契約者達と親との会話と諜報中の出来事
カチカチカチカチと最新式でならないはずの時計の音が響いた様に感じる重たい静けさがあった。まさに爆発寸前とはこう言う事態の事だろう。今俺はファーレノールでの事を親に話した所なのだ。話しの途中から目を瞑った無言の両親の姿に、俺も香織も戦々恐々とし、話が終わってからもピクリとも動けなかった。今動いてこの均衡を崩したら不味いと本能が警鐘を発しているのだ。
「香織は治るんだな?直哉」
「たぶん、大丈・・・・」
「ああ!?たぶんだと!?」
目を開きもせずに出した父さんの感情を押し殺した低い声に、俺が恐る恐る口を開いた瞬間、部屋に怒声が響いた。ビクッと身を竦ませる俺を、ようやく目を開いた父さんの据わった目がギロリと睨み付けた。その目は偽りもあいまいな表現も許さないと告げていた。
「もう一度聞く。香織は治るんだな、直哉」
「ああ、言っただろう。家に帰る前に忙しそうなメルボルクスをひっつかまえて、シグルトと一緒に無理やり天狐への伝令に仕立て上げたんだ。今頃タマミズキの書いた手紙を持って移動しているはずだ。だから・・・」
「違う。俺はそんな事を聞いているんじゃない」
ドンとテーブルを叩く父さんに、見かねた香織が口を挟んだ。
「お父さん、私は・・・・」
「黙ってろ香織。今は男同士の話をしている」
ギロッと香織を睨んだ父さんが、此方に厳しい視線を向けて俺を見定めようとしていた。
「ふう、そうだな。今回の事はお前の判断ミスが大きい。それは分かっているな、直哉」
「ああ、分かっている」
「本当か?なら俺と話した事をもう忘れたか!?」
「いや、契約前に二人で話した事は、今もこの胸に深く刻んでいる」
「そうか、なら俺が単純に今の香織の状態の事で、直哉を責めている訳では無い事も分かっているな」
「・・・・・ああ、あの時父さんは大きな力を手に入れても、力の無い弱い時の気持ちとそんな中でした覚悟を忘れるな。力だけでは守れるものも守れない。そして失敗を恐れるな・・・・・・アッ」
思い当たる部分を口にしていた俺は、途中で父さんから言われた事をようやく実感していた。父さんだってあの時にこんな状況になるとは思っていなかっただろうに、俺は既に助言をされていたのだ。
「ふん、ようやく気づいたか。なら先にさっきの俺の問いに答えられるな。三度聞こう。香織は治るんだな」
「香織は俺が必ず治す。だから必ず大丈夫だ」
「ふん、少しはマシな顔になったな。そうだ、人間である以上、誰でも失敗は必ずある。それを糧とするのなら失敗も無駄では無い。だが自分が失敗した時は、落ち込んだりなどする贅沢は許されない。失敗した時こそ気を張り、迅速に行動しろ。もたもたして主導権を渡したら、自分の失敗を其のままにして他人に全て任せる事になりかねん。其れは恥だ。そうだな、直哉」
「はい、他人だけに後始末をさせるなど論外です」
「ああ、その通りだ。まあ幸運な事にこっちで何日か考えられるんだ。俺も相談に乗ってやるから、確り対応を考えて置け」
「はい」
俺の気迫の籠った返事に、父さんはホッとした雰囲気を醸し出していた。しかしすぐに表情を引き締めると、ズッシリと響く声を出した。
「さて香織の話に戻そう。俺は失敗しながらでも経験を積み、致命的な失敗だけはしない様に気を配れ。俺もお前も致命的な事は一つだけのはずだ。だから自分の大切な者だけは絶対に他人任せにするな。どんな状況になっても常に自分で気を配り把握しろ。俺はそう確かに言ったはずだぞ」
「はい、そう聞きました」
「ふん、なら俺が何を怒っているか分かっているな」
「はい、色々とあるけど一番の問題は、手段があるのに香織の状態を自分で確かめなかった事です」
「その通りだ。だから先程たぶんなどと言うあいまいな言葉が出てくる。仲間を信じるのは良いし、疑えとも言っていない。だが他の事は兎も角、香織の事は自分で裏を取って確信を持て。普段のお前なら言われるまでも無くやっていたぞ。でないと自分で責任をとれんからな」
その父さんの言葉に、俺は頭をガツンと殴られた様な衝撃を受けていた。父さんは普段から母さんの事には細心を注意を払っていて、俺には気づけない母さんの体調不良もすぐに気づくのだ。そんな父さんに香織の事でたぶんなどと言ったら怒られても当然だ。殴られなかっただけマシだと思わなければならなかった。
「香織、何をニコニコ笑っているのかしら」
俺が深く反省していると、父さんと話していた時も微動だにしなかった母さんが、目を開いて香織を鋭く見つめていた。
「それは勿論お兄ちゃんが私を大切な者だと肯定したからよ、お母さん」
「其れは良かったわね、香織。でも場は弁えなさい。前の香織は出来ていたわよ」
「むーーー、でもお兄ちゃんが・・・・」
「香織」
静かに名を呼ばれた香織が気圧された様に口を噤んだ。そしてその様子を横目に見た俺は、いきなり始まった母さんと香織の会話に無言で耳を傾けた。
「香織、直幸さんはさっき直哉の判断ミスが大きいと言ったけど・・・・・まさか鵜呑みにしてはいないでしょうね。私は今回の事はむしろ香織に問題があると思っているわ。貴女は今回の自分の行動の問題点を自覚しているのでしょうね」
