契約者達と忍び込んだ御門大社で・・・
今俺はシグルトを連れて家を抜け出して、魔法で姿を隠しながら自動車も真っ蒼な速度で高速道路を爆走し、もう何台目になるか分からないスピード違反のトラックを追い越して前に出た。そして近づいてきた目的地を前に、速度を落として後ろで走っているトラックの速度に合わせた。その時俺は眠そうな運転手の顔がチラリと見え、まさか目の前に生身の人間が走っているとは思うまい、ちょっと姿をさらしてみたら眠気もぶっ飛ぶかなと悪戯心が湧いて笑ってしまった。
「直哉?」
「ああ、何でもない」
こちらの様子の変化に目聡く気付いたシグルトが訝しげな顔で話かけて来た。それで俺は横で飛んでいるシグルトを見て表情を引き締め、速度を落とした本来の目的を小声で口にした。
「なあ、あの父さんの態度を考えると鍵は御門の血だよな。如何思う?シグルト」
「ううん、僕には直哉が鍵なんじゃないかと思うんだ」
「俺が?」
「うん、僕には直幸が自分の事だけで口を噤んでいるとは思えないんだ。だとすると考えられるのは一人だけなんだ」
「それが俺か・・・・。だが俺も父さんも御門の血をひいているという点では共通している。そこに差をつけるのなら、俺だけが八嶋の血もひいていると言う部分だが・・・・・父さんが家を出た時には母さんの事は知らなかったはず。なら八嶋の血は関係ないとも考えられる」
「うん、僕も八嶋の血は直接関係ないと思うんだ。でも知られたら何らかの企みに利用されるとは思ったと思うんだ。実際今直哉を求めているみたいだし。だから僕には不干渉の約と言うのが意味深に感じられるんだ。たぶんそれは直哉と言うか・・・生まれてきた子供を守り、親達にすら会わせない為の物だったんじゃないかな」
「・・・・・・・・・・・・・・其処までして俺を秘匿したかったと?」
「うん、僕には今日状況を知ったばかりの直幸が、どれだけの人に何所まで知られたのか分からず、どこまで直哉に話せばいいのか分からないので、焦っている様に見えたんだ」
「・・・・・・・理由を全て言わないのは知らないなら知らない方が良い事もあると言う事か?だが今こうして御門に向かうのは止めなかった・・・・・俺に任せる様な事を言っていたしな。だとすると行った先で俺が自分で知る分には良いと言う事か?」
「うーん、僕は其れには同意しかねるんだ。僕の目にはあの時の直幸は、兎に角香織や沙耶の前では話したくないと言う雰囲気に見えたんだ。だから最善ではなく次善の手で手を打ったんだと思うんだ」
「次善の手だと?」
「うん・・・・・今僕は此処に来て其れを確信しかかっているんだ。ねえ直哉、一つの可能性に気づかないかい?」
「可能性?」
「うん、僕達が行ったところで知れないって言う・・・・・」
「・・・・・・・・・・俺とシグルトで忍び込んで失敗すると?まさか・・・・俺達は契約者と龍だぞ」
「うん、僕もそう思っていたんだけどね・・・・・直哉はまだ感じないかい?近づいてきた目的地の異常さを・・・・・」
「なに?ここ、これは・・・・・・・何だこの力の波動は・・・・・まさか無魔力なのか?」
「うん、無魔力なんだ此れは。たぶん大地から世界の生命魔素が空に昇っているんだ。・・・・・ほんとにこの世界にこんなに膨大な無魔力が溢れる場所があるなんて驚きなんだ」
シグルトの感嘆の声に俺は目配せして、近くのというか高速道路の下の空き地に飛び降りた。そして素早く空間を隔離すると、険しい顔で緊迫した雰囲気を発しながら尋ねた。
「シグルト、俺の世界に人外・・・いや、何らかの超常の力を持った人間がいると思うか?一応前に砂糖などを買った時に近くの小さな神社に行って確かめたし、普段歩いている時も周囲の人から特別な力は感じないと言ったよな」
「うん、あの時の神社は他と何も変わらなかったし、魔力などを持っている人は見た事が無いんだ。だから僕は今まで此方の世界に人外はいない、魔法や奇跡も存在しないと結論していたんだ。でも今は分からないんだ。僕は今まで見た事と直哉の知識を基礎にして判断していたんだけど、勿論この事象は知識にないんだ。そして僕の知識にも大地から生命魔素が昇る現象は知らない。此れはたぶんこの世界特有のもののはずなんだ。うん、ようやく直哉が炎鳥の森で木の葉が落ちないで驚いていた時の気持ちが実感できたんだ」
