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帰還と新たな契約

 転移を終えると同時に、香織が飛びついて声をかけてきた。驚きながら受け止めて、心配をかけた事を思い、頭を撫でながら慰めて声を掛けた。

 「ただいま香織、心配をかけたけど約束は守ったよ」

 そう告げると香織は安堵した様で、とても良い笑顔を見せてくれた。しかし俺達をニヤニヤ眺める両親の視線に気づいた香織は、俺を突き飛ばして離れていった。香織の顔が真っ赤だが、多分俺も同じなので見なかった事にした。

 「父さん、母さん、ただいま」

 「無事だった様で安心したぞ」

 「その様子だと、危険な事は無かったのかしら」

 母さんの言葉に息が詰まる。さすが親と言うべきか、父さんの雰囲気が変わり重くなった。

 「何があった。まさかとは思うが、親に言えない様な事をしてきた訳では無いな?」

 香織や母さんが、一転して不安そうに見つめてきた。

 「ええーとさ、俺としては選んだ選択は、その時その時で一番良い物を選んだ心算なんだ。この通り無事に帰ってきたし、香織との約束通りこうしてフレイシャーも連れてきたしさ。終わり良ければ全て良しと言う事で、駄目かな?過程何て気にしなかったりしないかな?」

 俺の言葉に家族から鋭く厳しい視線が突き付けられた。急速に悪くなる場の雰囲気に、俺は耐えられず視線を落とした。

 「直哉、何をしてきた。全て答えて貰うぞ。隠し事をしたら分かっているな」

 「お兄ちゃん、私との約束の所為だったりするのかな?だったら私も一緒に怒られるから話してよ・・・・」

 「分かった。話すけど最後まで口を挟まないで聞いて欲しい」

 頷く家族の前で、俺は覚悟を決めて話を始めた。途中で怒鳴られそうになったり、泣かれそうになったり、呆れ何をやっているという視線を向けられたり、色々あったが何とか全てを話を終えた。家族は皆何と言って良いか迷っている様だ。父さんが深いため息と共に口を開いた。

 「正直言って、考えていた以上に異世界は危険だな。親としては二度と行って欲しくは無いが、言ってきく積りもない事も分かっているし、最早俺にに止める力が無い事も理解させられた。だが其れでも俺は父親だから言わせて貰うぞ。二百年寿命を使いましただと、聞いた瞬間は怒りに我を忘れる所だったが、今はただ一言何をやっていると言いたい。戦いは直哉が強い事に安心するべきか?其れとも普通の人間なら死んでいる事に怒るべきか?言葉も無い。さらに大戦争になりそうで、力を知られたら契約石とやらにする為に狙われそうですと言われても、今は何だそれはとしか言えん」

 「お母さんが今言いたい事は一つだけ、香織を連れて行くの積りなのかだけよ。二人は明日学校に行って日常を過ごして、じっくり考えて見てから契約の事も含めて結論を出しなさい。香織も良いわね、約束して」

 香織は自分を見つめる母さんに頷いていた。俺も今一度覚悟を決め直そうと思った。

 「全ては明日の夜に話し合おう。父さんも考えを整理して置く」

 俺は頷いてから新しい仲間に、皆を紹介する事にした。

 「シグルトは知っているだろうが、此方の炎鳥の王女のフレイシャーは初めて会うから紹介するよ。あっちに居るのが俺と香織の親で、直幸と沙耶と言う。でこっちに居るのが妹の香織だよ。お互い良く話し合って欲しい」

 香織とフレイシャーがお互いを見つめ話し始めた。

 「貴女が香織ね。私はフレイシャーと言うけれど、契約するかも知れない相手だしフレイで良いわよ。親しい人はそう呼ぶから、他の人もフレイと呼んでくれて良いわ」

 「先程王女と聞いたけど、此処に居て問題無いのかしら」

 「王女のとしての立場の方は、直哉の力は強大だから香織と契約して、炎鳥の安全の確保と言う建て前があるから問題は解決済みなの。私としては直哉との取引を守る心算だから、心配しないでも大丈夫よ」

