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契約者達と帰って来たカリーナとミロリーナの治療

 俺がリグレス公爵とメイベル様、ミーミルちゃんとホルミスと一緒に歓談していると、バタンと勢いよく部屋の扉が開けられた。そして入って来た者は、一直線に風を切って俺の胸に飛び込んで来た。

 「お兄ちゃん、たっだいま」

 「おかえり、カリーナ。ルードルに報告を受けて心配していたんだぞ。無事で良かった」

 俺は部屋に走って近づく香織の気配を事前に察しており、皆の手前もあって表面上は冷静に対処した。具体的に言うと、飛びついて来た香織を優しく受け止め、取り繕った表情でよしよしと頭を撫でたのだ。

 「・・・・・・・・・むーーーー、なんか違う。そんな子供にする様な態度じゃ無くて、もっと相応しい態度があるでしょう?お兄ちゃん」

 「・・・・そんなに頬を膨らませて何が言いたいんだ?俺としては今の態度は満点だったと思っているんだが?」

 「何言っているの、お兄ちゃん。満点どころか二十点も上げられないわよ。ずっと毎日一緒にいた私達が何日も離れていたのよ。もっとこう、あるでしょう」

 「・・・・・・・・・さあ?」

 俺は視線を逸らしそうにながらも、何とか何も分かりませんと言う顔を浮かべてとぼけてみせた。まあ俺は香織の言いたい事は何となく・・・いや、経験から分かるのだが、今この場でその望みを叶える心算は欠片も無かった。何故なら此方をジッと見る、ワクワクとした好奇心を隠そうともしない三対の目があるからだ。それは学校に居るゴシップ好きの記者志望の女を思い起こさせる目だった。学校が魔窟と化したのも、何割かはあの女の所為だろう。今の俺が会いたくなくて避けている女の内の一人だった。

 「むーーーー、とぼけたって駄目なんだから。私はお兄ちゃんに『当たり前だと思っていたカリーナが居なくて、ポッカリと胸に穴が開いた様に感じて寂しかったよ。離れていると心配だし、もう何所にも行かないでずっと俺の傍に居て欲しい』と言って欲しかったんだよ」

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 想像を遥かに、遥かに、遥かに超えた言葉に、俺は一瞬で頭の中が真っ白になって、現実逃避しかかってしまった。

 「なあ、言うと思うか?メイベル」

 「うふふ、さあどうでしょうか?でも私も一度くらい言われてみたい言葉ですね」

 「ふふ、父親になる前の私に言ってくれれば、その望みを叶えたよ。でも今はもう流石にね・・・ほらミーミルも横で目を丸くしているし」

 「あら、ほんと・・・・・」

 「シッ、お父様、お母様、静かにしてください。お兄様が動き始めましたわ」

 「ピヨピヨ」

 それからどれ位の時が経ったのだろうか、ニヤニヤとした感じの視線を受けて我に返った俺は、耳に入っていたものの脳が拒絶していた、楽しそうなリグレス公爵達の言葉の意味を嫌々ながら理解する事になった。俺はリグレス公爵達を一瞥してけん制してから下を向き、上目使いで懇願する香織の顔をマジマジと見た。すると其処には不満そうな顔をしながらも、不安と期待が入り混じったそわそわした雰囲気の香織がいた。

 「・・・・・・・・・・・・あーーー、そのだな。此れで許してくれ。本当に心配したんだぞ、香織」

 香織をぎゅっと力一杯抱きしめた俺は、その耳元で誰にも聞こえない程小さく、だけど万感の思いの籠った声で本来の名を呼んだ。するとその思いが伝わったのか、香織が体の力を抜くのが分かった。

 「ただいま、お兄ちゃん。ヤッパリ此処が一番安らげるよ」

 「此れからもそうあれる様に頑張るよ」

 「うん」

 「むう、上手くかわしたな」

 「そうですわね。其れより最後の言葉が聞こえませんでしたわ」

 「ふふ、わざとだろうな。しかしあのカリーナの安心しきった表情を見れば、二人だけの秘密にしておいた方が良かろう。私もそこまで無粋ではないしな」

 「ふふふ、無粋な男は嫌われてしまいますものね。それにああ言う話は、後でこっそり女だけの秘密の場で話すのが楽しいのですし、ねえミーミル」

 「お母様・・・・・・・・」

 「ピーヨ」

 聞こえてくる雑音を無視した俺達が暫くそうやって過ごしていると、扉が開いたままの入り口からフレイ達と少女を抱えた男が入って来た。男は部屋に一歩踏み込んでから俺達の様子に気づいて驚愕し、気まずそうに視線を逸らして踵を返そうとした。しかし俺達に生暖かい視線を向けて楽しんでいたリグレス公爵が呼び止め、少女と共に微妙な表情で椅子に座った。

