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契約者達とその頃家で待つ両親達は・・・

 直哉達が出かけてから既に数時間が経ち、ルードルから昨日の話を聞いた俺は、今頻りに不安を零す沙耶に付き添っていた。今の沙耶は二人が向こうの世界に行っている時より、蒼白い顔をして心配していた。これは此方の脅威の方が詳しく想像できるからだろう。

 「ねえ、直幸さん、本当に直哉と香織は大丈夫かしら・・・。特にあの着物を着た香織の姿は、子供を預けて出て行った、私が最後に見た香澄の姿に嫌になるくらい似ていたわ」

 「大丈夫だ、沙耶。二人は契約者だし、シグルトとフレイが付いている。和希や香澄の様な事にはならない。何より俺達の子の直哉が付いているんだ。信じろ、沙耶」

 「そうよ、沙耶。直哉には私達を此処に置いて行ける位の余裕があるんだから。ねえ、ルードル」

 「うむ、心配いらないだろう。むしろ主におかしな事をする者が現れない事を祈るべきだ。今の主は精神が不安定だし、直哉が暴走してやり過ぎないか?と言う問題もある」

 既に何度も繰り返したやり取りに、タマミズキとルードルも畳み掛ける様に宥めていた。

 「ふう、ジッとしていて変化が無いと、悪い考えばかりが思い浮かぶ様だ。沙耶、昼食でも作って食べないか?」

 「・・・・・直幸さん、今日の昼食はパンとお茶だと言いましたよ。もう忘れたの?」

 俺は沙耶に指摘されて、ああ・・そう言えば聞いた気がするなと思った。そして如何やら俺も平静では無かったと言う事に気付かされていた。ルードルから聞いた話が刺激的すぎたのだ。

 「今思い出したよ。じゃあお茶でもいれ・・・」

 俺の言葉の途中でピンポーンとチャイムがなった。

 「なんだ?ああ、誰か来たのか・・・。こんな時に誰かな・・・・・・」

 出鼻をくじかれた俺が携帯端末からドアホンを起ち上げると、知らない男の声が聞えた。

 「宅配便です。お届けに参りました」

 「はい、すぐ行きます」

 内心でなんだ宅配便かと思って立ち上がって玄関に向かうと、素早くルードルが横に付いてきた。

 「わざわざ来なくても良いんだぞ。ただのお届け物だ」

 「万が一と言う事もある。油断して主に叱られるのは御免だ」

 「真面目だな、ルードルは。気にし過ぎだと思うんだがな」

 そう言って苦笑いしている間に玄関にたどり着き、俺は微かな緊張と共にゆっくりとドアを開けた。そしてルードルは、後ろで何時でも跳びかかれるように身構えていた。

 「どうも、この段ボール箱がお届け物です。此処にサインをお願いします」

 「はい。・・・・・・・此れで良いですか?」

 「はい、問題ありません。では此れで・・・」

 見知らぬ男は簡単な手続きを済ませると、段ボール箱を置いてアッサリと去って行った。

 「ほらやっぱり杞憂だった。ただの・・・・・・チィ、送り人が須王和道だと・・・・」

 俺の脳裏にルードルから聞いた昨日の話と和道の顔が過ぎり、忌々しく思って自然と自分の顔が強張るのがわかった。

 「誰だ?」

 「ああ、名を知らなかったのか・・・・昨日の夜の騒動の須王家の当主で、香織の祖父にあたる男だ。此処だけの話だが、俺は昔から和希の父親のこの男が気に入らん。和希も香澄さんと結婚してからは少し距離を置いていた位だ。俺はあの日香織が家に預けられたのも、其処ら辺に理由があるんじゃないかと思っている。しかしよりにもよって今日此の時に何を送って来たんだか・・・・開ける前から碌な物じゃ無いのが丸わかりだな。いっその事此のまま外に投げ捨てたいくらいだ」

