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契約者達と待機室でのやり取り

 二時間以上かけてようやく車が目的地に近づき、前に見た水無月家の邸宅を超える、まさに大邸宅としか呼べない歴史を感じさせる風情の建物と敷地が目に入ってきた。そして俺がいよいよだと思って姿勢を正して身なりを整えていると、香織の不思議そうな呟き声が聞えた。

 「あれ?此処は小さい時にお母さんに連れられてきた事がある」

 「なに?本当か?」

 「うん、此処はお祖母ちゃんの邸宅の一つだったはずだよ。しかも此処は私的な場所で、今日の会場になるとは夢にも思ってなかったわ。私はてっきり本邸に集まると思っていたわ。あっちの方が警備が厳重だし」

 「此れが私的な別宅?・・・・・・克志さん、今日の会場は彩希さんが決めたのですか?」

 「はい、今日の主催者は彩希様が務めますから、全てを自身でお決めになったと聞いています」

 俺が軽く思考に沈んでいる間にも車は進み、敷地の中に入って駐車場にピタリと止まった。そしてすぐに左右の車から貴志さんや沙月さんと一緒にいた護衛の者達が降りて、周囲を見回して安全を確認していた。

 「・・・問題無いようです。でもまず私が降りますから、香織様と直哉様は後に続いてください」

 「分かりました」

 俺の簡潔な返事に美夜さんが流れる様な動作で外に出た。其れに続いて出た俺が手を差し伸べると、香織が嬉しそうに手を取って中から出てきた。

 「ありがとう、お兄ちゃん」

 「いや、気にするな。着物だから動きにくいだろ」

 俺はそう言いながらも周囲をさり気無く一瞥して、香織の姿を無遠慮に眺める者達を牽制した。今此処には香織が着いたと聞いて続々と人が集まって来ていた。今見た殆どの顔が情報に無かったので皆御付きの者なのだろうが、俺を苛立たせるこの粘ついた視線は、主に代わって香織の品定めと言った所だろうか?

 「シグルト、フレイ、気づいているな?」

 「勿論なんだ。動揺や顔色が変わっている者がいるし、直哉は全く歓迎されていないんだ」

 「ええ、明らかに香織の姿を見てから直哉の姿を見て、強い敵意を向けている者がいますわ」

 「此の服に気付いたんだろうが・・・・一応周囲の警戒と周りの反応を覚えて置いてくれ」

 「分かったんだ」

 「了解しましたわ」

 誰にも聞こえない様にボソボソと喋っていた俺は、早足で近づいてくる男を視認してサッと香織との間に立ち位置を変えた。

 「香織様ですね。其方の水無月家の方々と共においでください。まだ皆様がお集まりになっていませんので待機室にご案内します。また御付きの方々はこの場で別の者が現れるまで、あちらの方々と共に待機してください」

 此方が立ち塞がったのを見てピクリと眉を動かした男は、慇懃無礼な態度で俺を無視すると、後ろの香織と克志さん達に声を掛けた。その態度に眉を顰めて何か言いたそうにする面々に、俺は視線で事を荒立てるなとそっと制した。今は此方を窺う沢山の御付きの目があるのだ。

 「直哉様、香織様、私達は此れで一度失礼させて貰います。御二人とも初めての事に戸惑いがあるかも知れませんが、一人では無いのですから緊張せずにお望み下さい」

 「ありがとう、沙月さん。皆さんもまた帰り道の護衛、よろしくお願いします」

 「はい、お任せください」

 硬い雰囲気を崩そうとしてくれたのか、沙月さんが俺の名前を先に呼んで強調し、大仰に礼をして皆と共に去って行った。案内人の男は苦い表情を浮かべてすぐに消すと、香織達だけに再度付いて来るように言って、返事も聞かずにさっと踵を返して歩き始めた。

 「おい、ちょっと待てや」

 貴志さんが低いドスの効いた声を出して、案内人の男の肩を掴んだ。そして振り向かせた男に獰猛な笑みを見せて尋ねた。

 「お前は誰に仕えている?彩希様じゃないのか?」

 「・・・その様な当たり前の事を聞いて、何を仰りたいのですか?」

 「じゃあ、その態度は彩希様の命令か?それとも自分だけの意思か?まあ其れなら良いぜ。だか家の思惑や別の人間の命が混じっているなら、水無月の次代として見過ごせないな。・・・・・・水無月の掟を知らないなんて言わせないぞ」