「ええ、勿論自覚しているわ。その場にお兄ちゃんはいなかったし、許可も取らずに行動した以上、本当は全ての責任は私にあるもの」
「香織、私が聞きたいのはそんな言葉では無いわ。砦での戦いから村への潜入まで香織の判断で行動した事を聞いたけど、私には自身の安全への認識が足らないのではないかと思えたわ。貴女は女性なのよ」
「・・・・・・・でもお母さん、私は契約者だから・・・・・」
何時になく厳しい顔をした母さんに睨まれた香織は、反論の言葉の途中で力を失っていた。
「良い、よく心に刻みつけておきなさい。家の馬鹿な男達は、私達に何かあるとおたおたして大変なの。やせ我慢して表面上は取り繕っているけど、私には丸わかりだわ。今も内心では香織の事で動揺しまくりなのよ」
母さんのその言葉に顔を見合わせた俺達は、ウッと唸りそうになってしまった。香織はそんな俺達を横目に見て、真剣な顔になって聞いていた。
「そしてね、二人が私達を守りたいのは分かるのだけど、その行動は結構穴だらけなのよ。だからね、その部分は私達自身で気を付けなければいけないのよ。分かる?」
「えっと、うんわかる」
「そう、ならもう一つ心構えを教えてあげるわ。この人達は私達に何かあったら立ち直れないわよ。自分で自分を責めて果てし無く沈んで自滅するわ。だからそんな人の傍に居ると決めたのなら、普段から安全には細心の注意をしないといけないの。私達はね、もう万が一にも普通でない死に方や酷い目に遭う事は出来ないの。分かった?」
「はい、お母さん」
長年そう行動してきた事を思い起こさせる重みのある母さんの言葉に、香織が息を呑んで神妙な態度で頷いていた。そして其れを見て満足そうな顔になった母さんを、俺達は横で引きつりそうな顔で見る破目になった。穴だらけって・・・・・・。
「それとね、香織。私が厳しい事を言ったのは、其れを見たからでもあるのよ」
母さんが指を指す先には香織が付けている俺が贈ったペンダントがあった。香織が不思議そうに手に取る中で、目を細めた母さんの感情を押し殺した声が響いた。
「香織は気づいていないみたいだけど、そのペンダント傷付いているわよ。香織が直哉からの贈り物を大事にしないなんて考えられないから、よほど危険な状況になったのでしょうね」
「エッ、嘘、何所、何所?」
「はあー、もう・・・・白い宝石の下の・・・・・・ほら、この部分よ。心臓にも近いし、此れが傷ついて気づかないのは問題よ」
「アッ、ほんとだ・・・・・・何時傷付いたの?お兄ちゃんから貰った大切な物なのに・・・・・・・」
傷付いていると聞いて焦った香織は、実際に傷を見つけていきなり泣きそうな顔になった。その香織の様子はペンダントの事しか頭にない事が一目瞭然で、母さんの言葉を真面に聞いていないのは確実だった。その様子に母さんは苦笑いをし、父さんがお前が何とかする場面だぞと言う視線で俺を促してきた。
「香織、見せて見ろ」
促されるまでも無く悲しそうな香織を見かねていた俺は、そっと近寄って頭を撫でて慰めると、ペンダントを手に取って状態を調べた。すると顔を近づけないと分からない程微かとはいえ、確かに傷付いていた。正直言って母さんは、よく気づいたなと感心するぐらいの微かなものだ。
「ごめんなさい、お兄ちゃん・・・・直るかな?」
「此れ位なら買った店に持って行けば何とかなるだろ」
「ほんとう?」
「ああ、店の店長の娘さんの初めて作った作品らしいから、直してくれるさ」
「よかった。ほんと何時傷つけたんだろ。戦闘中は服の中に入れていたのに・・・・・・」
此れ位なら直せるはずだと思ってホッとしていた俺だったが、香織の言葉にふと傷の付き方に違和感を感じて、精密探査魔法で詳しく調べる事にした。よくよく考えたらこのペンダントは俺の力で強化されているのだ。
「・・・・・・・・・・此れは・・・まさか・・・・内側から傷付いて・・・・」
「お兄ちゃん?・・・どうしたの?それと顔が・・・・」
「あ、ああ、ちょっと待ってくれ、香織。タマミズキ、ちょっと来てくれ。此れを如何思う」
俺がペンダントを見せて推測をヒソヒソと話すと、タマミズキは顔を強張らせて考え込んだ。
「この目で見ても普通ならあり得ないと結論するわ。でも状況からすると可能性は否定できない。何より直哉の強化能力は未知の部分が多すぎるわ。前々から疑問だったのだけど、どうやって強化しているのかしら?通常は魔法や能力を使う時、魔力や体力や精神力などの、分かりやすいものを使っているはずなのよ。でもずっと見ていたけど直哉の強化は違うわ。なら直哉の強化は何を使って強化している?」
「エッ、それは命、寿命じゃないのか?前にザインさんも生命力だと言っていたぞ?」
「違うわ。其れは通常の強化では足りない時だけの事でしょう?私も初めはザインさんと同じ様に、体力または活力だと推測して観察してみたんだけど、必要以上に疲れたりしている様には見えなかったわ。むしろ直哉の場合、肉体を強化した時は元気になっている様にすら見えるわ。なら何?」