こんな時なのにそう言ったシグルトの瞳は驚きと好奇心で輝いていた。俺は其れに苦笑しながらシグルトに計画の変更を告げた。
「シグルト、こうなったら力は無いと仮定しないであると考えよう。俺は今やっている様に光の魔法で光学迷彩を掛けて気配を断てば問題無いと思っていた。だがもし御門が魔力を感知できると考えたら魔法を使うのは不味い。だから此れから極力魔法は使わずに潜入する事にする。あー、シグルト、空間からの道具の出し入れ位は大丈夫だよな?」
「うん、向こうでもその程度の小さい物ならまず気づかれないんだ。それと直哉、此処に探査杭を打って置くから覚えて置いて」
「分かった。よし、気配を殺して慎重に慎重を重ねて移動するぞ。後ろの警戒は頼むぞ、シグルト」
「分かったんだ」
俺とシグルトは顔を見合わせて頷き合うと、周囲を警戒しながらも足早に目的地に向かった。そして心の中に生まれて消えない、父さんはこの事を知っていたのか?という口に出せなかった疑問を必死に押し殺していた。
「・・・・・・・・なあ、シグルト。俺はあの大社を見ると凄くピリピリするんだが・・・・・」
「うん、ちょうどあの真下を中心として世界の生命魔素が溢れているんだ。偶然にしては出来過ぎているから、やはりここの人達はその事を分かっていると思うべきなんだ」
「そうか・・・ならやはり魔法を使うのはやめた方が良いな。はあーー、仕方ないな。気は進まないけど正体を隠す為だ。お面を使うとするか・・・・・」
俺は前にミリステナさん達が使ったお面の中で見事に売れ残った鬼面を嫌々ながら装着すると、本来の目的とは違うがまずはこの地を調べる事にして中心に向かって歩き始めた。
「・・・・ちょっと待つんだ、直哉。人の気配を感じている?」
「・・・・・・・・・いや、感じない。だが今は深夜だぞ。あっちに見える母屋で皆寝ているんじゃないか?あっちには人と渡した紙の探査杭の気配を感じるだろう」
「うん、それは感じるけど・・・・建物の規模に比べて人の気配が少なすぎる様に感じるんだ」
シグルトの言葉に俺は今一度周囲を見回した。正面に両脇に高い木々がある幅十メートルの参道があり、その先に神社と言うには大きすぎる・・・・何所のドームだと言いたくなる敷地の半分を使った重厚で壮麗な大社があった。そして残りの敷地には、昔の御殿を思わせる造りの歴史を感じさせる木造建築の母屋があった。
「・・・・そう言われるとそんな気もするが・・・学校の様に夜は人がいない施設と言う事も考えられるだろ。一応神社みたいだし」
「うーん、そうなのかな?」
「フッ、シグルト、人の代わりと言ってはなんだが、静謐な雰囲気のわりには虫が沢山いる様だぞ。さっきから虫の鳴き声がリンリンと煩いくらいだ」
「そう言えば確かに・・・僕は森に住んでいたからあまり気にして無かったんだ。・・・・・・ねえ直哉、こっちの世界ってこんなに虫の鳴き声が聞こえたっけ?」
「あーー、如何なんだろうな。確かに煩いとは思うけど此処は木なども沢山あるし、こんな物なんじゃないか?たぶん。ああ、だが俺は公園など以外は街路樹ぐらいしかない所に住んでいるから、シグルトの方が詳しくて正しい判断が出来ると思うぞ」
「・・・・・・直哉、何となく鳴き声に違和感があるんだ。嫌な予感がする・・・此処からは名を呼ぶのもやめよう」
「分かった。じゃあ俺が鬼面でシグルトが龍面な」
「・・・・・・・なんて安直なんだ」
「ほら今更だが目元を覆う仮面だ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
シグルトは無言で真っ赤な目元を覆う仮面を受け取ると、何でこんな物を持っているんだと言いたげな顔で、心底から嫌そうな雰囲気を発して装着した。そして俺達は無言のまま人気のない参道を歩いて大社の中に忍び込む事にした。
「龍面、周囲の警戒は任せた。俺は目の前の扉の鍵を壊す」
「分かったんだ」
シグルトの返事を聞きながら、俺は短剣を取り出すと鍵を斬って破壊した。
「・・・・・・・・いやに旧式の鍵だな」
「なにか問題でも?」
