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契約者達と本契約と月の掟

 香織が横に戻って来たのを機に、俺は刺激しない様にそっと穏やかに話しかけた。

 「もう落ち着きましたか?克志さん、美夜さん」

 「ハッ、失礼しました、直哉様。香織様にもお手数をお掛けしました」

 「ふうーー、もう大丈夫です。ですが直哉様、お兄様の解毒薬を投げた事は見逃せません。納得のいく理由を聞かせてください」

 「勿論です、美夜さん」

 調べて知った事の所為か、貴志さんの様子は先程より顔色が悪く、脂汗を浮かべて酷く苦しそうに見えた。俺は一刻も早く治療しないとと思い、厳しい顔の二人に単刀直入に告げる事にした。

 「貴志さんの毒は神経を傷付ける強力な物です。今の貴志さんの場合は負傷と併せて死ぬ可能性すらありますし、死ななくても重度の障害が残って一生寝たきりで過ごす事になるでしょう。そして先程投げた解毒薬は多少症状を和らげるだけで、すでに毒が回って傷付いた神経にはなんの意味もありません」

 克志さんが目を見開いて歯を食い縛り、美夜さんの顔色が今にも倒れそうな土気色になった。そんな二人に鋭い視線を向けた俺は、静かな重みのある声でゆっくりはっきりと提案した。

 「克志さん、美夜さん、今すぐ仮契約では無く、本契約を結んで貰えませんか?」

 「ナッ、こんな時に何を・・・」

 「美夜、黙れ。直哉様、理由をお教え願えませんか?」

 非難の声をあげようとした美夜さんを冷厳な声で遮った克志さんは、鋭い射抜くような視線で俺を見つめてきた。俺はその視線を受け止めて、全ての思いをただ一言に込めて告げた。

 「月の掟」

 一瞬で克志さんの眉間に皺が生まれ、息が詰まる重苦しい雰囲気と重圧が放たれた。俺と克志さんの視線がぶつかり、火花すら飛ばない静かなやり取りが始まった。徐々に克志さんの視線の圧力が増していったけど、俺は断固とした強い意思で視線を逸らさずに見つめ返し続けた。

 「直哉様、今この時にその様な事を言う以上、貴志の現状と何らかの隠されている秘密に関連しているのでしょうな」

 「ああ、その通りだ」

 「先程直哉様は解毒薬は多少とはいえ症状を和らげると言いました。其の解毒薬を投げて破棄した事は、私達の選択肢を無くして強要するとも取れる事にお気づきですか?」

 克志さんの言葉に俺の頬がピクリと引きつった。俺はあの意味の無い解毒薬に激昂して投げただけだが、確かに此の状況では貴志さんの命を盾にして、無理やり契約させようとしているとも取れるのだ。

 「ふむ、顔が強張りましたな。香織様はお怒りにならないのですか?今私は直哉様を侮辱したと思いますが?」

 「今は私が口を挟む場面では無いわ。お兄ちゃんも其れを望んではいないし。其れに克志さんも本気で言っている訳では無いでしょう。顔を見れば其れくらい分かるわ」

 「・・・・・・直哉様、今私は数多くの疑念が心に渦巻いています。そしてその中でも特に大きく抑え込めないのは、貴方様が貴志の症状を正確に把握し、解毒薬が効かない事も確信している事です。それは何故言う事なのでしょうか?私の心の中には、本当は仁吾と裏で繋がっていて、毒の種類も解毒薬も熟知していたのではないか?と言うものまであります。如何かこの点だけでもお答え願えませんか?」

 「・・・・・・・今この場で調べたのだ。方法は貴志さんを治せば自ずと分かる」

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 「お兄様は治るのですか!?なら如何してすぐ治してくださらないのです。まさか見捨てるお積りなのですか?」

 「違う!!俺は見捨てたくなどない!!助けたいんだ!!はあはあ・・・・」

 怒鳴って息を荒げてしまった俺は、深呼吸して心を落ち着け様として失敗した。そんな俺の口からは自然と苦渋に滲んだ声が絞り出された。

 「・・・・・・俺だって本当は無条件で助けたい。だが此れから見せる物は一蓮托生でなければ困るんだ。俺は貴志さんが口にした月の掟の重さを信じて・・・・クッ・・・・」

 また感情を昂らせてかけた俺を、克志さんは静かにジッと見つめていた。そして何を思ったのか美夜さんを視線で制して姿勢を正させると、背を伸ばし腕を組んで俺に重々しい声を掛けてきた。

