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契約者達と学校での一日

 「お兄ちゃん、朝だよ。早く起きてよ」

 「ううーん、もう朝か・・・・・もう少し眠らせてくれたりは・・・・・」

 「しないよ。もう、遅くまで夜更かししていたお兄ちゃんがいけないんだから・・・・・おかげで私も眠いし・・・・・」

 「・・・・・そんな目で見るなよーー。俺もまさか起きているとは思ってなかったんだ。其れにほら、今日の朝のパンは香織の好きなのになったんだし・・・・・シグルトから聞いているだろー?」

 「そうね、何故か大量の私の好物を買ってきたのよね、お兄ちゃんは」

 ジトーーーッとしたもの問いたげな目つきで見つめられた俺は、ガバッと布団をかぶって盾にしてその視線を遮った。ようやく眠気でボーっとしていた頭が段々と回転し始め、寝る前のシグルトとの会話を思い出して居た堪れなくなってきたのだ。あの後、家の玄関で別れたシグルトは、香織の部屋にそっと忍び足で向かった。しかしすぐに俺の部屋にオドオドした態度で逃げて来たのだ。シグルトいわく「半眼の香織が待っていてとっても怖かったんだ。僕は有りっ丈の勇気と使命感を出して当たり障りのない説明だけはしたんだ。でも怖くて戦った事と燃やした事は言えなかったけど・・・・・」だそうだ。そしてその後に恨めしそうな顔で「あれは本来僕じゃなくて直哉の役目なんだ」と小言を言われたのだ。

 「こら、お兄ちゃん。大人しく起きなさい」

 「おお、おい、布団を引っ張るな。今は・・・・・」

 容赦のない香織に布団を引っ剥がされた俺は下着姿を晒す破目になった。俺は昨日疲れていて・・・特に最後の小言で力尽き・・パジャマを着ずに寝てしまっていたのだ。香織の視線が俺の全身を一瞥し、その頬が赤く染まるのを見た俺は、悲鳴と引っ叩かれる事を覚悟して身を縮めた。

 「もう、お兄ちゃん駄目でしょ、ちゃんと私が選んだパジャマを着て寝ないと・・・・・先に行ってるわよ」

 「え?えええ?ちょっと待て、香織」

 俺はあまりに予想外の素っ気ない態度に混乱し、其のまま行かせれば良いのに何故か引き留めてしまっていた。

 「なあに?お兄ちゃん?」

 「エッ、いや、何とも思わないのか?今までだったら・・・・・」

 「あのね、お兄ちゃん。前と今では私の気持ちが違うんだよ。昨日あの場で許嫁と皆に宣言してから一晩経って、私の心構えもちゃんと出来ているの。ふふふ、一々その程度で悲鳴を上げていたら、此れからはやってられないでしょう?まあ流石に一部が元気なのは恥ずかしいけど・・・・・」

 「いや、これはだな」

 俺が羞恥に顔を赤く染めて視線から逃げる様に身を縮めると、香織は悪戯を思いついた子供の様な表情で含み笑いをして口を開いた。

 「ふふふふふ、厚かましくも妻を名乗る女も現れた事だし、私もお母さんの様に確りしないとね。さてお兄ちゃん、誰が唯一の妻なのか知りたいと言うのなら、私はその身に分からせる為にもう一歩踏み込んでも良いけど・・・ふふふふふ、如何する?」

 「いらんいらんいらん、冗談じゃない!!そんな事になったら俺の精神が使い物にならなくなるわ!!」

 ペロリと唇を舐めながらの意味深な香織の言葉に悲鳴の様な叫び声を発した俺は、転げ落ちる様な勢いでベットを降りて奪われた掛け布団の元に行き、それを手に取って必死に体を隠した。そしてそんな俺を見た香織は、おかしそうにクスクスと笑うとスタスタと部屋を出て行った。

 「はあーーーーーーー、キャーーーーーと悲鳴をあげろとは言わないが・・・・・あの態度は無いだろ。昨日恥じらっていたのは何所にいった?はあーーーー、朝からドッと疲れたわ・・・・・・」

 「・・・・・・・直哉、一応忠告して置くけど、最後の香織の言葉は冗談めかしていたけど本気でもあったんだ。僕は昨日帰ってから香織を見ていたから・・・・・・・」

 「そんなにヤバかったのか?一体何があった・・・・・」

 「うーん、たぶん香織は何かを察して我慢しているんだと思うんだ。部屋に入った時に微かな声で『何が夢よ、何が妻よ』とブツブツ呟いていたんだ。其の時の目つきが尋常じゃ無かったから、これからの香織の行動には注意が必要なんだ。フレイたちの様子も何所かおかしかったし」

