契約者達と至高鳥の雛
「アッ、ヤバッ・・・忘れ・・うわ、マジでヤバいだろ・・・・・・・・」
「おい、ロベール。いきなり叫んで如何した?今は側近だけとはいえ、会議中だぞ。それに何より王が居ない間の事を話しているんだから、真面目に聞いてくれよな」
「ああ、分かっている、ロベルト、ごめん。でも忘れていた事を思い出してしまったんだ」
「・・・・・叫ぶ様な事を忘れていた?嫌な感じがするし、後には出来ないのか?」
「あーーー、無理だと思うぞ。まあ兎に角これを見てくれ」
俺はそう言って空間から金色の卵を取り出して机に置いた。
「うお、いきなり卵を取り出すなよ。大体なんの卵なん・・・・・いや待て、前にチラッと聞いた様な・・・・」
「ロベルト、あれは確か不確定領域で手に入れたと聞いた物だろう。そうではありませんか?」
「ああ、その通りだ。ミルベルト卿」
「へえ、言われて見れば確かに・・・・・。何時聞いたんだったかな?」
そう言って首を傾げたロベルトを、ミルベルト卿が眼光鋭く睨み付けていた。
「何時だったかだと?ロベルト達がコソコソと儂に黙って行動する時、目くらましの話題として出て共に聞いたはずだが?あの時不審には思っても、てっきりがロベルト達が知っていて、儂が知らない事を話しているのだろうと思い、気を使って指摘しなかったのだが・・・・。ふふふ、まさか儂をサザトラントに据える計画を話していたとはな。ロベルトが儂を謀った事、許した覚えはないからな」
「うっ、親父さん。あれは仕方なかったんだよ。それにアリステア達だって同罪だろ。なんで俺だけ・・・・・」
「妻と娘から主犯はお前だと聞いたぞ」
「ナッ、嘘だろ。主導したのはアリステア達だぞ。俺は初めに親父さんに怒られそうだから、不味いと言ったのに・・・」
「それは初めだけだと聞いたが?」
「そっ、それは、途中から色々やりたい事が出来て・・・・・あの時親父さんだって泣いて喜んでくれたじゃないか」
「ふん、それはそれ、此れは此れだ」
「うっ・・・そんな・・・・」
ガックリと肩を落として情け無さそうな顔をするロベルトを、ミルベルト卿が複雑そうな顔で見つめていた。そして其のまま動かないロベルトの様子に、ため息と共に肩を叩いて声を掛けた。
「全く、儂に簡単に言い負かされおって。其れでは安心して後を任せられんではないか。もう少し自らの行った事に自信を持て。先程も失った地を取り戻したと言う確かな結果があるのだから、儂に胸を張って「自身の判断は間違っていない」と言えば良いのだ」
「うっ・・・・・・・」
ミルベルト卿に窘められたロベルトは言葉に詰まって、俺に視線で助けを求めてきた。その内容は「親父さんに俺が胸を張って主張するなんてできるかーーー」だから助けてくれだ・・・たぶん。
「まあまあ、ミルベルト卿。その事は俺も悪いので、其れくらいで許してあげてください。それと今はこの至高鳥の卵を優先させてください。あまり時間がないのです」
「ハッ、そう言えば会議の最中でしたな。失礼しました」
「いえ、緊張感を断ってしまったのは俺の叫びですから。此方こそ申し訳ありませんでした」
俺とミルベルト卿が頭を下げていると、至高鳥と聞いたレゲレ伯爵が首を傾げ、マキーユ伯爵がハッとした顔で金色の卵を見て凍り付いていた。
「陛下、至高鳥とは何なのですか?私はとんと聞いた事がありません」
「至高鳥とは卵に魔力を吸収させると生まれる鳥の事だ。ははは、俺が誤って吸収させてしまってな。俺の魔力を与えないと生きられないとヤトスに言われて、仕方なく引き取ってきたんだよ」
