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契約者達と顔見せと乱入者

 コの字型の中央に彩希様と武俊さん武人さん弘嗣さんが座って、其処から見て左に名家に連なる人達が序列順に座り、右にそれ以外の人達が座っていた。そして今俺達は二十分もかけたくだらない争いの結果、ようやく何もなかった正面に運ばれてきた椅子に、二人並んで座った所だった。

 「御免なさいね、直哉君。私の配慮が足らなかったわ」

 「いえ、香織の傍に席を用意してくれていた事には感謝しています。それに彩希さんも御自身の顔を潰してまで、そんな事で強硬に反対する者がいるとは思わなかったのでしょうし」

 「そうよ、大体なんで私のお兄ちゃんなのに座ったら駄目なのよ。納得がいかないわ」

 断固とした態度で拒絶を示し、本来用意されていた席に座らずに俺の横に座った香織は、今も頬を膨らませて不満をあらわにしていた。香織の本来の席は彩希さんの近くの生きていたら和希さんと香澄さんが座る様な場所だったのだ。其れは何もおかしくは無いのだが、先も言った様に俺の席がその横に用意されていた事で問題が起きたのだ。まあ後は想像出来るので語るまでも無いだろう。ただ一つ気になるところは、彩希さんが二十分近く粘ってまで俺を用意されていた場所に座らせようとした事と、反対した奴らが香織だけを其処に座らせようとした事だ。

 「香織、もう良いだろ。気にするな。彩希さん遅くなっていますし、早く始めましょう。顔見せとはいえ名乗り合うだけでは無いのでしょう」

 「ええ、勿論そうです。ですけどまずは名乗り合いましょう。初めまして直哉君、私は彩希、香織の母方の祖母です。香織、貴女とは幼い頃に会ったきりですが、覚えていますか?」

 「・・・・この邸宅と共に、うろ覚えですけど覚えています」

 「そう、良かった。では武俊、貴男から順に名乗りなさい」

 「はい、母上。この前会ったばかりだが、私は・・・・・」

 武俊さんに続いて武人さんの名乗りが終わり、今度は気の弱そうなやせ気味の男がボソボソと小さな声で話し始めた。

 「わーー、私は弘嗣です。・・・彩希様の子ではありませんが、あーーー、一応伯父になります。えーーー、よければ覚えて置いてください。えーーと、仕事は・・・今は特に何もしていませんね。今日みたいな集まりだけが・・・・・・」

 俺も香織も読んだので知識としては知っていたが、こうして実際に目にすると、如何返事すれば良いのか分からなかった。こう・・・・そうだな、聞いているだけで生気を吸われたかのように脱力する声と喋り方なのだ。はあ、そうですかと言って、早々に会話を終わりにしたくなるのだ。

 「直哉、隙が出来てるんだ。此の状況で油断するなんておかしいんだ。彼奴は要注意なんだ」

 シグルトがピリピリした警戒心を発して、俺はハッと我に返った。そして内心で「よければ覚えててくださいってなんだよ」とか思って脱力していたのを改め、敵を見る心算になって気を引き締め直した。すると普通なら気づけない程微かにだったが、確かに弘嗣がオヤッと言った顔をした。

 「・・・お兄ちゃん、あれ擬態だね」

 「ああ、シグルトが警告しなかったらヤバかった」

 背中に滲んだ冷たい汗を感じながら、俺はこの警戒感を抱かせない男なら何かをしても、周囲を騙して逃げ延びられるかも知れないと思った。

 「次は私か・・・だが先程話したから必要ないだろう。とばして息子にしてくれ」

 意地悪そうにニヤリと笑いながらの天川貴一さんの声に、横に居た男が苦笑しながら俺に一礼してきた。俺が香織では無い事に戸惑っていると、腹にズシッと響く声で話し始めた。

 「私は天川翔一、最近ようやく父に代わって天川グループの会長になった者だ。それと私は亡き和希と幼馴染だった。だから親友だと和希が言った矢嶋直幸には何度か会った事があるし、その時に息子の直哉の事は話しに聞いた事がある」

 突然の言葉に俺も香織も驚きで固まってしまった。特に俺は父さんから分家筆頭の天川家の長男と知り合いなんて聞いた事が無かったので混乱してしまった。そして此れは帰ったら父さんを問い詰めないといけないと思っていると、翔一さんが場が騒然とする驚きの言葉を発した。

