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契約者達と水面下の根回し

 俺は今リグレス公爵と共に、リラクトンの北に領地を持つヴィシール伯爵と話し合っていた。ヴィシール伯爵の領地は北にある不確定領域への抑えとして機能していて、俺は此の方の協力を得られないとリラクトンの安全に問題が出るとだけ事前に聞かされていた。

 「・・・・・・・・と言う訳でヴィシール卿、此処にいるロベールを王にして新しい国を造ります。如何か建国に協力して頂きたい」

 「むう、そんな事になっていたとは参ったのう。儂としては死んだ息子の残した孫達を育てて、平穏に暮らせていればそれで良かったのじゃがのう」

 「気持ちは分かります。私もこんな日が来るとは夢にも思っていませんでしたから。しかし現実である以上逃げる訳にもいきません。重ねてお願いいたします。如何かロベールを認めて協力して頂きたい」

 「むう、素性がハッキリ分からないのが不安と言えば不安だが、ロベールを認めるのは状況を考えれば致し方ないのだろうのう。それにメイベル様が反対していない以上、儂が反対するのもおかしかろうしな。じゃが、帝都が消滅した以上、儂の領地は重大な危機に瀕しておる。とても建国に協力出来る余裕などないのう」

 キリッと締まった真剣な表情からは、焦りと緊張がヒシヒシと伝わってきた。俺にはどんな問題があるのか分からなかったが、リグレス公爵は初めから分かっていたのか、安心させる様な温かみのある笑みを浮かべて口を開いた。

 「塩と武器などの支援物資でしょう。ご協力頂けるのなら、暫くの間はリラクトンの備蓄を出しましょう」

 「ふむ、量はどれ位になるのかの?」

 「他にも支援しなければならないので、確実に保証出来るのは一月分です。その後は新しい国がどれだけ早く安定するかにかかっています」

 「一月・・・一月か・・・ぬう・・・・もう少し何とかならないかのう?」

 「それ以上の支援はできません。今のリラクトンには帝都の住民もいるのです」

 眉間に皺を作って唸るヴィシール伯爵を見た俺は、一転して厳しい表情になったリグレス公爵に話し掛けた。

 「あの、リグレス公爵。俺には状況が良く分からないのですが、ヴィシール伯爵の領地は塩が取れないのですか?」

 「うん?塩をとる?ああそうか・・・ロベールは知らないんだな。赤帝国で流通している塩と言うか白塩草だが、その半分は帝都の北と南で栽培されていた物で賄われていたんだ。このリラクトンも帝都産の白塩草を使っていて、新しい白塩草が手に入らなくなった以上、今後は備蓄の塩を使わなければならないんだ。そして備蓄されている塩の量から考えて、皆で分けると一月で無くなってしまう公算だ」

 「ちょっと、待ってください。じゃあ、その後はどうなるんです?」

 「ジャガーモに使った魔道具に期待したいところだな」

 話を聞いた俺はまた厄介事が出来たと思い、頭を振ってから思考を加速させた。ジャガーモの急速栽培に成功した魔道具の量産は、今ミルベルト家の全員が力を合わせて行っている。しかし全ては食料の生産の為で、白塩草の栽培までするとなると、俺の脳裏には無理の一言しか思い浮かばなかった。

 「白塩草とはどの様な物なのですか?」

 「ヌッ、白塩草を知らないと言うのか?」

 「ははは、ヴィシール卿。ロベールはこの通り、普通は知っている事を知らない事が多々あるので、私達の補佐が必要なのです。代わりに普通は知らない事や出来ない事が出来るので、心配せずとも大丈夫です」

 俺の顔を凝視して本気なのか冗談なのか見定めようとするヴィシール伯爵に、リグレス公爵は軽やかに笑い掛けながら肩を叩いていた。そして肩を叩かれて微妙な表情になったヴィシール伯爵は、俺に向かって無知な子供に話す様な声音で教えてくれた。

 「良いか。白塩草と言うのは、葉っぱに大量の塩分を溜め込む緑色の一メーラ位の草の事じゃ。人が安全に塩を手に入れる唯一の手段なので、何所の国でも栽培しているじゃろ。本当に知らんのか?」