 「・・・・・・分かった。俺も気を付けるから、シグルトも頼む」

 「うん、分かったんだ」

 俺はシグルトと頷き合うと、素早く着替えてながらふと思いついた事を口にした。

 「さてそれはそうと、さっき香織が居る時に全く助けてくれなかったな。一言くらいあっても良いんじゃないか?」

 「直哉、僕にも出来る事と出来ない事があるんだ。それにこっちの世界では夫婦喧嘩は犬も食わないと言うんだ。龍の僕も嫌なんだ」

 「おい、俺達は夫婦じゃ・・・・・」

 抗議しようとした俺の言葉の途中で、シグルトは尻尾を振って部屋を出て行ってしまった。そして俺は慌てて後を追う破目になるのだった。


 「やーーっと来たか直哉。あれに付いて何か言うべき事はあるか?まあ出来れば何も聞きたくない気持ちもあるんだけどな」

 リビングに入って顔を合わせた瞬間に、不機嫌そうな父さんが感情を押し殺した低い声で詰問してきた。俺は何事かと思って父さんが指さしたテレビを見た。するとそこには見覚えのある焼け落ちた建物が方々から映されていた。

 「此方は御門大社前です。深夜二時ごろ御門大社が燃えているとの通報が付近の住民からあったそうです。そしてすぐに駆けつけた警察と消防が活動し、今も必死の消火活動と原因究明にあたっています」

 「死者などはいないとの事ですが・・・・・本当でしょうか?此方から見受けた所、とんでもない火災で被害も甚大だと思える有様なのですが?」

 「はい、不幸中の幸いと言って良いのか分かりませんが、建物などの被害は甚大なものの死者は一人も居ませんし、奇跡的に負傷者も殆どいません。居ても精々逃げる時に転んだなどと言う者だけです」

 「そうですか・・・それは良かった。安心しました。しかし此方に伝わってきた情報ですと、放火の疑いもあるとの事ですが?」

 「はい、今現在の延焼のしかたから推測された出火現場からは、火元になりそうな物が全く存在しない事が分かっています。警察は放火またはテロではないかと思っている様です。ただ此れはまだ未確認の情報なのですが、マグマが湧いたなどと言う荒唐無稽な情報も聞こえて来ます」

 「マグマ?マグマと言うと火山などで見られるあのマグマですか?」

 「はい。此方が調べた所では付近に火山などは無く、マグマなどあり得ないと結論されたのですが、付近の住人、特に老人は御門大社がある神域なら何が起こってもおかしくないと言って信じきっており、私達は困惑させられています。私達としましては被害規模が甚大な事もあり、今現在の情報ではテロの可能性が最も高いと考えています」

 「そうですか・・・テロとは物騒ですね。被害総額は分かっているのですか?」

 「現時点ではまだ一部が燃えているので正確ではありませんが、最終的には数千億はくだらないと思われます。大社は建物自体も国宝ですが中にあった数多くの文化財が燃えたのが痛いところです。歴史的文化的価値を付加するなら、もうこれは取り返しが付かないと言わざるを得ません」

 「それは・・・もう言葉もありませんね」

 「はい、本当にテロだとしたら許されざる行為としか言えません。御門大社を管理している御門家では代表の大巫女様自らの言葉を発表しています。もしこの事態の犯人が居るのなら迅速に警察が捕まえてくれる事を願っていますとの事です」

 「そうですね。私達も犯人がいるのなら早期に捕まる事を願っています」

 「はい、私もです。ではこれで現場よりの中継を終わります」

 テレビが他の事件の放送を始めると父さんは素早くテレビを消してしまった。そして無言で重圧を掛けながら俺をジッと見つめてきた。その横にいる母さんは普通の心配顔だったけど、香織は「うわーー、お兄ちゃん派手にやったわね。でも勝手に妻を名乗る女には宣戦布告になっていい気味ね」と言いたげな、こう言葉にし難いニマニマした子供が見てはいけない暗い笑みを浮かべていた。

 「直哉!!何時までボケッと立っている!?早く座って説明しろ!!それとも関係ないと思って良いのか?それなら安心なんだが?」

 痺れを切らした父さんの皮肉まじりの厳しい声に晒された俺は、内心で数千億ってマジかよと戦慄しながら素早く席に付いた。そして観念して昨日の事を細大漏らさずに話した。

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・血文字の書かれたお札を踏んで眩暈がしたと言うのは本当なんだな。もう眩暈はしないのか?」