俺はタマミズキの発言に虚を突かれて、シグルトと視線を交わした。しかしシグルトも分からないのか、首を傾げるだけだった。俺もシグルトも強い強化をする時に寿命を削っていたので、今までザインさんの言った事を鵜呑みにしていたのだ。
「・・・・・・・・分からないな。でも今はペンダントの事だ。俺が強化したからこのペンダントは今発動していると考えて良いんだな」
俺が強い視線でジッと見つめると、それに押された感じのタマミズキがしぶしぶ口を開いた。
「ええ、そうとしか考えられないわ。・・・・まあほんとは今もペンダントに刻まれた魔方陣の種類を考えれば、あり得ないと言いたいんだけどね・・・・ほんと如何なっているのかしら?・・・それにまさか私の力だけじゃ足りないなんて・・・・・あの魔法には万全を期したはずなのに・・・・・」
「魔方陣の種類が何だって?万全?」
途中からぼそぼそと口の中で呟き始めたタマミズキの声が聞こえず聞き返した俺は、突然上がった香織の叫び声に振り向いて注意を逸らしてしまった。もし俺が振り向かずにずっとタマミズキの顔を見ていれば、短時間とはいえ、眉間に皺を寄せて苛立ちと不安が見え隠れした顔を見れただろう・・・・。
「発動!?ちょっと如何言う事、お兄ちゃん」
「あーー、うん、多分だが・・・・タマミズキの魔法と共に、香織の変化を抑え込んでいるんじゃないかと考えている」
「このペンダントが?」
「ああ、元々守りの力の籠った魔道具でもあるからな。其れを俺が強化した事に依って起きた現象だと結論した。シグルト・・・」
「分かったんだ」
「すまん」
最後まで言うまでも無く返事をするシグルトに深く深く感謝すると、俺は顔を近づけてペンダントの傷を確かめてから両手でそっと包んだ。そして此れ以上壊れない様にする為に、両手と額を触れさせて心を込めて祈りながら更なる強化を始めた。今このペンダントが壊れたら、香織に何か致命的な事が起きないとも限らないのだ。
「・・・・・・・・・・・・・ふう、よし此れで良いだろう。香織、このペンダントを常に身に着けていろ。風呂の時も外すなよ」
「う、うん、それは分かったわ、お兄ちゃん。それでその・・・・・」
「うん?何だ?」
強化を終えたペンダントの状態を確かめる事に集中していた俺は、香織のぎこちない声に上の空で答えた。
「あの・・・お兄ちゃん。その・・・・・・」
「だから何だ?」
「クスクスクス、直哉の顔が近いのよ。今の体勢を考えれば分かるでしょうに・・・クスクスクス、香織だって違うとは分かっていても、そんな体勢で真剣な顔をし、そこを熱い視線で見つめられたら動揺するわよねーーー」
笑うタマミズキに如何言う事だと客観的に自分を見ると、今の俺は首から掛かったペンダントに顔を近づけていた。それも香織の正面から前かがみでだ。そしてペンダントの宝石部分が何所に近いか考えれば、後は理解出来るはずだ。俺は気付いた瞬間体温が上がり、ブワッと全身から汗が噴き出るのを感じた。それからペンダントの後ろにあるそれが急激に存在感を増して見えた。
「ま、待て。待ってくれ」
此方の視線がペンダントからそれに移ったのを敏感に感じた香織が、ピクリと反応して身を硬くした事に慌てふためいて叫んだ俺は、皆の視線を感じてそっと周囲を横目で見回した。するとそこには生暖かい視線の両親と、何やってるんだと言いたげなシグルト、フレイ、ルードルと、悪戯を思いついた子供の様な表情のタマミズキが見えた。
「タマ・・・・・・」
俺が嫌な予感を感じて名を呼ぼうとした所で、タマミズキは違和感を感じさせない自然な動作で、肩に手を置いてきた。そしてさり気無くトンと軽く押した。
「魔法をかける時に、私だけ触れたのは公平ではありませんものね。堪能してくださいな。直哉も」
俺と香織だけに聞える小さな声で語りかけたタマミズキは、すぐにスッと離れて行った。俺はその声を聞きながら崩れた体勢を立て直そうとしたが出来ず、そのままそれに顔を突っ込ませた。
「きゃああああああああああ、何するのお兄ちゃん」
俺が顔にポフッとやわらかい感触を感じ、つい魔が差して心地良いと思った時には、悲鳴と共に突き飛ばされて踏鞴を踏んでいた。そしてバッチーンと音がなる程のビンタを顔に貰った。今の香織に手加減は無く、俺の首がねじ切れるかと思う程で、先程感じていた心地良さなどぶっ飛んでしまう痛みが頬に走った。
「うわーー、あれは痛そうなんだ」
「いやあれは痛いなんてものじゃない。よく意識を失わないものだな」
「はあー、香織も向こうで自分から抱き着いていた時は気にしていなかったのですから、今更ですのに・・・・・」
「ううううう、お兄ちゃん」
シグルト達の言葉が耳に響き、顔を恥じらいで真っ赤にした香織に上目遣いで睨まれた俺は、一連の原因を作った元凶を睨んだ。
「うふふ、そんなに睨まないの、直哉。明日は迎えが来て顔見せをするのでしょう。だから明日になれば私に感謝する事になるわ」
「感謝だと?」
「ええ、そうよ。其れに叩かれたとはいえ、良い思いが出来たでしょう?」
「ナッ・・・・・・・・」
