契約者達と騒動の顛末
あれから戻って来た香織が有無を言わさずに、ニッコリ笑って男達を連れて行った。どうやらお話をするみたいだ。俺は『お兄ちゃんは見ちゃ駄目』と言われて、沙月さんを誤魔化しながら待って居たが、声が漏れない様に空間を隔離する役目を仰せつかったシグルトが、帰って来てすぐに真っ蒼な顔をして俺にしがみついて来たのを見れば推して知るべしだった。その後シグルトから色々聞いた俺は、男達を沙月さんに連絡を受けて慌ててやって来た敏次さん達に引き渡した。その時に俺がやりすぎた男達を見て、嫌そうな顔をする敏次さんをまんまと口車に乗せて、其の後始末も押し付けておいた。そしてそそくさと移動した俺達は、沙月さんと共に喫茶店でコーヒーとサンドイッチを食べながら、今回の事の顛末を話をしていた。
「つまり今回奴らが俺達を襲えたのは、武俊さんの目を盗んで武人さんが一時的に護衛を解いたからか」
「はい、私は学校があったので其のままでしたが、朝から私以外の護衛は全て引き上げていました」
「一時的と言ったわよね。何がしたかったの武人さんは?」
「・・・・・如何やらお灸をすえる心算だったみたいです。生意気な事を言っても所詮は子供、一度襲われれば考えを変えると思った、と武俊様に言ったそうです」
「・・・・・・はあーー、本当に資料の通りの性格みたいだな。挑発した身であれだが、此のままの武人さんがグループ企業を継いだら、アッサリ潰れるんじゃないか?」
「そんな事は・・・・・・・・・」
「潰れなくても確実に傾くわよ」
沙月さんが俺の言葉に反射的に反論しようとして、香織の鋭い言葉に遮られていた。そして今度は反論の言葉はなかった。武人さんは十分な能力はあるのに、性格が其れを半減させてしまっている、残念な男なのだ。沙月さんも周りの人達と同じ様に不安を感じているのだろう。特に女性の沙月さんは今回の事もあり、真面な評価が貰えるかも怪しかった。そして其処まで考えた俺は、駆けつけてくれた沙月さんにお礼もかねて、分かっている男達の情報を話す事に決めた。
「あの男達は俺が昔刺された刃物で脅す様に指示されていた。指示した男はサングラスをかけた堅気じゃ無い雰囲気の男だそうだ。此の事から昔の事件の犯人の関係者なのが濃厚だ。何と言っても刃物の種類を特定する情報は、ニュースなどで放送されていないはずだからな」
いきなり話し始めた俺に戸惑いながらも、沙月さんは声を潜めながら返事を返した。
「あの事件の犯人達は全員刑務所に入っているはずですが・・・・。やはり掴まっていない者がいるのでしょうね」
「ああ、襲って来た彼奴らは捨て駒で、今回の事は俺に対する警告だろうな。また過去の様に邪魔をするなら痛い目に遭うぞ、と言った所だろうな。ふん、笑わせてくれる。この程度で引くと思っているのなら、俺の事を全く理解していないのが良く分かる」
自然と顔に浮かんでくる獰猛な笑みに、沙月さんが引くのが分かったが、今の俺には止められ無かった。
「連絡員は倒したけど、連絡が無ければいずれ失敗を悟るだろう。そうすれば第二第三の刺客が訪れる。ククク、全部潰して行けば裏でコソコソしている奴らも、表に出て来ざるを得ないだろ。過去の借りも熨斗を付けてかえしてやる」
「・・・・・・お兄ちゃん、変わった?いや、戻りつつあるのかな?昔のお兄ちゃんは暴れるのも好きだったものね。私覚えてるよ、よく何かの必殺技を叫んで遊んでいたよね」
香織の発言に俺の中の高揚していた気分が一気に霧散した。そして目の前にいる沙月さんが驚きの表情を浮かべてマジマジと顔を見つめてきて、まあ直哉君にもそう言う時があったのね、と言いたそうな視線が突き刺さって痛かった。
