契約者達と帰ったロベールと王女との初対面
「ははははははは、虫地獄より帰って来ましたよ、リグレス公爵、ガルトラント卿、他の皆様方。おや、メルクラント卿はいないみたいで、運がいいですね。ククク、リラクトンまでの帰り道で色々考えた結果、ミーミルちゃんの話を聞いた者達は、あの場所がヤバい事に気づいていたと俺は確信しています。よくよく考えて見れば分かりますが、遠見の瞳は透視の瞳では無いんですよ。空洞になっていないと地中の鉱物は見えませんし、あの場の鉱物の種類を考えるとね・・・・・・」
部屋に許可なく乱入して笑いながら言い放った俺は、ギョッとして此方を見た後、引きつった顔をして視線を逸らす皆をジロリと一瞥した。今の俺の全身からは怒気が溢れていて、部屋の雰囲気を一瞬で息苦しい物に変えていた。そして俺はこの場にミーミルちゃんが居なくて良かったと、心の片隅で思っていた。
「まま、まあ、待つのだ、ロベール。確かにおかしいとは思わなくも無かったような気もするが、私達は不確定領域の事を詳しく知らないのだ。なあベルグス」
「そそそ、そうだとも、だだ、駄目元で頼んだら、予想外に良い物が見つかって不審点に目を瞑ったなどと言う事は無い」
「ほう」
焦ったガルトラント卿が口走った言葉を聞いた俺が、目を細めて怒気を増やしたのを見たリグレス公爵は、冷や汗をだらだらと流しながらミルベルト卿とロベルトに話し掛けた。
「二人も黙っていないで何とか言ってくれ。神金らしき物があると言ったら、特殊な魔道具を作るのに必要だ、お宝を見つけて放置したらランカーじゃない、などと言って賛成しただろう」
「ほほう、そうなのか二人とも」
ギロリと睨み付けると二人はビクつきながら口を開いた。
「いやいや、国の為になる魔道具が作れるのだから、多少の危険は仕方がないと言うものだ。儂とてミルベルトの家名に誓って、国の為なら危険を厭う事はない。ロベルトの理由は知らないが・・・・・」
「おい、親父さん、酷いぞ。俺を見捨てるのか?なら言わせて貰うが、クリステアさんが前から作りたいと言っていた魔道具に必要なだけで、国の為になるのは偶々だろ」
「ななな、何を言うか。大体、あの時の話し合いで、曲がりなりにも国の為には仕方ないと考えたのは、儂とメルクラント卿だけだぞ。他の者はメイベルに知られて怒られた、空にある光球の事後処理の苦労分は働いて貰おうなどと言って、軽い気持ちで賛成したでは無いか。お前なんぞ、ロベールならシグルトもついて行くし、危険はないだろ。人との戦いで気分も落ち込んでいるだろうし、自然を満喫したら良い気分転換になると言ったではないか」
ミルベルト卿の言葉に俺の口から自然と笑いが零れ出た。
「ククククク、そうかそうか、皆の気持ちは痛い程分かった。貴様等あの場が如何言う場所だったか事細かに説明してやる。話が終わるまで逃げるなよ」
俺は威圧してから報告を兼ねて体験した事を話していった。
「・・・・・・・・・でだ、やっとの事でたどり着いた場所は十万匹の虫の巣だよ。鉱石取っている間に辺りは虫、虫、虫だよ。なあシグルト」
「うん、とても大変だったんだ。外に逃げても追って来るし、其のまま逃げて町まで来たら困るから全滅させたんだ」
「魔虫の匂いが鼻に着くし、二度は行きたくない場所だ。もし知っていて突撃させたのなら、魔狼的には半殺しにしても許される所業だ」
俺達がジトーーとした視線で見つめていると、リグレス公爵達は流石に其処までの事態は想像していなかったらしく、驚きと共に神妙な顔で頭を下げて謝ってきた。暫くその姿を見て溜飲を下げていると、部屋の扉が開かれてミーミルちゃんが駆け寄ってきた。
「お兄様、お帰りなさい。御無事で何よりです。必要な鉱石は採れましたか?」
「ああ、ミーミルちゃんのおかげで必要量は採れたよ。ありがとう」
サッと雰囲気を穏やかなものに変えた俺が、近寄って来たミーミルちゃんの頭を撫でてお礼を言うと、とても嬉しそうに微笑んでくれた。
