契約者達と共鳴現象
「カリーナ」
「クリーミア様」
私の叫び声に反応したタマミズキが倒れたカリーナを受け止めた。そしてクリーミア王女にベルサーヌさんが駆け寄って行くのを見て状況を確かめた私は、顔色をかえてカリーナに近寄り、共感能力を使って何が起きたのかを確かめた。前に香織が口にした表現にまさかとは思っていたが、やはり此れは共鳴現象だった。其れは共感能力を持った古代の炎鳥の双子に良く見られた現象で、互いの精神が共鳴し合って相手に記憶や思いが伝わり、無理やり植えつけられるのだ。特にこの無理やりと言う部分が問題で、人格に影響が出るだけでなく、最悪の場合は人格が崩壊する事もあり得るのだった。
「タマミズキ、カリーナをそっと寝かせて。そして貴女はこの場で起きた事を魔法で誤魔化して頂戴。ルードルは外に出て、誰も中に入らない様に見張りなさい」
タマミズキとルードルが素早く行動している間に、私は共感能力で香織の共鳴を抑え込みにかかった。
「なんなの、この共鳴の強さは・・・・抑々如何してカリーナが共鳴現象を起こすの?カリーナは共感能力を持っていないはずなのに・・・・・」
あまりの共鳴の強さに自然と私の口から言葉が出て、その言葉をベルサーヌに聞きとがめられてしまった。
「おい、クリーミア様が倒れたのはお前達の所為なのか?だとしたら許さないわよ」
「違うわ、カリーナも倒れているのが見えないの?」
「だが、お前はこの状況の事を何か知っているのだろう。兎に角説明しなさい。さもなければ・・・・・」
今にも跳びかかって来そうな険しい表情で睨み付けて来るベルサーヌに、私は鋭い声で警告した。
「落ち着きなさい、今は争っている時ではないわ。此のままだと二人とも無事には済まないわよ。だから貴女はクリーミア王女を助けたいのなら、急いでカリーナの横に寝かせなさい。其方も私が何とかするわ」
ベルサーヌは私に警戒しながらクリーミア王女を抱えてきて横に寝かせた。素早く私はクリーミア王女の共鳴を抑え込もうとして、驚きの声を上げた。
「如何言う事、なんで共鳴の強さがカリーナの七割しかないの。なら一体カリーナは三割も何と共鳴しているの?」
私はクリーミア王女の共鳴を抑え込みながら、素早く大天幕の中を見回して尋ねた。
「答えなさい。精神に共鳴しそうな何かに心当たりはない?」
「いや、私は知らない」
「本当でしょうね。嘘を吐いたら王女の無事も保障出来ないわよ。此の共鳴の強さから考えると、お互いの人格に影響が出る可能性が高く、目覚めても・・・・・」
「本当です。私・・・・・・・・・・・此れは如何言う事です。其方こそ納得のいく説明をしなさい」
突然言葉を切ったベルサーヌに詰問された私は、驚きながら視線を辿った。するとそこには本来の黒髪黒目の香織が寝ていた。如何やら姿の維持すら出来なくなったみたいだ。
「クッ、その姿はカリーナ本来の姿ですわ。契約者だと色々危険があるので姿を変えているのですわ」
「・・・・・しかしこの姿は・・・・・」
「私もクリーミア王女を見て驚きましたから、気持ちは分かりますわ」
そう言いつつも私は、今も必死にカリーナが共鳴している何かを探していた。此の状況を打破するためには、一刻も早く何かを見つける必要があった。外に居るルードルにも声を掛けたが、おかしな事は見当たらないみたいだった。
「フレイ、認識を逸らす魔法で結界を張りました。でもあまり強力ではないので派手な事をすれば、ばれますから気を付けなさい。それと見えますか?」
私はタマミズキが指さした場所を見たけど、そこは何もない空間に見えた。だけどタマミズキがこの状況で意味の無い事をするとは思えなかった私は、ジーーーーーッと凝視して見つめ続けた。
「エッ、あれは・・・・」
「フレイにもようやく見えた様ね。魔法を使った時に違和感を感じて調べたら出て来たのよ。五幻種の目を誤魔化すなんて普通じゃないわよ、あの真紅の剣は」