「ああ、これじゃあ今の技術を使えば鍵など無いも同然だ。つまり泥棒に好きに入ってくださいと言っている様なものだぞ。大社なら御神体とかもあるだろうし、いくらなんでも不用心すぎる」
「うーん、鬼面。此処は始名家御門だから敵にしたくないと敬遠すると言うのは如何かな?」
「ああ、成る程。それは考えなかったな。其処ら辺の家に泥棒に入っても王城に入る馬鹿はいないって事か・・・・・」
俺はシグルトの言葉に納得すると、中に入って扉を閉めた。
「・・・・・・・・・人の気配を感じるか?」
「向かっている中心には感じないんだ。それに感じるのも動いてはいないから、寝ていると思うんだ」
「そうか、なら安心・・・」
「待って一人動いているんだ・・・・・こっちに来る・・・・・アッ、止まった・・・・そのまま動かないんだ」
「・・・・・トイレかなんかか?まあ良い止まっている内に先に進もう。そうすれば距離が開く」
「うん、でも警戒して置くんだ」
「頼む」
その後俺達は見つからない様に移動し、中心の大部屋らしき場所まで進む事に成功した。
「・・・・・人にも会わずにいやに順調だな。なのにますますピリピリしやがる」
「うん、さっき移動した人の気配もそのまま動かないし、この中にも人の気配はないのに誰かに見られている様な感じがあるんだ」
「・・・・・・さて、鬼が出るか蛇が出るか・・・・開けるぞ」
俺はそう言ってふすまをそっと音をたてない様に引き、辛うじて一人入れる位で中に一歩踏み込んだ。そしてグシャッと何か踏んだ感覚に足元を見てギョッとした。俺は慌てて足をのけながら部屋のふすまを限界まで開いて中を注視し、その異様な光景に後ろに続こうとしたシグルトが背中にぶつかっても気にならない程動揺し、気づいた時には反射的に後ずさって跳ね飛ばしてしまっていた。だが今の俺にはシグルトに構う余裕がなかった。
「クッ、なんだ・・いきなり・・・・この耳鳴りは・・・・クッ・・・・眩暈が・・・・立っていられ・・・・」
突然キーンと高音の耳鳴りと景色がグニャリと歪む眩暈に晒された俺は、ドスッと廊下の壁に背を付いて額を手で押さえた。
「ちょっと何をするん・・・・エッ、ちょっと大丈夫・・・・なにがあったんだ」
跳ね飛ばされてから体勢を整えたシグルトが、文句を言おうとして俺の様子に気づいた。しかし俺は契約者なのに未だに回復出来ず、部屋に向かって震える指を指した。それでシグルトはようやく部屋の中が目に映ったのか息を呑んだ。無理も無い、なんとその部屋の壁と言う壁、床と言う床に、余すとこ無くボンヤリ光るお札が張られていたのだ。
「クッ・・・・大分ましになってきた・・・・・ツッ、おい、あれさっき踏んじまったけど・・・・・今文字が・・脈打った様に見えた・・・・ははははは、まさかな?」
「いや、僕も見たんだ。それにこの赤い文字は血なんだ」
「なん・・だと・・・・・・まさか此れ全てが血文字なのか?」
体調が思わしくない俺は、それでも背中に冷たい汗が流れ落ちるのを自覚した。脈打った上に血で書かれていると言う不気味さもさることながら、この部屋は五十畳はあり、一面のお札に使われたのが血なら、一体どれ程の量が使われたのかと考えてしまったのだ。
「この血は・・・・・」
「たぶん人間の物なんだ」
言いよどむ俺にシグルトは容赦なく現実を突き付けてきた。そして首を振ると信じられないと言った声音で、震える声を出した。
「このお札・・・生命魔素を部屋に閉じ込め、無魔力を内に吸収しているんだ。こんな事をしたら何が起きるか分かったものじゃ・・・・・血が脈って生きているのも・・・・・」
「あらあら、その姿は自分も式神でしょうに・・・・・式札を否定するのですか?」
突然の第三者の声にバッと振り向いた俺達は、そこに歳を取った聖華を思い起こさせる巫女服の女性を見る事になった。シグルトがシマッタと言う顔をしているのは、この女が先程移動していた者なのだろう。
「ふふふ、そんなお面をつけて怪しいわね、どちら様?と普通は聞くのでしょうけど、私達御門以外で其処まで高度な式神が持てるはずがないわ。それが貴方の素性を明らかにしているわね。裏切り者が隠していた血族、直幸かしら、直哉かしら。うふふふふ、あの裏切り者は一族の秘術すら教えていたのね・・・・」
