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契約者達と顔見せの日の朝

 「お兄ちゃん、朝だよ」

 「うう、もう朝か・・・・・・」

 「もう、ちゃんと寝なかったの?お兄ちゃん。今日は私も出かける用意があるし、先に行っているからね。それとお兄ちゃん、着替えは此処に置いておくからちゃんと着てよ。私が今日の為に用意したんだからね」

 「・・・・・ああ、分かった・・・・・」

 何時もの如く香織の声で目覚めた俺は、深夜に叩き起こされた所為もあって、もぞもぞと緩慢な動作で体を起こした。そして其れを見た香織が部屋を出て行くのについて行こうとする者達を見て、俺はハッとして慌てて声を掛けた。

 「シグルト、ルードル、残ってくれ」

 すぐに香織が怪訝そうに振り返ったが、手を振って先に行くように促した。そしてその様子に何かを感じたらしいタマミズキが微笑んで香織の耳元で囁いていた。するとすぐに香織は顔を赤くしてパタパタと足音を立てて去って行った。助かりはしたのだが、嫌な予感に背が震えるのは気のせいだろうか・・・・。

 「昨日は一緒に居られなかったけど・・・何かあったんだね、直哉」

 「うむ、主も言っていたが、あまり眠れなかったみたいだな。目が赤くなっているぞ」

 「まあな。深夜に美夜さんから連絡があって叩き起こされてから、色々考えて満足に眠れなかった。内容は・・・・・・・・」

 俺が話す内容にシグルトの顔色が一変し、ルードルの唸り声が部屋に響いた。

 「ねえ、直哉。香織達の事はそこまでする程の事なのかな?」

 「・・・・・・いや、俺も流石にそんな物が出てくるとは思ってもいなかったし、香織のお父さんの和希さんも其処までは言わなかった。此れは明らかな異常事態だ」

 「では今日の顔合わせとやらも、何があるか分からんな」

 「ああ、気を引き締めないといけない。今日の顔合わせは彩希さんの提案で決まったらしいが、三日前に須王邸に行ったとの報告もある。しかも手紙では香織一人と会いたいと書いていたりするのに、沙月さんの話では顔見せで俺にも会いたいと言ったそうだ。どうも行動に一貫性が感じられない」

 「うーん、その時々で状況が変わったんじゃないかな?」

 「ああ、シグルトの言いたい事も分かるんだが、それならそれで行動が読めない事には変わりない」

 「ふん、結局今は情報不足で会って確かめるしかないと言う事か・・・・」

 「まっ、そう言う事だ、ルードル。父さん達と家の事は任せる。無いとは思うが、外にも気を配ってくれ。家ごと消し飛ばされるのは御免だ」

 「分かった。タマミズキにも伝えておく。だが消し飛ばないだろう、この家?は・・・」

 「まあそうなんだが・・・其れは其れで別の意味で住めなくなるだろ。俺にとってここは生まれてからずっと住んでいる家なんだよ。香織にとっても大事な場所だから頼むぞ」

 「ふん、良いだろう。主が住めなくなるのは困るからな」

 ルードルの態度は俺の事など如何でも良いと言いたげだったが、香織を第一に考えてくれる事が伝わってくるので最近はその態度が好ましく思えてきた。

 「はは、よし、じゃあ、行こうか。皆を待たせているだろうしな」

 微笑んだ俺がルードルの返事に満足してさり気無く部屋を出て行こうとすると、シグルトが肩に飛び乗って止めてきた。そして逃がさないと言う様に出口に回り込むと、言いにくそうにしながら告げた。

