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契約者達と金城家の行動

 「・・・・・・・・直哉の血の事と此方の事情は御理解いただけましたかな」

 「ああ、理解はしたが・・・・・・」

 「ふむ、重ねて申し上げますが、我が主は現当主の血の繋がらない息子の子供が八嶋の血を継いでいるのを憂慮しています。現当主の血を継いでいる正当な後継者の邪魔になると考えているのです。だから先程言った好条件で支援もするのです」

 「・・・・・だがずっと直哉の事は香織と共に見ていた。其れは本当に本当なのか?私には寝耳に水の話で・・・・・」

 「ええ、勿論本当ですよ。今言った事に嘘はありません。我が主の家名に誓いましょう。それでは全てをご理解いただけた所でご返事をもらえますかな。事前連絡もなく訪問し即答せよと言うのは不躾だと弁えていますが、事態は流動的で遅くなれば遅くなる程お互いに打てる手が無くなっていくのは必定です」

 「・・・・・・・・・それは・・・・・・しかし・・あの母上の態度は・・・・・クッ、わか・・・・」

 「お待ちください、武俊様。まだ結論を急ぐ必要は無いかと」

 横で一連の話と交渉を黙って聞いていた私が制止の声をあげると、武俊様は顔を顰め、金城泰雅からの使者は眉をピクリと動かして此方を見つめてきた。その視線には好意も敵意も感じられず、私には使者の内心を窺い知る事が出来なかった。

 「敏次、手を結ぶのに何か不味い部分があるか?色々考えてみたが、私には渡りに船の良い話だと思うんだが・・・」

 「はい、確かに一見すると良い話の様に聞こえます。あの直哉様が八嶋の血と御門の血を引いている。八嶋は直哉様が火種になる前に処置したい。だから其れに手を貸せば金城から、そして上手くすればあの八嶋財閥からも援助が受けられる。まさに直哉様の事と彩希様などの名家の者達の思惑を知らずにいて、後れを取った形の此方には恐ろしい程都合が良い話です」

 私が諭す様に告げると武俊様が今一度考え始めた。其れを見た使者は一瞬目を細めてから、私に穏やかな声で話しかけてきた。

 「疑う気持ちは分からなくもありませんが、私にも我が主にも他意はありません。ただ突然浮かび上がってきた問題を早急に解決したいだけなのです」

 「私もそうであってくれればと思う。だが直接会った事も無い人物から、恐ろしくなる程の上手い話を持ちかけられて、即座に飛びつくのでは不用心の誹りは免れまい。せめて本人がこの場に来て顔を会わせていれば、まだ不躾に即答を求められても信用出来たのだ」

 「そう言われるのは残念だ。だが今我が主はこの事に関連した別の問題の対処に追われ、自由に身動きが取れないだけで他意は無い事をご理解いただきたい。なにぶん今は色々慌ただしく・・・・・そうだな・・・・良い返事を頂ければ、後日落ち着いた頃に主との場を用意しよう」

 「落ち着いた頃ですか?問題の対処に追われて会えない以上、落ち着いて時間が取れるのは協力だけさせて全てが終わった後とも聞こえますが?」

 私が目を細めて厳しい声を出すと、使者も目を細めて此方の様子を窺ってきた。そして一瞬場が沈黙し、そのまま重たい雰囲気になる寸前で、使者はわざとらしく大袈裟な身振り手振りを交えて否定の言葉を発した。

 「いやいやいやいや、それはありませんよ。しかしどうなさいました?先程電話がかかって来てから急に態度が変わった様に見受けられますが?」

 「其れは学校に行っている娘からの個人的な話です。詮索は無用に願いましょう。それより援助した後の干渉は無いと思って良いのでしょうか?かつて須王家の援助を受けた事で今もごたついている身では、疑念を抱かずには居られないのですが・・・」

 揺さぶりにきた言葉を冷たく返した私に、使者は表情を険しくして見つめ返してきた。そんな中私の目論見通りに言葉を聞いた武俊様は、ハッとした表情で此方を見てくれた。そして使者はその顔を見て事態を察し、口元を微かに歪ませて考えを遮ろうと鋭い声を出した。

