契約者達と密談する者達と帰ってきた砦
商連合国某所で、何時もの如く話が終わった後に残った私は、男とヒソヒソと小声で話し合っていた。
「ねえ、上手く行くかしら?」
「さあな、わからんよ。はは、侵攻した者達の情報が入らなくなってから五日、やっと情報が手に入ったと思ったら、報告すら出来ずに殲滅されていやがった。ははは、しかも笑えることに報告では龍が国境にいて目を光らせているんだぜ。おかげで忍び込んで情報を得るのも一苦労で、手に入る情報は奴らが意図的に流している物と、噂話と同程度の信頼性の無い物だけだ。此の状況で予想を立てられるのなら、今はなかったさ、ははははは」
私の問いに答えた男の声は、投げやりな響きを伴っていた。だから一声聞いて眉を顰めた私は、我慢して最後まで聞き終えると、顔に戸惑いと微かな苛立ちを浮かべて男を睨み付けてしまった。そして睨まれてもヘラヘラと笑う顔を見た私は、男が内心で弁明を成功しようと、失敗しようと、如何でも良いと思っている事を嫌でも悟らざるを得なかった。
「ちょっと、そんな態度をとるなら何でさっきの会合で賛成したのよ。貴男皆の前で、赤帝国の奴らが初めの使者が弁明を行うと言って受け入れたら、その後は自分が使者と合流して上手くやると言ったでしょう。其の時の皆の目は見たでしょう。明らかに失敗したら貴男に全ての責任を押し付けてしまおうとしていたわよ」
「はは、分かってますよ。あの年寄り共の考えそうな事です。早く抜けた裏切りの代償として、危険な初めの使者を隠居した彼に押し付けた時と同じ目つきでした。ふふ、子が継いだ商会に皆で圧力をかけて脅したら、驚く程すんなりいったんで、調子に乗っているのでしょう。ふふふ、でも私は自身で言い出した事からも分かる様に、初めからそうしてある程度の安全を確保出来たら、奴らに会うべきだと考えていたのです。初めから弁明内容など如何でも良いのですよ・・・現在の赤帝国の権力を握る者に会えればね」
「何を考えて・・・・」
「分かりませんか?此れはね、賭けなんですよ」
「賭けですって?」
「ええ、龍が国境にいる事から赤帝国が龍の力を手に入れた事は明白です。なのにあそこまでやられた赤帝国の奴らが、報復に攻めてこないのは貴女とて不気味でしょう」
「それは・・・・・でもこの前龍が国内を歩いたわよ。あれが報復・・・・では無いわよね」
「ふふ、貴女が今思った通り時期が会いません。それにあれが私達が知っている赤帝国がやった事なら、龍の強大な力に浮かれて、あの時確実に町の一つや二つは潰すでしょう」
「それはそうね・・・。龍があの時既に赤帝国に従って居たのなら、その後の展開はないわね」
「ええ、今の様に国境を龍で固めてしまえば良かったのですからね。そうすれば砦は今も健在だったでしょう」
私は男の言葉を聞いて、内心にあった不安が大きくなったのが分かった。ただでさえ今は赤帝国の情報が殆ど入って来ず、巨砲も含めて何時の間にか全滅させられていたと知ったばかりなのだ。
「さて、報復についてに話を戻しますが、なんと言っても向こうは帝都が消し飛んでいるし、侵攻した者達は一人も帰ってこなかったくらいですから、私には奴らが報復を躊躇するとは思えない。ははは、だから年寄り共は一人も帰って来なかったと聞いて、次は自分達の番だと思って恐怖に震え、面白いくらいに慌てふためいています。貴女も先程見たでしょう」
「ええ、見たわ。表面上は取り繕っていても、額の冷や汗とそわそわと落ち着かない雰囲気は隠せていなかったわ。たぶん前に見てしまった龍の恐怖もそれを後押ししているわね」
「でしょうね。はは、でもそんな事だから年寄り共は気づけないんですよ。全滅させられたのは五日前で、情報を知った日とは違います。つまり奴らは五日間もの時間があったのに動かなかったと言う事です。だから私はそこが狙い目だと考えています」
「・・・・・・確かにそう考えると、何らかの理由で報復は出来ないか、する心算がない可能性が高いわね。でもだからと言って弁明を聞いて貰えるかしら?」
「さあ?そこは先に行った彼が証明してくれるでしょう。話を聞く為に生かされるのか、問答無用で殺されるのかでね。まあ私は殺されないと思いますがね」
「・・・・・・・・貴男何を隠しているの?それにさっき弁明内容は如何でも良いと言ったわね。本当に何をする心算なのよ」
「ふふ、どうやったのか知りませんが、龍を従えた以上勝ち残るのは赤帝国です。そしてもし交渉を受け入れるのなら変わったと言う事・・・いえ、帝都が消えて変わらざるを得なかったと言うべきでしょうか?ふふ、どちらにしても今は勝利したものの混乱しているはずです。そして私は動かない理由の一つに物資の不足があると推測しています。ふふふ、それなら上手くやれば内に潜れ込めそうでは無いですか」
「・・・・・・何ですって・・・貴男、裏切る心算なの?」
「フッ、今更ですね。貴女とて前から水面下で、逃げる用意をしていたでしょうに・・・・」
「それは・・・・・・」
「一応貴女に忠告はしてあげます。侵攻軍が破れても、まだ商連合国には防衛戦力があります。しかし巨砲もない今、龍から守る事は不可能です。そして前に話したように逃げようとしても、龍から逃げられるとは思えません。其れに此れは未確認の情報ですが蒼王国が動いてしまった様です」
「何ですって・・・・・・」