 「仲が悪いのだな?」

 「ああ、よくない。対等と認めない者の言葉をまともに聞こうとしない所が、俺のこの世で一番気に入らない爺とよく似ているんでな。仲良くなるなんて一生あり得ない」

 俺が心底から忌々しそうに吐き捨てると、ルードルが目を細めて箱に近づき、鼻をむずむずとさせていた。

 「タマミズキ、ちょっと来てくれ」

 「なによ。あまり沙耶から離れたくないんだけど・・・」

 「分かっている。この箱を訓練室に持って行ってくれ。危険物の可能性がある」

 「・・・・・・・・分かったわ。沙耶、悪いけどこっちに合流して。そして訓練室前の廊下に直幸と待機してくれるかしら」

 「分かったわ」

 パタパタと足音が響き、俺の目の前に沙耶がやって来た。其の時にはタマミズキが素早く段ボール箱を持ち上げて訓練室に入って行ってしまった。そしてルードルは険しい雰囲気で扉の前に陣取り、その四肢に力をいれて身構えていた。どうやら私達を庇う心算の様だ。

 「直幸さん、何があったの?今この部屋は直哉達が魔法を使う時の部屋でしょう」

 「俺にもよく分からん。今言えるのは荷物の送り主が須王和道だった事だけだ」

 「・・・・・・・・・・・そう」

 不安そうな沙耶の肩を抱いて支えた俺は、何が起きるのかと扉の外から部屋の中をのぞいた。


 「ルードル、今から箱を開けるけど、何故危険物だと推測したの?箱の中身は分かっているの?」

 「いや、今も鼻がむずむずして落ち着かないが、向こうでは嗅いだ事のないもので詳しくは分からない。十中八九、合成された物の臭いだろうが、ただ今までの日常では嗅いだ事の無い臭いでもあるから用心してくれ。今と言う時と送り人、そして何より僕の鼻が危険だと警告している」

 「そう、魔狼の鼻がね・・・・・分かったわ。さて何が出てくるのかしらね。うふふふ」

 私は妖しい笑みを浮かべながら箱の封を切った。そして蓋を開けた途端・・・・・シューーっと音が耳に聞え、その中には何かをまき散らす丸い物体が沢山詰まっているのが見えた。

 「・・・・・・・・・・・此れは・・・・・・・っつ、まさか・・・・・ルードル!!今すぐ外に出て扉の前を土の魔法で閉鎖し、其のまま扉も閉めなさい。私の事は気にしなくて良いわ。早く!!」

 ルードルが血相を変えた私の怒鳴り声に反応して魔法を発動した。すぐにバタンと扉が閉まる音が背後から聞こえた。私は其れに構う事無く魔法で出来た金属壁を背にして全力で障壁を張っていた。

 「やってくれるわね。知識が完璧では無いから確証はないけど・・・あれは多分爆弾・・・・いえ今も何かをまき散らしているから毒ガスとやらかしら?」

 私はなるべく吸わない様に口元を手で覆いつつ、兎に角外にだけは出さない様に水壁で更に扉を密封した。

 「これで毒ガスでも外には・・・・・」

 私が其処まで言った時だった。キィーーーンと音が響いて耳鳴りがした。そして気付いた時には視界が真っ赤に染まって衝撃波に晒されていた。

 「・・・・・クッ、此れは爆弾の方だったみたいね・・・・ツッ、障壁が歪んでいる・・・侮れない威力だわ。私しかいないこの空間だから良いようなものの、家の中で爆発していたら直幸と沙耶は消し飛んでいたでしょうね。ルードルの判断が違ったらと思うとぞっとするわ」