 「話の途中で悪いが、家の息子の力はそんなに強いのかね」

 「そうね状況にもよるけれど、最悪の場合を言えば消耗戦を挑むしかないわね。それも弱い者から捨て駒として戦って、消耗させた後勝てれば良し。負ければ言うまでも無いわね。後言って置くと一種族ではなく全ての勢力での話よ」

 「あらあら、其れなら直哉は安全と思っても良いのかしら?」

 「今言ったのは最悪の場合で、普通の時は精々一種族と互角ぐらいでしょうね。契約石が不確定要素だけど、まず人間に如何にか出来る強さじゃないわ」

 「うわ、お兄ちゃん最強だったりするのかな?もしかして私も強く成れるのかな?」

 「可能性はあるわ。直哉の魔力は普通とは違うのだけど、異世界人なのが原因なら香織もそうなるわね」

 言葉に喜ぶ香織とは対称的に、フレイは普通でいて欲しいと思っている様だ。視線を下げて頭を振っている。

 「ああそうだ。お兄ちゃんご飯を作って待っていたんだよ。今チンするから待っててね」

 香織が温めた料理を並べてくれた。久しぶりの香織の料理に飛びつきそうになったが、シグルトとフレイがいる事を思い出し、から揚げとリンゴと香織が持ってきたお茶を渡してから食べ始めた。

 「やっぱり香織の料理が一番美味しいな。帰ってきたと実感出来る。とくにから揚げは好物だから食べれて嬉しいよ」

 「此方の世界の食べ物は美味しいですね。弟にも食べさせたいですわ」

 「うん確かにそうなんだ。僕は甘い飲み物が気に入ったんだ」

 俺達が感想を言いながら食べていると、父さんが恨みの籠った視線を向けて来た。煩わしいので無視すると、歯ぎしりの音が聞こえてきた。どうせ何時もと同じで料理を貰え無かったのだろう。俺としては、母さんの手料理で満足して置けば良いのにと何時も思うのだが、父さんが言うには泣き落としをして、誇りを捨てても食べたいのが香織の手料理なのだそうだ。

 「香織はまた料理の腕を上げたな。俺の好みに合っていてとても美味しかったよ。ファーレノールの食事は果実とか肉を焼いたり煮たりする簡単な物で、不味くは無いけど手間暇かけた香織の料理とは比べられないから、一際美味しく感じられたよ」

 俺の言葉に香織は笑顔を見せて、とても喜んでいた。香織の笑顔を見て和んでいると、父さんが咳払いをして声をかけてきた。

 「明日は学校もあるし、疲れているだろうから風呂に入って、早く休むと良い」

 「分かった。シグルトは俺とフレイは香織と一緒に入って寝てくれ」

 頷く皆を確かめてから、シグルトと共に風呂に入り眠った。


 「お兄ちゃん、早く起きてよ」

 何時も通りの香織の声で目覚めると、今日は何と部屋まで入ってきて着替えまで用意して待っていた。

 「さあお兄ちゃん、早く着替えてよ」

 そう言いながら出て行かない香織に、白い視線を向けたのだが、視線の意味に気づかない様だ。余程浮かれているのだろう。

 「はあーー、俺は今から着替えるんだよ。脱ぐんだよ。見たいのか?」

 「ななななな、何言ってるの馬鹿ーーーー」

 叫びと共に時計が投げ付けられ飛んで来た。そして受け止めている間に、香織は脱兎の如く去って行った。

 「契約の事を考えているのだろうが、浮かれすぎて失敗しなければ良いがな」

 「フレイも付いているから大丈夫だと思うんだ」

 着替えてシグルトと共に下に行くと、香織が母さんに告げ口していた。

 「お兄ちゃんが脱ぐんだよ、見たいのかと言ってきたの」

 「おい待て、その言い方では俺が変態に聞こえるぞ」

 「直哉、事実だったら変態に聞こえる所か、変態に決まっているわよ。そう言えば、昨日多くの人間を脱がしたと聞いたわね。まさか異世界に行って変な事に目覚めたりしていないわよね?」