 「ええ、残念ながら知りません」

 「むう、既に何度も見て食べていると思うのだが・・・・。流石に大抵のスープとかに刻まれて入っている緑色の葉っぱは知っているだろう?あれが白塩草の葉っぱじゃよ」

 「・・・・・・おお、あれか。この前メイベル様とミーミルちゃんが作ったスープに、確かに見慣れない緑色の葉っぱが入っていた。てっきり何らかの野菜だと思っていた」

 「見慣れないじゃと?そんな馬鹿な事が・・・・・。スープに白塩草の葉っぱが入っているのは当たり前じゃぞ。今までどんな生活をしていたのじゃ?」

 「えっと、俺の食べる料理は妹のカリーナが作るのですが、普通に食塩を入れてますよ。ほら、此れです」

 俺が無雑作に食塩を出すと、二人の視線が釘付けになった。今見せたこの食塩は一応ファーレノールで買った物なのだが、其の時に金貨を払わされたカリーナはご立腹で、異常に高い此方の塩は初めに来て帰るまでしか使わなかったのだ。それから砂糖などの調味料と合わせて向こうで買った物を持ち込んで使う事にし、要らなくなった塩は俺に押し付けられたのだった。

 「まま、まさか、其れをスープを作る時に使っていたと言うのか?ありえん・・・そんな無駄な贅沢は貴族でも出来ないし、する馬鹿などいない」

 「ククク、ははははは、確かにヴィシール卿の言う通りだ。その塩は白塩草を水に入れて作った塩水を蒸発させて作ったものだ。その分の手間賃がかかる高い塩を、よりにも依ってスープに入れるなどあり得ない。スープに塩を入れるのなら葉っぱで十分だろう?」

 顔を手で覆って笑うリグレス公爵の言葉を聞いて事態を理解した俺は、すぐに口元と頬を引きつらせて唖然としてしまった。わざわざ塩水を作ってから作った塩を、水に入れて使ったと俺は言ったのだ。まさに馬鹿の所業だと言われても仕方ない行動だった。

 「ははは、久しぶりに心から笑わせて貰った。しかし良く今まで破産せずに生きて来れたな。私でも塩は備蓄用の在庫処分と特別な時に使うのが大半で、普段は葉っぱを使っているんだぞ」

 「全くじゃのう。白塩草の葉っぱは摘んでからも四半月は持つから、皆普段は高い塩など買わないのじゃが・・・・・。ふう、それと共に白塩草で塩水を作っても水に全て溶けないから、塩作りは無駄が出ると言って国の指定した商人が備蓄用に作るのが大半だと言うのは常識なのじゃがのう」

 此方を窺うリグレス公爵達の視線に、俺は耐えられずに真っ赤になって視線を逸らしてしまった。其の態度に視線が強まるのを感じた俺は、焦りながら話を逸らそうとして、思いついていた解決策を口走ってしまっていた。