 「ああ、あの時だけで今は何ともない・・・それが如何かしたか?俺はてっきり大社を燃やした事で怒鳴り声で厳しく叱られ、拳骨の一つ二つは落ちると思って覚悟していたんだが・・・・・」

 俺は父さんが眉間に深い深い皺を作って長い間沈黙した後の質問に戸惑いを覚えていた。だが今俺の様子を慎重に窺う父さんの全身からは、目に見える様な凄まじい緊迫感が発されていて、とても余計な口を挟める様な雰囲気ではなかった。こんな父さんを初めて目にした俺は動揺しながら周囲を見ると、母は何かを覚悟した様な表情で目を瞑り、香織は目を細めてジッと様子を見ていた。

 「直哉、今日の夜に二人だけでしたい話がある。場所を用意しておけ」

 「場所は分かった。聖華さんも口にしていたしな。だが二人で無いと駄目か?シグルトは俺の契約相手だから知っていて貰いたい」

 「・・・・・・・良いだろう。だがシグルトだけだ、他は絶対に許可しない。シグルトも共に来るのなら覚悟をして置いてくれ」

 「・・・・・・・分かったんだ」

 緊張した声音でシグルトが返事をすると、父さんは重々しく頷いていた。

 「ねえ、お父さん・・・」

 香織が何かを・・・たぶんシグルトが良いなら自分もと言いたいのだろうが・・・それを口にする前に父さんは雰囲気を一変させてニヤリと笑いながら皆に告げた。

 「直哉が燃やした事がばれない様に口裏を合わせるぞ。もしばれたら重犯罪者だし、あんな馬鹿げた金は家にはないしな」

 「そうね。家にはまだローンがなんて事は無いけど、払うとしたら直幸さんが義父さんに泣きつくしかないわね」

 「おいおい、今更俺が泣きついたって蹴飛ばされるだけだっての。むしろ此処は何時もの如く香織の出番だろ。直哉の金の事だしな」

 「・・・そうね、お兄ちゃんのピンチなら私が助けないといけないわね。でも流石に其処までの金額は今持っていないから、まずは手始めに襲ってきた邪魔な祖父を亡き者にして須王の資産を接収しないといけないわね。うふふふふふふふふふふふ」

 俺が嫌がる事を分かっていても、香織にわざと金の話題を振って前の話題の完全な転換を図った父さんは、真顔の香織がどす黒い笑みを浮かべて口走った恐ろしい言葉に凍り付いていた。そしてそんな父さんに追い打ちをかける様に、険しい顔の母さんが余計な事を言うなと睨んでいた。すると父さんは俺にちらちらと目配せをして助けを求め始めた。

 「・・・・・・・・・・・・・・自分で頑張ってくれ。骨・・・いや、意思は拾ってやる」

 そう言って苦笑を返した俺は心の片隅で、如何やら香織の中で和道さんの存在は、死んでも良い存在に成り果てている様だと思って戦慄した。そしてちょうど良いので先の話題を忘れさせる為に尋ねた。

 「なあ香織。死体を送りつけると言った時から気になっていたんだが、あれでも一応和希さんの父親で実の祖父なんだぞ」

 「なに言ってるの?お兄ちゃん。だから余計に邪魔なんでしょう?」

 「おいおい、邪魔って・・・・・」

 「あのね、私達の仲を認めそうにない身内は邪魔なのよ。早急に逆らえない様にあれを黙らせないといけないわ。八の二はそう言う意味でも早く実現して欲しいのよ。だって今、妻を名乗って人を小姑扱いするやな女が出てきたでしょう。あの女の付け入る隙は僅かでも作ってはならないの。その事はお兄ちゃんももう分かっているでしょう?それともまさかお兄ちゃんはあの女と・・・・・もがもがもが・・・・」