「さて、こんなに早く必要量を採れたのは、見つけてくれたミーミルちゃんのお手柄だから、記念に少しずつ全ての種類の鉱石をあげよう」
そう言って目の前に鉱石を並べると、ミーミルちゃんの目が輝いて釘付けになった。その様子を微笑ましげに見ていると、周りの余計な人達の視線がその中の一つに注がれていた。其れに気づいた俺は、ミーミルちゃんに気づかれない様にニヤリと笑いかけると、其れを手に取った。
「一押しはこれで、この鉱石は神金と言ってね、とても綺麗だろう。それにとても珍しくて希少価値があるんだ。この袋に全部入れてあげるから、メイベル様に見せて一緒に使い道を考えると良いよ。はい」
「うわ、お兄様、ありがとうございます。折角だからすぐに見せてきます」
俺が袋に入れて手渡すと、ミーミルちゃんは大事そうにギュッと力をいれて落とさない様にしていた。そしてさり気無く周りを見ると、予想通り袋にしまわれた神金を物欲しそうに見つめる周りの視線があり、俺の笑いを誘っていた。
「うん、早く見せて来ると良い。ああ、中にメイベル様への手紙も入れといたから、二人で一緒に呼んでくれ。それと取って来た時のお話は今度しよう。俺はまだ皆と話があるから」
「はい。あっ、そうですね。お姉さまの事もありますし・・・・」
「うん?カリーナが如何かしたのか?」
「え?まだ知らないんですか?お姉さまは国境に行っているんです」
「へえ、国境に・・・・・そうか、まだ聞いて無かったよ。貴重な情報をありがとう」
「はい、じゃあ、私は此れで失礼します」
ミーミルちゃんが元気よく部屋から出て行くと、部屋の雰囲気は途端に重苦しくなった。そして俺はミーミルちゃんの気配が、完全に感じられなくなってから口を開いた。
「カリーナが如何して国境に居る?俺がいない間に何があった?」
「其れは私から説明します。実は・・・・・・・・・・・・」
ニルストさんの説明を聞きながら俺は状況を整理していた。香織の判断は間違ってはいない。俺がいない以上、香織が行くのが最善だった。しかし此れは今から俺が心配して行ったら、香織を信頼していない事になりそうだった。そしてこの先の色々な状況を考えて、俺は一つの苦渋の決断をした。
「ルードル、カリーナへの伝言を頼む。伝言の内容は「俺の考えは分かっているだろうから其方は任せた。俺はカリーナが上手くやってくれる事を前提に貴族達を説得して、新しい国の基盤を整える事にする」だ。其れとルードルは伝えたら、そのままカリーナを手伝ってやってくれ」
「分かった。主の事は任せておけ」
「頼んだぞ、ルードル」
発言の後、素早く踵を返したルードルは、俺の声を背に受けて疾風の様に走り去った。そして俺がギュッと手を握りしめながらその背を見送っていると、シグルトが小声で話し掛けてきた。
「僕達は行かなくて良いのかな?」
「カリーナが自分でやると言った以上信じて待つさ。兄として心配する気持ちはあるが、妹を信じられない兄にはなりたくないし、俺はカリーナを人形の様にして守りたい訳じゃ無い。その意思は余程の事で無い限り尊重する」
「そっか、分かったんだ。なら僕らもカリーナが帰って来た時に、確りとした成果を見せないと駄目なんだ」
「そうだな。俺達は此れから貴族の相手だ。どうせ煮ても焼いても食えない様な奴らが出て来るんだろうぜ。それに今回の事で分かったが、貴族の言葉には気を付けないと、どんな落とし穴があるか分からないしな」
俺がそう言った時、リグレス公爵の苦笑まじりの声が耳に響いた。
「あーー、ロベール、最初の言葉は聞こえなかったが、次の言葉は声が大きくなって皆に聞こえているぞ」
「エッ」
俺が慌てて周りを見回すと、其処には白い視線を向けて来る貴族の皆さんがいた。すぐにヤバいと思って愛想笑いを浮かべたのだが時すでに遅く、皆はニヤリと笑いながら口を開いた。
「儂も貴族だからな。偶にはロベールが想像している貴族の様に振る舞うのも良いかも知れんな。手始めに帝都の移住者の管理を丸投げするかの?」
「ほう、なら此方も苦情をロベールに丸投げするか?」