 「ふふ、二人とも驚いている様だけど本題は此処からだ。横に居る父さんは兎も角、私は直哉君を支持しても良いと思っている。だから困った事があったら何時でも頼ってくれて良い。私は何時来ても歓迎するよ」

 「其れはなんの冗談だ!?分家筆頭の天川家を継ぐ者が、香織様ならいざ知らずそんな何所の馬の骨とも分からない者を支持するなど・・・・・そんな無責任な発言は撤回していただきたい。そこの男は即刻叩き出すべきだ」

 血相を変えて机を叩いた源吾が睨み付けながら詰問したのだが、翔一さんはどこ吹く風と言った表情で微笑んでいた。それを見て撤回する気が無い事を悟った源吾は、顔色を変えて彩希様を一瞥すると、何かを押し殺した事を感じさせる低い声を出した。

 「まさか・・・彩希様の命令なのか・・・・天川は彩希様に付くと言うのか?」

 「彩希様?如何言う意味か解らないな。私の理由は先程口にした事が全てだ。あえて付け加えるなら先程の待機室でのやり取りでの直哉君の行動に思う所があったと言って置こうか」

 翔一さんは意味深な笑みを浮かべて水無月家を一瞥すると、俺にわざとらしく目配せしてきた。気づいていると言いたいのだろう。しかし俺達の今の関心事は其処では無かった。

 「お兄ちゃん、今・・・」

 「ああ、動揺した源吾がおかしな事を口走ったな。どうやらやはり彩希さんは俺に用があるらしい」

 俺が確認の為に彩希さんに視線を合わせると、微かに頷いた様な仕草してから俯いて顔を隠した。

 「お兄ちゃん、あれは何かを決意した表情だったよ」

 「ああ、俺もそう思う。如何やら知らない所で、俺の利用価値が跳ね上がっているらしい。参ったな。今日の主賓は香織だけで俺はオマケだと思っていたんだが・・・・・・」

 俺が予想外の出来事の連続に心底から驚きに包まれていると、ポンポンとシグルトに肩を叩かれた。

 「直哉、あっちに鬼の様な形相で睨んでいる人が居るんだ。僕は怖いから一声かけておいた方が良いと思うんだ。あれは確実に直哉が水無月家の時の様に天川家の事を隠していたと思っているんだ」

 「シグルトの言う通りですわ。此のままだとさっき直哉が話した事も、油断させる為だと思われてしまいますわ」

 シグルトとフレイの言葉に押される様に、俺は彩希さんを見た時に視界に入っていたものの、ヤバいと思って避けていた此方を睨み付ける視線と視線を合わせた。すると俺はその一瞬でゾクゾクして鳥肌が立ってしまい、開こうとした口もカラカラに渇いて声を出す事が出来なくなってしまった。そしてそんな俺を見た武俊さんは獲物を前にした肉食獣の様な獰猛な笑みを浮かべて口を開いた。

 「ククククク、本当に最近のお前は面白いな。何を仕出かすか全く推測出来ない。まさか天川家とのつながりがあるとは夢にも思わなかった」

 その声は一瞬で場の雰囲気を凍り付かせ、ざわついていた皆の口を閉じさせた。源吾ですら毒気を抜かれた様に押し黙り、俺の背には大量の冷や汗が流れ落ちた。

 「なあ、直哉。私はお前がグループ企業を手に入れると言った時に、まさか此処まで準備しているとは考えていなかったよ。天川すら取り込まれているのなら、あの時言った和希に仕えていた者達も水面下では既に交渉済みなのか?ここまで用意の良いお前の事だ、あの時私に告げたのも警戒させてから接触していない事を確かめさせて、今この時まで安心させて油断させる心算だったんじゃないのか?それでこれから奴らも次々と支持を表明するのかな?いやいや、それとも奴らは天川という本命を隠す為の囮か?いやいやいや、それとも他にも居るのか?まさか武人も?クッ、先程話した時にもう動いたから必要ないとは此の事か!?」

 翔一さんの発言で本当にグループ企業を奪われるかも知れないと危機感を持った武俊さんは、尋常じゃない雰囲気をまき散らして俺や前に匂わせた人達、果ては己が息子までねめつけた。息子まで疑う姿は焦りと怒りの大きさを物語っていて、俺の返答を待つ今も小声でブツブツとなにかを呟く姿は、近寄り難いなんてものじゃなかった。俺としては今すぐ事実無根の事で邪推のし過ぎだと言いたいのだが、ハッキリ言って今の武俊さんに話し掛けたら穏便に済むとは思えなかった。