 危険な目つきになりかけた香織がおかしな事を口走りそうなのを感じた俺は、テーブルにあったパンを無理やり口に放り込んで黙らせた。俺にも聞きたくない言葉はあるのだ。

 「ほら、好物だし美味しいだろ。俺が香織の為に沢山買って来たんだ。沢山食べてくれ。ほれほれ」

 「・・・・・おい直哉、香織の顔色が赤くなってきたぞ。窒息するんじゃないか?」

 「フッ、今日は朝から暴走気味なんでな。お仕置きを兼ねている。こっちは気にせず食べていてくれ。ほら香織、次のパンだ」

 「もがもが・・・・もがもが・・・・・・」

 「ふふふ、流石に手慣れているわね。昔を思い出すわ」

 「そんな生暖かい目で見ないでくれよ・・・母さん。でも実際羞恥心さえ捨ててしまえば手慣れた作業だよな。香織の様子と連動して勝手に手が動いてくれるし、ほらこっちか?」

 「ムーーームーーー」

 「うん?違うのか・・・ああ、その仕草は・・・・・今の今まで忘れていたけど飲み物だったな・・・・ほら御所望の飲み物だ」

 「ごくごくごく・・・・・・おお、お兄ちゃん、苦しくて死ぬかと思ったわよ。もう折角お兄ちゃんに食べさせて貰ったのに、満足に味わえ無ったわ。ちゃんと味わいたいから丁寧に食べさせてよ」

 「香織・・・・・貴女あの状況でも味わう心算なのですか・・・・・それに・・・・・」

 過剰にパンを口に入れられたのに味わえ無かったと文句を言い、あーんと口を開いてもう一度食べさせろと言う香織に、フレイは微かに身を震わせて引いていた。

 「全く・・・香織には苦しくてもお仕置きにならないのか・・・はいはい、俺の負けだ。始めたのは俺だから今日は昔に戻った気になって食べさせてやる。ほれ」

 俺が開けた口にパンをちぎって放り込むと、香織は美味しそうに食べ始めた。その全身からは幸せだと言う雰囲気が溢れ出ていて、家でなければ所構わずいちゃつくなと苦言が降り注いだことだろう。実際にこの場にいる者は口にしないものの、砂糖でも吐きそうな表情になっていた。もっともその時俺は心の中で、これで夜の話は完璧に誤魔化せただろうと思っていたのだが・・・・・。

 「おやおや・・・クスクス。・・・・・・直哉、お客さんですわよ」

 「はい?タマミズキ、如何言う・・・・・」

 俺の意図を悟って含み笑いをするタマミズキの突然の言葉に、首を傾げて尋ね返している途中でチャイムが鳴り響いた。

 「・・・・・誰だ?こんな朝っぱらから」

 「もう!!折角お兄ちゃんが食べさせてくれてたのに・・・・・」

 眉を顰めた俺は不満そうに頬を膨らませた香織と視線を合わせると、共に玄関に向かって扉を開けた。すると其処には険しいと言うか、殺気立っている美夜さんが居た。

 「ふう、いらっしゃいましたか・・・・・。お迎えに上がりました直哉様、香織様」

 「迎え?如何言う事だ?何かあったのか?」

 「何かあったのか?ではありません!!」

 「あーーーー、そう言う事か・・・・・うん、それなら仕方ないわね」

 「はい、香織様のお察しの様に、お目付け役としてお傍に控える事になりました。今後は学校への送り迎えも他の場所への移動もお車でお送りします。よろしいですね、直哉様」

 「・・・・・あはははははは・・・拒否は・・・・・」

 「御出来になるとお思いですか?あのような事をして置いて。今日お兄様の叫び声で目覚めた私は、事を知ってお父様ともども肝を冷やしました」

 ギロッと俺を睨むその鋭く冷ややかな視線は、一瞬たりとも目を放せない問題児を見るものだった。どうやら俺の信頼は一晩で地に落ちてしまったみたいだ。

 「はあーーーーー、また余計な話題を学校の皆に与えるのか・・・・・また騒がしくなりそうだ」

 「まあ此れはお兄ちゃんの自業自得ね。流石に私も庇い様が無いわ」

 俺はやれやれと思って肩を竦めると、香織と美夜さんを伴って家の中に入った。そして仮面の様な愛想笑いを浮かべた美夜さんにジッと見つめられ、途端に味の感じられなくなった朝食を手早く済ませると、引きつった顔で高級車に乗って学校へ行くのだった。


 「では近場で待機して居りますので下校時にご連絡ください。お逃げにならないでくださいね、直哉様」

 「・・・・・・分かっている。逃げたりはしないさ」

 「その間が怪しいですが・・・・・まあ良いでしょう。では此れにて・・・・・」

 美夜さんが高級車に乗って去って行くと、好奇心を隠せない無遠慮な視線が数倍に増えた。俺は香織と顔を合わせて苦笑し合うと、途中で別れて一人自分の教室に向かった。一人で廊下を歩く俺の姿を目にすると、皆は一様にピタリと口を噤んで避ける様に道を譲ってくれた。その様子を必死に愛想笑いを浮かべてやり過ごした俺は、辿り着いた教室の扉を前にして足を止めた。何時に無いほど中が騒がしかったのだ。

