契約者達と去った後のそれぞれの人達
直哉が去った部屋では皆がそれぞれの顔色を窺う様になり、物音一つないシーンとした緊迫感に包まれて支配されていた。しかし静かなのはもう一つ重大な原因があった。直哉の一連の行動と最後に見た背中から感じた何かに対する畏怖だ。私自身も認めたくはないが畏怖を感じ、頭に昇っていた血が一瞬で冷えて冷静になってしまっていた。
「母上は直哉の事を最近注目し始めていましたね。何か知っているのですか?なら教えてください」
「・・・・・・・武俊、貴男に言う必要を感じません」
「母上!!先程の直哉の行動は異常です。平然と銃を撃っていたし、須王当主の首を片手で掴んで持ち上げたのですよ。私はあの時一瞬殺すのではないかと思ってしまいました。母上とて顔を蒼白にしていたではないですか」
「そうですね。香織が私を止めなければ、大声をあげて制止していたでしょう」
「でしたらお話しください。最後の背中越しの言葉といい、あれはただの子供の取れる態度ではありません。あれではまるで・・・・」
其処まで口にしかけた私は、周囲の視線を感じて口を噤んだ。そして心の中でだけで呟いた。まさかとは思うが、あれはまだ片鱗だったものの、かつての和希が時折みせた、人の上に立ち人を従えるのが当然と思える威につながるものだったのでは?と・・・・。
「その様に口を噤んでも、母の私には言いたい事は伝わってきます。武俊の考えている事は当たっていますよ。あれは名家の出でも一部しか持ちえない威の前兆です。幼い頃から重責や重圧のかかる日々を送り、上に立って実際に重い命令を出した事がある者だけが、まれに身につける可能性があるのです。幼き頃に武俊にも教えましたね」
母上の内心を見透かす言葉にゾクリと内から震えが走った。今の母上の視線と態度は、まるで私の苦手な内心を見透かす香澄が乗り移ったかの様だった。
「どうかしましたか?武俊」
「いい、いえ、何でもありません」
何とか返事を返したけど、私は今まで微塵も見せなかった母上の姿に、内心では動揺と混乱に見舞われていた。そんな私を面白がる様に見た母上は、薄らと微笑みながら首を傾げて話し掛けてきた。
「ふふ、直哉の威の事は嬉しい誤算でした。其れより武俊、まだ去らないのですか?その様子だと直哉に屈する心算は無いのでしょう。私はこの後の話し合いで十中八九、直哉の側に付きます。そうなれば貴男と私は敵対関係です」
母上の突き放した冷たい言葉に、私は心に冷たい刃が突き刺さった様に感じた。確かに母上に好かれているとは思っていなかったが、こうもはっきり敵だと口にされるとは、流石に思っていなかったのだ。私が顔を強張らせてそっと真意を窺おうとすると、此方を見る母上の視線が険しくなり、早く出て行きなさいと言っているも同然の物になった。そして自然と高まる緊迫感に、周囲の者達は固唾を呑んで見守っていた。
「・・・母上、何故息子の私でも、香澄の娘の香織でもなく、直哉なのですか?直哉に一体何があるのです」
「何度も言わせないでください。私は今の武俊に言う事は何一つありません」
これ以上無いほどの明確な拒絶の言葉に、私はこのままでは目に見えない何かが失われると思い、その思いに押される様に言葉を口にした。
「クッ、母上、昔から私の何が気に入らないのです。ある時から意図的に壁を作って避けているでしょう。母上は私がそれを何とも思っていないと思っているのですか?私は私なりに母上を大切に思い、息子として相応しくあろうとずっと努力してきた心算です。それは直哉に負ける程度の評価しか得られていなかったのですか?だとしたら私は・・・・・」
母上の口元がピクリと動いて、微かに動揺が伝わってきた。目ざとく其れに気付いた私は、今が攻め時だと考えて、ちょうど良い言葉を思い出して口にした。
「此処に来る前直哉に「彩希さんと香澄さん、香澄さんと香織、それぞれの母娘しか知らない事も多々あるんですよ。ふふ、最近よく思うんですが、私達男には分からない女には女だけの繋がりがあって、理解している様でしていない事が多々有るんです」と言われました」
その言葉に母上が眉を顰めたのを目にし、私は内心で上手くいっている様だと思って笑い、畳み掛ける様に話を続けた。