「そうですね。バルグーンでも龍が来た事でのごたごたがありますし、丸投げと言う言葉には抵抗出来ない魅力を感じますね」
ミルベルト卿、ガルトラント卿、ニルストさんの言葉に、此れはストライキの宣言か?と冷や汗を掻く俺に、リグレス公爵は容赦なく止めの一撃を放ってきた。
「流石はロベールだ。我ら貴族なんぞいなくても、敢然と書類の山に立ち向かえるらしい。私は親の後を継いでからの数日間で、書類を見るのが嫌になったと言うのに・・・。新しい国の王の書類は尋常では無い量になる事が予想されている。特殊な事情もあるから大半を私達で手分けして処理しようと思っていたのだが、必要ないとは思わなかったぞ。ははははは」
面白そうにニヤニヤ笑うリグレス公爵を引きつった顔で見つめた俺は、シグルトとロベルトに救援を求める視線を向けたのだが、どちらも其の時にはサッと視線を逸らして逃げていた。孤立無援になった俺は、たった一つの失言から立場が変わった事に歯噛みする事になってしまった。しかし先程の仕返しとばかりにニヤニヤ笑って溜飲を下げる皆に、此のまま言い負けるのは俺の中の何か許さなかった。そしてその何かにつき動かされる様に、必死に此の状況を打破する方法を考えて、一つの方法を見つけた時、口から自然と笑い声が溢れた。
「ククククク、皆さんが意地悪するのなら、俺にも考えがあります」
突然笑い出して強気の態度をとった俺に、皆は困惑していた。そんな皆の前に俺は空間にしまっていた一つの原石を取り出した。
「巣で見つけた金剛魔宝石の原石です。こうやって研磨して魔力を込めると・・・・・・如何です」
魔法を使って研磨しただけでも美しかったが、龍人の俺が全力で魔力を込めた金剛魔宝石は息を呑む美しさだった。光りを反射して輝く宝石としての美しさと、莫大な魔力が込められた故の圧倒的なまでの存在感は、国宝と言っても許される物だった。皆の視線は俺の持つ金剛魔宝石に釘付けだった。
「さてリグレス公爵、先程ミーミルちゃんに渡した袋に手紙が入っていると言ったのを覚えていますか?」
「そう言えば言っていた様な気もするな?だが其れが如何したのだ?」
「その手紙の中にこの金剛魔宝石の事も書いてあります。メイベル様は人妻なので男の俺から直接宝石を渡すのは問題があると考え、リグレス公爵にお渡しますと書きました。そしてメイベル様はリグレス公爵が、どの様な宝飾品に加工するか想像しながら楽しみにお待ちください、とも書きました。ちなみにミーミルちゃんも欲しがると思うので、もう少し大きくなってからとも書いてあります」
ニヤリと笑って金剛魔宝石を空間にしまった俺を見て、リグレス公爵は状況を理解したのか口元をピクピクと引きつらせていた。
「更に言うと、魔宝石はまだまだありまして、他のご婦人方にも渡そうと思っていました。むろん旦那様からですが・・・・・。そして此処からが重要なのですが、魔宝石は俺が魔力を込めるので高性能な魔道具の核にする事が出来ます。普通なら張れないような強力な障壁を張る魔道具にして贈れば、危険な今の時期に大切な人の安全を高められますよ。勿論、魔力が無くなれば俺が込め直します」
ハッとして此方をマジマジと見つめる皆に向かって、俺は最後の止めの言葉を告げた。
「王になる俺が必要としているのは、国の為に無償奉仕の精神で、文句を言わずにずっとキリキリと働いてくれる優秀な臣下です。特に書類は重要書類以外、全てやってくれると、言う事はありませんね」
「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」
悔しそうな顔で肩を落として無言になる皆の前で、俺は空間から原石を取り出して一つ一つ研磨して袋に入れた。そして皆の手の届く目の前に置いた。しかし皆は悪魔の片道切符だと気づいているのか、躊躇して中々手を伸ばさなかった。そんな中でロベルトだけは、少し戸惑っただけでアッサリと袋を手に取っていた。他の皆がギョッとする中でロベルトは軽い口調で言い放った。