タマミズキが口にしたように、私の目にある時を境に真紅の剣が映った。その剣はキィィィィィィィィィィンと音を響かせて小刻みに震えていた。しかも大きな魔力を発していて、此の状況の原因なのは明らかだった。一度認識するとその重厚な存在感から、今まで気づかなかった事の異常性が認識でき、私の羽が寒気を感じて震えた。
「如何して私はあんな物を見落として・・・・・・」
「近づいては駄目ですわよ。あの剣は明らかに周囲の者の精神に干渉していますわ」
「・・・・・・・あの剣は何?誰の物?」
私が厳しい視線で睨み付けると、ベルサーヌは不思議そうな顔をした後、今思い出した様な口調で答えた。
「ああ、あれはクリーミア王女の剣でしたわね。あの剣が如何かしたのですか?まあ確かに一国の王女が持つ剣にしては、優美さも無い頑丈さが取り柄の普通の剣ですけど・・・・・」
「・・・・・・何を言っていますの?あの真紅の剣の何所が普通なのです」
「真紅?銀色の剣の何所が真紅なのですか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
私が無言でマジマジと見つめるベルサーヌの表情は、何所までも真剣で冗談の混じる余地は見つからなかった。
「無駄よ、フレイ。私達ですら最初は気づけなかったのよ。普通の人間では如何にもならないわ。それよりカリーナを助けるには剣を壊せばいいのかしら?」
「駄目、そんな事をしたら共鳴しているカリーナの精神まで傷付くわ。私が共感能力を使って剣の干渉を阻害しますから、タマミズキも魔法で干渉を抑えてください」
「其れは良いけど、手を貸しても完全には防げないわよ」
「大丈夫ですわ。弱まりさえすれば、カリーナ自身の能力で何とかしますわ。剣を認識してから初めて気づいたのですけど、カリーナは何らかの精神系の能力を持っています。カリーナが無自覚にその力で剣の力に抵抗し、クリーミア王女が瓜二つなのも合わさって共鳴が起こっているみたいです」
「能力の発現は龍人だけの物だと思っていたわ。やはり二人は普通じゃないわね」
タマミズキは複雑そうな顔をしてカリーナを一瞥すると魔法を使い始めた。私もベルサーヌに早口で状況を説明すると、剣の力に絞って力を振るった。
「さてさて、此処は何所ですか?と言った所で答えて貰えるのかしら?」
「其れは私の言葉だと答えさせてください。私に何をしたのです?其れにその姿は何の冗談ですか?」
「冗談じゃ無くて、此れが私の本当の姿よ。言わなくても理解出来てるでしょう。違う?」
「・・・・・その様子だと、貴女も私の事を知ったのですか?」
私が鎌を掛けるとクリーミア王女は体を強張らせ、震える声を出して此方をそっと窺ってきた。その様子は一見すると動揺している様に見えた。しかし私は瞳の中の強い光と普通なら気づけない程の微かな殺気を確認して、気づかれない様に身構えていた。十中八九、私が何所まで知ったのかに依って態度を変えるのだろうが、それは此方も同じで、もし王女が異世界の詳しい科学知識まで知っていたら、なりふり構わず拘束する心算だった。
「ええ、無理やり知りたくも無い事を知らされたわよ。詳しい力は分からなかったけど、貴女の剣が普通じゃない事も分かっているわ。だから私にこんな事は出来ないから、貴女の剣の力だと思ったんだけど違うの?」
剣について語った瞬間、クリーミア王女の視線が鋭くなり、微かだった殺気が強まった。そして力強い否定の言葉と共に、私に対する牽制の心算か、自分が得た知識を話してきた。
「違うわ。私の力なら今の状況は無いし、貴女の狂気じみた兄への思いを知る事も無かったわ。貴女のその容姿が本来の物だと知ったのも、毎朝鏡の前でお兄ちゃんの好みの髪型は長い髪よね、短くした時は反応悪かったし、ポニーテールは反応が微妙だったわ、などと言っている記憶を見せられたからよ。毎朝毎朝何年もかけて兄の好みの髪型にしようとするなど、怖気が走ったわ」