 「・・・・・・・・・定めた主だけに尽くし、お互いの主が対立すれば身内でも容赦なく戦う、月の掟」

 「そうだ。ちゃんと知ってんじゃねえか、俺達の誇りは何があっても、どんな汚れ仕事をしても、絶対に主を裏切らない事だ。で、今のお前は如何なんだ」

 「・・・・・・・・・・彩希様の命令では無い。だが此れは・・・・いや、私個人の意思だ。・・・・・今は他にも案内しないといけない人達がいて時間も押している。黙って付いて来い」

 何かを言いかけて口ごもった男は肩の手を乱暴に振り払うと、それ以上の質問を拒絶する様に速歩で移動して行った。


 「では此処で暫しお待ちください。香織様、水無月家の皆様」

 そう言って案内人の男は、俺達が入った事で一変した待機室の雰囲気を一顧だにせずに、背筋を伸ばして去って行った。俺は最後まで慇懃無礼に自分を黙殺した男の背中から、使命感の様な強い意思が感じられ、あの男なりの正しさを胸に秘めているのだろうと思えた。そして俺は貴志さんが去って行った男に、すれ違い様にもう名が違うと言われて一瞬顔色を無くしたのを覚えて置く事にした。

 「ほら香織、憮然としてないで此処に座ると良い」

 「もう・・・・・ありがとう、お兄ちゃん」

 あんなタイプの男は嫌いでは無い俺が気にせず微笑みながら椅子を勧めると、察した香織が曖昧な笑みを浮かべてソファーに座った。

 「・・・・・武俊さん達もいないし、会った事の無い伯父の弘嗣も居ないわね」

 「ああ、それに此処には武俊さんを支えている人達が殆どいない。だが序列三位と四位以外の当主はそろっている様だ」

 「・・・・・・見られているね、お兄ちゃん」

 「フッ、着物姿の香織が綺麗だから見惚れているんだよ。まあ兄の俺としては綺麗な香織をあまり人に見せたくないんだけどね」

 俺が軽い口調で言った言葉の意味を察した水無月家の三人が、皆の視線を遮る様に周囲を固めてくれた。おかげで肌に突き刺さる無遠慮な視線は半減したのだが、其れが気に入らなかったらしい男達が、わざわざ部屋の反対側から近寄ってきて声を掛けてきた。

 「小さかった香織様は覚えていな・・・・・」

 「記憶力は良いので、忘れたくても覚えて居ますよ。水無瀬家現当主、水無瀬源吾。呼びもしないのに来ては、お父様やお母様、果ては幼い私にまで媚びていたでしょう」

 言葉を遮って放たれた冷たい響きの声に、源吾の頬がピクピクと動いて握った手が震えた。必死に我慢しているけど、本当は怒鳴ったりしたいのだろう。すぐに俺は何があっても良い様に、さり気無く源吾と付いてきた男達全員が視界に入る位置に移動した。そして横目でいきなり強硬な態度をとった香織の顔色を窺いながら、頭の片隅で理由を考え始めた。

 「ゴホン、ゴホン。よく私が当主だと知って・・・・」

 「貴男は馬鹿ですか?初めてこんな場に来るのに、事前に現状を調べずに来るとでも思っているんですか?その隣にいる取り巻きは、序列三十位以下の水無瀬の分家や婚姻関係を結んだ家の当主でしょう。そしてあちらでコソコソと様子を窺っているのは貴男の息子の仁吾と娘の愛美でしょう」

 何度も咳払いをしてようやく気を取り直して出した言葉を、またしても遮られて冷笑と共に切って捨てられた源吾の表情がクシャっと歪んだ。そして今度は我慢できなかったらしく、吐き捨てる様に乱暴な声を響かせた。