俺がそう言って苦笑していると、凍り付いていたマキーユ伯爵の顔色が更に悪くなった。そして俺の顔と卵を行き来させながら、信じられないと言った面持ちで震える声を出した。
「やはりその卵は・・・・いや、まさか・・・でも・・・・・。陛下、それは絶滅したとされる黄金鳥の間違いでは?」
黄金鳥と言う言葉にヴィシール卿がギョッと目を見開いて、金の卵を凝視していた。そしてレゲレ伯爵もその名には覚えがある様で、緊張した面持ちになって成り行きを見守っていた。
「あー、マキーユ伯爵。確かにそうだが至高鳥と呼んでくれ。じゃないとヤトスに怒られるからな」
「ヤトスとは何者です?」
「不確定領域で会った、卵を守っている言葉を喋る黒い鳥だな」
「言葉を喋る黒い鳥・・・それは高位の魔鳥ですか?だとしたら其れは声を真似するのではなく、知性があると思って良いのですか?」
「ああ、ヤトスが魔鳥かどうかは知らないが、知性があって力もかなり強いな。五幻種に比べれば見劣りするが、普通の人間では軍隊を出して勝てるかどうかと言った所だ。そうそう、今度様子を見にリラクトンに来るだろうから、興味があるならその時に話してみると良い」
「「はあ?」」
「「まさか・・・・・クッ、また・・・・」」
「ははは、流石ロベール。譲った騒ぎを起こす者の名に恥じない活躍だ」
不思議そうな顔をして全く状況を理解していない人達は、レゲレ伯爵達最近の仲間だけだった。残りの人は冗談だろと言いたそうな顔で首を振ったり、顔を手で覆ったり、今にも机に突っ伏しそうになっていた。どの人も共通して理解を拒んでいたけど、リグレス公爵だけは楽しそうに笑っていた。
「おいおいおい、サラッととんでもない事を言うなよな。そんな者が来たら大混乱だぞ」
先程のやり取りの所為か、ロベールがいち早く事態を呑み込んで避難の声をあげた。そして其れを皮切りに、皆は恐るべき事態を認識した様だ。途端にざわめきが広がって部屋が騒がしくなり、レゲレ伯爵とマキーユ伯爵が泡を食った様に話しかけてきた。
「へへへ、陛下。如何言う事ですか?そんな者が来ると言うのは本当なのですか?」
「ああ、折を見て様子を見に来ると言っていた。だから来るだろ」
「くくく、来るだろではありません。いいい、いつ来るのです。迎撃の準備を・・・・」
「いやいや、落ち着いてくれ、マキーユ伯爵。迎撃なんてしなくて良い。折を見てと言ったので、何時かは分からないが、まあ俺が来ていいと言ったのだ。賓客として歓迎してくれ」
「かかか、歓迎ですと?正気ですか?陛下は・・・・・・」
「至って正気だが?」
「ききき、危険は無いのでしょうな。何かあったら・・・・・」
「大丈夫だ。其処ら辺は俺もきっちり話をつけてある。なあシグルト」
「・・・・・・あれは明らかに脅しだと思うんだ。カリーナに傷を負わせたら・・・とか言われて、ヤトスはガタガタ震えていたし。でもだからこそ僕も暴れたりはしないと断言出来るんだ」
シグルトがカリーナの名を出すと、途端に部屋に居た大半の人が安堵し、雰囲気が一変して穏やかになった。そして周囲の変化についていけなかったレゲレ伯爵達に、リグレス公爵達が今絶対の安全が確保されたのだと説明していた。
「まあ、と言う訳だから、そんなに慌てる必要は無いんだ。それに抑々ドラグトンは、僕達龍も大人しくしてないと不味い場所なんだ、と言う事を忘れてはいけないんだ」
シグルトが俺を意味深に見てそんな事を言ったので、皆の微妙な視線が全身に突き刺さってきた。俺は其れに対して愛想笑いを浮かべて肩を竦めると、脇に逸れた話しを元に戻す事にした。