「私の予想は最後まで口にするまでも無いでしょう。ふふ、龍がいる以上はねえ・・・・・」
私は知らなかった情報に内心苛立ちながらも、表面上は平静を取り繕った。すると此方を見た男は肩を竦めると、私の内心を見透かした様な嫌な笑みを浮かべた。
「ふふふふふ、私は其処ら辺に報復しない理由があると思っているんですよ。元々蒼王国の方が長らく敵対していたので、そちらから潰す事にしたのかも?とね。ふふふふふ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ニタニタ笑う顔を我慢できずに私が無言で睨んでいると、男は耳元に口を近づけてそっと囁いてきた。
「逃げるより勝者になる赤帝国に付いた方が利口です。まあ貴女は蒼王国になんらかの伝手があるみたいですからお好きになさい。私は私の好きにさせてもらいます。元から貴女も商連合国に忠誠など欠片も誓っていないでしょう。ふふ、私と一緒に来ても良いですが、貴女は蒼・・・」
「黙って。それ以上言ったら見逃せないわ。・・・そうね、今までの協力関係に免じて一度だけ目を瞑るわ。貴男の目論見が如何なるか見て見たいし、クスクスクス」
私がスッと音をたてずに移動し、鋭い視線に凍てつく殺気を込めて睨むと、男はビクンと身を震わせて後ずさった。そしてクスクス笑う私を、まるで初めて見る様な警戒心の籠った目で見つめてきた。
「此れで協力関係は終了よ。元々私達は八商家を出し抜く為に手を結んだのだから」
「・・・・ああ、分かった。もうこうやって話す事はないだろう。だが今話した計画の邪魔だけはしないでくれよ」
「クス、どうなるか見たいと言ったでしょう。要らない心配よ」
「だと良いがな」
男はそう言うと私を警戒しながらソソッと足早に去って行った。私は其れを見届けると、そっと周囲の様子を窺ってから、誰にも聞こえずに掠れて消えそうな声を出した。
「いるわね」
「何の用だ。手短にしろ」
私の確認の声に答える男の鋭い声が耳元で囁かれる様な感じで聞こえた。しかし探せぞその姿は見えず、気配も全くと言って良い程に無いので、私は何時もの事ながら背筋に嫌な汗が流れるのを止められ無かった。この男は私の護衛と監視が任務なのだ。
「あの男に監視をつけなさい」
「既に手配済みだ。要らぬ事を口にする様ならすぐに殺す様に命じておいた」
「・・・・・そう、でも今は赤帝国の情報が欲しいから、ある程度は見逃しなさい」
「・・・・・・・・・・・・」
無言を貫く男に、これは言っても無駄だと思った私は、顔を顰めて厳しい声で別の事を尋ねた。
「・・・向こうの現状は如何なっているの?あの男が知っていた事すら、私は報告されていないわよ」
「・・・・・・・砦が龍の攻撃で崩壊したと聞いている。我はそれ以上は知らないし、現場の者が知る必要はないだろうと言われた。此方は現状のまま任務を継続せよと言われている。」
「チィ、知りたければ自分で調べろと言う事ね」
「そうだ。其れより契約石を造った者はまだ見つからないのか?」
「・・・・無理よ。既に手の者を何人も失っているわ。もう此れ以上は失えないわ。上には時間をかけるしかないと伝えて頂戴。後、それが嫌なら失った者より強い人員を寄こしてと伝えて」
「・・・・・・伝えるだけ伝えるが期待はするなよ。多分だが、向こうでも厄介な事態になっている可能性が高い」
「フゥ、分かっているわよ。さっさと行きなさい。私は所詮・・・・・」
それから先の言葉を口にせずに心の中に収めた私は、険しい表情になりそうな顔を取り繕って足早にこの場を去った。
私は砦に帰ってすぐに自室のベットに倒れ込むようにして休んだ。色々あって心身ともに疲れ果てていたのだ。そして深い眠りから目覚めた私は起きて遅い朝食を食べると、未だに起きないルードルを起こそうと体を揺さぶった。
「ルードル、お昼になるわよ。早く起きなさい」
「・・・うううううう、やめてくれ。言わない言わない言わない言わない言わない」
薄らと目を開けたルードルは、寝ぼけているのかおかしな事を口走っていた。私は冷や汗を掻きながらそっとその背を優しく撫でて落ち着かせる事にした。
「あ、あ、主。ヒィ、たたた、タマミズキ。クーンクーン」
タマミズキを見て尻尾を丸めたルードルが、弱った子犬の様に鳴いて私にすがる姿に、流れる冷や汗が凍りついた様に感じてしまった。私が流石にやり過ぎじゃないの?と非難の視線で睨むと、タマミズキは扇子を取り出して口元を覆い、おほほほほと笑って誤魔化していた。そして其のまま目を細めて私を見ると、頷いて勝手に何かを納得していた。
「タマミズキ?」
「うふふふふ、カリーナが寝ている間にちょちょっとね」
いきなり妖しげな笑みを向けられた私は、身を強張らせると強めた視線で尋ねた。
「クスクス、別におかしな事はしていませんわよ。ただ呪への影響を抑える魔法をかけたのです。そして今其れが効いている様なので安心した所です」
「なんだ、そうなの。ありがとう、タマミズキ。妖しげな笑みを浮かべるから誤解し・・・」
「うふふふふ、うふふふふふふふ」
私の言葉を遮る様にまた笑い始めたタマミズキは、どこの変態だと言いたくなる様な手つきで、わきわきと指を動かした。
「少々特殊な魔法なので、かける時に額と心臓の近くを直に触れないといけないのです。疲れていてよく眠っていたので抵抗されずにのんびりかけられましたわ」