「・・・・・・・・・俺を誰かと勘違いしている様だな。ははは、誰の事を言っているんだ?それに式神?式札?裏切り者?なんだそれは?」
「ふふふ、今日聖華が勝手に会いに行った事も考えると、直哉の可能性が高いかしらね。つけさせて監視させていた者から報告を受けているわ。うふふふふ、まさに飛んで火に入る夏の虫。聖華の行動をわざと見逃したかいがあったわ」
「・・・・・・・・・さっきから何を言っている。俺の質問には答えてくれないのか?」
「敷地内に入った時から警戒用の式虫が鳴いていたでしょう。あれで侵入した時からお見通しなの。うふふふふふ、それにもう包囲は整ったわ。直哉は奇跡の男系四世代目、絶対に逃がさないわよ」
内心で今日会ったのが誘いで警戒されていたのか・・・・・と思った俺は、ギラついた視線に・・・いや、ギラギラギラギラついた視線に晒され、全身に怖気が走って自然と後ずさっていた。一方シグルトは式虫と聞いて、虫の鳴き声の違和感はそれかと歯軋りしていた。
「なあ、人の話を聞かないこの女を如何するべきかな?」
「僕はこうなったらすぐに逃げた方が良いと思うんだ。この女性は僕を式神とやらと思っているし、無駄な情報を与えるべき人ではないと思うんだ」
シグルトの危惧は俺も危惧する所で、待ち構えていたらしいこの女にだけは俺が契約者でシグルトが本物の龍だと知られる訳にはいかないと悟っていた。何故ならこの女の俺やシグルトを見る目は、使える道具かどうかを見る様な・・・とても意志ある人を見る目とは思えなかったのだ。
「・・・・・なあ、包囲したと言っているけど気配を感じるか?」
「・・・・・僕にはまばらにしか感じられないんだ」
「・・・・・・だよな。でもあの様子ははったりとは思えないんだが・・・・・。よし其処の窓ガラスぶち破って外に出る。その後は一番包囲の薄い場所を強行突破する。人だけは殺すなよ」
「分かったんだ」
俺はシグルトと頷き合うと、気づかれない様にジリジリと窓に近寄っていった。そして勢いよく跳躍すると窓から外に出た。
「うふふふふふ、無駄な事を・・・・・・」
背後からそんな声が聞えたと思った時に、俺達は上空に微かな風切り音を聞いた。咄嗟にその場から飛び退いた俺は、そこに一メートルほどの鷲がいる事に驚いて、何度も何度も瞬きをする事になった。
「・・・・・・なあ、龍面、俺の目の前には鷲が見えるんだけど、なのに気配を全く感じないんだ。幻覚だと思うか?」
「いや、爪で地面が抉れているんだ。僕もいると言う気配は感じないけど、少なくとも幻覚ではないんだ」
「・・・・・・・もしかしなくてもあれが式神って奴か?チィ、成る程、陰陽師にまで遡る家系ってのはこういう・・・・・」
「うん、たぶんそうなんだ。でもなんか複雑なんだ。あんな気配の無い幽霊の様な奴と一緒にされたんだ」
「ははは、災難だな。でだ・・・軽口はこの程度にして・・・・如何するんだこの状況・・・・」
「・・・・・・・見事に式神に囲まれているんだ。残念ながら包囲が手薄な場所は無いんだ」
シグルトの言う通り、今俺達の上空は鷲の式神に、周囲は虎の式神に包囲されていた。数は多すぎて数えられないし、数えたくも無かった。そして何よりもまずいのは俺達がぶち破った窓から見える鬼らしき二匹の式神だった。あれは他とは別格だと一目見ただけで分かった。
「はーー、何時から現実はファンタジーになったんだろうな。こんなもんを出すくらいなら巨大人型ロボットでも出せや!!と言いたくなるね。そっちの方がまだ現実的だ」
「そんな事を言ってる場合じゃないんだ。包囲が狭まっているんだ。此のままじゃ穏便に・・・・ああ、そう言う心算なんだ・・・・・」
右手にいつもの剣を持って構えた俺に、シグルトもアッサリと好戦的な態度に変えた。それをオヤッと思って戸惑っていると、小さくあんな奴らと一緒にされたくないと呟くのが聞えた。如何やら式神と言われて龍の誇りが傷付いていた様だ。俺は苦笑してからシグルトに指示を出した。
「俺は下をやる。上は任せた」
「了解したんだ。全滅させて良いんだよね」
「ああ、好きにしろ。俺もいい加減ストレス溜まっているから一暴れさせて貰う」