「ムッ、人の過去にケチを付けないでよね。誰に迷惑をかけた訳でもないんだから、別に良いでしょうが・・・・・」
私は咄嗟に反論したのだが、何となく相手が如何思ったのかが伝わってきた様な気がして、最後の方の言葉の勢いがなくなってしまった。
「良い訳無いでしょう。私と同じ顔がニヤニヤ笑いながらやるのを延々と見せられたわ。私が無理やり得させられた記憶などはかなりの量なのに、兄に関する物だけと言えばその酷さが分かるかしら・・・・。しかも途中から自分がやっている様に感じられて地獄だったわよ。大体、此の私が男に媚びる為にやるなどあり得ないわ」
「そうね。私が得た貴女の知識は広く浅くだったのだけど、ほんと貴女の周りの男は碌なのがいないわね。特に貴女の婚約者候補達には笑わせて貰ったし、同情してあげるわ」
「余計なお世話よ。・・・・それより、知識を得させられた所為か、容姿が似ている所為か分かりませんが、王女である私に対して馴れ馴れしいですわよ」
「ムッ、私は初対面だったから、軽く話してから本題を切り出そうと思っていただけよ。そんな事を言うのなら腹の探り合いは止めて、単刀直入に言うわ。何所まで私の事を知ったの?そっちも其れが知りたいんでしょう。さっきから放たれている殺気には気づいているわよ」
私が真剣な顔で見つめると、クリーミア王女はハッと顔を強張らせ、素早く飛びずさって距離を開けて身構えた。そして私が動こうとしないのを確かめてから話し始めた。
「私が得させられた知識は、本当に貴女の兄に関する物だけです。例えば料理自体はあまり好きでも嫌いでもないけれど、お兄ちゃんが食べて美味しいと言ってくれるのは好きだ、とか言うのを気持ち付きで体験させられました。フフ、だからお兄ちゃんには作っても、お父さんには意味が無いから作らないのですよね」
「ウッ、それはそれで嫌な事を知られたわね。皆に知られると流石に気まずいから、誰にも知られない様に気を使っていたのに・・・・・・」
私は首を振って気持ちを切り替えると、今度は自分が得てしまった知識を話した。
「私が得てしまったのは、当たり障りのない日常の光景ばかりだったわ。其れも途切れ途切れだったから良く分からないのよ。音声付きの絵を見せられた様な感じで、今と変わらない容姿の貴女を見ていたと思ったら、次には小さい頃の貴女だったりして時間軸すら分からないのよ」
「本当ですか?私の体験と随分違う様ですが・・・・・・」
「ムッ、嘘なんか吐いて無いわよ。ふふふ、そうね。例えば明らかに四十過ぎの小父さんに花束を渡されていたと思ったら、次の瞬間には別の場所で欲望にギラついた視線の男に言い寄られていたり、更には小さい貴女と手を繋いで放そうとしない・・・・・・・」
「もう良いですわ。どれも思い出したくない記憶です」
「ふふふ、そうでしょうね。私も体験じゃ無くて良かったと心底思ったわ。後は本当に、王女だからする毒見で母親らしき人に冷たい食事に文句を言う姿とかの、当たり障りのない物よ。ハッキリ言ってこれを知って私に如何しろと言うのと言いたくなる様なのばかりだわ。其れにあなたが知りたい剣自体の力についてはさっき言ったのが全てよ」
お互いが自分の得た記憶に言及し終えると、お互いの視線がぶつかり合って、場に沈黙が訪れた。そして何となく嘘は言っていないと感じた私達は一応の合意を得た。まだ疑わしい処は多々あるが、今はとりあえず乱暴な行動は取らないで済みそうだった。
「ふふふ、それにしても今の王女の生活は窮屈で周りの男もあれだし大変そうね。小さな貴女が母親らしき人に心構えから礼儀作法まで色々仕込まれている光景が一番和んだわ」
「フフ、笑っていられるのも今の内ですよ。兄が王になるのなら貴女の周りもすぐに同じになるわよ」