 「あーー、直哉。着替えが終わってないんだ」

 「いやいや、シグルト、まだ時間あるし、食事中に汚したら・・・・・」

 「ククク、大人しく諦めて着替えるんだな。主の見立てなんだから、着れば意外と似合うかも知れないぞ」

 嫌な感じの笑みを浮かべたルードルは、楽しげに尻尾を振りながら四肢に力を込めていた。あれは逃げようとしたら、容赦なく跳びかかる心算だろう。

 「香織はすぐに見たいと思うんだ。じゃないと念を押して行ったりしないんだ」

 「うむ、主は昨日嬉しそうにしながら、自分の物と一緒にそれを用意していたぞ。それに何か思い入れがある様だった」

 ルードルの最後の言葉にシグルトが頷いたのを見た俺は、服を脱ぎながら目の前を見つめた。

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・はあーーーーーーーーー」

 俺の口から自然と長く深いため息が漏れていた。そんな俺の視線の先にあるのは、真っ白なスーツに真っ赤なネクタイだった。手触りから生地は上物で着心地は良さそうなのだが、普段黒や紺系統を着ている俺の好みでは断じて無かった。自分がこれを着た姿を想像するだけで身震いしてしまうほどの、鮮やかな赤と白の色が目に痛いほど映った。

 「何をしている。もう服を見てから三分経ったぞ。主を待たせるな」

 俺はルードルの急かす声に去った香織の顔を思い出して敗北し、それでも最後の抵抗とばかりにノロノロと時間をかけて震える手を伸ばした。


 「おっ、おはよう直哉、昨日の顔の手形よく消えたな。それに・・・・クク、ははははは、なかなか似合っているぞ。昔和希が着ている姿を思い出せた」

 「・・・・・・おはよう父さん。朝から愉快な挨拶をありがとう」

 俺が父さんの楽しそうな顔を忌々しく思って睨んでいると、母さんがパンとコーヒーとサラダに目玉焼きを運んできた。そして俺の姿を一瞥して目を見開くと、微笑みながら告げた。

 「クス、確かに和希さんに比べると、直哉もまだまだね。もっと堂々としていないと、着こなせないわよ。ほら、今来た香織を見習いなさいな」

 母さんの声に其方を向くと、そこには花柄の着物を着た香織が堂に入った佇まいで静々と歩いて来た。悔しいが今の俺との差は歴然で、まさに名家の令嬢としか言えない香織の姿に見入ってしまっていた。

 「お兄ちゃん、如何かな?」

 「あ、ああ、よく似合っているぞ。なんか俺と釣り合わないんじゃないかと思える程だ」

 「ふふ、そんな事無いよ、お兄ちゃん。お兄ちゃんが貴族の会議の時の様な立ち振る舞いをすれば問題無いはずよ。昨日寝る前にシグルトからちゃんと聞いたのよ」

 「はあー、あれか・・・・。確かにあの時は和希さんに指導された事を意識して行動したけど・・・・・あれは疲れるんだよな。人に見栄えよく見える歩き方なんて、普段歩く時に意識したくないっての」

 「ふふ、やっている内に意識せずに出来る様になるわよ、お兄ちゃん」

 「うへー、何時になる事やら・・・・」

 俺が同じ事を言っていた和希さんの教えを思い出し、心底から嫌そうにして肩を竦めると、俺以外の皆が揃って声をあげて笑い始めた。

 「昨夜遅く・・・・・町のビルが倒壊しました。倒壊時刻には爆音の様なものがしたなどと言う証言もあり、何らかの要因でガス管が爆発したのではないかとの見方も出ています。また、其の時の影響で木が道に倒れて塞がれ、交通規制もかけられていますのでご注意ください」

 「大きな事故だった様ですが、人的被害は無かったのでしょうか?」

 「はい、幸いにしてありませんでした。抑々昨日は休日で建設現場には人がいませんでした。それに昨日は別件で正午頃から付近で警察が動いていた様です。故に付近の住人も自宅から出なかったらしいです」

 「別件ですか?」

 「はい、まだ詳しい事は分かっていませんが、殺人事件の逃走犯らしき人物を付近で見かけたとの通報があり、付近の捜索と封鎖が行われていた模様です」

 「逃走犯ですか・・・・その犯人は捕まったのでしょうか?」

 「いえ、未だに居たと言う確証は出ず、誤報か悪戯の可能性を追求しているとの情報もあり、その最中に起こったビルの倒壊で現場は混乱しています。また付近の住人の中には、倒壊前にバイクで走り去る何者かを家の窓から見たと言う者もいて、ビルの倒壊や逃走犯に関わりがあるかも知れないと考えられています。そして崩壊後、その音に気づいて駆け付けた警官隊に、今現在も倒壊したビルの付近は厳重に封鎖されていて内部を窺う事すら出来ない状態です」