そう言って俺は目の前の虎に無造作に近寄り、数匹を纏めて撫で斬りにした。其の時にはシグルトも飛び上がり、上空で鷲と交戦して爪を交えていた。
「・・・・・へえー、死体も血も残らず、斬られたお札が残るのか・・・・。つまり此奴らは生きていないと言う事だな。はは、心が痛まないで助かるよ」
そう言って破られた窓から様子を窺っている女にニヤリと笑うと、跳びかかってきた他の虎の顔を鷲掴みにして見せ付ける様にゆっくりと力を込めていった。虎は前足を振るってじたばたと抵抗したけど俺の手で徐々に顔をへこませていき、グシャッと音がして潰れた瞬間に体が消え、破られたお札が地面に散らばった。
「ななな、如何言う事です!?式虎は生身の虎より強いのに・・・・・素手で殺すなど人間業では・・・・・まま、まさか貴方も式神!?男系の四世代目は人間型の式神を造れると言うのですか!?」
「さあな、答える義理もない。ふふふ、それより今からその目に俺達の力を焼き付けるんだな!!」
俺は叫ぶのと同時に跳躍して移動すると、右にいた虎の腹を蹴りあげた。ドムッと重い音をたてて上空へ飛んでいく虎は、此方に攻撃を加えようとした鷲を巻き添えにしながらシグルトに飛んで行った。
「そっちいったぞ、龍面」
「うわ、ちょ、何するんだ。危ないんだ」
驚き顔のシグルトは文句を言いながら尻尾を振るって、飛んで来た虎を弾き飛ばした。
「要らないから返すんだ、鬼面」
ちょっと不機嫌そうなシグルトの声にチラリと上を見ると、蹴り上げた虎が重力の所為か勢いを増してゴォーーっと風音を響かせながら、俺に向かって一直線に落ちてきていた。
「おいおい、人が虎を斬り刻んでいる時に返すなよな。オリャリャリャリャ・・・・」
剣を振るうのを止めた俺は其の時周囲に居た虎を全て蹴り上げた。そして周囲に空間を作った俺は落ちてきた虎を待ち構えて跳躍すると、オーバヘッドキックを腹に叩き込んだ。ズドッと音がしたと思った時にはドガシャーンと大きな次の音が響いた。
「へえー、やっぱりその二匹は格が違うんだな」
一回転して着地した俺は結果に感嘆の声をあげた。蹴られて音速を超えて飛んで行ったはずの虎は、俺の思惑通りにぶち破った窓の窓枠と周囲の壁を粉砕して女の顔の横を通り過ぎようとした。しかし傍にいた鬼の手にピタリと受け止められてしまっていたのだ。
「ちょ、鬼面、また・・・・・オリャリャリャリャじゃないんだ」
シグルトは自分の方に飛んで来た虎を、高速回転して尻尾を叩きつける事で弾き飛ばした。そして弾き飛ばされた虎は周囲に飛び散って行き、大社、母屋、参道、木々、虎、鷲、そしてあの不気味なお札がある部屋に直撃して粉砕していった。俺の視界の隅には母屋の中に居た人々が慌てて出てくるのが見えた。
「おやおや、だいぶ派手な事になったな。ククク、なああんた、藪をつついて蛇を出した気分はどんな気分なんだ。余計な事をしなければ大人しく帰ったんだぜ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ニヤニヤと含み笑いをした俺が、此れだけ状況が変わってもなお一律に襲ってくる虎を次々と撫で斬りにしていると、被害の甚大さと身に迫った危険に凍り付いて無言になっている女が、徐々に顔を赤くして震え始めた。
「おおお、お前達なんという事を・・・・この御門大社は国宝にも指定されている重要建築物なのですよ!!」
「だから如何した?変な物だして襲ってきたのはそっちだろ。俺達は降りかかる火の粉を払っただけだぜ?まさか被害を出さない様に配慮して大人しく捕まれとでも?ハッ、そんな事を言うより早く此奴らを退かせろ。俺達には何匹けしかけても無駄だし・・・・・ああ、もう手遅れだな」
俺が肩を竦めて憐みを感じながら上空を見ると、とうとうシグルトが威力を落とした火炎のブレスを放ち始めた。シグルトに纏わり付いていた鷲達が轟々と燃え、火だるまになって次々と墜落して行った。
「なな、なんですか今のは・・・・・・・ああああ、待ちなさい・・・・・・だだだ、駄目・・・・・」