 「おお、お待ちください。私達は問われる前も後も香織様達とは接触していません」

 「そそそ、そうです。私などは直哉と言う名の義兄を名乗る男が居る事も今知ったのです」

 「私は当時も和希様の才覚に従ったのです。今もその考え方は変わりません。和希様亡き後、武俊様にもっとも才覚を感じたから従っているのです。いくら和希様の娘とはいえ、才覚も分からぬ子供に従ったりは致しません」

 「おお、おい父さん、俺は息子だぞ。裏切るわけないだろ。冷静になってくれ」

 ねめつけられた者達が泡を食った様にまくしたてるのを聞きながら、俺は内心でこの予想もしていなかった混沌とした状況に考えをめぐらせて自嘲してしまった。どう転んでも来る前に考えていた俺の望む結果は得られないのだ。

 「何を笑っている!?直哉!!」

 武俊さんの叫び声で我に返った俺は、周囲の視線が自分に集まっている事に気付いた。如何やら自嘲を嘲笑ととられた様で、見回した周りの視線は困惑や疑念、そして敵意で一杯になっていた。

 「失礼しました。あまりにも予想外の事態ばかり起きるので自嘲していたのです。皆を笑ったわけではありません。あーー、香織」

 「好きにして良いよ、お兄ちゃん。その昔に戻った様な目を見れば分かるし」

 「・・・・そうか、じゃあ受け取ってくれ」

 俺はスーツの上着を脱いで手渡すと、ガラリと雰囲気を威圧的なものに一変させた。もう俺の頭の中には「顔見せは所詮前哨戦だから穏便に済ませてしまおう」と言う考えは微塵も無くなっていたのだ。何故か瞳を輝かせた香織の視線を顔に感じながら、俺はこちらの変化に付いて来られず驚く皆に毅然と告げた。

 「まず武俊さん、くだらない邪推は止めてください。時間の無駄です。信じようと信じなかろうと如何でも良いですが、俺は今この時まで天川翔一が父さんと会った事があるとは知りませんでした。だから手を貸して貰えるとは全く思っていませんでした。ふふ、俺は此処ではほぼ孤立無援の状態だと思っていたぐらいですよ。事前に天川の協力を得られていたのならもっと上手くやれます」

 「・・・・・其れを信じろと?」

 「フッ、だから如何でも良いと言っているでしょう。俺は本当に翔一さんが手を貸してくれるのなら有効な手駒として使わせて貰うだけです」

 手駒と言い切った俺に皆が絶句する中、言われた翔一さんが苦笑すると、親の貴一さんが面白そうに笑い始めた。

 「ははは、翔一。天川の手駒になる心算は無い、お前を手駒にしてやると宣言されたな。如何するんだ?手駒になるのか?」

 「ふふ、流石に手駒は勘弁してほしいかな。私としては後ろ盾になる心算だったんだけど・・・」

 前髪をいじりながら俺の様子を窺ってくる翔一さんに、俺は微笑みながらも硬い声で告げた。

 「俺と香織に最終的な決定権が無いなら支持されても困ります。一々翔一さんの顔色を窺わなければならないのなら、これからを考えれば足かせにしかなりません」

 「これから?直哉君は何をする心算なんだい?私はてっきり君は香織様を守れれば其れで良いと思っていたんだが?」

 「ええ、そうですよ。俺は香織を守れれば其れで良い。だから其の為の行動に妥協はありません。何か勘違いしている様ですが、俺の予想通りなら此れからくる大嵐は、天川と言う大船でもかじ取りを間違えると沈むものですよ」

 目を瞬かせる翔一さんに真剣な顔を向けて嘘では無いと示していると、横から大きな笑い声が響いて来た。

 「ははははははははは、真剣な顔をして何を言うのかと思えば、そんな事があるものか」

 「確か直哉と言ったな。同じ須王の分家とはいえ、天川家は我ら他の分家とは格が違うのだぞ。天川が沈むような事態になれば須王そのものも無事では済むまい。その事を分かっていないのではないか?」

 「いえ、ちゃんと分かっていますよ。序列十番代の天川に連なるお二方。さて俺の言った事は間違っていますか?彩希様」

 突然話を振られた彩希様は即答せず、目を瞑って眉間に皺を寄せて考え込んだ。そしてそのまま五分近く経ち、皆がその様子に不安を感じて固唾を呑む中、絞り出す様な声を出して質問してきた。

