契約者達と直哉の価値
俺が香織と克志さんを従えて堂々と胸を張って室内に入ると、驚く人の視線が圧力となって迫ってきた。驚いていないのは彩希さんと天川貴一、翔一、そして何故か残っている武俊さんの側だったはずの人達の一部だけだった。
「話を始める前に言って置きたい事があります」
視線を跳ね除けて椅子に座った俺が開口一番に告げると、彩希さんは虚を突かれた様子で少し考えてから返答してきた。
「其れは横に座って楽しそうに微笑んでいる香織と、座りもせずに後ろに立っている水無月家当主の克志さんに関係ある事で良いのかしら?」
「まあそうですね。まず克志さんが後ろに居るのは先の騒動の事もありますが、一番の理由は俺が主として水無月を従えているからです」
俺がニヤリと不敵に笑って告げると、室内にどよめきが広がった。平然としているのは察していた翔一さんぐらいで、彩希さんと貴一さんすら眉を顰めてその意味を呑みこもうと苦労していた。
「馬鹿な!?あり得ん!!和希様の死は突然で継承出来なかったはずではないのか!?」
「そうだ、何かの間違いだ。水無月が動いたのは、和希様の護衛に失敗した負い目から香織様の護衛を買って出ただけではないのか?」
動揺した人々の問いかける視線と声が克志さんに降り注いだ。しかし克志さんは眉一つ動かさずに、ドッシリと構えて淡々と否定の言葉を口にした。
「違う。我ら水無月は継承無くして動かない。故に香織様が襲われた時も、直接的には動けなかったくらいだ。古来より我ら水無月にとって掟は絶対、故に主からの絶大な信頼を得られるのだ」
克志さんの巌の様な不動の意思に呑まれた皆は、ごくりと息を呑んで静まり返った。
「皆さんもうお分かりですね。つまり俺は和希さんから正当な継承をしています。意味は名家に連なる方々の方が理解出来ますよね」
その言葉に名家側の人達の視線が一変し、俺を見定めようとする視線が痛い程注がれた。特に先程まで壁を作って我関せずと言った感じがあった序列上位の家の当主達は、今初めて俺を俺としてきちんと見ていると感じられた。先程までは所詮、興味の無い香織の付属物だったのだろう。
「さて更にもう一つ告げさせて貰います。其れは此処にいる香織と俺は、お互いの両親が認めた許嫁だと言う事です」
ギョッとする皆の視線の圧力は、もはや爆発しそうな程高まり、今度は流石に翔一さんもギョッとして驚きをあらわにしていた。そして彩希さんはハッとした表情で何かを考えると、俺と香織の顔を交互に見て、その後服を凝視して蒼い顔で動揺していた。
「香織、上着を返してくれ」
「ふふ、うん、お兄ちゃんどうぞ」
俺はわざとらしくゆっくりと上着に袖を通して着た。そして皆がその姿に声も無く佇んでいると、彩希さんが震えを抑えた声で話しかけてきた。
「香澄は・・・いえ、それより貴方達は今も許嫁の約束が保たれていると考えているのですか?和希さんも香澄も既に亡くなっているのですよ」
「ああ、家の両親は今も生きているし、俺もこうして和希さんから継承して水無月家を従えている。これはお互いの両親から認められている証明になるし、後は当事者の俺達二人の気持ちだけだ。そうだろ、香織」
「うん、そうだね、お兄ちゃん。許嫁の約束はちゃんと今も生きているわ」
俺が毅然と告げて香織が肯定すると、彩希さんは眉間に皺を寄せて深く考え込んでしまった。その全身から発される重苦しい雰囲気に触発された様に皆が黙り込む中で、香織が袖を引っ張って耳元に口をよせた。
「ねえ、お兄ちゃん。一応話を合わせたけど、本当はお兄ちゃんが覚悟を決めるのを待つだけなんだからね。私の心はとっくに決まっているんだから」
「ははははは・・・・・」
楽しそうに小声で告げてきた香織に、俺は首を竦めて愛想笑いで答えた。途端に不満そうな顔になる香織の頭を撫でて宥めながら、俺は考え終ったらしい彩希さん達にハッキリと大きな声で宣言した。
「今聞いていた通りだ。彩希さんが俺にどんな価値を認めているのか知らないし、皆が香織を如何したいのかも知らない。だが俺は和希さんと香澄さんに認められていて、二人の意思も背負って香織を守っている。軽い気持ちで利用しようとするなら地獄を見るぞ。その証拠に今から一つの提案をさせて貰おう」
其処で一度言葉を切った俺は、此方を見る一人一人の顔を見てから、後戻りできない言葉を告げた。
「俺は先程の須王家当主の行動も鑑み、この場で名家法第八の二を提案する」
皆は何度も目を瞬いてからその意味を理解し、ざわめきと其れを掻き消す様な怒号が響いた。今椅子を蹴倒して立ち上がったあの男は、序列二位の佐伯家の当主だろう。
「何を言っているか!!貴様にその権利はない。何を勘違いしているのか知らないが、それは・・・・」
「克志さん」
「ハッ、序列五位水無月家の当主として会合を要請する」
「正気か?克志。貴様は何を言っているのか理解しているのか?その男を主などにして狂ったか?」
「私は至って正気だ。主の直哉様が何も考えずにこんな事を言うとは思えんしな」
「克志!!名家法第八は始名家の当主の継承についてで、第二は一度も行使されていない、現当主の権限の強制凍結と代理継承の法なんだぞ。そして本来言うまでも無き事だが、名家法は始名家全てで共通の物で、無視すれば他の始名家からの信頼を失うから、明確な強制力が発揮されるんだ。分かっているのか!?名家の出でも無いこの男がその重大さを理解出来ているはずが・・・・」
「フッ、俺は名家法の事ならちゃんと知っていますよ。和希さんから聞いていますから」