暗闇を真っ赤に染めたブレスに目を見開き、恐るべき事態を目にした女は、震える声を出しながら現実を否定する様に首を振っていた。まあ当たり前だが、火だるまが落ちて来れば火の粉が飛び散って周囲に燃え移るのだ。しかも今は倒された式神のお札が大量に落ちていて、小さな火種でも燃えやすく火災を大きくするのに一役かっていた。そしてこうしている今も火だるまは流星雨の様に落ち続け、とうとう大社と母屋などを合わせて一割くらいが燃えてしまった。困った事にどちらも木造建築だったので、一度火がつくと轟々と勢いよく燃えるのだ。
「ああああああ、なんという事だ・・・・・」
「なにがあったんだ。今日こんな事になるなど占術には出て・・・・・・」
「此処まで大きな事態なのよ。誰か夢に見なかったの!?」
外に出てきた母屋の人達の半数は叫び声をあげて混乱し、残り半数も突然の火災に呆然と立ち尽くしているのが見えた。俺はその中の一人に異常な程冷静な聖華さんを見つけ、ピタリと視線があってしまった。ヤバいと思った俺はすぐに視線を逸らしたものの、其の時目に映った聖華さんの顔は場違いに微笑んでいて、お面をして一言も話していないのに自分だと確信されてしまっているのが伝わってきた。そして俺が無視していると困った事に、困った旦那様ですねと言いたげな生暖かい視線を送ってそっと手を振り始めた。
「聖華様、こんな時になんで微笑んで手を振っているのですか?誰に・・・・」
「ぬお・・・まさか・・・・あのお面をかぶった怪しい人物では無いでしょうね・・・」
「なんと!?まさか聖華様はあの元凶らしき人物を御知りなのですか!?」
「クッ、おのれ何者だ・・・・・外部の者が聖華様と会えるはずが・・・・・・ハッ、まさか監禁している・・・・・」
「おい、今監禁場所は如何なっている!?」
「あっ、まさか!?火を放って脱走を・・・・・・」
「おのれ・・・・この火災といい・・・・やってくれたな・・・・我らも当主様に加勢を・・・・・」
「お待ちなさい!!決して手を出してはなりません。もう此れ以上被害を大きくしてはならないのです。私は今回の事を夢に見ています。元々当主が手を出さなければこんな事態にはなっていないのです」
聞えてくるざわめきの途中で、俺の全身に突き刺さって来る皆の視線が不審から刺々しい敵意に変わった。そして一部の者が慌てて何処かに走り去り、残された者達が此方に向かって来ようとした。しかし聖華さんの鋭い制止の声で、此方に来ようとした者達は出鼻をくじかれてしまっていた。
「聖華様、夢で見たと言うのは・・・・・・」
「本当です。これは皆が最近まで信じてくれなかった夢にも起因してもいます」
「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」
制止されてピタリと止まった皆は、其の答えに強い戸惑いと動揺を発し、その後は硬い雰囲気ではあるものの、聖華さんを中心に固まって整然と状況を見守り始めた。其のあまりにも大きな態度の変化に、俺は妻だと言われた時も夢と口にしていたなと思い、ザラリとする不穏な違和感を感じ、あの時香織に向けた憐れむような態度を思い出して強い危機感を抱いた。あの時はこの場の事や式神の様な神秘の力があるとは微塵も思っていなかったから、言葉の意味をちゃんと理解して聞いていなかったはずだ。これは一度家に帰って整理し、何か知っているかも知れない父さんともきちんと話すべき事態だった。
「・・・・さて騒がしくなったし、俺達はこれで帰らせて貰うわ。あんたももう諦めて消火活動と人を逃がす事にした方が良いぞ。ほら見ろよ。式神とやらは所詮お札で魂の無いお人形さんなんだろ。状況判断も出来ずに、自分が燃えているのも構わずに暴れて、周囲への被害を更に酷くしている」
聖華さんに俺だと確信を持たれた事と段々酷くなっていく火災に内心でやり過ぎて失敗したかな?と思って真剣に忠告したのだが、言われた女は目を吊り上げて激昂した。如何やら挑発したと思われたようだ。
「刃鬼、壁鬼、その男の両足を切り落として捕まえなさい。もう最低限の役割さえ果たせれば其れで良いです」
「駄目です!!もうお止めください、お母様!!」
「「がああああああああ・・・・・・了解した」」