 「・・・・・・・・・・・・・何故そう思うのです。根拠はあるのですか?」

 「まず俺が言えるのは、此処は彩希様の私的な場所で、此処には何故須王家の当主がいないのか?と言う事ですかね」

 「はははははははは、知らないのか?御当主様は認知症の症状が出ていて、大事を取っているのだ。ここ何年かは妹の彩希様が話し合った事を後で伝えに行くのだ」

 「それは俺も知っていますよ。でも抑々本当に認知症なんですか?」

 ピクリと微かに体を震わせた彩希さんに、俺は香織に手紙を出させて見せ付けながら、畳み掛ける様に語りかけた。

 「もう彩希様が隠す必要は無いのではありませんか?この手紙の時とこの顔見せをする事を決めた時、そして三日前に話した時で事態も関係も目まぐるしく変わっているのではないですか?」

 ハッと俺を見つめてくる彩希さんに、俺は微笑みかけながら告げた。

 「今この場にこの話を理解出来る者が紛れ込んでいるのも分かります。だから詳しい事を言い難いのかも知れませんが、彩希様が俺に何らかの利用価値を見ている事も今日此の場に来て理解しました。お互い腹を割って話しませんか?」

 「・・・・・・良いでしょう、元々その心算でした。此の顔見せが終わった後、其のまま残ってください」

 「彩希さん、お言葉ですが顔見せはもう良いでしょう。此処まで場が荒れましたし、皆は香織の顔を見れたのですからもう必要ないと思います。元々この顔見せは彩希さんが俺達を呼ぶ建前なのでしょう?」

 「直哉、今の発言はお集まりくださった皆様に失礼です。撤回なさい」

 「失礼は重々承知しています。この通り皆様には頭を下げましょう。ですが・・・」

 頭を下げ終わった俺が言葉を続けようとした時、突然外が騒がしくなってきた。ドタドタと響く荒い足音と制止する人の声と何かを殴った様な音が聞こえたのだ。

 「シグルト、フレイ」

 「分かってるんだ。この場に居る者の警戒と安全は任されたんだ」

 「・・・足音から判断して二十人程度ですわ」

 「分かった。香織はやり過ぎると困るから大人しくしていてくれ」

 「お兄ちゃん・・・・・・」

 ジトーっとした目つきで見つめてくる香織に俺が肩を竦めていると、背後の扉がバンと音をたてて開かれた。俺が強い殺気を感じて其方を見ると、そこには強い意思で瞳をぎらつかせた老人?と、明らかに訓練を積んだと思われる男達がいた。

 「おう彩希、来てやったぞ」

 「お兄様、何故此処に・・・・・」

 「ははは、此処での話の進み具合が、三日前に話した内容と違い過ぎるのでな。彩希は私に直哉を排除すると約束したはずだな。なのに先程からのお前の言葉は何なんだ?」

 「如何して内容を・・・・・」

 「ハッ、そんな事決まっている。源吾に持たせてたんだよ」

 源吾が立ち上がりながら、胸元のポケットから三センチ程度の板状のものを取り出した。話の流れから言って盗聴器なのだろう。そこまですると思っていなかったらしい彩希さんが絶句する中、これのどこが認知症の老人だと言いたくなる覇気を纏い、じわじわと締め付ける様な口調で話し始めた。

 「ハッ、まさかこの所の行動の変化に気づかれていないと思っていたわけじゃないだろ?彩希も。しかし驚いたぜ。私は手紙の事も聞いていなかったんだからな。よく私に気付かせなかったと褒めてやる。だが彩希、表面上とはいえ友好を演じたのが裏目に出たな。ここの奴らも私が仲の良い兄だから口が軽くなっていたぜ。一つ一つは意味のない事でもつなぎ合わせれば行動は読めるんだよ。それに今も私の顔を見ただけで、あっさり門を開けて通してくれたしな。もっとも途中で傍に居る男達の物々しさに気づいて止めようと抵抗してきたが・・・・・あーーそうだ、一人だけ手強いのがいたんで負傷させちまった」

 「・・・・・お兄様・・・・・・直哉、香織が目的です。すぐに逃げ・・・」

 「おっと、そうはいかない」

 手をササッと振ったのを合図に、周囲の男達が懐から銃?を取り出して構えた。

 「軽凝集光銃です。香織様、直哉様、此方に・・・」

 「おっと皆、特に水無月の娘は動くなよ。私も無駄に撃ちたくはない」

 男達が真っ先に大声を出して香織の傍に駆け寄ろうとした美夜さんに気をとられ、銃を向けて釘を刺している隙に、俺は素早く立ち上がって香織を背に庇うと、此方に注意をひく様に話し掛けた。