「かか、香織。俺は昔から思慮深く大人しい子供だっただろ」
「ええーー、お兄ちゃんは昔からそう言うのが理想だったみたいだけど、今みたい色々考えて慎重になったのは事件後だよ。その前は突っ走るだけ突っ走って、不味い事態になったら持ち前の行動力で何とかしていたわよ。変わらないのは私や周囲に気を使って優しい所ぐらいだよ」
「いやいやいや、そんな事はないだろ。香織は俺が暴れたと言うが、怒られた記憶はないぞ」
「其れは当然だわ。お兄ちゃんが暴れる時は何時も、事前に怒られない様に準備してから暴れていたじゃない。その所為で怒るに怒れなかったのよ。そこでお兄ちゃんは当時から私のお願いだけは素直に聞くから、周りの人達から私が色々お願いされていたのよ」
初めて聞かされる真実に居た堪れなくなった俺は、コーヒーを飲んでトイレに行きたくなったのを理由にして、一度仕切り直す事にした。
「ふふふ、直哉様にもそんな時があったのですね。一度見て見たかったです」
私がトイレに向かう直哉様を見ながら話し掛けると、香織様は表情を引き締めてから鋭く話し掛けて来た。
「ねえ、貴女は此れから如何する心算なの。先程の話だと貴女は今日、私達を助ける必要がなかったのでしょう?」
「・・・・・それはそうですが・・・・でも今更御二人を見過ごせるはずが・・・・」
突然変わった態度と雰囲気に、戸惑う私がしどろもどろに答えると、香織様は視線を厳しくして冷たい声で切り込んできた。
「其れでも仕事なら指示には従うべきでしょう。今日の独断は問題無くても、次もそうだとは限らないわよ」
「・・・・・・・・・・・・・・」
答えられずに無言になってしまった私に、香織様は眉を顰めながら話を続けた。
「今の貴女の立ち位置は何所にあるの?其のままのあやふやな態度だと困るのよ。お兄ちゃんは何故か貴女に甘いけど、私はその事が怖いの」
「怖い・・・ですか?」
「そうよ。お兄ちゃんは今も貴女に情報を話したでしょう。貴女には分からないでしょうけど、此れは異常事態なのよ。お兄ちゃんが慎重に行動する様になってから、敵で居続けるかも知れない人に此処までするなんて無かった事だわ。それに今、お兄ちゃんの態度に変化が見えるの。理由はまあ分かるけど、今のお兄ちゃんには僅かな気の緩みと隙が私には見える。そしてその隙は普通の敵にはつけなくても・・・・・・」
厳しい表情の香織様が、私の顔を鋭い視線でジッと見つめてきた。言いたい事は其の鋭い視線だけで嫌でも理解させられ、私は目の前が真っ暗になる様な思いを歯を食い縛って耐え、自分が出したとは思えない暗い声を出した。
「・・・・・・私が直哉様に害を与えると、思われるのですか?私はそこまで香織様に信用されていませんか?確かに学校で言い合う事もあり、好かれているとは思っていませんでしたが・・・・・しかし・・・」
「勘違いしないで」
私が歯を食い縛って尋ねる声を、香織様は首を振って鋭い声で遮った。そして私の考え違いを正す、ハッとする力強い声を出した。
「お兄ちゃんが貴女を信じている以上、私も其の可能性は無いと信じるし、先程味方として戦った事も忘れないわ。でも私は貴女に害意が無い事は認めるけど、周りの人まで認める心算は無いわよ。貴女から得た情報をどう使うかは其の人次第でしょう。今の隙が見えるお兄ちゃんには、貴女に力を割く事自体が致命的な隙になるかも知れないわ」
「・・・・・・直哉様に近づくなと言う事ですか」
「違うわ。貴女も仲間にならない状態でお兄ちゃんの傍に居るのなら、最低限の警戒と責任と自分の立場は自覚して欲しいだけよ。其れとお兄ちゃんは優しいからあえて言わなかったのでしょうけど、今回の騒動は多分踏絵よ」