 「ふん、そこの下郎に付き添われなければ満足に外も歩けなかった小娘が随分生意気に育ったな!?何所の馬の骨とも分からない下賤な者共の家などで育てられたから、もう親の和希が生きていた時とは違う事も分からんか!?」

 俺は蔑みながら指を突き付けてくる源吾を無視して、慌てて香織の二の腕を掴んで押さえた。そして今の香織なら後先考えずにビンタぐらいはする。そんな事をして大惨事は御免だと思いながら、香織と視線を合わせて落ち着かせようとした。しかし真っ赤になって震えて顔を俯かせる香織の姿に、俺は此の時初めてタマミズキの昨日からの行動で、制御ボタンが造られている事を悟った。如何やら俺の方から体に触れると羞恥心で行動が止まるらしい。てっきりべたべたしない様にするだけだと思っていた俺は、脳内にタマミズキの感謝する事になったでしょう、と笑う姿が浮かんでくる様な気がした。

 「如何した。今更震えても遅いぞ。落ち目の水無月家が同情から傍に居る様だが、和希がいない以上・・・・」

 「貴様、一度ならず二度までも和希様を呼び捨てにしたな!?何時から和希様を呼び捨てに出来る様な存在になった。身の程を弁えん、貴様の方が下郎だ!!」

 香織が震えて俯いているのを勘違いして調子に乗った源吾に、克志さんが鬼の形相で前に出て怒声を叩きつけ、その横で貴志さんと美夜さんも一触即発の雰囲気を発して身構えていた。しかしニヤニヤと嫌らしく笑った源吾は右から左に聞き流して、侮蔑を込めて扱き下ろした。

 「フッ、私ももう年かな。主を無様に死なせて引き籠っていた負け犬の遠吠えが聞こえる。私なら恥ずかしくて死なせた主の娘の傍には一分たりとも居られんわ。皆もそう思うだろう」

 「ハッ、全くですな。先程から目にしている光景は、己が目を疑わないといけない物ばかりです。其処に身の丈に合わない服を着た下郎がいるし、負け犬が厚顔無恥にも、まだ護衛の真似事をしていますしねえ」

 「知っていますか?須王家の当主の大邸宅も今では水無瀬が単独で警護しているんです。そして責任者は源吾様の義弟のこの私です。もう何所にも水無月の居場所は無いんですよ」

 「そうだ、そうだ。今更出てこないで、ずっと引き籠っていればよかったんだ」

 嘲りと侮蔑が混じった笑い声が取り巻き達の間で広がった。克志さんが顔を真っ赤に染め、貴志さんが拳を握り、美夜さんが射殺しそうな視線で睨む中で、俺はそっと周囲の人の様子を窺った。すると迎合する者達以外には、一連の事態を興味深そうに眺める序列の高い者と、関わり合いになって巻き添えを食いたくない序列の低い者に分かれる事が窺えた。ただどちらにも言える事は、この騒動を収める心算が全く無い事だけだ。俺はその様子に内心でイライラしながら、香織の事をシグルトとフレイに任せると皆の間に素早く立ち塞がった。

 「お互い静まれ。香織の前で口にする言葉と態度では無いだろう。それに主催者の彩希さんの顔もある。此れ以上の問題行動は控えて、冷静になってくれ」

 仮契約とはいえ主の俺の言葉に、水無月家の面々は口惜しそうにしながらも引き下がってくれた。だが水無瀬家の奴らにとって俺は、何所の馬の骨とも分からない下賤な血を引く男で、新たな獲物がノコノコと目の前に現れたと思ったのだろう。嫌らしい笑みを浮かべて蔑みの言葉を発した。

 「下賤な異物が偉そうに発言するな。その身の丈に合わない服を着て勘違いでもしているのか?笑わせてくれる。下賤な者は何を着ても取り繕えず、その存在自体が下賤なのだよ。クハハハハハハハハ」