 「やな予感しかしないが・・・・・・行くしかないよな・・・・・・」

 「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」

 そう口の中で呟いた俺がざわついている教室に入った途端に、中にいた皆は廊下の人達と同じく、示し合わせた様に此方を見てピタリと口を噤んだ。その様は無言の重圧になり、俺はギラリとした痛いほどの好奇心に晒された。まあ、皆は此れでもそっとの心算なのだろうが・・・・・。俺は意思を振り絞って足を動かし、高級車で登校したから仕方ないなと思いつつも、引きつりそうになる顔を止める事が出来なかった。

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」

 俺が席に付いて暫く経っても、皆は何かを見ながら黙り込むか、周りと微かなヒソヒソ声で話すだけで、此方に誰一人話し掛けて来ようとしなかった。この時点で俺は嫌な予感がグングンと増大しているのを自覚していた。

 「なあ?何を見ている・・・・・」

 「エッ、嘘だろ?まさか教室に来るまでに耳にしていない・・・・・」

 近くのクラスメイトに声を掛けた俺は、まじか?と言いたそうな顔で絶句する姿を見る破目になった。俺はその様子に高級車で登校した所為では無いのかもと思い、その手に持っている何かを取ろうとした。其の時ガラッとドアが開いて登校してきたらしい明人の大声が響いた。

 「おう、おはよう、直哉。お前休日も派手にやったらしいじゃんか!?」

 「・・・・・・・・なに?如何言う事だ?明人」

 「あれ?今これだけ注目の話題になっていて、こんなものまで配られているのに知らないのか?ほら、此れを読んでみろよ、色男」

 おかしな呼びかけをした明人の楽しそうなニヤついた笑みを見ながら、俺は差し出された物を受け取った。そして一目見た瞬間に目をむいて叫び声をあげていた。

 「なななななな、なにーーーーーーーー。どどどどど、如何言う事だ此れは・・・・・・なんで・・・・・・」

 「ははは、そりゃあ此処に書いてある見出し通り、駅で筆者は見たんだろうな。先週は上手く避けていたのに、休日にあの人に見られるなんて不運だったな。しかし直哉もよくやるな。駅前で衆人環視の中、巫女服の美女と香織ちゃんにはさまれて修羅場だったんだって?ククク、やるね親友」

 バシバシと背中を叩かれた俺が睨むと、ニヤニヤした明人は周囲を代表する様に容赦なく質問してきた。

 「それでそこに書いてある事は何所まで本当なんだ?妹のはずの香織ちゃんが許嫁だと叫んで、巫女服の妻を名乗る女を威嚇したとあるんだが?」

 明人の声が教室に響いた途端に皆の耳と意識が此方に向けられ、目に見えない圧力になって感じられた。

 「・・・チィ、黙秘すると言ったら?」

 「其れはお勧めしないな、直哉。教室に来るまでに耳に聞こえた噂話だと、お前既に駅前で女に巫女のコスプレさせて連れ回して妻だと言わしたとか、妹を自分好みに教育し終えてとうとう美味しく頂く為に許嫁だと教え込んだとか言われているぞ」

 「ナッ・・・・・・・」

 「まあ前の噂も下火にならない内に新しい燃料を投下した事になるから仕方ないな。もう大火ととなって燃え盛っている。此れ以上になると俺達が協力しても消せなくなるぞ」

 「勘弁してくれよ・・・・・・」

 今にも机に突っ伏しそうな俺は、明人が皆に聞こえない小声で都合のいい真実をこの場で言えば何とか其れを広めてやると言ったのを聞いた。それでハッとした俺は素早く口を開こうとしたのだが、其の時に一人のクラスメイトの女子が叫んで全てが無駄になった。

 「わーーー、見て見て皆。今妹からメールが来たんだけど、話題の妹さんが自分が許嫁でいずれ結婚するって認めたらしいわよ」

 「わあーーー、ほんとだ。確かあんたの妹は同じクラスだったわよね」

 「うん、そうよ。それに家の妹は私に嘘をついたりしないから、このメールは信頼出来るわ」

 「じゃあ・・・・・・・」

 皆の窺う視線が全身に降り注ぎ、不覚にも俺はあまりにも予想外の事態に大きく動揺してしまった。其れを見た女子たちはキャーキャーとはしゃぎながら勝手な憶測を話し始めた。ああなった女子はもう誰にも止められ無いだろう・・・・・。

