契約者達とひさしぶりのリラクトン
「父さん、母さん、それじゃあ行ってきます。外は危険だから俺達が居ない間は外出しない様にしてください」
「うん、お兄ちゃんが家に色々したから中に居れば安全だからね。人が来ても迂闊にドアを開けないでよ」
向こうに行く前に安全を気を付ける様に声を掛けたのだが、両親は情けなさそうな顔をしてため息を吐いた。
「はあーー、それは親の俺の言葉だ。直哉と香織こそ向こうでは気を付けるんだぞ。特に直哉は王になるそうだが、お遊びではない事を肝に銘じて置け。すぐに戴冠はしないだろうが、既に直哉の一つ一つの行動が沢山の人々に影響を与える事を片時も忘れるな」
「はあーー、人の心配をするより、自分達の心配をしなさい。二人とも此方で色々あった所為でゆっくり休めなかったのだから、無理はしない様にするのよ」
「父さん、忠告ありがとう。確り覚えて置く。それと無理はしない様にするよ、母さん」
「うん、新しく此方の世界を知ったルードルとタマミズキも一緒だから安心して良いよ、お母さん」
俺達の言葉に頷いた父さん達はシグルト達に視線を向けて話し掛けた。
「シグルト、ルードル、二人の事をお願いします」
「フレイとタマミズキも香織の事をお願いします」
そう言って頭を下げる両親に、シグルト達がそれぞれの返事をした。
「向こうにはロベルト達も居るし、僕が全部上手くやっておくんだ」
「其の思いにかけて主は確実に守ろう」
「その思いの分まで確りと支えますわ」
「香織だけを頼むのがあれですけど、沙耶の気持ちは一緒に居て分かっているわ。安心して待っていなさい」
シグルト達の返事を聞き終えた両親が、再び俺達に視線を戻して厳かな声で告げた。
「人を殺した事は一生背負って行かないといけない。押し潰されそうになったら周りの人の顔を見ろ。お前を見る人の顔が拒絶で無いなら、致命的な誤りでは無いと言う事だ。それと無理に正しい事をしようとするな。絶対の正義なんかないし、良い事をしたとしても、それが気に入らない人は必ずいる」
「香織は直哉の事ばかりじゃなく、周りにも目を向けなさい。香澄とも話したけど、もっと自分自身の立場を確立しなさい。そうでないと女性同士の社交の場に出た時に恥をかくわよ」
両親の言葉に神妙に頷いた俺達は、その場から転移した。
龍の里は大龍玉を俺に渡した事の説明などで、メルボルクスはおろかシルフレーナさんまで忙しそうだったので、俺達は挨拶だけして迷惑をかけない様にすぐにリラクトンに転移した。
「なんかようやく帰って来たと言う感じがするわね。それになんか解放感があるわ」
「ははは、そうだな。俺もあっちでは色々あったから、じっくり考える時間が欲しかったんだ。時間の猶予が出来て気が楽になったよ。こっちの戦いも終わったばかりだし、俺も今日ぐらいは向こうの嫌な事を忘れて楽しませて貰おうかな」
俺が体を伸ばして寛いでいると、香織のクスクス笑う楽しそうな声が聞こえた。
「クスクス、お兄ちゃんは今、とってもいい顔をしているよ。活力も感じられるし、久しぶりに見たな、そんな顔」
「そうか?何時もと変わらない心算なんだが・・・・」
香織の笑顔と言葉、そして眩しそうに見つめてくる視線に、俺は恥ずかしくなって顔が赤くなるのが止められ無かった。
「其れよりこの前は転移門の設置で忙しくて短時間だったし、ロベルト達にも会いたいが、まずはクーヤさん達の様子を見に行かないか?」
「うん、戦いがあったとはいえ、ほったらかしになっていたから、何か問題が起きていないか気になるわ」
シグルト達も了解してくれたので、クーヤさんのいる家に向かって皆で歩き始めた。
「うわ、凄い人波だね、お兄ちゃん」
「ああ、帝都の住人が入ったから、町の規模に比べて人が多すぎるんだな」
主要な道や広場の混雑は、満員電車を思わせるほど酷く、俺達は眉を顰めてしまった。特に体の小さな子供が大人に押される姿を見て、俺達は顔を蒼くして何度か助けに入る事になった。
「これは急いで拡張した方が良さそうだ。此のままだと怪我人がでる」
「直哉、それなら後で僕達でやって置くんだ。家や道を造るだけなら僕達だけでも問題無いんだ」
「・・・そうだな。俺と香織がリグレス公爵達と話している間に頼めるか?場所は前に作った時の続きで頼む」
シグルト達が頷いた時、一人の子供が声をあげ、手を繋いでいた子と共に駆け寄ってきて話しかけてきた。
