契約者達と伯父との交渉戦
「初めに聞いておきたい。直哉はグループ企業を手に入れる心算なのか?」
「其れが香織の未来と安全に必要なら手に入れる」
手に入れると言った瞬間に武俊さんの気が揺らぎ、俺はゾクリとする戦場で感じた暗い敵意を感じた。俺が体を硬くして身構えると、すぐに武俊さん目を瞑って動かなくなった。そして少しして目を開けた時には、平静な状態に戻っていた。
「・・・・・・・・・何時からその心算だった。報告では微塵の興味も無さそうだったんだがな」
「なかったよ。最近まで誰かさんの所為で名家の考え方や状況を知らなかったからな」
俺が薄らと視線に怒りを込めると、それに気づいた武俊さんが肩を竦めて苦笑していた。
「私は名家の事まで教えて直哉の負担や不安を増やしたくなかったんだ」
「嘘だな。武俊さんの目的は跡を継いで、父親を認めなかった奴らを見返す事だろう。だから万が一にも香織が名家の奴らと接触して、取り込まれる訳にはいかなかった。子供の俺が名家の奴らを理解しないで、頼ろうとするのを警戒したんだろう」
「ははは、私の目的はそんな子供じみた事じゃないよ。私はグループ企業で働く人達の事を考えて、現場を知らない人には任せられないと思っているだけだ」
「その言葉の全てを嘘だとは言わないが、目的は俺の言った物が正しいはずだ。死ぬ時まで血筋だけを理由に認められなかったんだろう?」
俺の確信の籠った声に、ついに武俊さんの笑顔に罅が入った。そして雰囲気を一変させ、深く暗い視線で俺を見つめ、長い年月をかけて作られた執着をまざまざと感じさせる声を出した。
「・・・・・・・・・・・何故私の目的をそう思った。其れは限られた者しか知らないはず・・・・・息子の武人ですら知らない事で、確信をもって言えるのは・・・・」
武俊さんの声を聞いた俺以外の皆は、鳥肌を立てて嫌な汗を流していた。特に武人さんは、初めて見る父親の様子に度肝を抜かれて言葉も無いみたいだ。そして俺は何とか耐えているものの、その内面まで侵食してきそうな粘つく視線と暗い闇を感じさせる声音は、ファーレノールの戦場で向けられた憎悪の視線を思い出させていた。俺の心臓の鼓動がドクンと大きな音をたてたのが分かった。
「誰でも良いでしょう。そんな事より提案があります。武俊さんは目的の為にグループ企業の掌握が必要で、其の為に香織の持つ株式が必要なのでしょう。更に言えば香織を名家の奴らにも渡したくはない。それでいいですよね」
「・・・・そうだ。だから香織を私達の手で保護する必要がある」
「香織の安全は俺達の手だけでも保つ事が可能です。だから保護は必要ありません。そして心配しなくても名家の血を引いていない俺の事を、奴らは決して認めないでしょう。だから俺達は自分を認めない奴らと手を組むことはありません。俺の提案はこうです。武俊さんとは世代が違いますし、俺達はすぐに経営をしたい訳でもない。そこで香織につくなら十五年間の経営権を任せます。その間は余程おかしな事をしない限り、自由にして貰って構いません。どうです?」
「私に下につけと言うのか?如何して其処まで譲歩しなければならない?経営したくないなら、其方が下に付くのが当然だと思うが。今なら香織については譲歩しよう。直哉は香織を渡したくないのだろう?沙月から感情の籠った報告を色々聞いているぞ、ふふふ」
含み笑いを浮かべる武俊さんを見た俺は、素早く部屋の隅に視線を向けると、沙月さんは澄ました顔で我関せずを貫いていた。後で問い詰めようと心に誓った俺は、動揺と苦渋を装って譲歩した様に見せながら、来る前に考えていた言葉を話し始めた。
「クッ、香織の事を出されたら仕方ありませんね。良いでしょう。でも香織こそが次代の後継者と周囲に言って認めさせ、俺達を現状のままにして貰いますよ。それなら喜んで下に付いて協力しましょう。むろん武俊さんがいる間は、経営が傾きでもしない限り、口は挟みませんよ」
「ふざけんな。次代の後継者は俺だけだ。お前らが後継者になるなんてありえない。まさか父さんもこんな条件を呑むんじゃないだろうな」