 「ええっと、其れより今は解決策の話に戻しましょう。白塩草が駄目なら海や塩湖の水から塩を取るか、岩塩を取る事は出来ないのですか?」

 「・・・・正気か?」

 「岩塩?」

 ヴィシール伯爵は大きく目を見開いて動揺し、俺の顔を穴が開きそうなくらい見つめて凍り付いていた。そしてリグレス公爵の方は首を傾げて、不思議そうな顔で尋ねてきた。

 「ロベール、岩塩とはなんだ?私は一度も聞いた事は無いぞ」

 「塩化ナトリウムからなる鉱物と言っても分かりませんよね。えっと・・・・」

 「いや、鉱物と言われて何となく想像出来た。だがそんな物がとれた事は今までになかったはずだ」

 「・・・・そうですか・・・・・ならやはり海や塩湖の水からとるのが手っ取り早いでしょうね」

 「ふふふ、手っ取り早いか・・・・。私達には言えない言葉だ。なあヴィシール卿」

 リグレス公爵に呼ばれてハッと我に返ったヴィシール伯爵は、俺の何かを見定めようとする厳しい視線を向けて話し掛けてきた。

 「海や塩湖に魔魚が居る事は知っているのだろうな?」

 「知っています」

 「其れなら、水辺に留まるのが人間にとって自殺行為なのも理解しているのじゃな?」

 「魔魚に襲われて危険だと言うのは想像出来ます」

 「・・・・・・ではどうやって水を運ぶのじゃ?」

 「こうやって運びます」

 俺は空間の入り口を開いて、そこに水を入れて運ぶと説明した。するとヴィシール伯爵の目つきが鋭くなって、俺に突き刺さってきた。

 「むう、流石、契約者じゃのう。・・・・・・一応聞きたいのじゃが、水についてどう思っている?」

 「水ですか?」

 「そうじゃ」

 俺は質問の意図が分からずに、暫し考え込んでしまった。だが思いつく事は何も無く、俺はリグレス公爵に視線で問いかけた。するとリグレス公爵は苦笑してから、俺に助け船?を出してくれた。

 「ロベールは水を魔法で出しているだろう。そして水堀の水を皆が使っても気にしないだろう?」

 「ええ、それが何か?」

 「何故水を売らないんだ?」

 「売る?」

 「そうだ。水は生きる為に必要な貴重な物だろう?」

 「・・・・・・・えっと、俺は魔法で沢山出せるんだから、今は大変な時ですし、其処までしないで良いでしょう」

 「ふふふ、そうか。そうそう、水と言えばお湯にしてつかる風呂が各家庭にあったし、トイレにも綺麗な水を使っていたな。更にはプールとか言う泳ぐ施設も作ったと聞いている」

 「ええ、それが何か・・・・・・・」

 リグレス公爵の言葉と俺の返答を聞いたヴィシール伯爵は、顔を百面相の様に変えていた。そして最終的には悟った様な顔をしてから、ガックリと体の力を抜いて下を向いてしまった。その全身からは話し掛けにくい雰囲気が発されていて、俺はリグレス公爵に視線を向けて何とかする様に促した。しかしリグレス公爵は首を振って拒否すると、暫くそっとしておく様にと小声で告げてきた。

 「お話し中失礼します。ロベール、言われた通りにキルミスト・メルクラントを連れて来た。今別室に待機させているから来て貰え無いか?」

 「ニルストさん、キルミストさんの反応は如何でしたか?」

 「事が事だけに心穏やかでは無い様だが、父親のガルマスト様の事もあるから大筋では受け入れる心算の様だ。だが受け入れるにしても、兎に角一度ロベルトと話してから決めると言っている」

 「そうですか・・・・分かりました。御二人とも悪いのですが、一度席を立たせて貰います」

 「ロベール、ヴィシール卿との顔見せは終わったから、後は私がやって置く。ガルマストの事は私では如何にも出来ないから其方を優先してくれ。頼んだぞ」

 「分かりました。メルクラント卿と塩の事は俺に任せてください。ではリグレス公爵、後はお願いします」

 俺は真剣な顔のリグレス公爵に返事を返し、ヴィシール伯爵に一礼してからニルストさんと共に部屋を出て行った。


 「あれは何だ、リグレス」

 ロベールが出て行ったのを見送ってジッと黙って待っていると、ヴィシール卿が鋭く睨み付けて詰問してきた。私が苦笑を浮かべると睨む圧力が強くなり、その鋭い視線は嘘は許さないと告げていた。

 「ふふ、あれ呼ばわりは酷いですね。見た目通りの良い人物ですよ」

 「冗談も休み休みにしろ。契約者なのはこの際目を瞑ろう。だが其れはあくまでも元は同じ人間だと言うのが前提だ。リグレスも分かっているじゃろう」

 「ふふ、無論分かっていますよ。安全に手に入る水は少なく貴重な物です。魔法で出すとしても全員が出せない上に、人の持つ魔力量では飲み水は兎も角、畑などの作物を育てる分は確保出来ません。雨水や井戸や湧水などで何とかやりくりしているのは何所でも同じです」

 「そうじゃ。だから先の発言の様に各家庭に風呂があるなど異常だし、ましてトイレに綺麗な水を使うなど他の奴がやっていたら殴り飛ばしているのじゃ。忌々しい事だが水を牛耳られて無理やり従わされたり、小さな村では水の魔法が使えるだけで大きな顔が出来る事を、リグレスも知っていよう」