 「我が主を愚弄しないでいただきたい!!私達は八嶋財閥に連なる者、須王は如何か知らないがこの程度の規模の企業グループを得る為に・・・」

 「この程度だと・・・・・」

 小さく淡々とした低い声が響き、一瞬で室内が静まり返った。声を発した武俊様の顔は表面上は何も変わっていなかったけど、内面の感情が一変しているのは隠せず、誰の目にも透けて見える様だった。実際に使者もそう感じたらしく一瞬しまったと言いたげな顔をしたのが見え、その時の私の感覚には他人を利用しようとする者特有の邪な雰囲気が感じられた。これで私の目的は達成された。この使者は信用できないと確信できたのだ。

 「確かに八嶋財閥の規模を考えれば我が父が築いた企業グループは吹けば飛ぶ程小さいのだろう。だがそれでも我らには誇りがある。言葉には気を付けて貰いたい」

 「・・・・・・・・失礼しました。しかし愚弄する意図は無かった事をご理解ください」

 「・・・・・・・・理解しよう、使者殿。・・・・・・・もっとも意図が無い方が問題だが・・・・」

 ボソリと小さく告げた後半の言葉は頭を下げて謝罪している使者には聞こえなかった様だ。だが私には確りと聞こえ、武俊様の内心の考えも理解出来た。意図せずにその様な言葉が出ると言う事は、当たり前の様に此方を格下だと見下しているのだ。となれば先程の援助なども疑わしくなる。対等でなければ水面下の約束事など、後で反故にして踏みにじっても如何とでも言い逃れられるのだ。そう、よくよく考えればこの使者は一度も約束を書面にするとは言っていないのだ。

 「使者殿、時間が無いのは理解しているが何分突然の事、数日の猶予を貰え無いだろうか」

 「・・・・・・・時間が経てば経つほど提示した条件が悪くなる事をご理解しているのであれば構いません。私達も難しい状況に立たされていますが、其方ほど余裕が無いわけでもありませんから」

 「・・・・・・・まるで私に状況を打開する手が何もないような言い草だな」

 「その様な事は申しておりません。ですが他人事ながら心配させられます。折角持って来た起死回生の良い条件だったのに、それを蹴ってこれから如何するのか・・・とね」

 「まだ蹴ると決めた訳では無いよ、使者殿。今後を左右する重要な案件だから慎重に考えたいと言っているのだ。それとも今此処で即答しないと駄目だと言うのかな?先程と言っている事が違う様子だが?」

 「・・・・・・・いえ、その様な事はありません。ごゆっくりお考えください。では今日は此れ以上の進展は無さそうですし、私は此れで帰らせて頂きます。なるべく早く良いご返事を貰える事を期待しています」

 「前向きに善処しよう。敏次、使者殿がお帰りだ。お送りしてくれ」

 「ハッ、了解しました。では使者殿、此方へ」

 私は武俊様に言われるままに使者を連れて行き見送った。


 「さて敏次何があった?そして何を考えてあのような発言をしたのだ?」

 「娘から連絡がありました。直哉様は今朝のニュースの事を指摘した様です。先程の者の言葉と合わせて考えると御門の血をひいている事は間違いないかと」

 「ふむ、それならなお更に手を組んだ方がよかったのではないか?」

 「・・・・・其れは向こうが信用出来るのならです。先程武俊様が企業グループの事でお怒りになった時の反応を見ると、向こうは私達の事を詳しく調べているのは必定。それなのに此方は向こうの状態を全くと言って良い程知りません。此れでは対等の約など結べないでしょう。書面契約ではない所も重要です。私はあの使者は信用できないと感じました」

 「・・・・・言いたい事は分かる。だが如何するのだ?実際に私達は知らなかった事で追い詰められつつあるし、向こうの事を知る当てなどないだろう。しかも今は刻一刻と状況が不利になるから、時間を掛ける事は出来ないのだぞ」