 「んん、カリーナ、彼らの紹介をしてくれ」

 咳払いをして仕切り直した俺が声を掛けると、香織は素早く立ちあがって後ろに回った。そして何を考えたのか知らないが、俺の首に手を回してしがみ付いてから、耳元に口をよせて小声で答えた。

 「二人は蒼王国のジェスター将軍と娘のキャロリーよ。ジェスター将軍はお兄ちゃんと私達だけに話したい事があるそうよ。それと歩けないキャロリーと衰弱して重体のお母さんがいるから、お兄ちゃんに治療して欲しいの。私が二人に治療を約束したわ」

 「・・・・・・そうか、分かった。ならすぐ治療しよう。だがら離してくれないか、カリーナ」

 「いや、離さない。ずっと一緒に居られなかったんだから、お兄ちゃんが我慢して」

 首に回された腕に力が籠ったのを感じた俺は、事此処に至って香織の様子がおかしい事を受け入れた。俺も薄々分かってはいたのだが、さっきまでのは会えなかった所為かも知れないと思いたかったのだ。俺が此方の様子を観察しているタマミズキにチラリと視線を向けると、苦笑しながら頷いて呆れまじりの声を出した。

 「ふふ、そう心配そうにしなくても原因は神器と呪みたいですし、既に大体の応急処置は済んでいるから問題無いわ。此れ以上の本格的な処置は天狐の里に行かないと駄目なの。此れから里に伝えて準備をさせるから待って頂戴。それと今のその態度はロベールに対して、感情のタガが外れているだけだから気にしない様にしなさい。うふふふふ、流石に長年蓄積されたロベールへの思いは抑えられなかったみたいね。クス、まあ被っていた猫が脱げて、本音が出ているだけとも言うけど。うふふふふ、冷静になった時が今から楽しみだわ」

 「おいおい・・・・。それで今俺が気を付ける事や出来る事はあるのか?」

 「里に行くまで無いわよ。うふふふふ、今はただ受け止めてあげれば良いの」

 「むーーーー、お兄ちゃん、タマミズキとばかり話さないで。ほらミロリーナさんを出したから早くして」

 頬を膨らませた香織が、俺の顔をガシッと掴んで無理やり向きをかえた。

 「グッ、ちょ・・・カリーナ・・・痛い・・・・」

 首を寝違えた様に痛めた俺は、抗議の途中で目にしたミロリーナさんの状態に息を呑んでいた。

 「・・・・此れは・・・・・・・・・・・」

 慌てて立ちあがった俺は、香織を首からぶら下げる事になったのも構わずに近づくと、素早く魔法で状態を精査した。

 「・・・・衰弱は酷いが俺なら問題無い・・・・・だが此れは・・・何か薬物を使われているな。それに・・・・・」

 「薬物だと・・・・おお、おい、ミロリーナは助かるのか・・・・なあ如何なんだ」

 焦りと不安の入り混じった声に、俺はジェスター将軍を見て苦い表情をした。

 「ミロリーナさんは何かに寄生されています。薬物は其れを眠らせるものでしょう」

 「きき、寄生だと・・・・・如何言う事だ。何故ミロリーナがそんな事に・・・・・」

 「お母様は助かるのですか?」

 「其れは・・・・・・」

 「ロベール、どれ位必要なのかな?」

 「シグルト・・・・・・・・・・」

 俺が苦い表情で口にするのを躊躇っていると、シグルトが傍まで依ってきて今一度促した。俺は参ったなとため息を吐いてから、周りの人には聞かれない様にそっと声を出した。

 「如何やらかなり長い間寄生しているらしい。もうガッシリと寄生してしまっている。こうなると寄生している部分を直接転移して抉ってから、一気に再生治療するのが最善だ。だから対抗魔力を無視する為などに六半クーラは必要だ。それと別の問題は、これをやると皆にばれると考えられる事だ」