「あ、お兄ちゃんだ。お兄ちゃんが帰って来たのなら、お母さんの仕事も少なくなるよね。なんか沢山の人が来て、それでお兄ちゃんがいない間の仕事を、お母さんに頼んだんだよね。最近のお母さんは仕事が忙しいらしくて構ってくれないんだ」
「うん、今もあっちにある実験農場とか言う場所に言っているんだ。確かクリステアさんに会うと言っていたんだよ」
近づいて来た二人の顔を見てクーヤさんの子供だと分かった俺達は、話された言葉に驚いていた。
「そんなにクーヤさんは忙しいのか?詳しく聞かせてくれないか?」
「うん、お母さんがまとめ役になってから仕事が増えたんだ。今此処にいる子供達の親は皆そうだよ。あっちに居るのは帝都の子供だけど、親が代表と言う仕事をしていて忙しいから、皆で遊んでいる間に仲良しになったんだ」
「うん、ミルベルトって言う貴族とよく話しているよ。初めて家に貴族が来た時なんて、お母さん叫び声を上げていたし、凄く驚いたんだ」
「叫び声か・・・何かあったのかな?まあ良い、今から会えばわかるだろう、香織」
「了解、お兄ちゃん。ほら飴だよ。皆で仲良く分けて食べるんだよ」
「うわあああ、ありがとう。お姉ちゃん」
「おーい、こっちに来いよ。飴を貰ったぞ」
声を聞いた子供達が群がって来る前に、俺達はササッと素早くその場を離れていった。
「此処が実験農場なのか?何か兵士が沢山いて嫌に物々しいな」
「関係者以外立ち入り禁止なんじゃないの」
「いやいや、守っていると言うより、此れから一戦するみたいな雰囲気だぞ。なあシグルト」
「うん、明らかに戦意を感じられるんだ」
「直哉、遠目ですけどロベルトを確認しましたわ」
「そうか、じゃあロベルトに聞いてみよう」
俺達がロベルトの元に行こうとすると、途中に居た兵士が立ちふさがった。
「此処は今収穫をする所だから関係ない人は危ないから帰りなさい。怪我をしてしまうぞ」
「・・・・・ロベールと名乗って分かるか?分からないならロベルトがいるだろうから伝えてくれるか」
「ロベールだと?何処かで聞いた・・・・・・・・・・・・失礼しました」
真っ蒼な顔になって敬礼する兵士の姿がきっかけとなって、周囲の声の聞こえていた兵士達も俺達が誰か気付いた様だ。さざ波の様に情報が伝わって、素早く全ての兵士が敬礼しながら道をあけてくれた。其れを見た俺は、父さんの言葉を思い浮かべながら引きつった顔をして、こういうのに慣れる事が出来るだろうか?と一抹の不安を胸にしながら、足早にロベルトの元にむかった。
「よお、もう戻ってきていたんだな。少しは休めたか?」
ロベルトが俺達の姿を見てハッとし、慌てた様子で話しかけて来た。その顔は俺達を心配していたのが、ありありと分かるものだった。
「休めたと言うのは色々あって微妙な所だが、やはり自分の家が一番寛げるのは確かだよ。心配をかけたみたいだが、今の所はこの通り大丈夫だ」
「うん、ありがとうロベルト。だけど此れからはリラクトンでも寛げる家を造らないといけないわ。その時は協力してね」
「ははは、分かったよ。アリステアと共に協力するが、二人の場合は家じゃ無くて城だろ。しかし城だと一から作るのは時間がかかりそうだな」
「あはは、大丈夫だよ、ロベルトさん。お兄ちゃんがサクッと作ってくれるから。この地下を造ったのもお兄ちゃんなのを忘れたの?」
「いやいや、外だけ出来ても中の調度品が無ければ駄目だろ。城だから下手な物は使えないんだ。他国に見下される訳には行かないから、全て特級の物で無ければならないんだぞ」
「ええー、別に使い易ければそれでよくない」
「駄目ですわ、香織。王女として言いますが、王宮は国の中心ですわ。民が誇れる物で無くてはいけません」
「そうね。下品にならない程度にお金をかけるべきね。天狐の建物は木造だけど、全て千年物の香の良い古木で作られているわ。それに魔法陣を刻んで劣化しにくくしているから、かるく二千年は持つのよ」
「二千年・・・・・それは凄いわね。だったらこういうのも出来るのかしら?」
「出来るわよ。でもそれより・・・・・・・・・」
ランランと目を輝かせた香織達の話は、段々と童話に出てきそうな夢のあるお城の話になっていった。明らかに暴走していて周りの兵士の視線も段々と痛いものになっていった。流石に不味いと思った俺は手を叩いて止める事にした。