 「はい、重々承知しています。それで話は変わりますが、私の娘の沙月を直哉様が引き抜きたいそうです」

 「なに?引き抜きだと?まさか承知したのではあるまいな」

 険しい表情の武俊様が私を射殺しそうな視線で睨み付けてきた。其れに対して私はやましい事は無いと示す様に堂々と胸を張って答えた。

 「前から娘の進退は自身に決めさせようと思っていたのですが、今私は進んで直哉様の元に行って貰おうと思っています。其れが武俊様の為にもなるかと・・・」

 「ほう、それがどう私の為になるのだ?納得のいく言葉を聞かせて貰うぞ」

 「はい、まず娘と直哉様の間の話をお聞きください。娘の話では・・・・・・・・・・・」

 私が話を進めて行くと、武俊様の眉間に皺がクッキリと生まれた。特にわざと最後にした伝言では殺気が漂い、そのまま俯いて深く深く考え込んでしまった。そして武俊様は長い時間が経ってようやく顔をあげると、全ての感情を内にしまったが故に普通に見える顔で冷厳な声を出した。

 「敏次、もし私が許さないと言ったら如何するのだ。今の話を聞いて現状はなお悪くなったぞ」

 「その時は致し方ないかと。武人様に仕えるかは別物ですが、暫くは自宅で謹慎でもさせます。ですが現状を鑑みて、向こうが話したいと言って来ているのなら一度は話してみるべきかと。そうすれば金城泰雅の思惑や為人が見えてくるかも知れません。そして何より重要なのは直哉様はまだまだ子供で甘いと言う事です」

 「ククク、甘いか?直哉は現状が悪くなった元凶で、最近はあんな伝言を送られるほど振り回されているんだが?」

 「甘すぎます。娘に言われてノコノコと情報を吐き出す様では・・・・・」

 「ははは、沙月はお前の妻に似て美女になること間違いなしだから、若い直哉が縋られて判断を誤っても仕方あるまい」

 「御冗談を。家の娘は親としてまあそれなりだと思っていますが傾国とはとても言えません。娘の性格が妻に似ていればと何度思った事か・・・・・どうせ此度の情報もさりげなく聞いてはいないでしょう」

 私が似なくて良い不器用な処が自身に似てしまった娘を思い浮かべて苦笑いしていると、武俊様も軽く笑ってから真剣な顔になった。

 「やる気の無い者を置いておいても害にしかならん。ならば向こうに行って貰おう。敏次を通して情報が繋がるのも悪くは無いし、母上の事もある。だが今一番重要なのは早急に今現在の最新の情報を得ることだ。直哉には対価として現状で知っている情報を教える様に言ってくれ。八の二も如何なっているのか詳しく知りたい」

 「交渉して見ますが、全て包み隠さずとはいかないと思いますよ」

 「ああ、流石に其処までは期待していない。だがやり様に依ってはかなりの部分まで分かるんじゃないか?敏次いわく甘いのだろう」

 「ふふ、了解しました。ではこれより沙月に連絡して学校に出向いて・・・」

 「ああ、待て。言って置くが直哉も名家の血をひいている以上、必要以上の交流は禁止する。私が許したのは飽くまでも沙月を通しての間接的な交流だ。今後は直哉への接触は沙月に一任する」

 「・・・・・・武俊様は須王以外の・・・・・認めなかった奴ら以外の名家の血も纏めて拒絶するお積りなのですか?」

 「・・・・・・問題があるか?」

 「無いとお思いですか?なら其れで武俊様は今後どうなるとお考えですか?」

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 ギリギリと歯を食い縛って無言になった武俊様は、内心の葛藤を呑みこむ事に全力を尽くしていた。しかし其れでも抑えきれない思いが全身から溢れていた。その様子は私の目にはすでにタイマーの動いている時限爆弾の様に見え、いずれ自身も周囲も吹き飛ばしてしまうのではないかと思えた。

 「敏次、どうしても感情が納得できないのだ。名家の奴らは今も父を認めた訳では無い。故に私も名家の血は認められない。其れが他の始名家だろうとだ」

 「・・・・・分かりました。共にずっとやってきた武俊様の気持ちを無視する心算はありません。ですが一つだけ言わせてください。直哉様の事は良く知っています。何と言ってもずっと監視していたのですから」

 「何が言いたい?」

 「直哉様は所詮子供で企業グループなど香織様に関わらなければ本当に興味は無いのでしょう。だから例え手に入れても煩わしいだけだと考えている様にすら感じられます。これが大人ならその様な馬鹿な判断はしないでしょう」