武俊さんが何か言う前に、激怒した武人さんが椅子を蹴倒して立ち上がり、怒声を上げてテーブルを叩いていた。
「落ち着け、私はまだ何も言っていない」
宥めようとする武俊さんだが、先程自分の立場を突き付けられたばかりの武人さんは、とても冷静では居られずに焦りの表情を浮かべて、周囲に猜疑心の籠った視線を向けていた。父親まで疑っているのは、先程の目的の話と武俊さんの様子の所為だろう。確かにあの尋常では無い様子を見せられれば、もしかすると目的の為なら息子でも切り捨てるかも知れないと思っても仕方なかった。
「此れが落ち着いていられるか。父さんは自分が力を持っているから落ち着いていられるんだ。それによくよく考えてみれば、何時も父さんは俺に力を持たせようとしなかった。現場を知っておけと言ったきりで、何年も経ったのに未だに俺は平社員だぞ。何で父さんの息子の俺がずっと平社員なんだよ。大体・・・・・・・」
自尊心が高いと資料に書いてあった武人さんは、俺の予想通りに今まで溜め込んでいた不満まで叫び始めた。資料によると武人さんは、武俊さんの息子である事を誇り、周囲を見下す傾向があるそうだ。更に父親が名家の血筋に隔意を持つあまりに、生家が名家の母や和希さんと結婚した妹と距離を置くのを見ていた所為で、女性を軽んじる行動が目立つのだ。香織に対する先程の態度も其れを証明していて、本人は気づいていないが、其の所為で人望が微妙なのだそうだ。性格が良ければ良い物件なのにと、陰で周囲の女性から言われているのだとか・・・・。
「分かったから、落ち着け。仕事については考えてやる。此処には直哉達も居るんだぞ。こんな場所でそんな醜態を晒す様では、本当に後継者ではなくなるぞ」
最後の言葉が効いたのか、我に返った武人さんはようやく大人しくなって椅子に座った。のんびりお茶を飲みながら様子を見ていた俺は、香織の顔を一瞥してから覚悟を決めて、最後の一押しをする為に口を開いた。
「ねえ、武人さん。俺は叫んでいた言葉を聞いていて不思議に思ったんですが、何で親の言葉に無条件で従っているんです?後継者と言う言葉の意味を知らないんですか?」
「親の残した物を受け継ぐ者だろうが、俺を馬鹿にしているのか」
「いえ、とんでもない。ただ後継者と言うのは親が死んでから必要になる者なんですよ。今回の場合、香織は後継者としては失格です。何故なら親の残した物を子供だった所為で、全て受け継げなかったからです。貴男は如何なんでしょうね」
「俺が受け継げないと言いたいのか。俺は父さんの息子として言われた事はやり遂げてきた。仕事の成績だって悪くはないんだ。働いてもいない子供が分かった様に言うな」
「仕事については分かりませんが、俺が言いたいのは親に言われた事だけをやっても、真の後継者にはなれないと言う事です。貴男は先程、死んだ和希さんについていた者達は、貴方達についたと言いました。其れは貴男にも言えることでしょう。武俊さんは兎も角、貴男に従うかは分かりませんよ。何と言っても今は水無月家を従えた和希さんの後継者が居るのです」
「そそ、そんな事は無い。奴らは俺にも従っている」
少し動揺しながらも強気の発言をする武人さんに、俺は意識して冷笑を浮かべて淡々と告げた。
「武俊さんに言われた事をやっていても、周りの人が貴男の力だと評価しなければ無駄です。それは貴男が後継者として立つ時に示されるでしょう。親の影響下で立場を作っても、親が死ねば偽物は終りです。その点此方が今から作る物は、全て俺達の力で作る本物だから安心です。そして俺達は此れから、和希さん達に従っていた人達にこう言って説得します。貴方達にも今の立場がありますから、今すぐ協力してくれとは言いません。武俊さんから次代に移る時に協力して頂けませんか?」
「お前ーーーーーーーーーーー」
真っ赤な顔で怒鳴った武人さんは、また椅子を蹴倒して立ち上がっていた。
「何を怒っているのです?貴男自身が彼らと信頼関係を結べていれば問題無いでしょう。結ぶ時間は今までに十分あったでしょう」
グッと言葉に詰まる武人さんに、俺は淡々と話し続けた。