「なに?和希様からだと・・・・馬鹿な・・・・」
「驚くのも無理ありませんが、この様な名家独自の礼節と共に知っているのは本当です」
俺が一部の隙も無い完璧な須王式の敬礼をすると、佐伯家の当主は顔を歪めて黙り込んだ。
「さて、俺は第八が序列一位から五位までの家の当主の要請で会合が開かれる事も、その会合の決定が多数決で決まり、其の時賛成した者は担いだ次期継承者に絶対の忠誠を誓わされる事も知っています。それは次期継承者を傀儡としないための決まりなんでしょうが、今の俺にとっては都合がいい・・・ククク」
俺が挑発するように傲然と言い放った言葉に、皆は顔色を変えて厳しい視線で睨み付けてきた。
「直哉よ、先の事で私達が会合で賛成に回ると思っているのか?だとしたら楽観が過ぎよう」
「うむ、貴一殿の言う通りだ。我が佐伯家は断固として反対する」
「そうですか・・・まあ天川と佐伯家が反対しても他の二家が賛成すればいいんですけどね」
「我らとて・・・」
「言わなくて結構です。如何やら今はもうこの程度の話はお呼びでは無い様だ。そうでしょう、彩希さん。貴女は先程、驚きを顔に浮かべたものの、今は嫌になるほど冷静だ。どうやら貴女が隠し持っている情報は、よほどのものの様ですね」
俺が内心の嫌な予感を押し殺しながら、表面上穏やかに微笑みかけると、彩希さんは此方の内心を見透かす様な笑みを浮かべて口を開いた。
「そう警戒しなくても良いのですよ。私は直哉君と取引をしたいのですから」
「取引ね・・・・法外なもので無いと良いのですがね」
「ふふふ、それは此れから貴男が自身で判断してください。それにしても自らが持つ一番大きな手札を切って機先を制し、私の隠している情報を知るための試金石にしたのはなかなかいい判断でしたよ」
「褒めて頂いているのでしょうが、素直に喜べませんね。俺としてはここで一撃入れて主導権を握りたかったんです。なのに他は上手く行きかけていたのに、彩希さんには効果が薄いみたいですから・・・」
俺が肩を竦めて苦笑すると、彩希さんの笑みが深くなり、周りの視線が鋭くなった。今の会話でようやく皆が俺の思惑に気付いたのだろう。
「ふふふ、直哉君、そんな事はありませんよ。須王の娘である私では、兄を排除するのに名家法の第八を使うなど、一考すらしなかったでしょう。でも確かに皆の説得さえできれば、その方法が現状の須王にとって一番いいでしょうね」
彩希さんが第八を肯定する様な発言をした事で、部屋に大きなどよめきと狼狽が広がり、会話をしている俺達に皆の痛いほどの視線が降り注いだ。しかし其の時の俺はその視線を気にする程の余裕は無かった。何故なら彩希さんの雰囲気が一変し、恐ろしい程の威厳と重圧を発していたからだ。そして俺は此れからかけられる言葉が、自分にとって重たいものになる事をヒシヒシと感じていたのだ。
「直哉君、私が知る事を話す前に三つの質問に答えて貰えませんか?」
「・・・・・・良いでしょう。質問してください」
「直哉君は須王家の資産などを欲していますか?」
「純粋な意味での権力もお金も欲した事は無い。だが香織を守る為に必要なら掌握する意思はある」
俺の言葉に彩希さんの顔色が厳しいものに変わり、口元を引き結んで何かを言うのを我慢していた。
「・・・・・次の質問です。香織を守ると口にしていますが、それはどの様な考えで口にしていますか?貴男が考えている守り切った状況とは、どんな状況を指すのですか?」
「・・・・・・・俺の言う守るとは、香織が自身の意思で考え、望む未来へ進める様にする事です。故に守り切ったと言える状況は、最後の瞬間まで永遠に無いと思っています。そしてそんな俺のやる事は、常に香織の傍に居て、その邪魔になるものを矢面に立って切り払う事だと考えています。そう、例え其れが何であっても・・・・・」
俺が毅然とした強い意思を込めて答えると、彩希さんは口の両端を吊り上げて笑みの形にした。そして俺の心の奥底まで鋭く突き刺さる最後の質問を口にした。
「貴男自身が傍に居ることで香織の未来が不穏な物になるとしたらどうしますか?貴男は先程から香織の名を出していますけど、自身が香織の進む未来の邪魔になるのなら大人しく消えるのですか?何であっても切り払うのでしょう」
「ちょっと待って、私はお兄ちゃん・・・・・」
一瞬言葉に詰まった俺に代わる様に香織が口を挟もうと声を出した。しかしすぐに彩希さんの強い意思の籠った視線に黙らされた。この回答は俺だけにしか答える資格が無いと言う事だ。そして恐ろしい程真剣な顔の彩希さんは、初めからこの回答だけが聞きたかったのだろう。周囲の皆も香織やフレイやシグルトも其れに気づかされ、固唾を呑んで俺の回答を待っていた。
「・・・・その時は自身を含めて処置をするだけです」
「つまり大人しく消えると言うのですね。やはり香織の名を盾にして、自身の意思を表に出せ無いのではその程度ですか・・・」
何所となく落胆したように見える彩希さんに、俺はゆっくりと首を振って堂々と答えた。
「違いますよ。ははは、俺も聖人君子ではありませんから、ちゃんと欲も望みも持っています。だから香織が己が意思で拒絶しない限り、俺は傍にいて守るのを止めません。故に香織の傍に居られるように俺と周囲を処置するのです。そう、如何なる手段を使ってもね」
含みを持たせて不敵に笑った俺は皆の顔を一瞥し、その心に刻み込むように思いを重圧に変えて、ゆっくり、ハッキリ、言葉を口にした。