 「・・・・・・ふん、手に入れれば何らかの利用価値はあるからな。つまり大人の金城は何かを企んでいる可能性が高いと言いたい訳だ」

 「はい、ご注意ください。今朝のニュースの御門家の事もですが最近は物騒です。僅かな判断ミスが致命傷になるかも知れません」

 「・・・・・・こだわりを捨てられるとは思えんが、その忠告は確と心に刻んでおこう」

 「ハッ、ではご命令の通り沙月を通して交渉を進めます。ある程度沙月に権限を与えて任せてもよろしいですか?」

 「ああ、接触を禁じたのは私だ。それ以外は全て敏次の判断に任せる」

 武俊様の言葉を聞いた私は、素早く自室に行くと周囲を確かめてから沙月と通話を始めた。


 「・・・・・・・・・ふん、くだらない話だったな。我が須王家には金城家ごときの支援など必要ない。身の程を弁えて出直してこい」

 「和道様、本当によろしいのですね。かつては兎も角今の須王家に強がる余地などないのでは?其方の状況など我らには筒抜けですよ」

 「我が始名家須王を舐めるなよ若造。すぐに帰って金城の爺に伝えておけ。貴様等ごときが知れる内情はたかが知れている。全てを知った気になって向かって来るのなら叩き潰してやるとな」

 「・・・・・・・・・・・・・・・良いでしょう。交渉は決裂です。愚かな須王の当主よ、己が家を滅ぼしてから泣いて後悔するが良い」

 「ふん、後悔などする時は来ないわ!!目障りだ早く消えろ」

 和道様の発した怒声に使者は憤然と立ち上がり、嘲笑を浮かべながら足音を立てて去っていった。私は和道様に目配せされ、慌てて愛美と共にその後を付いて行き、玄関近くでその背に声を掛けた。

 「待ってくれ、使者殿。直哉の奴が御門の血をひいているのは本当なんだな」

 「事実ですよ、雪城殿。ですが八嶋の血も忘れて貰っては困りますよ。直哉様は力を持った貴重な二つの血を引くのです。ククク、ハハハ、蒼い顔をして貴殿も大変ですな」

 「何が言いたい!!」

 「何を笑っているの!?ただの使者風情が昌信様に無礼でしょう!!」

 「ククク、ハハハ、私は使者ですが貴男の様な道化では無い。知っていますよ、元々ただの分家の一つなのに、最近は香織様の相手になって須王家を牛耳れると思って増長していたのは。だが御門の血の前にはその身に継いだ外狩家の血も意味をなさない。ククク、所詮始名家でも序列八位の末席の血だ。しかも半分は所詮ただの分家の血に過ぎない。ハッキリ言って何故今もお前の様な小者を、あの須王の当主が傍に置いているのか分かりませんよ」

 「貴様ァーーーーーーー」

 私が愚弄の言葉に怒声を上げると、使者の男はニタリと神経を逆なでする様に嫌らしく嗤った。

 「クフフフフ、知っていますか?噂では御門家にとって男の血筋は特別なのだそうです。そして八嶋家にとっても八嶋の血を継ぐ現当主の孫にあたる直哉様は捨て置けない重要人物です。ははははははは、分かりますか?突然現れたとはいえ直哉様は、御門にとっても八嶋にとっても主役になれる可能性を秘めた大事な存在。貴男の様な吹けば飛ぶ脇役とは根底が違うのです」

 「・・・きき・・・きさ・・・・・・・」

 私があまりの怒りに声も出ない様子を見せると、使者は人間味の感じられない冷たい顔になって近寄ってきた。そして私の耳元に口を寄せると、表情からは想像出来ない優しい声で囁いた。

 「そのまま道化の脇役で終わりたくないのなら、後程ここにご連絡を。私は飽くまでも金城家の使者、八嶋家は兎も角、金城家は早急に直哉様の問題を対処したいのです。多少乱暴になってもね・・・・・。ふふふふふ、貴男も直哉様さえいなければまだ巻き返せるかも知れませんよ」