「パン、パン、其処までだ。場所を考えて話せ。それと転移門ともつなげる予定の総合塔の基礎があるから、今度見せてやる。カリーナもクーヤさんに会いに来たことを思い出してくれ」
「アッ、ごめん、お兄ちゃん」
其の時突然、謝っている香織を見ていた俺の肩が、後ろから両手でガシッと掴まれた。
「やーーーっと会えました。待っていました。もう話が終わるまで、絶対に絶対に逃がしませんよ」
突然背中からかけられた、幽鬼を思わせるどんよりとした声にゾッとして振り返ると、そこには目の下にくまをつくったクーヤさんと、その横で苦笑しているクリステアさんが居た。
「やや、やあ、クーヤさん。色々あって暫く会えなかったから心配していたんだ」
「ふふふ、心配?私が今、真面に寝れないくらい大変なのは、誰の所為だと思っているんですか。私はただの平民なんですよ。なのに何故かミルベルト卿が家に意見を聞きに来るんです。初めて来た時なんか叫び声を上げて卒倒しかかりました。その後も何故か事ある事に、如何すれば良いか尋ねられるんです。ふふふふふ、聞きましたよ。全部ロベールさんが言った所為ですよね」
ガクガクと肩を揺さぶってくるクーヤさんにヤバいものを感じた俺は、動揺しながらも言葉を選んでさり気無く告げた。
「・・・・ああ、そう言えばクーヤさんが一番此処の暮らしに詳しいと思って、移住させる時に話を聞くように言ったな」
「そう言えばじゃないです。平民が貴族に意見するのがどれだけ大変か分かっているんですか?毎日胃に穴があきそうでした。それに何時の間にかまとめ役になっていて、更に今では総代表になっているんです。初めての事で右も左も分からない私を、クリステア夫人やアリステア夫人が見かねて、優しく手を差し伸べてくれなければ、今頃如何なっていた事か・・・」
哀愁が漂ってきそうな雰囲気に呑まれた俺は後ずさり、しどろもどろになった言葉を絞り出した。
「すす、すまなかった。・・・・・しし、しかしそんなに意見するのはつらい事だったのか?いい、いや、ミルベルト卿はちゃんと話の分かる人だし、娘婿のロベルトも平民だったんだ。そそそ、そんなに気にする事はないと思うんだが?」
「そう言う問題じゃありません。ロベルト様の事は兎も角、知らない平民はいないと言われるあのミルベルト家の御当主様に意見するんですよ。しかも遠慮せずに普通に話せと言われるし、言葉に出来ない色々な重圧に押しつぶされそうでした。抑々・・・・・」
クーヤさんの口から延々と語られる言葉に圧倒された俺は、話が終わるまでジッと黙って聞き続けた。その時間は俺にとって、香織にお仕置きされた時に匹敵する厳しい時間だった。
「すまなかった。まさか其処までつらい事だとは思わなかったんだ。俺はただ滞りなく移住を済ませたかっただけで、苦しめる心算はなかった。この通りだ許して欲しい」
溜め込んでいたものを吐き出したクーヤさんの声に、俺は何度も頭を下げて必死に謝った。
「・・・・・ふう、もう良いです。ロベールさんが帰って来たと言う事は、此れでようやく私もお役御免ですよね。はあ、良かった」
安堵するクーヤさんには悪いが、話を聞いた俺は既に別の人に変えられない事に気づいていた。ミルベルト卿と普通に話すクーヤさんは、既に周りの人から一目置かれているのだ。
「あーー、すまない。移住者が安定するまで、総代表は続けてくれ。正式にアリステアさんとロベルトを補佐に付けるからよろしく頼む」
「・・・・・・今言いましたよね。私は意見するのが重圧だと」
途端に目じりを吊り上げるクーヤさんに苦笑しながら、俺は安心させる様に話し掛けた。
「大丈夫だ。俺にこうやって話せるんだから、慣れれば気にならなくなるさ。総代表の肩書にも正式な役職として権限を与えるし、ロベルトに俺の代理としての権限を与えて置くから、文句を言える奴はいない」
「何を言っているんです?確かにロベールさんは契約者だから緊張しないとは言えませんが、私が言っているのはそう言うのとは別ですよ」
「えっ、ロベルト、クーヤさんは・・・・・・」
「まだ知らない。今は移住者が落ち着くまで話さない事になっている」
「クーヤさん、此れから言う事は時期がくるまで他言無用でお願いします」
「・・・・・分かりました」
俺はクーヤさんがどんな反応をするかと思って、少しだけワクワクする気持ちを抑えながら、あえて軽い口調でさらりと告げた。