 「そうですか、分かりました。続報が入ったらまたお願いします」

 笑う皆に苦い顔をしていた俺は、耳に入ってきた声にギョッとして、ジッとテレビに見入ってしまった。すると見終えた頃には笑っていた皆の訝しげな視線が注がれていた。

 「直哉、先程のニュースに何か気になる事でも?」

 「あーー、父さんは後でルードルに聞いてくれ。母さんや香織は必要になったら話すから気にしないでくれ」

 父さんが目を細め、母さんがそうするわと言って流し、香織が不満そうに見つめてくる中、俺は今得た情報から生まれた疑念を内心で考察していた。警察の動きと奴らの動きは偶然だろうか?逃走犯が本当に居たとしても警察は確証を得ずに、其処まで迅速に動くだろうか?大体封鎖までして間違いや捕らえられませんでしたでは、警察の責任問題に発展するはずだ。それに現場の確保が、夜遅かったはずなのに迅速過ぎやしないだろうか?和希さんはそんな事は言っていなかったし、まさかとは思うが、須王家は警察に水面下で圧力や要請をする事が出来るのだろうか?

 「・・・・・・・此れは後で水無月家に聞いて確認した方が良いか?バイクの事だけ報道されるのも気になるし・・・」

 「お兄ちゃん?」

 「ああ、なんでもない。もしかして口に出ていたか?」

 「最後の方、ちょっとね。普通の人には聞こえないと思うけど、気を付けた方が良いわよ、お兄ちゃん」

 「そうだな。よし気を取り直して食べるとしよう。今日は長丁場になりそうだしな」

 「ふふ、そうだね、お兄ちゃん」

 俺と香織はそう言って微笑み合うと、皆と一緒に和やかに朝食を食べ始めた。


 「香織、外に出る前に一応言って置くが、今日は素っ気ない位でちょうど良いんだからな。腕を組んだりべたべた引っ付いてくるのは無しだぞ」

 「わわ、分かってるわよ。ううう、腕なんか組んだら当たっちゃうじゃない。お兄ちゃんのエッチ」

 「・・・・・・・・・・・・・・・・」

 途端に顔を真っ赤にして両手を前で交差させる香織に、俺は昨日の事が尾を引いているのを感じて、あの時のタマミズキの言葉の意味を理解した。まあ断じて感謝などしないが・・・・・・。

 「じゃあ、行って来る。父さんと母さんは此処で良いよ。外はあれだし・・・・・・・」

 「まあ、最初からあれだが頑張ってこい。それと何かあったら忘れずに連絡しろよ。此処は向こうじゃないんだ。直哉も香織も親の俺達に頼って良いんだからな」

 「了解。行ってきます」

 「お父さん、お母さん、行ってきます」

 俺達は挨拶をしてドアを開けて外に出た。すると外で待っていた者達の視線が一斉に注がれた。

 「「香織様、直哉様、お迎えに上がりました」」

 沙月さんの声と美夜さんの声が見事に重なって、お互いの視線が火花を散らす睨み合いになった。外に出る前から分かっていた事だが、如何やら見事に同時刻に着いて鉢合わせになってしまった様なのだ。

 「沙月さん、先程も言った様に、敏次さんも居ない状態の貴方達にはお二人を任せられませんわ。此方はお父様、お兄様、私と皆そろっている上に三台の車で来ています。警護の観点からも私達と一緒の方が安全でしょう。最近は何かと物騒で、どこぞの屋敷も襲撃されたとか・・・・」

 冷笑を浮かべての美夜さんの発言に、沙月さん達警護部隊の面々の顔色が変わった。そしてその中の一人の男が叫んだ。

 「水無月家こそ過去の失態を忘れて今更出しゃばるな。元々我らが迎えに来る事になっているのだ。此れは彩希様も知っている事なのだぞ」

 男の言葉に今度は水無月家の顔色が変わり、この場に一触即発の雰囲気が生まれた。何がきっかけになるか分からない剣呑な雰囲気の中で、俺がどう収拾を付けようか思案していると、何かを懐かしむ様な響きのある、しかし哀愁を強く感じさせる声が聞えた。