 そう言った使者は私に紙を手渡してから身を遠ざけると、アッサリと玄関から出て行って車に乗って去って行った。それを呆然と見送って暫く経った後も私の耳に使者の声が残り、何時の間にかその手の中の紙を強く握っていた。隣で動かない私を心配した愛美の必死の呼び声も、今は耳に遠く聞こえて消えていった。


 「貴一様、これで当家の事情はお判りいただけたと思います。天川家は古来より闇を隠す事を使命の一つとしていると伺っています。なればこそ直哉様は危険ではないでしょうか。お父君の直幸様がなした混乱の影響は、今も金城家に暗い影を作っています。須王や天川も直哉様の所為で二の舞にならないとも限りません。ここは・・・・」

 「待っていただこう、使者殿。確かに直幸殿のした事を聞いて驚愕させて貰った。だが子供だからと言って直哉が同じ事をするとは限るまい。悪意を持って無理やり結びつけてはいないか?」

 「まさか!!そんな事は致しません。直幸様があのような事をしたのは、連れ子で上流階級としての教育を幼い頃からしていなかった所為です。其れもあって当主の血を継ぐ次期当主には確りと上流階級としての教育を積ませています。二度とあのような事が起きない様にです」

 「ふむ・・・・・息子の直哉も教育されていないと言いたいのか・・・・・一理はあるかも知れんな。だがそれだけで・・・・」

 「貴一様、問題無くとも直哉様には今更出て来られても困るのです。ようやく八嶋は安定する時を迎えようとしているのですから。天川とて長く続いた名家、家の安定的な存続こそが何よりも優先されるはず。多少強引でも芽の内に摘まねばならない事もある事は、貴一様程の御方なら重々御理解していましょう」

 使者の言いたい事も理解出来る故に、私は一概に否定出来なかった。もし直哉を支持して失敗したら今の須王家はもう持たないだろう。今はいない息子の翔一は直哉を認めた様だが・・・・・果たしてそれは正しいのだろうか?翔一は和希様の事を気にするあまり、ありもしない希望を見て冷静では無い可能性もあるのだ。だがそうかと言ってこの突然の使者が信用出来るか?と心に問うと、きな臭いものを感じて忌避感を感じていた。

 「ふうーーー、少しお時間を頂けないかな、使者殿」

 「時間が無い事は先程した説明で御理解いただけていると思っていたのですが?」

 「ああ、分かっている。だがなにぶん今は息子も出ていていないのだ。一度息子と話す時間を貰え無いだろうか?」

 「・・・・・・良いでしょう。ですがなるべく早くご返事ください。待てる時間を過ぎたら決裂したものと判断して行動させていただきます」

 「分かった。息子と顔を合わせ次第話し合う事にする」

 私がそう言うのを聞いた瞬間に使者は立ち上がって一礼すると踵を返した。それを無言で脇に控えていた侍従が送って行き、私は一人部屋に残って此れからの事を考えるのだった。そして此の時私は一つのミスをした。使者が闇に言及した時に疑いを持つべきだったのだ。此方が隠している事に気付いていると言う事に・・・・・。だが仕方が無かったとも思う。私はまさか闇のごたごたで酷い目にあったと言う者が、協力を呼び掛けている他家の闇に触れるとは思ってもいなかったのだ。


 「初めましてと言うべきかな?こうして直接会うのは初めてだしのう。狸寝入りは分かっているぞ、御門益章」

 「・・・・・・チィ、私を強引な手段で招き入れて何の心算だ・・・・・金城泰雅。それに此処は地下の様だが・・・どこか聞いても良いかね」

 寝ているふりをして周囲の状況を探っていた私が舌打ちして口を開くと、泰雅は淀んだ目つきで嫌らしく嗤ってきた。

 「クハハハハ、儂の顔と名を知っていた様だのう。しかしここが何所かなど言う訳無かろう?ふん、それより衰弱した体で逃げていたのを助けてやったのだ。お礼の一つも聞きたい所だのう」