 「直哉様、貴方様には主となる覚悟が本当におありですか?」

 「ある心算だが?」

 「・・・・私達は直哉様が本契約を結んで正式に主になった時点で、主に相応しい態度と責任を背負って貰う所存です。もし本契約を結べば直哉様が定めた継承者に継承させるその時まで、嫌だと言っても背負い続けなければなりません」

 「ああ、其れは当然だろ。俺はその程度の覚悟を済ませていない様に見えたか?」

 「いえ、その程度の覚悟は済ませている様に見えました。ですがその程度しか覚悟していないのも分かります」

 「・・・・・・・克志さんは何が言いたいんだ?」

 眉を顰めた俺の質問に、克志さんは厳粛な声で心に刻み込む様に告げた。

 「直哉様は勘違いされているのでしょうが、月の掟は本来当主である私だけが結び、それを水無月家全体の本契約とするのです。そして当主以外の水無月に連なる者が月の掟を結ぶ場合、当主とは別の者を主にする事を宣言する為で、水無月家から即座に勘当される事になります。故に水無月に連なる者にとって月の掟は絶対であり、本来は継承も結んだ当主が引退し、新しい当主と新しい主が結ぶ事で行います。つまり月の掟は一度結ぶと死別するまで絶対に解かれる事はありません」

 「ちょっと待て、それは・・・まさか・・・・」

 「はい、お気づきの通り、月の掟を次代の貴志と美夜にまで結ばせるとなると、主が同じなので勘当こそされないものの、水無月家は今後暫く継承する事が出来ません。二人とも結婚はおろか相手すらおらず、孫はまだ一人もいないのです。そして私達三人の主を生涯続けて貰う事になります」

 静かに見つめてくる克志さんの強い視線を受け止めた俺は、想像していた以上に重い月の掟に姿勢を正して二人と視線を合わせた。そして時を掛けて覚悟を確固たるものに固めると、気迫を込めて堂々と答えた。

 「望む所だ。俺が今この時を持って三人と水無月家の全てを背負わせてもらおう。そして俺は隠していた秘密を全て包み隠さず話そう。だから俺を唯一の主と認め、月の掟を結んでもらいたい」

 俺の声を聞いた克志さんは美夜さんと目配せし合うと、両手をついて深く頭を下げた。

 「「今この時を持って月の掟の名の元、誠心誠意お仕えさせて頂きます。そしてすぐにお仕えしなかった事を深くお詫び申し上げます」」

 「二人ともありがとう。此れから長い付き合いになるからよろしく頼む。しかし話すとは言ったものの、まだ碌に何も話さずに隠し事ばかりの俺に、良く速決してくれたな」

 「直哉様はこの状況で嘘をお吐きにならないでしょう。それに先程からの行動と今の言動で、貴志を大切に思っていただけているのと、水無月家の事を真剣に考えてくださったのは十分伝わってきました。医者でもない直哉様がどうやって治すのか分かりませんが、如何か貴志の事をよろしくお願いします」

 「ああ、任せてくれ。そして今後その決断を後悔させないものにする事を主として誓おう。代わりに此れから此処で見るもの全てを、主として他言する事を厳に禁ずる。さあ二人ともよく見ていてくれ。此れが俺達がひた隠しにしていたものだ」

 俺はそう告げると二人が息を殺して見守る中で貴志さんの横まで歩き、脂汗を浮かべて横たわる体に手を向けて魔法を使い始めた。するとすぐに二人が背後で息を呑む気配がした。無理も無い。二人が見守る前で脇腹の傷が見る見るうちに治って消えてしまったのだ。