「そんなに難しく考える事でもないだろ。元々細かい事は俺達大人がやる事になっていたし、使い捨ての魔石と違って魔宝石は何度も魔力を込められるんだぞ。しかも魔力を込めるのはロベールだから言う事は無いし、生まれていない未来の子孫の事まで考えれば受け取る以外の選択は考えられないだろ。そしてその対価に求められているのは、国に対する忠誠と書類に埋もれながら必死に働く事だけど、其れは真面な貴族なら当たり前の事で、躊躇する時点で貴族として相応しくないんじゃないか?」
「ククククク、ハハハハハ、まさかロベルトに貴族としてのあり方を説かれる日が来ようとは・・・此れは儂も耄碌していた様だな。確かに国を背負う貴族なら躊躇してはいけなかった」
「確かにそうだな。それに下の者から受け取れば賄賂になるが、未来の国王からの下賜品ともなれば受け取らない方が失礼だな」
「ムッ、成る程。・・・・・なんだ?儂の袋の中には手紙も入っている・・・・ナッ、これは・・・・」
ミルベルト卿が袋を取ったのを皮切りに、他の皆も態度を改めて袋をその手に掴んでいた。ただガルトラント卿だけは手紙を持ってプルプルと震えて葛藤していた。あの袋の中にはベルスに渡してセルフィーヌさんに渡す分も入っているのだ。
「さて、八方丸く収まった所で一つ尋ねたいのですが、此処にいないメルクラント卿は今何をしているのですか?」
「カリーナ殿が国境に行ったから必要ないとは思うが、何らかの事情で必要になるかも知れない援軍の準備をしている。まあ今頃はもう終わっているかも知れないが、其の時はメルトーンの屋敷で一族の会議をするはずだ。次期当主への引き継ぎなどは時間がかかるからな」
「・・・・・引き継ぎ・・・・そうだな・・・メルクラント卿がいない今がちょうど良い機会だろうな。此れを見てください。此れはリグトン団長が中心になって書いた、助命嘆願書です。一緒に沢山の部下の名前が書いてあります」
皆が其れに目を通して唸る様な声を出した後、此方を窺って来ていた。
「細かい事は分からないので単刀直入に聞きます。其処に書かれている事は可能ですか?其れを俺に渡した時のリグトン団長は凄まじい気迫を纏い、覚悟を決めた男の顔をしていました。あれは最悪の場合、行動に移す可能性が頭に過るには十分な態度でした」
その言葉に皆が苦い表情をして、視線を交わし合った。俺がその様子を黙って見ていると、リグレス公爵が代表して重たい口を開いた。
「ハッキリ言おう。命を助ける事だけなら不可能では無い。だが私が受けた報告によると、時間が経つに従って、帝都の住人の中に不満を口にする者が増えているそうだ。そうだったな、ミルベルト卿」
「うむ、五大神官の事や商連合国との戦いの結末は話したが、やはり其れだけでは納得がいかないのだろう。あの限られた時間で持ち出せた物は少なく、帝都と共に失った物が多すぎた。特に住み慣れた生家と其処にある思い出が帝都と共に消えてしまって、老人などの落ち込み様は酷いものだ。天災であればまだ諦めも付くのだろうが、人災ではな・・・・・・儂も気持ちが分かるし、貴族の一人として責任も感じるから、強くは言えないでいる」
「やはり、誰かが目に見える形で責任をとって区切りを付けないと、前に進めないと言う事でしょうね。父上が言っていました。メルクラント卿は早くからその事に気づいていて、自分がその役目をする心算だと・・・・」
俺が生贄の様な話に顔を顰めていると、ロベルトが真剣な顔をして告げた。
「さて、親父さん達が言っている事を纏めると、命は助けられるが其れをすると貴族同士のなれ合いで責任をとらないと思われて、くすぶっている不満が爆発する恐れがあるんだ。だからこの場合、助ける事が出来るのはロベールだけだ。その気はあるか?」
「悪い人ではないみたいだし、殺したい訳でもない。だから手段があるのならまずは説明してくれ。其れを聞いてから俺が考えた案が使えるか判断する」