「赤帝国は新しい国に生まれ変わるんです。そして俺がその国の王になる予定です」
「・・・・・・・・・・はい?・・・王・・・・・貴男が?」
「はい」
「・・・・・・・では今私は王に意見していると・・・・・・」
俺が無言で頷くと、クーヤさんは目を見開いてピタリと動きを止めた。俺はてっきり、驚きながら嘘つかないでと言う反応があると思っていたのだが、何時まで待っても動かないクーヤさんの姿に、逆に驚かされてしまった。俺が引きつった顔で如何声を掛けようか迷っていると、ロベルトが肩を叩いて話し掛けて来た。
「気絶しているぞ」
「はあーーー、嘘だろ」
俺が驚きの声を上げながらジッと見ると、確かにクーヤさんは気絶していた。焦った俺はすぐに香織達女性に頼んで手当てをして貰った。そして暫く安静にしていれば目覚めると言われた俺は、心の底からホッとして、其のまま香織達に任せる事にした。
「・・・・・・なあ、ロベルト。さっきの事は気絶するほどの事なのか?」
「ロベールには分からないかも知れないが、当然の反応だな。貴族と話すのも普通の平民にとってはあり得ない事で負担だし、まして王や皇帝となったら高位貴族でもないと話自体が出来ない」
「はあー、目上と話しても緊張ばかりしてつらく、楽しくないから避けられるのか。まあ、会議でもないと王と話す必要もないだろうしな。俺も王になったらそうなるのか?なんかなる前から嫌になってきたな」
「勘違いしているぞ。下級貴族では王や皇帝に直接話せないと決まっていると言えばわかるか?無礼者と言われて追い払われるし、下手をすると殺される。そして貴族と平民の間にも同じ事が言える」
ようやく言っている事を理解した俺は、動揺のあまりよく考えず、ロベルトにとってきつい質問をぶつけてしまった。
「いやいや、待ってくれ。ロベルトはアリステアさんと結婚したんだろ。平民と貴族でも結婚出来る・・・・」
「違う」
鋭い声で遮ったロベルトは、強張った顔をしながら、一言一言に力を込めた重苦しい声で話を始めた。
「親父さんじゃ無かったら、俺は問答無用で殺されている。平民と貴族、貴族と王族の間には超えられない壁がある。前に大商人が金の力で没落貴族の女と結婚して、貴族になろうとして処刑された事もある。俺は親父さんが良い人だから運が良かったんだ。親父さんは言わないが、周りの貴族や皇族に目を瞑って貰う為に、想像出来ないくらいの苦労をしたはずだ」
「すまないロベルト。配慮が足りなかった。この通りだ許してくれ」
グッと歯を食い縛るロベルトを見た俺は、深く頭を下げて心底から謝った。そして俺は重たい雰囲気が漂う中で認識の違いを考えていた。俺は処刑される程の壁があるとは思っていなかったのだ。此れは急いで俺が考えている国の形について、一度皆で話さないといけないと思った。
「ねえ、ロベルト、夫は苦労した何て思ってないわよ。娘も幸せそうにしているし、私も良い選択だったと思っているわ。それに私の生家の事は知っているでしょう」
「下級の没落貴族だったと聞いています」
「そうよ。私も魔道具の製作ばかりに夢中で周囲から馬鹿にされていたわ。そんな私を夫が娶ろうとした時にも騒動があった。ミルベルト家は上級貴族だから私とは釣り合わないと散々言われたわ」
「でもクリステアさんは実力で魔法使いになって周りを黙らせたと聞いていますし、魔道具の販売でミルベルト家に五大貴族に匹敵する発言力を手に入れさせたのは有名です。俺とは違います」
「ふふ、そんな事無いわよ。当時も陰で夫が色々やっていたのよ。気づかれない様にしていたみたいだけど、私はちゃんと気づいていたわ。それにロベルトは此れからでしょう。もしロベールが言う様に娘と共に仕事を任されるのなら、其処で結果をだしなさい。機会すら与えられなかった貴男が得た機会だもの、夫も其れを望んでいるわよ」
「はい、必ず、親父さんとクリステアさんの期待に応えて見せます」
「頑張りなさい。それと夫が認めたのだからいい加減に私をお義母さんと呼んでちょうだい。何時までもクリステアさんじゃ壁を作られているみたいだわ」
いたずらを思いついた時の様な顔で提案するクリステアさんに、ロベルトの表情も穏やかなものに変わった。
「・・・・・・分かりました。お義母さん」