「さて、いきなり叫んでまで出した此の金の卵だけどな、ヤトスは数日後に生まれると言っていたんだ」
「おいおい、帰って来てからと言うなら、もう会議も終わってとっくに数日経っているだろ」
「ははは、そうなんだよ、ロベルト。色々あって空間に入れたまま忘れていたから、今慌てて出したんだ。生まれて無くてホッとしたよ。ほんと・・・・」
「おいおい・・・・・・」
ロベルトの呆れ返った様な視線が突き刺さって顔を背けた俺は、心の中で香織の事が心配でスッポリ抜け落ちていたんだと言い訳していた。そんな今俺の顔は、羞恥で真っ赤になっているだろう事が、鏡で見ないでも分かった。そしてそんな時にリグレス公爵が疑念の籠った顔で、俺を窺う様にジッと見つめて首を傾げていた。
「どど、如何かしましたか?」
「フッ、何を焦っているのか知らないが、ふと思ったのだ。空間に入れていたのなら、時間が止まっていたのではないか?そしてそうなら生まれないのでは?とな」
「ああ、成る程。帰って来てから専用の空間を作って入れていたので、同じだけの時間は経っています」
「ほう、なら何時生まれてもおかしくないのだな?」
「ええ、そうです」
俺はリグレス公爵に頷きながら、金の卵を指で突いてみた。
「うお・・・・」
俺は驚きの声をあげてしまった。なぜなら俺が突いた場所の内側からくちばしで突く様な振動と音が響いたのだ。
「おいおいおいおい、まさか今から生まれるのか?」
「如何やらそうみたいだな、ロベルト」
事態に気づいて皆が息を呑んで見守る中、卵の殻が音をたててひび割れ始めた。暫くの間、コンコンコンコンと突く音だけが静寂に包まれる部屋に響き、とうとう雛が姿を現した。
「ピヨピヨ・・・・・・」
か細い声で鳴いてヨチヨチと歩く雛は、俺を見つめて理解したのか、必死に近寄って来ようとした。俺がその姿を見て慌てて右手を差し伸べると、その手の平に乗って安堵したように鳴いた。
「ピヨピヨピヨ」
「はは、どんなのが生まれるのかと思っていたけど、此れはまた小さくて可愛いのが生まれたな」
「うん、卵の大きさとは違って体調は十ミーラちょっとだし、姿は黄色いひよことしか言えないし、手触りも良さそうなんだ」
「ああ、シグルトの言う通り手触りはかなりいいぞ」
俺がそう言いって左指で頭を撫でると、雛はくすぐったそうにしていた。
「ピヨピヨピヨ」
雛が嫌がりもせず、必死にすり寄って来る姿に、俺は微笑ましく思って心が和んでいた。自分でも薄々気づいていたが、やはりこの所、海千山千の貴族の相手や香織の事で心労が溜まっている様だ。しかも家に帰る日が近くなって、一時的に棚上げになっていた向こうの事も考えなくてはいけないのだ。
「おーい、名前は決まっているのか?」
俺が雛の様子に目を奪われながら思考に沈んでいると、苦笑した響きのロベルトの声が聞えた。ハッと我に返った俺は、その内容にそう言えば考えて無かったなと思って首を捻った。
「うーん、良い案が思い浮かばないな。俺はこういう時、大抵カリーナに任せていたんだよな。それに俺が名前を付けると、大抵駄目だしをされるしな・・・はは」
「おいおい、どんな名前を付けているんだよ」
「あーー、普通だぞ。例えば前にシャロンとかキャロン、ユナやニナと言う名前を拾った捨て猫に付けようとしたんだけど、全部駄目だと言われた。何処かおかしいか?」
呆れ顔で尋ねるロベルトに、俺は例をあげて長年の疑念を尋ねた。すると首を捻ったロベルトは、アッサリと言い放った。