 「嘘、お兄ちゃん私が目を離した隙に・・・・・・」

 酷い言われようで、俺の尊厳がガリガリと削られていく音が脳裏に響いた。二人の発言を早く止めないと、今日一日を過ごす気力がゼロになりそうだ。

 「変態の兄と一緒に登校するなんていやだよな。俺は一人で行く事にしようかな?」

 俺がジトーと見つめると、香織は焦りの浮かべて慌てて謝ってきた。

 「ごごご、ごめんねお兄ちゃん軽い冗談だよ」

 「冗談で朝から兄を変態にする妹を俺は知らないな」

 「まあまあ直哉、其れくらいで許してあげたら如何ですか?」

 俺が香織に軽くお仕置きしていると、フレイが香織を庇って口を挟んだ。如何やら香織とフレイの仲は良好の様で一安心だ。契約するのなら仲が悪いと困るので気になっていたのだ。

 「分かったよ。早く食べて学校に行くぞ」

 皆で食事を食べて、シグルト達に見えなくする魔法をかけて家を出た。母さんは車で仕事に行くので、家の前で分かれてから、俺は香織と手を繋いで駅へ向かって歩いた。

 「へえー、ヤッパリ知識と体験は全然違うんだ。直哉も僕の世界に居る時はこんな感じだったんだ?」

 「ああそうだよ。経験者として忠告するのは、実践が伴わない知識の信用度は、半分ぐらいだと思って置けって事だな」

 俺の肩に居るシグルトは、頷きながら初めて見る物に夢中になって、好奇心を満たしていた。フレイの方は香織の肩で大人しくしていた。

 「フレイは大丈夫か?」

 「私はまだ契約していないので、知識が教えて貰った最低限のものだけですから、今日は大人しくしていますわ。気にしないでかまいませんわ」

 「シグルト達には悪いが、此れから人が増えるから、此方から話し掛けないからその積りでいてくれ」

 頷くのを見届けて駅で電車に乗って学校に向かった。


 学校の中で香織と別れて自分のクラスに向かうと、先に来ていた友人の山田明人が話しかけてきた。

 「よう直哉、今日も香織ちゃんと仲良く御登校とは羨ましいな」

 「明人も妹はいるだろ?一緒にくれば良いじゃないか」

 「あのな、家の妹は香織ちゃんの様な可愛い妹じゃ無いんだよ。一緒に登校しようとか言ったら、冗談はやめてよねとか言う妹なんだよ。毎日一緒に登校して、お弁当まで作ってくれる香織ちゃんは、奇跡の人物なんだぞ。もう少しその恩恵を大切にしてくれ」

 明人の意見に周りのクラスメイトは賛成の様だ。正直当たり前の事になっているので、恩恵と言われてもピンと来ないので分からないのだ。まあ香織が良い妹なのは疑いが無いと理解している心算だが・・・。

 「あれ?今日は眼鏡かけていないんだな?如何したんだよ」

 「眼鏡は色々あってやめたんだよ」

 その言葉に周りの奴らが色々好き勝手言っている。酷い意見だと眼鏡の無い俺は俺に見えないそうだ。

 「どうせ香織ちゃんに何か言われてやめたんだろ」

 ニヤニヤしながら軽口を叩く明人に現実を突き付けてやった。

 「其れより今日の数学の宿題はやっているよな。俺は知らないからな」

 明人の顔色が変わり、真っ白なプリントを見て悲鳴を上げて、必死に問題を解いていた。今日の変わらない日常に安心出来た最後の時間だった。数学の授業が始まってすぐに違和感に気づいた。難しいはずの問題が、何故か簡単に理解出来てしまったのだ。この教師は偶に、まだ習わない問題をだして生徒に解かせるのだ。問題の解き方を教師が教えて解けるまでやらされるのだが、見ている方もそれを見て理解しないと悲惨だ。すぐにプリントが配られて、問題を解かされて出来ないと宿題が課せられるのだ。今日は俺が解く事になったのだが、考える事もなくスラスラと解けたのだ。