「・・・・・踏絵ですか?」
「そうよ、私達と敵対した時に戦えるか確かめたのよ。抑々武俊さんが武人さんの行動に気付かないと言うのは、昨日の今日なのに考えづらいわ。敏次さんも慌てて来たみたいだった割には到着時間が早かったし、此れはあらかじめ何時でも動ける様に待機していたと考えれば辻褄が合うの」
「そんな・・・・・・。では私がした事は・・・・・・・・」
驚愕のあまり呆然とする私に、香織様は安心させる様に微笑みながらアッサリと告げて来た。
「今はまだ大丈夫よ。さっき問題無いと言ったでしょう。抑々何の為にお兄ちゃんが貴女に情報を話していると思うの。ふふ、どうせ戻って来たら重要な情報も貴女に話すと思うわ。男達の身柄を其方にくれてやったのも其の為でしょうし」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
無言になる私に香織様が表情を一変させ、厳しい表情になって畳み掛ける様な勢いで告げた。
「私は貴女に良い感情を持っていないわ。理由はお兄ちゃんに色々して貰っているのに、其れを全く自覚していないからよ。まるで昔の私を見ている様だわ。明確に守られる様になる前の私は、お兄ちゃんの行動の意味を深く考えていなかったし、自分がどれ程の恩恵を受けていたのか気づいてもいなかった」
「香織様・・・・・・・・」
「ふふふ、お兄ちゃんは私の所為で刺されたのに『女の香織が刺されて傷を残すよりマシだろ』と真顔で言っていたわ。一体何人の人が同じ事を言えるのかしら。なのに当時の私は私の所為でと責められると思っていたわ。ふふふ、其の時に自覚してから受けた物と同じくらいの物を必死に返そうと行動しているけど、私の場合はもう返せる段階じゃなくなってしまったわ。少し前にもとんでもない事をして貰ったばかりだし・・・・・」
とんでもない事と言うのが何か気になったが、私は香織様の言葉に直哉様の行動を振り返ってみる必要を感じていた。そんな私の表情の変化に目ざとく気づいた香織様は、何を思ったのか眉を顰めると早口で話しかけてきた。
「いい、一応言って置くけど、返す必要はないわよ。お兄ちゃんは気づかれたくないんだから・・・・」
「クスクス、今の話で香織様の思いの深さは、嫌と言う程思い知りましたから安心してください。その思いに対抗出来るだけの思いが無い今の私はちょっかいをかけません」
「そうなら・・・・・・・今の?・・・・・・・・・」
一度安心して納得しそうになった香織様だったが、今のと言う部分が気になる様で首をひねっていた。そう、今は兎も角、未来は誰にも分からないのだ。
「・・・・・まあ良いわ。それとお兄ちゃんが来る前に言って置くわ。貴女は自分が護衛組織に向いていない事に気づいているの?」
「・・・・・・・如何言う事ですか・・・・」
流石に聞き流せなくて声を低くする私に、香織様は顔を顰めながら淡々と告げて来た。
「お兄ちゃんは自分で気づくのを待っているみたいだけど、状況が不透明な今、私は其処まで気が長くないわ。ハッキリ言うわよ。貴女は今後が有利になるからと言って、誰かが傷付くと分かっていて見捨てる事が出来る?其れに自分から罠にはめたり、騙して情報を手に入れたり出来るかしら?護衛組織と言っていても綺麗事だけじゃ済まないわ。特に此れからは危険も増えるし、仕事の内容も変化する事は確実でしょうね」
「・・・・・それは・・・命令なら従います」
「やっぱり駄目ね。躊躇した時点で駄目なのよ。あえて名前を出すけど、美夜さんなら即答でやると言うわ。其れに嫌々やっていたのでは仕事で失敗するわ。最悪の場合、命に係わる仕事だから周りにも迷惑よ」