「私にはお兄ちゃんがいるから全て問題無いわ。ふふ、貴女とは違うのよ。それといい加減に本来の話し方にしたらどうなの?私の得た記憶には剣を持って荒々しく話す物も、母親らしき人に敬語を使わずに乱暴な言葉を話して怒られる物もあったわよ」
「・・・・・・今の私は剣を持っていませんし、昔とは違って立派な王女になったのです。口にする言葉は選びます」
恥らいと共に剣について何か隠し事があるのが何となく伝わってきて、その事に気付いたクリーミア王女が口を閉じて場に重たい沈黙が訪れた。そして私は今までの事から二つの事に気づいていた。一つは今話しているクリーミア王女に対しては、警戒する気持ちはあるものの、会う前に感じていた感覚が嘘の様に消えている事だ。そしてもう一つは先程アッサリと嘘ではないと思えた様に、この空間は何らかの方法で感情が何となく相手に伝わってしまう可能性だ。私は此れ以上この場であれこれと話すのは不味いと思い、話題を変える事にした。
「ふう、まあ良いわ。其れより今更だけど此処は現実じゃないわよね」
「それは本当に今更ですわね。見渡す限り全てが真っ黒な空間ですし、私は夢の様に感じていますから、現実では無いでしょう」
「夢ね・・・・私は似ているけど違うと思うわ。ただ何となく実体じゃないのは分かるわ」
自分の手の平を見つめてため息を吐くと、私はクリーミア王女を一瞥して本題に入った。
「脱出するまで協力しない?いい加減に此の状況を何とかしたいんだけど・・・・・」
「・・・・・良いでしょう。ですが当てはあるのですか?」
「無いわよ。抑々何が如何なってこうなったのかも分からないもの。でもあの場にはフレイ達がいたから必ず何とかしてくれるはず。貴女と話している間に時間も経ったし、もうそろそろいい感じだと思うの。だからその時まで敵対しないで体力を温存しましょう」
「・・・・・・・・・他力本願とは情けない」
「ムッ、なら貴女には何か・・・・・・如何やら話はお終いみたいね」
「・・・・・・・・あれは・・・・・・・・」
嫌な気配を感じて身構えた私の目の前で、突然強い魔力を発した真紅の剣が空間を引き裂く様にして現れた。その剣を見たクリーミア王女が呟き声を漏らして無雑作に近づいていった。
「ちょっと、何やっているの。危ないわよ」
「大丈夫ですわ。あの聖銀の剣は私の剣ですもの」
「聖銀?あの真紅の剣が?」
「何を言っていますの?あの剣はあんなに輝いている綺麗な銀色ではありませんか」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
私はクリーミア王女の言葉と表情に絶句させられた。確かにクリーミア王女の記憶で見た剣は綺麗な銀色をしていたのだが、今目の前にある真紅の剣が記憶の剣と同じとは思えなかった。そして今その剣を見つめて瞳を輝かせるクリーミア王女は明らかに陶酔していて、超えてはいけない一線を超えた表情をしていた。クリーミア王女は殆ど同じ顔なので、自分がしている様に感じてしまい、私は悪寒を感じてゾッとしてしまった。そして私が動揺と混乱に襲われ動けない間に、その手に剣を掴んだクリーミア王女は纏う雰囲気を一変させていた。空間の効果もあるのだろうが、私には見ているだけでゾクゾクする悪意または怨念とでも言えば良さそうな物が伝わって来た。
「・・・・ねえ、ちょっと、大丈夫なの?」
「何が言いたいんだい」
恐る恐る問いかけた私に返って来た言葉は口調が変わっていた。そして此方を向いたクリーミア王女と視線を合わせた時、私は口から悲鳴が出そうになってしまった。なぜなら真紅の瞳の色が濁っていて、血の色の様に見えてしまったのだ。しかもその瞳に輝きは無く、表情も無機質な物に変わり、凄絶なまでに美しい呪われた人形の様に思えた。
「・・・・・・ほんと自分と同じ顔なのが最悪ね。しかし納得したわ。私が遠くに居ても感じていたのは此の事だったのね」