 「おい、何が目的なんだ爺」

 「爺だと?」

 「生憎とこんな事をする野蛮な爺の名前なんて知らないんでね。元々認知症じゃ無いと考えて疑っていたけど・・・はは、これじゃあ別の意味で精神病院に行くべきだろ」

 ギロリと睨んでくる爺に、俺はやれやれと言った感じで肩を竦めて、ニヤリと挑発する様に笑って告げた。すると爺は手を振って俺に銃口を向ける様に指示してから鼻息荒く恫喝してきた。

 「ふん、此の状況で口の減らない小僧だな。この軽凝集光銃が目に入らんか?撃てないと思っているのなら大間違いだぞ。香織についている悪い虫のお前は元々排除対象だ。一般人の小僧には分からんだろうが、お前一人を闇に葬るぐらいは出来るのだぞ」

 「おいおい、初対面で随分な言われ様だな。ククク、俺にそんな態度をとると孫娘に嫌われるぞ」

 「クスクス、お兄ちゃん、もう手遅れだから。私の中でたった今祖父の評価は地に落ちたわ」

 銃口に囲まれた状態で平然と笑いながら会話する俺達の姿に、周囲の突然の事態に付いて行けない者や、恐怖に腰を抜かす者、震える者、逃げようとする者、事態に対処しようとする者など、皆が信じられないものを見たと言いたげに行動を止めて唖然と見つめてきていた。まあ一番年下のはずの俺達が危険などないと言いたげな雰囲気を発していればこうなるのも当然と言えた。

 「まさかたかが銃を向けた位で、俺達が恐怖に震えるとでも思いましたか?だとしたら舐め過ぎです。ふふ、初めまして俺の名は矢嶋直哉です。香織の傍にいる者として覚えて置いてください。さて、貴男もいい加減に名乗ったらどうですか?」

 嘲笑混じりの言葉から一転して和希さんに鍛えられた仕草で優雅に一礼して名乗る俺に、爺は忌々しそうに舌打ちした。

 「チィ、私の名は須王和道で香織の実の祖父だ。分かったら其処を退け、小僧」

 「ふん、小僧じゃない、直哉だって名乗っただろ。それにこの状況で退けると思うのか?香織を如何する心算だ」

 「なに、香織には本来居るべき場所に帰って来て貰うだけだ。須王香織としてな」

 「ハッ、それでそっちの雪城昌信と結婚させるのか?」

 「ほう、よく知っているな。水無月か武俊からでも聞いたか?」

 「ああ、武俊さんから聞いたよ。ついでに名家の奴らが香織をさらおうとしているとも聞いていた。てっきり水無瀬家が独自に動いているんだと思っていたんだが、まさか和道さんが命じていたとは思わなかったよ。実の孫に対して何やっているんだ?和希さんが見たら嘆くぞ」

 「煩い、小僧が親の私の前で和希の名をしたり顔で使うな。大体小僧の親が強情だからこんな事をしているのだぞ。私は再三にわたって香織を帰せと命令したのだ。其れを和希達に頼まれた、和希達の最後の意思を尊重するなどと言って突っぱね続けたのだ」

 俺が初めて聞く話に顔を顰めていると、香織が不安になったのか服を掴んで来た。俺は小さな声で大丈夫だと言って安心させると、胸を張って堂々と告げた。

 「俺にとって初めて聞く話しで驚きだが、家の親がそうしたのなら間違ってはいないと信じられる。大体、香織は須王の家に帰りたいか?」

 「冗談でしょう、お兄ちゃん。私が帰る家はお兄ちゃんの居る家だよ。それに須王の家って言ったって両親と住んで居た場所じゃないんだよ。両親の家は私が相続して、ちゃんと管理しているんだから。それにあっちの訳の分かんない男と結婚とかありえないわ。お父さんとお母さんの許可を取ってから出直してきてほしいわね。まあ許可されるなんてありえないけど」