 「・・・うん、勘の良い者なら心臓でも同じ事が出来ると気付けるんだ」

 「ああ、流石に此れを見せたら受け入れられる恐怖の限界を超えるだろ」

 「ふふ、なら私が皆の目を惹きつけて誤魔化しましょう」

 「タマミズキ・・・・・出来るのか?」

 「ええ、任せてください」

 「そうか・・・じゃあ頼む。それと何だが・・・・・少しタマミズキの知識を借りたい。まず・・・・この手順で問題無いよな」

 「ええ、ロベールの力ならそれで問題ありませんわ。・・・・如何したのです?其れくらい聞かなくても負傷兵の治療で分かっているでしょう?」

 「ああ、まあな・・・・」

 歯切れの悪い俺の言葉に、タマミズキが怪訝そうな顔をして首を傾げた。その様子に苦笑した俺は、覚悟を決めてそっと囁いた。

 「たぶんなんだが・・・・・・ミロリーナさんは祖先に人外が居た可能がある。今まで治療してきた人と遺伝子が微妙に違う部分がある」

 俺の言葉を聞いた皆は、ギョッと顔色を変えてから、本当かと確認する様に目配せしてきた。俺は真剣な表情で頷くと「でもそれが何なのか分からない。だから調べて欲しい」と告げて、ひそひそと話す此方を窺う人々に愛想笑いを浮かべて誤魔化す様に告げた。

 「今治療方法に問題が無いか確認しました。シグルトとタマミズキの了解を得たので此れから治療します」

 「ミロリーナは助かるのか!?」

 勢い込んで近づいて来たジェスター将軍に掴みかかられた俺は、肩の手を離させると落ち着く様にゆっくりハッキリと声を出した。

 「ええ、何とかしますから、安心してください。それで悪いのですが、少し離れてください。治療の邪魔になるのです」

 「あ、ああ、そうだな、分かった。ミロリーナを頼む」

 「はい」

 娘の元まで戻ったジェスター将軍を見届けた俺は、タマミズキに目配せをした。すると頷いたタマミズキは注目される様にゆっくりと皆の前を横切ると、ちょうど反対側で静かに舞い始めた。その突然の舞は優美で美しく、洗練された動きから窺える長い年月の研鑚が深みを作り、皆は愚か俺までボーーーーと見とれてしまった。

 「ほう、此れは見事だ」

 「そうね、皇妹として舞は色々な祭りで見たけど、此処までの物は無かったわね」

 「うわーーー、素敵です。後で私にも教えて欲しいです」

 「何故舞を?しかし・・・・・・・」

 「・・・・・・・・・・・・凄い・・・・」

 耳から皆の感嘆の声が聞えてくるが、俺の視線はタマミズキに釘付けだった。段々と躍動感溢れる物になった舞は神聖な雰囲気を感じられ、着ている物が巫女服?だったら神楽舞に見えたと思え、俺は普段と違うタマミズキの魅力にドキドキし始めてしまった。

 「ちょ・・何をする、カリーナ」

 「何見とれているのよ。お兄ちゃんは今の内に治療するんでしょう」

 頬を抓られて反射的に抗議した俺に向けられた香織の視線と囁き声は、不満と嫉妬、そして軽蔑をタップリと含んでいた。

 「あの舞、人の精神に作用して惹きつけるみたいだけど、そんなにアッサリ堕ちないでよね、お兄ちゃん。私が此処に居るのよ」

 「・・・・・・あーーー、今は治療が優先だ。話はまた後でと言う事で」

 俺はカリーナのジトーーーーとした視線から逃れる様に治療を始めた。俺はまず全身に軽い回復魔法をかけて様子を窺った。すると予想通り、薬で動かなくなっていた寄生生物?が活動を再開し、周辺の体組織を侵食を始めた。