 「おお・・・その服は・・・・和希様・・・香澄様・・・・・・・・」

 この場にその名を知らない者はおらず、皆はシンと静まり返って声を出した克志さんの動向を見守った。

 「お父様・・・・・・・」

 俺達を眩しそうに見つめて目元を緩ませる克志さんの姿に、美夜さんの呼び声が切なく響いた。そんな中、香織が静々と近づいて行ってそっと労わる様に声を掛けた。

 「この服を覚えていましたか?」

 「はい・・・・・・忘れる事などありません。あの時お二方が着ていた物にそっくりです」

 湿った声に俺を含めて皆が息を呑んだ。あの時とは無論、二人の最後の時だろう。その事に思い当たらない者はこの場にいないのだ。

 「ふふ、そうでしょうね。元々あの服は小さな当時の私が着れる物と今着ている大きさの物があったのです。私も昔一度だけ袖を通しました。あんな事が無ければ本当は家族で着て出かける心算だったのでしょう。男物もあるのは何時か生まれる男の子の為か、または・・・・・・・ふふ、言っても詮無い事でしょうね」

 香織の言葉に皆が神妙な面持ちで聞いていた。俺も初めて知らされた服の由来に思いを馳せていた。

 「私が此の着物を今日着たのは、亡き二人の娘であると示す事と覚悟を示す為です。此れから何が起きても私は死にません。私には守ってくれるお兄ちゃんもいますし、貴方達もいます。もう一度やれるものならやってみろと言った所です」

 毅然とした香織の言葉と態度に、皆のハッとした視線が集まった。そして俺もこの服を着て無様は晒せないと、向こうで王をやっている時の威厳のある声を心掛けて口を開いた。

 「こんな日の出だしから躓くのは困る。皆ここは香織の兄の私の言葉に従って貰うぞ。今日私達は水無月家当主の車に同乗する」

 「直・・・」

 その言葉にハッとして沙月さんが何か言おうとしたけど、俺は口元だけで笑い、其方を一瞥しながら言葉を重ねて黙らせた。

 「沙月さんは護衛組織を代表して一緒に乗ってくれ。他の者達は車に乗って先導して貰おう。前方の警護は任せていいな」

 「「ハッ、了解しました」」

 鋭い視線で威圧しながらの言葉に晒された沙月さん以外の者が、気圧されて姿勢を正して了解してしまった。これでもう沙月さんは反論出来ないだろう。俺が護衛組織の最低限の面子は保てる様にしたのにも気づいているはずだ。俺はマジマジと此方を見つめてくる沙月さんの視線を感じながら、次の命を出す為に貴志さんに向き直った。