「なんだ既に考えている案があるのか?なら俺がやっていた地道な活動も無駄ではなかったかもな。俺はロベール達が人々に受け入れられる様に酒場や知り合い達を使って、適度に情報を流していたんだ。その甲斐あってか、ロベール達は龍の里から使者として来た契約者で、赤帝国、商連合国、蒼王国のどこでもない所から来た人間だと思われている。さらに安全の為に姿を変えている事と生まれや育ちの詳しい情報が無いのは、過去の契約者の様に家族や親しい人達を人質にされたり、巻き込まない様にするためだと情報を流してある」
「ああ、そう言えば姿を変えていたな。皆も何も言わないし、自分でも慣れていたんで気にしてなかったよ」
「おいおい、少しは気にしてくれよ。皆が知らない状態でばれたら、騙していたなと言われて問題になるんだぞ。全く、俺はそうならない様に、何時も色々と気を使っていたんだぞ。皆が何も言わないのは俺や親父さん、リグレス公爵やメイベル様達の根回しのおかげと、シグルトやフレイの存在が確かな身分証明になっているおかげだ」
「ああ、成る程。本来の姿から変わっていても、龍のシグルトが傍にいるのは契約者の俺だけだしな」
「うわ、僕が人に見られているのは知っていたけど、龍が珍しいからだと思っていたんだ。まさか僕を見て確かめているなんて思っても居なかったんだ」
「ロベールもシグルトも変な所で呑気過ぎるぞ。もうちょっと自覚してくれると、俺も補助とかしやすくなるんだぞ」
俺とシグルトの言葉を聞いたロベルトは、肩を竦めて首を振って呆れ顔をして告げると、その後すぐに真剣な顔になって話し始めた。
「話を戻すが、俺が流した情報の所為で、この国に全く関係ないロベールが、義務も義理も無いのに、皆の為に色々やってくれた事は余すとこ無く伝わっている。だから契約者を忌避する気持ちも薄れているし、最新の情報では王になると言う噂話も、貴族などの一部を除いて好意的に受け取られている。そのお前がメルクラント卿を助けようとするなら文句を言える人はいない。ただ其れを行うと、今ある友好的な支持が減るのは確実だ。契約者が王になるのは前代未聞だから、支持は集められるだけ集めた方が良いのは分かるだろう?何かの弾みで不支持が排除に繋がらないとも限らないから、俺としては余計な危険を冒すのはお勧めしない。其れでも助けるのか?」
皆の視線が俺に集まってそれぞれの強い意志が感じられた。其処からは俺を心配する気持ち、自分が何も出来ない事に対する憤り、本当は助けたいのに言えない苦しさ、また俺に押し付ける自身の不甲斐無さ、などの感情が見える様な気がした。俺は助命嘆願書を手に取って人々の思いに馳せてから、静かな声で話し始めた。
「此れだけの人に助命を願われる人ですし、高い能力は新しい国を作る上で必要になるでしょう。だから助けます。さて、俺が考えた案ですが、まずメルクラントの家名のはく奪から始まって・・・・・・・・・・・・」
俺が案の内容を話すと辺りは喧々諤々となり、皆は反対や修正案などを時間を忘れて話し合った。そして夜を徹して作られて完成した案は、俺が考えた物より洗練され、ロベルトが言うには人々が何とか納得出来る物だろうとの事だった。しかし案が完成した時の俺は、帰って来てから休む間も無く長時間話し合った所為で限界で、一度目を通しただけでシグルトに書類をしまって貰った。そしてコックリコックリしながら自室に戻り、すぐに香織の無事を祈りながら眠りに付いた。
あれから一晩経って私が捕らえた副将を使者として、クリーミア王女の元に派遣して帰ってくるのを待っていると、ルードルがお兄ちゃんの伝言を持って現れた。そしてその内容を聞いて私は口元を緩めてしまい、今タマミズキにからかわれてしまっていた。
「そんなに笑わなくても良いでしょう、タマミズキ」
「クスクス、そうですわね。クスクスクス」
「うーー、もう良いわよ、笑ってなさい。それより朝、敵の本隊を視認してすぐ使者を出したのに、もう昼を過ぎて夕方になる時間よ。まだかかるのかしら?」