「それでいいのよ。さて本来のやるべき事に戻りましょう。ロベールに依頼された魔道具の実験をしていたのよ。ジャガーモの実の急速成長実験は成功した上に、なんと変異種が十も生まれたのよ。それでランカーのロベルトが収穫に詳しいから相談して、今収穫する為に兵士を動員した所なの。出来ればロベールも手伝って貰え無いかしら」
「勿論です。それと、ありがとうございました」
ロベルトの事で礼を言う俺に、クリステアさんはロベルトに聞こえない様にそっと声を出した。
「今の事は気にしなくていいわ。ロベールが現れた事で、変わらないはずの物が変わり、夫も動き始めたわ。私は止まっていた時が動き出した様な気がするの。実際私も強化魔石のおかげで、また魔道具を作っているわ。出来ればこの変化が二人にとって良いものになる様に行動して頂戴。其の為なら私も全力で協力するわ」
「はい、確と、承りました」
声は小さくとも力強く聞こえる様に、一言一言ハッキリと答えた俺に、クリステアさんは満足そうに頷いてくれた。其れを見てから俺は素早く表情を改めると、明るい声を意識して出した。
「実験農場はあっちですよね。カリーナ、クーヤさんの事は任せた。収穫にいくからシグルトだけついて来てくれ」
「分かったんだ」
「お兄ちゃんの場合は全力を出せないんだから、油断しない様にしないと思わぬ不覚をとるわよ」
「ははは、どうやって収穫で不覚を取るんだよ」
ジャガーモの実は俺も香織の料理で食べた事があるから知っていた。見た目はサツマイモだがジャガイモの味がする芋の事だ。香織も初めはサツマイモだと思って焼き芋にしたのだが、一口食べた時のあの違和感は忘れる事が出来ない物になっていた。
「よしついたぞ。此の扉を開けたら実験農場だ。変異種は俺達でやるから皆は他を頼んだぞ。さあ全員得物を出せ」
「おう、任せてください」
「お義母さんは後ろに居てください。護衛する役目の者は確り頼んだぞ」
「了解しました。クリステア様の事はお任せください」
返事をした兵士達が剣を抜くのを見た俺は、違和感を感じていた。スコップ片手に御芋掘りをする気分で居たのだが、もしかして俺は何か致命的な事を間違えているのではないかと不安になった。
「なあ、ロべ・・・・・」
「流石だな。ロベールは得物も無しで収穫出来るんだな。魔法を使うのかも知れないが、周囲は畑なんだから影響を考えて使って、特に茎や根が絶対に傷つかない様にしろ。俺も昔やっちまった事があるが次が取れなくなると、弁償もあり得るからな。其れと先程言った様に俺達は変異種を相手にするから、そんな事になったら大変だぞ」
「いや、ま・・・・・・」
俺は質問をしようとしたのだが、お義母さんと呼ぶ様になったクリステアさんの前で張り切っているのか、ロベルトは勢いよく扉を開けた。そして俺の背中をぐいぐい押しながら、実験農場に一番に踏み込んで行った。
「はあ・・・・え・・・・うそ・・・・」
俺は中に入って見る事になった、想像もしていなかった光景に、我を失って立ち尽くしてしまった。其処にはジャガーモの実を枝や茎につけ、地面の上に根を出し、我が物顔で歩き回る植物の集団がいた。
「え・・・・なに・・・・・どうして・・・・・・」
混乱している俺の首に、スルスルと伸びてきたジャガーモの蔓が巻きつけられ、我に返った時には宙吊りにされていた。
「ガッ、ちょ・・・・・・・・」
「なにをしている。ボーっとしてないで行動しろ」
ロベルトが跳び上がり素早く剣を振って、蔓を切り飛ばしてくれた。地面に落ちた俺は素早く立ちあがると、ロベルトに焦りながら話し掛けた。
「おい、何で動いているんだ。収穫じゃ無かったのか?変異種ってこういう事かよ」
「はあ?何言っているんだ。今のは普通のジャガーモだろ。実を全て切り離せば大人しくなる。変異種って言うのはああ言う奴の事だ」
ロベルトが指さした先には三メーラを越えた存在感のあるジャガーモがいた。明らかに他の奴とは違っているのがわかった。
「あの危険なのを処分すればいいのか?なら魔法で燃やそうか?」
「さっきから何を言っている?変異種は実も大きくてとても美味しいんだぞ。普通はめったに生まれないから、十も生まれて皆喜んでいるんだ。実だけを切り落とせば大人しくなるから、余計な処は傷つけるなよ。次が取れなくなったら、怒られるぞ」
「待て待て待て、ジャガーモはこれが普通なのか?」