 「・・・・・・ほうよく勉強している様だな。座って良いぞ」

 教師の声を聞きながら、俺は冷や汗が流れるのを止められ無かった。また次の体育の授業はサッカーだったのだが、俺は軽くボールを蹴ったのに何処かのプロの様なシュートを決めてしまった。皆が驚き明人が話しかけてきた。

 「今日の直哉は凄いな」

 「はははは、まぐれだよ。またやれと言われても無理だからな。はははは・・・・」

 「まあそりゃそうだな。だが前の数学の事もあるし何かに覚醒したか。ふははははは」

 笑う明人に笑い返しながらも、頭の中は混乱していて、必死に落ち着けと己に言い聞かせていた。その後の授業も似た様な事を繰り返して疲弊して、香織と一緒に昼食を食べる為に逃げる様にクラスを後にした。


 「お兄ちゃん、こっちだよ」

 香織の声を聞いて、これ程安心して縋り付きそうになった事は、初めての経験だった。余程俺の精神は参っている様だ。シグルトに頼み隔離空間を作って貰うと、俺は深いため息と共に座り込んだ。今は立つ気力も無い。

 「ちょっと、お兄ちゃん如何したの?」

 慌てて香織が近づいて問いただした。香織に今日の出来事を伝えたら、香織は何も言わず俺の体を倒し、頭を膝に乗せ頭を撫でてきた。抗う気力の無かった俺はされるがままだった。

 「お兄ちゃんには香織が付いているから大丈夫だよ。此方でもあちらでも何所でも私は付いて行くから・・・」

 十分か二十分かよく分からないが、香織に撫でられて安らげた俺は、冷静さを取り戻した。そして気づいてしまった。香織に膝枕をされ頭を撫でられている自分と、其れを居心地悪そうに見ているシグルトとフレイの視線にだ。即座に飛び起きると俺は、何所か残念そうにしている香織から視線をそらし声を出した。

 「心配をかけたがもう大丈夫だ。シグルト、フレイは何も見て無いよな」

 視線を向けるとシグルトは頷いたが、フレイは嬉しそうに喋り始めた。

 「とても良い物を見せていただきましたわ。まるでこの世界に二人だけしか居ない様な時間でしたわ。見たいと思っても見れる物ではありませんわ。うふふふふ・・・」

 笑うフレイを見てとんでもない弱みを見せた事に歯噛みした。

 「フレイ駄目だよ。昨日少し話したよね」

 「分かっていますわ。ただからかっただけで、香織が心配する様な事はしませんわ」

 フレイの言葉に満足したらしい香織は、持っていた弁当を渡してきた。

 「時間も少ないし早く食べよう」

 香織の言葉を合図に皆で食事を始めた。


 「直哉、遊びに行かないか?」

 「悪い、今日は家の用事があるんだ」

 明人の誘いを断り、香織と共に夕飯の食材を買いに、行きつけのお店に向かった。

 「お、香織ちゃん今日は生きの良い真鯛があるよ。買って行かないかい」

 「六匹買うからおまけしてよ」

 「端数をおまけするよ。これで勘弁してくれよ」

 香織は話をしながら慣れた様子で魚を買い、笑顔で俺に渡してくる。他の店でも同じ事を繰り返して、全ての食材を買うと真っ直ぐに帰宅した。部屋で着替えをしながら俺は、龍人となって得た物と失った物の事を考えていた。龍人になった事で授業でも力を抑え隠さねばならず、その所為で友人達との話も気を使わねばならず、今まで気にせずにやっていた事が出来なくなってしまったのだ。学校での当たり前の日常が、既に失われている事を突き付けられ心を乱した挙句、妹に慰められたのは兄として香織を守ると心に決めた俺にとって、受け入れがたい現実だった。深いため息が出てくる。