「傍にいる許可は既に和希さん達から貰っています。故に俺達の関係や行動で、誰かを憚る必要はありません。だからもう俺を止める事が出来る者は香織以外いないのです」
「直哉君・・・貴男・・・・・・・・」
俺と視線が合った彩希さんは、射すくめられた様に体を震わせた。今の俺は内心の強い思いが伝わる様に、己が感情を全く隠していないのだ。そしてそれは負の面もであり、先の事を考えるなら明らかな悪手だった。
「クスクス、昔のお兄ちゃんみたい。うん、やっぱりこっちの方が私は好きだわ」
「おい、いきなりなにを・・・・」
「ふふふ、ねえ、お兄ちゃん。普段でも私はお兄ちゃんの内心を窺う事くらいは可能よ。でもやっぱりお兄ちゃんの、むき出しの私に対する執着心が感じられるのは格別ね。求められていると感じられて熱くなってくるわ」
俺の発した負の感情で悪くなった雰囲気の中、香織の場違いな程明るい態度と笑い声が響き、皆の強張った感情を解きほぐしていった。一方俺は言葉の内容と両腕で自分の体を抱きしめる香織に顔を引きつらせて、気勢を削がれてしまっていた。そして俺はまさか前の方が好きなのは、感情を生で感じられる所為なのかと思って香織を見つめたものの、顔に浮かべた妖しい笑みの前に怖くて聞く事が出来なかった。
「ふぅ・・・貴方達は・・・・いえ、今は止めましょう。それより許可とは許嫁の事?直哉君」
「いえ、其れだけではありません。そうですね、詳しく言う心算はありませんが、和希さんと男と男の話をしたとだけ言っておきます」
彩希さんの訝しげな視線が注がれたけど、質問で気を取り直した俺は、胸を張って受け止めて言葉を続けた。
「さて彩希さんはこんな質問をして、俺を香織から引き離したいのかと一瞬思いましたけど、俺と取引したいと言ってましたし、違いますよね」
「ええ、質問は急遽直哉君の考えを知る為にした物よ。貴男がいきなり許嫁などと言い出すから・・・」
「・・・・先程考え込んでいたので嫌な予感はしていましたが、やはりそれが原因ですか・・・・・だとすると考えられるのは俺の知らない自分の価値は、許嫁だと知られると問題がある・・・いや、香織に害がある物だと言う事ですか・・・・」
「ええ、直哉君の情報は既に一定以上の人の知る所になっているわ。その人達が許嫁だと知ったら、今以上の強硬策に打って出るわ。それに一部の者は確実に、二人が結婚するなら殺してでも止めたいと考えるでしょうね。直哉君、貴男は何があっても香織の側、つまり須王の側に立ち続けると思って良いわね」
彩希さんの真剣な視線は怖い程だった。故にこの返答が未来の道を決める大きな選択だと分かった。俺は一度目を瞑って心の中に、香織、和希さん、香澄さん、自分の両親、そして背負う事になった水無月家の人を思い浮かべて決断した。
「貴女が何を考えているのか分かりませんが、俺に須王を背負わせたいのなら、香織を出しに使わなくても望み通りに背負いましょう。だから彩希さん、もったいぶらずに、もういい加減に教えて貰えませんか、貴女の知っている俺の情報を・・・・・」
「・・・・分かったわ、話しましょう。まず私が持つ株を全て譲渡するわ。そして此処にいる者達が反対しても香織との仲の後押しをしましょう。だから兄を止め、須王を外敵から守ってください。御門と八嶋の血を継ぐ直哉君」
初めはまだ他の事を言って誤魔化すのかと思った俺だったが、最後にさらりと告げられた言葉に目を瞬く事になった。
「なな、なんですと・・・彩希様!!それは本当なのですか!?」
「本当です。兄と共に源吾から報告を受けました。今から大体一月ほど前の事です」
貴一さんの叫び声も、彩希さんの淡々とした返答も、俺には途中から遠く聞こえた。今の俺の内心は「源吾め、おかしな情報を流しやがって」と思い荒れ狂っていた。そんな俺の手を香織が握り、シグルトが肩に乗って尻尾で背中を叩いて落ち着かせようとしてくれた。そのおかげで心を必死に押さえつけ、額に汗しながら得た情報を組み込み、状況を整理する事がなんとか出来た。しかし如何考えても皆がおかしな情報を信じている現状は、俺にとってとんでもなく悪かった。
「克志さん、御門は始名家の第二位で古くは陰陽師にまで遡り、今は神社や仏閣などの神事または祭事を司り、血統に拘りがある家だったと記憶している。だが俺は八嶋について詳しくない。何か知らないか?」
「・・・・・八嶋財閥は八嶋銀行と八嶋重化学工業と八嶋医薬を中核とする、この国一番の財閥です。月面開発や火星開発も行ってしますし、その技術力は世界でも五本の指に入ると言われています。根幹となる特許も数多く持っていて、須王やほかの名家と言えども気を使わなければならない相手です。そして当代の才覚は群を抜いていると評判で、我ら水無月は香織様が襲われた時の調べで、直哉様のお父君が八嶋財閥当主の関係者ではないかと元々疑っていました。直哉様が血を継いでいると言うのなら、お父君が息子で孫と言う可能性が高いと思われます」
「なんだと!?父さんが・・・・待て、それは本当か?」
「はい、直哉様は御知りでは無いのですか?私は其れゆえに香織様との事も決められたのかと思っていました。まあ閉鎖的な御門の事は知りませんでしたが・・・・」
俺の眉間に皺が寄るのが自分で自覚できた。俺は今の今までてっきり事実無根の情報を流して混乱させているのではと思っていたのだ。しかし良く考えればそんな事はあり得そうに無かった。先程和道について行った源吾の様子は腹に一物ありそうではあったが、裏切っている様には見えず、それなら嘘を教えるはずが無いのだ。