 香織の白く冷たい視線に晒された雪城昌信は顔を強張らせ、其れを見た愛美が憎々しげに睨み付けてきた。

 「愛美さんそんなに睨む程好きなのなら応援するわよ。御二人なら分相応でお似合いだし」

 睨んだのにお似合いだと言われて戸惑う愛美と違い、暗に分不相応と言われた昌信は俺を睨み付けて口を開いた。

 「まさかとは思いますが、そこにいる馬の骨が須王香織と相応だなどとは言いませんよね。貴女の両親とて生きていれば其処まで愚かな事は認めないでしょう」

 「さあ如何かしら?うふふふふふふ」

 先頃話して俺が認められた事を知っている香織の余裕の満面の笑みに、何かあると察せない者はいなかった。すぐに皆の疑惑の視線が全身に痛い程突き刺さってきた。そして特に傍にいる者?と呟いた和道さんの視線は一気に険しくなり、殺気が明確な殺意に変わったのが分かった。

 「まさか・・・・・チィ、撃て、撃って殺・・・」

 俺は言い終わる前に座っていた椅子を蹴飛ばすと、和道さんに向かって一気に距離を詰めながら叫んだ。

 「皆撃たれて死にたくなかったら動くな。香織、彩希さんを。水無月は水無瀬を牽制しろ」

 「ガッ・・・貴様」

 俺の声が消えた時には正面に居た男に椅子が直撃していた。俺はふら付きながらも銃を構える男の懐に跳び込んで周囲への盾にしながら、銃を持った腕を左手で掴んで右手で銃を奪うと、用無しとばかりに右側にいる男に向かって投げ飛ばした。

 「こっちで銃を使う事になるとは・・・・・」

 ボソッと呟いた俺は手にした銃を男達に向けて引き金を引いた。しかし何の訓練もしていない俺の銃は見当違いの方向に放たれて、男達の横を通って壁をジュッと焦がすだけに終わってしまった。

 「こいつ躊躇無く討ちやがった。本当にただの学生か?全員油断せずに迎撃しろ」

 「了解、小僧悪く思うなよ。これも仕事何でな」

 進路上に立ち塞がっている男達が一斉に軽凝集光銃を構えた。その動作は機敏で、流石はプロだなと思わせるものだった。俺は複数の銃口に狙われている状況になり、一瞬判断に迷いが生まれた。かわすのは簡単なのだが、一つ二つなら兎も角、複数の光線をかわす姿を見られるのは、普通ではないとばらすのも同然なのだ。

 「動きが鈍った、今だ、撃て」

 手に持った軽凝集光銃を牽制に撃ちながら、俺は光った銃口を目で確認しながら、右へ左へとステップして交わした。

 「なんだと?馬鹿な・・・・三つの射線を全てかわしたと言うのか?クッ、化け物め。おいお前ら何故撃たなかった。お前らが・・・」

 「すす、すいません。射線上に香織様が身を投じられたのです。あのまま撃てば目標に当たった後貫通し、香織様まで巻き込まれます」

 「何だと・・・・・ぐああああ」

 「お兄ちゃん、今だよ」

 「良くやった香織。クッ、一応相手の銃を狙って撃っているんだが・・・・・使えねえな。ならこうしてやる」

 男達の一部が苦痛の声を上げながら、手などを抑えてうずくまったのを見て事態を察した俺は、香織に返事をしながら一向に当たらない銃に見切りをつけて力一杯投げ付けた。ゴウッと風を割いて飛んで行った銃は、今度は狙い誤らずドガッと音たてて邪魔な男の腹に直撃した。

 「がはっ・・・・・・」

 「ようやく銃が役に立ったな。チィ、魔法はある程度の感覚で確り照準がつくからな・・・」

 舌打ちしながらボソリと言い訳すると、俺はそのまま崩れ落ちる男に突っ込んだ。そしてその腕を掴んで今度は左側に投げると、ようやく和道さんへ一足飛びの距離にまで近づけた。此処までかかった時間は一分程度だと思われた。至近で俺と和道さんの視線がぶつかり、此方にまで驚愕が伝わってきた。

 「行かせるもの・・・・・」

 「邪魔だ退け」

 「がああああ・・・・・・・」

 指揮していた男が必死に間に跳び込んで来たけど、俺は即座に拳を頬と腹に叩き込んで鎧袖一触で蹴散らした。そしてそのまま和道さんの懐に跳び込んで、その細首を右手で掴んで持ち上げた。