 「よし傷は消えたな。後は毒の解毒と、傷付いた神経の再生だ」

 無理をして失われた体力に配慮しながら治療を慎重に進め、暫くした時には毒から回復して安らかな寝息をたてる貴志さんがいた。

 「ふう、これで貴志さんの治療は全て完了しました。ですが本来は回復しない毒なので、暫くは重症と言う事で誤魔化しておいてください」

 「ふふふ、お兄ちゃん、二人は聞えてないわよ。後ろを見て」

 一息ついた俺が香織の声に振り向くと、そこにはポカンと開いた口から魂が出ていると言われて、ブンブンと頷いてしまいそうな二人が居た。

 「えーっと・・・・二人とも大丈夫か?」

 声を掛けても全く反応の無い二人に俺は手を叩いてみた。しかし其れでも二人は反応しなかった。困った俺は肩でも揺さぶるかと思って近づこうとしたのだが、香織が肩を掴んでそっと首を振った。治療が終わった今は時間もあるし、そっとしておいた方が良いと考えた様だ。頷いた俺は最初に来た時には気づかなかった茶と茶菓子があるのに気づいて、香織とシグルトとフレイに配って仲良く飲み食いする事にした。

 「うお、この茶菓子美味しいな。何所で売っているんだろ」

 「ふふ、お兄ちゃん気に入ったの?此れは小さい時にお母さんと食べた事があるから知っているわ。よし、今度から家でも用意しようかな?確か老舗の和菓子店で一個一個手作りしているのよ」

 「へえー、手作りなんだ。こっちのお茶とよく合うんだ。まあちょっと僕には苦いけど・・・・」

 「そうかしら?私は苦みもちょうど良い感じですわ。むしろ此方のお菓子の方が・・・・この前買った丸いケーキの方が好きですわね」

 「・・・・・・俺が買わされたケーキか・・・・・痛い出費だったよな、あれは・・・・」

 「ふふふ、ねえお兄ちゃん。今食べている和菓子は一個がそのケーキと同じ位の値段なんだよ」

 「・・・・・・・なに?・・・・馬鹿な・・・・あれはホールだったんだぞ・・・・」

 俺は香織の言葉に冷や汗を掻いて、手に持っていた食べかけの和菓子をマジマジと見つめてしまった。そして俺は此処が彩希さんの私邸だと再認識し、こんな所で抑々の生活水準が違うとまざまざと突き付けられるとは・・・・と、頭を抱えたくなった。

 「あーー、香織。家にはこの菓子はいらないぞ。うんうん、良く考えたら俺はスナック菓子や切り売りのケーキで満足できる男だった」

 「ふふふ、なに焦っているの?お兄ちゃん。心配しなくても私が買うから大丈夫だよ」

 「いやいやいや、それはそれで俺の中の何かがガリガリとだな・・・・・」

 「お兄ちゃんの為だけじゃないわ。・・・・・・久しぶりに食べて当時を思い出して懐かしくなったのよ。ただ一人で食べるのはさみしいからね」

 「・・・・・・分かった。其れが本当なら付き合うよ。でもその時は父さん達の分も用意してくれよ。俺はただでさえ父さんに手料理の事で睨まれてるんだからな」

 「えーー、どうしようかなーーー。ふふふふふ、そうね、お父さんには代金を請求しようかしら。また懲りずに高価なお酒を隠し持っている様だし」

 香織がからかいの混じった声で笑っていると、背後から身構える気配が緊迫感と共に漂ってきた。俺が振り向くとそこには戦慄の表情を浮かべた二人が、シグルトとフレイを直視していた。

 「シグルト?」

 「あーー、うん。直哉が秘密を話すと言ったから、どうせすぐ説明する事になると思ったんだ。だからもう隠れていないんだ。うん、美味しい」

 「おいおい、美味しいじゃないだろが・・・・・」

 俺はこつんとシグルトの頭を突いてから、警戒して身構えている二人を安心させる様に微笑みかけた。シグルトが和菓子に噛り付く姿は俺にとっては微笑ましかったけど、二人にとってはまさに未知の出来事なのだ。