「彼らに少しでも良心があれば、香織の事を少しは気にするはずですし、今従っている武俊さんを裏切るよりは心理的な負担も軽いでしょう。俺達は其の時までに自分達の力で盤石の体制を作るだけです。武人さんも早く親の影響下から出て行動しないと手遅れになりますよ」
最後の言葉を挑発的に言った俺に、武人さんは拳を握りしめてブルブルと震えていた。俺が此れで動くだろうと確信していると、威厳のある低く重たい声が響いた。
「直哉、私が勝手な行動を許すと思っているのか?説得などさせるはずがないだろう。それに武人も私の影響下から出るのなら勝手にすればいい。ただしその時は敵になる覚悟もしておけ。分かったな」
武俊さんの言葉にビクリと体を震わせた武人さんは、真っ蒼な顔で頷いていた。俺がその様子を見て次の手を考えていると、武俊さんにジロリと睨み付けられた。
「直哉の目的は私と武人の仲を裂く事だな。先程からの発言は全て私達を仲違いさせるものばかりだ」
「さあ、それは其方次第でしょう。俺の言った事は基本的には嘘ではないですし、説得しようとしているのも本当ですよ。それと武人さんは素直に言う事を聞くかも知れませんが、俺を一緒にしないでください。どんな邪魔をされても説得は必ずします。俺の訪問を止められると思っているのですか?」
「護衛組織には命じて置く。もし止められ無かったとしても、あらかじめ言って置けば問題無い」
「そうでしょうか?まあ武俊さんは其れで良いんでしょうね。問題になるのは武人さんの時ですしね」
「直哉、此れ以上は私も大人しく出来ないぞ」
不穏な雰囲気が混じり始めた武俊さんに、俺は両手を上げて降参を示してから話し始めた。
「わかりました。では最後に一つだけ、俺の提案の返事は聞いていませんが、条件は状況に依って良くも悪くもなります。今の条件は今だけです。今、この手を取る心算はありませんか?」
「無いな。此方は今、其処まで譲歩する必要を認められない。其れより今度は此方から提案させて貰おうか」
「どうぞ、聞かせて貰いましょう」
「香織が相続して持っている物を、私に預ける心算は無いか?」
「持っている物とは株式ですか?」
「それと名家への影響力と水無月家の力だ」
水無月家への言及に立っている二人が怒りを発して動こうとしたが、香織が素早く行動して大人しくさせていた。
「俺達に利が無いと思うのは気のせいですかね」
「ある。そうなれば確実に弘嗣が動く。水無月家の力も合わせれば尻尾を掴めるだろう。直哉は其れさえ片付けば、後は如何でもいいのだろう?香織への干渉も私が防ごう。そして私の監視を水無月家にさせて今まで通りに過ごせば良い」
「少し考える時間をください」
そう言って時間を得た俺は素早く考えを纏め始めた。武俊さんの言葉は嘘ではないだろう。グループ企業が一番大事な武俊さんは、俺が内部を引っ掻き回す前に出て行ってほしいのだ。和希さん達と話す前の俺だったら前向きに考えたかも知れないが、今はそれほど魅力的な提案には思え無かった。今はもう弘嗣を何とかすれば、其れで良いとは思っていないのだ。それに水無月家は仮契約の状態で、俺が平穏に過ごす事を優先したら、従ってくれる保証が無い状態だ。余計なリスクは取れなかった。
「無理ですね。弘嗣を如何にかしたいのは山々ですけど、今の俺は其処までするなら、急いで排除する必要を感じません」
「・・・・・まだ知らないのか?私が得た情報の中に、狙撃銃を手に入れて香織を狙撃すると言う物があるんだ。此れが本当なら、普通の生活をしている二人では防ぎようがないだろう。だから私に預けて欲しいと言っているんだ」
「ククク、狙撃だってよ。本当に物騒になったな、香織」
「クスクス、そうだね、お兄ちゃん。でも私達には関係ないよね。伯父さんの方こそ人の心配してないで、自分の心配をしてくださいね」
平然とした態度で話す俺達を見て、怯えると思っていたらしい武俊さんは、当てが外れたと言う顔を隠せていなかった。しかしすぐに笑う俺達の姿に、冗談だと思われていると考えたらしく、真剣な顔をして必死に説得しようとしていた。
「此れは冗談じゃないぞ。死にたくなかったら、今すぐ私に預けるんだ。預ければ命の危険はなくなるんだぞ」
「ははは、冗談はやめてくれ」