 次々と迫ってくる爆炎を見ながら、私は対抗する為の新たな水の魔法を構築し始めた。

 「・・・・・直哉、敵は殺しに来ているわよ。ルードル、此処は何とかするから外は頼んだわよ」

 私は唯一外と空間が繋がった扉を背に小さく呟くと、獰猛な笑みを浮かべながら死守を誓っていた。


 「・・・主の・・・・香織の部屋に向かう。ついて来てくれ」

 「まま、待ってくれ、何が起きたんだ、ルードル。タマミズキは・・・」

 「今は黙って移動してくれ。主の部屋がこの家の中で一番安全だ。さあ早く」

 僕は事態に付いて行けない二人を急かして、主の部屋に無理やり連れて行った。

 「先程届けられた物は危険物だった。多分爆弾か、臭いから推測して化学兵器の様な物だと思う」

 「爆弾?だと・・・・・・たた、タマミズキは・・・・」

 「かか、化学兵器って・・・・この家は大丈夫なの?外に出た方がいいんじゃないかしら」

 血相を変えて動揺する二人に、僕は落ち着く様な穏やかな声を意識して出した。

 「タマミズキは、私の事は気にするなと言った以上、自分で何とかするはずだ。だから問題無い。そして今外に出るのは敵が待ち構えているかも知れないから危険だ」

 「それは・・・・ルードルの言う通りだな。それにタマミズキがあれの対処をしてくれるのなら、下手に動かない方が良いか」

 「うむ、そうしてくれ。それにこの主の部屋は既に特別製だ。直哉がシグルトに頼んで渾身の力を込めて強化しているから、強い爆撃などを受けても大丈夫だそうだ。それに昨日シグルトが主が寝ている間に空間を弄っていた。この部屋が一定以上の攻撃などを受けると、強制的に空間隔離されて完全閉鎖されるらしい。主には内緒だが、強化大龍玉の力で維持しているそうだ」