「お前・・何をしたんだい。この空間は・・何なんだい。お前を殺せば・・・お前が作っている空間は壊れるはず・・・・・」
濁った瞳で私を見据えたクリーミア王女?は、真紅の剣を構えて一気に踏み込んで来た。私は想像より速い剣速に驚きながらも、冷静に対処しようとした。
「私が作ったとか訳分かんない事言ってるけど、襲って来るなら容赦しないわよ。風の砲弾で吹っ飛んで反省しなさい」
私は右手をクリーミア王女に向かって突き出して、何時もの様に魔法を放とうとした。しかし何故か魔法は放たれず、驚愕しながらも必死に避けようとした私の腕を、ニヤリと黒い笑みを浮かべたクリーミア王女の剣が容赦なく斬り裂いた。
「グッ・・・・・・ああああああ・・・・・・」
私は今まで感じた事の無い痛みに混乱しながら、飛びずさって武器を出そうとしたのだが、何と武器まで出す事は出来なかった。
「ちょっと、冗談でしょう。現実ではないから武器も魔法も使えないのは納得しても良いけど、なら何であの剣だけあるのよ」
「・・・・・・さあ、如何してなんだろうね。フフ、今分かるのはその傷と武器なしでは契約者と言えど、無事には済まない事だけよ。さあ大人しく斬られなさい」
忌々しいが言われた事の一面は確かに事実だった。クリーミア王女には素手でも勝てない事は無いけど、魔法が使えない今、受けた傷を治療する事が出来ないのだ。今も斬りかかってくる剣をかわして動く私の傷口からは血が流れ、しかもそこに赤黒い靄の様な物が纏わりついていた。
「クッ、何なのよ、この赤黒い物は・・・・其れに貴女もいい加減にしなさいよ。私と協力すると言って置きながら、何アッサリ斬りかかって来てるのよ。正気に戻りなさいよ」
私が強い意思を込めて叫ぶと、クリーミア王女の眉がピクリと動き、体の動きが一瞬だったが鈍った様に感じられた。私は原因を考えて一つの仮説に思い当たると、正しいか如何かを確かめる為に、強い侮蔑の思いを込めて声を張り上げた。
「一国の王女としての誇りは無いの?その口調はなに?そんなんじゃ立派になったと喜んでいた母親らしき人も嘆いているわよ。この大馬鹿猫被り王女」
クリーミア王女の米神がピクピクと動いていた。自分と同じ顔だからよく分かるが、あれはかなり苛立っている様子だった。
「よし、これで・・・・・・・」
思惑通りに剣の振りが大きくなって速度も落ち、好機を得た私はかわすのを止めて、一気に踏み込んで腹に蹴りを叩き込んだ。ドスと重たい音が響き、体をくの字に曲げたクリーミア王女は息を詰まらせて動きを止め、その間に素早く左に回った私は、右手に一撃を入れて真紅の剣を弾き飛ばした。すると苦しそうだったクリーミア王女は、ビクリと体を震わせて地面に崩れ落ち様とした。私はクリーミア王女を抱えて様子を確かめると、元の様子に戻っている事に安堵して、そっと横に寝かせた。
「ふう、やはりこの空間は感情が伝わるようね。特に強い感情を込めて声を出せば、相手の心に直接気持ちを攻撃として叩き込める可能性が高いわね」
ニヤリと笑った私は、未だに強い魔力を発している真紅の剣をジロリと睨みつけた。そして此処はファーレノールだし、可能性はあるわよねと考えて行動に移した。
「ねえ、良く聞きなさい。私はお兄ちゃんが大切なの。好きなの。大好きなの。だからこの交渉を邪魔する存在は許さないわ。分かる?分かるわよね。分かったら邪魔をしないで大人しくしていなさい、良いわね」
強い意思の籠った説得が効果を示したのか、私の見ている前で剣の魔力が目に見えて減少していった。如何やら私の予想の通り、この剣には意思またはそれに類する物があるのだと思われた。そしてスッと目を細めた私が、この剣は危険だから現実に戻ったら本体を破壊するべきだと心に決めていると、意識を失ったクリーミア王女が脂汗を流してうなされているのが目に入った。