「・・・・・直に・・・心臓・・・・・まさか・・・・・・」
私が嫌な想像を必死に否定しようとしていると、タマミズキはとてもとても楽しそうな顔をして、腕を組んで胸を突き出す様な体勢で決定的な言葉を口にした。
「うふふふふ、勝ちましたわ。まあ小娘にしてはなかなかでしたけど・・・着やせもしているみたいですし、うふふふふふふ」
「たたたたた、タマミズキーーーーーーーーーー」
顔を真っ赤にした私の怒声が響く中、タマミズキは勝ち誇った表情でどうぞと外に声を掛けた。すると部屋の扉が開かれて一人の騎士団長が現れた。
「失礼します。ご報告に・・・・参りました。もも、もしかしてお邪魔でしたか・・・出直してきた方が・・・・」
部屋の中に漂う微妙な雰囲気に、入ってきた騎士団長は今にも踵を返したそうにしていた。
「あっ、御免なさい。大丈夫ですよ。遅いからわざわざ来て下さったのですね、ありがとう」
「・・・いえ、御気になさらずに。で、では報告します。砦では捕虜も大人しく、今の所は特に問題はありません。ですがリグトン団長の方はご心配の通りの様です。具体的には・・・・」
気づかれない様にタマミズキを睨みつけてから、取り繕った笑顔で報告を聞いた私は、内容に気持ちを一変させて眉を顰めながら暫し思案した。
「・・・もう外れてくれていれば良かったのに・・・。ふう、分かったわ。其方は私に任せてください。それで上手くいったら・・」
「御気になさらずに。リグトン団長に従う事に不服はありません」
「・・・・ありがとう」
バルクラント卿から砦を任されていた騎士団長に頭を下げた私は、報告を終えて部屋を出て行く背を見送った。そしてすぐに砦の一室に移動すると、関係者と他一名を呼び集めた。今この部屋には私やフレイ達の他に、酷い状態の母親に泣きつくキャロリーとそれを慰める小太刀のルルファ、そして私が呼び出した現在砦を任されているリグトン団長がいた。
「ジェスター将軍以外は集まった様ね。なら待つ間にリグトン団長には、軽い状況の説明と少し別の話をするわね」
「別の話?では其れが私をこの場に呼んだ理由ですか?」
「まあね。でもまずは説明よ。村では・・・・・・・・と言う訳でこうなったのよ。リグトン団長」
「・・・状況は分かりましたが・・・・・しかし此れは・・・・・」
あまりに予想外の状況に言葉に詰まるリグトン団長に、私は苦笑しながらボソッとした小声の早口で話した。
「・・・・・事が大きくなりすぎたからお兄ちゃんに話すわ」
「そう願いたいですな。此れで基本方針が変わるなら、此れからの砦での対応を変えねばなりませんからな」
「・・・・・・やっぱり、蒼王国自体を如何にかしないといけないと思う?」
「・・・・・・其れにはお答え出来ません。その判断は私の領分を超えています。今の私に出来るのは備える事だけです」
硬い表情で答えるリグトン団長は、メルクラント卿の進退がどうなるか分からない事もあって、発言を抑えているみたいだった。今の対応もとても硬く、これでは臨機応変な対応が出来ないのでは?と、経験の浅い私でも思ってしまえる程だった。
「リグトン団長、私のお兄ちゃんをもうちょっと信じて欲しいわね」
「・・・・・私は信じたから、こうして大人しく命に従って砦にいるのですが?」
「そうかしら?貴男はいざと言う時に動ける様にと考えて、今部下と共に此処にいるのでしょう。それに何人かいない顔があるわね。今何所に居るのか聞きたいものだわ」
私が薄らと微笑みながら最後の言葉を突き付けると、リグトン団長は平静を装おうとして失敗し、顔を強張らせてしまっていた。私がしたい別の話が何かに気づいたのだろう。
「騎士一人一人の顔なんて覚えていないとでも思ったのかしら?だとしたら大きな間違いよ。私はフレイと契約してから物覚えが良くなったのよ。そして私達が行軍中などに騎士や兵士と話していたのは知っているでしょう。ふふ、だからくだらない駆け引きはやめましょう。いない部下は今何所にいるの」
「・・・・・・ガルマスト様や奥方様達を陰ながら見守っています」
「そう、やっぱりね。ふふ、意図は言わなくても分かるわ。私は此れから来る、国に忠誠を捧げているジェスター将軍と話して、人が向ける忠誠心を知る機会があったもの。だからリグトン団長の忠誠が、今の国に欠片ほども捧げられていないのが良く分かるわ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
無言で目を瞠るリグトン団長を、私は確りと見据えて重々しい声で告げた。
「貴男に今ある忠誠心を捨てろとは言わないわ。でもメルクラント卿の命が助かったのなら、お兄ちゃんと新しい国にも同じ位の忠誠を捧げなさい」
「・・・・・・・私の主はガルマスト様だけ。同じ忠誠は・・・」
「違うわ。同じ忠誠では無く、同じ位の忠誠よ。なにも自分の大切な者と同じに扱えと言っている訳では無いのよ。私だってお兄ちゃんとメルクラント卿を同じに思ったりしないもの」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
私が意識して出した路傍の石を見る様な冷たい視線から、言外の言葉に気付いたリグトン団長は強張った顔になりながらも、気圧されない様に視線に力を込めて睨み返してきた。その無言の抗議は主のメルクラント卿を軽んじられた所為だろうが、私は詫びる心算などサラサラなく、むしろ弾劾する様に冷たく告げた。