 「チィ、やはりこうなるか・・・・だが動いてくれたおかげで、転移させる対象の特定が楽になった。此れなら必要最小限で済ませる事が出来る。シグルト、使うぞ」

 「うん」

 俺はシグルトの返事と同時に力を使って強引に対抗魔力などの抵抗をねじ伏せて、寄生生物?の周辺の肉ごと転移させた。

 「ロベール、早くこの中に入れるんだ」

 俺が手早くシグルトの開いた空間に転移した物を入れると、其の時にはビクンと体を痙攣させたミロリーナさんの服が血まみれになっていた。

 「チィ、思ったより出血が多いな。持ち堪えてくれよ・・・・・・」

 助かると理性では分かっているのだが、こうも目の前で大量出血されると不安が生まれるのを防げなかった。なんと言っても此れは俺がやった事なのだ。俺は必死に回復魔法を掛けながらシグルトに目配せし、もう必要ない邪魔な魔道具を回収して貰った。

 「大丈夫だよ、お兄ちゃん。ほらもう出血が少なくなってきた。ちゃんとお兄ちゃんの魔法で再生されて塞がっていってる」

 「・・・・本当だ。沢山あった魔道具が無くなったおかげで良く分かる。ふう、此れで一安心・・・」

 「おい、如何言う事だ。貴様、ミロリーナに何をした。何でちょっと目を離した隙に血まみれなんだ。おい、ミロリーナは生きているんだろうな」

 俺が安堵のため息を吐こうとした時、後ろから肩を掴まれて凄まじい怒声が掛けられた。治療中で動けない俺に代わって、香織が素早くその手を掴むと、鋭い叱責の声を出した。

 「ちょっと、何やってるの。お兄ちゃんの治療の邪魔をするなんて、ミロリーナさんを殺したいの」

 「そんな訳あるか」

 「なら、大人しく下がっていなさい。あの血は寄生した物を排除した結果よ。必要な事とはいえ、貴男が妻を傷つけられるとこを見せられたら、今みたいに冷静さを失いそうだから、タマミズキは舞って誤魔化していたのよ。まあ子供に血なまぐさい場面を見せないと言う意味もあったけど。はあー、途中で此方に気付いたのは褒めてあげるけど、邪魔だけはしないで。じゃないと命の保証は出来ないわ」

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 事前に説明されなかった事に納得出来ないと言う雰囲気のジェスター将軍は、ドンと乱暴に椅子に座って腕を組んで睨み付け、此れ以上は片時も目を離さないと態度で示していた。

 「・・・・・・・・・よし、終わった。ジェスター将軍、ずっと眠らされていて衰弱していたので、五日は目を覚まさないでしょうけど、もう命の心配はありません」

 「本当だろうな・・・・」

 「はい、服を着せ替えるのと、今後の経過観察はタマミズキかカリーナが行います。女性ですし、同じ女性の方がいいでしょう」

 「それは・・・そうだな。・・・・・先程、見ていない間に何をした」

 「治療をしただけです」

 「内容を説明しろと言わなければ分からないのか?」

 「・・・・・寄生生物?を排除しました」

 「何を隠している?これから娘を任せなければならない親の気持ちも考えてくれ。やっと少し話が出来る様になったばかりなんだ」

 「・・・・・・・信用がおけないと言うのなら、今は最低限の診察だけして、キャロリーさんの治療はミロリーナさんの回復を待ってからと言う事で如何でしょう」

 「言う心算は無いのか・・・・・」

 「今の俺が言えるのは、約束したカリーナの名誉に懸けて治療は完璧に行うと言う事だけです」

 俺とジェスター将軍の視線がぶつかり合い、激しい火花を散らした。そんな一触即発の雰囲気の中で、リグレス公爵の落ち着いた声とメイベル様の穏やかな声が響いた。

 「ジェスター将軍、ロベールが話さないのなら聞かないで欲しい。カリーナの名を出した以上、聞かなくても悪い事にはならないだろう。これから共に居ればすぐ分かるだろうが、カリーナの名を出したロベールは絶対の信頼を置けるのだ。此処にいる娘の目を治して貰った、同じ父親の私が保証しよう」

 「ふふふ、そうですね。其れより私は同じ女性として、血まみれのまま放って置かれるミロリーナさんが不憫ですわ。別室に連れて行って綺麗にしてあげましょう」

 メイベル様が静かに立ちあがってミロリーナさんに近づくのを見た俺は、タマミズキに目配せして頷き合った。素早くタマミズキがメイベル様を手伝って、二人は協力してミロリーナさんを抱えて出て行った。後はタマミズキが上手く調べてくれるだろう。