 「あーーーー、直哉、強く生きろよ。俺はそっと遠くで影ながら見守ってやるから」

 俺の肩を叩いてそう言う明人の顔は、此方を優しく思いやる雰囲気なのにちっとも感謝の念を抱けないものだった。其れを見て今度こそ俺は机に突っ伏してしまった。


 「ふうーーー、助かりましたよ、沙月さん」

 「いえいえ、今を駆け巡る時の人の直哉様の助けになれて光栄です」

 昼休みの今、俺は沙月さんに連れられて生徒会室に居た。此処は用の無い一般の生徒は来ないので、今の俺には最後の楽園にも等しい場所だった。今日俺は休み時間の度に好奇心の塊のハイエナ共に纏わり付かれていたのだ。それは今日の授業内容など欠片も頭に残っていないほどの、先週など比較にならない地獄の時間だった。おかげで未だに香織に会えず、何故許嫁と認めたのかと問う事すら出来ていなかった。

 「クスクス、そんなに引きつった顔をしないでください、直哉様。ただの軽い冗談です」

 「沙月さん・・・・・今は勘弁してくれ・・・・・」

 「ふふふ、分かりました。では真面目な話をしましょう。父に昨日話しました。明日父が武俊様に話してくださるそうです」

 「そっか、なら問題無いと思って良いのかな?」

 「・・・・・はい、ですがまだわかりません。父の話ではあれから武俊様と武人様の様子がおかしいそうです」

 「武俊さんは彩希さんとの事だろうが・・・・・あれは自業自得の部分もあるだろ。人の言葉を勝手に流用したみたいだしな」

 「さあ?私は父から間接的に聞いただけですから・・・何とも・・・・・」

 「フッ、まあ良い。それで正式な返事じゃないなら、俺を呼んだ理由は何かな?何か聞きたい事でも?でも俺はもう何も話さないよ。もうすでにある程度の情報は渡したはずだ」

 「・・・・・・そこを何とかなりませんか?父に最後の親孝行をしたいのです」

 「ならない」

 俺と沙月さんの視線がぶつかり火花を散らした。俺がそのまま視線を鋭くしていくと、沙月さんは視線を下に向けて顔を隠した。そしてボソボソッと言葉を口にした。

 「・・・・・今噂が・・・・私の知る事を・・・・・先週の噂も再燃させ・・・・・」

 「・・・・・・・沙月さん・・・それは脅迫では?」

 「あら?私なにか言っていましたか?最後になっても父の役に立てない自身に絶望して一瞬意識が飛んでいました」

 そんな事を言いながら顔をあげてニコニコした満面の笑みを浮かべた沙月さんに、俺は心の中で深い深いため息を吐いてしまった。

 「・・・聞くだけ聞いてあげます。何が知りたいのです」

 「オマケではない直哉様の事です。如何言う意味ですか?」

 「それはまた・・・・・沙月さんは其れを俺が大人しく言うと思うんですか?」

 「いいえ、でも優しい直哉様なら私が先程の様に言えば、取っ掛かり位なら教えてくださるかもと思っています」

 「・・・・・はあーーーー、その言い方はずるいな」

 俺が深いため息を吐きながら軽く睨むと、沙月さんは申し訳なさそうな顔をしながらも、潤んだ瞳の上目使いでチロチロと此方の反応を窺っていた。その様は女の武器全開と言った様子で、俺の心に波風を立てまくっていた。

 「はあーーー、ほんっと俺も甘いな。沙月さんは今朝のニュースを見たか?」

 「ニュース・・・・・ハッ、御門大社の事ですか?父も始名家御門が隠蔽できないほど派手に襲撃された事で血相を変えていました。まさかそれが直哉様に関係するのですか!?」

 「あれが襲撃か如何かは兎も角、御門は今ごたついている。何故だと思う?」

 「其れは・・・・・・」

 「ふふ、まあ答えられないよな。今は其れに併せて他にも動いている家が多々ある。始名家やそれ以外問わずね。だから企業グループに拘らずにもっと周囲の動向を調べれば良い。そうすれば見えてくるものがあるんじゃないかな」