 「勿論知っていますよ。知らない者など赤帝国に居ないでしょうね。私もトイレを初めて見た時は使うのに躊躇してしまいました。もっとも女性達には好評だったですけど・・・・ははははは」

 「笑いごとでは無いのじゃ。特に最後の泳ぐ施設と言うのはなんの冗談なんじゃ。儂は年を取って耳が悪くなったかと思ったわい。何所で暮らせば泳ぐなどと言う狂気の発想が生まれるのじゃ。迂闊に水辺に近寄るな、水の中に入ったら命は無いと思え、と言うのを子供の時に親に叩き込まれない者はいないじゃろ。いや、孤児ですら知っているはずだ」

 「まあまあ、そう言わずに。水道と言うのを知っていますか?水堀の水を使っているのですが、蛇口を捻るだけで水が出るんですよ。皆初めは戸惑っていましたが、今はもうなくてはならない物で、とても便利ですよ」

 「・・・・・・・リグレスの言いたい事は分かるのじゃが、いかに役に立つと言っても目を瞑る事が出来る限度があろう。儂にとっては白塩草を知らない時点で、疑わしくとも目を瞑れる限界を超えているのう。更に言うとロベールの態度は、塩を使うのが普通だと考えていたとしか思えんのじゃ。良いか、あまりにも馬鹿馬鹿しくて口にしたくも無いが、いかなる国でも人が安全に得られる塩は、白塩草を置いて他にないのじゃ。リグレスとて分かっていよう」

 「勿論分かっている。契約者でも元が人間なら、そんな常識を持つはずが無いと言いたいのだろう。だがロベールは人間だぞ。ミルベルト卿の娘とその婿が保証しているのだ。それと今のミルベルト卿は婿を次期当主として認めている」

 「なに・・・・・其れはミルベルト家がロベールの事を保証すると言う事か?」

 「まあ、そうとっても良いだろうな。私達五大貴族も其れなりの話を聞いているが、ロベール達と一番関係が深く、詳しい情報を持っているのは、ロベルトとミルベルト家だよ。私も出来ればそこに加わりたいのだが、立場の所為かまだ教えて貰え無くてね。今はミーミルに期待している所だ。ロベールは年下のミーミルには甘いからな」

 「儂も幼い孫を育てている身として言わせて貰うが、そんな風に考えているから話して貰え無いのではないか?」

 「此れは耳に痛い言葉を聞かせてくれるな、ヴィシール卿」

 苦言を呈するヴィシール卿に、私は肩を竦めて苦笑すると、気を引き締めてから重々しい声で話し掛けた。

 「ヴィシール卿、全ての貴族が集まったら開催される会議で、私達に手を貸して貰え無いか?ロベールが王になる事に賛成して欲しい」

 「・・・・・ロベールを王にするのは危険な賭けになるのじゃ。だから儂は孫達の為にも距離を置きたいのじゃがのう」

 「ヴィシール卿、私は自身だけでなく、メイベルとミーミルの未来も含めて全てをロベールにかけている。此の賭けに失敗すれば、私は全てを失うだろう。だが私は其れだけの価値がある賭けだと確信しているのだ。どうかこの通りだ、協力して欲しい」

 私が頭を下げて今一度頼むと、ヴィシール卿は気圧されて動揺していた。それも其のはず、ヴィシール卿は父の代からの付き合いで、私がメイベルとミーミルを何よりも大事にしている事を知っていたし、昔の私の事も知っていた。昔の私は皇妹のメイベルと結婚する為に、ありとあらゆる手を使って権力闘争に勝利して結婚した。だが結婚してからは一転して危険を避ける事を第一とし、今まで貴族にありがちな権力闘争から徹底的に遠ざかっていたのだ。