 「そうだ、源吾様の言うとおり。誰も貴様の存在など認めていないぞ」

 「恥ずかしげも無く香織様の名を出し、威を借った心算だろうが、そんな物に怯む我らでは無いわ」

 「そうだ、そうだ。それに貴様如きが彩希様の名を呼ぶなど無礼だろうが。身の程を弁えろ」

 ガタガタと言う男達を正面に見据えた俺は、向けられる悪意に対して微笑んで見せた。すると俺の態度は予想外だったらしく、驚きで男達の声が一瞬途切れた。

 「私を下賤と言うのはまあ良いでしょう。名家の血などと言うくだらない物は継いでいませんから。ですがね、先程からの発言は頂けませんよ、長年七位でやっと序列六位になった、水無瀬源吾さん」

 一瞬の静寂をついて発した俺の声は、面白い程大きく部屋に響いた。そして周囲の人達は俺が冷静になれと言った手前、穏便に済ますと思っていたらしく、殆どの者が狐につままれた様な間抜け面を晒してくれた。

 「きき、貴様!!名家の血を愚弄するか!?其れはこの場にいる者全てを敵に回す言葉だぞ。下郎の貴様は顔すら知らないのだろうが、あっちには分家筆頭の天川家の当主達も居るのだぞ」

 源吾の怒声が響いて消えた時には皆も言われた事の意味を理解し、関係になりたくないと言った様子で此方を窺っていた者達も一変し、殆どの者が俺に対して怒りと不信感を筆頭にした負の感情を向けて来ていた。

 「ふはははは、今更後悔しても一度口にした事は取り消せないぞ。元々下郎はこの場に相応しくないのだ。そこの小娘を置いて出て行くが良い」

 周囲を味方に付けたと思って愉快そうに笑う源吾に内心で苦笑していると、シグルトとフレイが風に乗せて声を運んで来た。

 「直哉、香織はもう落ち着いたんだ」

 「直哉、今、源吾の娘と共に居る男・・・・確か雪城とやらが、一瞬でしたが香織の全身を舐め回す様な視線で見ましたわ。要注意ですわ」

 俺はシグルトの言葉にホッとした心境でフレイの言葉を聞き、つい殺気が漏れそうになってビクリと体を震わせて押し止める破目になってしまった。

 「ビクついていないで、さっさと出て行くが良い。それとも腰が抜けて動けないとでもいう心算か?そうなら引きずり出してやってもいいのだぞ」

 勘違いして調子に乗る源吾を無視した俺は、原因を作った男の方をそっと見た。するとそこには一見すると大人しそうな雪城昌信が何時の間にか移動していて、気の強そうな女の愛美に腕をとられながら会話していた。俺は初めてその顔を生で見て言葉に出来ない忌避感を感じ、以前の武俊さんとの会話を思い出して、つい視線に力を込めてしまった。其の所為で俺は昌信の横に居た、源吾の息子の仁吾に気付かれてしまった。すぐに視線を逸らしたものの、今も感じる全身に絡みつく蛇の様な視線は手遅れだと雄弁に物語っていた。

 「直哉、左」

 シグルトの声で俺は、一連の動作を見ていた別の人物に気付かされた。そこに居たのはよりにもよって天川家の当主の天川貴一だった。七十を過ぎた老人のはずだが、その眼光は鷲の様に鋭く、事態を察したらしい笑みは獰猛なものだった。

 「おい、貴様、聞いているのか!?如何やら本当に引きずり出されたいらしいな。おい、この下郎を・・・」

 内心で何度も舌打ちしたい気分の俺は、此れ以上の弱みを見せない様にふてぶてしく笑いながら、まずはこの道化を黙らせようと平淡な声を出した。

 「いい加減に黙れ、煩いぞ。大体愚弄されたくないのなら、名家を名乗るに相応しい態度をとれ。目の前にいる品の無い道化も酷いが、この場に居る他の者達も大概だぞ。一連の騒動中の発言内容と自分の行動を省みてみろ」

 俺は厳しい視線で一瞥したのだが、この場に居る者の中で眉間に皺をよせたのは、天川家の当主と他数人だけだった。俺はその事を苦々しく思いながら言葉を続けた。

 「此処に居るのは須王家の次期当主だった和希さんの娘の香織だ。その香織を小娘呼ばわりして見下した。皆も見ていたはずだ」

 頷く者や顔を顰める者が出始める中、俺は目の前でそれが如何したと言わんばかりの顔をしてふんぞり返っている源吾を厳しく見据えた。

 「須王家こそが始名家であり、その血が源だ。和希さんの娘の香織を見下し愚弄する事が、何よりも名家の血の価値を貶めている。名家の血と言って箔付けするのなら、まず自分達がその血が貴いと信じ、普段の態度から其れを示すべきだ。違いますか?名家の血を継ぐ皆さん」

