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真昼の月  作者: 澤田 紅
1/3

01

うっかり生き残らせてしまったモクを幸せにしてあげたかった。 誰の手なら取ることが出来るか考えたら・・・こうなりました。

けして彼はロリではありません。どんなにそう見えても。

米国西海岸最大の都市ロサンジェルスに男が着いたのは早朝、朝日が地平から顔を出したばかりの時間だった。

幾度か爆撃に曝されながらも戦後僅か数年で立ち直った其処に、入国手続きを終えて待ち合わせのフロアに立ったのは黒のジャケットに濃い灰色のパンツ。

三十代後半の長身痩躯。

完全な東洋人のその顔には鋭い左眼と閉ざされた右眼。

ゆったりとした動作ながらジワリと滲み出る緊張が男から漂っていた。

海外が初めてではないし、言葉が判らないでも無い。

緊張の源は、

「モク!」

当然、男の左耳の後ろから直のコールが入っていたが声はそれを圧して響いた。

振り返れば久しぶりの顔。優しげで中性的な顔が五年、いや既に六年ぶりに駆けつけて来た。

その顔に向かって男が発した最初の言葉は、

「どうだ、具合は。」

応えた男も端折られた挨拶など気にもして居ない。

「やっと落ち着いた。一時は駄目かと思って貴方を呼んだんだが・・・」

ひとつしかない眼が恐怖の色を滲ませて昔の仲間の顔を凝視した。

「ナイトから聞いた時はそれほど悪いとは云って無かったぞ。何の病気だ。」

「あぁ、子宮筋腫だ。流産して判ったが子宮、卵巣ともの全摘手術だった。」

云いながらもモクを誘導して空港の外に向かう。

「本人も多少おかしいとは思っていたらしいが・・・体力に自信があるから変な我慢をしたようだな。忙しくてそれ処じゃ無いとも云っていたが。もっと早ければ大事にはならなかった筈なんだが。」

港内電動カートにモクを乗せるとエラ-は慣れた手つきで空港の端を目指して走り出した。駐車場とは全く方向が違うが男はそれさえ気付かずエラ-の話に耳を傾ける。

「二人目が出来ていたのもそれで判ったぐらいなんだ。三カ月に入ったばかりでいきなり流産して精神的にもかなり落ち込んでいたから余計後を引いた。

一昨日までの一週間は気も抜けない状態だったが、昨日か、キリ-が貴方を呼んだと云ったら少し怒ったらしい。でもそれが良かったようだ。」

「・・・何を怒ったんだ。」

「詰まらない事でモクを呼ぶな、何もしてやれないのにこんな時ばかり頼るな、そう云われたと。」

「・・・馬鹿な・・」

男の眼が僅かに陰った。

「でも貴方に逢いたいのは解かって居たからな。俺達も同じだし。実は嬉しかったらしくそれから落ち着いて来たんだ。 なぁ、モク。」

エラ-の声が僅かに変わる。

「先月やっと単独飛行の許可が下りたんだ。俺の初めての乗客になって貰えて嬉しいよ。」

モクは一つしかない眼を思わず瞑った。

瞑る前に見た光景は小型ヘリ。

悪態どころか溜息しか出ないモクであった。



キッドの病気が考えていたより重い事実と、初心者パイロットの操縦に身を預けて居た為とで酷く蒼褪めたモクが辿り着いたのはフェニックス市郊外の病院だった。

このまま俺も入院しそうだと、内心思いながら病室のドアを叩くとすぐに中から開いた。

キリ-は驚くほど変わって居なかった。

ソマリアで別れて以来五年になるが、フェニックス基地の司令として忙しい日々を送っていると聞いている。

モクの顔を見て表情が緩んだが、昔よりも若く感じるのは素直な感情を出せるようになったからだろう。

恋女房の力は偉大だ。

「済まなかったな、わざわざ来てもらって。」

第一声で詫びたのはキッドに怒られたからか。

思わずモクの頬が緩んだ。

「何を云ってる、大事になりかけたそうじゃないか。今は良いのか?」

チラリと後ろを見て、

「大丈夫だ、今は寝ている。」

そのまま二人は談話室に移動した。

気付くとエラ-が居ない。それを云うとキリ-は笑った。

「ちびの面倒を見てるんだろう。放って置くと何をするか判らん奴だからな。」

キリ-とキッドの間の第一子はどうやらキッド紛いのクソガキのようだ。

珈琲のカップを渡してキリ-が口を開く。

「十日ほど前だった、腹が痛いと云い出して、顔色も悪かったから病院へ行こうとしていた矢先出血したんだ・・・あんな時は女の方が胆が据わっている。俺は狼狽えて奴が云う通りの事しか出来なかった。