「当たり前だろ。収穫前は農民が育てて、収穫期になるとギルドに依頼してランカーが収穫するんだ。此れもギルドを潰すと困る理由の一つだぞ。実際に一度、ランカー達が依頼料が安いからと言って収穫しなかった所為で、農作物の値段が異様なくらい高騰したんだ。農作物大混乱としてずっと語り継がれているくらいだぞ」
「・・・・・・・・・・・・・・」
俺が無言になって何とか現実を受け入れ様としている横で、兵士達の掛け声が響いて耳に聞こえた。
「怯むな。囲んで一つ一つ実を切り落とせ。落とした実は回収班が回収するまで踏まない様に気を付けろ」
「ははは、此の実験は凄いですね。僅かな時間で此処まで生きの良いジャガーモが獲れるなんて」
「収穫が無事に終わったら、味見させて貰えるらしいぞ」
「もしかして、変異種も食べられるのか?」
「さあ、それは分からんが、仕事を確りしないと食べられないのは確かだろうな」
「オッシャ、気合いれて収穫しますか」
「よっと、大人しく斬られやがれ」
「グワ、蔓が手に・・・・・・」
「何やっているんだ。確り連携しろ。兵士の俺達が食材に負けるのは恥だぞ」
「「ははははは、確かに」」
兵士達の笑い声が響いて、俺の中の常識が脆く崩れ去るのが自覚出来た。そして自分の中の何かがプチと音をたてて切れるのが分かった。
「ははははは、ふざけやがって。俺は何時も何時も必死に考えて行動してるんだよ。だからストレスだってたまるんだ。なのに芋まで動いて俺に楯突くのか。良いぜ、こうなったら徹底的にやってやるよ」
近づいてくるジャガーモに向かって右手を突き出すと、思った通り腕に蔓が巻き付いてきた。其のまま引っ張ろうとするジャガーモだが、確りと足を踏み締めた俺は逆に力一杯引っ張った。
「おら、こっちにきやがれ。ふん、この実を全部もげば良いんだろ」
ぶっ飛んで来たジャガーモを蹴り落として足で踏みつけた俺は、腕の蔓を引きちぎってから憤然と実をもぎ始めた。ぶちぶちと音をたてて実を引きちぎられるジャガーモはうねうねと動き回り、その様子はまるで痛みを感じているみたいで不気味だった。
「チィ、植物がうねうね動くのは、とんでもなく気持ち悪いな。ジッとしてろ。おら、此れで最後か?大人しくしやがれ」
俺が最後の実を力ずくでもぎ取ると、うねうねと動いていたジャガーモがピタリと動かなくなった。足を退けても動かず、まるで俺が考える普通の植物の様だった。もっとも俺が二度とジャガーモを真面な植物と認める事はないだろうが。
「ふう、スッキリした。ロベルト、シグルト、邪魔な芋は排除した。あの大きな変異種とやらをやるんだろ。こうなったら徹底的にやるぞ」
「ああ・・・・そうだな。行こう」
「うん、行くんだ」
何故かロベルトとシグルトが俺を窺う様に見つめながら返事をしてきた。此の時の俺は気づいていなかったが、実をもぐ姿は鬼気迫るものがあり、何より切るのではなく力ずくでもぐのは、植物にとって被害甚大なのだ。地面に横たわったままのジャガーモは、本来なら植えられていた場所まで自力で戻って、地に根を張って回復するのが正しいありようで、ピクリとも動かないジャガーモは、丹精込めて育てた人が見たら絶叫を上げて泣く程酷いあり様なのだった。
「・・・・・・此れは流石にさっきの奴の様にはいかないか・・・・チィ、こんな物を斬りたくないんだが仕方ない」
変異ジャガーモに近づいた俺は嫌な予感を感じて、素早く短剣を出して右手に持って構えた。俺の戦意を感じたのか、ズルズルと近づいて来ていた変異ジャガーモが動きを止めて、根っこで地面を叩いた。
「・・・・・何がしたいんだ?ロベルト分かるか?」
「いや、ランカーの仕事で何度も収穫している俺も、あんな動作は一度も見た事が無い。気を・・・・」
ロベルトの言葉の途中で、俺達の足元から石の槍が飛び出した。俺は慌ててロベルトを突き飛ばしてから、自身を強化して耐えた。
「クッ、ロベルト無事か?」
「何とかな」
「一応聞いておくが、変異ジャガーモは魔法を使うのか?」
「冗談はやめてくれ。流石にそうなら農作物として育てるのは危険過ぎる」
「其れを聞いて安心したと言えばいいのかな?で、この場合はどうするんだ?」
「やるしかないだろ。幸いと言って良いのか分からないが、魔法を使うのは此奴とシグルトが戦っている奴だけの様だ」