 ジロリと辺りを見回すと年配の者から納得する者が少しずつ現れ、俺に対する見る目も場の雰囲気も変化し始めた。その事に顔を顰めた源吾は、大声をあげて指摘してきた。

 「黙れ、黙れ、黙れ。何をもっともらしい事を言って誤魔化している。下郎の貴様が名家の血を愚弄した事は何も変わっておらんわ!!」

 「私は誤魔化してなどいない。この待機室に入ってからの名家の血を継いでいるはずの者達の行動には、心底から失望して苛立っているんだからな。今から皆にその事を教えてやるが、その前に源吾、貴様はもう黙れ。やっとの思いで序列六位になって此れからと言う時だと言うのは分かるし、ずっと動かなかった水無月家が香織と共に現れて焦るのも分からんでもない。だが此れ以上香織や水無月家を見下せば恥をかくだけだぞ」

 此方の言葉に顔を真っ赤にした源吾が怒声を上げる前に、俺は先程の事からあからさまに見定める為の視線を向けて来る天川家当主に硬い声を掛けた。

 「私は矢嶋直哉と申します。貴男が分家筆頭の天川家当主の天川貴一様ですね」

 「いかにも。私が七十超えて未だに当主を務める天川貴一だ」

 俺と貴一さんの視線が鋭く交差し、お互いの顔が引き締まって真剣な物になった。

 「和希さんが亡くなってから弛んでいるのではありませんか?天川家の役目には分家筆頭として内部の引き締めと序列の維持があったはずです。違いますか?」

 「いかにも、その通りだ」

 「なら何故この男達の接近を許したのです。序列の一番高い貴男が真っ先に香織に挨拶するべきではありませんか?和希さんが生きていた時は序列の高い者から順番に挨拶していたはずです」

 「・・・・・・・・・・・確かに」

 ピクリと眉を動かして肯定した貴一さんに、周囲の人達からざわめきが上がった。特に和希さんが生きていた当時を知る者達の動揺は酷い物だった。そう、昔なら断じてこの様な無礼は行われなかったのだ。

 「あり得ないのは其れだけじゃない。この男が和希さんを呼び捨てにした時、なぜ克志さんしか怒らなかった。死したとはいえ和希さんは、須王の現当主の長男で次期当主だったのだぞ」

 俺が源吾にビシッと指を突き付けてした指摘に、気まずそうに顔を俯かせて逸らす者が続出した。俺はチラリとその者達の顔ぶれを見て、車の中で覚えた情報と照らし合わせた。そして大抵が序列が低く力の無い家の面々だと理解し、頭の片隅で上手くすれば此方に取り込めるかも知れないと思った。

 「お主の言う事はもっともだと思う。確かに弛んでいると言われても仕方なかろう。私も気を引き締めさせて貰う所存だ。だが香織様の最初の態度も悪かったのではないか?ああも喧嘩腰では口が過ぎるのも仕方ない面もあろう。お主、どう考えている?」

 「・・・・私は今香織の兄としてこの場にいる。それ故に胸を張って香織の事は一番よく知っていると宣言出来る。だから香織があのような態度をとった事が、一概に間違っているとは思わない」

 俺も内心で、確かに初めの香織の態度はあまり褒められた物では無いと思っているし、いきなりの攻撃的な態度に驚きもした。しかし其れを面に出す事はなかった。此処は敵地も同然で、しかも半ば孤立無援の状態だから、安易に詫びて生まれる小さな隙でも見逃せないのだ。

 「ほう、何を持ってそう言うのだ。私にはお互い様の様に見えたが」

 俺の強気の発言に目を細めてドッシリ構える貴一さんの姿は覇気があり、俺が如何答えて見せるのか試している様に見えた。俺は泰然と微笑み、ゆっくりと余裕を見せて口を開いた。