「カリーナ、それは仕方ないと思いますわよ。敵にして見れば、砦は壊され、更に国境の部隊は全滅して捕虜になっているのですもの」
「ふふふ、フレイの言う通りよ。カリーナも使者を派遣した時、今日中の会談が実現するとは思っていなかったでしょう?クリーミア王女が目に見える陣地にいるからと言って焦るのは感心しませんわよ」
「・・・・・やっぱり私は焦っているかな?でも嫌な感じがずっと付き纏っていて、段々酷くなっているのよ。言葉にし難いんだけど、精神がざわつく?いえ目に見えない手で触られたり、引っ張られたりする感じかしら?」
「・・・何ですかそれは・・・・少し私の魔法で調べて見ましょう」
タマミズキが眉を顰めながら私に魔法をかけてきた。しかし何も異常は見当たらないのか、ホッと一息ついたタマミズキは、私の気のせいだと結論したみたいだった。私はその様子を見て、魔法をかけられている間、自然と緊張していた体の強張りを解いて安堵していた。
「ふうーー、タマミズキが調べて問題無いなら大丈夫ね。自分でも今の私はおかしい気がしていたから、自己判断に信頼がおけなかったのよ」
そう言って私がタマミズキに苦笑を向けていると、フレイのマジマジと見つめる視線が顔に突き刺さった。何事かと見返した私にフレイは首を振って、幾らなんでもそんな事はありませんわよねと呟いて口を噤んでしまった。顔色が悪い様に見えるフレイは答える気が無い様で、私が不安に思いながら如何しようか考えていると、部屋の扉が開いて厳しい顔のバルクラント卿が入って来た。
「副将が帰ってきました」
「本当?クリーミア王女は何て言ったの?」
「・・・会談をしても良いとの事です。ですが今すぐカリーナ殿が向こうの陣地に行くのが条件だそうです。其れも護衛を含めて五人以下で来いと言っています」
「ふふ、此方を試しているのかな?まあ良いでしょう。すぐに来いと言うのなら望む所よ。いい加減、待つのは飽きた所だし」
「お待ちください。もうすぐ日が暮れると言うのに、明日では無く今日すぐに来いと言うのは明らかに何か企んでいるとしか思えません。砦からの移動時間を考えれば夜遅くにしか着けないですし、王族に当たるカリーナ殿を少数で自陣に呼びつけるのも異常です。ですから・・・・」
「待って、言いたい事は分かるけど行くわ。私は信じて任せてくれたお兄ちゃんの為にも最善を尽くしたいの。でも危険があるのは確実だから、行くのは私とフレイとルードルとタマミズキで、急ぎとの事だからコジャス殿に乗って行くわ。其れなら夜になる前に着くしね」
「お待ちください。儂も共に参りますぞ。カリーナ殿は正式な公文書の作成方法を知らないでしょう。もし書類に細工をされて気づけなかったら大問題ですぞ」
「ウッ、それはそうね。でも明らかに敵陣は危険よ。私は最悪の場合は一戦交える心算なの」
「其の時足手纏いになるなら見捨てて頂いて結構です。儂は何と言われても付いて行きますぞ」
「見捨てたりしないわよ。はあーー、分かったわ。一緒について来てちょうだい。私達は此のままコジャス殿の所に行くから、バルクラント卿は自分がいない間の砦の引き継ぎを終わらせてきて。特に今は捕虜が沢山いるから確りと頼むわよ」
「ハッ、すぐに終わらせてきます」
おいて行かれては不味いと思っているのか、音をたてて走り去るバルトラント卿を見送ってから、私は皆とのんびりコジャス殿の所に向かった。
「コジャス殿、あの場所に降りてくれるかしら」
「・・・・良いのか?あの場所は敵陣のど真ん中だぞ」
「ええ、お願い。広さ的には降りられるでしょう」
私の返事にコジャス殿は頷くと悠然と降下を始めた。そして龍が陣内に下りてくる事に気付いた者達が、悲鳴を上げて退避をする中に私達は堂々と音をたてて降り立った。
「悪いけどコジャスは此処で待っていて貰えるかしら」
「了解した。周囲の者達の動きを牽制していれば良いのだな?」
「ええ、おかしな動きをしない様に目を光らせて置いて。で、其処の人、呆けて居る所に悪いけど、呼ばれたのでカリーナが参上しましたと、クリーミア王女に伝えてくれるかしら」