「冗談じゃないと言っているだろう」
「なら言い換えよう。くだらない嘘を吐くのはやめろ」
一瞬で表情を改めた俺は、冷たい視線と声で睨みつけながら告げた。
「預ければ命の危険が無くなると言っているが、弘嗣と裏取り引きでもしたのか?」
「何を言っている。私が裏取り引きなどするわけないだろう」
「そうだよな。なら危険が無くなるのは嘘だ。本当に弘嗣が狙撃するとしても、目的が何かは分からないだろ。極論すれば、香織の命その物が目的かも知れないんだぞ」
グッと言葉に詰まった武俊さんに、俺は畳み掛ける様に厳しい言葉を告げた。
「大方、香織の身の安全を重視する俺の心を突いて、冷静さを奪って判断を誤らせようとしたんだろ。残念だけど今の俺は、この程度では冷静さを失わない。確かに昔の俺は香織を傷つけられる事を考えて、守れないかもしれないと恐怖を感じて、必要以上に怯えていたから良い手ではあるけど、失敗した時の事を考えて置くべきだったな。俺の気分は最悪だ」
怒気に殺気が混じりそうになるのを必死に抑えながら、俺は無意識にテーブルを爪でコツコツと叩いていた。皆が俺の様子に黙り込み、恐ろしい程の静寂の中でその音だけが響き渡っていると、香織が唐突に言葉を発した。
「伯父さんは何を焦っているんですか?急いで私の持っている物や影響力を手に入れないと不味い事態なのですか?」
俺がハッとする中で香織は、武俊さんの心の内を見ようと言うのか、ジッと静かに顔を見つめていた。すぐに表情を消した武俊さんは、香織をマジマジと見つめ返すと、苦笑を浮かべて話し始めた。
「唐突に人の心の中を見透かすのは香澄に似ているな。私は小さい時から人を見透かす香澄が苦手だった。はあーーー、良いだろう。此れは昨日手に入れたばかりの、最新の情報だが少しだけ話そう。最近の名家には二つの動きがある。一つは名家の一部と弘嗣の接近だ」
「あり得ませんわ。例え一部でも彩希さんの子供では無い弘嗣を認めて手を結ぶなど・・・・・・」
動揺のあまり叫ぶ美夜さんに、首を振った武俊さんが確信の籠った声で話し掛けた。
「此れは既に昨日一日かけて、方々から確認済みの情報だ。私とて最初は耳を疑ったが、時間が経てば経つほど情報は正しいとしか思えなくなった。納得がいかないのなら水無月家でも調べれば良い」
黙り込む美夜さんに調べる様に目配せしてから、俺は武俊さんを促した。
「二つ目は何なんです」
「他の名家の本家の協力だ。抑々名家の本家は八つある。香織が継ぐ予定の須王家以外にも、御法家、間賀田家、御門家、平坂家、丹正家、波木家、そして問題の外狩家の八つだ。ただ名家と言う時は分家などの血を継ぐ家も含まれるが、真の意味での名家は本家だけで始名家と呼ばれてもいる」
「最後に言った始名家の外狩家とやらが動いていると?」
「そうだ。須王家に従う家の一つに外狩の女を妻にした家がある。その女の子供が雪城昌信と言って、今二十歳だ。香織の婿にして須王家を乗っ取る心算らしい。始名家にも序列があって須王家は三位で外狩家は八位だ。後は言わなくても分かるだろう」
「つまり始名家のごたごたまで動き始めた訳だ。参ったな・・・・」
心の底からウンザリしながらも、俺は和希さん達から、香織に関わりそうな危険な事の一つとして事前に聞いていて、この場合の対処法を聞かされていたので、まだ冷静だった。もっともその対処法は跳ね除けるだけの力を持てと言うシンプル過ぎるものだったが・・・・。
「武俊さんは今すぐ俺に従う心算は無いかな。従ってくれるのならグループ企業は全て任せるし、後継者も武人さんで良い」
「其方が従うべきだろう。それとも始名家に対して、自分が何とか出来ると思っているのか?だとしたらそれは思い上がりだぞ」
「俺が出来るかは分からないですけど、武俊さんではどうにも出来ないのは確定しているでしょう」
「いや、香織が持つ株式と影響力を手に入れて、私がグループ企業を完全に掌握すれば、名家の奴等も大人しくなるから対抗は可能だ」