 「ふふ、お判りにならないのですか?それともとぼけているのですか?先程のやり取りで香織があのような態度をとった理由は察せるのではないでしょうか?」

 「・・・・・さあ?生憎と私にはわからんので、ご教授願いたい」

 「では先程のやり取りをもう少し詳しく話しましょう。今私達の傍に付いているのは水無月家で、対する事になったのは水無瀬家です。皆様は先程亡き和希さんを呼び捨てにされた事で怒りを発した当主の克志さんの事は覚えているでしょう。ふふ、対照的に水無瀬家の当主は呼び捨てにしていましたね。同じ護衛などをする両家ですが忠誠心は比べられない様です」

 「貴様、我が水無瀬家を・・・・」

 「黙っておれ。今は私が話している」

 真っ赤になって叫んだ源吾を、貴一さんが一喝して黙らせた。流石分家筆頭天川家の当主だ。今の威厳のある低い声には、俺もゾクリとさせられた。

 「話を続けろ。だが言葉は選べ」

 「はい。まあ一言で言ってしまえば、私が確信している香織の行動の理由は、水無瀬家を試したと言う事です。機先を制して感情的にして本音を引き出したかったのです」

 「・・・・・・そして知りたかったのは忠誠心の有無か」

 「はい。そうだな、香織。先程車で読んだ情報から行動したのだろう」

 「うん、お兄ちゃん。読んだ中に、現在は警備情報の共有は無いと言う文があった。なら過去は如何なの?お父さんとお母さんの時の情報は共有されていたんじゃないの?と思って美夜さんに確かめたわ。するとあの日の警護は水無月家だったけど、情報は水無瀬家にも伝えられていたと言われたわ。そうよね、美夜さん」

 「はい。当時まだ両家は、何かあった時の為に須王に関する重要情報だけは共有していました。ですので勿論、和希様と香澄様の当日の行動情報は事前に報告済みです」

 「ふむ?しかし香織様は何故その様な事をお確かめになられたのです?それにこの場で此処までする必要はあったのですかな?」

 「あります。あの日は私がお兄ちゃんの家に預けられていました。だから両親の移動ルートは普段の物と違いました。だから待ち伏せや・・・」

 「お待ちください、香織様。待ち伏せとは如何言う・・・・それではまるで・・・・」

 「まるで害された様ですか?ふふ、此処にこんな手紙があります」

 香織が懐からサッと見覚えのある手紙を取り出すのを見て、俺は嫌な予感に目を覆いたくなった。あの時と今の香織では考えが変わっている可能性を考えておくべきだったのだ。

 「此れは彩希様、私の祖母が出した手紙で・・・・・・・・と言う事が書いてあります。だから私はこの後で機会があれば残って祖母と話す心算です」

 ドヨドヨとどよめきが響く中、俺はまた全身に絡みつく蛇の様な視線を感じていた。いや、今度は微かに殺気がある様にも感じたので、毒蛇と言うべきかも知れなかったが・・・・・。

 「シグルト、フレイ」

 「分かっているんだ」

 「ええ、あの男、きな臭いですわね」

 小声でシグルト達に話し掛けた俺は、今度は香織も対象になっている事から、ギロリと険しい視線で睨み付けた。すると視線は感じられなくなったものの、俺に向かって口元だけでニヤリと嗤った様に見えた。

 「・・・・・・・香織様は水無瀬家を・・・・・・」

 誰かの囁き声が響き、源吾に疑惑の視線が注がれた。

 「ななな、何を言うか・・・・わわ、私は何もしていない。あああ、あれはただの事故のはずだ」

 「ええ、私もただの事故であって欲しいと心の底から願っています。ただ伯父の武俊も毒を盛られたと聞いていますから・・・・こんな手紙を貰うと色々考えてしまいます。今私が明確に分かっている事は、先程からの貴男の態度に両親への敬意も忠誠心も感じられなかった事です。そして私見を付け加える事が許されるなら、その事から私は情報の漏えい位ならやってもおかしくないと思いました。お父さん達が死ななくても何かあれば水無月家の失態になる事は確実で、水無瀬にとっては都合が良さそうですからね」