軍人だの、G倶楽部員だの、戦闘兵士だのなんかクソの役にも立たないと痛感した。

真面目に怖かったよ。」

真顔で話すキリ-にモクは優しい眼を向けた。

「十八だったな、キッドが入隊したのは。その頃から惚れていたんだろう。

結婚するまでにもいろいろ有ってやっと手に入れたお前の宝だ。失いかければ怖いのは当然だろう。この俺でさえ思わず飛んでくるほどキッドは可愛いし、あの戦争を生き抜いて此処で死なれちゃ・・・耐えられんさ。

それで退院はまだ判らんのか?」

「しばらくは掛かりそうだ。基地には此処までの設備が無いし、医者も外科と精神科医だけだから。切ったり折ったりと違うし、キッドは帰りたがるだろうがまず当分は無理だな。」

珈琲を一口飲んでモクは頷いた。

「治しきった方が良い、もうこんな心配はしたくないだろう。お前は当然だがエラ-達だって。」

キリ-が改めて男の顔を見つめた。

「本当に済まなかった。さっきは酷い顔色だったから、キッドの言う通り迂闊に呼ばなければ良かったと思ったよ。」

思わずため息が漏れた。

「・・・・あれは違う。エラ-の操縦は武器になるぞ、それも最終兵器だ。」

昔の様に吹き出すかと思いきや、キリ-は僅かに片眉を上げた。

懐かしい顔がちらりと重なり思わず視線を逸らす。

「だから誰も乗らなかったんだ、イヴでさえ。あんたは勇気が在る。」

選択肢が有るなら絶対それを取っただろうが、生憎モクにそれは無かった。

溜息を吐いて男は立ち上がった。

「エラ-に殺される前にキッドの顔だけは見ておこう。」



相変わらずの綺麗な寝顔、少しやつれてはいたがほぼ完璧な美貌は煌めく瞳が開くとやはり完成された。

「・・・モク。」

言葉より先に浮かんだ笑みに華が開く。こんな病室には不似合な華やかな大輪の花。

伸ばした両手がモクの手を取りしっかりと握りしめた。

「大変だったな。」

低く告げると苦笑に変わった。

「貴方も大変だったね、エラ-は獲物を待って居た。」

確かだ。

「あぁ、もともと奴は戦闘兵士だからな、新しい暗殺手段を手に入れた訳だ。

激突大破じゃなくても心臓発作で確実に殺れるぞ、あの腕なら。お前は絶対・・・」

「駄目だと云っただろう。頼むから此処に座ってろ、うろつくとDrに注射されるぞ。」

暗殺者エラ-の声にモクとキッドとキリ-は固く口を閉ざして振り返った。

エラ-に追い立てられて入って来たのは三.四歳の子供、モクの姿に脚を止めて喰い入る様に・・・睨み付けた。

への字の口元よりも顰めた眉毛よりも印象的な強い眼差しと、丸洗いしたくなるほどの小汚い形。

むき出しの膝も肘も擦り傷と絆創膏で覆われた小僧が・・・キリ-とキッドの間に生まれた子供だった。


「ちび、挨拶しろ。」

キリ-の声にも反応しないでまじまじと見て、やがて一言。

「何で眼をつぶってる。」

「おい・・・」

止めかけたエラ-をモクは手で抑えた。

「これは瞑ってるんじゃ無い、怪我をしたから開かないんだ。」

顰めた眉が僅かに開き。

「・・・痛いか?」

「今は痛くない。」

開かないのに痛くないのが不審だったのか、如何にも胡散臭そうに見ながら。

「お前は誰だ。」

「俺はモクと云う。お前の名前は?」

僅かに表情が動いた。

「・・・・・・あきら。」

「あきらか、良い名前だな。俺と仲良くしてくれるか?」

「・・・・・・・・・・してやる。」

仲良くするべきかをとっくりと考えた挙句に答えが出たのか、妙に偉そうに仲良くして貰う事になったモクは僅かに笑いかけたが、あきらはニコリともしない。

どうやら仲良くするのと、笑顔を見せるのとでは、あきらの中ではキッチリ線引きされている様だった。


キッドの朝食時間になるとキリ-はモク等を率いて院内のレストランに移動して、自分たちも食事を始めた。

今後の予定を聴かれてモクは肩を竦める。

「さして無いな。知り合いに頼まれた仕事をしてる程度だから。」

帰国してもう四年になろうとしていたが、立川連隊に赴いたのはリハビリを終えた後の一度だけだった。

退役手続きの為に仕方なく行ったのだが、かつて過ごしたG倶楽部の跡地に眼も向けなかった。