「その後直哉はこうも言いました。語ってくれなければ分かりません。人は言葉を費やさなければ思いを伝える事は出来ません。また相手が伝えようと費やした言葉を確り聞かねば知れません。もしそのどちらもしていないのであれば確実にすれ違っています。そのすれ違いが致命的になる前に行動してくれる事を望みますとね。母上、私達はすれ違っているのでしょうか?それなら今なら私は誠心誠意を持ってお聞きします。至らないところがあれば改めます。どうか母上の思いを語っていただけませんか」
私はそう言って母上の、誰の目にも明らかな程困惑して悩んでいる顔をジッと真剣に見つめた。するとその視線の圧力に負けたのか、母上は俯いて何かを呟き始めた。私は其れを見て母上が語る気になったと思い、有益な情報が聞けるのではと期待した。しかし上げた母上の仮面の様な顔を見て、一瞬でゾッとして失敗を悟らざるを得なかった。今私は何か突いてはいけない藪を突いてしまったのだ。
「ふふふふふふふ、良いでしょう。そんなに理由を知りたいと言うのであれば語りましょう。皆が此れからの事を判断する材料にもなるかも知れませんしね。でも話が終わるまで決して逃がしませんよ、武俊」
ゴクリと息を呑む私に向かい合った母上は、積もり積もった思いを押し殺している事が察せられる目つきで淡々と語り始めた。
「私は自身の結婚が政略結婚だった事は納得しています。私はこれでも須王の娘ですからね。だから夫が前に付き合っていた女性との間に子供がいようと我慢できますし、名家の出でもない夫にとって政略結婚が当たり前では無く、苦渋の選択だった事も察せます。そしてそれ故に後から香澄が私のお腹に居た時に、向こうの女性も妊娠していて流産した事を知っても、知らないふりをしてさほど気にしない様にしてきました。もっとも向こうは無事に生まれた香澄と生んだ私を呪っていた様ですけど」
シーンと静まり返る部屋に母上の声が良く響いていた。そして今見る母上の表情は、私が今まで見た事のない薄ら寒い物で、私の耳には淡々とした声なのに生々しく聞こえていた。
「さて、そんな私でも我慢できない事が一つありました。それは偶に一緒にいる夫に違和感を感じる事です。年々それが大きくなり、そして私は夫が頑なに何かを隠している事に気付いたのです」
「・・・父さんが母上に何かを隠していたと?その・・・もう一人の女性に関わる事なのでは?父さんも母上に・・・」
「黙りなさい、武俊!!」
私の言葉を怒鳴り声で鋭く遮った母上は、白く冷たい凍り付く様な暗い暗い視線を向けてきた。私は不覚にも初めて向けられる視線に、鳥肌を立てて動揺をあらわにしてしまった。母上はそんな私を見て募り募った苦悩をあらわにし、キッと強く睨んでから吐き捨てる様な口調で詰問の言葉を口にした。
「母を馬鹿にするのもいい加減にしなさい。夫だけでは無い、息子のお前も其れを知って隠しているのでしょう。違いますか?」
詰問された私は、母上の言葉に意表を突かれて即答出来なかった。今私の心はまさか気づかれていた?と言う思いで埋め尽くされてしまっていた。そして唐突に先程の香澄を思わせる見透かす母上の姿が思い出され、ゾッとして口が凍りついたように開かなくなっていた。
「武俊、貴男が感じていた壁は其れが理由です。夫はおろか息子にまで隠し事をされた母の胸のうちなど理解出来ないでしょうね。そんな私の苦悩に娘の香澄だけが気づいてくれ、結婚後は和希さんにも相談しながら何時も私を陰から支えてくれていたのです。さあ私に話させたいのなら、武俊も話しなさい。誠心誠意と口にしたでしょう」
母上が硬い表情で見つめてきた。そして周囲も固唾を呑んで見守っていた。しかし私は口を開く事が出来なかった。こんな衆人環視の中で言える事ではないと言う事もあるのだが、心の中がグチャグチャで考えがぐるぐると空回りしていたのだ。一分二分と時が過ぎ、十分を経過した所で母上の顔に失望が浮かんで消えた。そして母上が一度俯いて顔をあげた時には、私を見る視線に強い敵意が乗っていた。
「私は支えてくれた娘の香澄が大切でした。だから私の様にはならない様に、好きな人と幸せになってほしいと思って和希さんとの結婚を後押ししました。その後和希さんも色々手を尽くして調べてくれて感謝していますし、香織が生まれて香澄も幸せそうで、私も母親としてホッとしていました。しかしあの時香澄も和希さんも無残に死にました。何故どうしてこんな事にと思いながら、兄と共に私は香澄の死について必死に調べました。そしておかしな点がある者達を知りました。私はその一人として息子のお前を疑っています」