 「僕と契約した事を後悔しているのかな?」

 不安そうな声が耳に入り、俺は慌てて首を振って否定した。

 「失った物は俺が考えた以上に大きかったが、絶対に失いたくない物は失っていないし、此れから目的を達成出来れば得られる物もある。其れは俺にとって今日失った事に気づいた物より大事な事だ。目的は必ず達成する心算だから手伝って欲しい」

 「準備は進んでいるけど、時間ばかりは如何にもならないんだ」

 「他にも色々有った方が良い道具を集める心算だから、其れを手伝ってくれれば良い」

 自分にも出来る事があると聞いたシグルトは、勢い良く頷くと笑顔を見せた。

 「シグルト、話があるから私の部屋に来てくれるかな?後お兄ちゃんはお米をといで食材を冷蔵庫に入れてくれるかな」

 「はは、何だよ。俺だけ仲間外れか?」

 「ごめんねお兄ちゃん。私とお兄ちゃんの話をする心算なんだよね・・・・・」

 軽く笑いながら言った言葉の返答を聞いて、俺が真顔になって見つめると、香織は何も言わず真剣な顔で頷いた。

 「分かった、やって置く」

 俺の返事を聞き、シグルトと共に部屋に向かうのを見届けると、ため息を吐き台所に向かった。


 「ごめんね呼び立てて。でもお兄ちゃんの契約相手のシグルトと、私と共に生きる事になるフレイには知っていて欲しかったの」

 「私と契約する事を決めたと思って良いのですね?」

 「初めから契約しない事なんて考えてもいなかったわよ」

 「分かりました。では契約相手として聞かせて貰います」

 「僕も大人しく聞かせて貰うんだ」

 私は過去を思い出しながら話を始めた。

 「私は本当の両親が自動車事故で亡くなって、お兄ちゃんの両親の今のお父さんお母さんに引き取られたの。まだ小さかった私は、その日この家に預けられていて無事だったのよ。両親が亡くなったと聞かされて泣く私を、お兄ちゃんが抱きしめてくれた事だけをよく覚えているわ」

 私を気遣う視線を向けてくるシグルトとフレイに、大丈夫と言って話を続けた。

 「お兄ちゃんの妹になって三か月くらい経った時に、一人の男が刃物を持って私を襲ってきたわ。私は訳が分からず棒立ちで、一緒にいたお兄ちゃんが間に入って刺されるのを見ているだけだったの。襲った男が何か叫んでいたけれど、混乱していた私が覚えているのは、刺されながらも買って持っていた物を男に投げ付けて、私の手を引いて駅に向かって走るお兄ちゃんの背中だけだったわ。その後駅で倒れながらお兄ちゃんは『遺産が欲しいからと言って殺しにくるとはふざけるな』などと叫び続けて、子供が血を流しているのに気が付いた人々と共に大騒ぎになって、警察の人と一緒に救急車に乗る事になったの」

 シグルトとフレイが驚きに顔を歪ませるのを視界に収め、少し時を置いてから話を再開した。

 「お兄ちゃんの怪我は出血が多くて危なかったと聞いたわ。もしお兄ちゃんが死んだりしてたら、私は立ち直れなかったでしょうね。でもお兄ちゃんが凄いのは此処からよ。まず眼鏡型端末で写真を撮っていたの。その所為で犯人はすぐ逮捕された上に、私が本当に大金を相続出来る事が分かって、警察が調査した所、祖父の兄弟達とその子供達が捕まる事になったのよ。何でも伯父さんに毒を盛っていたそうよ。名前は伏せられたけど、お兄ちゃんが刺された事はニュースにもなって、その所為で私の遺産相続はすんなりと終わったわ。まあこの状態で私の相続に文句を付けたら、共犯の疑いを掛けられるからね。其れでも私を引き取ろうとする人はいたそうだけど、お兄ちゃんから離れられる状態じゃなかったのよね私は・・・・・」