 「ふふふ、二人とも如何したの?何かおかしな者でも見えるのかしら?ねえ、フレイ」

 「香織、人が悪いですわよ」

 香織がからかう様にフレイを肩に乗せて話し掛けて、仲の良さを見せ付けていた。二人は其れを見て先程の治療と相まって目を白黒させて混乱していた。

 「みみ、美夜、私はもう年かも知れん。おかしな光景を見たと思ったら、今度はおかしな者が見えよる」

 「お父様、残念ですが私も香織様が鳥と話している様に見えます」

 盛大に引きつった顔を見合わせて話す二人に、俺は苦笑しながら手招きした。しかし二人はビクッと体を竦めて首を振りたくった。

 「シグルト、がああああと吠えてみるか?今なら面白い反応が見られそうだぞ」

 「直哉・・・・・・僕を何だと思っているんだ。そんな幼稚な事をするはずないんだ」

 シグルトにジトーっとした視線で見つめられた俺は、軽く両手を上げてすぐに降参した。そして顔を真剣なものに改めると、二人を見つめてシグルト達と魔法の事を話し始めた。

 「俺の部屋に現れたシグルトと契約して・・・・・・・・・と言う訳なんだ。これで普段護衛がいらないのと、表に出せないのは分かっただろう。不満はあるだろうが諦めてくれ」

 「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」

 話し掛けた言葉に反応は無かった。どうやら克志さんも美夜さんも知らされた事実に圧倒されているみたいだ。二人は強張った深刻な表情で黙り込んで考えに没頭してしまった。もう俺達の視線すら感じていない様子で、二人には考えを纏めて冷静になる時間が必要なんだろうと思った。俺はシグルト達と苦笑し合うと雑談してのんびり待つ事にした。

 「はは、しかしまあシグルトと契約してから一月も経っていないんだが、こうして語るとほんと色々あった事が分かるな」

 「うん、でも僕は日々充実しているんだ。特に最近はドラグトンの拡張なんかが楽しくなってきたんだ。ロベルト達も良い仕事だと褒めてくれるしね」

 「それは良かったな、シグルト。しかしものは言い様だな。俺は充実と言うより、予定が怒涛の様に積み上がって休む暇も無いって感じだぞ。香織、知ってるか?王様業には残業って言葉が無いんだよ。しかも重要書類だけのはずなのに、信じられない位どっさりあるんだぜ。まさに山だよ山」

 俺が遠い目つきで一日でうんざりさせられた書類の山を思い浮かべていると、手伝えないシグルトが視線を逸らし、香織が何故か面白そうに微笑んだ。

 「へえ、そうなんだ。まあでも私が居なかった時だし、居れば手伝うから少しは楽になるでしょ、お兄ちゃん。そうよ、私が秘書の様に傍に居れば、確りと予定も管理してあげるわ」

 「ははは、気持ちはありがたく貰っておくよ、香織」

 俺は表面上はにこやかに笑いながら内心では、面白そうに笑ったのは此れか・・・管理なんて冗談じゃねえと思っていた。そして俺は警鐘が響くヤバい状況を回避する為に、さり気無く話題を進めてしまう事にした。

 「いやー、本当に残念だけど王の重要書類は、王に委任された王族でないと肩代わりさせられないんだそうだ。ククク、そしてその事を王になった後に、そっと言ってくる外道なリグレス公爵達五大貴族によると、不幸な事に今現在の王族は俺だけになるそうだ。香織は半王族と言う事になったらしい」

 「半王族?」

 「ああ、王妃や王配の連れ子、または扶養中の幼い弟妹などで、現王と血のつながりのない王族に連なる者の事らしい。その場合王妃や王配は王族になるんだが、王位継承権の問題もあるから明確に分けられているそうだ」

 「ふーん、それなら今は仕方無いわね。うーん、でも半王族か・・・・・私は今お兄ちゃんに守られてはいるけど、扶養されてはいないんだけどなーー。うふふふふ、むしろ料理から始まって、私が・・・・・」

 「ストップ、ストップだ、香織。それ以上言われたら俺の心が・・・・・」

 俺は妖しい笑みと共に扶養されているのはお兄ちゃんだと言われては堪らないと思い、嫌な汗を掻きながら必死に声を遮った。すると香織のちょっと不満そうな顔と、訳知り顔のシグルト達の苦笑いが向けられた。先程からどうも話題が良くない方に進んでいた。

 「・・・皆、何も言うなよ」

 「「・・・・・・・・・・」」

 何かに押される様につい声を出してしまった俺は、無言の圧力に晒されて居た堪れなくなった。仕方なく視線を逸らすと、立ち直ったらしい克志さん達が此方をジッと見つめていた事に気付いた。そして俺が気づいた事に気付いた二人は目配せし合うと、すぐに此方から視線を逸らして眠る貴志さんに向けた。初めその視線は俺の目に、回復を安堵している様に見えたのだが、少しすると何かが微妙に変化した様に感じられた。その後克志さんが眉間に皺を作って手をギュッと握る姿も見られ、俺は漂ってくる微妙な雰囲気の変化に嫌な推測に駆られてしまった。そう、時間をかけて考えを纏めて冷静になり、魔法などの異常な力を受け入れられなくなったのかと思ったのだ。