「参ったな、こんな事なら前に父さんと話した時に踏み込んでみるべきだったか・・・・。はあーーーー、香織、あの二人は知っていたとおもうか?俺は色々話した時に聞いていないんだが・・・」
「うーん、分かんないけど、知っていてもお父さんが話さないのなら、お兄ちゃんに話さないんじゃないかな。私も聞いてないし」
「やっぱそうなるか・・・・・。だとすると本当だった時の事も考えておかないといけないのか・・・・・。あーあ、嘘だったら誤解を解く為に髪の毛や血をとってDNA鑑定でもして貰えば一発なんだけどな」
俺がそう言って煩わしそうな顔で前髪をかき上げると、香織がクスクス笑って話しかけてきた。
「その様子だと、もう立ち直れたのかな。さっき聞かされた時のお兄ちゃんは、青天の霹靂で信じられないって顔してたもの」
「まあな。さっきはいい加減な情報を流しやがって、ふざけんなと思ったよ。あれ?そう言えばあの時香織は冷静だったな」
「まあね・・・私は当事者じゃ無かったし、私にとってお兄ちゃんはお兄ちゃんだもの。それに昔からおかしいなと思っていた事もあって、あり得るかもと思ったから・・・」
「なに?如何言う事だ、香織」
「お母さんも目を瞑っているお父さんの真の秘蔵酒なんだけど、あれ七桁の物が普通に何本も転がっているのよ。それにほら、前のお母さんの誕生日に一口だけ味見させて貰ったお酒も、六桁の物なんだよ。ハッキリ言って普通の会社員が飲むものじゃ無いでしょ、って言うか、お父さんの給金じゃ買えないわよあれ、お母さんなら兎も角」
俺も知らない父さんの給金の話を語って薄ら笑いを浮かべる香織は、ちょっとお近づきになりたくない雰囲気を発していた。そして今も繋いだままの手を放したくなったのだが、察した香織がギュッと力を込めて握ってきた。その瞳に絶対に逃がさないと言いたげな、薄らとした狂気が宿っていたりはしなかったはずだ・・・たぶん・・・。
「ごほん。・・・・まあ良い、父さんが八嶋財閥関係だとしたら、母さんが御門と言う事になるのか?でも父さんは兎も角、母さんは過去を普通に話していただろ。名家と繋がっているなんて話は聞いた事も無いぞ。香織は如何だ?」
「うーん、私もお母さんは違うと思うんだよね。抑々御門の血が外に出ていると言うのが眉唾物なのよね。ねえ、お祖母ちゃん、本当なの?確証はどのくらいの物なの?」
俺達が話している間、貴一さん達と話していた彩希さんは、難しい顔で考え込んでから告げてきた。
「私は兄に疑われていた様ですから、この情報が正しいか分かりませんが、三日前に得た情報では八嶋財閥の金城家が動き、ついに御門も動いたと聞きました。私は其れを聞いて、御門家はめったな事で動きませんから、家の血が外に出たと言う何らかの確証を得たのかも知れないと思っています」
「確証ね・・・・だとすると御門はお兄ちゃんを如何するのかしら?」
「確実に血統の回収に動きます。直哉君の両親も含めて抵抗する様なら力づくで拘束し、御門の本家に連れて行くでしょう。そして一生軟禁生活です。ちなみに此れは沢山前例がありますから、嘘ではありませんよ」
「うわ、そんな前例が沢山あるんだ・・・・。此れはお兄ちゃんは兎も角、お母さん達は本当に大変だわ。如何するの?お兄ちゃん」
「如何すると言っても・・・今は護衛を付けるくらいしか手が無いぞ。何より父さんと母さんから事情を聴かないと、本当かどうかも分からないしな。今日帰ったらすぐに家族会議だ」
そう言って俺は一度天を仰ぐ様に上を見て瞑目すると、話しながらもずっと片隅で考え続けていた彩希さんの思惑と付随する消えない疑問点に切り込む事にした。
「彩希さん、貴女が俺の事を知り、奇貨として須王家を守りたいと思ったのはなんとなく分かります。ですが八嶋財閥だけなら兎も角、俺が本当に御門の血を引いているとヤバいんじゃありませんか?さっきから考えて思いついただけでも、まず何より二位と三位がくっ付く事による始名家の力関係の崩壊で一位が黙っていないと言う事、また崩壊する過程での混乱を内輪もめでガタガタの須王で乗り越えなくてはならない事、更には御門の血を引く者を内に入れる事で起こる格上の御門との対立と生まれてくる子供の問題、なのに香織との仲の後押しをするのですか?俺には害の方が大きい様に見えるのですが?」
「そう言われれば確かにマイナスしかない様に思えるわね。でもね、直哉君。残念ながら一位の御法家は既に動いているし、ある程度の崩壊と混乱は望む所なの。私はね、其の時に鎖国しているみたいに常に中立無関心の、二位の御門家を巻き込みたいのよ」
「巻き込む?其れは既に動いていると言う、一位と対立する為と言う事ですか?」
「ええ、そうよ。一位の御法家とは敵対する事は決まっているわ。私があの家と仲良くする事など生涯あり得ないわ」
彩希さんの瞳には隠しきれない暗い憎悪が宿っていた。俺も皆もその事に気付き、固唾を呑んで次の言葉を待つ事になった。
「・・・・・・・・・此れはね、あの手紙に書いた様に、香織に会った時に言おうと思っていた事よ。和希さんと香澄が死んだ時、御法家は動きがおかしかったわ。あの当時一位の御法家は主要事業の次世代の新規格で須王家・・・いえ、和希さんと争っていて負けそうだったわ。もし負けていれば大打撃で、一位から二位へ転落していたかも知れないの」
「・・・・・俺の考えではあれは、貴女の夫の新條双治の方のごたごただと認識していました。違うのですか?それに今この場に息子の武俊さんも居ませんが・・・・あれからどうなったのです?」