「うう・・・・そんな思い・・は・・・狂気・・・・・・お兄さん・・・すぐに・・逃げて・・・・」
「ナッ・・・・・・・・」
私が耳に入った言葉に反射的に反論しようとした時、突然眩暈を感じてふらついて倒れ込むと、眩く輝く光の中に意識が沈んでいくのが感じられた。覚醒に伴い、此方での意識を無くした私は、この時一つの重大な事を忘れてしまっていた。其れは自身が傷を負って治療せずにいた事と、傷口に纏わりついていた赤黒い靄の様なものの事だ。この事が後に問題を起こす事を、この時の私は知らなかった。
「カリーナ、おかしな所はありませんか?特に精神に何か変化を感じたらすぐに言ってください」
私が目を開くとすぐにフレイが飛んで来て心配する声を響かせた。目覚めたばかりの私は頭に響く声に苦笑すると、「大丈夫よ」と返事をしてからフレイに状況を尋ねた。すると私の倒れている間の出来事をフレイが話してくれた。そして真紅の剣に話が及ぶと、私はハッとして素早く跳び起きて立ちあがった。
「此の・・・・・・」
私は真紅の剣を視認した瞬間に、後先考えずに素早く鞭を手に持つと、真紅の剣を壊す為に全力を込めて振るっていた。しかし空間すら切り裂けそうな鋭い一撃は当たる寸前で空ぶった。真紅の剣が目の前で消失したのだ。
「クッ、フレイ、タマミズキ、真紅の剣の位置は分かる?」
「いえ、分かりませんわ」
「無駄よ。カリーナが武器をしまっている様に別の空間に入ったのよ。其の空間への入り口を開けないと、如何にもならないわ」
話している間にブォンと音をたてて空ぶった鞭が椅子や机に叩きつけられ、バキバキ、ズドンと轟音を辺り一面に響かせた。途端に騒がしくなる周囲の喧騒にしまったと思ったが後の祭りだった。そしてすぐに何事かと此方に詰め寄ってきている警護の者達と、中に入れさせようとしないルードルの押し問答が聞こえて来た。
「もうしばらくはルードルが何とかしてくれるわよね。タマミズキ、今の内に空間の入り口を開いて貰え無いかしら」
「私には無理よ。力尽くで開けるのはシグルトぐらいよ。今は如何にも出来ないわ」
「・・・・・・・・そんな」
私がその答えに歯噛みしていると、下から声を掛けられた。其方を見ると、目を開いたクリーミア王女と私の突然の行動に視線を険しくしたベルサーヌが睨んでいた。
「人の意識が無い間に派手にやった様だな。何をした」
「私達が倒れた原因の排除をしようとしただけよ」
「・・・・・ベルサーヌ、外の者達を大人しくさせて来てくれない。うるさくて話も出来ないわ」
「クリーミア様、それは・・・・・・・」
「大丈夫よ。私の判断を信じなさい」
まだ何か言いたそうだったベルサーヌさんは、険しい表情で頷くと渋々外に出て行った。外でベルサーヌさんと護衛達の話す声が聞こえる中、体を起こしたクリーミア王女の冷たい声が響いた。
「私の剣を壊す心算ならやるだけ無駄よ。壊した所で時間が経てば元通りになるわ。もっとも私は壊させる心算など無いけれど・・・」
「・・・貴女、あっちでの事をどのくらい覚えているの?」
「そうですね・・・・貴女が私の聖銀の剣を真紅の剣だと言って壊そうとしたから、戦いになったと記憶しているわ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・そう」
明らかにおかしい記憶と、目の前の王女を見ているだけで気に障って排除したくなる感覚を感じ、私はこの王女なら危険な剣の力でも利用するだろうと思った。そして私の目には、今の王女とあの場所で剣を持つ前の王女は別人に見えていた。私は原因はやはりあの真紅の剣なのだろうが、捕虜にした将軍は何所まで知っているのかと思いながら、ジッと王女の顔を見つめてしまった。自分と同じ顔だから分かる目の前の王女の作り物の様な表情を見て、何故か自分がしている様に感じてゾッとした寒気に襲われてしまった。