「ナッ、突然何を言うのですか、母上。まさか私が何かしたとでも言うのですか!?」
「それはお前の心に聞きなさい。一々細かく説明したくもありません。ですがあえて言うのなら、私が調べて分かったあの当時のお前と護衛部隊の行動に、釈然としないものが多々見られたのです。そして当時の状況を考えれば、お前が和希さんを邪魔に思っていた事も明白です。あの当時すでに須王家の次期当主としての権限を七割近く継承していた和希さんは、須王の援助資金の事もあり、企業グループを完全掌握するのも時間の問題だったでしょう。和希さんは名家の者達だけでなく幅広く支持を得ていました。確か其方にいる方たちも和希さんの才覚を認めていたはずです」
母上がギロッと睨み付ける様な視線を向けると、かつて和希に付いていた者達が蒼い顔で頷いていた。
「母上、あの事故では香澄も死んだのですよ。私が実の妹の死を望む男だと言われるのですか!?いくら母上とはいえ、言葉が過ぎるでしょう。それに私が香澄の死に衝撃を受けた事は、その目で見て知っているでしょう」
「ええ、蒼白な顔で震えて今にも倒れそうだった事を覚えています。ですがそれはあくまで香澄の死でしょう。和希さんの死ではない。和希さんは夫を認めない名家の血をひく正当な後継者だったので、お前には目障りだったでしょう。違いますか?」
「・・・・グッ、それは・・・・しかし私は二人を害そうとした事はありません」
「なら隠し事をせずに私の疑念に全て答えなさい」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・去りなさい。これから此処は直哉と香織を中心とした話し合いの場になります。それと私が持っている株式は取引の対価として直哉に譲ります。其の心算で居なさい」
「ナッ、母上それは・・・・・」
「私を殺しますか?今私が死ねば半分は手に入りますよ」
「母上ーーーーー」
激して椅子を蹴倒して立ち上がった私の怒声は、母上の仮面の表情と強く拒絶する雰囲気に撃ち落された。母上は話そうとしない私に、硬く心を閉ざしてしまったのだ。もう今は何を言っても無駄だろう。
「・・・・・・今日はこれで帰ります。ですが私は香澄の死を心の底から悲しんだし、母上の死を願った事などただの一度もありません。其れだけは信じてください」
其れだけ何とか口にした私は、重たい足取りで部屋の入り口に向かった。するとずっと黙っていた武人が心配そうに後をついて来て、その後に私の支持者達が付いて来た。しかしかつて和希に付いていた者達は立ち上がろうとせず、恐る恐る声を掛けてきた。
「武俊様、和希様の事故の時にやましい事は無いのですね。実の母親の彩希様に疑われるのは異常です」
「・・・先程言った事に嘘は無い。それで納得出来なければ好きにしろ」
気持ちがささくれ立っている時の質問が煩わしく、忌々しく思って吐き捨てる様に告げた私の言葉は、突き放す様に冷たく響いた。しかし皆は眉を顰めたものの数人を残して立ち上がってくれた。私が今まで時間を掛けて作った信頼関係はまだ何とか健在だったのだ。
「武俊様、私は和希様だけでなく彩希様とも親しいのです。私の妻がかつて彩希様の所に居ましたから。だから彩希様の疑念に全く答えていない今の武俊様には従えません。如何かご容赦ください」
「私はかつて親しくしていた水無月から流れてきた情報と、武人様と直哉様の今日の態度を見比べて残る事にしました。此れは明確な裏切りだと自覚しています。ですが父が亡くなって若い私が当主の我が家では、家の安定と発展が重要なのです。二十代後半の私の年齢だと、どうしても次世代を考えずにはいられません」
「ナッ、俺が劣ると言うのか!?」
「・・・・・・・・・・・・・・」
怒鳴って睨む付ける武人に、話していた男は視線を合わせない様に俯いて黙り込んだ。そのよそよそしい態度は言葉にはしなかったものの、誰の目にも言いたい事は明白だった。私についてくる為に立ち上がった者達の内の何人かも、眉を顰めて武人から視線を逸らし始めた。その顔ぶれを見ると若手が多く、此れは武人が従わずに動いた所為もあるのだろう。すぐに何とも言えない微妙な雰囲気が漂い、その中で座ったままの一人の男が、侮蔑まじりにはっきりと口にした。
「フッ、なんだなんだ、誰も言わないのか?俺はちゃんと見ていたぞ。武人はあの時銃を見て真っ青な顔で腰を抜かしかけてただろ。しかも父親にすがる様な視線を向けていたな。一体その時何を考えていたんだ?武人様」