香織様の容赦のない言葉に、私は自然と手を力一杯握り締めていた。
「更に言うと、あの手の組織は使う人間によって変わるわ。前にお兄ちゃんが車で言っていたでしょう。貴女の場合は年齢的に武人さんに仕える事になるだろうと。今回の指示を聞けばどう変わるかは、言わなくても分かるでしょう」
香織様の言葉に背筋が震えて心に薄ら寒いものが走ったが、私は其れをすぐに押し殺して反論を口にした。
「香織様、私は父である敏次の娘の沙月です。父が護衛組織のトップである以上、私は・・・・・」
「敏次さんはお兄ちゃんの言葉を、完全に拒絶しなかったわ。貴女も聞いていたでしょう。一度確り話してみるべきじゃないかしら」
私の言葉を意図的に遮った香織様の言葉に、私は言うべき言葉が出てこなかった。確かにあの時の父は覚えて置くと言ったのだ。葛藤する私に香織様が何かに気づいた様で、慌てた様子で話し掛けてきた。
「お兄ちゃんが来たわ。今此処で話した事は内緒よ。私がこういう話をするのを、お兄ちゃんは良く思ってないしね」
「分かりました。香織様の直哉様への思いもありますし、貸し一つと言う事にして置きます」
私の言葉に顔を引きつらせた香織様は頷くと、何もない場所を一瞥して、何故か真っ赤な顔になり居心地悪そうにしていた。私は其れを見て何となくからかわれて、恥ずかしそうにしている様に思えた。
「悪かったな、話しの途中で席を立って。しかし二人とも妙な雰囲気だな?何かあったのか?」
「ふふふ、直哉様は女同士の秘密の話を聞きたいのですか?私は構いませんが、こんな場所で男が話に加わっているのを見られたら、女性から白い視線を向けられ、尊厳が失われますがよろしいですか?」
「よろしい訳無いだろ。はあーー、全く何を話してたんだか」
深いため息を吐いた俺は首を振ると、気を取り直して話し始めた。
「沙月さんが戦っていた大男だが、あれは名家の奴らに関わりを持っているかも知れない」
「今回の襲撃は名家の奴らだと言うのですか?」
「いや、そうじゃ無い。彼奴らに雇われていたと言っていたが、彼奴ら以外に別の雇い主が居る可能性がある」
「二重に雇われていたと言うのですか?」
「接近していると言う話を聞いたばかりだから、突けば何か出てくるかも知れないぞ」
「・・・・直哉様、其処まで分かっているのなら、何故御自分で調べないのです。水無月家がそちらについた以上、私達に任せる必要はないでしょう」
「まあそうだけど、水無月家は他の事で忙しいんだ。始名家の対処では武俊さんは当てにならないからな。沙月さんだって部屋に居たから、武俊さんの態度は知っているだろう」
「・・・・・・其れは確かに、ですが其れだけが理由ですか?」
俺は嫌にしつこい沙月さんに首を傾げ、何を疑われているのか考えたが、思い当たる事が無かったので無難に答える事にした。
「敵対したとはいえ、俺には今回の事で武俊さんをどうにかする意図はないぞ。まあ情報を提供したのだから、こっそりと結果を教えて貰えると助かるのはあるが」
「・・・・・結果を教えて欲しいから私に話したと?」
「あ、ああ、そうだな」
ジッと見つめてくる視線が痛い程顔に突き刺さり、俺は気圧される様に答えていた。その答えに沙月さんの視線が細まり、居心地が悪くなった俺がそわそわしながら顔を逸らすと、途端にクスクスと笑う声が聞こえた。
「クスクス、良いでしょう。そう言う事にして置きます」
そう言った沙月さんが横に視線を向けて微笑みかけると、其処に居た香織が何故かムッとした顔しながら苛立っていた。
「如何かしたのか?香織」