俺の心の動きなどお見通しよと言いたげな妖しい微笑みが向けられた。そして俺は先程魔が差した事を思いだし、不覚にも言葉に詰まってしまった。
「お兄ちゃん・・・・・・・・」
途端に香織の白い視線が突き刺さり、父さんの若いな直哉はと言いたげな視線と、母さんのあらあらまあまあと言う好奇の視線が痛かった。
「クスクス、さあ皆、此のまま直哉をからかうのは面白いけど、明日の事もあるし、此れ位にしましょう」
「そうだな。直哉、明日の予定は如何なっている?」
「私達は如何すれば良いの?」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
俺がタマミズキの言葉に何か言う間も無く、皆が一瞬で真顔に戻って真剣な話をし始めた。その変化に俺が呆気にとられて反応出来ないでいると、香織が苦笑して代わりに答え始めた。
「うーん、仕方ないわね。えっとね、お母さん達は家に居てくれればいいわよ。ただ私達が帰るまでは何が起きるか分からないから外に出ないでね」
「うむ、主の言う通りだ。どうしても外出しないといけない時は僕とタマミズキが何時もの様につくが、万全を期すためには外出しないでくれると助かる」
「そして香織には何時もの如く私が傍に居ますが、今週はシグルトも付きます」
「ムッ、そうなると直哉は一人か?俺達は家から出ないから、明日はどちらかついて行った方が良いのではないか?」
「其れは駄目なんだ。こんな事言うとあれだけど、二人はただの人間なんだ。だから万が一の危険があった時の事を考えれば此れが最善なんだ」
「・・・・・・・・・・そうか、はあーー、仕方ない事なのだろうな・・・。ふう、それで明日の顔合わせでは如何振る舞う心算なんだ?危険な事は無いだろうな?」
複雑そうな顔で俺達を一瞥した父さんは、ため息と共に首を振って気を取り直し、危険の有無を尋ねてきた。流石に此れは俺が答えないといけないと思って口を開こうとしたが、其れより先に香織が声を出した。
「うーん、向こう次第になりそうなのよね。それにまだ水無月家から情報が来てないんでしょう?」
「ああ、今日は一日中家に居たが、誰も来なかった。もう夜だし、この分だと明日の朝になるのではないか?」
「うん、お父さんの言うとおりでしょうね」
「ねえ、香織。明日使う情報を朝に貰ってどうにかなるの?今すぐ連絡した方が良いんじゃないの?」
「心配しなくても大丈夫よ、お母さん。今の私達は一度見聞きすれば大抵の事を覚えられるから。ふふ、教科書でもペラペラめくれば覚えられるのよ」
得意げな香織の言葉に今度は母さんが複雑そうな顔をした。俺達が契約者になった事は理解して納得しても、やはり普通とは違う所を見せられると、親として考えずには居られ無い様だ。そして今そんな親を見て、俺まで複雑そうな顔になっているだろうと内心で苦笑していると、香織が肩をポンポンと叩いて来た。
「さっき話そうとしていたし、もう大丈夫かな、お兄ちゃん?明日の計画を考えたのはお兄ちゃんでしょう。此処からはお父さんとお母さんに自分で話してよ」
「あ、ああ、そうだな香織。あー、明日だが、当初の予定通りなら沙月さん辺りが車で迎えに来るはずだ。それで・・・・・・・・」
皆が俺の計画を聞き終えると、明日に向けて今日はもう休む事になった。部屋に戻る俺の背中に父さんが「此処はお前の家だ。ゆっくり休め」と言って見送ってくれた。香織の方も母さんに声を掛けられているみたいだ。俺はかけられた言葉に籠った思いに、心を温かくしながら自室に戻った。
「はあーーーー、色々と父さん達に心配をかけているな。言いたい事だって本当はあんな事だけじゃ無いだろうし・・・・・・・どう思うシグルト」
部屋に入ってすぐベットに飛び込んだ俺は、返事が返ってこない事に部屋を見回してあれっと思い、ようやく今は香織の傍にいる事を思い出していた。
「・・・・・・そう言えば今は香織の傍に居るんだったな。うわ、恥ずかしいな。自分で頼んでおきながら、当たり前の様にいると思ってたよ」
真っ赤だろう顔を枕に埋めて久しぶりに一人になった事を自覚した俺は、広く感じる部屋に違和感を感じながら色々と起きた事について考えた。そして自分でも気づかない内にグシャグシャだった思考をある程度纏めてホッとすると、今までたまっていた疲れから眠ってしまった。しかしその自室での安眠は、枕元に置いていた携帯端末からの着信音で深夜に妨げられ、目覚める事になるのだった。しかも内容は眠気も一気に覚める程、碌なものではなかった。
顔合わせを明日に控えた今日一日、私とお兄様は何か動きがあるのではないかと、朝から建設途中のビルの一室から須王の大邸宅を見張っていた。
「表向きは分からない様になっているけど、嫌になる程警備が厳重ね、お兄様」
「確かにな。此れは準備なしに潜り込める場所じゃない。流石は須王家当主の大邸宅と言った所か・・・・・もう夜になったし如何する美夜」
お兄様の言葉に私は、暗視スコープ越しに見た大邸宅の警備を思い浮かべた。そして気づかれない様に忍び込む事は無理でも、夜の今なら陽動部隊で騒ぎを起こした後なら侵入は可能だと結論した。しかし私は即座にその案を廃棄した。