「・・・・・・・・・・・・・・」
真っ赤な顔でプルプル震える武人は、何も答えられなかった。私は内心でいきなりの事で仕方ないだろうと考え、武人の肩を叩いて慰めようとした。だが出来なかった。何故なら次の言葉が耳に入り、私の心に冷たく突き刺さったからだ。
「まあ人の上に立つ者で無ければそれでも良いが、上に立つ者なら咄嗟の時ほど率先して判断し、何とかするべきだろ。そういう意味ではあの時素早く動いた直哉様と香織様は、全く動けなかった武俊様や武人様より数段上だろ、違うか?なあ父さんも死にたくなかったら座った方がいいぞ」
「何を言っている、バカ息子!!すぐに立たんか!!いくら彩希様がついても、香織様と直哉だったか?は、まだ子供だぞ。経営など出来るものか!!それにここに居る名家は序列一位から五位まで勢ぞろいで見た目こそ豪華だが、今まで動かなかった奴らが唯々諾々と従うとは限らないんだぞ。分かったら・・・・」
「違う。もう経営が如何とかじゃない。生きるか死ぬかだ、父さん。あの時直哉様は話し掛ける事で、自分に注意をひきつけて銃口を自身に向けさせた。たぶんあれは香織様だけでなく、こちらの安全も考えての行動だろうし、その後の男達への対処も凄かった」
「それは・・・だが・・・」
「父さん、経営の才覚があっても生き延びる才覚があるとは限らないんだよ。それに俺の推測通りなら、咄嗟に体を張って話した事も無い者達を守ろうと動いたと言う事になるんだ。付いて行けば弱小の家も見捨てられる事は無いんじゃないか?これから此処でどんな話が聞けるのか知らないが、どう考えても穏便な話じゃないだろ。父さんは内容が気にならないのか?」
「其れは・・・・・」
「大体、家は過去何度切り捨てられそうになった。それは父さんの方が知っているだろ。俺達はそっちで本当に生き残れるのか?抑々、一二を争うほど早く武俊様についたのに、今も重要な役職についているわけでもないんだぞ。それにこの前会った武人様は、俺に向かって勿論自分に付くんだろうなと言って来たぞ。しかも驚いて即答しなかった俺を嫌な目つきで見て、明らかにそれ以後疑ってきていた。なあ父さん、元々俺達の家は和希様についていたんだ。香織様が立つ時に支えるのも良いんじゃないか?そこまで武俊様にも武人様にも、義理も恩も無いだろ、家は」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
息子の身も蓋も無い言葉に苦悩を浮かべる父親の姿に、そのやり取りを見ていた皆がチラリと不穏な視線で私と武人を見たのが分かった。母上の話を聞いてから雰囲気が微妙ではあったものの、今の会話で伝播したのか加速的に悪くなりつつあった。
「悩んでいるのなら残れ・・・・・・・好きにしろと言った以上、誰も咎める心算はない。だが皆、出来れば私の邪魔はしないで貰いたいものだ。もし立ち塞がって邪魔した時は、裏切り者と断定して容赦する心算は無い。見せしめをかねて徹底的に潰させてもらう。皆行くぞ」
「はい、肝に銘じます」
此のまま見ているのは不味いと思った私が、親子を切り捨てる様に厳しく言い捨てると、初めに口を開いた男が察して目配せをしてきた。そして残る者達を代表するかの様に頭を下げて素早く話を終わらせた。明らかに私を助けたのだろう。私はそのまま顔をあげようとしない男を複雑な気持ちで一瞥してから、全身に注がれる皆のこちらを窺う視線を自覚し、やましい事はないと示す様に胸を張って堂々と部屋を後にした。ただ背中に感じられる母上のジトッとした視線だけが、私の心に波風を立てていた。
「ふうーー、あーーー、ようやく離れられましたね。くははははは、今香織が当主に連れ去られるのは時期尚早と思って邪魔をする心算でしたが・・・・・・・あの直哉君にはまさにいらぬお節介でしたね。くはははは、直哉君には良くも悪くも計画を乱されるものです」
「おい、笑っている場合ではないぞ。予想外の出来事で咄嗟に男達に使う予定の物を使ったから、あの毒には完全な解毒薬はないんだ。解毒薬を使っても神経に重度の麻痺が残って日常生活に支障をきたすんだぞ。何も知らない捨て駒の配下に約束通り解毒薬を持って行かせたけど、今頃はもう気づかれているかも知れん。如何するんだ?」
車で十分な距離まで離れ、一息ついて楽しそうに笑う私に、仁吾が声に苛立ちを込めて睨み付けてきた。私は表情を変えないまま首を傾げ、笑いながら告げた。