 「貴志さんは別の車に乗って後方を警戒して貰いたい」

 「良いぜ。水無月家の名に懸けて安全を保証する」

 家の名を出した貴志さんは、厳しい表情で別の車に向かった。此処での失態は許されないと心に刻んでいるのだろう。

 「さて、美夜さんが持っているのかな?それとも当主か?」

 「私ですわ」

 「そうか、なら一緒に乗ってくれ」

 「ふふ、初めからその心算です」

 その返答に苦笑した俺は、此方を不安そうに見ている香織に話し掛けた。

 「大丈夫だ。驚いたが、気にしていない。むしろ俺が着て良いのかと聞きたいくらいだ」

 「勿論、良いに決まってるわよ。お兄ちゃん以外の誰が着ると言うのよ」

 微笑みながらも軽く睨んできた香織に、俺は肩を竦めながらも内心で、此の服の意味に気付く人間が顔見せで何人いるかな?などと考えていた。

 「さて、じゃあ、ささっと行きますか。ご近所さんの視線がさっきから痛くなって耐えがたくなってきた」

 「うわ、うわさ好きのおばちゃんがのぞいてるし・・・・・うん、早く行くべきだね、お兄ちゃん」

 俺達は問題のおばちゃんに視線を合わせない様にして、ささっと車に乗り込んだ。


 車が発進して暫くは誰も口を開かずに緊張した面持ちだったが、俺が美夜さんに調べた情報を要求した事で場が動き始めた。

 「・・・・・・・・・・・・ふん、分家筆頭と序列二位、三位は手を組んで高みの見物を決め込んでいる訳だ。今回の騒動が如何転んでも力関係が覆るはずが無い故の余裕だな」

 「はい、筆頭の天川家を中心に結束は固く、余程の事が無い限り動かないでしょう」

 「克志さん、水無月家は現在は序列五位だと書いてあるが、間違いないな」

 「はい、まだ何とか五位に収まっています。其れが何か?」

 「水無月家の力で四位ともう一家を味方に付ける事は可能だと思うか?」

 「・・・・・・・・四位は何とかなります。ですが和希様が生きていたかつては兎も角、今の水無月家ではあの三家の結束を崩す事は不可能です」

 此方の思惑が分からず慎重に言葉を発して探って来る克志さんに、俺は突然過ぎたかなと思いつつも質問を続けた。

 「香織が居ても無理か?」

 「残念ですが、香織様と和希様では影響力に差があり過ぎます。真に失礼ながら香織様の名を出しても、私がみこしにしているだけだと思われるのが精々でしょう。未成年で実績も無く、なおかつ女性ですから・・・・・」

 「・・・・・・・・・・・ふう、香織、俺はもう読み終わったから目を通しておいてくれ」

 「エッ、うん、分かったわ、お兄ちゃん」

 俺が憮然とした顔で残りをペラペラペラッともの凄い速度で読んで渡すと、香織は一瞬皆の前で何やってるのお兄ちゃんと言いたそうな顔をして受け取った。そしてさり気無く傍にいるシグルトとフレイにも見える様にしながら、常識的な速度で読み始めた。

 「あの、直哉様、ちゃんと頭に入っているのですか?その・・・・」

 「美夜さん、ハッキリ言って良いですよ。自分達が調べた情報を粗略に扱うなと言いたいのでしょう」

 図星を指されてハッとする美夜さんに、俺はニヤリと笑って内容に対する質問を許した。そして一言一句間違いなく書いていた通りに答える俺の姿に、質問をしていた美夜さんはおろか克志さんまで額に汗を浮かべ始めた。横で聞いていた沙月さんもその様子から事態を察して動揺が隠せていなかった。平然としているのは香織達だけだ。

 「まあ、百枚近くを十分かけずに覚えたと言われたら疑いたくなるのはわかる。だが本気になれば俺は此れ位出来るからあまり気にしない様にしてくれ」

 「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」

 無言で返事をしない皆に苦笑した俺は、克志さんに鋭い視線を向けて新たな質問をした。

 「須王家は警察を動かせたりするか?」

 「昨日の事ですか・・・・須王家は政界と経済界に影響力のある家です。ですから無理をすれば動かせないとは言いませんが、其方に影響力の強い他の名家の事もあり、弱みを見せない為に動かさないのが常です」

 「・・・・・・・影響力が強いのは外狩じゃないよな」

 「違います。外狩も政界と経済界への影響力で力を保つ家です。もっとも規模はどちらも須王の後塵を拝していますが。それ故に今回、好機と思って動いたのでしょう」

 「成る程、元々須王は外狩にとって目障りだったのか・・・・・」

 新しく知った事に暫し思案した俺は、美夜さんや沙月さんの窺う視線を感じて次の質問に変える事にした。先程少し能力?を見せた所為だろうが、二人とも俺を見る視線が警戒するものに変化していた。

 「昨日の武装の出処の方は推測出来ないか?」

 「・・・・・・須王家が用意したのなら国営の第七秘密研究所だと思われます。その存在は一般には秘匿されていますが、あの研究所は新兵器開発を主に研究していますから。ただ私がその存在を知っているのは須王家と他数家の名家が共同で建設資金を援助したからです。其れを考えると・・・・・」