 「・・・・・・助けてやった?こんな所に連れて来て?それに・・・まさかあの騒ぎはお前の仕業か!?」

 「さあ如何かのう?好きに想像すればよかろう。さあそんな事より、儂は沢山の予定を変更して今の時間を作ったでのう。すぐに聞きたい事があるのだ」

 「・・・・・私が大人しく話すと思うのか?」

 「黙っていられると思うのかのう?お前はあの男の祖父なのだろう?そう思うと・・・・・」

 超えてはならない一線を超えた事を確信出来る雰囲気を出した泰雅は、部屋の片隅をわざとらしく見つめた。其処には周囲を探った時に気付いていたものの、見なかった事にしたかった各種道具・・・・いやハッキリ言おう、拷問道具が多々あった。私は背筋に冷たい汗を流しながらも、歯を食い縛って泰雅を毅然と睨み付けた。

 「良い趣味してるじゃないか、くそ爺。だがな、私も衰弱した老い先短い爺だ。拷問中にぽっくり逝ってもしらんぞ」

 「なに安心しろ。外には儂の主治医が待機して居るでな。死なない様にする準備は万端だ。腕の一本や二本では死にたくても死ねんのう」

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 愉快そうな泰雅の歪んだ悍ましい顔に私はゾッとし、顔を引きつらせて絶句するしかなかった。そんな私を見た泰雅は更に追い詰める様に嫌らしい口調で告げた。

 「あの時傍に居た者達も保護している。お前が喋らないのであれば向こうに聞いてもよいのう。女も居たしのう」

 「き、貴様・・・・・・」

 「さあ、お互いの立場が明確になった所で質問だ。あの男・・・直幸はお前の孫なのだろう。何故引き取らなかった?御門にとってあの男にどんな価値がある?あの男の息子にはどんな価値がある?そして何より何故あの男は死なんのだ!!なぜ今も生きている!!」

 人質を取られた怒りに歯軋りをしていた私の前で、泰雅は目を血走らせて絶叫した。その様は禍々しいはずの拷問道具より悍ましく、私の心胆を更に寒からしめた。

 「私以外の者の安全を保証しろ」

 「そんな事は如何でも良い。さあ早く答えろ。お前が大人しく答えればあんな者共に用は無い」

 「・・・・・・・・・・引き取らなかったのはその方が良いと思ったからだ。価値については言えない。言えば流石に消されるだろう」

 「ふん、此処が分かるものか・・・・・いらぬ心配は・・・・・」

 「いや、そう遠くない内に私が此処にいる事は判明するだろう。夢見と占術の前にはどんな隠蔽も無駄だ」

 「・・・・・夢見と占術だと?其れは何だ?詳しく説明しろ!!」

 「断る。御門で無い者に明かす事は出来ない」

 「お前・・・・・余程拷問がお望みの様だな・・・・・良いだろうまずは・・・」

 「止めて置け。御門は三日も掛からずにこの場を突き止める。フッ、ずっと逃げられずに忌々しく思っていた夢見と占術だが・・・・・まさかこんな事で感謝する事になるとはな」

 「クハハハハ、くだらないハッタリはよすのだのう。逃げられないと分かっているのなら逃げたりはしなかったはず。しかしお前は逃げていた所を捕らえたのだしのう」

 「貴様は私の目的を勘違いしている。私はずっと逃げようとしたのではない。再度捕まるまでの僅かな時間を使って、存在がばれてしまった孫と曾孫に私が知る限りの必要な情報を話したかったのだ。それさえ済めば後は捕まってどうなろうが良かったのだ」

 「・・・・・・・・・・・・成る程、辻褄はあうのう。だがそれならなお更必要な情報とやらを聞きたくなったのう。あの男の代わりに儂が聞いてやるとしようかのう」

 「ふん、断る。御門の血を継がぬ者に言った所で意味が無い」

 そう私が言うと泰雅はペンチの様な物を手に取ってニタリと悍ましく嗤った。

 「・・・・・・おい、貴様の行動は八嶋の当主の許可は取っているのか?」

 「・・・・・お前がそんな事を知る必要はあるまい?いいから言われた事に答えるのだ」

 「・・・・・ふん、その様子は・・・・・やはり取っていないんだな。取っていないのなら今すぐとった方がいいぞ。でないと貴様が八嶋財閥を傾ける事になる。それでも良いのか?」