 「・・・・・・何時の間にそんな事に・・・・」

 「クスクス、香織を大事にする直哉らしいわね。ならこの家ももう普通では無いのでしょうね」

 「うむ、直哉が色々弄っている。此の部屋程ではないが強化もされているし、周囲に気づかれない様に空間を歪めたり隔離したりできる。それに何より地下に大部屋がある」

 「大部屋?何時の間に・・・どこから行くんだ?」

 「ククク、昨日の夜シグルトが口を滑らせたのだが、主には内緒の秘密の部屋で転移魔法で入るらしい」

 「あらあら、香織は知っているの?」

 「寝ていたから知らないだろうな」

 「あら、そうなの・・・・・・・」

 沙耶は面白そうな顔をし、其れを見て直幸は苦笑していた。二人は落ち着いた様で、僕は無駄な軽口を叩いてよかったと思った。守る人間が冷静でないと困るのだ。

 「二人は此のまま部屋に居てくれ。僕は周囲の様子を・・・・」

 言葉の途中で窓ガラスがビシッと音をたてた。僕は素早く駆け寄り、カーテンの下から顔を出して外を見た。しかし敵の姿は見えず、戸惑いが広がった。

 「・・・・・・敵の姿は見えない。だが・・・また窓に何かが当たった・・・・・ふふふ、成る程これは・・・・・少し外を見てくる。此処でジッとしていてくれ」

 「・・・・・・分かった、気を付けてくれ、ルードル」

 「ああ、任せておけ。主の名に懸けて安全は確保する」

 僕は二人を置いて玄関から堂々と姿を晒して外に出た。


 「C班、状況を説明しろ。荷物はちゃんと渡したのか?」

 「ああ、警戒する様子も無くサインして受け取ったぜ」

 「では何故爆発が起こらない。開けているならもう爆発していないとおかしいぞ」

 「・・・・・開けていないとは考えられませんかね?」

 「馬鹿な・・・・須王和道の名前が書いてあるんだぞ。中身を確かめないはずが・・・」

 「ハッ・・・俺にはそれ以外は考えられませんがね。大体何ですぐ中身を確かめると決めつけるんです?」

 この作戦に際して雇った男は、馬鹿にした様な口調で告げてきた。私は男に待機を命じて暫し考え、別の男に連絡を入れた。

 「・・・・・・・B班、スコープから家人は見えるか?」

 「見えませ・・・・・いえ、影らしきものが窓の傍にあります。位置を変えて射線をとれば撃てるかも知れません」

 「・・・・・・そうか、なら撃ってみろ。人に当たらなくても構わん」

 「了解、B班位置を変えます」

 私がジリジリと焦れながら待っていると、ようやく用意が整ったと連絡があった。私は即座に撃つ様に命じた。すると予期しない叫びが聞こえてきた。

 「どうした、何があった?」

 「ななな、なんだと。おおお、俺は夢でも見ているのか?くそ・・・もう一度だ」

 「おい、如何した・・・・何をしている!?早く質問に答えろ!!」

 「クッ、馬鹿な・・・何故・・・・あれは犬か?よしもう一度・・・おのれ何故ガラスが・・・・あの犬、今笑ったか?おのれ・・・馬鹿にしているのか?」

 私の大声を打ち消す様に銃声と悲鳴が携帯端末から、二回、三回と狂った様に響いた。その様子はとても狙撃している様には感じられなかった。

 「おい、いい加減にしろ!!貴様は其れでもプロか!?」

 「あああ、こここ、この銃がいけないのだ。よし対物狙撃銃に変えよう。これなら一発だ」

 「おい、何を使うと言った。私は使用許可を出しては・・・・・」

 私の言葉の途中で今までの物より大きな銃声が響き渡った。その事に歯噛みする間も無く、私の耳に絶叫が聞えた。

 「ヒィァァァァァァァ、何で?何で?何で?撃ったのはガラスだぞ。ああああああああ」

 「おい、正気に戻れ」

 「あああ、俺は・・・・うう、あれはさっきの犬か?よよよ、よし、直接なら・・・・・・・」

 またしても私を無視して銃声が鳴り響き、そして其れを最後に今度はピタリと音が無くなり、重苦しい静寂に包まれた。

 「・・・・・・・・おい、何があった。状況を報告しろ」

 「ひゃははははははは、違う、違う、此れは何かの間違いだ。こんなのは嘘だ、嘘だ、嘘だーーーーーー。そうだ此れは全部夢なんだ。帰れば何時もの様に目覚めるはずだ・・・」

 「おおお、おい・・・・・」

 私の声が引き金となって、男はブツブツと訳の分からない事を言いながら、その場を遠ざかっているみたいだった。しかし私はもう声を掛けなかった。何故なら聞えてくる声が躊躇いたくなるほど尋常ではなく、しかも段々小さくなっていき、聞えなくなるのにそう時間はかからなかったからだ。