 「・・・・・・・直哉様の事はそれほどの事態だと言う事ですか?」

 「俺の事はその中の一部だ。全てが俺に関わる訳じゃ無い・・・・と思いたい」

 最後の方をボソッと小声で言った俺は、聞こえなかったらしい沙月さんに怪訝な顔をされてしまった。

 「沙月さん、俺はもうこれ以上は何を言われても話さない。時間は貴重だから早く敏次さんに連絡した方が良いぞ」

 「・・・・・・・・・・・・・・・分かりました」

 沙月さんは俺の声音に何かを感じたのか、距離を開けてから真剣な表情で敏次さんに連絡を始めた。携帯端末でボソボソと話す声が微かに耳に届いた。

 「沙月か?如何した?」

 「今直哉様に・・・・・・・・・・・・・」

 「・・・そうか・・・・・御門・・・・・今八嶋財閥の金城家の・・・・・・・・・・・」

 「エッ・・・・・・・」

 俺の耳に微かに金城という声が聞えた後、沙月さんは此方の顔色を窺ってから更に距離を取った。そして手早く会話して通話を止めるとがちがちに強張った顔を見せた。

 「・・・・・・・・如何かしたかな?」

 「いえ・・・・・・・・・・・・・・」

 お互いが相手の出方を待つ微妙な雰囲気の中、突如生徒会室の扉が音をたてて開かれた。

 「こんにちわーーーーーー、今話題の直哉君が此処にいると聞いてやって参りましたーーー」

 「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」

 突然乱入してきたショートカットの髪の活動的な女性の声を聞いた瞬間、俺も沙月さんも無言で目配せし合い、素早く話を終わらせる事を確認し合った。この女性の前でだけは迂闊な情報は言えないのだ。この女性に知られたら次の日には皆が知っているのだ。今の俺の駅での騒動の様に・・・・・。

 「先週はおねーさんから上手く逃げたよね、直哉君。知らない中でもないんだから詳しい話を聞かせてくれれば良いのに・・・・・」

 「あはははは、一色先輩の学校新聞になりたくなかったもので。まあ今無駄だったと苦い思いを噛み締めてる所ですよ」

 「ふーん、そうなんだ。そんな事よりあの巫女服の女性について教えてよ。妹さんの方はすぐ誰か分かったんだけど、あの女性は生徒でもないみたいだし分からないんだよね」

 俺が睨んで嫌味を言ったのに一色先輩はアッサリと流してズケズケと質問してきた。そんな一色先輩の様子に沙月さんが窘める様な厳しい声を掛けた。

 「奈々子、あまり度が過ぎると生徒会としても対処しないといけないわよ。ただでさえ新聞部は・・・・・」

 「はいはいはい、何時ものお小言はいいわよ、沙月。貴女も読んだんでしょう?配られた新聞。なら私の友情が素晴らしいと気づいているでしょう」

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・仕方ないわね。手短にして教室に帰ってきなさいよ。それじゃあ直哉様、私はもう行きます」

 「ちょっ!?沙月さん!?」

 俺の驚愕の叫びを背に沙月さんはアッサリと出て行ってしまった。残された俺は一色先輩に如何言う事だと視線で尋ねた。

 「ふふふふふ、新聞を作る時にね。初期の原稿をデータで送ったのよ。一応発行して配るのは生徒会長の許可が必要だからね。で、此れがその初期の原稿データ」

 そう言って此方の携帯端末に送られてきたデータを見た俺は、アッと叫びそうになって事態を正確に理解した。なんとこのデータには俺が沙月さんと車の中から出た所から見送る所までも詳しく・・いやいや、酷く脚色して書いてあるのだ。痛い程目に付く見出しにも無かった続きがあり、筆者は見た!!誰が本命だ!!美しき三人の女性!!などと書かれていた。

 「やられた・・・・・よくよく考えたら俺達が見られたのなら沙月さんの記事が無い方がおかしい・・・・・。沙月さん、自分だけ事前に知って逃げたな。そして今俺を・・・売っ・・・・」

 「はいはい、其れは邪推だよ。此処に来たのは私の情報網のおかげ。まあ、記事の事と逃げたのは・・・・友情の勝利ってことよ。私も入学した時からの友人は大事にしないとね」

 「・・・・・その友人の後輩は大事にしてくれないんですかね?」

 「今からおねーさんとお話して仲良くなって直接の友人になったら・・・・うん、次から考えるよ」

 「・・・・・次からですか?」

 「うん、次から」

 眩しい程の満面の笑みに俺は反論の言葉を持たなかった。だが此処で仲良くなる為に情報をくれてやる訳にもいかなかった。何と言っても問題の女性は御門聖華、克志さんでも知らなかった程の女性なのだ。