 「主として今一度命じるが、魔法や契約者の存在について受け入れがたくとも、此れは最重要機密として墓場まで持って行ってくれ。目覚めた貴志さんに話すのは良いけど、水無月の者でも他の人には話さないで欲しい」

 「はい、了解いたしました」

 克志さんは予想に反してアッサリと返事をした。俺は拍子抜けしながらも、了解を得られた事には内心でホッとしていた。しかし二人の雰囲気は段々ピリピリする感じになり、俺はもとより香織達まで強く嫌な感じを受けた様だ。そして俺達が警戒する中で克志さんは首を振ってぽつりと言葉を零した。

 「・・・・・しかし魔法ですか・・・・貴志の治療を見たので、嘘で無いのは分かりますが・・・・」

 「ははは、嘘の様に聞こえるだろうが本当だ。ほら此れを見てくれ」

 俺は壊そうと思っていた銃を克志さん目の前で次々と空間にしまっていった。

 「・・・・・・魔法とは便利な物ですな。はあー、私達が普段見咎められない様に武器を持ち運びする苦労が空しくなります。しかも先程の説明では、その時空魔法で和希様の魂を呼び、最近話したなどと言われましたな。・・・魔法の存在を受け入れても、流石に死者と話すなど信じられません。いえ、信じたくないのかも知れません」

 「・・・・和希さんは水無月家の警護については何も言わなかった。呼んだ時も水無月家の事は信頼しているのが窺えた。その証拠もある。其の時にあの言葉も教えて貰ったんだ。香織を守ろうとする俺に、信頼出来ない者に会えとは言わないだろう」

 悲しみと恐れの混じった顔で首を振っていた克志さんの眉間に皺が寄った。其れを見て俺は不味い口が滑ったと焦った。先程は和希さん達と話した事は言ったが、継承の言葉については意図的にぼかしていたのだ。

 「あーー、もしかして掟的にやはり不味かったりするか?」

 観念して恐る恐る尋ねる俺に克志さんは渋面を作ると、何かを振り切る様に首を振って答えてくれた。

 「成る程・・・・薄々感づいてはいましたが、やはりそれで直哉様は知っていたのですな・・・・・・正直申しまして微妙と言わざるを得ませんが、魂とはいえ和希様がご自身の意思で伝えた以上、違法とまでは申しません。まあできますれば、一度和希様と話させて貰い、その御意思を確かめさせて貰えると助かりますが」

 ギラリと目を光らせた克志さんの言葉に、今度は俺が渋面を作る事になった。そして判断に迷いそっとシグルトに目配せすると、すぐに首を振って止めて置いた方が良いと目配せしてきた。

 「あーー、うん、大龍玉を使わないといけない上に魂に負担を掛けるから、其の為だけに呼ぶのもな・・・・。何かの機会があった時に必ず同席させると言う約束で勘弁して貰え無いか?香織も会ったから本物なのは確かだし」

 「・・・・・・仕方ありませんな。ですが約束いたしましたぞ」

 「ああ、約束した」

 俺がピリピリした雰囲気を強めた克志さんと約束して、ピリピリしているのは和希さんと話したと言った事が原因なのか?と首を捻っていると、横から香織と美夜さんの会話が聞こえてきた。

 「もしかして香織様はその・・・・・須王の家を継ぐ心算は無いのですか?」

 「うーん、そうねえ、あまり興味は無いわね。呼び出されたお父さんとお母さんとも話したんだけど、数千年を生きる契約者になった以上、もうお兄ちゃん以外と真面な家庭は作れないでしょう。だから仕方ないと言う事で落ち着いたわ。まあ元から私が他の人と作る心算がないのも原因だけど」