「何だよ。一体どんな名が出て来るかと思ったけど、案外普通だな。全然おかしくはないぞ。いっその事、其れのどれかを付けたら・・・」
「それは絶対に駄目なんだーーー」
ロベルトの声をシグルトの硬い叫び声が遮った。俺がギョッとして横を見ると、そこには恐ろしい程真剣な顔をしたシグルトがいた。
「・・・・・・・全身に緊迫感を纏って如何したんだ?何か問題でもあるのか?」
「カリーナが駄目と言った以上、絶対に駄目なんだ。其れに至高鳥は雌雄が無いとは言っても、大きくなれば強くなるから、男っぽいカッコいい名前が良いと思うんだ」
「そうか?此れだけ姿が可愛いなら、かわいい名前の方が俺も皆も可愛がりやすいと思うんだが?」
「そんな事無いんだ。絶対にカリーナもそう言うから、そうした方が良いんだ。ねえ、ロベルト、リグレス公爵」
「あーーー、そう言う事か・・・・。そうだな、雌雄が無いならカッコいい名前の方が良いと思うぞ」
「ククク、成る程。しかしそのどれかの名を付けさせて鑑賞するのも・・・」
「リグレス公爵、僕はカリーナに居ない間の事をありのままに報告するんだ」
「・・・・・・・・カッコいい名前を付けるべきだぞ、ロベール。なんなら私が付けても良いが・・・」
ニヤニヤ笑っていたと思ったら、いきなり真っ蒼になって手の平を返すリグレス公爵に、意味の分からない俺は不信感の籠った視線を向けた。そしてふと視線を感じて周囲を見回すと、何時の間にか皆はやり取りの意味が分かったらしく、何故か俺をかわいそうな子を見る目で見ていた。
「・・・・・・・何故俺をそんな目で見る?俺はこれでも王のはずなんだが?」
俺の低く押し殺した声に、皆は示し合わせた様に一瞬で視線を逸らした。
「まあまあ、ロベール。雛も不安そうだし、何時までも名無しじゃかわいそうなんだ。だから今は早く名前を付けてあげよう」
「ピヨピヨ」
俺はシグルトの発言と、なにより手の平に居る雛のかわいい鳴き声に気勢を削がれてしまい、まあ良いかと思って真剣に名前を考え始めた。しかし可愛い名前は何個も思い浮かんだのだが、カッコいい名前はなかなか此れはと言うものが浮かばなかった。
「うーーーーん、うーーーーーん、うーーーーーーん」
此の時の俺は首を傾げながら深い思考に沈んでしまい、自分でも気づかない内に口から唸り声を発していた。そしてその様子を周囲の人々は生暖かい目で見守っていたらしい。これは別の機会に聞いた話だが、此の時の俺の様子は、昔子供の名前を考えていた時の自分の姿を思い起こさせるものだったそうだ。
「よし決めた。この雛の名前はホルミルスト。愛称はホルミスだ」
「オッ、やっと決まったか。ホルミルスト、俺は良い名前だと思うぞ」
「うむ、そうだな。あれだけロベールが真剣に考えたのだ。この雛も気に入るだろう」
「はは、そうだと良いんだけど・・・・・どうだホルミス」
俺が呼びかけると雛は元気よく鳴いてくれた。如何やら気に入ってくれた様で、何度か試しに呼んでみるとすぐに返事をしてくれた。
「はは、可愛いものだな。そう言えばホルミスはお腹がすいていないのか?確か触れると魔力を吸収するのだろう」
「ピヨ?ピヨピヨ。ピヨピーヨ」
ホルミスは答える様に甲高く鳴くと、俺の手をくちばしで突き始めた。すると一突きごとに俺の体からガクンガクンと魔力が吸い出されて行くのが分かった。
「へえ、結構持って行くんだな。契約者の俺にとっては大した事無いが、普通の人間ならかなり辛いだろ。なのによく昔の人間は乱獲なんかしたものだな」