「此処はリグトン団長も知っての通り、国境の砦よ。しかも戦いがあったばかりで、今此処にいる者が不用意に動いたら他国に付け入られるわ。ふふ、そして砦を私に任されたリグトン団長が、其れを分からないはずが無いわよね」
「・・・それは・・・・ハッ、まさか私は・・・・・」
「ふふ、そうよ。私は貴男を責任ある立場にして、踏み止まれるか如何か試したの。なのに貴男は変わらずに内心で動こうと決めて準備している。しかも私が帰って来てから聞いた報告では、動いた後の砦と国境への配慮は無いそうね。ふふ、それではね、困るのよ、リグトン団長」
最後の一言一言を口にする度に殺気を発して強めていった私は、何時でも動ける様に身構えた。そしてリグトン団長がギョッとするのもお構いなしに、冷たい声を叩きつけた。
「お兄ちゃんは自身に忠誠を向けられていなくても、周りの人に被害を出さなければ気にしないわ。でもね、私はそうじゃ無いの。リグトン団長くらいの地位にいる人には、お兄ちゃんと国に最低限の忠誠心を持っていて貰わないと困るのよ。じゃないとお兄ちゃんに害があるからね。だから今の貴男の様な周囲への配慮もしない、獅子身中の虫になりそうな者はいらないのよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「後、誤解しているかも知れないから言って置くけど、お兄ちゃんがリグトン団長を此処に派遣したのは、メルクラント卿と引き離す為ではないわよ。単純に貴男の力が此処で必要だからよ。大体、龍人のお兄ちゃんが貴方達を恐れるはずがないでしょう。しかも今のお兄ちゃんは事前に王として根回しておけば、周囲への配慮も最少で動けるのよ。だから今のリグトン団長では、お兄ちゃんが本気で動いたら何も出来ないわよ。私達もいるし」
リグトン団長の視線が私の傍にいるフレイ達に注がれた。すると皆は、頷いたり、微笑んだり、ドッシリと構えて視線を受け止めたりして、私の発言を肯定してくれた。
「・・・・・・・ガルマスト様は本当に助かるのか?」
「私はお兄ちゃんが貴男に如何言ったのか知らないけど、其の時に無理だと拒否しなかったのなら、ちゃんと動いてくれているわよ」
「・・・そうか・・・なら私も今は職務を果たそう」
「そう・・・ならさっきのはまだ警告よ。でも命が助かった後も態度を変えないのなら、本当に処分する為に動く事になるわ。胆に銘じておいてちょうだい」
「・・・・・分かったが、その事は少し時間をくれ。私も気持ちの整理をしたいのだ」
「少しなら良いわよ。さてリグトン団長を呼んだ用事は終わったわ。部屋に残るも出て行くのも好きにして良いわよ」
「・・・・・残らせて貰おう。国に忠誠を捧げていると言う、ジェスター将軍を見て見たい」
「・・・そう。なら一緒に待ち・・・・ふふ、全くもう」
私は言葉の途中である事に気づいた。そして悪戯心が刺激された私は、足音と気配を殺して扉に向かった。
「ふふ、しかし遅いわね。何時まで待たせるのかしら?と言いたい所だけど・・・ねっ。全く何してるのよ?」
そう言った私が部屋の扉を勢いよく開けると、其処には予想通り扉の前で躊躇して立ち尽くしているジェスター将軍がいた。私はわざとらしく額に手を当ててため息を吐くと、いきなり開いた扉に唖然とし、ポカンと口を開けているジェスター将軍に呆れた視線を向けた。
「はあーー、いい歳して何やってるのよ。ほら、何時までも立っていないで、さっさと部屋に入りなさい。貴男の妻も娘もいるのよ。報告は聞いたのでしょう?」
「あ・・ああ、聞いたから来た。でも私は二人には会え・・・」
「兵士には言っていなかったから聞いていないでしょうけど、貴男の妻は真面な状態じゃないわ。ハッキリ言ってお兄ちゃんが居なかったら諦めてちょうだいと言っていたわよ」
数瞬経ってから遮って言われた言葉の意味に気づいてギョッとするジェスター将軍は、一瞬で真っ蒼な顔になって凍り付いてしまった。私はそんな将軍の腕を掴んで部屋に引き入れると、扉を閉めてから部屋のベットに引きずる様に連れて行った。
「ミロリーナ、君が何でこんな姿に・・・・・」
ジェスター将軍は一目見てそう呟くと、膝から崩れ落ちてしまった。そしてそんなジェスター将軍をキャロリーは冷たい怒りの視線で睨んでいた。
「待ちなさい、キャロリー。私の話が先よ。約束したでしょう」
「グッ・・・・・」
私が口を開きかけたキャロリーを制すると、それに気づいたジェスター将軍が、もの問いたげな視線を向けてきた。
「まずはあった事を包み隠さずに説明するわ。だからジェスター将軍も分かった事があったら全て答えなさい」
そう言った私が村での出来事を説明して日記を渡すと、ジェスター将軍は其れを開いて真剣な顔で読んでいた。そして全て読み終わると、両手で顔を覆ってくぐもった声を出した。私はそれを直視出来ずに周囲を見回した。するとキャロリーが動揺した様子で視線を逸らすのが見えた。
「・・・・・・・・・すまない。待たせたな」
「良いわよ別に。其れより分かった事はあるかしら?」
「ある、と言うか推測が確信に変わった事がある」
「其れは何?」
「・・・・・・・・・・・・・言えない」