 「ガッ・・・ガガッ・・・・・はな・・・・・」

 「大人しくしろ。力加減をミスって折れても知らないぞ」

 俺は息が出来なくてもがく和道さんに冷たく告げると、良く見える様に頭上に高く掲げながら周囲の人々に怒鳴った。

 「全員動くな!!これを見ろ!!」

 俺の声を聞いた人達は此方を見て事態を察し、ピタリと動きを止めた。途端にシーンと静まり返る部屋の中で、和道さんのじたばたとあがく音だけが異様に大きく聞こえていた。

 「銃を持っている者は床に置いて部屋から出ろ」

 「・・・・・・先に和道様を下ろせ」

 「そうだぞ。誰になにをしているか理解しているのか下郎。今すぐ・・・」

 「黙れ。誰に何をしたのか分かっていないのはお前達の方だ。香織の意思を無視しようとした事だけでも許し難いのに、此方に危害を加えようとまでした以上、俺的には本来なら万死に値するんだ。香織の祖父で和希さんの父親だから、我慢してまだ生かしてやっているんだぞ。ほらさっさと銃を捨てないからグッタリし始めたぞ」

 俺の発言通り抵抗が弱まっているのが傍目にも分かり、男達は慌てて銃をその場に捨てて部屋から出て行った。源吾が怒気を発して睨み付け、蒼白な顔の彩希さんが香織に宥められる中、俺は淡々とした声で命じた。

 「美夜さん床の銃を回収して香織の傍に控えてください」

 ビクッと震えた美夜さんが微かな声で返事をして銃を回収していった。そして香織の元に向かったのを確認してホッとした時だった。視界の隅でそっと動く人を確認した。

 「まて、動くな弘嗣」

 俺が誰何の声を発して皆の注意がそちらに集中した時、弘嗣が目配せをしたのが分かった。誰に?と思って其方を向いた俺は、目にした光景に焦りながら叫んだ。

 「貴志さん、避けろ」

 「なに?ガッ・・・・・・・・」

 皆の気が逸れた一瞬の出来事だった。機を窺っていた仁吾が刃物を取り出して斬りつけたのだ。貴志さんは事態を察してかわそうとしたのだがかわせず、上腕を抉る様に刺されてしまった。俺の目には途中で動きが遅くなった様に見え、其れさえなければかわせた様に思えた。

 「・・・・この位で・・・・ガッ・・・ガガッ・・・・・・」

 膝をついた貴志さんが立ち上がろうとして、体を痙攣させて床に沈むのが見えた。そして仁吾は懐から小瓶を取り出して掲げて大声を上げた。

 「動くな。此れは解毒薬だ。此の毒はこの薬でしか解毒出来ない」

 「てめえら・・・・・・・・・」

 俺の低く唸る様な声にニヤリと嗤った仁吾は、弘嗣に目配せして入り口に向かって歩き始めた。それに水無瀬家の一部と弘嗣の仲間らしい奴らが追随して、部屋の外から新たに現れた男達と合流した。

 「如何言う事だ?お前達は・・・・・・・・」

 「あーーー、ああ、違いますよ。えーーーと、私達と其方の須王家当主達は別です。そーーですね、軽凝集光銃を突きつける当主も、それを制圧する貴男も怖いので安全に離脱する為にした事です。うんうん、言わば緊急避難と言うやつですよ」

 「・・・毒まで使ってか?はは、現れた男たちといい随分と用意が良いな。この事を知っていたのか?それとも何時も毒を持っているのか?」

 わざとらしく身を震わせてのんびりと語る弘嗣に、俺は皮肉まじりの問いを発した。しかし弘嗣は全く態度を変えずに名乗った時の様な生気を奪われそうな声で答えた。

 「あーーー、ご想像にお任せしますよ。ではではでは、私達はこれで失礼。仁吾、行きますよ」

 「はい。解毒薬は無事に離脱した後にお送りしますよ。ではさようなら皆さん」

 事此処に至って見ると、弘嗣の異常さは際立っていた。もう隠す心算も無いのだろうが、俺には今までに無いタイプの悍ましさが感じられた。此の男なら目の前に惨殺死体があっても、今と変わらない態度だと思えたのだ。

 「まま、待て、仁吾。親の私をおいて行くのではあるまいな。此処には愛美も居るのだぞ」

 「・・・・・・ふう、失敗したのなら自分で何とかして欲しいのですが・・・・」

 仁吾が困惑した様子で弘嗣を見つめた。弘嗣は暫し考えると、愛想笑いを浮かべながら軽い口調で語りかけてきた。

 「仕方ありませんね。直哉君、悪いのですが御当主様を放して貰えますか?そしてこの場は見逃してあげてください。貴男にとって貴志さんの命より優先するものではないでしょう?勿論、香織様には手を出しませんし、出させません」