「其れで交渉の事なんだけど、正式な交渉は十六日後くらいにさせて貰え無いかしら。今日はこんな騒動になってしまったし、簡単な物だけ決めて終わりにしましょう」
「・・・・・・・騒動になったとは言え、きちんと交渉する意思があったのなら、今此のまま出来るのではないかしら?まさか急ぎだと呼びつけておいて、する気が無かった何て言わないわよね」
「いえ、あの時点では龍が攻めてくる事も考えられましたし、急いで話さないといけないと思っての事です。どの様な人が来るのか、その人物は信用できるのかを、急いで知る必要があったのです。性急に事を進めた事はこの通りお詫びしますわ」
クリーミア王女は顔が見えなくなる程深く頭を下げたが、私はどうしても違和感と猜疑心を捨てられなかった。この女は言葉にしていない何らかの目的を持って私を呼んだはずなのだ。スッと目を細めた私はクリーミア王女に対して言葉で斬り込んでみた。
「龍の事を気にする気持ちは分からなくもないけど、私はてっきり沢山の捕虜の事もあって急いでいるのかと思っていたわ。正式な交渉が遅くなるのならその時までは返せないけど、その間の食糧は如何するのかしら?分かっているとは思うけど、今此方の国は沢山の捕虜に与える食糧は無いわよ」
「良いでしょう。私の本隊が運んで来た物資を引き渡しますわ。そうすれば交渉日までは問題無いでしょう」
「それなら捕虜を返せとは言わないのね」
「私は言っても無駄と分かっている事はしません」
「無駄ね・・・・・・・・・」
クリーミア王女の表情と態度はあまりにも冷静過ぎて、私には捕虜など如何でも良いと思っている様に感じられた。もし私が王女の立場なら捕虜の身を案じて、たとえ無駄に終わるとしても如何にかして交渉しようとするはずだと思った。
「交渉を延期する代わりにもう一つ良いかしら?」
「何かしら?」
「今回は私が来たのだから今度は貴女が来て貰えるかしら?正式な交渉の場所はリラクトンの心算だけど・・・」
リラクトンと聞いたクリーミア王女の頬がピクリと動いた。そして厳しい視線で私の様子を窺うと淡々と告げた。
「それは幾らなんでも遠すぎるわよ。帝都より遠いリラクトンでは移動するだけで時間がかかってしまうわ。せめてバルグーンにして貰え無いかしら?」
「ふふふ、バルグーンまで来ても良いと言うなら距離は問題無いわ。ちょっとした秘密があるのよ。それに新しい国の王都を見る機会はそうそうないし、不安だと言うのなら護衛は三千人まで連れて来ていいわ。更に言うと武器を持ってきてくれるのなら、交渉後は今居る捕虜に武器を持たせて護衛にする事も認めるわ。どう其処までしても駄目かしら?ふふふ、私は五人とか言われたけど・・・・」
「・・・・・分かった。行かせて貰うわ。だけど王女の私が国外、それも他国の王都に行くのなら色々としなければならない事があるのよ。その分、時間もかかるけど、その事は了解してくれるわね」
「ええ、分かったわ。其れより正式な交渉までは現状維持で良いかしら?」
「ええ、それで構わないわ。私も此れから父王や重臣達と話さないといけないから」
「そう、バルクラント卿、悪いけど今話した事を書面にして貰えるかしら。後で言った言ってないと言う事になったら困るから」
「フフ、そうだな。此方もベルサーヌに頼むとしよう」
クリーミア王女が外に居るベルサーヌさんを呼んで、バルクラント卿と共に書面を作った。そして私とクリーミア王女がお互いにサインをして正式な物と確認し合った。
「じゃあ、やる事も終わったし、私達は帰るからその前に約束の物資を貰えるかしら?」
「なに?今から持って帰ると言うのか?どうやって?」
「行けば分かるわよ。早く案内して頂戴」
其のまま颯爽と大天幕を出てコジャスと合流した私達は、皆で物資が置いてある場所に移動した。そして大量の物資を前にした私とコジャスはすぐに空間の入口を開けた。