「直哉様はお急ぎだったけど・・・・・明日はまだ一度目の顔合わせだし、それに今は強硬手段はとりたくないわね。武俊様の邸宅が襲われたばかりだもの。そう考えるとこの警備の厳重さも頷けるわ」
「そうだな。全く何所の馬鹿なんだか・・・・。余計な事をしやがって。さて、じゃ今日は無理をせずに帰るか?彩希様の方は上手く行ったと、美夜に連絡があったんだろ」
「ええ、お父様から連絡があったわ。彩希様の明日の予定は調べて分かったそうよ。明日は本当に顔合わせが目的みたいだけど、なんとかして香織様と会おうとしている気配があると言っていたわ」
「チィ、会って如何する心算なんだか。情報では数日前に此処に来ているんだろ」
「ええ、さっきの報告ではね。本来なら水無月家が警護しているはずの場所なのに、動かなかった間に水無瀬家に警護が任されてしまったわ。だからそんな情報すら数日の遅れがある。こんな事で香織様のお役に立てるのかしら?」
「ぐだぐだ言っても仕方ないだろ。現状でやるしかないんだ」
「そうね、お兄様。でも配下の者達の力量が錆びついている様に感じるわ。配下だけに任せていた敏次達の監視で香織様達が襲われたと知ったのも遅かったし、本命の水面下の動きは殆ど分からずじまいよ。確証がある情報は武人が香織様達にした事と、元和希様派の人達に香織様達との接触を禁じた事くらいよ」
私がそう言って眉を顰めて不満の視線を向けると、お兄様は首を振って答えた。
「まあ言い訳にしかならんが、時間と人員が無いのもあるんだと思うぜ。ほら、当主が明日の顔見せをする者達の現在の情報を集めているだろ」
「お兄様、何を言っているのですか・・・・・あれは普通の情報に毛が生えた程度のものでしょうに・・・・・。はあー、良いですか、水面下での行動情報までついているなら兎も角・・・・・」
「静かにしろ」
私の声を遮ったお兄様が緊張した面持ちで、そっと横目で周囲を窺った。そして無言で手をササッと動かすのを見た私の体が強張った。お兄様は私達が囲まれていると告げて来たのだ。私もすぐに思考を切り替えて手話で会話を始めた。
「何人ですか?」
「十人以上としか分からん」
「水無瀬家でしょうか?」
「可能性は高いが、この距離で見つかるとなると、かつてより実力は上だな」
「・・・・・どうしますか?」
「向こうの出方次第だな。準備をしておけ」
私達がそうやって話し合っていると、どこからか男の声が響いて来た。
「何所の者かは知りませんが、須王の邸宅の様子を窺っていた事は分かっています。既に逃げ道は塞ぎましたので、大人しく投降してください。大人しくすれば優しく尋問してあげますよ。一人は見目麗しい女性の様ですし」
「ヒィィィ、なに?何なのお兄ちゃん」
「よしよし、計画通りだから大丈夫だ。俺がついているぞ」
私が悲鳴をあげて怯えたふりをしながら近寄って腕にしがみ付くと、お兄様が慰めるふりをしながらニヤリと笑って大声を上げた。
「さあ、ようやく現れたな。顔を見せやがれ、この変態ストーカーが。何時も何時も訳のわからないメールを送って妹を怖がらせやがって。俺達が囮になれば必ず来ると思っていたぞ。すぐに警察もくる手筈になっている観念するんだな」
一瞬向こうに動揺が走った様に感じられたものの、すぐに先程の男の笑い声が響いた。
「ククク、なかなか面白い受け答えですね。水無月家の兄妹」
此方の素性を知られている事に一瞬体を強張らせてしまった私は、伝わってきた雰囲気から自分の失敗を悟った。向こうは確証までは無かったらしく、鎌を掛けて此方の反応を窺っていたのだ。
「ククク、此れは此れは大物がかかりましたね。未確定の情報としてですが、先程水無月家が動いている可能性があると聞いたばかりだったのですよ。ククク、まさかこんなに早く本当だと確かめられるとは、私も思っていませんでしたよ。さて此れは絶対に逃がせなくなりました。捕らえて新しい主の情報を吐いて貰いますよ。総員生捕りにしなさい」
指示を受けた者達が包囲を狭めて近づいてくるのを感じた私は、お兄様と視線を合わせて頷くと、真っ直ぐ男の声がする方向に疾駆する事にした。長々と話していたのは音源を確かめる意味もあったのだ。
「お兄様、背中は任せます」
「分かった。こうなったら指示をしている男の顔くらいは拝んで行かないと割に合わない」
「ええ、それに出来れば何所の者かの確証が欲しいです」
私達の動きに合わせて向こうの動きも速まった。私は建設途中で扉の無い入り口に向かって閃光弾を放り投げた。コロコロと転がる閃光弾はすぐに目を焼く様な眩い光を放ち、近づいて来ていた者達の悲鳴が響いた。
「邪魔ですわ。そこを退きなさい」
「おらおら、目が見えないくらいで棒立ちになってんじゃねえよ。この素人が」
私は目を瞑ったまま敵の気配を頼りにぶつからない様に避けて駆け抜けた。でも後ろから付いて来るお兄様は進路上の邪魔な者は容赦なく殴り飛ばしたり蹴り飛ばしたりして排除しているみたいだ。バキバキっと響く音が私に其れを伝えていた。
「お兄様、敵は如何やら無視界戦闘を心得ていません。このまま閃光弾で視界を奪って戦いますから、目を瞑ったままで移動しますよ」
