淡々とした打牌音が幾たびも響いていた。
「ツモ。1300オール……4本付け。連荘……」
ふと止まる打牌。告げられる親番続行の声。
しばし点棒のやり取りの後、卓上は再び動き出した。
南4局5本場 ドラ:四
ラス親の連荘が続き、他家にとっては厳しい展開になっていた。
元より3着だったラス親の5連荘だ。既に2着、それもトップとの差はあと3000点もない。
「……リーチ」
配牌されて5巡後、誰の鳴きも入らず、親の先制リーチが入る。もうこの時点で親のツモに勢いがきてることを、卓にいる全員が感じていた。他家の配牌はいずれもバラバラ。たとえテンパイ出来たとしても、ツモには親のほうが分があるだろう。
より一層濃くなっていく敗色の空気。
南家の自摸番、山へ手を伸ばした時、変化が起きた。
「ポン」
南家の手が止まる。突如発声したのは、現在トップである西家だ。
このときの西家の手牌、
西家手牌:二三四246 II VII VII IX
鳴き:VIII (VIII) VIII
イーシャンテンではあるが、役無し。むしろ一盃口をわざわざ崩してのタンヤオ受け。しかし、この鳴きはただ闇雲に鳴いたわけではない。
続いて捨牌だが、親の河は、
東家河:北 II 1九([VIII])
「さて、ここからが勝負ですか……」
数度深呼吸をすると、打・ IX。――通した。
この巡目は親は和了れず、河に北が追加される。安全牌は増えていないまま西家のツモ。
(VII ……危ないところだ…一発だったかも)
河読みの初歩の初歩、裏スジである。例えばカンチャン待ちの68から5を引き入れ、両面待ちへ受け変え打・8、56によ4ー7待ち。このような一般的パターン、麻雀のメカニズムを読み取った危険牌の絞り方だ。
これを則って見てみると、逆に VIII が河に捨ててある時点で VIー VIIの V ー VIII 待ち、II が捨ててある時点で III ー IV の II ー V 待ち、それぞれの可能性が消え結果、V の安全度が上がる。
(でも、ここまであからさまなのも怪しいけど……)
内心苦笑しながらも西家、打V。これも通す。
こうして、親のツモ和了もないまま数巡が過ぎた。
――九巡目。
西家手牌:二三四2 IV V VI VII VII VII・VI
鳴き:VIII (VIII) VIII
東家河:北 II 九1([VIII])北3八東
西家にチャンスが巡ってきた。打2で、III ー VI 、V ― VIII の多面張。
だが、
(2、通るか?)
リーチ牌まで捨牌は全て手出し。裏スジのことを考えると2も危険牌の一つである。
しかし、これまでの数巡で4、8とも通し、ピンズに待ちはあるとは思えない。そうは思っても、2が未だ他家の河に姿を見せていないのも事実だ。つまり2が危険であることに変わりはない。
加えて2着目のリーチだ。たとえ流局まで放銃を凌いだとしても、ツモ和了られては意味がない。
2を通したとしても、すでに自分の河には数巡前にV が切られている。フリテンである以上、ロン和了ができない。こうなっては自分のツモのみしか頼れないのだ。
(ここは…)
緊張が、呼吸を乱していく。
指先が汗ばみ、牌の触覚がじっとりと濡れていく。
僅かな間を置いて、牌を切り出す。
タン…
タン…
タン…
「ツモ」
「!」
静かに、牌を倒す音が聞こえた。
その牌には、ピンズの模様が、二つ。
「リーヅモ、裏、ナシ……1000オールの5本」
東家手牌:一二三22 IV IV IV V VI VII VIII IX・2
ドラ:四−白
「マクリ、ですね?」
「……はい。部長」
西家にいた男子生徒はその場で立ち上がり、頭を下げた。その先にいる部長、と呼ばれた女子生徒は静かに首を振り、微笑んだ。
「たまたま、たまたまよ。白井くん。あなたも張っていたんでしょう?」
「えぇ、まぁ。」
西家手牌:二三四2 IV V VI VII VII VII
鳴き:VIII (VIII) VIII
結局、白井は VI のチャンスを棒に振った。
「あらあら、当たり牌全部止められちゃったのね。」
「でも、部長には敵いませんでした。」
「それは唯の結果論だわ。白井くんはVI を引き入れての多面張を捨てて、2を止めてる。」
「ただ安牌っぽいのを打っただけですよ。それこそ結果論です。」
白井が微笑み返す。すると、南家に座っていた生徒が立ち上がった。顔は、ニヤニヤと何やら面白いものを見たような顔である。
「なーに二人の世界に入っちゃってるんですか?」
白井と同学年の女子生徒、二年生の足立だった。
そう言われた二人は、恥ずかしそうに顔を互いに背ける。そんな様子の二人を見た足立は、さらに顔がニヤけていった。
その間に入るように、
「……とりあえず、もう一半荘、やるぞ」
そう言って北家に座っていた生徒が、卓の中央、開口ボタンを押した。
それに合わせて中央の部分が下へ抜け、河にあった牌を全て飲み込んでいく。足立も、手牌をその中へザラザラと流し込んだ。
他の部員も、それに合わせて手牌を流し込む。
「さー、もっかい!場決め場決め」
「ごめんなさい。私はこれで失礼します。」
次の山がせり上がってくる途中、部長は立ち上がった。
「森、いつもより早いんじゃないか?」
北家だった大和田が話しかける。森、彼女の名前だろうか、彼女は艶やかな長髪をなびかせ、自分の鞄を手に取った。
大和田は三年生で、ここの副部長にあたる存在だ。
「帰って勧誘チラシ作らないと。」
「あーそういえば、来週からでしたっけ。部勧誘。」
「今年は何人が入るんでしょうね」
「………とりあえず、今日はこれで終わりだな。」
夕暮れが、部屋を真っ赤へと照らす。
西日の傾く廊下の一角。部室のドアには一つの張り紙がされていた。
【麻雀部へようこそ☆お一人様でも大歓迎☆】
「……さすがにこのチラシも問題ね……ここは雀荘じゃないし」
森は溜息をつきながらその張り紙を剥がした。
ドアの上方、クラス分けの表札が掛けられている場所。そこには学年も、クラスも書かれていない。
【麻雀部】
「今年は何人入るのかしら…」
剥がした張り紙をクシャクシャと丸めながら、森はそんな呟きを漏らす。
相変わらず、西日の夕焼けが、廊下を赤く染め上げていた。