夫や息子の部分を強調した俺の言葉に、彩希さんの口元がピクリと動いてジッと此方の様子を窺い始めた。そして周囲で聞いていた人々から、含みのある非難の視線が俺に向けられた。
「ふむ、何かあった様だな。誰か説明してくれないか」
「では、僭越ながら私があった事を説明しましょう」
そう言って武俊さんの側だったはずの一人の男が、横の父親らしき者の制止を振り切って話し始めた。
「・・・・・・・で、武俊様はお帰りになりました。そして私は直哉様に付いた方が良いと思いこの場に残りました。さて直哉様、そう言う事情なので我が家が味方する事を御認め頂けますか?」
「・・・・・良いだろう。香織に危害や不利益を加えないと誓えるのならすぐ認めよう。それで貴男は俺達に付いて庇護を求めると言う事で良いのかな」
「はい、今聞いた直哉様の事情と言い、我が家の力で何とか出来る限界を超えています。私は此のままでは命の危険すらあると思っています」
「・・・分かった。裏切らない限り庇護しよう。克志さん、人員を割いて貰えるかな」
「はい、帰りました後すぐに手配します」
比較的アッサリと認められた上に、人員まで派遣されると聞いて、発言した男だけでなく、その周りにいる者達も動揺しているみたいだった。まあ当然と言えば当然だった。人員に限りがある以上、小さな家には割かないのが普通だったのだ。もっとも今回それを覆して割けるのは、俺達の護衛を克志さん達事情を知る者だけですますからだったのだが・・・。
「ありがとうございます。誠心誠意お仕え致します。なあ父さん」
「ああ、息子ともどもよろしくお願いします」
満面の笑みを浮かべて頭を下げる二人は、俺に丁重に扱われていると勘違いしているみたいだが、まあ真実を教えてやる必要は無いだろう。俺が香織や克志さんと苦笑し合っていると、その様子を見ていた他の者達も俺達に協力を約束してくれた。そして驚いた事に此処に残った名家に連なる者達も、序列二十位以下は軒並み従ってくれるみたいだった。まあ中には俺が御門の血を引いていると聞いて、すり寄って来ようと言う思惑が透けて見える者もいたが・・・・。
「さて協力者が増えたのは良い事ですが、彩希さんと武俊さんの不仲は不味いですね。はあー、しかし武俊さんも人の言葉を使って何をやっているんだか・・・・。俺の意図とは違いすぎるぞ」
「・・・・貴男の意図とは如何言う事ですか?まさか直哉君は武俊が隠している事を知っているのですか!?」
「いえ、色々推測はしていますが、真実は知りません。俺が知っているのは和希さんが調べていた事くらいです。まあだからこそ、お互いに腹を割って話し合って欲しかったのですが・・・」
「・・・・・・そうですか。・・・・・まあ考えてみれば、和希さんが調べていた事を知っているだけでも驚きですね」
落胆を隠せずに呟く彩希さんを見ながら俺は「何やってるんだ武俊さんは・・・ちゃんと話さないと前に進めないだろ」と思って内心でため息を吐いていた。そして此れは俺がもう一度だけ動くべきか?と心の片隅で考えていた。肩を落とした今の彩希さんは年相応の老人に見え、今後如何転ぶか分からない俺の事情を考えれば対立していた方が良いのに、此れ以上追い詰める様な厳しい言葉を言えなかった。
「しかし話が二転三転して定まりませんね。これはやはり俺も動揺しているのかな?さて彩希さん、悪いのですが、先程の新條双治のごたごただと言う質問に答えて貰えますか。そして其れが終わったら一度纏めましょう」
「そうですね。ではまず質問に答えましょう。直接動いたのは直哉君の推測通りでしょう。ですが私は資金面やらで動いた者達を支援していたのが、御法家だと思っています。夫の一族は資金が無いどころか借金がある者ばかりの上、所詮は一般人ですから・・・そうでもないと真面な活動は出来なかったはずです。そしてその断片的な証拠は出て来ています。ですけど水無瀬家の力ではそれ以上解らないでしょう。何故ならあの事件には水無瀬家の一部が関わっている事が濃厚だからです」
「・・・・・水無瀬家がお父さんとお母さんの事故を起こしたの?」
「いえ、水無瀬家は事後の証拠の隠滅をした可能性が高いのです。断片的な証拠しか出てこなかったのは其れが原因でしょう」
「・・・・・仁吾か?」
「さっきの態度を見れば、その可能性が高いと思われますね。お兄様は其の所為で身内を信用する事を止め、最近は認知症と偽って御法家のものや外狩家などの外部勢力を内に入れて活動しています。どちらもあの時期の行動がおかしかったのです」
「・・・おかしかった・・ね・・・・其れを内に・・・入れる・・・・・。チィ、つかぬ事を聞くが・・・和道にとって香織・・・いや、須王家は如何言う存在になっている?」
「・・・・・・気付いたのですか?」
「気づきたくなかったがな」
俺と彩希さんの意味深なやり取りに、訳が分からない周囲の人達がざわついた。そんな中俺がジッと彩希さんを見つめ続けると、諦めの表情で淡々と恐るべき言葉を告げてきた。
「もはや残す価値も無い家で、正当な嫡子を奪った者達を招きよせる餌です。私の夫の血が入った香織も同じです。須王の娘とは・・・・後継者とは認めていません」
「ふん、だから香織も雪城昌信と結婚させて餌にするのか」
「はい。もはやお兄様は須王の未来を求めていません。盛大に周囲を巻き込めるだけ巻き込んで破滅させる心算です。そして自分が須王家の最後の当主だと決めています」
彩希さんの言葉に序列上位の者達が驚愕し、顔色が軒並み蒼白になった。
「直哉、あっちを見てください」