 「何があったのですか?」

 フレイが心配そうな顔で問いかけてきた。

 「一言で言えば心に傷を負っただけだよ。お兄ちゃんの手を握って生きている事を確かめないと、不安で仕方がない様になっただけじゃなくて、更に一時期外を歩く時に手を繋がないと、体が震えて歩けない様になったのよ。その名残もあって、今でも学校に行く時は手を繋いで行くのよ。ああちなみに今は一人で外に出られるわよ。でもお兄ちゃんが大抵付いて来るけどね」

 フレイ達が愕然とした視線を私に向けていたが、最後の言葉で和らいだ事が感じられた。私を思ってくれるフレイ達に感謝した。

 「最後に、駅でお兄ちゃんが叫んだ所為で、話をよく知らない人達は、刺されたお兄ちゃんが大金を相続したと思っているの。噂を鵜呑みにした奴ら、特に女共が玉の輿を狙って、お兄ちゃんにすり寄ってきているわ。噂を正そうとしたんだけど、お兄ちゃんが私に男が近寄る方が危険だと言って、今も其のままで私は守られているわ」

 「それは一度襲われているんだから、直哉の判断が正しいと思うんだ。一応聞いて置きたいんだけど、遺産はそんなに目の色を変える程の物なのかな?」

 「現金だけで五十億以上あるわよ。お父さんが一生働いて五億手に入ればいい方と言えば分かるかしら?」

 「あらあら、お父様が娘に資産で負けているのですか?私の親は王ですが、そんな事になったら威厳が無くなってしまいますわよ。だから料理を恨みの籠った視線で見ていたのかしら?」

 シグルトが凍り付き、私はフレイのあまりの言葉に娘として、お父さんの最低限の尊厳を守ってやろうと思い声をだした。

 「私の手料理はお兄ちゃんしか食べれないから、それで睨んでいただけだからね。お金の問題じゃないからね」

 「あれれ?僕が昨日食べた料理は、お父さんにも食べさせない様な物だったんだ。僕は普通に食べちゃったんだけど、分けてあげるべきだったかな?」

 「気にしなくて良いわ。今日は全員の分を私が作るから」

 シグルトの頭を優しく撫でてから、私は態度を改めてフレイに話しかけた。

 「フレイ、私香織は貴女に契約を申し込むわ。お兄ちゃんと共に生きる為に私は力を求めるわ。今も守られているけど、守られるだけでは無く、今度は私もお兄ちゃんを守り支えたいの。今日のお昼の事でも分かる様に、お兄ちゃんは一人で走り続けられる程強くはないわ。なのに無理をするから目を離せないのよ。お願いします私と契約してください」

 そう言って頭を下げる私に、フレイは頭を振って軽い口調で言った。

 「初めに契約相手として話を聞くと言ったはずでしょう」

 意味を理解するのに一瞬かかったが、理解と共に目から涙が零れた。

 「ありがとう」

 泣きながらお礼を言う私を見て、フレイは微笑むだけだったが、シグルトは慌てふためき大騒ぎをした。騒ぎを聞きつけドタドタと走ってお兄ちゃんが部屋に入ってきた。

 「如何した?何があったんだ?うお、何故香織が泣いている?おい誰でも良いから此処で何があったのか答えてくれ」

 「何でもないよお兄ちゃん。女性の部屋に乱入するのはマナー違反だよ。何も問題無いから早く出て行ってよ」

 泣く姿を見られるのが恥ずかしかった私が、何時になく強く言ったので、お兄ちゃんは肩を落としてスゴスゴと出て行った。シグルトはそんなお兄ちゃんを見て、慌てて付いて行った。残された私達は視線を交わすと、静かに話を再開した。

 「お互いの意思を尊重して力を合わせて生きて行く事を誓うではだめかな?」

 「私は良いですが、香織はそれでは少し問題があるでしょう。先程の話を聞いて、香織にとって直哉の存在は特別だと言う事は、これ以上なく分かりました。だから自らの心からの願いに反しない限り周りの意思を尊重して生きる事を誓うにするべきですわ」