 「此方A班、此方から何があったのか報告します」

 「見えたのか?」

 「はい、B班が混乱している様なので、独断ですが偵察を出しました。申し訳ありません」

 「いや、良い判断だった。気にするな。それで何があった」

 「・・・・・・信じがたい事なのですが、窓や玄関や壁に複数回行われた狙撃は、着弾後一様に力を失った様にポトリと地面に落ちました。そしてターゲットの家は無傷です」

 「なんだと?何を言っている?窓に当たればガラスなど・・・・それにあの馬鹿は対物狙撃銃を使ったみたいなんだぞ」

 「はい、ですが現実に・・・・・それに最後は犬と思わしきものが玄関から堂々と出て来て、だだ、弾丸を前足で払ったのです」

 「・・・・・・一応聞いておくが、幻覚作用のある薬を使ったとかじゃないだろうな」

 「使っていませんし、私は冷静に事実だけを話しています。つまり正気です。だから私も貴方も失敗すれば生きて帰れない事は覚えていますよ」

 「・・・・そうだな。ならお前に命じる。この作戦は失敗だが、当初の予定通りA班はC班と共に軽凝集光銃を持って襲撃しろ」

 「了解しました。では後始末は任せます」

 「ふん、先に逝っていろ。私も後から逝く」

 それっきり途絶えた通信を切って、私は逃げたB班を追った。痕跡を全て消し去るのだ。


 「成る程、此れが狙撃と言うやつか・・・・確かに視界の外から攻撃出来るのは凄いな」

 外に出てすぐに何かが飛んで来て反射的に払いのけた僕は、抉れてしまった地面を土魔法で直しながら獰猛な笑みを浮かべていた。愚かにも今の苛立った僕に向かって近寄って来ている集団の気配を察知したのだ。

 「いいか、油断するなよ。距離を保って包囲しろ。銃弾を払うそいつは、犬の皮を被った別の何かだ」

 「了解。おい、犬、どうやって銃弾を払ったのか知らないが、運が無かったな。流石に光線は払えないだろ」

 「おいおい、犬に言葉が分かる訳無いだろが。さっさと始末して中に入るぞ」

 僕は絶対に逃がさない様に全員が近づいて敷地に入るのを待って居たのだが、指示をしていると思われる一人だけが悲壮な表情で近づいて来なかった。そして僕達のお互いを窺う視線がぶつかり、男は自嘲の笑みを浮かべて言葉を発した。

 「攻撃を開始しろ。其処の三人は回り込んで目的を果たせ」

 僕に向けられた銃口が光る中で、初撃を放たなかった三人が疾走し始めた。其れを横目に見た僕は指示した男の臭いを覚えると、空間隔離を展開して周りの家に気づかれない様にした。そしてまずは爪に闇を纏わせて殺到する光線を払いのける事にした。

 「ナッ、馬鹿な・・・・・・」

 「なな、何なんだ此奴は・・・・・」

 「こここ、この化け物が・・・・・」

 あまりにもアッサリと光線が払いのけられた事に動揺する男達を見る事無く、僕はすぐさま三人の男を追って疾走し、その背中を闇の爪でバッサリと切り裂いた。

 「ぎゃああああああああああ」

 「頑丈な服を着ている・・・・浅かったか・・・・・フン、だが関係ない・・・死ね」

 ボソッと呟いた僕は、絶叫をあげて倒れた男に振り返る暇も与えず、容赦なくその頭を踏み潰して止めを刺した。そして断末魔を上げる事無く死んだ男に目もくれず、僕は次の男に向かって跳躍した。其の時ちょうど後ろで起こった先の悲鳴に振り向いた男が、ようやく僕の存在に気付いた。すぐに驚愕して目を見開く男だったが、しかしその時にはもう僕の血に塗れた闇の爪がその喉に迫っており、悲鳴をあげる間もなくすぐに頭と胴が分かれる事になった。

 「な、此奴・・・・・死ね」

 最後に残った男が必死に銃口を向けて来たけど、僕は頭を失った男の体を蹴って跳躍し、疾風の様に迫ってその喉笛を噛み千切っていた。少し遅れて倒れかかった二人目の男と最後の男の首から血がまき散らされて周囲に降り注いだ。

 「「・・・・・・・・・・・・・・・・・」」

 一瞬で三人死んだ事に重たい沈黙が訪れる中、僕は口元も全身も返り血などで真っ赤に染めて高揚し、獰猛に笑う姿は主には見せられないなと思っていた。だがこれが魔狼の本質の一端なのも確かだった。

 「もう逃げられんし、逃がさん。全員此処で死んで貰うぞ」

 「ナッ、いい、犬が喋った・・・・・・」

 「チィ、やってられるか・・・・俺は逃げるぞ」

 男達は僕が話した事に驚き立ち尽くす者と、常識外の出来事に混乱して逃げようとする者に分かれた。しかし後者は敷地から出ようとしたところで絶望する事になる。既に空間隔離されているので、其処には目に見えない壁がある様に、ぶつかって出れないのだ。