「なに?」
「何だあれは?」
クリーミア王女達が驚く声が聞こえたが、私達は気にせず皆で手分けして入口に物資を次々と放り込んでいった。そして受け取る全てを放り込んだ時には、周りで見ていた蒼王国の者達は目を見開いて凍り付いていた。特に補給部隊の者達の中には、自分達が必死に運んでいる物を空間に入れて苦労しないで運べる事に愕然とし、地に膝をついて嘆く者すらいた。
「其れじゃあ、何かあったら砦に使者でも寄こして頂戴。コジャス、砦まで飛んで」
コジャスは一度頷いてから力強く翼を動かして飛び立った。其の時周りに強風が吹いて地上の人達が文句を言っていた様だが、空高くに居た私達の耳には聞こえなかった。フレイの魔法で声を拾えば?と言う考えは気づかなかったのだ。たぶん、きっと・・・。
「クリーミア様、皆の混乱は静めました」
「そう、ありがとう・・・・フフ、皆あの顔を見て驚いて何か聞きたそうにしていたのに、気づかずに行ってしまったわね。あれは本来の姿で出歩いていた事に気づいていなかったのよ。フフフフフ」
疲れた表情で大天幕に入って来たベルサーヌにお礼を言った私は、混乱の原因となった行動を思い出して笑いを止められ無かった。案内してと言ってそのままの姿で颯爽と出て行った時は、流石の私も唖然として暫く立ち尽くしてしまった。その時の心境は何考えているの?だ。ずっと笑っている私を鋭い視線で睨み付けたベルサーヌは、心の底から忌々しそうに告げた。
「クリーミア様、笑いごとではありませんよ。敵の王族と顔が同じな所為で、噂が流れるのは必至です。対処を誤ればどうなる事か・・・・」
「フフ、私を嫌う者達が、すぐに食い付くでしょうね。まあ、今言っても仕方ない事よ。其れより予定外の事はあったけど、何とか目的は達成出来たわ。交渉の日まで時間があるし、まず間違いなく・・・・・・」
「クリーミア様」
「そうね。誰が聞いているか分からないか・・・・」
「はい。それよりクリーミア様は交渉を行う為に、本当にリラクトンまで行く心算ですか?」
「ええ、交渉が行われるのなら行くわよ。カリーナには気になる事もあるし、私の顔を見せれば兄の方も利用出来そうな気がするの」
「・・・でも危険ですよ。向こうも何か含むものがあるはずです。なにより交渉が行えると言う事は・・・・・」
「そうね。でも蒼き太陽の巫女姫ベルサーヌなら、私一人ぐらいの安全なら如何とでもなるでしょう」
「・・・・・・普通なら私にお任せ下さいと言いますが、流石に龍が複数いるとなると絶対とは言えません」
「フフ、複数いるならか・・・・・一匹なら問題無いと言えるのは蒼王国でも数える程なんだから、そのベルサーヌで無理なら仕方ないわ」
「ご期待に応えられる様に全力を尽くさせていただきます。其れではクリーミア様、もう遅いですから私は御前を辞します。ごゆっくりお休みください」
「ありがとう。ベルサーヌもゆっくり休んで」
王女の声を背に大天幕を出た私は足早に遠ざかると、周囲に人がいない事を確かめてから小さな声を出した。
「居るな?」
「はい、お傍に」
「今日あった事を蒼主教に報告して。それと奴らの情報を出来る限り集めて。私の考えだと、最悪の場合は手駒が使い物にならなくなるかも知れない。自身では分かっていないみたいだけど、既に言葉づかいに変化が見られるわ」
「了解しました。すぐに」
気配が完全に遠ざかったのを確認した私は、一息ついてから踵を返して自分の天幕に戻った。
少々早いですが12時に投稿出来なそうなので投稿しました。次話なのですが、今日の昼から月曜までと、木曜から土曜まで予定が一杯で執筆が出来なさそうです。依って申し訳ありませんが、投稿は27日0時以降としか言えません。なるべく早く投稿出来る様に頑張りますので、次話もよろしくお願いします。