「くはははは、それが如何したと言うのですか?今さらでしょう。私が遅れて到着した理由を知っているでしょうに・・・・・。其れを考えれば毒の事がなくとも、二人と敵対するのは必然です」
「・・・・・それはそうだが・・・・そっちは俺達がやったとばれないはずだ。衆人環視の中でやった今回とは違う。水無月家だけなら何とでもなるが、彩希様や序列上位の五家もいたし、何より今日見たあの二人は明らかに異常だぞ。俺は計画が成功してもあの二人が悲しみに暮れて泣き崩れるとは思えないし、今回の毒の事でどんな報復を受けるか分からないんだぞ」
「くはははは、暫くは大丈夫ですよ。もう一つの方は貴方達水無瀬家の一部の力で念入りに偽装し、真っ先にあんな事をしでかした須王のボンクラ当主と源吾を疑う様に誘導しています。それに成功すれば報復どころではありませんし、失敗しても直哉君は今回の報復よりも身内の安全を優先するでしょうから、すぐに動けません。あーー、こうなると遅れてまで準備して向かったのは正解でしたね。くふふふふ、それにしても仁吾が偶然手に入れた情報一つで、こうまで面白くなるとは思いませんでしたよ」
「・・・・・弘嗣、あの情報はお前の言う通り、父に伝えて須王家に報告させたが、元々根も葉も無い噂話と同程度のものだったんだぞ。父に伝える時にもっともらしく整えたとはいえ、何時ばれるか分からないんだ」
「くふふ、もう嘘なら嘘でいいんですよ。目論見通りにこうやって皆が混乱してくれましたから。こうしている間にも付け入る隙が多々生まれています。あーーーー、それにね、もし本当だったらそれはそれで面白いとは思いませんか?火の無い所に煙は立たぬとか、嘘から出た実とも言いますしね」
ニヤニヤ笑う私に、仁吾が眉間に皺を寄せた。たぶん本当に本当だったら如何するのだと考えているのだろう。
「あーーー、仁吾、それは気にしても仕方ありません。それに貴男の話では、直哉君は如何やら何も知らないのでしょう?知っていれば馬の骨呼ばわりされた時の反応が、もう少し違うと言ったではありませんか。くふふふふ、そして知っていそうな両親も如何なる事やら・・・・・・そう言えば報告はまだ入っていないのですか?」
「まだですよ。入っていたら真っ先に伝えています。ちょっと報告が遅いのが気にかかります」
「あーーー、いやに心配性になりましたね。くふふふふ、最後に見た直哉君に気圧されましたか?自分が苦労して習得した様々な技を、くだらない護衛と家の拡大に使って腐らせたくないと言っていたのは嘘ですか?私なら好きなだけ使える場を作ってあげると言ったでしょう。今ようやく大きな場が出来始めたのです。此れからが一番面白くなる所で、仁吾にもその技を存分に振るって貰う心算なのですからね」
「・・・・分かっている。俺と俺に付き従う者達は其の為に弘嗣と手を組んだんだ。親すら裏切って選んだ道だ。今更臆する事は無い」
「そう願いますよ、仁吾。これから嘘か本当かも分からない情報に踊らされて、皆が知らない内に私の手の平で踊るのです。仁吾達の手で、より過激に、より派手に、死ぬまで踊り狂わせてください。私は奴らの真っ赤な真っ赤な真っ赤な色が見たいのです」
ムッとした顔の仁吾を横目に見ながら、私は此れから先の展望に思いを馳せていた。
「お父様、御当主様がお目覚めになりました」
「そうか、分かった。すぐ行こう。・・・・仁吾から何か連絡は会ったか?」
「・・・・・・ありません。お兄様は本格的に袂を分かったと思って良いかと。前々から何かを隠していた様子ですし」
「ふうーーー、ようやく六位になって此れからと言う時に、仁吾は一体何を考えているのだ?」
「さあ?ただ私はお兄様にとって家など如何でも良いのでは?と思っていますけど」
「・・・・・・ふん、それは愛美もだろうが。私は此れから重要人物になりそうな雪城昌信を誑かせとは言ったが、誑かされろなどと言った事は無いぞ。今の愛美は家より男だろうが・・・・」
「おほほほほ、何の事でしょうか、お父様」
わざとらしい誤魔化し笑いを浮かべる愛美を睨み付けながら立ち上がった私は、部屋を足早に出て目覚めた和道様の元に向かった。今日まで序列を上げて家を大きくする為に、和道様に色々犠牲にしながら取り入ったのだ。もう後戻りは出来なかった。私はまた新たに犠牲を出す事を内心で決定し、万が一にも失敗する訳にはいかないと気持ちを引き締めた。
「和道様、源吾です。入りますよ」