 「ガッ、おい如何言う事だ。何で出れないんだよ」

 「・・・・・指揮していた奴だけがいないぞ。まさか彼奴は此の事を知っていて敷地に入らなかったのか?」

 「な、嘘だろ・・・・・・」

 顔色を変えて慌てふためく男達に、僕は容赦なく襲い掛かった。

 「ヒッ、来るな!!」

 「こここ、この化け物がーーーーー」

 「叫ぶ暇があるのなら、精々抵抗するんだな」

 僕は近くに居る者から手当たり次第に爪で切り刻んでいった。ザクリザクリと音がする度に周囲にまき散らされる、血、血、血、すぐに僕の立っている場所は、まさに血の池と言うのがぴったりの場所になっていた。そして音が鳴り止んだ時、襲撃してきた男達の中で生きているのは、あまりの事態に戦わずに気絶した一人だけだった。僕はその男を一瞥し「此奴を殺せば終わりだ、さっさと殺して指示していた男を追わないと」と思って、獰猛な笑みと共に近づいた。しかし其の時後ろから、小さくとも聞けば無視できない静かな声が待ったを掛けてきた。

 「そいつは殺さないでちょうだい。試したい事があるのよ、ルードル」

 「タマミズキか・・・その様子だと無事な様だな。まあそれほど心配はしてはいなかったが・・・・・」

 「ふふふ、無事では無いわよ。見なさい、ほらこの髪・・・・・」

 その姿を一瞥して内心で安堵する僕に向かって、不愉快そうなタマミズキが髪を一房手に取って見せてきた。しかし僕には何所がおかしいのか全く分からなかった。そんな僕を見たタマミズキは此れだから男はと言いたそうな顔で一睨みすると、辺りを見回してため息を吐いた。

 「はああーー、派手にやったわね・・・。後始末は自分でしなさいよ。其れより此処に居るので全員で良いのかしら?」

 「いや、閉鎖した時に一人敷地の外にいた。臭いは覚えているから此れから後をつける心算だ。狙撃していた奴らの事もあるしな」

 「・・・・・・そう、なら早く行きなさいと言いたい所だけど・・・・貴男、全身真っ赤ね・・・洗ってあげるわ」

 「待て・・・・」

 そう言って目を細めたタマミズキは、制止の言葉を無視して前に見せた水の魔法で、僕の体を容赦なく洗い始めた。

 「ガッ・・・・・・・・ゲホゲホゲホ・・・・・」

 「あら、直哉は気絶したのに、よく気絶しなかったわね。流石魔狼と言った所かしら?」

 水に閉じ込められて回転させられた僕は、朗らかにのたまうタマミズキの姿に軽い殺意が沸き起こるのを止められなかった。そして抗議する様に無言で背を向けて外に向かう僕の心に、タマミズキの楽しそうな声が空々しく響いた。

 「ふふ、文句を言わない・・・いえ、言えないのかしら・・・うふふふふ、あの時に教育した甲斐があったわ。楽しませてもらったから、此処の後始末は私に任せて良いわよ」

 僕は自分の体が反射的にビクリと震えるのを止められ無かった。初めその姿を一瞥した時から、薄々気づいていたが、今のタマミズキはコジャスの背に乗っていた時と同じ雰囲気をしていたのだ。あれから僕の目にも落ち着いている様に見えて居たのだが、今それが間違いだったと気づかされていた。クズハの話を聞いた所為だろうが、タマミズキは悪意に対して敏感になり、過剰に嫌悪や敵意を抱く様になっている様だ。不安定な主の事と言い、此処は僕が確りしないといけないと思い、気を引き締めながら閉鎖空間から外に出た。


 「さてと・・・ルードルは行ったわね。ならまずはこの生きている男から処置しましょうか。うふふふふ、一々尋問するのも面倒だし、脳を理解して作った記憶を植え付ける魔法の反対、理論だけ完成した記憶を奪う魔法を使って見ましょうか・・・・」