 「そんな・・・・それでは須王は・・・・そしてそれに連なる私達や皆はどうなるのです」

 「うーん、あのね、此れはお母さんに言われてフレイに確認したんだけど、一応子供は普通の子供が生まれるらしいから、お兄ちゃんに頑張ってもらうしかないわね、と言う結論に達したわ。ふふ、さっき王族が一人と言う話をしたばかりだし、此れは沢山生む事になりそうね」

 「おお、おい、何を・・・・」

 「うふふ、沢山生まれれば一人くらい継いでも良いと言う子供がいるでしょ。そしてお父さんの話しだと、その子が当主になるまでは、私の為にお兄ちゃんが頑張るそうよ。何なのか知らないけど、認めたのだから其れくらいは軽くこなすだろうとの事だったわ」

 克志さんが何所となく気の毒そうに見つめてくる中、俺の心の中には表面上にこやかなのに、目が笑っていない和希さんの姿が浮かんで居座っていた。そして其れを横で笑っている香澄さんもだ。しかしあれだ。香織には俺が横に居るのに平然とそんな話題を口にするなと言いたかった。呪の影響もあるのだろうが、普段は絶対に浮かべない、今香織が浮かべている女の表情も、お腹に意味ありげに置いた手も、あまりにも生々し過ぎるのだ。それに俺はまだ子供なんて言葉の出る話題を、話す覚悟も聞く覚悟も出来ていないのだ。

 「それに・・・」

 「香織、ストップだ。それ以上は・・・」

 「おお、お兄ちゃん」

 此れ以上は聞いてられないと慌てて肩に手を置いて制止すると、香織は俺を呼んで真っ赤になってもじもじし始めた。そして此方を上目使いで見て恥じらう香織からは、話題の所為か、そこはかとない色気が感じられて、俺は次に言うべき言葉を飲み込んで固まり、ジッと見つめ合ってしまった。

 「直哉様・・・・・お二人が仲が良いのは分かりましたから、いい加減に離れて貰えませんか?」

 美夜さんの呆れた声にハッとした俺は周囲を見回すと、そこにはジトッとした目つきの皆が苦笑しながら肩に置いた手を見ていた。

 「うお・・・」

 俺が慌てて手を放すと、ニッコリ微笑んだ美夜さんが瞳を冷たく輝かせて話しかけてきた。

 「ふふ、とても仲がいい様で何よりです。香織様は直哉様の為に契約者とやらになられてしまった様ですし、責任をとって須王の血が途絶えない様な配慮はお願いしますね。直哉様が如何考えているのか知りませんが、須王に連なる者は万を超えていますし、関係者も含めるのなら百万ではきかない事を心に刻んでください」

 「ああ、その事なら和希さんからも振る舞いを叩き込まれた時に少し聞いている」

 「聞いている?・・・・・聞いていて其れですか・・・・・・」

 ボソッと呟いた美夜さんがピリピリする雰囲気を強め、心を抉る様な芝居がかった言葉を告げてきた。

 「ああーー、香織様が居なくなったり、次々代の跡取りが生まれなかったら、血で血を洗う骨肉の争いが始まるでしょう。武俊様では須王は纏められませんから、皆は混乱し、路頭に迷い、数多くの悲劇が生まれます。ああ、瞼を閉じれば沢山の幼子が路頭に迷う姿が目に浮かびます。耳を澄ませば、お母さーーーん、お父さーーーんと泣く声が聞こえてきます」

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・何が言いたいんだ」

 「まだ分かりませんか!?ならハッキリ申し上げましょう。今後はあの様な迂闊な真似は決してしないでください。よろしいですね!!」

 「・・・なに?」

 「直哉様!!お判りになりませんか!?美夜が言いたいのは先程の和道様との事です。あのような事は本来、我ら水無月家が対処する事です。今後は皆の安全よりもばれない様に行動願います」

 いきなり真剣な顔になって告げた美夜さんの鋭い言葉に対し、首を傾げ眉を顰めた俺の様子を見て、ピリピリした克志さんも厳しい表情になって告げてきた。その雰囲気はとても硬く、その強い視線は俺の反論を許そうとしないものだった。

 「今後は私達も秘密を隠すのに協力しますが、直哉様と香織様の秘密はばれたら一巻の終わりです。はあーー、私も隠されている秘密が此処まで重たい物と知っていたなら、暴く事はなかったでしょう。・・・例え貴志が寝たきりになったとしてもです」