「なっ、お母様を見捨てるのですか・・・・やっぱり・・・やっぱり・・・・私達の事なんて・・・」
「違う。違うんだ。でも・・・・・・・・・・」
俯いて苦渋にまみれた声を出したジェスター将軍の姿に、私は目を細めて見つめながら、その内心を推測しようと考え込んだ。ジェスター将軍が妻の危険な状況を理解していないとは思えない。更にお兄ちゃんじゃないと治せないだろう事も見て理解しているはずだ。なら答えは二つだ。一つは話さなくても私達が治療すると思っている可能性。そしてもう一つは考えたくないが、ボロボロの妻を見捨てても話せない可能性だ。
「まさか・・・・・・・キキラの様に呪殺される訳ではないでしょうね」
私の発言にタマミズキはハッと息を呑んで駆け寄ると、ジェスター将軍を調べ始めた。そしてキャロリーもそんな・・・まさか・・・と言った表情でその様子を見守っていた。
「・・・・・・・・・・一度真紅の剣の影響下にあったから、多少はおかしな所があるけど死に至る様なものは無いわ」
「そう・・・・・なら言わないのは本人の意思と言う事ね」
私は険しい顔で黙考したけど、言わない理由は全く分からなかった。そして部屋に重たい沈黙が訪れる中で、我慢の限界に達したキャロリーの非難の声が響いた。
「やっぱりそうなんだ。貴男はあの時もそうやって私達を見捨てたんだ。あ、あの茶色の猿の集団に襲われた後、私達がどんな思いで暮らしていたか・・・・・・。今も私はあの茶色の猿と体に描かれた蒼い紋章を夢に見てうなされるのよ。歩けない私の・・・・」
「黙れ、キャロリー」
「蒼い紋章の猿だと・・・・・今そう言ったのか・・・・・答えろ・・・グルルルルルル」
ジェスター将軍が顔色を変えて叫んだのと同時に、突然毛を逆立てたルードルが、私でもゾッとする暗く重たく冷たい殺気をまき散らして怒鳴り、威嚇の唸り声をあげた。部屋の雰囲気は一瞬で塗り替えられ、詰問されたキャロリーは悲鳴すら上げられず、ガタガタと震えて身を竦ませていた。それでもキャロリーは高まる殺気と危機感に押される様に、必死に口をパクパク動かして答えようとしていたけど、肝心の声は出ていなかった。
「なにをしている早く答えろ。グルルルルルルルルル」
今のルードルはそんな一目見れば分かるキャロリーの様子にすら気づかない様で、我を失っているのが誰の目にも明らかだった。私はルードルが一歩踏み出したのと同時に、素早く近寄って横っ面を張り飛ばした。
「なにやってるの、ルードル。正気に戻りなさい。私を主と呼んで経験を教えると言ったのだから、しっかりなさい」
バチンと音をたてて吹っ飛んだルードルは床をゴロゴロと転がった後、素早く起き上がって威嚇しようとして振り向き、顔を見て私だと気づいてハッと我に返っていた。そしてルードルは真っ蒼な顔になって逆立てた毛を戻し、殺気を消してばつが悪そうにおどおどと口を開いた。
「あ・・・主・・・その此れは・・・・・」
「正気に戻ったみたいね。ならまずは事情を説明しなさい。良いわね」
私が恐怖に震えるキャロリーと、殺気が消えてから慌てて駆け寄ったジェスター将軍を横目に見ながら硬い口調で告げると、ルードルは一瞬躊躇った後に重たい口を開いた。
「僕の母は僕を守る為に死んでいる。そして母が戦って死んだ相手が、その時初めて見た不確定領域にいた八メーラ程の腹と背中に蒼い紋章の様な物がある大猿だ」
ハッと息を呑む私達の前で、ルードルは自嘲を浮かべると首を振った。
「すまない。冷静になって考えれば、母が死んだのは千年以上も前の事だし、場所も違うのだから関係ないのは一目瞭然だ。だがつい過去の事が頭に思い浮かんで、我を忘れてしまった。本当に悪かった主、キャロリー」
神妙に頭を下げるルードルに、今母を失いかけているキャロリーは、ぎこちないものの気にしないでくださいと言ってくれた。しかし私は其れを見てもホッとする事が出来なかった。何故なら小さな小さな呟きを魔法で拾ってしまったからだ。
「・・・今のは如何言う意味なの?ジェスター将軍」
厳しい顔の私の睨み付ける鋭い視線に晒されたジェスター将軍は、ハッと口を手で覆って黙り込んだ。そしてそんな私とジェスター将軍を見て、皆が怪訝そうに首を傾げる姿が目に入った。特にジェスター将軍の傍にいるキャロリーは、私を強い不審の目で見ていた。たぶん、傍に居ても聞こえなかったのだろう。それほど小さな声だった。
「皆に聞こえなくとも私は確かに聞いたわ。貴男はこう言った。千年以上前に居るはずがないと」
私の言葉に皆に驚愕が走り、ジェスター将軍に突き刺さる様な窺う視線が向けられた。
「ジェスター将軍、ルードルの母親の事もあるから、私も聞かなかった事には出来ないわよ。そしてもし答えられないのなら、私もルードルを止める事は出来なくなるわ」
私が視線で合図をすると、ルードルは頷いて四肢に力を込めて何時でも跳びかかれる様に身構えた。この明らかな脅しに気づかないはずが無いのだが、ジェスター将軍はキャロリーから素早く離れて、覚悟を決めた表情で口を引き結んで黙り込んでしまった。
「まさか、この期に及んで話さない心算なの?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
私はその頑なな態度に口元を歪めると、どうしたものかと考え込んだ。
「貴殿はなにを恐れている?」