 「・・・・・・本気なのか?真の意味でリグレスが表舞台に立つと言うのか?」

 「ああ、ロベールを王にすると決めたのは私だ。だから逃げる心算は無い」

 「メイベル様は知っているのか?」

 「もう話してある。メイベルは私を支えてくれると言ってくれた。そして既に一部のやらないといけない事を手伝ってくれている」

 私とヴィシール卿の強い意思の籠った視線がぶつかり合い、バチバチと激しい火花を散らした。それでも一歩も引く気の無い私の様子に、何かを悟ったヴィシール卿は顔色を変え、長い間下を向いて唇を噛み締めていた。そして色々な感情を押し殺した重たく冷たい声を響かせた。

 「・・・・・・リグレス、儂が断ったら如何する心算だった」

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 「儂の問いに答えんのじゃな。・・・・・ならばそう言う事じゃのう」

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 無言を貫く私に非難する視線を向けてきたヴィシール卿は、深い深いため息を吐くと、全身の力を抜いて諦めの宿った声を出した。

 「協力するのじゃ。それで儂以外にもこういう交渉をしたのかのう」

 「レゲレ伯爵とマキーユ伯爵にしています。二人とも赤帝国の滅亡を受け入れ様とせず、新しい国を認めようとしませんでした」

 「お二人は儂より長く赤帝国に仕えている御方じゃからのう」

 「そうですね。でもだからこそ捨て置けませんでした。二人の周囲への影響力は馬鹿に出来ません」

 「じゃろうな。其れでお二人は今何をしているのじゃ?」

 「周囲の人達を説得して貰っています。私としては会議の前に、六割以上の賛同を得る心算です」

 「ならば儂も周囲を説得するべきじゃろうな。しかし相変わらずの根回し好きじゃの。リグレスの主導する会議は始まる前から結論が出ていると、昔噂されていたのを思い起こさせられたのう」

 「其れは流石に買い被りです。昔の私は万が一にも権力闘争に負ける訳にはいかなかったので、事前にやれる事をやってから全力で挑んだだけですよ」

 「フッ、ものは言い様じゃの。さて手伝う以上、物資の援助は確実にして貰うからの」

 「ええ、それは分かっています。・・・・・・・位の物資がありますから、他にも困っている人をそれで説得してください」

 「ふむ、思ったよりある様じゃのう。此れなら其れなりの人数を説得出来そうじゃ。会議まで時間もないし、早速取りかからせて貰うのじゃ」

 ヴィシール卿は素早く立ちあがると、不敵な笑みを浮かべて部屋を出て行った。その挑みかかりそうな笑みを見た私は、人の事は非難できないだろうと思っていた。昔の私は苛烈な手段も取っていたが、抑々其れを教えたのはヴィシール卿で、今は息子に先立たれて大人しくなっているだけなのだ。まあ少し考えれば大人しい人物が、不確定領域の近くにある、戦いが起きやすい領地を治められる訳が無いと、誰でも気づくはずだった。

 「ふう、何とか騙し通せた様だな。昔は兎も角、ミーミルが生まれた今の私は、かつての様に非情にはなれないからな。はあーー、何とか会議が終わるまでは、皆に此の事を気づかれない様にしないといけない」

 私の重たいため息と共に発された独り言が、他に誰もいない部屋に響いて消えていった。


 「貴男がキルミストさんですね。初めまして俺はロベールと言います」

 「初めまして龍人ロベール。私が気づかない間に、地下に転移門などの施設を勝手に造った貴男には、一刻も早く会いたかったのですよ」

 俺はニッコリと微笑むキルミストさんの全身から、黒い物が見える様な気がしていた。困惑した俺が横にいるニルストさんに視線を向けて問うと、首を振ってから視線を逸らされた。

 「えっと、たぶん聞いているとは思いますが、一応メルクラント卿には許可を取っていたんですよ」

 「ええ、聞かされましたよ。転移門から帰ってきた父様に、何だ、気づいていなかったのか?と言う言葉と一緒にですが。あの時の父様の微妙な顔と視線は、私の人生の中で五本の指に入る屈辱でしたよ。もう少し私に対する配慮をして欲しかったですね」