 「なっ、何を言っている!!正気か!?」

 信じられない言葉に激昂して克志さんに怒鳴る俺に、悲しそうな目をした美夜さんが首を振って告げてきた。

 「私達水無月家は主あってのものです。その主の為に私達が危険を冒すのは当たり前の事で良いのです。ですが逆に主が私達の為に危険を冒す事はあってはなりません。ましてそれがばれただけで致命的な事になるなら、なお更です」

 「美夜の言う通りです。先程の立ち回りは誤魔化しの効くレベルでしたが、其れでももし撃たれていたらどうなっていた事か・・・・・。それに貴志の回復した姿を見聞きすれば、仁吾もすぐにおかしいと気づくはずです。確実にあの手この手で執拗に調べようとするでしょう。その所為でばれるかも知れません」

 二人に厳しく鋭い視線で睨まれた俺が眉を顰め返答できない中で、克志さんの重たい言葉が続いた。

 「今後御二人には常に慎重な対応をお願いします。もしかするとばれても姿を隠すなり、去るなり、魔法で対処すれば良いとお考えなのかもしれませんが、その様な事では困ります。もう主になったのですから、皆の事も考えて頂きたい。先程の美夜の話はお聞きになったでしょう。どうかご自愛ください」

 「そうです。それに私達は主のいない時間を嫌と言う程思い知らされました。あんな時間はもう二度とごめんです。主になったのなら、ご自身の価値をご自覚ください。直哉様は私とも月の掟を結ばれた主なのですよ」

 俺は二人から伝わってくる覚悟と思いに胸を突かれ、すぐに言葉を返せなかった。先程からの二人のピリピリした雰囲気は此れが言いたかったのだ。しかし如何考えても俺には二人が言う様に振る舞う事は不可能だった。だから俺は如何言えば穏便に、二人の思いを傷つけずに切り抜けられるかと眉を顰めて考えた。するとそんな俺を見かねたのか、シグルトとフレイが口を挟んで来た。

 「二人には悪いけど直哉には無理なんだ。助けられる人を助けずにいられるのなら、向こうで王になんてなっていないんだ」

 「ですわね。直哉は先の事を色々考えても、なんだかんだ言いながら目の前の状況にズルズルと流されていますもの。ふふ、今も貴志さんを見捨てられませんでしたしね」

 「おいおい・・・・」

 身も蓋も無い意見に俺はガックリと肩を落とした。思い当たる節は沢山あるのだ。そんな俺の様子を見た香織は慈しむような顔で微笑むと、克志さん達を見つめて穏やかな声で話し掛けた。

 「ふふふ、そこがお兄ちゃんの良い処だよ。ねえ、二人もお兄ちゃんを主にしちゃったんだから諦めてちょうだい。言って聞くなら世話が無いわよ」

 「おいおい、香織。俺をなんだと・・・・・」

 「お兄ちゃん、私に大人しくする様に言って置いて、自分は当主の首を絞めたよね。何か反論ある?」

 「・・・・・・・・・・・・・・・・」

 「ふふ、良い機会だから話すわね。お兄ちゃんはあの時から私を第一に考えて、未来の事も考えて慎重に計画を立てて行動する様になったわ。私はそんなお兄ちゃんも好きだけど、先の事は考えずに今出来る事を全力でやる姿の方が好きだよ」

 「香織・・・・・」

 「今までずっとお兄ちゃんの思いを否定する様に感じて、そっちの方が好きだとは言いたくても言えなかったんだよね。ふふふ、何故か今はすんなり言えたわ。ねえお兄ちゃん、今はフレイも居るし、もう私はこっちで命の危険にさらされる事はないわ。我慢しないでお兄ちゃんの好きにして良いのよ。私は何があっても付いて行くから」

 「・・・・・はあーーー、ありがとな、香織。ならもうちょっと自由に動かせて貰う。さっき香織の祖父の首をきゅっと絞めたばかりで悪いが、今度は祖母の彩希さんや名家の人達をキュキュッと言葉で締めさせて貰う。居づらくなるかも知れないが許してくれるか?」