 「・・・・・なに?如何言う事だ?」

 「御門の男を捕らえただけでも不味い事態なのに、傷付けた事がばれたら必ず報復されるぞ。御門にとっては例え私の様な裏切り者の老いぼれでも高い利用価値があるのだ。それ故に当主すら従わなければいけない絶対的な家訓で、男の血の管理と保護が義務付けられているのだ」

 「・・・・・・ほう、御門の男にはそれほどの価値があるのか?ますます興味が出た。此れは何としても聞きださねばなあ」

 「老いて耳でも遠くなったか?報復されて八嶋財閥が傾くと言ったのが聞えなかったのか?」

 「クハハハハ、聞こえているとも。儂はまだまだ現役、死んだ息子の分まで生きねばならぬ身の上でのう」

 「なら何故其れを私に近づけるのだ」

 笑いながらペンチらしき物を近づける泰雅の顔は、まさに悪鬼の様に見えた。そしてついに私の指がペンチに挟まれてギリギリと力が籠められ始めた。

 「グッァァァ・・・・・ここ、このくそ爺が・・・・・・・」

 ボキッと音がなって変な方向に曲がって血が滲んだ指を見た私は、額に脂汗を流しながら生まれた激痛に歯を食い縛って抗った。

 「さあこれで話したくなっただろう?のう、御門益章」

 「誰が・・・・・むしろ・・・・ますます話したく・・・・・無くなったぜ・・・・くそ爺・・・言って置くが・・・御門と・・水面下で関係を持って・・いる・・家は多いんだぞ。例えば始名家は勿論の事、財閥などの其れなりの歴史を持つ上流階級の大半、そして皇室すら・・・・・・・」

 「なに!?皇室だと!?本当に皇室が助けてくれる程のかかわりがあると言うのか!?」

 「忌々しい事にあるぜ。元々家は陰陽師にさかのぼる家だ。その当時は一族の者が天皇にも重用されて仕えていたんだよ。グッ・・・・一時期は本当に力が無かった天皇家も、今は水面下で力を取り戻している。一般市民は兎も角、上流階級で知らない者はいないはずだ。其れをなすのに力を貸したのが御門だ。御門の持つ力で・・・・ぐあああ・・・・」

 「答えろ!!御門が持つ力とは何だ!?お前ら御門は他家を遠ざけた中立では無いのか!?」

 「・・・・・表向きは・・・そうだ。だが実際は皇室を後ろ盾として沢山の上流階級に顧客を持つ家で、その家々が御門の力を誰か一人が掌握しない様に牽制し合っているだけだ。そしてそれは八嶋財閥も例外では無い」

 「何だと!?如何言う事だ!!そんな話は儂も聞いた事が無いぞ!!」

 「ある訳が無い。知っているのは現当主八嶋志雄を筆頭に数える程のはずだ。始名家ですらも当主と次期当主以外は詳しくは知らないはずだ。名家法に触れるからな」

 「・・・・・それは当主になった者だけが知ると思って良いのかのう?」

 「・・・・・・答える必要はないだろう?」

 「・・・・・・ククククク、ハハハハハハハハ、成る程・・・そう言う事か・・・・・それで志雄様は何度諌めても今更あの男を気にしているのか・・・・・。あの男を呼び戻して・・・その血を手に入れて力とやらを掌握する心算なのだな。させん、させんぞ。儂が必ずあの男を・・・禍の芽になる前に処分してやる」

 泰雅の言葉に身を強張らせて眉を顰めた私は、会った事のある八嶋志雄の姿を思い浮かべて違和感を感じた。

 「ふん、やはり八嶋はそう動くのか・・・・・。いやいや、待てよ。八嶋が己が子や孫とはいえ、御門の血族を掌中に収めたら他が黙ってはいまい。それに気づかない程八嶋志雄は馬鹿だったか?」

 私がわざと疑念を口にして反応を窺って見ると、泰雅は微かに・・・本当に微かに口の端をピクリと動かした。私はその事に気付いた事を悟られない様に全力を尽くすと、内心で泰雅に対する評価を改めた。今私はもしかすると今までの泰雅の態度の何割かは演技なのかも知れないと思ったのだ。そして私の思考を誘導するためだったと仮定し、そうして疑ってかかると、やはり最後の言葉は違和感を感じるし、抑々泰雅が御門の力の事を知らないと言うのもおかしく感じた。もし騒動を起こしたのが泰雅なら、式神への対策も無く成功するはずが無いのだ。だとしたら・・・・・・。