 ニッコリと微笑んだまま重圧を掛けてくるキルミストさんに、俺は確かに配慮が足らなかったかもと思った。いきなり地下が出来ていたら驚くのは当然だった。メルクラント卿がメルトーンに問題が出ないのなら好きな様にして良いと言ったので、俺は思いついた秘密の隠れ家を造ろうとして冷静さを欠いていた様だ。明らかに俺が皆に気づかれない様にする事ばかり考えていたのが原因だろう。その事に思い当たって顔を引きつらせていると、キルミストさんは其のまま話を別の物に繋げてきた。

 「父様の事でもそうです。転移門で簡単に移動出来るのなら、私を交えてから話しても良かったと思いますよ。そうすればもう少しマシな物になったと思いますが?違いますか?」

 更に重圧を強めるキルミストさんに、俺は成る程なと納得していた。キルミストさんは俺の非を責めてから有利に交渉を進めようとしているのだ。だがキルミストさんには悪いが、俺はメルクラント卿の処分については決まった物から変える心算は無かった。今俺が会って話しているのは、キルミストさんがメルクラント卿の処分に関連して行われる、自身の処分を受け入れるか否かの為だけなのだ。

 「キルミストさん、貴男への配慮が足らなかったのは認めます。申し訳ありませんでした。でもそれは其れ、此れは此れです。キルミストさんは既にニルストさんから処分の内容を聞いているはずです。受け入れますか?それとも拒否しますか?」

 「・・・・・・・ふう、若かったから上手く行くかと思ったんだが、駄目だったか。その態度は内容に対する交渉は受け付けないと言う事かな?」

 「はい。皆で考えた物ですから、此れが一番ましだと自信を持って言えます。帝都が消滅して赤帝国が滅亡する原因になった契約石などに、メルクラント卿が関わっていたのは動かしがたい事実です。そして消滅前の帝都の防衛をしていた事は皆が知っています」

 「グッ、だが・・・・・」

 「言いたい事は分かります。でも残念ですが他に責任をとれそうな人は皆死んでいます」

 「・・・・・・メルクラントの家名を名乗る者が何人いるか知っているか?」

 「いえ、其れなりの人数がいるとしか聞いていません」

 俺がニルストさんに視線を向けると、露骨に視線を逸らされてしまった。そんな俺の耳に重苦しく暗い声が響いた。

 「三十四人だ。しかも其の中の九人が十歳以下の子供だ。ロベールが如何考えているのか知らないが、貴族では無い者に今回の措置の重さが分かるとは思えない。そうだろう、ニルスト」

 「・・・・・・キルスト、幼馴染のお前の言いたい事は理解出来るが、私に振っても無駄だぞ。私も会議の後、すぐバルクラントを継がなくてはならない立場だし、理由が如何あろうと父上がべサイルを支持した以上、厳しい目を向けられて責任を追及されるのは同じなのだ。実際バルクラント家も資産の半分と各種権利が没収され、国庫に納められる事が水面下で決まっているのだ」

 「グッ、だがニルストならメルクラントの家名の凍結処分を受け入れたら、他家からどんな扱いを受けるか分かっているだろう」

 「ここぞとばかりに今まで大人しく従っていた貴族共が騒ぎ出すだろうな。特に若い奴らは立場の逆転に飛びついて徒党を組んで行動をするだろう」

 「そうだ。だから其れだけは受け入れる訳には・・・・・」

 「ならメルクラント卿を見捨てますか?」

 「なっ、そんな事が出来る訳無いだろう。父様は・・・・・・」

 気持ちが昂り言葉に詰まったキルミストさんに、俺はあえて冷たく告げた。

 「一族が皆処刑されるのよりはマシでしょう。此度の事は戦った者達の助命嘆願があっての事です。でなければ助ける事は出来なかったでしょうし、俺は国が安定した時点で処分していたでしょう」

 話しながら俺が冷たく一瞥すると、キルミストさんはおろかニルストさんまで凍り付いた様に動かなくなった。そんな寒々しい中で俺の声だけが淡々と響いていた。

 「更に言えば、メルクラント卿と奥方は家名をはく奪され、二度と名乗る事は出来ません。つまり貴族ではなくなると言う事です。其れに比べればあなた方は凍結されるだけです。凍結を解く様な功績をあげればいいのです。はあ、如何も貴男は共に行動していなかったので、現状を正しく理解していないみたいですね。帝都は消滅し、国教は無くなり、サザトラントは壊滅状態、ギルドは怪しい疑惑があり排除しないといけない、商連合国の侵攻軍は殲滅したものの未だ交戦状態、蒼王国も動いていて交戦するかも知れず、お金は無く、塩も食料もない。ハッキリ言って余裕はないのです。其のギリギリの状態で出来る手段が提示した物です。どれ程話しても、俺は譲歩も変更もしません」