 私は気を失った男を冷たく見据えると、自然と出てくる酷薄な笑みを浮かべながら額に手を置いた。其のまま一分、二分、三分と時が経ち、五分になった頃に変化が生まれた。ビクビクと体を痙攣させると、目や耳から血を流して絶命したのだ。

 「・・・・・・はあーー、やっぱり過負荷などがかかってこうなるのね・・・。自分で無理のない範囲で選択してコピーして渡すのと違って、何所から何所までをコピーすれば良いのか分からないのが駄目なのよね。今も襲撃に関わる知識だけを奪う予定だったのに、殆ど関係ない必要ない物まで一緒に得てしまっているわ」

 奪った膨大な知識に頭痛と眩暈を感じた私は、首を振って意識をはっきりさせた。此れも分かっていた事だが、自身の負担もかなりの物だった。これ以上の無理をすれば私も無事ではなかっただろう。

 「ふう、今回の事が上手く行けば研究をしている科学者などと接触し、この魔法でその知識を天狐の為にこっそり奪って妹のタマシズクに残しかったんだけど・・・・・此れじゃあ駄目ね。死なせてしまうのでは直哉に気づかれた時に困るわ。それにこの世界では無名なら兎も角、有名な人物の死はニュースになるみたいだし、やるなら慎重に事を運ばないと・・・・」

 其処まで口にした私は、自身の思考がおかしな方向に向かっている事に気付いた。そして頬を両手で叩いて意識を切り替えようとし、自身に言い聞かせる様に言葉を口にした。

 「・・・・やめやめ、下手な事をしてこの世界で香織に火の粉が飛んだら・・・・私も一族も直哉に殺されるわ。それにタマシズクに残すって・・・・まるで此れから私は力になれないみたいな言い方だわ。・・・・死ぬ訳でもあるまいし・・・・」

 そう口にした私は、しかし心の奥深くでは自覚していた。死ぬ事はないけど、いずれ私はかつての様に暴走する事になるだろうと・・・・・。そして今暴走していないのは、この状況で香織の治療を放置したら・・・・直哉がどう動くかと言う、重しがあるからだけだと・・・・。つまりそれが終わったら・・・・・。

 「ふん、クズハの事を思い出した後で、集団で家を襲う馬鹿共を見たから、神経質になっているのかも知れないわね。こんな男達なんてさっさと見えなくしてしまいしょう」

 忌々しい気持ちで水の鞭を操り、死体を一か所に集めると、私は手慣れた動作で魔分消水を放った。すると水に包まれた死体はすぐに分解されて無くなっていった。

 「ふふ、やっぱり此方の世界の知識は使えるわね。ちょっと認識を変えただけで、本来なら全てを分解する筈の魔分消水が変わったもの」

 そう、消えたのは死体そのものだけで、私の意思通りに銃や服などは全て残っているのだ。私は水の鞭で残った物を全てを集めると、直哉達が見れば何か分かるかもと考えて玄関に叩き込んでおいた。

 「さてと・・・得た知識で此奴らは使い捨ての捨て駒で、碌に説明されていない事は分かったわ。ルードルが少しは情報を得られそうな奴を捕まえてくれないかしらね。此のままだと襲撃者が分からなくなりそうだわ」

 得た知識の中に隠蔽と言う言葉があったので、何かは分からないが裏があるのだろう。私は自分も行くべきだろうか?と考え、魔法でルードルの気配を探ってみた。そしてすぐに眉を顰める事になった。何故なら襲撃者達を追っているはずのルードルが、今もまだ家の前の道路に居るのが分かったからだ。