 「クス、私は家族を大事にしても最後はお兄ちゃんをとるんだよ。だからね・・・・・」

 「じゃあ、俺の思い通りに頑張らせて貰う。それとな、初めは兎も角、今は我慢なんかしていないぞ。色々考えて動くのも其れは其れで楽しいんだ。だからそんなに気にするな。それに何度も言ったけど、香織を守っているのは、俺のやりたい事でもあるんだぞ」

 そう言って香織の頭を撫でで俯かせると、俺は克志さんと美夜さんに真剣な顔で向かい合った。

 「聞いていた通り、俺はこういう男です。先を考えて今を無難に生きられません。今後も変わらず無茶をするでしょう。それでばれてどうにもならなくなり、此方に居られなくなったのなら、向こうに去る前に俺が責任をとって、争ったら全員殺すぞと脅してでも須王を纏め、流血の事態だけは止めます。だから諦めてこのまま支えて貰えませんか?」

 「直哉様、それは・・・・」

 「お願いします、克志さん」

 「・・・・・・・・それが主としての結論なら従いましょう。ですが何かあった時に我らを巻き込まない様になどと考えて、おいて行くのはおやめください。もし去るなら私達は何所へでもお供します。それが月の掟を結ぶと言う事です」

 「そうです、直哉様、香織様。それと今度から私も其方に連れて行ってください」

 美夜さんの言葉に苦渋の表情でしぶしぶ従うと言った克志さんも、期待の籠った視線を向けてきた。如何やら自分も付き添いたいらしかった。

 「其れは・・・・・命の保証が出来ないから駄目だ。今は色々あって美夜さんまで守れないし、大体今はこちらの問題もあるから、出来れば行っている間の両親の護衛をお願いします」

 「そうね、事情を知った二人が護衛してくれれば安心だわ。悪いけど私もお兄ちゃんも、向こうへ不用意に人を連れて行きたくないのよ。私達が異世界の人間だと言うのも一部を除いてばらしていないしね」

 「・・・・・・・・・・どうしても駄目ですか?」

 「駄目だな」

 「駄目よ」

 「僕は直哉が認めない人を転移しないんだ」

 「貴女が何を考えているのか分かりませんけど、魔法を使えないのでは己が身も守れません。それでは足手まといですわ」

 俺達全員から否定された美夜さんは、悔しそうな顔をして俯いた。俺からその表情は髪に隠れて見えなかったけど、このまま大人しく諦めてくれれば良いなと思った。まあ不穏な気配がする様な気がするので、叶わない望みかもしれなかったが・・・・・。

 「直哉、人が近づいて来るんだ」

 「なに!?近づくなと言っていたんだが・・・・いや、時間も経っているから彩希さんの方かな?シグルト、フレイ、姿を隠してくれ」

 「此れは・・・・・」

 「・・・家にもこうやって侵入していたのね・・・・対応を考えなくては・・・・」

 俺の言葉に従って姿を消していくシグルトとフレイを見て、克志さんと美夜さんが目を細めて唸っていた。

 「香織様、直哉様、おいででしょうか」

 「ああ、居るぞ」

 「失礼いたします。武俊様達がお帰りになられました。他の皆様も落ち着かれましたので、話を再開したいと彩希様が仰せです。御出で頂けませんか?もし貴志様のご容態を見る必要があるなら此方の・・・」

 「いや、結構だ。美夜さん貴志さんに付いていてください。克志さんは共に来てください」

 「ハッ、了解しました」

 「お兄様は私が・・・・・」

 貴志さんに誰も近づけるなと言う言外の言葉を察した美夜さんが、真剣な顔で目配せしてきた。俺はそれに微かに頷いてから、香織を左に克志さんを右に従えて一歩前に出た。もう香織の付添いの立場は止めにするのだ。

 「では先導を頼もうか」

 「・・・はい、では参ります」

 一瞬俺の立ち位置に戸惑った様子だったけど、呼びに来た人はすぐに表情を消して先導を始めた。俺はその背を見ながら内心で、彩希さんは自分にどんな価値を認めているのかな?と考え、楽しくなりそうだと不敵な笑みを浮かべていた。・・・・此の時の俺は此れからの話の内容も知らず、それ故に自身の未来への影響も知らず、そして此の時すでに家で騒動が起きている事も知らなかった。

 お読みいただき、ありがとうございました。次話の投稿は7日以降の予定です。次話もよろしくお願いします。

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