俺が人の欲望の強さに呆れていると、マキーユ伯爵が眉をピクリと動かして、真剣な声音で話しかけてきた。
「陛下、魔力をどの程度吸われていますか?人の平均的な魔力量に換算してお答えください」
「・・・そうだな。三割・・・いやまだ吸っている以上、四割から五割ぐらいになるんじゃないかな?」
そう言った瞬間、マキーユ伯爵の顔が強張り、発される雰囲気が厳しく重たい物になった。そして皆が目を見張る中、マキーユ伯爵は厳かな口調で、言い難そうにギョッとする事を告げた。
「・・・・・陛下、今すぐその雛を殺すべきです」
「ナッ、何を言っている、マキーユ伯爵。生まれたばかりの雛を・・・」
「陛下、此の忠言は陛下の御為なのです。私の遠き祖先は黄金ちょ、いえ至高鳥を飼っていた事があり、その時の記録が口伝として代々の当主に受け継がれています」
その発言に皆のざわめきが上がり、俺も予想外の事にシグルトやリグレス公爵と顔を見合わせてしまった。
「如何言う事だ、マキーユ伯爵。私も長い付き合いだが、そんな事は一度も聞いた事がないぞ?」
「それはそうです、リグレス公爵。この話は本来、一族の者以外には他言無用の禁忌の話ですから・・・」
「禁忌だと?穏やかでは無いな。一体何があったのだ」
「口伝では至高鳥に雌雄は無い。しかし至高鳥は二種いるそうです。一つは羽から黄金を生む、皆も知っている通りの鳥です。此れは魔力を与えていれば良いので問題ありません。ですがもう一つは違います。雛の時から莫大な魔力を吸収する鳥は、成体になると魔力提供者と融合しようとするのです」
「融合だと?」
「はい。融合するとまず背中から羽が生えます。そして段々と鳥に変わっていくのです。私の祖先は鳥になって飛んで行ったと、口伝では語られています。其れゆえ祖先は周囲には鳥になった者を病死した事にして、禁忌の口伝として至高鳥には関わるなと代々伝えて来たのです」
鳥になると言われた俺は「そんな馬鹿な」と言って笑い飛ばそうとしたが、マキーユ伯爵のあまりにも真剣な顔がそれを許さなかった。俺は自然と強張ってしまった顔で、助けを求める様に皆を見回したが、誰もがポカンとした顔で茫然自失していた。
「・・・・・・・・・・・いやいやいや、待て待て待て。ととと、鳥になるってなんだよ。そそそ、それに何でその祖先の人は飛んで行ったんだ。普通、人格や知能があるなら姿が変わっても元に戻りたいと思うのでは?ま、まさか、頭の中まで鳥になるのか?ううう、嘘だろ?誰か何とか言ってくれ」
「ピヨピヨピヨ?」
混乱した俺の悲痛な声に答えたのは、ホルミスの澄んだ鳴き声だった。自然と引きつる顔を向けて手を見ると、そこにはつぶらな瞳で此方を心配する様に見るホルミスがいた。今なら手の平にいるホルミスを握りつぶす事は可能で簡単だが、俺には名付けたばかりの可愛い雛を殺す事は出来そうになかった。そして其れが出来るのなら掘削魔虫の女王の子供を殺せたと思い至り、深く長いため息を吐いて気を静めた。
「マキーユ伯爵、雛が成体になるまでの時間は分かるか?」
「陛下、その様な事、聞くまでも無い・・・」
「頼む、教えてくれ、マキーユ伯爵」
「・・・・・・・・ふう、口伝では飛んで行くまでに十数年は過ごした様ですが、所詮は口伝、確かな処はわかりません。ただ比較的沢山の資料がある普通の至高鳥の場合、魔力の量と質で成長速度が変わったそうです。ですから契約者である陛下に私が保障出来るのは、半月が限度だと思ってください。それも絶対ではありません」