「何でもないから気にしないでお兄ちゃん」
苛立った声音の強い拒絶に動揺して周囲を見ると、何故かシグルトとフレイが顔を背けて肩を震わせていた。
「どういう事か分からないがまあ良い。沙月さん、其方の今後の対応について話せる事はありますか?」
「そうね。護衛は人数を減らすけど続ける事になりそうよ。敵対したとは言っても、香織様に何かあっておかしな事になるよりは、現状維持の方がましと考えているみたい。それと・・・・」
言いよどむ沙月さんに俺がジッと待っていると、重たい雰囲気を発しながら小声で話し始めた。
「人数を減らして餌にする心算のようね。今回みたいに食いついてくる奴らを捕らえるのよ。そして食いついた人物によっては、確保の方を優先する様にと命じられたわ」
「・・・・・ククク、監視しつつ利用するか・・・・中々良い手だな武俊さん。覚えてろよ。・・・此の事は聞かなかった事にします、沙月さん、ククク」
「・・・・・何かするのなら私に被害が出ない方法でお願いしますね、直哉様」
「はい?」
「お兄ちゃん、自分では気づいてないみたいだけど、どす黒い雰囲気をまき散らしているわよ。それとねえお兄ちゃん、さっきから自分が少し攻撃的になっている事に気づいている?それに私が逃げた男を捕まえて戻ってきたら、かなりヤバそうな怪我をさせていたわよね。手加減しないでねとは言ったけど、あれは明らかにやり過ぎでしょう」
ジトーとした目で香織に見られた俺は、一応自覚していたので視線を返す事が出来なかった。特に男達の怪我は現代医療では完治しない重体で、俺は冷や汗を掻きながらばれない様に完治する程度まで魔法で治療したのだ。
「クスクス、私の目には香織様も同じに見えましたわよ。いえ寧ろ香織様の方が、出処を聞きたい物を出して攻撃していました。お忘れですか?」
「・・・・・・・へえ、お兄ちゃんの肩を持つんだ」
「先程親切な御方から色々聞きましたから、私のとる態度は此れであっていると思います」
ムッとした香織と含み笑いを浮かべる沙月さんが目の前で睨み合った。バチバチと激しい火花が飛び散るのが見えそうな状況になり、俺は理由を知りたかったのだが、既にシグルトとフレイは知らぬ存ぜぬと言う態度をとって避難していた。俺が如何しようか困っていると、突然沙月さんの腕輪が振動した。沙月さんは慌てて通話を始めると、すぐに顔を険しいものに変えた。
「はい・・・・はい・・・・・分かりましたすぐに向かいます。此の事は直哉様には伝えて・・・・・・はい」
通話を終えた沙月さんは、早口で囁く様に告げてきた。
「武俊様と武人様のお屋敷が襲撃されました。幸いにも御二人とも御無事ですが、此方に父が来ていた事もあり、護衛組織の人員に被害が出たそうです」
「・・・・・・・成る程・・どうやら俺達の方は陽動だな。警備の人員と敏次さんを来させて、本命は武俊さんだったんだな」
「はい、そうだと思います。敵は銃を持っていたそうです」
「・・・・・しかしタイミングが良いな。情報が洩れているんじゃ無いか?」
「・・・・・・それは此れからの調査次第です。こういう事態なので私は父と合流します。御二人も今日はお早くお帰りください」
「ああ、此のまま真っ直ぐ帰るから心配するな。俺達より自分の心配をしてくれ」
「・・・・・・護衛対象の直哉様に言われると何とも言えない気分ですが、ありがとうございます」
そう言った沙月さんは、慌てて店を出て行った。
「ねえお兄ちゃん、沙月さん会計済んでないよね。この場合の支払いはお兄ちゃんの一括払いだよ」
「・・・・・・・・・・・・はあーーーー、この所の懐具合は寒すぎるな」