 「もう何やっているのよ・・・仕方ないわね・・・」

 私は一通りの後始末が済んでいる事を確認し、隔離をといて歩き始めた。


 僕は外に出た瞬間、全く予想していなかった事態に凍り付いていた。なんと今目の前には、一人敷地に入ってこなかった指示していた男の死体があるのだ。頭部に銃創があるので、あの後すぐに銃で自殺したのだろう。そして僕としては家の前に死体があるのを見られるのは不味いのですぐに処置したいのだが、しかし既に間が悪い事に、この前直幸と会っていた女性が其れを見て立ち竦んでいたのだ。

 「あ・あ・あ・あ・あ・・・・・な・ん・・で・・・・死・・ん・・・・・・」

 女性は必死に口をパクパクさせていたものの、真面な言葉は出ていなかった。如何見ても蒼白な顔で動転していた。今魔狼の僕が落ち着かせようと声を掛けたら卒倒間違いなしだったし、直幸の親しい者の様だからこの女性に攻撃をして気絶させる事も躊躇われた。つまり打つ手なしだった。

 「ルードル、何を・・・・・・・」

 「あああ、ひひひ、人が死んで・・・死んだ・・・・わわ、私じゃありませ・・・・」

 タマミズキに見られて、自分が殺したと思われたと思ったのか、女性は頻りに首を振って後ずさっていた。

 「ルードル?」

 怪訝な顔を隠さずに、そっとタマミズキが名を呼んで来た。その声音から言いたい事は伝わってきた。なぜ処置しないのかだ。

 「分かっている。だがあの女性は直幸の親しい女性だと思う。一度会っているのを見た。多分此処には直幸に会いに来たと思われる。後の事を考えれば手荒な事は出来ない」

 「・・・・・・・分かったわ。私が何とかするわ」

 タマミズキが女性を落ち着かせる様な温かみのある笑みを浮かべて、穏やかに話しかけた。

 「私は直幸と沙耶の傍にいる・・・そうね、メイドの様な者です。貴女はどちら様ですか?」

 「ああ、あの、私は直幸様のお母様にお仕えしている者です。あああ、怪しい者ではありません」

 「分かりました。まずは落ち着いてください。そして家にお入りください。すぐに直幸様にお伝えします。それとこの場は此方で何とかしますから、ご安心ください」

 「はは、はい。おおお、お願いします」

 直幸の名を聞いて露骨に安堵した女性は、タマミズキの傍に縋る様に近寄ってきた。タマミズキはそんな女性に問答無用で魔法をかけた。

 「おお、おい」

 「大丈夫、眠らせただけよ。この女性は此のまま家に連れて入るわ」

 優しく女性を受け止めて抱えたタマミズキは、目を細めて厳しい表情で尋ねてきた。

 「ルードル、その男は貴男がやったの?」

 「いや、出た時には死んでいた。自殺だろう」

 「・・・・フーン、ならたぶんこの男は聞かれたくない情報を持っていたのね。しかし機密保持の為に自殺する様な相手か・・・・それならもう今から追っても無駄でしょうね。ルードル、この女性の事もあるし、追うのは中止よ。それからその男の死体を敷地に入れて隠してちょうだい。直哉達に見て貰いましょう。何か分かるかも知れないわ」

 「分かった。先に行っていてくれ」

 タマミズキの去る音を聞きながら、僕は男の死体を敷地に放り投げると、その場の隠ぺい工作をする事になった。此の時僕もタマミズキも、この女性が家まで来る事がよほどの異常事態で、とんでもない大事になるとは知る由もなかった。そして目覚めた女性の話しと、直哉達が彩希様と話す内容が大筋で同じで、同時刻だった事は運命のいたずらと言えるのかも知れなかった。

 多少内容を削ったので1日早く投稿しましたが、次話の投稿は14日以降の予定です。実は今話は本来の構成だと、前話と合わせて一話の予定だったりします。最近構成を弄っていて、次話も分けるか、時間を頂いて長くして一話にするか迷っています。もし遅かったら分けずに長くなっていると思ってください。では皆様、どうか次話もよろしくお願いします。

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