 「・・・・・・・チィ、さっきの警察の時と同じだと言うんだな。普通なら弱みになるから使わない手段だと」

 「はい」

 「・・・・・・・だが一つなら兎も角、二つ重なると気になるな」

 「はい、確かに。常とは違う対応に嫌な感じが付き纏います。ですが須王家が動くのなら、今は水無瀬家を使うはずで、貴志から知った顔が無かったと聞いたので、私は先の襲撃は須王家では無いと考えています。そして付け加えるなら、其方の警護組織などの人員も含めて、知っている限りの須王に関係ある人物データを貴志と美夜に見せましたが、該当する人物はいませんでした」

 俺がその言葉に考えを巡らせていると、沙月さんの声が響いた。

 「あの、昨日何かあったのですか?聞いていると物騒に聞こえますし、それに私が聞いていても良いのでしょうか?直哉様、私は仲間になった覚えはありませんよ」

 「はは、分かっているよ、沙月さん。不味かったら勿論話さない。でも今回は沙月さんの口から報告されて、武俊さんや敏次さんの耳に入る事も期待しているんだよ、俺は。美夜さん昨夜の事を説明してあげてくれるかな。ああ、それと香織は知らないし、知らせる心算はないからその積りで頼むよ」

 俺の言葉に美夜さんが何か言いたげにしたが、香織が素早く手を振って問題ないと態度で示した。美夜さんはそんな俺達を見てため息を吐くと、沙月さんの耳元でそっと囁いて驚く姿を楽しんでいた。あれは明らかに言いたい事を言えない憂さ晴らしだろう。

 「あの資料の彩希さんの行動は間違いないと思って良いんだな」

 「はい、裏付けがあります」

 「今回の顔見せといい、ここ最近の行動が慌ただしいと思わないか?」

 「それは香織様が表舞台に御出になるからでは?準備もありますし」

 「・・・其れだけなら良いんだがな。俺達が参加しなかった主な理由に年齢の事をあげて抵抗していたのは広く知られている。だから名家規則?とやらで、必ず参加しないといけない年齢になる今年から香織が参加する事は、前々から皆分かっていたんだろう?去年なんかは家に「必ず来年は参加するんだろうな」と言う、矢のような催促が来ていたんだぞ」

 「・・・・・・準備の時間は十分あったので、今慌ただしいのは別の理由であると?」

 「ああ、そう考えて良いと思っている」

 「ふむう・・・・・・・・」

 克志さんが深い思考に沈んでいったのを見た俺は、先程から話し掛けたそうにしている沙月さんの方を向いて促した。

 「直哉様、話は聞きました。此の事は父と武俊様に伝えておきます。それで受け取った例の男なのですが、矢張り直哉様の推測通り、他とは違う様です。時間が経って見捨てられた事が分かると比較的アッサリと口を割りましたが、後ろにいた者の事が調べても全く分からないのです。全て途中から辿れなくなっています。他の男達が弘嗣の息のかかった者らしい事は比較的簡単に分かった事を考えると、これは捨て置けません。今は襲撃の事もあり、ピリピリした父が全力で調査している所です」

 「そうか・・・なら昨日の奴らと繋がっているかも調べて見てくれ。奴らの調査は元々水無月家に頼む心算だったが、そっちも動けばかく乱になる。そうすれば奴らも何か行動するかも知れない」

 「分かりました。父に伝えておきます」

 沙月さんが了承すると、美夜さんが不満そうな顔をしていた。直接かかわった事だから自分達だけで調べたかったのだろう。だが俺の頭には昨日の夜寝ずに考えた一つの案があり、水無月家にはその為にも動いて貰わなければいけないのだ。

 「克志さん、美夜さん、名家法の第八の二の全文は覚えていますか?」

 「第八の二ですと・・・・・・・・・・まさか・・・・・・」

 「エッ?・・・・・・第八の二は・・・・・・・・・・・」

 二人は突然の質問に怪訝そうな顔をした後、その内容に思い至って愕然とし、目を限界まで見開いて俺の顔を凝視してきた。その横で沙月さんは第八の二と聞いていても知らないのか、キョトンとしているので余計に二人の尋常じゃない様子が際立ってしまっていた。