爆撃の痕が残っていた訳では無い。その時点ですでに大がかりな建設工事が始まっていたのだが、仮の事務局で手続きを済ませると逃げるように背を向けて帰ったのだった。

思い出す事が怖いのか、今はもう居ないのだと認識する事が怖いのか、きっとどちらも怖いのだろう。


「それならしばらく手を貸してくれないか、都合のつく間だけで良い。」

モクの想いを破ってキリ-が困った様に続ける。

「去年の三月ルウとナイトを立川連隊に行かせて人手が足りない。

其処に来て今度はキッドが抜けた。俺も容体が落ち着いたら戻らなくてはならんが・・・」

ちらりとあきらに視線を向けて、

「キッドが退院してこれの面倒を見れるようになるまで頼めないか。」

ガキの面倒など見れない、と云おうとして声を止めたのはあきらと眼が合ったから。

その眼の中に、子供らしくない強い光の中にチラついた陰がモクの言葉の方向を曲げた。

「・・・・・ああ、とりあえず真面な飯の喰い方と身体を洗う事を教えるか。」

最初は確かに使って居た筈のスプーンは放り出されて何処かに消え、両手でわしづかみにしたチキンにかぶりつく姿は野生児どころか全くもって原始人。ましてその眼は咀嚼しながらもモクを睨み付けたままで、お世辞にも可愛いとは言えないガキだった。


キッドの病状が安定したのはその二日後、予後を見る為の入院期間はひと月とされキリ-はフェニックス基地に帰る事になった。既にエラ-は帰って居てキリ-はホッとした様だった。

「どうでもヘリで帰ろうと云われるのは敵わん、今はまだ死んでる場合じゃないからな。」

週に一度は様子を見に来ると云い残してジープで帰って行く背中を見送ってモクはあきらに眼を向けた。

相も変わらず睨むような視線を呉れて突っ立っている。

母親が病気で入院中、父親は仕事の為に帰ってしまいさぞかし心細いだろうと思ったが・・・そうでも無いらしい。

泣かれるよりは遥かに良いが。

「さて、母ちゃんの見舞いは午後からだな。それまで部屋の掃除でもするか。手伝って呉れよ、あきら。」

ウンでもスンでも無いが了承したのか短期滞在用アパルトマンの窓を開き始めた。

ごみを片付け、床を拭いて、有るべき物を有るべき処へ仕舞い込むと実にすっきりと綺麗な部屋が出来上がった。

「綺麗になったな、次は俺達が綺麗になる番だ。それが済んだら昼飯を作ろう。」

真剣に掃除をしたのは久しぶりだった。

キリ-が出来ない訳は無いしエラ-にしても潔癖なほどの綺麗好きな筈。

キッドの病に如何に狼狽えていたかが判る。


バスタブに湯を張りあきらと自分の下着を用意して、

「自分で服は脱げるな。」

だが、丸裸になったあきらを見てモクは言葉を失くした。

「脱いだぞ。」

照れる歳では無い。相手はたかが四歳児、女の子だとしても・・・ただしこれだけは聞いて置かないと。

「父ちゃんと風呂に入った事は有るか?」

「有る。」

良かった、と安心して服を脱いだ。体の構造の違いを指摘されるのは適わない。

今まで疑う必要も無い程まかり間違っても女の子には見えなかった。

だが頭からつま先まで洗い上げシャツと半ズボンを履かせると普通に子供らしくはなった。

簡単な昼食を用意してモクはまず言った。

「良いかあきら、どんなご飯でも作って貰ったら有難く食べるんだ。手づかみで喰うな、音は立てるな。作って呉れた人に失礼だからな。」

途端に固まったあきらに手本を見せる。

「フォークを使え、こうだ。」


ベーコンエッグはどうやらまだ早かったようだ。次はゆで卵にしようと決めて、飛び散った半熟の卵黄を拭き取りあきらの服をまた着替えさせた。




キッドの病院はモクの脚でも三十分は掛かるが散歩代わりになるし他に用が有る訳では無い。

基地とは違うフェニックスの伸びやかな街を歩き出した。

ところが。あきらはまっすぐ歩くと云う事が出来なかった。

脚が止ると云うだけでは無い。

何処が気になるポイントだかモクにはさっぱり判らないが落ちているゴミをしゃがみこんで指で突き倒し、柵にはよじ登り飛び降り転がる。(何の意味が有るのかは不明だ。)