 俺の鋭く厳しい視線を受けたキルミストさんは、ビクリと体を震わせながら歯を食い縛って耐えていた。

 「受け入れますか、拒否しますか」

 「・・・・・・・・・・・・・・受け入れよう」

 「分かりました。では会議ではその様に取り図ります。ニルストさん、後の詳しい段取りの説明は任せます」

 頷くニルストさんを見て、俺は席を立って部屋を出て行った。


 「話を聞くのと実際に会うのはやはり違うな、ニルスト。まさか私を前にしてあの若さでキッパリとはね付けられるとは思わなかった」

 「だから言っただろうが、無駄な事はするなと。ロベールは甘そうに見えて厳しいし、厳しそうに見えて甘いと言う、評価のし辛い存在なんだ。暫く共にいた私でも確信をもって言えるのは、ものの考え方が決定的に違うと言う事と持っている力が隔絶していると言う事だけだ」

 「権力を持つと人が変わる者もいるが、ロベールは大丈夫だと思うか?」

 「其の心配は無用だろう。父上とも話したが、半ば以上無理やり玉座に座らせようとしたから、国が安定したら逃げ出さないかを心配するべきだと言う事になった。だから今水面下で女性達に動いて貰って居る所だ」

 「ふむ、女性でも宛がって置くのか?」

 「ばばば、馬鹿な事を言うな。キルストは会った事が無いから知らないのだろうが、そう言う言葉は禁句だ。ロベールの義妹のカリーナ殿に殺される事になるぞ。前にロベールが一晩帰ってこなかった事があるのだが、其の時の不機嫌さは筆舌に尽くしがたいものがあった」

 思い出しただけで鳥肌が立った私は、腕をさすりながら小声で話した。

 「ロベールに知られると不味いし、カリーナ殿を怒らせるから此処だけの話で頼む。女性達に頼んでいるのは、ロベールに色目を使わないと言う暗黙の了解を水面下でしているんだ。カリーナ殿は其れを聞いてこの国なら安心して過ごせると言ってくれている。カリーナ殿が居てくれればロベールも居るだろうと言う事で皆の意見は一致している」

 「其れを私に話すと言う事は、協力しろと言う事だな?」

 「ああ、頼む」

 「了解した。妻を通して話して置く。しかしロベールも大変だな。あの年から水面下でそんな手を回されているとは男として同情できそうだ」

 「ははは、キルストじゃないから問題無いさ」

 「あのな・・・・・今は結婚して妻のお腹に子供も居るのだから、言葉は選んでくれ。何かの拍子に妻の耳に入ったら・・・まだ疑われるんだぞ、私は」

 「それは自業自得だろうが・・・・。私がキルストの騒動に何度も巻き込まれたのを忘れたとは言わさないぞ」

 私達は其のまま昔話に興じて、未来への不安と此れから背負うべき責任を一時忘れる事にした。


 部屋を出た俺は一つリグレス公爵に相談したい事が出来たので、来た道を足早に戻っている所だった。そして俺が半分程戻った時に、後ろから低くズッシリと響く声を掛けられた。

 「ロベール、カリーナからの伝言と状況報告がある」

 「ルードル、バルクラント卿、戻って来たのですね。国境は如何なりました?」

 「あまり良くない。儂は此れからリグレスに報告してくる。ロベール、ルードルの言葉を冷静に聞いてやってくれ」

 振り向いた俺が声をかけたのだが、バルクラント卿は顰め面で手短に答えると、速歩で歩き去ってしまった。冷静に聞けと言われた俺は、嫌な予感を感じてルードルを見つめると、近くの空き部屋の扉を開けて共に入った。