突然リグトン団長が威厳のある重たく低い声を出して尋ねた。するとジェスター将軍は不意をつかれてビクリと体を震わせて反応した。そしてそんな様子を見たリグトン団長は、何故か淡々と己が主の現状を話し、自身の忠誠心のあり様を話し始めた。
「・・・・・私は契約石の力を初めて見聞きした時、強い拒否感を感じていたのだ。確かにずっと魔狼に対抗出来る力を欲していたが、あまりにも都合が良過ぎる話で胡散臭さを感じてな。しかし私はこれでメルクラントの人達を魔狼の恐怖から解き放ち、安心させる事が出来ると喜んだガルマスト様を前にして言えなかったのだ」
「・・・・・・そう、だからリグトン団長は・・・・・・・・」
「そうだ。今もあの時止めていればと後悔している。其れが出来たのは幼き頃から共にあり、間違いそうなら止めてくれと言われていた私だけだったはずだ。だから何をしてもガルマスト様を助けねばならんのだ。そう、私は忠誠心を行動で示さねばならないのだ」
「うーん、気持ちは分からないでもないけど、そんなに気負い過ぎない方が良いわよ。ねえフレイもそう思うでしょう」
「そうですわね。其処までご自分を責めなくても良いのでは?と思いますわ」
「いや、此れでも足りないのだ。何故なら実際に契約石に関わった者には、騙した者と騙された愚か者に分かれた。そして主であるガルマスト様を騙された愚か者にしてしまった一因は止めなかった私にもある。いや、初めにガルマスト様に契約石の事を教えたのが、帝都のべサイル殿下と共にいた私の友人で、頼まれて引き合わせてしまった事を考えれば、其れは罪と言えるだろう」
「・・・・・うーん、私はフレイの言う通りだと思うわ。自分を責め過ぎよ。大体リグトン団長は、会わせる前に話の内容を知っていたの?」
「いや、知らなかった。それに友人が五大神官とも繋がっていた裏切り者だと言う事もな」
「何ですって・・・・それは・・・・・」
私が驚きの声をあげて言葉を詰まらせると、リグトン団長はゆっくりと首を振って大丈夫だと呟いて淡い笑みを浮かべた。
「私は友人に裏切られ、その事に気づけなかった。だから私の心の中には、今もロベール・・さまを信じて良いのか分からないと言う思いがある。それに私とて分かっているのだ。ガルマスト様に責任を負わせて処分した方が、新しい国にとっては都合が良いと言う事は・・・」
「それは・・・・・でもお兄ちゃんは・・・・・・」
「分かっている。先程色々言われたばかりだからな。ふう、だが先にも言ったが、気持ちを整理する時間が必要なのだ。疑心暗鬼になってしまった私にも、そして彼にもな。違うか?ジェスター将軍。貴殿も私と同じなのだろう?」
皆が息を殺して見つめる中で、ジェスター将軍は重たいため息を吐いた。そして髪をグシャグシャと掻くと自嘲の笑みを浮かべた。
「ああ、その通りだ。今の私にはもう誰が敵で誰が味方なのか分からないのだ。私は一度協力してくれていた友人達に手の平を返されている。しかも其の所為で、多くの真紅の剣の影響から抜け出した仲間が行方不明になった。いや十中八九拷問されて死んでいったのだろう。はあ、もっとも今は友人が偽物の可能性も浮かんでいるが・・・。フッ、だがほんとにそうで私が気づけなかったのなら、自分の馬鹿さ加減が嫌になる」
そう言って自嘲の笑みを深くするジェスター将軍に、母親が偽物だと気づけなかったキャロリーが、複雑そうな顔で見つめていた。私はその顔を見て、長い年月をかけて固まった想像の父親の姿が揺らいでいる様に感じられた。そして私はまだ色々思う事がある様だけど、二人には上手くいって欲しいと思って心の中で祈った。
「そう暗くなるな。もし友人が偽物なら私よりはマシだぞ。しかしやはりそうか・・・だとするとカリーナ様の話はうますぎて信じられないのだろう?」
「ああ、会ったばかりなのに妻も娘も助けてやると言う上に、私が長らく苦渋を呑んでいた真紅の剣などの問題も解決すると言うんだからな。僅かな時間で妻と娘を連れて来た事もそうだが、何らかの目的を持った敵の仲間だと言われた方がまだ納得出来る。フッ、更に言えば他国人のはずなのにクリーミア王女と似た顔をしているのも疑問だしな」
「それは偶然で、私も驚いたと言わなかったかしら?」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
ジトーッとした視線を向ける私に、ジェスター将軍は仏頂面で無言を貫いた。その顔は明らかに私を疑っていた。
「ジェスター将軍、私もまだ二人を信じ切れていないが、信じなければならない状況だ。どうやらお互い、此処で覚悟を決めて信じなければならないみたいだぞ」
「・・・・・だが私が話して・・・成功しても国は・・・・」
リグトン団長に促されてもジェスター将軍はまだ踏ん切りがつかない様子だった。私はそのじれったい様子にウンザリしてため息を吐くと、もうさっさと話を纏めようとした。
「それで結論は、ある程度の時間を与えれば気持ちの整理をして、大人しく話してくれると言う事で良いのかしら?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
私の言葉を聞いた途端に、ジェスター将軍は歯を食い縛った厳しい表情になり、返事をしないと態度で示し始めた。私はその様子を見て、急かしすぎたと気づき失敗を悟った。するとリグトン団長がユックリと首を振ってから話しかけてきた。