しぶしぶ会計を済ませた俺は、香織達と共に肩を落としてトボトボと家に帰った。
家に帰った俺は皆が寝静まった頃に父さんと差向いで話し合っていた。
「・・・・・・・とうとう襲撃されたか・・・・・。直哉達が契約者で死ぬ危険は無いと分かっていても嫌な気分だな」
「心配するなとは言えないけど、本当に大丈夫だからな。それで話したい事の本題は刃物の事なんだ。当時に特定出来る情報は放送されなかったよな」
「知っているのは俺達と警察と弁護士、そして犯人達だけだろう」
「やはり俺の記憶は間違っていないか。ならもう一つ聞きたい。香織が製造停止と回収を命じたと口走ったんだが本当か?」
「・・・・そうか・・・知ったのか・・・。そう言えば刃物の話をしているが大丈夫か?」
「今日克服して来たよ。もうあの刃物に怯える事は二度と無い」
「そうか・・・・なら話そう。自覚していなかったみたいだが、あの事件があった後の直哉は、店の中の刃物を置いているいる場所に近づけなかったんだ」
「・・・・・・マジでか?記憶にないんだが・・・・」
「ああ、直哉は心が傷ついた香織の事で頭が一杯だったからな。だがその香織が気づくぐらいだから相当酷かったんだぞ。当時相談した医者の知り合いにも、時間をかけるしかないと言われたんたが、親として何とか出来ないかと何時も思っていた。あの時は俺も沙耶も直哉と香織の心の傷を見てジッとして居られずに、効果がありそうな事を見つけては試行錯誤していたな」
父さんの顔は当時を思い出した影響で歪んでいて、その深い苦悩が俺にまで伝わってきた。
「少し時が経ち、ようやく二人が落ち着き始めた時だった。ある店で買い物をしていた時に、突然直哉が真っ蒼な顔で座り込んだ。私達は何があったのか分からなかったが、横で手を繋いでいた香織は直哉の視線を追って其れを見ていた」
父さんが言葉を切り、忌々しげに吐き捨てた。
「そう、買い物客が持っていた直哉を刺したのと同型の刃物だ。なんと未だに普通に売られていたのさ。流石に愕然として頭に血が上った俺は、製造会社に抗議の通信を入れた。ククク、しかし製造会社は『当社の製品でその様な事が起きたのは真に遺憾ですが、正規の手続きを得て販売されており、当社に責任はありません。それに直接販売ではないので購入者の人格までは責任をとれません。当社より販売店のその人物に売った人に抗議してください』と言って通信を切られたよ」
当時の怒りが込み上げて我慢出来なかったらしく、父さんの拳がガンとテーブルを叩く音が周囲に響いた。
「あの時程親として情けなかった事は無い。直哉が苦しんでいるのに、俺は原因すらどうにも出来なかったんだ。此のまま何も出来ないのかと自分に失望していた時に、香織が『お兄ちゃんを苦しめる物を製造している会社は株式会社じゃないの?お金ならあるよ』と言ったんだ」
ギョッとする俺の前で、父さんは獰猛な笑みを浮かべて話し始めた。
「ククク、俺はすぐに調べたよ。自分の持つ人脈を全て使って、何人かの人には迷惑をかけてしまったが、二日で製造会社の事を調べ尽くした。そして俺は香織に借金をして製造会社の株式を半分以上手に入れ、更に取引相手の株式まである程度買い、止めに債券まで買いつくして、製造会社に殴り込みをかけた。奴ら初めは何所の馬鹿が来たって顔していたが、俺が話を進めていくと事態を理解して、真っ蒼な顔になって役員総出で平謝りしてきたよ。当時の俺は対応に腸が煮えくり返っていたから、奴ら対応を誤ると本気で潰されると思ったんだろうな。ククク」
父さんのどす黒い獰猛な笑顔に、俺は顔を引きつらせて冷や汗を掻いていた。こういう雰囲気の父さんは見た事が無かったので、正直言って腰が抜けそうになっていた。