蓋付きのゴミ箱に潜り込んで探索し、出て来ると自慢げな顔で清涼飲料水のキャップをポケットにしまい込む。(そんなお宝を収集してるとは知らなかった。)

散歩中のリードに繋がれたブルドックを、悲鳴のような鳴き声を上げるまで木の枝を振り廻して追い掛け倒す。

飼い主のご婦人が怒り狂って去った後、既に一時間半を消費していながら距離は半分もこなせて居なかった。

しかも小奇麗にして来た筈がいつも通りの形になっている。

デカい猫に眼をつけ、やがてパンチの呉れ合いを始めたクソガキに堪りかねたモクは手を伸ばしてその身体を掴みあげた。

「十分遊んだな、このままだと病院に着くのは夜になるぞ。」

袋の様に小脇に抱えて大股に歩き出した。

「モク。」

尋ねた事に最小限な答えしかしない異常に無口なあきらが初めてモクの名を呼んだ。

「何だ。」

「早い。母ちゃんみたいだ。」

お前のコマネズミ並みの速さには負けるぞと思いながら、

「怖いか、楽しいかどっちだ?」

「楽しい。」

「それは良かったな。」



「ちびは他の孤児たちと一緒にまとめて育てられたから。」

一時間半、存分に遊んだおかげか自分のベッドで昼寝しているあきらにキッドは優しい眼を向けた。

「やる事が多いのは言い訳にはならないね。可哀想な事をしたと思ってるんだ。躾も教育も・・・まずは食べる事が最優先だったから。」

モクはまだフェニックス基地を知らないし、子育てと云う分野で人様に文句を言う気も無い。だから病に伏せるキッドにあきらの所業を告げる気も無かった。が、キッドは小ざっぱりした(病院に入る前に顔と手を拭いて、埃を払っただけだが)我が子を見て喜んでいた。

モクが云ったのは一つだけ。

「女の子だとは思わなかったぜ。」

苦笑を浮かべた男にキッドは溢れんばかりの笑みを返した。

「綜の子供の頃そっくりなんだ。」

そう云えば弟が居た。と思い出して。

「綜は・・・」

言いよどんだモクにキッドは笑いかけた。

「元気だよ。ジ-ンが・・・疎開させてくれたんだ。カリフのお母さんと一緒に山梨の山荘に。私の父さんも連れて行けって云ってくれたらしいけど・・・なんだかね、父さん仕事に目覚めちゃったらしくて、『俺が居ないと病院が困る。』そう云って残って・・・新宿の爆撃は無差別だったから・・・」