「カリーナ様、私達は他国人です。そしてジェスター将軍の情報は国の機密情報も混じっているのではないでしょうか?だとしたら・・・・」
「うーん、国への忠誠心は分からなくも無いけれど、でも私達はもう神器の存在も知っているのよ。この状況でもまだ言えないものなのかしら?如何なの?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「はあーー、仕方ないわね。機密情報は言わなくて良いわ。其れなら如何?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「ちょっと、何とか言いなさい。何時までもそんな態度だと、流石に私も優しくは出来なくなるわよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・そう言う段階の問題では無いのだ。私が話さないのはお前達が赤帝国人で、話した情報が如何使われるか、誰が知るのか分からないからだ。其れに実際に家族を助けて貰えても、我が祖国を赤帝国人が同じ様に大事にするなどと楽観する程甘くは無い。赤帝国と蒼王国は何度も戦争をした間柄だ」
ようやく口を開いたと思ったら、ジェスター将軍の口から出た言葉は猜疑心にまみれた辛辣な物で、そのままリグトン団長を一瞥すると黙り込んでしまった。
「あのね。私は初めから真紅の剣の対処をしたかっただけなの。今はタマミズキやルードルの知りたい事もあるけれど、基本は貴男の国なんてどうでもいいのよ、私は」
「ならなお更だな。如何でも良いなら酷い事になっても良いのだろう?」
「・・・あのねえ・・・・はあーー、分かったわよ。私が先の言葉以外に聞いた情報が使われたら責任をとるから話してちょうだい。それに今なら国も人もおかしな事にはならない様に配慮するわよ」
「断る。信用出来ない」
私はアッサリと断られた事が一瞬理解出来ずに目を瞬いてしまった。そしてその後理解した瞬間に私は、怒りのあまりに口元を引きつらせて罵声を飛ばそうとした。しかし喉元まで出ていた罵声は口から出る事は無かった。何故なら私を見つめる、覚悟を決めた物だけが持つ厳粛な雰囲気に呑まれたからだ。
「貴女の人となりは見聞きして、其れなりに理解出来た心算だ。本当に他意は無いのだろう。だが私は此れでも貴族として政争や権力闘争などを沢山見て来たのだ。だから抑々貴女の言葉が絶対に覆らないものとは思えないし、なにより貴女は王ではないだろう。私は今回気づいてしまったのだ。先に打診されたクリーミア王女の剣を対処した後の交渉は不可能だと言う事を・・・」
「・・・・・そう、つまり、戦争になる可能性が高いのね。だから交渉相手が私では駄目だと言う事か・・・。うーん、ならそうね・・・此のまま放って置いた場合、大丈夫だと思う?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「ふーん、大丈夫とは言わないのね。なのに貴男は話さないのよね」
「・・・そうだ。私が絶対と思える保証がないのなら、話す事は無い。だがクリーミア王女が訪れるまでは大きく事態は動かず、まだ大丈夫だとも思っている」
そう言って何かを訴えかける様に見つめて来るジェスター将軍に、私は今までの会話について考えた。そして当たっているか分からないが、一つの推測をたてて口にした。
「ふう、絶対か・・・良いわ。貴男の思惑に乗ってあげる。どうせそっちの二人を治療するのはお兄ちゃんだし、会わせてあげるわ。赤帝国の皇帝では無く、新しい王国の王であるお兄ちゃんにね。しかも貴男の望みどおりに、元赤帝国人が一人もいない、私とお兄ちゃんとフレイ達五幻種だけの会談の場を用意するわ。それに貴男は元赤帝国の貴族を特に警戒しているみたいだし、場所も人が入れない隔離空間にさせてもらうわ。これでどうかしら」
「妻と娘の事をよろしく頼む。その場でなら全て話させて貰おう」
いきなり態度を変えて殊勝に頭を下げてくるジェスター将軍に、私は苦笑いしか浮かばなかった。如何やら推測は正解で、ジェスター将軍は私の話を聞いてからずっと、本当は王のお兄ちゃんとの直接交渉を早急にしたかったのだろう。迷いもあったのだろうが、あの頑なな態度は譲歩を引き出す為でもあったのだ。私には回りくどい方法に思えるが、ファーレノールの身分制の厳しさを考えると、そうでもしないと他国の下級貴族が王に余人を交えずに会うのは不可能だと考えたのだろう。
「ふふふ、新しい国では平民でもお兄ちゃんに会いたいと言えば会えるはずよ。しかも必要なら一対一で会う事も出来ると思うわよ」
「・・・・・・・・ななな、何だと・・・そんな事が・・・・」
「あるわよ。だって誰と会ったって龍人のお兄ちゃんに危険はないもの。だから一言会いたいと言えばよかったのよ。ふふ、ご苦労様」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
無言で脱力するジェスター将軍に、私は悪いとは思いながらも笑ってしまった。家族の事や気づいた事の重みを感じながら、綱渡りの様な駆け引きをしていたはずなのに、それが全て無駄だと分かったジェスター将軍の顔は、言葉では言い表せない物になっていたのだ。