 「キャロリーさんを診ても良いですか?」

 「・・・・・・・チィ、隙にしろ。だが今度はきちんと説明しろ」

 「・・・・其の時に出来る説明は全てしていますよ」

 「・・・・・・・・出来ない説明はしない訳だ」

 「隠し事はしても、極力嘘は言わない事にしていますから」

 白い視線を向けて来るジェスター将軍に、俺は苦笑を浮かべて肩を竦めると、緊張した面持ちのキャロリーさんの診察を始めた。

 「・・・・・・・・・・・・何だと、此れは如何言う事だ?傷を負ったのは背中みたいだが・・・・今傷跡は如何なっている。すぐに服を脱いで・・・・ぐえええええ」

 あまりに予想外の状態に驚愕し、我を忘れた俺がキャロリーさんに詰め寄って服を掴んだ所で、カリーナが首を全力で絞めてきた。その力は契約者でなければ折れているのでは?と思える程だった・・・。

 「お兄ちゃん、自分が何を言ってやっているのか自覚しているの?自覚しているのなら此のまま落としてお話しだけど・・・・・」

 低くドスの利いた冷たい香織の声に、俺は焦ってブンブンと首を振って否定しようとした。しかし強い力で極められた首は、ピクリとも動かなかった。そして当然そんな状況では声など出るはずもなく、否定の方法を奪われた俺は息苦しくなって顔を真っ赤にしながら、シグルトに目配せして助けを求めた。

 「カリーナ、やり過ぎなんだ。それじゃあ、答える事も出来ないんだ」

 「むーーーーーー、仕方ないわね。少しだけ緩めてあげる」

 絞められる力が緩んだ瞬間にゼハゼハと荒い呼吸をした俺は、空気を美味しく感じてしまっていた。そしてまさか香織に絞め落とされそうになるとは・・・これも影響の所為かと苦々しく思っていると、首にまた力が籠められ始めた。

 「お兄ちゃん、まだ答えを聞いていないんだけど?」

 ビクッと震えた俺は叫ぶ様に答えていた。

 「行動が不味かったのは認める。だが傷を診たかっただけで他意は無い、他意は無いんだ。本当だ、俺を信じてくれ」

 「むーーーーーー、信じて欲しいなら、信じられる行動を心掛けてよね、お兄ちゃん。全く女の子の服を掴んで脱げと言うなんて・・・・・でも今回だけは許してあげる。次は無いからね、お兄ちゃん」

 「あ、ああ、肝に銘じておく。絶対に忘れない。絶対だ」

 また首に巻きついた腕の締め付けが少し強まったのを感じて、俺は焦りながら何度も答えた。

 「・・・・・・・・はあーー、そう言うのは私だけにしてよね・・・もう」

 普段は絶対に口にしない言葉をボソッと早口で零した香織は、たぶん此方には聞こえていないと思っていたのだろう。だが俺とシグルトにはバッチリ聞こえてしまっていた。俺は反応に困って固まると、心の中で叫んでいた。この状態の香織と向こうで一週間も過ごすのかよ!?学校は大丈夫か?作った計画の役をこの香織が演じられるのか?あれは繊細な部分が・・・・、次々と心に浮かぶ不安要素に俺の顔はどんどん強張ってしまった。そしてそんな俺に向かって、考えた事が分かったのだろうシグルトが、静かに首を振って見つめてきた。その視線は言っていた・・・・諦めろと・・・・・・。

 「・・・・・・・はあーーーー、この所計画通りに行かないから、考えるのがむなしくなるな。未知の要素が沢山あるから仕方ないと言えばそれまで何だが・・・・・・」

 ため息と共に愚痴を零した俺は首を振って、異世界ファーレノールに負けるかと気持ちを奮い立たせて気を取り直そうとした。しかし香織の腕が今も回されていて首は満足に動かず、俺にくっ付いて一人ご満悦の様子に、余計に帰ってからが不安になってしまった。俺には今の香織の事を父さんと母さんに話すと言う、嫌な大仕事もあるのだ・・・・・。