「量と質か・・・・参ったね。俺は其れが普通じゃないんだよな」
「ロベール、それでも流石に一日二日で如何にかなるとは思えないから、まずはフレイに聞くのが良いと思うんだ。もしそれで駄目なら僕が・・・・」
「シグルト、そこから先は口にしなくて良い。俺は何とかする心算だ。しかし何かを隠しているとは思っていたが・・・・鳥になるとは・・・ククク、やってくれたな・・・ヤトス」
俺がどす黒い笑みを浮かべながら、今度会ったらヤトスを如何料理してくれようかと考えていると、ロベルトが恐る恐る話しかけてきた。
「なあ、気の所為かも知れないが・・・・・その・・・ホルミルストが微妙に大きくなっていないか?」
「はあ?そんな馬鹿・・・・・」
俺が馬鹿馬鹿しいと思いながら手の平のホルミスを見ると、一ミーラにも満たないが確かに大きくなっている様に見えた。
「うわーー、マジかよ・・・・・。確か触れると魔力を吸収されるかも知れないんだよな。だったら触れないのが一番安全だな。シグルト、暫く世話を任せた」
「えええーー、僕がやるの?」
「ああ、頼むわ。空間に入れる事も考えたが、俺の魔力で維持してるからな。フレイに聞くまでは入れたくない」
俺がそう言ってシグルトに渡そうと目の前に持って行くと、ホルミスは突然甲高い声で鳴いて小さな羽を広げて跳躍した。其れはまだ飛ぶとは言えない姿だったが、其れでも何とかシグルトの頭に飛び乗る乗る事が出来た。そしてホルミスは何を思ったのか、シグルトの頭をリズムよくコンココンコンと突き始めた。
「ちょ、なに?なんなの?僕に・・・・エッ、嘘?まさか・・僕の魔力を・・・・・」
魔力と聞いてギョッとした俺の前で、ホルミスの体が微妙に大きくなった様に見えた。ヤバいと思った俺は反射的にホルミスを捕まえようとしたのだが、触れる寸前でハッと思いとどまった。俺は触れないのだ。
「ロベルト、ホルミスを止め・・」
「分かった。任せろ。おかしな事が出来ない様に捕まえてやる」
ロベルトが俺の意をくんで素早く立ちあがって回り込み、後ろからソロリソロリと忍び寄って両手でホルミスを捕まえようとした。しかしホルミスは危険を察したのか、寸前でバサバサと羽を羽ばたかせて飛び立った。
「うお、飛んだ」
生まれたばかりの雛がすぐに飛ぶとは思っていなかったロベルトの腕は空を切り、ホルミスは仕返しとばかりに額を突きに行った。
「痛っ・・・痛っ・・・痛っ・・・ウッ、前が見え・・・・・・」
不意をつかれて何度も突かれ、突然視界が遮られたロベルトは平衡感覚を失って倒れ込みそうになった。そしてロベルトは反射的に空を切っていた両手で、近くにいたシグルトを掴んでいた。
「うわーー、何をするんだーー」
俺はシグルトの悲鳴を聞きながらも、華麗に宙返りしてロベルトの頭に勢いよく着地したホルミスをマジマジと見つめていた。それは明らかに止めの一撃以外の何ものでもなく、ついにロベルトは堪えきれずに盛大に地面に倒れていった。
「ちょ、嘘、早く離して欲しいんだ。はや・・グェェェ」
「うおおおおおおおおお・・・・」
手に掴まれたまま床に叩きつけられたシグルトは、押し潰された悲鳴を出してピクピクしていた。そして其の所為で受け身をとりそこなったロベルトは、ビターンと顔面を床に打ち付けてしまい、痛みに転がり回っていた。
「ピーヨピヨピヨ、ピーヨピヨピヨ」
俺の前の机に降りて羽を大きく広げたホルミスは、床に倒れているシグルトとロベルトに向かって誇らしげに鳴いていた。あまりの惨状に目を覆った俺は、鳴き声の意味は解らなかったと言う事にしたかったのだが、あれは明らかに勝ち名乗りをあげているとしか思えなかった。皆もそう思ったのか、俺に「何とかしろ」と言う非難の視線がチクチクと突き刺さってきた。