 俺は弘嗣の顔色から意図を探ろうとした。しかし伝わって来たのは、俺が何所までの要求なら呑むのか分かっていますよと言いたげな雰囲気だけで、真意は仮面の様な愛想笑いに隠されて全く窺えなかった。

 「・・・・・分かった連れて行け。貴志さんの命の方が大事だ」

 俺は既に落ちている和道さんを床に下ろすと後ろに下がった。するとすぐに源吾達が近づいて来て状態を確認して部屋の外に連れて行った。

 「さて香織様、我らと共にまいりませんか?今回は失敗に終わりましたが、次も・・・」

 「黙れ、源吾。見逃してやっているんだと言う事を忘れるな。美夜さん、銃を一つ投げてくれ」

 美夜が集められた銃の一つを投げてきた。俺は受け取ってから源吾と皆に見える様に両手で持つと、銃身に膝蹴りを放って粉砕した。バラバラなって飛び散る部品の一部は、源吾の方まで飛んでいってぶつかった。しかし源吾は目を見開いたままピクリとも動かなかった。今俺がした事は普通なら絶対にあり得ない事だから自失しているのだ。抑々軽とついているものの、凝集光銃は最先端技術の粋を尽くして作られた、軍用銃で頑丈なものなのだ。もう一度あえて言おう。絶対に生身だけで破壊出来るはずが無いのだ。

 「和道と源吾とそれに付き従う者達、弘嗣と仁吾とそれに付き従う者達に告げる。今の俺は香織への事や貴志さんを傷つけられて苛立っている。それでも見逃すのは解毒薬が必要だからだ。さあこうなりたくなかったら疾く去れ。そして仁吾、解毒薬は必ず渡せよ。貴志さんに何かあったら・・・・分かるな」

 本気の殺気を叩きつけて睨み付けると、仁吾は真っ蒼になって走り去った。だが横に居た弘嗣は其れでも態度が変わらなかった。睨む俺と視線を合わせて仮面の様な笑みを浮かべ、ゆっくりと一礼して去って行った。其れに慌てた源吾達は恐怖に歪んだ顔で残されまいと、どたばたと足音を立てて必死に後を追って行った。

 「さて彩希さん、こうなった以上確りと現状を説明して貰いますよ」

 「ええ、分かっています。ですが私もお兄様が此処までするとは思いませんでした。暫し心を鎮める時間をください」

 「分かりました。貴志さんの事もありますから、俺と香織と水無月家の者は一度先程の待機室に行かせて貰います。克志さん、水無月家の者を呼んでこの場の警備を任せる事は出来ますか?」

 「・・・・はい、直哉様。彩希様が了承するならすぐにでも手配します」

 「良いですか彩希さん」

 「・・・・・分かりました。受け入れます」

 此方に目線を合わせない彩希さんは、仕方ないと言った感じで微かに頷いた。俺はすぐに克志さんに目配せし、未だに動けない周囲の人達に向けて軽く力を発して威圧した。そしてすべての感情を心の奥底に押し込んだ無機質な声で皆に語りかけた。

 「次に俺が来る時までに己が立場を決めて置く事です。中立などと言った寝言は聞きません。それと次に来た時に居なかった者は奴らに付いたとみなします。そして俺は奴らに対してなあなあで済ませる心算は欠片もありません」

 ごくりと皆が息を呑む中で、俺は倒れたままの貴志さんを抱えると、背を向けて告げた。

 「また、今此処に居るとは言え、武俊さんと俺は違う勢力です。武俊さんに付けば敵対せずに済むと思うのは誤りです。今はまだやつらの様に対処する心算は欠片もありませんが、今後の行動次第でどうなるかは分かりません。今武俊さんに付いている人達もこんな状況ですから一度考え直してみるべきだと思いますよ」

 背後から無音のざわめきが上がったのが感じられ、緊迫感に皆が息を殺したのが分かった。

 「香織いくぞ。美夜さんも銃を持って付いて来てください。全てあのように処分します」

 チラリと銃の残骸を見た俺は、そのまま返事も待たずに部屋を後にした。俺の背中とバラバラの銃に、皆の痛いほどの視線が感じられた・・・・。

 次話の投稿は22日以降になると思われます。理由は急いで構成を練り直さないといけないからです。実は今回の投稿の後半の部分は、本来の予定とはかけ離れたものになっています。何故か書いている内に変わっていって・・・・と言う訳なので、申し訳ありませんがご了承ください。そして皆様、どうか次話もよろしくお願いします。

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