「源吾か、入れ」
私が許しを得て中に入ると、そこには軽凝集光銃を我らに渡した男も座っていた。男は此方を見てすぐに頭を下げて礼をしたものの、私はその口元がニヤついていたのを見逃さなかった。
「何が可笑しいのかな?賢司殿」
「いえ自嘲していたのです。水無月の二人とは前日戦って実力を測った心算で居ましたし、あの後血痕も見つけたので無傷でも無かったはずです。だから皆様に銃を渡しただけで良いと判断してしまいました。クク、それがまさか須王の当主が気を失って帰って来るとは・・・・・全く思っていませんでした。申し訳ありません。我らの存在が知られる事になっても付いて行くべきでした」
「グッ、貴様・・・・・・・・・・」
私がお前らは当主を守る事も出来ないのか?と言いたげな賢司の態度に顔を真っ赤にして震えていると、和道様が首を振って庇ってくれた。
「賢司殿、此度の事は私の油断でもあった。其処までにして頂きたい。それに貴男とて実力を測ったと言うが、水無月の二人を取り逃がしたのは厳然たる事実だ。しかもあれだけの装備を持ってしてだ」
「クッ、それは・・・・・・・」
顔を屈辱に歪めてグッと言葉に詰まった賢司殿に、私が内心で溜飲を下げていると、痛みに顔を顰めた和道様が首を擦って告げた。
「ふん、なにより私がやられたのは水無月では無く、全く警戒していなかった直哉と香織の二人だ。二人ともこの首を見てくれ」
私が和道様に言われてジッと注視して首を見ると、そこには後で色が変わると思える痛々しい真っ赤な手形が付いていた。そこから凄まじい力が加わった事が窺え、私は薄ら寒い思いを抱いて自然と自身の首をさすっていた。賢司殿も其れを見てギョッと目を瞠っていた。
「・・・・・・本当に圧し折られるかと思う程の握力だった。あの細腕からとは信じられない程で、真面に抵抗も出来なかった。それにこの針を見ろ。此れは孫の香織が投げた物だが、この針には痛覚を刺激する液体が塗られているそうだ。今別の場所で成分を分析中だが、くらった者の話では拷問用ではないかと言う話だ」
「・・・・・拷問用ですと・・・・・・なな、なかなかユニークなお孫さんをお持ちの様ですね、須王家は。我が主の家では考えられません」
「ふん、愚か者が大人しく引き渡さなかった所為で、あの孫は須王の娘としての教育を幼き頃しか受けていない。元々あれを須王の娘と言うには抵抗があるし、今回の事でその思いは強まった。こんな物を投げる以上、どんな教育を受けたのか知れたものでは無いわ」
針を投げ捨てて憤然とする和道様に、私は何時もの様に追随の言葉を口にした。
「そうですな、和道様。彩希様には失礼ですが、抑々香織様はあっちの血も引いています。全ては彩希様の婚姻が間違っていたのです」
「確かにそうですな。須王の前当主が、新しい血も入れねば濃くなり過ぎて不味いと言って決めた婚姻には、我が主も当時顔を顰めていました」
「ふん、死んだ父が何を思ったかなど、もう知りたくも無い。私は当時からずっと彩希の婚姻は反対だったのだ。何故彩希が名家でも財閥でもない倒産寸前の会社の男などと結婚しなければならないのだ。他に相応しい男は沢山いて、彩希ならいくらでも選べたのだぞ。しかもあの男は他に女を作って子供まで生ませていた。幸せそうでは無い今の彩希を見れば、大失敗だった事は明白だ。それに・・・・」
何時もの様に愚痴を言い始めた和道様の話を聞き流しながら、私は賢司殿の様子を注意深く窺った。するとそこには巧妙に隠しているものの、疑って注意深く見れば伝わってくる確かな嘲りと憐みがあった。やはり内心では須王はもう終わりだと思っているのだろう。
「和道様、あの馬の骨の真偽は如何なっているのですか?」
「まだはっきりしていないが、妖しい点がある事は確かだ。それに八嶋財閥の金城家が動いている事が確認された。そして其れを機に御門家も、ついに重い腰をあげて調査に動き始めた様だ。あの家は自身の血統が外に出る事を好んでいない。フッ、もし直哉がそうで、香織と結ばれたら賢司殿の主もさぞかし困るだろうな。序列二位と三位が繋がるのだからな。八位の外狩とは意味が違い過ぎる」
「・・・・・・・その様な事態は大嵐を招き、周りに不幸をまき散らす事になります。安定した現状維持こそが余計な血が流れない最上の結果でしょう」