 「フレイはそれで良いの」

 「取引をして此処に居るのですから、余程の人格破綻者でもない限り契約する覚悟を決めていましたわ。香織は私が思っていたよりとても真面で嬉しい誤算ですわ」

 どんな人間だと思われていたのか問い質したくなったが、此処は我慢する事にした。

 「後お兄ちゃんは龍の羽をクロスさせた紋章だから、私は炎鳥の羽にして同じにしたいんだけど良いかな?」

 「構いませんわよ」

 答えを聞いて満足した私は、料理をする為に台所に向かった。


 家族の皆で香織が料理した真鯛を食べて、皆の食事が終わると場が張りつめた。

 「契約する心算か?香織」

 「するわ」

 「そう、香織のしたい様にしなさい」

 父さんも母さんも顔は強張っているが、覚悟は決めていたみたいだ。

 「フレイ、始めましょう」

 香織とフレイは手と羽に書かれた紋章を合わせて誓いを宣誓した。

 「我フレイシャーはお互いの意思を尊重して力を合わせて生きて行く事を誓う」

 フレイの紋章が光り香織の中に入った。

 「我香織は自らの心からの願いに反しない限り周りの意思を尊重して生きる事を誓う」

 今度は香織の紋章が光りフレイの中に入った。そして一時間以上の時が経ち、やっと終わった様だ。

 「大丈夫か?気分は悪くないか?」

 「魔法の知識があって困惑したけど今は平気だよ」

 そう言うと香織は指先の上の空間に火を出した。

 「はああーー、とうとう娘まで魔法を使い始めたよ。勘弁してくれ」

 「僅か数日で常識が何処かへ旅立ってしまったわね」

 両親は諦めの入った顔をして苦笑していた。

 「普通であってくれればと思っていましたが、やはり香織の魔力も違いますわ」

 「直哉と似ているけど明らかに違うんだ」

 「分かった、明日から隔離空間の中で魔法の訓練をしよう。普通の人間の魔法も使え無いと困るしな。香織も良いよな」

 「うん勿論。やっと魔法を使える様になったんだから、望む所だよお兄ちゃん」

 嬉しそうな香織の声が響き、皆が微笑ましいものを見る目で見ている事に気が付いた香織は、真っ赤な顔をして風呂に入ると言って脱兎の如く去って行き、慌ててフレイが香織に付いて行った。俺も休む事を両親に告げて、シグルトと共に部屋に向かった。


 「なあ沙耶、俺は何時まで親で居られるのかな?正直あの二人の力の大きさを聞くと、俺達の保護を必要としていないのではと感じる事がある。直哉は香織を守る為の行動を何時もとっている。香織はあれでちゃんと守られるだけでなく支えてもいる。お金も香織は持っているし、今直接的な暴力も自分で跳ね除ける力も手に入れた。何かあった時足を引っ張るのは俺達なんじゃないか?」

 「ふふふふふ・・・。何を言うのかと思えば・・私達は何時までも親に決まっているでしょう。変わらずこの家にいてお帰りと言葉をかけるのは、私達の役目でしょう。向こうの世界は兎も角、此方は大人でないと出来ない事が沢山あるのですよ。どんなに力を付けても二十歳になってはいないのだからね。年齢の問題が終わっても、今度は孫でも出来ているかも知れませんし。其れに手を貸していたら、余計な事を考えている時間はありませんよ。あの二人の事だから進む時は一瞬でしょうし、へたをすると四人以上の孫に囲まれるかも知れませんよ」

 「沙耶の言うとおりだな。まだまだ親としてがんばらないとな。俺も色々あって弱気になり過ぎたな」

 「直幸さんと直哉はそんな所ばかり似ているのだから・・・・・」

 「そう言う沙耶だって香織と似なくても良い処ばかり似ているじゃないか」

 「あらあら直幸さん、これはジックリ話さなければいけませんね。私に似なくても良い処なんてある訳無いでしょう」

 「うっ・・・・・・・」

 俺達二人が去った後で、こんな話があった事を俺達は知らなかった。

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