そんな中俺は黙ってずっと周囲を窺っていたフレイの声で、顔を顰めただけの天川親子を目にする事が出来た。俺は目を細めて口元を吊り上げて、今は既に驚愕を装っている二人の様子をジトーーッと見つめると、年の功か貴一さんは泰然として構えていたけど、翔一さんは顔を強張らせてしまっていた。
「ククク、途中でさも知らなかった様に貴一さんが叫んだりしていましたが、翔一さんのその様子だと天川は最初から知っていたのですね。だから俺を支持しても良いなどと言って、さり気無く香織の後ろ盾になろうとしたのでしょう。御二人とも演技がお上手なようで・・・・」
「・・・・恍けても無駄かな?はあー、仕方ないな・・・・まあそうだよ。天川家は筆頭として和希亡き後、ずっとその混乱を収束させて安定させようとしたけど駄目だった。原因は色々あるんだけどね・・・一つに絞ると和希の死が突然で後継者がいなかった事が大きいんだ。はあー、今更半ば以上和希に権限を譲った和道様が出て来ても駄目なんだよ。まして今はあんなだし・・・」
苦虫を噛み潰したような表情で話す翔一さんは、一度口を噤んでから俺と視線を合わせて、驚きの言葉を告げてきた。
「中断前に矢嶋直幸には何度か会った事があるし、その時に息子の直哉の事は話しに聞いた事があると言った事を覚えているかな?あの時は私と和希と直幸とで酒を飲みながら日々の話をしていたんだ。私は其の時にポロリと和希と直幸が口にしたのを耳にして、君の父親が八嶋財閥に関わりがあると言うのを知っているんだ。詳しくは自分で直幸に聞くと良いよ」
「・・・・・そうか・・・やはり父さんは・・・・。もしかして御門に付いても知っているのか?」
「いや、それは全く知らない。だがこの話の出処は八嶋財閥だと聞いている。良くは知らないけど、今八嶋財閥もごたついているみたいだよ。ねえ、父さん」
「ああ、この所金城家が頻繁に動いている。何か大事があったのは確実だ。さて私が鞭で息子が飴で、二人を上手く口説き落とそうと思っていたのだが・・・もう無駄だな。ならば単刀直入に言おう。直哉よ、話を聞いた以上香織様と共に須王を背負って貰うぞ」
厳しく鋭い眼光で睨む付ける様に告げる貴一さんに、俺はヘラヘラと笑いながら答えた。
「えーー、どうしよっかなーーーーーーーーーーーー。なあ香織、此の状況で断ったら楽しそうじゃないか?」
「うわ、お兄ちゃん、顔が悪い顔になっているよ」
「おいおい、香織。俺の顔は真面目なはずだぞ。ククク」
俺達が会話しながらチラチラと貴一さん達を見ると、やれやれと苦笑している翔一さんと顔色をどす黒く変えて怒りを堪える貴一さんが見えた。
「貴様、先程彩希様に須王を背負うと言ったのは嘘か!?」
「いや本気だよ。彩希さんは株をくれると言ったし、その願いをかなえる為に須王を背負うのは、香織の為にもなりそうだしな。でも天川の為に須王を背負うのは、其れとは別だ。言いたい事は分かるだろ、貴一さん」
「貴様、足元を見おって・・・・・」
「それは仕方ないだろ。そっちの策が明るみになって、天川も必要として価値を認めている事が分かった以上、今の俺の価値がまた大きく跳ね上がったんだ。ふん、それにどうせ俺を通して八嶋財閥の力をあてにしたかったんだろ」
「もう隠しても無駄だから言うけど、そうだよ。今回の情報を得た時に、父さんと話して決めたんだ。御門が不確定要素だったけど、私達としては香織様と結婚させる心算はなかったし、問題無いかなと思っていたんだ。まさか許嫁だとは夢にも思わなかった」
「私とお兄ちゃんの事を邪魔するの?それなら天川は・・・・・」
「いえいえ、香織様。直哉君が如何にかするみたいですから、天川は静観しますよ」
「ふーん、なら良いわ。でも嘘だったら怒るからね」
香織が天川親子を睨み付けて釘をさす中、俺はまだ有利な立場を確保しようとする二人に感心と共に苦笑いを浮かべていた。勿論そんな事を許す心算は微塵も無かったが・・・。
「さて、天川はどんな対価を払ってくれるんです?なあなあで済ませないでくださいね。ククク、初めから大人しくお願いしなかったのがいけないんですよ。そしたら俺だって鬼じゃない、あっちの人達みたいに仕えると言うだけで庇護下に入れたのに・・・ククククク」
「・・・・・・・・・天川に何を望んでいる」
「またまた、お惚けになっちゃって・・・・・分かっているだろ、貴一さん」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
無言で殺気だって睨む貴一さんと真面目な顔になった俺は、一歩も引かない睨み合いになった。まずバチバチと火花が散り、次に周囲の雰囲気は息苦しい程になり、そしてお互いが発する威圧がせめぎ合っていた。
「受け入れて貰おうか、貴一さん」
「・・・・・・・・それは・・・クッ・・・・」
俺が流石天川家当主手強いなと思って更に威圧を強めようとした時だった。横にいた翔一さんが貴一さんの肩を掴んで首を振って代わりに答えた。
「良いだろう。望み通り天川家は後の会合で第八の二に賛成する」
その一言に佐伯家と他二家が動揺をあらわにしていた。ようやく俺が何を要求していたのかに気づいたのだ。
「翔一さんは当主ではありませんが、良いんですね。今の言葉は撤回させませんよ」
「ああ、父さんが反対しても、其の時は私が当主になる覚悟だ」
「分かりました。後の会合までに天川の望みを纏めておいてください。極力配慮します」
「了解した」