「はは、はい。今すぐ伝えてきます」
話し掛けられた兵士が逃げる様に駆け去って行く背中をジッと見ていると、周囲の兵士達の動揺したざわめきが聞こえてきた。私はそんな周囲の兵士を見回して笑顔と共に手を振ったのだが、兵士達は蒼白な顔をしてビクつき、中には武器を構える者すら存在した。
「此れはちょっと効き過ぎたかも知れないわね」
「何を白々しい、カリーナがこうなる事を予想していなかったとは思えないわね。この状況は予定通りなのでしょう」
「ふふ、タマミズキにはやっぱり分かる?まあ、何か企んでいる事は分かっていたし、最初に敵の度肝を抜いて牽制しようと思っていたのよね。それに実際やったのは正解みたいだしね・・・・・」
「そうですわね」
遠巻きにヒソヒソと話している兵士達は遠くて聞こえないと思っているのだろうが、フレイが風の魔法を使って音を拾っている私達には丸聞えだった。特に多く聞こえる言葉は予定と違うと言う言葉だ。一体何の予定と違うのか知らないが、どうせ碌な事では無いので、私は敵の思惑を一つ潰したと思って間違いないわねと思っていた。
「カリーナ殿、先程の兵士が大物を連れてきましたぞ。あの女性はクリーミア王女の右腕と言われています」
バルクラント卿の声に促されて見た先には、白銀色の髪を首元で纏めた怜悧な雰囲気の美女が歩いていた。途中で兵士を待機させて、一人近寄って来た女性は開口一番に冷たく言い放った。
「陣のど真ん中に龍で降りるとは、常識を知らないらしいな。やはり訳の分からない勢力は程度が知れると言う事だな」
「ふふふ、ごめんなさい。何処かの常識を知らない者が会談をしたければすぐに来いと言ったので、急いで来たのがいけなかったみたいですね。何かご予定でも狂われましたか?」
私が声を出すと一瞬女性は戸惑ったが、すぐにお互いの視線がぶつかり合って睨み合いになった。そして目の前の女は私をマジマジと見て、何かに納得すると冷笑を浮かべて言い放った。
「フッ、礼儀がなっていないな。私はベルサーヌ・クライスト。クライスト伯爵家の娘にして、クリーミア王女の水星近衛騎士団の団長よ」
「そう。私はカリーナ、そこに居るフレイと契約した契約者で王になるロベールの義妹よ。私の事は王族だと思って頂戴。そして蒼王国への対処の全権を持っているわ。其れよりすぐにと言われて急いで来たのだから、いい加減にクリーミア王女の所に連れて行ってくださらないかしら」
「・・・・・良いでしょう。ではカリーナ殿とバルクラント卿はついて来てください」
「お待ちなさい。私はカリーナの契約相手ですわ。まさかとは思いますが私とカリーナを引き離す心算ではありませんわよね」
「・・・・・・・私は新しい国など認めていないが、此れから行われる交渉は一応人間の国同士のものだ。人外の者が交渉の場に入る事は認められません」
厳しい口調で言うベルサーヌの顔には、誰の目にも明らかな拒絶が見て取れた。そして私の目には策とかでは無く、人外の存在に嫌悪して見下している様に感じられ、自然と自身の顔が険しくなって行くのが分かった。
「待って頂戴、私達の国は龍も炎鳥も魔狼も天狐も竜も全てが国民になれるわ。特に龍は新しい国が出来たら、今住んで居る領域が全て自治領として国に組み込まれる事が、義兄との話し合いで決まっているわ。まして此処に居るのは私と義兄が傍に置いている者達で、フレイは炎鳥の王女だし、他の者達も其々の種族でそれ相応の立場のある者達よ。同席させられないのなら、交渉は考えさせて貰うわ」
私の冷厳な声音と言葉の内容に目を見開いたベルサーヌは、明らかに気圧されていた。しかしそれでも自らの状態を認めたくないのか、強張った表情で反論してきた。
「お前達は戦争を回避したいのではないのか?その様な態度で回避できると・・・・・」
「お前?貴女は私が王族に当たる存在だと説明されて、まだその様な言葉を使うのですか?無礼な、身の程を知りなさい」