 「何があった?今シグルトは地下宮殿などの建設をしている。呼ばなければならない様な事態なのか?」

 「いや、今はもう落ち着いているから、呼ぶ必要はない。実は・・・・・・・・」

 ルードルの話を聞く俺の顔が段々と険しくなっていくのが自覚できた。そして心の中は荒れ狂い、傍に居るべきだったかと、何度も何度も自問自答していた。其のままの状態で全てを聞き終えた俺は、何時の間にか強く握ってしまっていた拳を開いてから、一つ大きな深呼吸をして気持ちを落ち着けると、冷静な声を意識して出した。

 「クッ、同じ顔だと言うクリーミア王女の事を筆頭に気になる事は多々あるが、重要なのはただ一つだ。精神攻撃を受けてカリーナは今どうなっているんだ」

 「多少の影響はあるが、フレイとタマミズキがついているから致命的な事にはならないはずだ」

 「ふう、そうか。その言葉信じるぞ、ルードル」

 一度目を閉じた俺は時間をかけて気持ちを切り替えると、すぐに此れからの話に切り替えた。

 「さて、カリーナの伝言に答える前に聞きたい。ルードルの目から見て、今のカリーナは行動しても問題無さそうか?」

 「戦闘能力は問題無い。不安なのは精神状態だが、僕達が付いていれば問題にはならないと思う。だから出来れば、今は主の好きに行動させる方が良いかも知れないと考えている。そうすれば普段と違う面も見えてくるから、問題点を洗い出す事が出来るかも知れない」

 「早めにおかしな所を見つけて対処した方が良いと言う事だな。・・・・・・・仕方ないか。分かった、許可する。ただし、ルードル達がついて行く事が条件だ。そしてルードル、お前には個人的に頼みたい事がある」

 「なんだ?」

 「蒼王国との関係がどうなろうと、俺が後で如何とでもする。だからカリーナの安全を最優先にしてくれ。そして行動する時はカリーナの命令も無視して行動してくれないか?此れは今後ずっとだ」

 ジッと俺が真剣な顔で見つめると、ルードルは口元をピクリと動かして見つめてきた。お互いの視線がぶつかり合い、お互いの言いたい事が何となく伝わってきた。

 「ずっとと言う事は、蒼王国以外でも同じだな」

 「そうだ」

 「分かった。主の意思を無視する事はしたくないけど、今回の事だけは聞いてやる。そうしないと不安の様だからな」

 「ああ、よろしく頼む。ルードル」

 俺が冗談のまじる余地が無い神妙な顔で頭を下げて頼むと、ルードルは背を向けてから尋ねてきた。

 「任せて置けと言って置きながら、主を守れなかった僕を何故怒らない」

 「俺も子供だから当たる事はあるが、なるべくカリーナの事では他人を怒らない様にしている。今回の事でもルードルに任せて行かなかったのは俺の判断だ。ルードルもフレイ達も出来る限りの力で対処したのだろう」

 「ああ」

 「それなら皆だけで何とか出来ると考えた俺の判断が間違っていたんだ。それに今回の様な時にカリーナの事で他人を怒るのは、そいつに責任を負わせると言う事だろ。くだらない意地で悪いが、小さな時にカリーナの事は全て俺が背負うと決めている。責任も例外では無いんだ」

 「・・・・・・この異常者め」

 「この前、刃物の事に気づかされてから自覚している。俺もカリーナも何処か歪んでいるんだろう。でも機会が無いと、こういう所は自分でも変えられないんだ」

 「ふん、成る程。お前の国の言葉で言うと、真正の変態シスコンだと言う事だな。良く分かった」

 「おい、待て。何所でそんな言葉を知りやがった。俺は断じて違うぞ」

 反射的に叫ぶ俺にルードルは、顔を見せずに尻尾を一振りしてから、疾風の様に部屋から出て行ってしまった。慌てて追った俺が出た時には、その姿は何所にも見当たらなかった。暫く誰もいない通路を呆然と眺めていた俺は、釈然としない思いを抱えながらリグレス公爵の元に向かった。

 次話の投稿は9日までに行う予定ですが、今寒気がする様な気がするのでもしかしたら11日以降になるかも知れません。その時は許してください。では次話もよろしくお願いします。

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