 「お兄ちゃん?」

 「香織にも関わるから、後で家に帰ったら説明する。今は分かっていない、武俊さんの側の沙月さんが居るから詳しい話しは無しだ」

 「アッ、秘密の話なのね、お兄ちゃん」

 チラリと沙月さんを見た香織は、その顔に普段は隠すはずの優越感を滲ませている様に見えた。そしてそんな香織を見た沙月さんの口元がピクリと動いた様に見えた。

 「直哉様、第八の二でしたか?聞いた以上報告しますが、よろしいのですね」

 「ああ、構わない。だがそうだな。ついでに伝言を頼もうか。ふふ、知った所で如何にも出来ないだろうと伝えてくれ」

 「・・・・・・・・・・・分かりました」

 俺の様子から碌でもない事だと察した沙月さんが硬い表情と声音で返答した。俺は其れを見届けると未だに俺を見続ける二人に声を掛けた。

 「初めの質問の意図は理解したな、克志さん」

 「はい、理解はしましたが・・・・・・しかし第八の二は・・・・いえ、第八は未だに一度も行使されていない名家法ですぞ」

 「ああ、知っている。だから皆の盲点になっているだろう。其処にいる沙月さんが前に言っていたよ。彩希さんは認知症の兄の世話をしていると。其れはつまり須王の現当主は認知症だと言う事だろ。其れなら慎重に準備すればいけるだろ。違うか?」

 「・・・・・・・・・・直哉様、理屈ではそうですし、確かに序列五位の水無月家当主のお父様には、其れの会合を呼びかける権利があります。しかし筆頭の天川家は強固に反対する事は確実です。其れでは・・・・・」

 「俺は第八の三も適用出来ないかと考えている。それなら天川も黙るのではないか?」

 美夜さんの言葉の途中で告げた淡々とした俺の声に、二人の様子が目に見えて強張った。俺の本気度が窺えたのだろう。

 「俺は今日の顔合わせで香織と共に彩希さんの様子を窺って、其処ら辺の事を探る心算だ。その後、日を改めて水無月家の皆と話し合いたいのだが、良いだろうか?」

 「はい、話し合う事に異論はありませんが、本気で二だけで無く三も適用できるとお思いですか?」

 「今は可能性だけだが、最悪の場合はありうると思っている」

 「・・・・・・直哉様は何をお考えになったのです。先程のご様子から当事者の香織様にも話しておられないのでしょう」

 「まあ、昨日の夜遅くに誰かさんからの着信音で起こされて、其れから考えたから時間が無くて話せなかったんだよ」

 俺は半眼で美夜さんの顔を見つめ、あんな時間に報告してきたのなら分かるだろうと、わざとらしく視線でも語ってやった。すると美夜さんは目に見えて狼狽えた。俺の思った通りに夜の話を聞いていない香織が、ジトーっとした目つきで俺達を見つめて来たのだ。其の目は明らかに俺達の接近を警戒していた。俺は美夜さんにして見れば香織の為を思って真意を問おうとしたのに、此れでは報われないなと思って苦笑してしまった。そして自分で仕向けて置いて言えた事では無いと言いたそうなシグルトとフレイが、そろって首を振っているのは見なかった事にした。

 「はは、そう難しく考えないでもいい。例えばこの事を論じていると向こうが知れば、何らかの行動を起こさずには居られないと言う意味もある。クク、これで本当に認知症かどうかもわかるだろうしな」

 俺がニヤリと笑うと、二人はハッとして成る程と納得して安堵していた。大方、沙月さんを通じて情報を出し、様子を見るのが本当の目的だと思ったのだろう。だが俺は半ば以上本気で名家法の第八の適用を考えていた。第八は強引な方法なのでリスクも大きいが、成功した時のリターンも大きいのだ。適用できるのならした方が香織の立場をかなり盤石に出来るのだ。そして俺は今横に居る香織の脆い立場と、不穏な気配のする未来を考えて、此れからの顔見せで確かな存在感を出して、先の事で主導権を握れるようにして見せると心と服に誓っていた。

 次話の投稿は4日前後を予定しています。30日から2日までごたごたして執筆出来そうにないので、目安ぐらいに思ってください。では皆様、次話もよろしくお願いします。

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