 「さて、それでは力の内容を詳しく話して貰おうか?確実に殺したと思った状況で生きていたあの男の事もあるでのう」

 「ずっと言う心算は無いと示していた心算だったんだがな?」

 「ふん、まだ時間はあるでのう。言いたくなったら・・・・」

 「グァァァァーーーーーーーーーーーーーーー」

 身に生じた激痛に叫びながら、私は長い時間になりそうだと覚悟した。そして心の片隅で必死に感じた違和感と思惑について考え、決して忘れない様にしようと誓った。


 家に帰ってすぐに部屋に入り、着替えもせずに地下に転移した俺はホッと一息つくと、今頃事態を察して不意を突かれた事に憮然としているだろう香織の姿を思い浮かべていた。引きつった顔で苦笑するシグルトも思い浮かべていたのだろう。どちらからともなくお互いに目配せし合って頷いておいた。後でむくれた香織のご機嫌をとるのだ。

 「シグルト、俺はこのまま父さんが帰って来るまで地下にいる。今戻ったら香織にベッタリと張り付かれそうだからな」

 「うん、分かったんだ。じゃあ僕は見つからない様に気配を殺して屋根にでも居るよ。そして直幸が帰ってきたら家に入る前に此処に連れて来るんだ」

 「ああ、そうしてくれるか。すまないな、気を遣わせて」

 「良いんだ。一人になりたい時は誰にでもあるんだ。僕も其れで森に行っていたんだし」

 「はは、そうだな。其れが無ければ俺たちは出会えなかったんだろうな」

 「うん、まあ・・・・・じゃあ行くんだ」

 苦笑いを浮かべたシグルトが転移して去ると、俺は一人地下の隠し部屋の椅子に座った。そしてテーブルに肘をついて手を組み、額を押し付けてから全身に力を込めていった。微かに震える己が身を止めるためだ。

 「・・・・・・・・・・はあーーー、やっぱり緊張するな。聖華さんには俺の心だと言われているしな。はあーーーー、父さんの朝の態度がいけないんだ。あれだけの被害を無視して眩暈を注視する何て異常だろ。全く・・・・俺に何があるっていうんだ・・・・・」

 独り言をブツブツ呟いてはいたものの、俺の気は全く晴れず、何かを恐れる様な体の震えも止まらなかった。

 「・・・・・・・この治まらない体の震えは無意識では何かを理解していると言う事か?俺は過去に何かを・・・・・・・・・・・・」

 見る者の居ない悲壮な顔で深く深く考え込んだ俺は、そのまま長い時間が過ぎ去った事にも気づいていなかった。その後俺が我に返るのはシグルトが父さんと転移して来た時だった。

 「おいおい、初っ端ならそんな顔するなよ。それじゃあまるで俺が苛めている様じゃないか。まあここには家の女達もいないし、顔色を隠す必要は無いがな」

 「・・・・・・・おい、父さん、それは何だ?まさか・・・・・」

 「今月の給料つぎ込んで買ってきた酒だ。話している途中や終わった後に素面で居たくなくなった時用だ」

 ドスと音をたててテーブルに置かれた酒をジトーーーっと見つめた俺は、やれやれとため息を吐いてから姿勢を正した。すると父さんも真顔になって姿勢を正した。

 「今から話す事の一部は沙耶や香織には言うな。直哉もシグルトも墓場まで持って行け。良いな」

 「・・・・・分かった」

 「・・・分かったんだ」

 威圧感のある真剣な声に返事をした俺達は、一気に緊張感が増した部屋の中で、眉間に皺を作って目を瞑った父さんの次の言葉をジッと待っていた。

 次話の投稿は13日までに完成すれば13日の夜に、駄目なら16日になります。さて今話の泰雅の拷問は許容範囲だったでしょうか?もし駄目な読者様がいましたら感想に書いてください。今後の指針にさせていただきます。では皆様、次話もよろしくお願いします。

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