 「あーーー、カリーナ、いい加減に離してくれないかな」

 「いや」

 「いやって・・・・子供じゃないんだから・・・・・」

 「い・や・よ」

 一言一言区切って話す香織に説得は無駄だと悟った俺は、痛くなってきた周りの視線を悟りの境地で気にしない事にすると、キャロリーさんに落ち着いた声で話し掛けた。

 「先程は失礼しました。ですがどうか傷跡を見せて貰え無いでしょうか」

 「・・・・・・見せねばなりませんか?」

 「御自分でも普通ではないとお判りでしょう。俺達は契約者なので普通でなくとも忌避したりしません。治療する為にもどうか・・・・・」

 「おい、如何言う事だ。何を言っている?また何か・・・」

 ギュッと両手で服を掴んで震える娘の姿に、父親のジェスター将軍が険しい顔で詰問しようとした。しかしキャロリーさんがジェスター将軍の服を掴んで止めた。そして体の向きを変えて貰い、背を向けてゆっくりと服を脱いで傷跡を晒した。するとその途端に俺以外の皆は息を呑んで凍り付いてしまった。

 「少し触ります。痛かったら言ってください」

 「はい」

 俺がその部分に触ると生暖かく硬い感触がした。そして試しに指で突くとコンコンと音がなった。

 「・・・・・血が混じって透明感は無いが、材質は水晶の様な物だな。しかも傷跡から推測して、後ろから剣で斬られたのだろうと思うが・・・・・・此れは明らかに致命傷だろう」

 「エッ、嘘」

 「カリーナ?」

 「ううん、なんでもない。後でね」

 「分かった」

 この時の俺はカリーナが声を出したのは致命傷と聞いて驚いたと軽く考えていた。まさか襲ったのが大猿で、剣を持っていた可能性を聞いて驚いていたとは・・・・・俺は後で聞いた時に驚愕と苦笑いしか浮かばなかった。

 「何時からこの状態か分かりますか?」

 「負傷して気を失い、目覚めた時には既にこの状態でした。此の事を知っていて、当時の事を説明出来るのは、もうお母様だけでしょう。それに今思えば、最後に会ったお母様は此れについて調べたらしく、何かを知っている様子でした」

 「そうですか・・・・・ならすぐに命に係わる訳では無いので、目覚めるのを待った方が良さそうですね。もう服を着て良いですよ。ジェスター将軍も其れで良いですね」

 「あ、ああ、キャロリーが其れで良いのなら・・・」

 「はい、私は構いません」

 初めて目にする娘の状態に動揺したままのジェスター将軍と、服を着て冷静に返事をするキャロリーが対照的だった。そして其の時丁度良くタマミズキが戻ってきて二人に声を掛けた。

 「着替え終わったわ。私も診たけどもう命に別状はないわね。でも想像以上にやせて筋肉も落ちているから、此れからが大変よ。夫として、娘として、確り支えなさい。さあついて来て、部屋まで案内するわ」

 ジェスター将軍は俺達に一礼してからキャロリーを抱えると、タマミズキと共に部屋を出て行こうとした。

 「タマミズキ、ちょっとこっち来てくれ」

 俺がタマミズキを手招きしながら呼び止めると、ジェスター将軍は此方を一瞥してから先に部屋を出て行った。

 「なあに?」

 「ミロリーナさんの事は分かったか?」

 「流石にこんな短時間じゃ特定できないわよ。大体私が遺伝子の存在を知ったのは最近なのよ」

 「其れは分かっているんだが・・・・・・」

 「ふう、そう何かあったのね?今言えるのは何か混じっているのは確かと言う事だけよ」

 「そうか。ならキャロリーの背中を診て欲しい。あれはもしかすると、それ特有の事象かも知れない。それとジェスター将軍だけに「話はミロリーナさんが目覚めた後で、場所を整えますからその時に」と伝えてくれ」

 「分かったわ。任せて。お姉さんを頼ってくれて嬉しいわ、直哉」

 最後にわざとらしく甘い小声で本来の名前を呼んだタマミズキは、香織に向かってパチリとウインクして去って行った。俺が唖然と見送るその背は、今にもクスクス笑いだしそうな雰囲気が漂っていた。そしてまた強まる首の圧迫に、俺は内心でそんな態度だから面白がられて、からかわれるんだと思っていた。

 「如何やら一段落ついた様だな」

 「ええ、ようやく。そう言えば話しの途中だったのにすみません」

 「ははは、構わんよ。カリーナ殿の邪魔はしないのが安眠のコツだ」

 「ははははは・・・・・・リグレス公爵、今その冗談は流石に笑いが乾きます。先程からの態度は見ていたでしょう。今はカリーナの精神が安定していないんですよ。ですから予定を変更して、帰った後はそのまま天狐の里に向かいます」