 シーンと静まり返る室内は重たい緊迫感に包まれて、人々もまさかと言いたげな雰囲気を発していた。そして貴一さんも眉間に皺を寄せて、当時を思い出すかの様に深く己が考えに沈んでしまった。

 「香織」

 「・・・・分かってるよ、お兄ちゃん。皆様ご安心を。きちんとした証拠も無く誰かを貶める心算はありません。今のは本当に唯の私見です。全ては手紙を出した祖母との話が終わってからになるでしょう」

 そう香織が言った時、ちょうど部屋に入って来た武俊さんの冷たい声が響いた。

 「ほう、母上が手紙を出していたとは知らなかった。何の手紙なんだ直哉、香織。私は聞いていないが?」

 「ああ、武俊さん。襲撃されたと聞いて心配していましたよ。今も此処に居ませんでしたし」

 「母上と一緒に準備をしていただけだ。生憎と私はこの通りピンピンしている」

 「生憎とって・・・・まるで俺が無事でない方が良いと思って居る様に聞えるじゃないですか。俺は本当に心配していたんですよ」

 「だと良いがな。ここ最近のお前は油断がならないからな。今も香織に目配せして制してまで、質問に答えず誤魔化そうとしているしな」

 「誤魔化してなんかいませんよ。手紙は最近別宅で貴男に会った時に手に入れた物です。内容は此処にいる誰かに後で聞いてください。それと此れは忠告ですが、彩希さんと香澄さん、香澄さんと香織、それぞれの母娘しか知らない事も多々あるんですよ。ふふ、最近よく思うんですが、私達男には分からない女には女だけの繋がりがあって、理解している様でしていない事が多々有るんです。まあ私達男にも父親と息子の男同士の秘密の話と言うものがありますが、そうでしょう武俊さん」

 俺がそう言って肩を竦めると、武俊さんは苦い表情で黙り込んで見つめてきた。その俺の内面を推し量ろうとする目には、周囲の目を気にして巧妙に隠しているが、かつて話した時に見た俺には暗い闇が見え隠れしているのが分かった。

 「直哉、お前は・・・・・・・・・・・」

 「何も知りませんし、語ってくれなければ分かりません。人は言葉を費やさなければ思いを伝える事は出来ません。また相手が伝えようと費やした言葉を確り聞かねば知れません。もしそのどちらもしていないのであれば確実にすれ違っています。そのすれ違いが致命的になる前に行動してくれる事を望みます」

 「・・・・・・・・・・・この前からお前とは、半ば以上敵対関係だったと思っていたんだがな?何故その様な事を私に言う」

 「香織は家族を大事にするのです。家族関係が壊れたら傷付くでしょう」

 「この前お前に正反対の事をされたばかりなんだがな」

 「ははは、あれはあの時に必要な策です。ですがもう武人さんは動いてくれましたから、此れ以上は必要ありません。だから今香織が傷付かない様に後始末をしているのですよ」

 「ククク、勝手な奴だな、お前は」

 「香織が関わっていますから。知っていたでしょう?」

 「知っていた。だから直哉を警戒していたんだ。もっとも此処までやれるとは思っていなかったが・・・・・私が来るまでに何をした?私達の会話を聞いている周りの目つきが違うぞ」

 「さあ?ちょっとお話しただけです。先程言ったように知りたければ人に聞いてください。この中には親しい友人が居るでしょう」

 「誰の事かな?」

 「誰とは?複数いるようですね?」

 俺達は軽く睨み合うと笑みを浮かべて肩を竦めた。

 「はあ、もう良い。私は母上に言われて皆を呼びに来たのだ。遅れていた最後の人物の弘嗣もようやく到着した。別の待機室にいる者達も武人が呼びに行ったから、もう会場に入っているはずだ。話し込んで母上達を待たせてしまった。皆には悪いが急いで移動してほしい」

 その言葉に真っ先に源吾が「彼奴らなどいくら待たせても良いが、彩希様を待たせる訳にはいかない」と言って荒々しく出て行った。武俊さんが来てうやむやになったが、その前の部屋の雰囲気を考えると逃げたのだろう。そして其れを皮切りに皆が出て行くのを見た俺は、立ちあがって移動しながら武俊さんに思いついた疑念をそっと尋ねた。