でも、とまた笑う。

「迎えに行った綜に喜んでくれたって。神藤夫人を護れって云ったんだって。俺なんかより大事にしろって。」

ポロリと転がり落ちた涙にモクはハンカチを渡す。

「・・・良いタイミングだろう、一時期G倶楽部でハンカチ出しが流行った事が在った。俺はジ-ンより速かったんだ、キリ-には負けるがな。」

泣き顔がいきなり笑顔に変わった。

「連絡は取れてるのか。それなら綜も安心しただろう。」

「うん、ナイトがこっそりG倶楽部に連れ込んでくれたから。陸士大は今年卒業したけど軍には入らないで教授を目指すらしい。」

「元気なら良いじゃないか。」

頷いたキッドに云わなくてはならない事が残っていた。

「今更なんだが、Drクレマンからの言付けがある。」

キッドの眼を見つめてはっきりと告げた。

「『貴方の命に従い、Gを救った私を誇ってくれ。』一言一句間違いない。

我が女神と彼は云っていたがキリ-が恋敵だとは未だに知らないだろうな。」

本当に今更だがこれだけは例えキリ-でも言づける気にはなれず抱えたまま今まで来てしまった。

柔らかだったキッドの表情が不思議に引き締まる。

ああ、やはりキッドは今でもG倶楽部の戦闘兵士。母親と娘の顔は瞬く間に消え戦場を駆け巡る戦士となるのか。

ソマリアの野戦病院が不意に甦る。

渇いた大地と熱い大気、白茶けた其処には夢の欠片も無い。

いや、無かったのは自分だけだったのだろうか。

それを振り切る様に現実の話に戻った。

「ディランがDr佐和と一緒になったんだって?」

一連の話の途中で面会時間が切れた。

「他にやる事も無いからな。明日続きを聴かせてくれ。」


続くひと月の間、モクはあきらの面倒を見て多少の躾をして毎日キッドを見舞った。

おねしょは取れていたから一つしかないベッドで一緒に寝るのも問題は無いが、寝相の悪さに呆れてしまう。

昼間あれほど動き回っているくせにまだ足りないのか、独り運動会状態でモクはゆっくり寝て居られなかった。


シチューはスプーンで飲めるようになり、マカロニはフォークで突き刺せるようになる。

食事の後は口を拭き、キッチンに食器を運べるようにもなった。

風呂でモクの背中を洗っても呉れるが、ある日。

「これは痛いか?」

右肩から肘に掛けての火傷の痕にそっと指を当てる。

前から気にはなっていたんだろうが聞くのを躊躇っていたのか。自身はさして気にもならないが子供には気味の悪いものだろう。

「今は痛くない。怖いか?」

鏡越しの酷く真面目な顔と眼が合った。

「怖くない、可哀想だ。」

「・・・あきら、お前は優しい子だな。」

キッドもキリ-も強くて優しい。これは確かに親譲りの優しい子に育つだろう。


そして今日はキッドの退院の日である。迎えに来たキリ-は見る度にスプーンやフォークを使って飯を喰えるようになるあきらに驚いて呟いた。

「モク、あんた先生になれるな。キッドはともかくDr佐和やイヴでさえ匙を投げたちびを此処まで仕込めるとは。」

と、あきらに尋ねた。

「ちび、モクと仲良くしてるか?」

「してる。モクは好きだ。」

「ほう、何処が好きなんだ?」

「駄目って云わない。」

どうやら駄目出しを喰らったのはキリ-のようだった。

「そうか・・・俺達は叱るばかりだったんだな。」

キリ-もキッドもこのあきらをどれほど愛しく思っているかモクには良く解かる。まして子宮と卵巣の全摘手術を受けたキッドに第二子は望めない。

唯一人の子供なのだ。

だが一般の親の様な育て方はこの二人には出来ないだろう事もモクには解かって居た。軍人と云う職種が無ければ出会う事の無い二人、G倶楽部が無ければ此処までの繫がりも無かった筈だった。

あの戦火をくぐり、生き抜いて結ばれた二人だからこその絆は、それを知らない人間とでは比べようも無い。

良い悪いでは無い、もはやそれは必定。

我が子の言葉に反省して酷く落ち込んだ父親をモクはさり気に慰めた。

「フェニックス基地のお宝だろう、あきらは。こいつが何処ででも生きて行けるように育ててやれ。キッドと二人で。」

キッドが失踪して一年、やっと帰って来た時確かにキリ-はキッドの手を離そうとしていた。心底惚れたからこそ出来る事だ。この俺でさえしてみせる。自分の想いなぞ幾らだって押さえて見せる、相手が本気でそれを望むのなら。だがキッドがそれを望んでいない事など誰もが知って居た。

だからこそモクはキリ-を叱咤したのだ。

遥か昔のようにも感じられるが十年も経ってはいない。キリ-もそれを思い出したのか苦笑して頷いた。

「そうだな。頑張ってみるよ。さあ、ちび。母ちゃんを迎えに行ってフェニックス基地に帰ろう。」

だがあきらは不審そうな眼でキリ-とモクを見比べた。

「モクも一緒か?」

モク自身は日本に帰国する心算でいた。

退役軍人で入国先がフェニックス基地であるなら期間が伸びようと問題は無いが、忙しいかつての仲間を煩わせたくないし、キッドが自宅療養ならばあきらの世話に困る事も無い。何より・・・イヴやアリス、ディランに合わせる顔が無い。

「モクも基地に帰るのか?」

「モクに聞いてみろ、お願いすれば基地に来てくれるぞ。」

「おい、キリ-・・・」

止めようとしたがあきらはやけに素早かった。

「モク、お願いした。基地に帰るぞ。」

何とも云えない表情のモクにキリ-は吹き出す一歩手前で堪えていた。


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