「フン、あえて誰にとって最上なのかは聞かないとしよう。今の私には和希と失意の内に死んだ妻の無念を晴らす事が第一だからな。そして其の為に須王が一度ガタガタになろうと構わん。源吾も仁吾の事は諦めろ。そうすれば事が終わった後、源吾が香織と雪城昌信を傀儡として残った須王を好きにしていい」
「はい、仁吾はあれから連絡も寄こしませんので、私ももう完全に切り捨てました。今はむしろさっさと処分して和道様に献上するべきだったと思って居る所です」
「馬鹿を言うな。忌々しい奴らだが、まだ踊って貰わなければならないのだ。ふん、和希の死に関わった俗物達を一人残らず殺すには、全員表舞台に出て来て貰わないとな。出てきた時は約束通り、賢司殿達の手で葬って貰うぞ」
「お任せください。既に警察などにも根回しをしています。もう多少の事が起きても問題ありません。私共は危険の芽が摘めれば良いのです。残った須王にも主が約束通り援助する事でしょう」
内心で嘲笑いながら慇懃に頭を下げる賢司に和道様が満足そうに頷いていた。私は其れを横目に内心で、息子の仁吾を切り捨ててまで進むのだ、必ず此の手に栄光を掴んで見せると意気込んでいた。だから私は此の時、そんな私と賢司殿を一瞥した和道様の視線に、微かに黒い影がちらついた事に気付かなかった。
「お兄ちゃん?怖い顔して如何したの?」
「・・・・・・克志さん、美夜さん、こんな負傷をした貴志さんを連れて来ていたんですか?気づかなかった俺もあれですけど・・・・・クッ・・・・・・」
俺の言葉に眉間に皺を寄せた克志さんが近寄って来た。そして息子の状態を知って絶句してしまった。無理も無いだろう。俺も抱えた時に違和感を感じて服を脱がしてみたのだが、こんな状態だとは夢にも思っても見なかったのだ。貴志さんは脇腹の部分を、たぶん其処にある物と同じ軽凝集光銃で撃たれているのだ。脇腹の肉がごっそり無くなっていて、傷口から血が出ていないのは光線で焼けた所為だった。そうじゃ無ければ出血多量で死んでいたかも知れず、間違いなく安静にしなければならない重傷患者だ。
「お兄様・・・・昨日の夜・・・・当たって・・・・そんな何時・・・・」
美夜さんが顔を真っ蒼にして呆然と呟く中、香織が俺の耳元で囁いて来た。
「お兄ちゃん、普通に助かるの?」
「・・・・・・・・無理をしたから何とも言えない。兎に角今ばれない様に魔法で毒を調べている。その結果と体力次第だな」
「もし駄目なら助けるの?」
ギョッとする俺に香織が真剣な顔で見つめてきた。その視線は俺がどう判断しても良いと告げていた。俺は目を閉じて自身の心に問いかけた。そして数瞬で結論が出てしまった。俺は短い付き合いだが貴志さんを見捨てたくは無かった。それに脇腹の傷は俺の命で調べていた時に負った傷で、あの時動きがおかしかったのは此れの所為だろう。本来は毒攻撃も避けられたはずだ。
「シグルト、フレイ、もしもの時は使う心算だ。そうなればシグルト達の事を話さない訳にはいかない。だから反対するなら・・・・」
「直哉、僕達の事なら心配しなくて良い。此方の世界の知識を得た僕は、科学で転移魔法と同じ事が出来る様になるには遥かな時間がかかると分かるんだ。だからばれた所でファーレノールに逃げれば安全なんだ」
「そうですわね。私達にとって此処は契約相手の世界と言う以上の価値はありませんもの。来れなくなった所で痛くも痒くもありませんわ。其れに先程貴志さんが月の掟とやらを口にしましたわ。真の主になって秘匿せよと命じればこの場は何とかなりますわ」
「・・・・・・・そうだな。ありがと・・・・・・なんだと・・・・・」
話しの途中で毒の成分分析が終わった俺は、その結果に愕然としてしまった。貴志さんの体内の毒は考えていた物より遥かに強い物で、俺達の様な契約者でもなければ回復出来ないと思えるものだった。特に今の負傷している貴志さんには酷い負担になり、最悪の事態も想定されそうだった。
「・・・・・・・・・・・・仁吾」
「お兄ちゃん?」
香織が呼びかけてきた事には気づいていたけど、今の俺には答えられなかった。今の俺は振り払っても振り払っても浮かんでくる仁吾の顔を必死に振り払いながら、込み上げてくる激情を必死に抑え込むので精一杯だった。
「克志さま、解毒薬が届きました」
「入れ、すぐに私に渡せ」
部屋に入って来た男の手には、確かにあの時見た物と同じに見える解毒薬があった。俺は目を細めると克志さんに一直線に向かう男の傍に素早く近寄り、強引に解毒薬を奪い取った。
「直哉様!?」
「何をなさるのですか!?」