ロベルトの言葉に横を見ると、何時の間にかシグルトが戦っていた。地の魔法は空を飛ぶシグルトとは相性が悪い様で、全く脅威にはなっていないのが良く分かった。蔓の攻撃もヒラリヒラリとかわして、実に近づいて爪でスパッと切り裂く姿は、感嘆を禁じ得ない程華麗だった。
「凄いなシグルト。よし俺もやるとするか。ロベルトは魔法を使えないのを任せて良いか」
「八対一で戦うのは流石に苦しいから、倒したらすぐに援護を頼むぞ」
「分かった。すぐに行く」
ロベルトが去って行くのを見届けている俺に、変異ジャガーモは容赦なく何度も石の槍を突き刺してきた。強化された俺の体には少しも刺さらなかったが、それでもチクチクはするので煩わしい事この上なかった。
「俺には効かない事が分からないのか?いや、植物だから判断力が少ないのは、当たり前なんだろうな」
首を振った俺は右足に力を込めて、実に向かって跳躍した。
「まず一つ、そして二つ・・・なに・・何時の・・・・」
短剣を使って一瞬で実を切り離した俺は、三つ目の実を切り離そうとした所で体勢を崩した。慌てて左腕を見ると、気づかない内に他とは色が違う蒼い蔓が巻き付いていた。
「こんな蔓すぐに斬り飛ばして・・・・」
「ロベール、斬っちゃ駄目。蒼い蔓は王の証よ。其れを斬ったら此処にいる全てのジャガーモが暴走するわ。暴走したジャガーモは実に毒が生まれて食べられなくなるの」
クリステアさんの叫び声が聞こえて、俺はピタリと動きを止めてしまった。そして好機と思ったのかすぐに他の蔓も体に巻き付いてきて、俺は宙吊りにされてブンブンと振り回されていた。
「如何すれば良いんですかーー」
「蒼い蔓だけは絶対に斬らないで、其れさえ気を付ければ後は他のと同じよ。其れと王は百年に一つ生まれればいいと言われる程貴重だから、絶対に失ったりしない様にして」
ブンブンと振り回されている俺より、ジャガーモ王を心配するクリステアさんに釈然としないものを感じながらも、慎重に風の魔法で刃を作り、まず右手の自由から取り戻した。すぐに短剣を使って体に巻き付いていた蔓を斬って地面に降りようとしたのだが、降りる寸前で俺の右手に新たな蔓が巻き付いて、再び引っ張り上げられてしまった。俺は反射的に引きちぎろうとしたのだが、色を見た瞬間にギョッとして踏み止まった。
「クッ、また蒼い蔓か・・・いい加減にしてほしいな。此処から魔法で攻撃するとしても振り回されている状況では、実を傷つける可能性が高いし・・・・はあーーー、俺の魔法は威力はあるけど精度がいまいちなんだよな。こんな時の為に銃を作って貰っているんだが・・・・・」
俺がため息を吐きながらブツブツと愚痴を漏らしていると、振り回すのに飽きたのか、ばんざいの様に両手を上にした状態で止まった。
「良し今なら・・・・・・当たれ」
千載一遇のチャンスだと思った俺は、素早く風刃の魔法を使うと五個の実を立て続けに切り落とした。実を切り落とされたジャガーモ王は、うねうねと激しく体を動かすと、俺に向かって一斉に蔓を伸ばしてきた。しかも今度は見る限りにおいて全てが蒼い蔓だった。
「おい、冗談じゃないぞ。あれに纏わりつかれたら脱出出来ないだろ。おい、此れ以上の手加減は・・・・・」
「ダメダメダメ、絶対に駄目。ロベールの場合は命の危険は無いんだから、我慢して」
無情な言葉に絶句する俺に、蔓は容赦なく襲い掛かってきた。首から下を雁字搦めにされた俺は、悲鳴を上げそうになっていた。なんと服の下に蔓が入って来ようとしているのだ。
「ちょ、待て、そんな所に入って来るな、はははははっははははは」
腕から入った蔓がわき腹をはい回り、くすぐったくて笑い声をあげる俺の耳に、凍り付く様な冷たい冷たい声が響いた。
「お兄ちゃん、何してるの?まさかそんな趣味があったの?」
「ははははは、違う・・ははははは」
辛うじて否定の言葉を出す俺に、香織が疑いの視線を向けたが、クリステアさんの説明で状況を理解してくれた様だ。そして香織はすぐに首を傾げて尋ねて来た。
「お兄ちゃんは何で魔法を使わないの?魔法を使えばすぐに終わるでしょう?」
「何を・・・言って・・・いる・・・使える訳が・・・・・」
「忘れたの?私に使った闇の魔法の事だよ。あれなら必要以上に傷つけないでしょう?まあ私はあまり見たくはないけど」