 「別室に居るのは名家の血を引いていない序列の無い者達で、別々にしていたんですね。それなら武俊さんは香織をそっちに連れて行くと思っていました」

 「手を回そうとしたが案内人の行動が素早過ぎて出来なかった。どうやら何が何でも直哉をそっちに連れて行きたかったらしい。部屋の雰囲気もおかしかったし、何かされたのではないか?」

 「・・・・・香織ではなく俺をですか?・・・・・・・今考えて見ると、俺を香織と引き離して追い出したかったのかも知れません」

 「そうか、まあ名家の奴らにとって、香織にくっ付いて離れない直哉は邪魔だろうしな。フッ、何をする心算だったのかは知らないが、今此処に直哉が居るのなら計画は失敗したと思って良いだろう。ムッ、武人達と鉢合わせになった様だ。私は先に行かせて貰う」

 去り行く背中を見ながら、俺は今まで得た情報から一つの可能性を考えていた。

 「お兄ちゃん?」

 「ああ、ちょっと待ってくれ、香織。貴志さん、案内人の人を知っている様子でしたね。案内人と水無瀬源吾がグルだった可能性はあると思いますか?俺は初め水無瀬源吾は、水無月家や名家の血をひかない自分の存在が目障りで絡んで来たと思っていました。しかしもしかすると違うのかも知れません」

 ギョッとする香織達の前で貴志さんは、ピタリと立ち止まってかすれた声で答えた。

 「彼奴は水無瀬家の縁者の娘と恋愛結婚して婿入りしている。だから可能性は否定しない。だがその時に生家から勘当されて、主の彩希様に手を差し伸べられた経緯がある。だから名がかわったとしても彩希様を裏切るとは思いたくない」

 「裏切りだと思わせなければ如何です?彩希様ととても親しく、源吾にも命令出来る様な者が裏で糸を引いていたら可能ではありませんか?」

 ハッと息を呑む皆に、俺は頷いてから声を潜めて考えを語り始めた。

 「今ある情報は、此処は彩希様の私的な場所だと言う事、手紙では香織だけと会いたいと言っていたが、今日の事を聞いた時の話では俺にも会いたいと言ったらしい事、武俊さんに聞いた外狩家と雪城昌信の事と先程待合室で一緒に居た昌信と仁吾と愛美の事、何日か前に彩希様が出入りして話したらしい事、警察などで普段と違う対応を見せたかも知れない事、美夜さん達が戦った相手も不明だ。今気になるのはこの辺かな。ああ、名家の一部と弘嗣の接近もあったな」

 「其れが如何したって言うんだよ?」

 「俺は今、ごく最近になって彩希さんとその兄は仲違いしたんじゃないかと考えている。そして周りにはまだその事が知られていないんじゃないかと思っている」

 「・・・・つまり彼奴は其れを知らないで、同じ意思だと思って命令を遂行していたって事か?チィ、本当だったら最悪だぞ」

 「ふーん、それなら会場が此処なのも、干渉を避ける意味があると考えれば違和感が無いわね。完全に防げていないけど本邸ならもっと悲惨でしょうしね」

 「ええ、香織様。須王家の御当主様の方が影響力が上ですから。でもご安心を、家はずっと動かなかった所為で、他者への影響力が減りましたが、他者からの影響も無くなりましたから。ねえ、お父様」

 「はあーー、現状で都合が良いのは分かるが、自慢にならんぞ、美夜。直哉様、如何なさるお積りですか?」

 「そうだな。香織が手紙を持っているから、其れを彩希さんに見せて様子を見よう。皆気を引き締めてくれ。あり得ない者同士の接近も、仲違いの所為で必要に迫られてと考えればおかしくは無い」

 皆が真剣な顔で頷くのを見ながら、俺は必死に新しい視点からの予想と対処法を構築していた。遠くから完全に立ち止まってしまった俺達を呼ぶ、武俊さんの呆れまじりの声が耳に遠く響いた。

 次話の投稿は12日までにする予定です。では次話もよろしくお願いします。

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