俺はそのまま話し合う貴一さんと翔一さんから目を話して、佐伯家の当主達に視線を向けた。するとビクつき追い詰められた様な顔をしながらも気丈に反対の意思を告げてきた。
「我が佐伯家は第八の二に賛成しない。この様な強引なやり方が正しいはずがない」
「そうだ、いくら何でも強引すぎる。賛成すれば従わなければならないのに、私は貴男も香織様の事もよく知らないのだ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「では、反対して和道に付くのですか?それとも武俊さん?まさかこの後に及んで立場を鮮明しないなんて事は無いですよね」
「それは・・・・・」
途端に眉間に皺を寄せて言いよどむ佐伯家の当主を横目に、克志さんが無言だった序列四位の家の当主に声を掛けた。
「賛成票は三票いる。今なら私が直哉様に悪い様にはならない様にとりなすし、直哉様と香織様の人柄も私が保証しよう。どうだ」
「・・・・・・克志・・・・分かった、うちも賛成する」
その言葉で反対していた佐伯家当主達はガックリと力を抜いてうなだれてしまった。そして周りで事の成り行きを見守っていた者達の口から、自然とため息が漏れていた。
「さて此れで可決できる。残りの二家は反対してくれても構いません。ただ和道に情報を漏らすのは止めてくださいね。じゃないと本気で潰さないといけなくなります」
「・・・・・直哉・・様に言われないでも分かっている。第八の二の可決が決まっている和道様に話しても意味が無い。いや、それをしようとした瞬間佐伯家は終わりだ。先程の和道様なら、知れば賛成する家に刺客を放って当主を殺そうとするかも知れん。そうなれば三家の怒りを買う事は必定だ」
「その通りです。無論そんな事はさせませんが・・・。克志さん」
「分かっております。身辺の警戒と人員の派遣を行います」
「頼みます。ああ、そちらで対処出来ない事態になったら、遠慮なくすぐに伝えてくださいね」
「・・・・・・・・・・その様な事態は無いように全力を尽くします」
言外の言葉の意味に気付いた克志さんが険しい顔で返答してきた。そして其れを見ておかしそうに笑う香織とフレイに肩を竦めて答えた俺は、気持ちを引き締めて最後に残った序列二十位以上の家の者達に相対した。
「今見ていた通り、上位の家との話はついた。そして俺が残りの皆に求めるのは唯一つだ。俺を認めて従う事だ。新條双治の二の舞は御免だからな。言っている意味は分かるだろう」
ハッとこちらの顔を見つめてくる皆と、恐ろしい程真剣な顔で痛い程見つめてくる彩希さんを意識しながら、俺は感情を押し殺して冷たく告げた。
「俺が御門の血を引いているかどうかは確定していない。俺は親からもそんな事を聞いていないし、其の口から聞くまで肯定する心算も無い。そしてなにより俺は情報の方が間違っている可能性も考えている位だ。だから今の俺は名家の血を引いていない事になる。さあどうする?前の時の様にあくまでも認めないか?」
「状況が違います。直哉様は御自分で仰ったように天川を筆頭に上位の家と話を付けました。しかも和希様から水無月家を受け継いでおられます」
「そうです。名家の血とて今はまだ確定していないだけで、沢山の者が動いている以上継いでいる可能性の方が・・・・」
「さあな。何人動いていようが、皆が誤報に踊っているのかも知れないだろ。もう一度言おう。俺は名家の血は継いでいない。その俺を認めるのか、認めないのか、選べ」
「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」
黙り込む者達を冷たく見据えた俺は、内心に武俊さんを思い浮かべながら告げた。
「お前らが認めなかった所為で武俊さんは、父親が持っておらず自分だけが持っている名家の血、つまり母親の彩希さんの血統を認められないんだよ。そして話しに聞いた仲違いも元を正せばそこに原因があるんだ。なあ母親と息子のあり様を見ていて如何思った?俺は見ていないんだ、感想を聞かせてくれないか?」
「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」
「だんまりか・・・・この際だからハッキリ言って置く。俺は名家の血を誇るなとは言わない。初代が後々にまで残る何かを残したんだろうからな。其れは凄い事だ。だがそれと他者を見下す事は違うだろう。もしかしたらその他者が名家の初代と同じように、後々にまで残せる何かをなせる人物かもしれないじゃないか。違うか?」
「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」
「まただんまりか・・・・」
「お兄ちゃーん、威圧してますよーー。怒りの感情が漏れてますよーーー」
香織の気が抜ける間延びした声と同時に、シグルトの尻尾にぺしぺしと叩かれた。如何やら俺はまたやってしまった様だ。目の前の人達は喋らないのでは無く、凍り付いて喋れないのだ。俺が顔を覆って心を落ち着けようとしていると、香織が代わりに話し始めた。
「今ので身に沁みたと思うけど、お兄ちゃんは怒ると怖いわよ。私も個人的に認めたくないと言う思いまで変えろとは言わないけど、それでも評価は正当にして不満は内心に留めておきなさいと言わせて貰うわ。ねえ、どんな事でも行き過ぎれば毒になるわ。今回の事も其れが原因で家庭が壊れる程になっているのは明らかに行き過ぎよ。違うかしら?」
「はい・・・・」