「了解。だが気を付けろ、奴らは銃で武装している可能性が高い。さっき其れらしき物を足で踏んだ」
「銃・・・・・・分かりました」
「いたぞ。対象は閃光弾を使用した様だ。全員注意しろ」
前方に新たに現れた男達が通路を塞いだ様だ。私はすぐに閃光弾を投げると敵の視界を奪った。しかし注意の声の所為で効果は半減し、先の男達の様に目を焼かれる事は無かった様だ。
「光はいずれ収まる。それに見えない今は奴らも動けないはず・・・・・ガハッ・・・・・・・」
言葉の途中で駆け寄った私の蹴りが容赦なく鳩尾を抉った。そして私が間髪入れずに二撃目を放つと、男は息を詰まらせて吹っ飛んでいった。
「愚かね。この私が誰か知っているのなら、たかが目が見えないくらいで戦えないはずが無いと分かるでしょうに・・・・・・」
「ぐあ・・・・・」
「ちょ、重い・・・・・・・」
「痛、クッ、貴様が敵か?」
「まま、待て、俺は・・・・・・・」
私が蹴った男は他の男とぶつかったらしく、別の男達の悲鳴と巻き込んで倒れる音がした。そして小さな混乱が起きた事を悟ったお兄様がそんな機会を逃すはずもなく、うまく立ち回って同士討ちを行わせているのが敵の声と気配から分かった。
「貴方達が銃を持っているのは知っていますわ。でもそんな状態で撃てるものなら撃って見なさいな。仲間を殺す覚悟はおありかしら?」
今攻撃していた男が懐に手を入れたのを感じた私が告げると、ピタリと動きが止まった。そこに私が容赦なく連撃を叩き込んでいると、お兄様の呆れ混じりの声が背中に掛けられた。
「おい、気分よく戦っている所悪いが、次の団体さんが来たぜ」
「はいはい、分かっていますわ」
私は既に用意していた閃光弾を新手に投げたのだが、現れた男達は既に持っていたらしい銃をこっちに向けて乱射し始めた様だ。直接目に見えずともパンパンパンパンパンと銃声が響いた瞬間に体を床に投げ出した私は、先程倒した男の陰に隠れて様子を窺った。幸い今の所は目が見えない所為で、見当はずれの所を撃っている事が着弾音から推測された。
「あなた達仲間ごと撃つ心算なのですか?今気絶している仲間に当たりましたよ」
「・・・・・・・・・それでも撃ってお前たちを確保する様に命を受けている」
男の硬い声に顔を顰めた私は、非情な命令を配下に実行させられる指揮官に警戒度を上げた。そして出した声を頼りにしたのか、着弾音が段々近づいているのに気付いた私は、此のままではいずれ当たると考えて叫んだ。
「お兄様」
「任せろ」
別の男を盾にしたお兄様は、すぐに其処ら辺にいた意識のある男を掴むと新手に向かって投げ飛ばした。運悪く通路の中央を飛んで行く男の体に銃弾が次々と命中した。
「ぎゃあああああああああああああ」
身の毛も弥立つ仲間の絶叫に敵の発砲が止んだ瞬間に、私とお兄様は後退して別の通路に避難した。
「お兄様、下に行ってこの場を去りましょう。あれだけの発砲音が響けば騒ぎになります」
「・・・・・・チィ、引き時って事か・・・・分かった、下に行ってみよう。其れでも俺達を逃がさない様にするはずだから男の顔くらい拝めるかもな」
「はい、では此れが終わったら階段に向かいます」
私は話しの合間に追って来る者達の事を考えて、簡単な催涙弾のトラップをこの場に仕掛けていた。そしてそれを終えるとすぐに移動を開始した。
「「ぎゃあああああああああああああああああ」」
私達が階段にたどり着いた頃に去った方向から、沢山の悲鳴が響いた・・・・・。
「其処に居るのは分かっています。逃がしませんよ、二人とも」
俺達が下調べで把握しているビルの構造を利用しながら、現れる敵を排除して入り口にたどり着いた時、そこには既に全体の指揮官だと思われる男が陣取っていた。
「お兄様・・・・あれは・・・・・・」
「おいおい、予想に反して知らない顔なのは・・・・まあ良いが。・・・・・チィ、あの男・・・何所から手に入れたんだよ、あんな物」
流石の美夜も動揺が隠せずに俺の顔を見て意見を求めてきた。俺は其れを仕方ないと思いながら見間違いではないかともう一度階下を窺った。しかしそれは確かにそこにあった。
「・・・・あれはまだ最初の物が作られてから一月も経っていない最新の軽凝集光銃だぞ。確か多機能性と威力を保ったまま小型化するのが難しいんだったか?それにあっちは無反動砲と軽機関銃か?」
「ええ、どちらも最新式で五キロ以下の物ですわ。でもお兄様、其れだけではありませんわ。あれは話に聞いた最新式の携帯気化爆弾ではないかと・・・・・」
美夜の言葉に俺は耳を疑ってしまった。携帯気化爆弾などと言っているがそれはまだ仮称で、あれは確か四方八方に可燃性の特殊な合成気体をまき散らしながら点火し、轟音を響かせながら燃え上がると言われている携帯殺戮兵器だ。従来の気化爆弾とは別物で爆風は殆ど起きず、範囲内を焼き尽くす事が出来るらしいと言われていた。大きさは手榴弾を二回りくらい大きくした程度なのに、一発でこんな作りかけのビルなど崩壊する事間違いなしの、今現在開発中のはずのものだった。