香織に使った闇の魔法と聞いて、暫し考えた俺はハッと思い当たった瞬間に魔法を使っていた。すぐに地面から無数の闇の手が出て来て蔓とジャガーモ王を拘束した。そして実を掴むと容赦なくもぎ取っていった。
「あらあら、収穫にピッタリの魔法じゃない。ロベールは何で始めから使わなかったのよ」
クリステアさんの呆れた声が耳に痛かったが、抑々この魔法は香織を脅かす為に作った魔法で、実用方法などは考えても居なかったのだ。
「ふう、さっきまでの苦労は何だったんだろうな。一気にむなしくなったよ。で、カリーナは何で此処にいるんだ?」
「うん、それはね。フレイがお兄ちゃんが収穫の実態を知らないんじゃないかって言ったから慌てて来たのよ。其れとクーヤさんが目覚めた報告もあるわ。落ち着いたからもう大丈夫よ」
「そうか、クーヤさんには悪い事をしたから後で謝るとして、もしかして香織はジャガーモが動く事を知っていたのか?」
「クスクス、料理は私がしているのよ。前にサツマイモと勘違いして酷い目にあったし、あれからお兄ちゃんに食べさせる食材の事はきっちりと把握しているわ。今お兄ちゃんが捕まっていたジャガーモ王の実は伝説級の美味しさだそうよ。私が料理してあげるから期待していてね」
「・・・・・・ああ、そうだな。でも俺だけだとあれなんで、頑張ってくれた兵士の皆の分も頼む」
正直言ってどんなに美味しくても、あんな目にあったジャガーモ王の実なんて食べたくなかった。しかし香織の料理を食べないと言う選択肢は俺には存在しなかった。自然と引きつりそうになる顔を取り繕いながら周囲を見回すと、僅か六半クーラしか経っていないのに、沢山の闇の手によって問答無用で実をもぎ取られたジャガーモ達が、山の様に地面に横たわっていた。同時に気付いたロベルトや兵士達の、俺達の苦労を返せと言うジトーとした視線は、今は気づかないふりをしておいて、後で香織のジャガーモ王の実の料理と自腹を切った酒で、きちんと埋め合わせをしようと思った。
「これは問題ね。もぎ取るのではなく斬る様にしないと農作物の被害が大きいわ。出来るかしら?」
「ジャガーモなんぞの為にやりたくはないですが、その程度の変更ならすぐに可能です」
「そう、ならこの魔法を誰でも使える様に、魔道具にして良いかしら」
「魔道具にですか?何に使うんです?」
あまりにも真剣な表情のクリステアさんに戸惑いながら尋ねると、聞いているだけで身を正しそうな声で話し掛けられた。
「この魔法は強化魔石と同じぐらいに影響が出る、まさに時代を変える魔法よ」
あまりにも大仰な言葉に、俺と香織は顔を見合わせて首を傾げてしまった。そしてそんな俺達を焦れったそうに見ているクリステアさんは、断固とした力強い声音で、諭すように語りかけてきた。
「良い、良く聞きなさい。例えば今服が高価なのは一つ一つを作るのに時間がかかって、更に量産出来ないからよ。でもこの魔法を使えば同じ服だけとはいえ、一気に何百着と作る事が出来るわ。そして同じ様に応用出来るのは多岐にわたるでしょうね」
俺はその言葉を聞いてまさかと思い、冷や汗を掻いていた。クリステアさんはこの魔法を使って、俺達の世界で言う産業革命の様な事をする心算なのだ。横にいる香織も、沢山の闇の手が動いて作っている場面を想像したのか、微妙な表情になって口元を引きつらせていた。
「確かに単純な動作に限定すれば魔力の消費量は少なくなりますし、闇の手の複数制御も自分と同じ動作をするだけなら普通の人でも大丈夫です。だから言っている事は可能だと思いますが、闇の手を使っている人が何かを作って失敗したら、大量の失敗品が出来てしまいますよ。事が事ですからリグレス公爵達に了解をとる必要があります」
「そうね。まずは失敗しても取り返しがつく物で試してみるわ。それとリグレス公爵達の事は任せて、夫にお願いすれば協力してくれるもの。さてそうと決まれば、一刻も早く実を集めて移動しましょう。ロベールもどうせ此れからの事を話すのでしょう」
目をランランと輝かせているクリステアさんの様子に、もはや何を言っても止まらないと確信した俺達は、苦笑しながら大人しく実を拾い集めると、急かされながらリグレス公爵達の元に向かった。
次話の投稿は9日を予定しています。其れと12月は執筆時間が安定しないので15日、21日予定の投稿の後は、来年になる可能性が高いです。投稿間隔が遅くなりますが、今後ともよろしくお願いします。