全員では無く何人かだったけど、それでも香織の言葉にかすれる声で返事を返してきてくれた。他の者達も反論する気はないようだ。まあ俺に恐れをなしているだけなのかも知れなかったが・・・。
「じゃあ、お兄ちゃんを認めて従ってくれるわよね」
にっこり微笑んだ香織の逆らえない雰囲気の明るい声に促され、皆はあいまいな表情で力なく頷いていた。
「クス、此れで少しは風通しも良くなるでしょう。お祖母ちゃんもまだ諦めるには早いわよ。お兄ちゃんが何とかしてくれるわ」
香織に明るく話し掛けられて、目を丸くする彩希さんにジッと見つめられた俺は、期待の籠った複数の視線に押される様に口を開いた。
「あーー、まあ武俊さんも沢山の人が居たから話せなかった部分もあると思います。だからすぐとは言えませんが、彩希さんや俺達だけの話しやすい場を整えてみます」
「それで武俊は話すかしら?ずっと隠してきたのよ」
「・・・・・まあ推測が正しいなら、口を割らせるなり、滑らすなりする方法はあると思いますよ。それに父親が必要以上に否定されなくなれば、多少は武俊さんの気持ちも変わるでしょう」
「・・・・・・・そう願いたいわね」
しみじみとした彩希さんの声に場がシーンと静まり返り、俺は数分待ってから気を取り直して纏めに入った。
「さて二転三転どころか五転六転した話でしたが、決まった事から此れからしなくてはならない事を纏めましょう。まず此処にいる皆は俺と香織を認めた事を前提に話します。そして須王の血を継ぐのは香織ですが、矢面に立って指示するのは俺になります。良いですね?」
その表情は色々だったけど、皆が頷くのを見届けた俺は、香織と目配せして付け込む隙の無い仲の良さを見せ付けてから、皆に指示し始めた。
「真っ先にするのは、第八の二を可決する為の会合の準備です。此れは彩希さんと佐伯家に任せます」
「分かったわ。でも準備は古式にのっとるから十日は掛かるわよ」
「佐伯家が?私が邪魔をするかも知れんぞ」
「彩希さんと一緒ですし、大丈夫でしょう。それに此の状況でする意味がありません」
俺がアッサリと言い切ると、佐伯家の当主は複雑そうな表情で黙り込んでしまった。
「では次に天川家は俺の情報が本当かどうか全力で調査してください。俺も親から聞きますが別の視点から裏を取りたいんです」
「ふむ、それだけでは無かろう。天川が動く事に依って会合の事を悟られなくするのだろう」
「やはり分かりますか?ええ、最終的には和道を含めて、皆に知らせないといけないんですが、規定には書いていないんで当日の早朝に教えようと思います」
「うわーー、黒いよ、流石お兄ちゃん」
香織の何所となく楽しそうな声と、皆の呆れの混じったため息が部屋に響いた。
「ごほん、水無月は皆の警護をお願いします」
「はい、了解しました」
「それ以外の人は普段する行動以外は極力何もしないでください。それによって動いている天川家を際立たせます」
「直哉君、天川が囮だとは分かっているが、それでは必要以上に危険じゃないかな」
「此れは必要な事ですし、俺を騙して利用しようとした事のお仕置きも兼ねています。安全の方は克志さんに特に厳重にやって貰いますから、諦めてください翔一さん。それに俺はこれで今日の事は水に流す心算です。如何ですか?」
「・・・・・失敗が本当に高くついたね。そんな君の事だ、調べてわかった情報をきちんと教えるか如何かも見ているんだろ」
「ご想像にお任せしますよ」
俺達がニヤリと笑い合う中で、佐伯家の当主が自分も試されていると気付き、ハッとした表情を浮かべているのが横目に確認できた。俺はあえて知らん振りをして、何も言わなかった。
「ああ、そうだ。序列四位の貴男は克志さんと付き合いがあるのでしたね。克志さんと話し合って行動してください。悪い様にはしません」
「はい、わかりました」
俺は付け足す様に四位の家に指示を出すと、わざと佐伯家と共に反対した三位の家には何も言わなかった。その不安そうな表情から、何故上位五家の中でうちだけが指示されないのかと考え、何故反対したのに佐伯家だけが仕事を任されたのかと考えているのが手に取る様に察せられた。此れは反対している家に対して差をつける事に依ってなす、簡単な離間策だった。今序列の二位と三位が手を組むと煩わしいし、元々上位三家は仲がいいと聞いていたので、分断して置くに越したことはないのだ。
「では此れより俺達は家に帰って、両親を問い詰めようと思います。彩希さん、何か足りない事はありますか?」
「そうね、此処での話は他言無用と口止めするのと、連絡手段かしらね。私が孫の香織と楽しく話したいのも本当なのよ。手紙にも書いたでしょう」
「・・・分かりました。俺と香織の番号です。何時でも掛けて来てください。それとこの場所なら覚えましたので、何時でも呼んでくれてかまいません。都合がつけばすぐ来ます。なあ、香織」
「うん、お兄ちゃんがいれば安全だし、気兼ねせずに呼んでね、お祖母ちゃん」
「分かりました。では日を改めて呼ばせて貰いますね」
穏やかな声で返事した彩希さんに近寄って、紙に書いた番号を手渡した俺は、その時にそっと目配せして意思を確認すると、香織と克志さんを促して背を向けて部屋を後にしようとした。するとその背に皆の思惑の入り混じったドロドロとした視線を感じ、俺は一変した自身の価値と、皆が其々見出した俺の価値について考えるさせられる事になった。何故なら此れを見誤ると、とんでもない落とし穴に落ちる事になりそうな、言葉に出来ない嫌な予感が感じられたのだ・・・。
次話の投稿は22日以降の予定です。皆様、次話もよろしくお願いします。