「こら、ホルミス、駄目だろうそんな事をしたら」
俺が皆に促されて叱り付けると、ホルミスはすぐにシュンとして俯いてしまった。そして暫くすると、つぶらな瞳で許しを請う様に俺を見上げてきた。
「ウッ、そそそ、そんな目で見ても・・・・・・・あーー、人を傷つけたら駄目だぞ。一緒に居られなくなるからな。いいな?」
「ピヨピヨ」
可愛く鳴いて頷くホルミスに和んでいると、俺の全身にジトッとした視線が突き刺さった。
「うわ、なんか裏切りにあった気分なんだ。僕は頭を突かれて床に叩きつけられたのに・・・・」
「おいおい、其れで終わりかよ。もっと厳しく言うべきだろが。見ろよ、俺なんか額と鼻から血が滲んでいるんだぞ」
不満そうな顔で抗議するシグルトとロベルトに、俺は苦笑いをしながら治療をして宥めた。
「さて・・・・しかしシグルトも駄目だとなると、ホルミスを如何するかな?誰か預かって・・・」
其処まで言った瞬間に、皆は示し合わせた様に顔を背けた。ロベルトのあり様を見て、逃げたのが丸わかりだ。
「はあーー、参ったな。仕方ない。カリーナ達が帰って来たら頼むと・・・」
「お兄様、ガルトラントから報告書が届きましたよーーー」
「ピヨ?ピヨピヨピーヨ」
元気よくミーミルちゃんがメイベル様と一緒に部屋に入って来たのだが、何故か其れを見てホルミスが飛んで行った。
「止まれ、ホルミス」
「きゃあ、なんですか・・・もう。エッ、うわーー、可愛い。でもいきなり飛びかかって来ては駄目ですよ。メッですよ」
「ピーヨ」
不味いと思って叫んで席を立った俺は、ミーミルちゃんに指を突き付けられて、メッと言われてシュンとして大人しくなるホルミスに目を瞬いた。
「へえ、凄いなミーミルちゃん。あのホルミスの態度は俺が叱った時と似ている・・・待てよ・・なら・・・。あー、リグレス公爵」
「ムッ、言いたい事は分かるが・・・ミーミルに危険な事は・・・・」
「お父様?如何言う事ですか?この子は何なのか説明してください」
「・・・・ふう、仕方ないな。・・・・・・・と言う訳なんだ。だから・・・」
「分かりました。喜んで私が世話をします。ふふ、実をいうと私、お姉さまがフレイと一緒に居るのが羨ましかったんです。さあホルミス、私と一緒に遊びましょう」
ミーミルちゃんがそう言って手を差し伸べると、ホルミスはピョンとその手に飛び乗った。
「ピヨピヨ」
「ねえ、ホルミスは喋れないの?」
「ピヨ」
鳴いて頷くホルミスにミーミルちゃんは残念そうな顔をした。
「そうなの・・・でも頷いたし、私の言っている事はちゃんと分かるのね?」
「ピヨ」
また鳴いて確りと頷くホルミスに、ミーミルちゃんは嬉しそうな顔になった。しかし他の皆は血相を変えていた。まあ先程までの会話を考えれば当然だ。俺も生まれたばかりの雛が、言っている事をきちんと理解しているとは思っていなかった。
「ミーミル、此処に来た目的を忘れては駄目よ。貴女がロベールの元に持って行きたいと言ったのでしょう」
「アッ、そうでした、お母様。お兄様、此れが急ぎの報告書です。一刻も早く返答が欲しいそうです」
「そっか、ありがとう、ミーミルちゃん」
俺はおかしな雰囲気になりかけたのを察して声を出したメイベル様の配慮に頭を下げると、ミーミルちゃんの頭を優しく撫でた。そして強い視線で見つめてホルミスに話し掛けた。