 「・・・・・手を引いて貰えませんか?あの女性の事は何も教えられません」

 「またまたーーー、おねーさんはそう言う冗談は嫌いだよ。此れから面白くなるところなんだから」

 「面白くなんてなりませんよ。むしろ危険があるかも知れません。この前車で帰った事もそうですが、今ちょっとごたついているんですよ」

 「またまたーーー、この前は沙月も一緒だったじゃない。危険なんかあるわけないでしょ。おねーさんに素直に教えてくれないなら、付き纏って勝手に調べるわよ」

 「・・・・・嘘じゃありませんよ。一色先輩なら俺が刺された事があるって知っているんじゃありませんか?色々好き勝手に噂されましたし」

 「・・・・・それは知ってるけど・・・でもそれがなんで沙月と関わるのよ」

 「・・・・・ここからは口にも新聞にもしないと約束してください。じゃないと沙月さんにも迷惑がかかるので言えません。本当は話したくないのに、一色先輩が勝手に調べるなどと言ったから仕方なく話すんです」

 俺が冷厳な表情で見つめると一色先輩も何かを感じたのか、ごくりと喉をならしながら強張った表情で頷いた。

 「沙月さんは俺と妹の護衛をしています」

 「嘘!?あの沙月が?」

 「はい、親の仕事も関わっていまして。此れは沙月さんに直接確かめて貰って構いません」

 「・・・・・沙月が護衛・・・本当にマジな話なの?」

 「はい、当たり前ですがこの情報は絶対に流さないでくださいね。それと教室に戻ったら沙月さんに必ず話して注意事項を聞いてください。じゃないと危険ですよ」

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 ジロッと睨んで威圧した俺は、途端にキョロキョロと瞳を彷徨わせ、蒼い顔で落ち着きを無くした一色先輩の様子を見て、此れならもう首を突っ込んでこないだろうと思っていた。何故なら大抵の人間なら自分に火の粉がかかると知れば逃げるからだ。

 「じゃあ、俺はもう行きますね。ちゃんと沙月さんと話して手を引いてくださいね」

 俺は余計な質問をされる前にと思って、さっさとこの場を去って行った。そしてその後ちゃんと沙月さんと話したかを確かめる事もしなかった。其れが後に厄介事になる事を、此の時の俺は気づいていなかった。


 同時刻某所で何かに怯えた様に落ち着きのない男達とそれを監視する男達が隠れ潜んでいた。其処に別の一人の男が来て話が始まった。

 「何故我らを生かしたのです。元々の作戦では・・・・・・」

 「失敗したら責任をとって貰うはずだった。実際に弘嗣の奴には処分したと報告してある」

 「なら如何して?」

 「今回の失敗は不確定要素があった。報告された犬の事だ」

 犬と聞いて男達の一部が反応して目を血走らせて震え始めた。それは騙されたと言いたげで今にも襲い掛かりそうな険悪な雰囲気だった。

 「あれはあまりにも理不尽だからお前達にもう一度機会をやる。成功すれば弘嗣に口添えして先の失敗を無かった事にして助けてやる」

 「・・・・・・何をせよと?」

 「武俊の狙撃、ただし殺すな」

 「・・・・・・殺さない様に撃てと?そんな事をしてなんに・・・・」

 「それは・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 「・・・・・・・・・・・分かりました。しかしそんな事をして弘嗣が黙って・・・・ガッ・・・・」

 「余計な事は気にしなくて良いんだ。助かりたいなら此れを手に取ってすぐに行動しろ」

 襟首を締め上げられた男が微かに頷いて受け取ると、掴んでいた男は投げ捨てる様に解放した。

 「さっさと行け。愚図は嫌いだ」

 「ハッ・・・・」

 一方の男達が忌々しそうにしながら去ると、残った方の男が口を開いた。

 「奴らを見張って置け。その後は成功しようと失敗しようと処分しろ。弘嗣にばれるのは不味い」

 「ハッ、了解しました」

 命令を受けた男達が去り一人残った男の呟きが小さく誰にも聞かれずに響いて消えていった。その驚くほど暗く冷たい呟きは「弘嗣、自分だけ高みの見物をさせないぞ。貴様自身も盤上で踊る駒だと思い知るんだな」と言っていた。

 次話の投稿は8日以降の予定です。次話もよろしくお願いします。

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