「・・・・・・・・・・奴ら市街戦でもする心算か?」
「さあ?其れよりお兄様どうしますか?私が今持っている中で一番威力が高いのは此れですが・・・・・」
「・・・・・最新式のプラスチック爆弾かよ。お前も何考えてそんな物騒な物持ってやがった」
「出来る女の嗜みですわ。まだ何個かありますわよ」
今の美夜は兄の俺の贔屓目から見ても、見惚れる笑顔を浮かべていたが、手に沢山爆弾を持っているので台無しだった。
「・・・・・・・・まあ良い。それを此処の階段と手ごろな部屋に仕掛けて注意を引き、爆発と共に二階の部屋の窓から飛び降りて逃走する。良いな?」
「ええ、分かりましたわ。しかしこのビルの持ち主は大変ですわね。建設途中で銃撃と爆破に遭うとは・・・・・」
「・・・・・・・余計な事を言っていないで閃光弾を寄こせ。下に何個か落として牽制する。その間に仕掛けろ」
「はいはい、其れではこれをどうぞお兄様」
憮然とする俺に閃光弾を渡した美夜は、手早く爆弾を仕掛けると、足音を殺して去って行った。俺は其れを見送りながら閃光弾を下に向かって転がした。
「まだ抵抗するのですか?此の武装を見て何か分からないのですか?後悔しますよ」
そう言った男は目に何かを装着して引き金を引いた。すると光りが走ったと思った時には、ジュウっと音をたてて俺の横の壁が焼けていた。直後にようやく閃光弾が下で炸裂したのだが、平然と立っている男に効果が無い事は明白だった。俺はそれでも時間稼ぎに持っている分を全部投げたのだが・・・・やはり意味は無かった。
「チィ、此れでは俺だけが見えなくなって不利だ。・・・・・・・仕方ない、不十分だがもう移動しよう」
「ようやく諦めましたか?分かったら降伏しなさい。情報を大人しく吐けば、命は助けましょう」
「お前は馬鹿か?敵のそんな言葉を信じる奴は長生きできないんだよ。それに俺達が逃げ切れれば、それだけでお前の評価は台無しだ。そんな最新の武装までして逃がすなんて無能の証だからな。じゃあな、お馬鹿さん」
俺が脇目も振らずに音をたてて走ると、その音から逃走したと判断した男が無線で追う様に指示する声が聞えた。挑発したので追って来るかと思ったのだが、そこまで馬鹿では無かった様だ。その後すぐに背後で爆発音がしてガラガラと階段が崩れる音がした。本当に残念だ。追って来てくれれば巻き添えに出来たのだ。
「お兄様、もう爆破したのですか?」
「ああ、閃光弾が効かなかった。此処は仕掛けたか?」
「ええ、此処は。ですが他はまだです」
「・・・・・・・確か外に木があったよな」
「ええ、あっちの部屋の窓にありますが・・・・」
「あの木の枝を掴んで反動を利用すれば、あっちの路地まで跳べないか?」
「・・・・・・・・正気ですか?お兄様。そこまで何メートルあると思っているのです」
「ああ、正気だ。お前は俺の背中にしがみついてくれれば良い。後は俺が跳ぶ。まあ、ギリギリだが俺達二人分の重量なら何とかなるだろ。其れに確かバイクはそっちの方にある廃屋に隠してあっただろう?」
「・・・・・・・・まあ、百歩譲って跳べたとしましょう。ですがお兄様、あの木は入り口付近から見えると思いますが?敵が大人しく見ているとでも?」
「時間が無いからだよ。初めは見えない位置から飛び降りて下に行き、壁を乗り越えて逃げる心算だった。でも爆弾を全て設置する暇も無かったから、別の場所で何度も爆発させて注意を引き、必要時間を稼ぐ事が出来ない。後は言わなくても分かるだろ」
俺がそう言って肩を竦めると美夜は厳しい顔で黙り込むと、心底から忌々しそうにして頷いた。
「じゃあ、木の近くの部屋に移動するぞ。中に入って背中にしがみ付いたら爆破してくれ」
「・・・・・・・・はい」
不安が隠せていない美夜の返事に、俺は無理も無いと思った。此れは明らかに賭けだ。俺も出来るならもうちょっと安全策を取りたいのだが、誰一人顔見知りがいない事と敵の武装、特に携帯気化爆弾が嫌な雰囲気を感じさせていた。挑発しても乗ってこなかったあの男が、普通に考えれば使えないはずの武装で威嚇する様な者とは思えないのだ。だとすると使えると言う事で、俺の頭には最後には其れを使って焼き尽くし、証拠隠滅を図るのではないかと言う考えが浮かんで消えなかった。
「よし跳ぶぞ」
「はい、お兄様」
返事と共に反対方向で爆音が響く中、俺は心の中で雄叫びをあげながら、まだガラスの無い窓から跳躍した。
「うお、あぶね。思ったより跳躍に勢いがないし、枝がみしみし言って今にも折れそうな感じだ。重量オーバーだな此れは・・・・」
「お兄様!!」
何とか枝に掴まった俺の呟きに、美夜の怒声が耳元で響いた。
「ばっ、馬鹿」
俺が不味いと思った時には、敵の大声が響いていた。
「ガサガサ音がしたと思ったら・・・・こっちの木に奴らが掴まっています」
「なに?逃がすな。奴らとその木を撃て」
元々音で此方を窺っていたらしき男が俺達を指さして報告していた。そして中にいるらしき指揮官の大声が俺達にも聞こえた。
「俺が上の枝を撃つ。お前は樹の幹を撃て」
その声と共に軽機関銃がバババババババババと音をたてて、弾丸が俺達の方に飛んで来た。そして無反動砲が幹に向かってドンと音をたてて放たれた。