「ふふふ、でももし私が気づかなかったらどうする心算だったの?話も円滑に進んだとは言い難いし、今後は交渉事の駆け引きは別の人に任せた方が良いわよ」
「ふん、分かり難くとも、この程度の事に考えが及ばないのなら、とても手は組めないな。奴らはとても狡猾だ。どこに手の者が居るか分からない」
「・・・・・・・・ふーん、私を試したと・・・・そういう態度なら私にも考えがあるわ」
私は自分が笑っていた事を一瞬で棚に上げて、にっこりと満面の笑みを浮かべながらそれに反する様な冷たい声を出した。
「この後キャロリーとの仲を取り持ってあげようと思っていたけど、無しにするわね。扉の前であんな顔で立って考えていたのだから、さぞかし良い案があるのでしょうしね。今の駆け引きの様に頭を使って自分で何とかしなさい」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
憮然として無言になったジェスター将軍を横切った私は、母を見て泣いていたキャロリーに渡していた小太刀を受け取った。
「ほら捕虜、此れを受け取って娘と先に中庭に行っていなさい。そうと決まればすぐに移動するわよ。キャロリー、私が行くまでに言いたい事を好きにぶつけなさい」
「うお、刃物を投げる・・・・・」
私がルルファの小太刀を投げ渡すと、受け取ったジェスター将軍の顔色が変わった。何か会話をしているのだろう。そして真剣な顔をしたジェスター将軍は無言で一礼すると、何か言いたそうなキャロリーを抱えて出て行った。
「フレイ」
「分かりましたわ」
私がそっと名を呼ぶと、すぐにフレイが頷いてそっと付いて行った。私はこれで二人が仲互いしそうになっても大丈夫だろうと思った。そしてそんな口にした事と行動が違う私を、タマミズキが今にもクスクス笑いそうな顔で見ているのだった。
「さて、リグトン団長。私は一度お兄ちゃんの元に戻るわ。それで私は暫く戻れないと思うから、その間この砦を任せて良いわね」
「ハッ、身命にかけて任されました。必ず死守してご覧に入れます」
「其れくらいの気持ちで守ってくれるのは嬉しいけど、退くべき時は退きなさい。そして其の時は砦に居る捕虜は逃がしても良いわ。貴男達の命を最優先しなさい。良いわね」
「・・・・・その様な事にならない様に全力を尽くします」
「ふう、頑固ね。まあ良いわ。じゃあ、お願いね。それとさっき失敗した時、助けてくれてありがとう。お礼に私もメルクラント卿の命を保証するわ。私が助けてと言ったらお兄ちゃんは何としても助けてくれるわ。だから既に死んでいない限り、確実に助かったと思っていいわよ」
私はそう言って安心させる様に微笑むと、ミロリーナさんを空間に入れてから、フレイとタマミズキを連れてその場を後にした。そしてその場にはポカンとした表情のリグトン団長が一人残されたのだった。
何所とも知れぬ闇の中で二人の男が話していた。一人は椅子に座り、もう一人は床に膝を付けて跪いていた。
「申し訳ありません。一号の元に向かった七号が帰ってきません」
「・・・・・・・まさか七号まで敗れたのでは無いだろうな?あれは情緒面がおかしかったものの、戦闘能力では他の者より群を抜いていたはずだぞ?」
「はい、その通りです。二号が言うには、一号が死んだのは感じられたとの事です。なのに七号の死は未だに感じられないそうですから、生きていると思われます」
座ってその報告を聞いた男は顔を歪めると、暫し思案してから声を出した。
「何所に行ったか推測はしているのだろう?何所だ」
「・・・・・・・・・死んだ一号の元に向かい、何らかの事情で村に居た者達を追って行った可能性が高いと思われます」
「報告にあった天狐達か?嘘か真か知らないが、王族が居たそうだな。ベルサーヌの報告にあった者と同じだろうか?」
「それは今調査中です。ですが前に砦に放った者達もほとんど帰ってきませんでしたので、時間をかけて調査する様に指示しました。それと今は共に得た大神樹の枝が神器の核との情報の確認が優先と考え、早急に確かめる為に準備しています」
「うむ、其れで良い。其方は任せるぞ」
「はい、お任せください」
跪いた男の返事に満足そうに頷いた男は、しかしすぐに眉を顰めた。
「しかし七号・・・・天狐の王族・・・・何か記憶に引っかかるな。長く生きている間に何か重要な事を忘れたのだろうか?寿命が延びた分、昔の些細な記憶の保持は難しいからな」
「昔を知る他の方々にお聞きしてきましょうか?」
「・・・・・いや、まだ其処までする必要はない。天狐の王族が本当にいたのかも確証がないのだ。今は七号の所在と神器の核の入手に力を注いでくれ」
「はい、了解いたしました。其れでは此れで失礼します」
跪いていた男が音もたてずに立ち去ると、残った男は一人で静かに深い思案に暮れていた。
次話の投稿は22日以降になります。読んだ皆様は分かると思いますが、今回は前に書いた投稿予定日より早く、しかも何故か何時もより長いです。その分時間もかかっています。つまり何が言いたいのかというと・・・・用事が終わっていません。・・・・・本当にヤバいです。ですので次話はやるべき用事が全て終わってから書き始めるので、本当に以降になる可能性が高いです。本当に申し訳ありませんがご了承ください。そして次話もどうかよろしくお願いします。