克志さんと美夜さんの悲鳴が聞こえる中、俺はすぐに魔法を使って解毒薬を調べ始めた。香織が魔法を隠す為に素早く傍に寄って手元を隠してくれたけど、今の俺は礼を言う事も頭に浮かばずに、ただジッと結果を待った。
「・・・・・これが解毒薬だと?精々症状を和らげるぐらいだろうが・・・・・・やってくれたな仁吾、たとえ口約束でも俺との約束を守らない者がどうなるかその身に教えてやる」
解毒薬をギュッと握りしめてかすれる声で呟いた俺に、聞こえたらしい香織達が事態を察して顔色を変えていた。
「おい、この解毒薬はどうやって手に入れた?」
「・・・・それは・・・・」
「早く答えろ!!」
言いよどむ男に俺が怒鳴ると、ビクリと身を震わせて答え始めた。
「ははは、はい。仁吾の部下を名乗る男が一人で持ってきました」
「今何所にいる?まさか帰したのではないだろうな?」
「いい、いえ、本物か如何か確認が取れるまで部屋に留めています」
「そうか。なら今すぐ此処に連れて来い。俺が仁吾に伝言を頼む」
俺がギロリと睨んで顎をしゃくると、男は弾かれる様に出て行った。突然の成り行きに克志さんと美夜さんが問いたげな表情をしていたが、香織が首を振って今は俺に干渉するなと告げていた。俺がイライラしながら腕を組んで部屋の扉を睨んでいると、ようやく男が別の男を連れてきた。連れられた男は俺を一目見て足を竦ませて立ち止まってしまった。
「おい、お前がこれを持って来たのか?」
「・・・・あ・・ああ・・そそ、そうだ」
「お前はこの薬について詳しいか?」
「いい、いや、俺は持って行けと言われただけだ」
「・・・・・・・・・・・・・・チィ、仁吾め・・・・・・やはりなにも知らない捨て駒か・・・・」
心の中で仁吾に罵声を浴びせて、その評価を更に一段下げた俺は、溜まった思いをぶつける様に解毒薬を力一杯ぶん投げた。ブオンと風を切って飛んで行った解毒薬は、狙い通り男の顔の数センチ横を通って行った。そして背後の壁にぶつかってビシッと音をたてて瓶が砕け散った。
「エッ?アッ?・・・・ヒィ・・・・・」
男は何が起こったのか分からず、背後の壁を見て抉れた穴が開いているのを見てへたり込んだ。俺はそんな男に近づいて頭を掴んで此方を向かせてから、無機質な声で一言一句忘れない様にゆっくりと語りかけた。
「仁吾に一言一句違えず伝えろ。『あんな物は解毒薬じゃない。貴様は俺を本気で怒らせた。口約束だろうと約を違えた以上、絶対に許さん。遺書を書いて首を洗って待っていろ』だ。良いな必ず伝えろ。伝わってなかったら、貴様が遺書を書く破目になるぞ」
俺が濃厚な殺気をまき散らして告げると、男はヒッと悲鳴を上げたまま気絶してしまった。俺は掴んでいた頭を放すと、殺気を抑えて連れて来た男に話し掛けた。
「この男を連れて行ってください。そして人命にかかわる非常事態でもない限り、決して誰もこの部屋には近づかない様に周知徹底させてください」
男は青白い顔でブンブンと頷いて気絶した男を掴むと、一刻も早くこの場を去りたいと言う様に走り去っていった。俺は一度廊下に出て襟首掴んで引きずられていく男を見届けると、中に戻って去った男が慌てて閉め忘れられた扉を確り閉めて振り向いた。すると香織達がすぐに視線を合わせて俺の意思を察し、そっと頷いて近寄って来た。
「お兄ちゃん、魔法で助けるのね」
「ああ、助ける。香織は俺の横に居てくれ。シグルトとフレイは、外に声が漏れないようにしてくれ。ああ、それと部屋に近づく者が居たら教えてくれ」
「分かったんだ。フレイ、僕が外の気配を探るんだ」
「では私が風の魔法で音を遮断しますわ」
俺は数歩前に進んだ所で克志さんと美夜さんに向かい合って止まった。二人は平静を装っているけど、手が震えているのが隠せてなかったのだ。まあそれは仕方が無いだろう。先程の俺は香織の時ほどではないももの、怒りで大分たがが外れていたのだから・・・。
「お兄ちゃん、私が落ち着かせるわ」
「頼む」
俺は香織が二人を落ち着かせるのを待ちながら、秘密を話す覚悟を決めたものの、どの様に話すのが良いかと考えていた。
次話の投稿は29日以降になります。今回はなんとか22日に投稿出来ましたが、今は構成を立て直しつつ書いているので予定がハッキリしません。暫くは・・日以降と書く心算ですが、その日より三日以上遅れるかも知れません。皆様、投稿が安定しませんが、次話もどうかよろしくお願いします。