 「ふむ、前に軽く聞いたが、やはり問題が出ているのか・・・。私には普通に恋人が人目を憚らずにいちゃついている様にしか見えないのだが?」

 「・・・・今の俺達は兄妹です。そう見える事自体が間違っています。それにさっき首を絞められるのを見て、リグレス公爵が笑いを堪えていたのを横目に見ましたが、あれは俺じゃ無かったら惨劇の場になっていましたよ。普通ならポッキリ折れています」

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 悟った顔の俺の淡々とした言葉が真に迫っていたのか、リグレス公爵は今も首に巻きついた腕を見ながら、口元をピクピクさせて無言になってしまった。

 「今は危険です」

 「そうか、皆に伝えて置く」

 真剣な顔で視線を交わし合う俺達の様子に、香織が頬を膨らませていた。

 「お兄ちゃん?まるで私が猛獣です、危険ですと言っている様に聞こえるわよ」

 「ははははは・・・・・・・・・・・・・」

 内心で実際に猫を被った虎の様なものを想像していた俺は、誤魔化す様に乾いた笑いをあげた。

 「もうお兄ちゃん、誤魔化されないわよ」

 「いた、いたたたた・・・・・・・」

 憮然とした香織に容赦なく頬を抓られた俺は、シグルトに目配せして助けを求めた。しかし今のは俺が悪いと判断したのか、首を振ってプイッとソッポを向いてしまった。その様子に参ったなと思いながら、次善策としてフレイに宥めて貰おうと探した。そして俺はギョッとする破目になった。何時の間にか部屋の隅に追いやられたホルミスと、逃がさない様に囲むフレイとルードルが、一触即発の雰囲気で睨み合っているのを発見したのだ。

 「おい、何をしている、フレイ、ルードル。あれだけ騒いでいたのにずっと口を挟まないからおかしいとは思って・・・・」

 「ロベール、それは私の言葉ですわ。貴男こそ何時の間に至高鳥、それも変異種の宿主になったのですか?当たり前の様にミーミルと共に居るのを見て、一瞬己が目を疑いましたわ」

 俺の言葉を遮って放たれた大声に首を竦めていると、耳にか細い震える声が聞えた。

 「おお、お兄様」

 「ああ、大丈夫だよ。ミーミルちゃん。・・・・・フレイ」

 俺は不安に声を震わせるミーミルちゃんに慌てて駆け寄った。そして頭を優しく撫でて宥めながら、咎める様な声でフレイの名を呼んだ。するとフレイもばつが悪そうに視線を逸らした。

 「お兄様、初めはジッとホルミスを見ていただけだったんです。でも段々雰囲気がおかしくなって・・・・・」

 「そうか。うんうん、ありがとう、ミーミルちゃん。後は俺が何とかするから、お父さんの所に行って居てくれるか?」

 「はい、お兄様」

 必死に状況を説明しようとするミーミルちゃんにお礼を言って見送ると、待ちきれないと言った様子のフレイが話し掛けてきた。

 「ロベール、あの至高鳥が危険なのは知っているのですか?」

 「あーーーーー、多少はな」

 「多少?多少ってなんですか!!最悪の場合はグチャグチャのどろどろの物体に成り果てる事になるのですよ。それにそうで無くても乗っ取られるのですよ。それはロベールの力でも防げませんわ。貴男はカリーナを残していく心算ですか」

 「・・・・・・・・・・・・・・・お兄ちゃん、如何言う事かな」

 今のカリーナを刺激しない様に軽い口調で言ったのが裏目にでて、興奮したフレイが怒鳴りつける様に危険を語ってしまった。そして聞く破目になった背後のカリーナの、低く、暗く、重い声と、急激に生まれた重圧に、俺は顔を手で覆って此れからの困難な説得に嘆いた。・・・・近寄って肩をポンポンと叩いてくれたシグルトだけが俺の救いだった。今此処にタマミズキは居らず、ルードルは常に香織の味方なのだ・・・・・・。

 次話の投稿は帰って来てから書くので、今は13日までに投稿する予定としか言えません。何時も読んで頂いている皆様、ありがとうございます。次話もどうかよろしくお願いします。

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