私が雰囲気を一変させて気品と威厳を纏うと、あまりに変わった様子に皆が絶句するのが分かった。今の私は他者が平伏すのは当然と考える、お兄ちゃんには見せたくない自分だった。あの時死んだお父さんが私だと気付けなかった理由の一つで、本来の家族と暮らしていた時は大体が此方の雰囲気を纏って過ごしていたのだ。普通ではない家に生まれたので、会いに来る大人も子供にまで取り入ろうとする奴ばかりで、あの時の私にとっては両親に連れられてお兄ちゃんと会っていた時が唯一の寛げる時間だった。其の時の事を強く脳裏に描いて、私は目の前の女に毅然と告げた。
「私の王族と言う言葉がどの程度の物か想像出来ないのなら、赤帝国の皇帝以上と思っておきなさい。新しい国の王になる義兄は、龍などにも影響を与える事が出来るのです。まさかとは思いますが、義兄の持つ権威が普通の皇帝や王と同等だなどと思っていたのではないでしょうね。本来私の交渉相手としてはクリーミア王女ですら不足なのです。まして、たかが伯爵家の娘の貴女などでは、頭を垂れずに話し掛ける事自体が無礼ですよ」
私が凍てついた視線を向けると、ベルサーヌは真っ蒼な顔になってガタガタと震えだした。
「其れでも私が交渉する為に無礼な呼び出しに応じたのは、義兄が基本方針として戦わないと決めていたからです。分かったのなら此れ以上時間を無駄にしないために、無駄口を叩かずに疾く案内なさい。其れも出来ないのなら目障りですから、疾く私の目の前から消えなさい」
弾かれた様に行動するベルサーヌについて行くと、進行方向にいた人々が海を割る様に道を開いた。中には蒼白な顔で私に向かって慌てて頭を下げる者達も居て、やり過ぎたかなと思って苦笑いが浮かびそうになってしまった。
「クスクス、向こうは軽く此方を試す心算だった様だけど、カリーナの所為で大事になったわね。しかしさっきの振る舞いは嫌に板についていたわね。あれが本性だったりするのかしら?」
「ムッ、お兄ちゃんと一緒の時の私が、本当の姿に決まっているでしょう。まあ、さっきのはお兄ちゃんの義妹になる前の私だとでも思っていて頂戴。それとありがとう、大丈夫よ」
タマミズキはからかう様な態度とは裏腹に、その視線は私を心配するものだった。そしてフレイ達も感情が不安定な今の私を心配している事に気がついていた。確かに先程の態度の中には、普段の私なら感じないはずの、クリーミア王女に早く会えない怒りの様な物が混じっていた。今も一歩一歩近づく度に、私の心の中はざわつく様な感覚に苛まれていた。
「クリーミア様、カリーナ様達をお連れしました」
「・・・・そう、中に入れて頂戴」
クリーミア王女の声を聞いた瞬間、私の心に冷たい刃が突き刺さった様な悪寒がした。フレイ達も驚きの表情を浮かべて、私の顔を見つめて来た。その理由は明らかだった。クリーミア王女と思われる声が私の声によく似ていたのだ。そして大天幕の中にベルサーヌが入ったのを見届けた私は、一度深呼吸をしてから覚悟を決めて中に足を踏み入れた。
「良く此処まで来ましたね。正直言ってあの条件では来ないと思っていました」
椅子に座ったクリーミア王女が話し掛けて来たが、私は今までに感じた事の無い大きな驚きに支配され、その言葉は耳に届かなかった。何故ならそこに居たのは、金髪と真紅の瞳と言う違いを除けば、本来の私と瓜二つと言っても許される姿のクリーミア王女だったからだ。後から入って来たフレイ達がギョッとして凍りついていたけど、其の時の私は原因不明の頭痛に襲われて気にする余裕も無くなっていた。
「うあ・・・・うう・・・・・・」
「クッ、此れは・・・・・・・・・・」
キィィィィィンと高音が脳裏に響き、呻き声を漏らした私は立っていられずに地面に膝をついていた。クリーミア王女の方も同じ状況らしく机にうつ伏せに倒れ込んでいた。
「・・・・・・・・・・・お兄ちゃん」
私の意識は其のまま闇に呑まれていった。
次話の投稿は18日の12時か19日の0時の予定です。次話もよろしくお願いします。