聖華さんの制止の声をかき消すように咆哮を発した鬼達は、指示に対してズッシリ響く低い声を出して答えた。その途端にビリビリとした気配が生まれ、中々の重圧が俺に圧し掛かってきた。
「へえ、やっぱり他の魂の入っていないお人形さんとは違うみたいだな。だが其れに意味があるかな?誰か知らないが、向こうの女の忠告は聞いて・・・」
言葉の途中で右側にいる壁鬼が背中から取り出した金棒を叩きつけてきた。金棒は飛びずさってかわした俺の前の地面を叩き、ズンと音をたてて地面をへこませた。
「おお、凄い力だな?よっと・・・」
すかさず横から近寄ってきた刃鬼が地面すれすれに太刀を振るって足を斬り飛ばそうとし、俺は掛け声と共に真上に跳んでかわした。すると空中にいる俺に向かって壁鬼がバッターの様に両手で金棒を握って振ってきた。強振された金棒は風を切って迫り、空中で避けられないと悟った俺は、慌てずに剣を体との間に差し込んで防ごうとした。その数瞬後剣と金棒がぶつかり、スパッと音がしてアッサリと金棒が断ち切られた。
「まあ当然の結果だ・・・・・・ッツ、シグ・・・龍面、防いでくれ!!」
斬られた金棒の先が此方を見て微笑んでいる聖華さんに向かって飛んで行くのを見て、ギョッとした俺は壁鬼に背を向けてしまう程激しい焦りを感じ、ついシグルトと呼んでしまいそうになってしまっていた。
「全く・・・・此れだから鬼面は放っておけないんだ。僕が付いて居ないと・・・・少し派手になるけど責任は鬼面が取るんだ」
焦る俺の視線の先を見て状況を把握したシグルトは、やれやれと言いたげな顔になるも、何所となく嬉しそうな声でそう言い放ってブレスを手加減せずに放った。ゴォーーーーーと音をたてて飛んで行った特大火炎のブレスは上空から金棒に直撃し、一瞬で跡形も無く溶かして消し飛ばすと、地面にぶつかってマグマの池を造った。
「うわ・・・・・」
「熱い・・・・・・」
目の前で無雑作に振るわれた圧倒的な火力のブレスは空気を熱し、灼熱の熱気となって周囲を蹂躙した。それを皆は、咄嗟に目を瞑って顔の前に腕をかざす事でやり過ごしていた。
「ヒッ・・・・・」
「馬鹿な・・・・・」
「ツッ・・・・・・・」
皆はその後目を開けられる様になって見た惨状に恐れ戦き、蒼白な顔になって震えながら息を呑む音が次々と響いた。その様子に俺とシグルトは内心で冷や汗を掻き、やり過ぎたか・・・・でも守る為には仕方なかったと思って首を振り、唯一人俺達の意図に気づいていたらしい聖華さんと、意図せずに共に苦笑いを浮かべてしまった。そしてそのまま訪れたひりつく様な緊迫感に誰も動けない中で、ゴポゴポとマグマが湧く?音だけが静寂に包まれた周囲に大きく響いた。
「直哉様!!後ろ!!壁鬼が・・・」
突然目を見開いた聖華さんの鋭い叫びがその場を再起動させた。まあもっとも俺は聖華さんの警告の前から式鬼などの式神が動きを止めていない事には気づいていた。だから俺は何も無ければ振り向きもせずにかわす予定だった。しかし聖華さんに大声で直哉様と呼ばれた事で意識して身を固めて動きを止める事にした。今動いたら直哉と呼ばれて反応した様に見え、正体を皆にばらす事になりかねないのだ。
「がああああああああああ・・・・・」
「・・・・・グッ・・・・・ちょっと痛かったぞ、馬鹿鬼が・・・・これはお返しだ!!」
斬り飛ばされた金棒の残りの部分で後ろ頭をゴンと殴られた俺は、怒気を発して振り向きざまに回し蹴りを叩き込んだ。ドムッと重低音を響かせて脇腹に俺の足をめり込ませた鬼は、驚いた事に咆哮をあげて地に足を付けて踏ん張っていた。しかし数瞬の間の後とうとう耐えきれずに咆哮をあげたままぶっ飛んで大社の壁にぶつかり、それでも勢いは殺せず、そのまま進路上にあるすべての壁や柱などをバキバキと音をたててぶち抜いて消えて行った。
「へえ、大社の向こう側は花壇になっているんだな。鬼の形に風穴があいて良く見える」
金棒で頭を殴られても平然とし、壁鬼を生身の蹴りで吹っ飛ばした俺に、皆は戦々恐々として息を殺していた。今の俺の声は聞こえているのだろうが、誰一人答えようとする者はいなかった。そう、今度ばかりは流石の聖華さんも顔色を変えて愕然としていたのだ。
「がああああああああああああああ・・・・・」