「ホルミス、ミーミルちゃんを傷つけずに守るんだぞ。いいな」
「ピヨ」
ホルミスの力強い鳴き声に頷いた俺は、信頼を込めて頭を撫でて、決意と共に告げた。
「よしよし。俺も一緒に居られる様に頑張るから、ホルミスも自分は危険じゃないと行動で示すんだ。そしたらずっと一緒に居られるからな」
俺が危険かも知れないホルミスの頭を撫でるのを見た皆は、身を強張らせて凝視していたけど、ホルミスは大人しいものだった。
「ははははは、そうだな。徒に心配しても仕方ないか・・・。ホルミス、娘を頼んだぞ。さあミーミル、もう行くと良い」
リグレス公爵に促されたミーミルちゃんが返事をして部屋を出て行った。そしてその後ろに、視線で夫婦間の意思の疎通を行ったメイベル様が、そっと見守る様について行った。
「申し訳ありません、陛下。私の配慮が足りませんでした」
「いや、気にするな。マキーユ伯爵は俺を思って言ってくれたのだから。だが俺はホルミスを殺す心算は全く無くなった。だからまあ、カリーナ達とも相談して、なんとかしてみせるよ」
そう言った俺に、皆は言いたい事を呑みこんで頷いてくれた。其れに感謝しながら受け取った報告書を呼んだ俺は、一瞬で顔を真剣な物に変えると、無言でリグレス公爵に渡した。
「ロベール、いや陛下、此れは・・・・・」
「ああ、あれから商連合国がどう動くかと思っていたが・・・・ククク、まさか使者を寄こすので弁明させてほしいと言って来るとはな」
「おいおい、弁明?降伏の間違いじゃないのか?なあ親父さん」
「全くだ。交渉ならまだしも、この後に及んで何を弁明すると言うのか」
憤っているのは二人だけでは無かった。他の皆も読むと顔を赤くして苛立っていた。
「レゲレ外務大臣、この使者は受け入れるべきか?」
「はい、気持ちは兎も角、受け入れて話を聞かねばなりません。でないと戦争を継続する意思を示す事になり、戦わねばならないでしょう」
「リグレス宰相の意見を聞かせてくれ」
「戦うのは何時でも出来るでしょうし、多少の時間を使ったとしても、商連合国の失った戦力は回復しないでしょう。ならば使者を受け入れて聞くだけ聞いた方が良いだろうと思われます」
「そうか、二人とも受け入れると言う意見なのだな。では反対の意見の者はいるか?いたら言ってくれ」
暫く待ったが誰も声を出さないので、俺は決断した。
「では、弁明の使者とやらを受け入れる事にする。ただし時期は此方の受け入れ準備が済み次第とさせて貰おう。ギルドの事やら色々予定が詰まっているからな。レゲレ外務大臣、細かい準備や調整は任せて良いか?」
「はい、お任せください。しかし相手が待たないとごねた場合は如何しますか?」
「フッ、帝都消滅のごたごたがあると言って待たせろ。そう言えば何も言えまい。其れでも言ってくる様な相手なら会う価値は無いだろうな」
「・・・・・確かに。では私は此れからすぐに動かせて貰います」
「ああ、頼む。では丁度良いから今日の会議は此れまでとしよう。各自会議で決まった通りに行動してくれ」
俺の言葉に合わせて皆が一斉に行動を始めた。俺は其れを見届けながら、新しい情報を組み込んで此れからの行動計画を修正していた。もっともこの時に考えた計画は香織の帰還と共に全て無駄になるのだった。
次話の投稿は13日の予定です。日にちが開きますが、どうかお許しください。今溜まっている用事を済ませないと、来月の休みに響きそうなのです。しかも休みの予定は既に決まっているんです・・・。では皆様、次話もどうかよろしくお願いします。