「俺は真っ先に販売数を見て思ったより多くなかったので、すぐに金は自分が出すから購入額の二割増しで刃物を回収しろと言った。ククク、金を出すと言う言葉で俺の本気度が分かったのか、文句も無く必死の形相で回収していたよ。しかし・・・そうかまだ残っていたのか・・・・・・・」
「もう良いからな。俺はもう気にしていないし、襲われた事で克服出来たから何もしないでくれ」
「・・・・・直哉がそう言うなら仕方ないな。今回は目を瞑るか・・・・」
何となく残念そうに聞こえる父さんの声に、俺は知らなくて良い一面を見てしまったと言う気分を味わっていた。
「なあ、父さんは会社を経営しているのか?株式は今も持っているんだろう?」
「いやいや、俺が直哉を傷付けた刃物を作った会社で働く訳がないだろ。偶に監査するぐらいだし、会社もグループ企業じゃないから、香織を守る力としては使えないぞ。それに俺は前に言った通り普通の会社員だからな」
「・・・・・・自称とか一応とかつかないよな」
「お前は俺を何だと思っているんだ」
ジトーとした視線を向けてくる父さんに焦った俺は、つい余計な事を口走ってしまっていた。
「いや、良く考えたら母さんの母校や過去は聞いた事あるけど、父さんの母校や過去は聞いた事が無いなと思ってな」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
一瞬で難しい顔になって黙り込む父さんの様子に、俺はしまったと思って、取り繕う為の引きつりかけた愛想笑いを浮かべて話しかけた。
「別にそんな顔しなくても、無理に聞いたりしない。と言うか俺は男の過去何て知りたくもないしな。今回の事で巨額の借金が出てきたから、それだけでお腹一杯だ。一応聞いておくが返す当てはあるんだろうな」
「・・・・・・安心しろ。香織との口約束だが担保がある」
「へえーー、そんなのがあるのか?」
「ああ、直哉と言う名の担保がな」
「・・・・・・・・・・・・なんだと?」
「返せなかったら直哉を好きにして良いと言ってある。香織は喜んでいたぞ」
「おい、今までいい話だと思って密かに感動して、父さんを見直していたんだぞ。俺の気持ちを返しやがれ」
「なに、元々許嫁だし、二人の気持ちは筒抜けだし、問題無いだろ?ははははは」
「何を笑っている?問題の有無じゃねえ。気持ちの問題なんだよ。知らない内に親に売られていた子供の気持ちを考えやがれ。そんなんだからルードルに素行調査されて、行動が母さんに報告されるんだよ」
「何だと?待て直哉、ではこの前買った酒もばれているのか?」
「懲りない父さんだな。ルードルが見てたなら報告済みだろ。主の香織の言う事は絶対だからな」
「・・・・・・・・・・馬鹿な。何で早く言わなかった。直哉が連れて来た護衛だろ」
「悪いが、ルードルは香織の言葉が優先だ。なんと言っても飼い狼だからな」
「クッ、俺が・・・・・・・・」
お互いに表面上は激しく言い合っていたが、心の片隅では必死に話を逸らして誤魔化している事に気づいていた。あの時父さんの顔からかすかに窺えた苦悩に、俺はルードルの報告の内容が心に過り、言い知れぬ不安を感じていた。大人の父さんが悩む事に母さんならいざ知らず、子供の俺が口を挟んで良いのか分からなかったが、今日知った父さんの行動の様に自分も動いてみようと心に決めた。其の為にはまず、父さんは自分の事で子供に相談したりしないだろうから、傍に居るルードルに確りと父さんの事を頼んでおこうと思った。
次話の投稿は3日の12時までにする予定です。次話もよろしくお願いします。