「ほう、お前はまだやるんだな。へえ、仲間をやられて怒ったのか?」
近寄って来る咆哮の中に怒りを感じた俺は感嘆したものの、そちらに向かって無雑作に剣を横に一閃した。すると刃鬼は太刀ごと胴を真っ二つにされた。俺はその時点で斬られたお札になると思ったのだけど、刃鬼はなんと向かって来た勢いのまま上半身をぶつけて来て俺に両腕でしがみ付いてきた。
「へえ・・・なかなか強い力だ。このまま拘束する心算か圧し折る心算かは知らないけど、残念ながら俺には無駄なんだよ!!」
俺はまず邪魔な剣をしまって、その後両手で刃鬼の腕を掴んで握り潰した。
「があああああああああああああああああああああ」
絶叫が響く中でアッサリと拘束をといた俺は、そのまま刃鬼をマグマの中に放り込んだ。ずぶずぶと沈みこみながら燃えていく刃鬼の姿に、皆の目は釘付けだった。
「でだ、もう帰って良いよな?それともまだやるか?此れ以上やるとなると、俺としても徹底的にやるしかなくなるんだが・・・・」
俺が鬼をけしかけた女を厳しく睨み付けると、ヒッと化け物でも見る様な怯えた視線で後ずさっていた。
「鬼面、警察か消防か分からないけどサイレンが近づいているんだ」
「・・・・そうか、ならさっさと消えるか。しかし鬼と戦っている短時間に見事に全滅させたな、龍面」
「まあ、ブレスを使って纏めて焼き尽くせば簡単なんだ。虎をやるとき多少地面も焼けたけど・・・・・」
轟々と燃える周りを見ながら呟いた俺に、シグルトは視線を逸らす為に体ごと反転し、背を向けてマグマの池を見ながらぼそぼそと答えた。その背を見て、こんな事になった全ての責任は直哉だと言っている様にしか見えなかったのは、俺の邪推だろうか・・・・。
「まあ良い。帰るぞ」
そう言って周囲の皆が恐る恐る動向を見守る中、俺は堂々と胸を張って踵を返した。そして参道に向かって一歩踏み出した時、その背に聖華さんの声が掛けられた。
「旦那様、またのお越しをお待ちしています。この龍脈の地でもある御門大社で、此処までされれば牽制としては十分以上です。もうお母様も私の忠告を無視して、迂闊に手を出そうとはしないでしょう。これで今度こそ邪魔は入りませんから、後日二人でゆっくりお話ししましょう。ふふふ、今日の旦那様の目的は半分しか達成できませんでした。だから落ち着いた頃に来ていただければ、聞きたい事は分かっているので答えを用意して待っています。それと一つ助言を・・・確かに旦那様が生まれている以上、他の人の価値は下がります。まあゼロではありませんけど。そしてご想像の通り言えない理由はそれぞれの傍にいる女性に関係しているからです。ですがそれは一番の理由ではありません。一番の理由は旦那様の心、もし口を割らせるのなら二人っきりで話せる秘密の部屋が良いでしょう。今日ここでの出来事を包み隠さずお話しすれば、きっとお話しくださるでしょう」
「さっきから誰と勘違いして話しているんだ?少なくとも俺はよく知らない女に旦那様と呼ばれる様な存在ではない心算だ。それに俺は知らない女と話に来る程暇じゃない」
よどみ無くそう言い放ったものの、俺の心は冷たい刃を突き付けられた様に寒くなっていた。確かに今日の本来の目的は忍び込んでの調査とは別に、聖華さんと話をする事も考えていた。それに加えて誰にも言っていないはずの想像をピタリと当てられ、香織すら知らないはずの部屋の事に言及された時には心臓が口から飛びだすかと思ったほどだ。
「旦那様、私はお母様とは考え方が違いますし、皆に居ないと否定されながら必死に耐えた時間は思いを強くしました。ですから私は御門では無く旦那様の妻で味方です。うふふふふ、その証に今日の後始末も私がしておきますので、その事をゆめゆめお忘れなきようお願いします」
俺はその声に答える事無く、余裕を持っているような態度を取り繕ってその場を後にした。しかし其の時のお面の下の顔は人に見せられないものになっている事が手に取る様に分かった。初めは嫌々ながら装着したお面だったけど、今はあってよかったと心底から思っていた。
次話の投稿は出かけて帰って来てから書くので、25日以降になるだろうと考えています。少々日にちが開きますが、皆様どうか次話もよろしくお願いします。