「ちきしょうがーーーーーーーー」
思わず叫んだ俺は満足な反動を確保する事無く跳躍する破目になった。俺達が居なくなってすぐに枝付近に弾丸が当たる音が響き、つかまっていた枝が呆気なく地に落ちて音をたてた。そしてその後すぐにドーーーンと爆音が響いて、みしみしみしみしと木が音をたてて倒れようとしていた。しかも運の悪い事に音の感じから此方の背に向かって倒れている様だ。
「くそがーーーーー、ヤッパリ距離が足りねーぞーーーーー」
明らかに壁に到達出来ない事が分かった俺は、焦りと共に汚い言葉で罵った。此のまま降りれば囲まれて蜂の巣は確定だ。もう今更どうにも出来ない未来に顔を青くした其の時、俺の体に爆風が叩きつけられクルリと回転した。
「きゃあああああ」
「うおおおおおお」
反転して真っ先に目に入ったのは、想像より近くにあった倒れ込んでくる木だ。もう数秒で俺達に当たるだろう。
「ふざけんじゃねえぞーーーーーー」
叫んだ俺は最後のあがきに迫りくる木に蹴りを放った。すぐにガスッと鈍い音がして足に痛みが走ったが、倒れる木の力に弾き飛ばされた俺達の体は壁の外の地面に別々に叩きつけられた。
「がは・・・・・・・」
「ぎゃあ・・・・・・・・」
叩きつけられた時にバラバラになった俺達だったが、まだピンチは終わっていなかった。壁に当たって速度が落ちているものの、木は壁を破壊しながら俺達の上に落ちて来ているのだ。此のまま此処にいたら潰される事、間違いなしだった。
「おい、横に転がれ」
美夜が視界の隅で転がる事を確認した後、俺もすぐに横に転がり、まさに間一髪でかわす事が出来た。轟音をたてて横数センチに倒れた木の重量を考えると身が凍る思いだった。
「はあ、はあ、はあ、立てるな?すぐに逃げるぞ。奴らの足音が聞える」
「ええ・・・・・何とか立てますわ。急ぎましょう、お兄様」
俺達は這う這うの体でバイクまで移動すると、荒い息で美夜にある物を渡して跨った。
「待ちやがれ」
「待てと言われて待つ訳無いだろ。あばよ」
俺は背後から掛かった声に振り向きもせず、捨て台詞を吐いてバイクを急発進させた。
「全員撃ちなさい。逃がすくらいなら殺すのです」
男の指示と同時に光が走り、バババババババババっと銃声が響いた。
「美夜」
「分かっていますわ」
何とか車体を振ってかわした光に道路標識が消し飛ばされる中、渡された美夜が用意していた防弾盾を後ろ掲げた。その防弾盾とバイクの車体に銃弾ががんがんと当たった。俺は背中に冷や汗を掻きながらも、アクセル全開のまま手近な脇道に入って射線から姿を隠した。
「無事か美夜?」
「防弾盾を使ってなんとかと言った所ですが・・・・・やはり、バイクに積める携帯用ではこの程度ですわね。もうボロボロで使い物になりませんわ」
美夜はそう言うとアッサリ防弾盾をポイッと捨ててしまった。
「おい、捨てんなよ」
「少しでも軽いほうが速度がでますわ。其れよりお兄様の方こそ腕に掠って怪我をしていますわ。大丈夫ですか?」
「フッ、此れ位は大丈夫だ」
「そうですか・・・・・そのお兄様、今気づいたのですが・・・・燃料が出ています」
「なんだと?」
俺は慌ててバイクを見たが、確かに燃料が漏れていた。
「・・・・・・・・・ここから一番近いのは地下鉄だったな?」
「ええ、そうですが・・・・・持たないのですか?」
「ああ、残念だが駄目だ。手近な場所で乗り捨てるしかない。幸い振り切れた様だから問題無いだろ」
「分かりました。少し行った所に公園があるはずです。其処で乗り捨てましょう。幸いな事に使わなかったプラスチック爆弾がありますし」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
俺は長年乗った特注の愛車の末路に思いを馳せ、苦い表情で歯を食い縛らなければいけなかった。
「はあーーーーーーーーーー、地下鉄に乗って移動先をかく乱した後、俺が手頃な場所で当主に報告と迎えの要請をする。その間に美夜はあっちに報告しておけ。連絡先の番号はもう調べて知っているんだろう」
「ええ、知っていますが、どこまで話しますか?」
「全てだ。俺達が行動している事を知られた所から敵の武装まで隠すな。あと連中が水無瀬家では無い可能性が高い事もだぞ」
「・・・・・・大丈夫でしょうか?私達でも動揺するレベルですわよ」
「ふん、余計な心配はするな。この程度で怯む様な男には見えなかった。むしろ今は使えないと思われないか心配していろ」
「・・・・・・・・・・・・・お兄様のお言葉に従います」
不満を隠せていない美夜の声に苦笑した俺は、ようやく見えてきた公園に安堵し、此れからのまだ長い夜に内心で深いため息を吐いた。
次話の投稿は27日以降を予定しています。さて読者の皆様、私は今回何度か書き直したりしたのですが、如何だったでしょうか?もしおかしいと思ったりしたら、どうか感想に書いてください。どのような感想でも確り読ませていただきます。そして今後も読んでくださる皆様、次話もよろしくお願いします。