武俊さんの視線には強い意志が感じられるので、本気で言っているのは痛い程分かった。だが俺が和希さんに聞いた話では、始名家とそれに従う者達の持つ力は、一代で築いたグループ企業を掌握したぐらいでは対抗不可能なのだ。本気で対抗するのであれば、此方も従う名家の人達の力を十全に使わなければ、話にならないだろう。俺はその思い違いを分からせる為に、言葉に気を付けながら話し掛けた。
「武俊さんは名家を嫌っていますから、例え従える事に成功しても、本心ではないので全力で動いてはくれないでしょう。其れでは残念ながら駄目です。今はまだ名家の力は名家の力でしか対抗できません」
「そんな訳があるか。父さんが作ったグループ企業は、名家ごときに劣るはずが無い。今現在でも名家さえ逆らわなければ十分対抗出来る」
「・・・・・・・・相手の名家の中には同規模のグループ企業を動かせる者達が普通にいますよ。複数のグループ企業と争えると本気で思っているんですか?」
「ふん、其の時は従えた名家の奴らに牽制させればいい。全力でなくても其れくらいの役には立つだろう?」
「・・・・・・・待ってください。それで始名家と争えると考えているんですか?八位の外狩家が三位の須王家に挑む以上、本気で潰しに来ているんですよ」
「問題無いだろう。私は序列三位の須王家に従う者達と争っているが、状況は互角以上で負けてなどいないぞ。だから一対一なら序列八位の外狩家に負けるとは思えない」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
今俺は言葉が出ないと言う状況を味わっていた。武俊さんは自分が彩希さんの子供で、名家の血を濃く引いている事を理解していないのだろうか?名家と争っていると言っているが所詮は内輪もめで、名家の中の三分の一ぐらいしか本気で争っていないのだ。しかもその筆頭は水無瀬家でしかなく、其の力は須王家に従う者達の中で五本の指には入っていなかった。そして其処まで思い浮かべた俺は、事ここに至って一つの決断をした。
「交渉は決裂です。グループ企業に執着し過ぎている武俊さんとは手を結べません。客観的に判断出来ないのでは、俺が守りたい物も守れなくなる。今後は敵対関係だと思ってください」
「私がグループ企業に執着している・・か・・・・。だが直哉はグループ企業を軽んじ過ぎていると思うが?香織が大事な直哉はグループ企業の事など二の次だろう」
「・・・香織の事は反論しません。でもその事は今は関係ありません。グループ企業は水無瀬家が主導して狙っていますが、その理由は手に入れて水無瀬家を五本の指に入れることです。もう少し詳しく言うと、水無月家を超える事が目的でしょう。グループ企業は名家の人達にとってその程度の物なんですよ」
「ふざけるな。父さんが大きくしたグループ企業を愚弄するな」
テーブルを拳で叩いて怒声を上げる武俊さんに、俺は眉を顰めながら厳しい視線を向けた。
「ほら、そう言う所が駄目なんですよ。武俊さんはグループ企業・・・・いや、父親の事になると冷静さが無くなってしまう。何が武俊さんを其処までさせるんです?」
「お前には分からん。父さんを真に理解してやれるのは私だけなんだ。だから私が跡を継いで、父さんのグループ企業を守り、やりたかった事を代わりに成し遂げる」
また雰囲気を一変させた武俊さんは、深く暗い視線で俺を見つめ、長い年月をかけて作られた強い思いを声に込めて叩きつけてきた。俺はその視線を確りと受け止めてから、毅然と胸を張って告げた。
「では今後は、お互いの引けない理由の為に戦いましょう。此処を出たら敵同士です。だから最後に二つだけ聞かせて貰えませんか?」
「何だ?答えるか分からないが、言うだけ言ってみろ」
「武俊さんの父親は、新條双治と言う名前で呼ばれると不機嫌になると言うのは本当ですか?俺もずっと聞いた事がなくて、最近になって名前を知ったのですが、皆は殆ど口にしないと聞きました」
「・・・・・・・本当だ。そんな事を聞いて意味があるのか?」
「いえ、ずっと名前を知らなかったので、その理由が気になっただけです。次の質問ですが、新條双治には兄弟とかいないのですか?家族構成は如何なっていますか?後から新しい伯父が出てきたので聞いておきたいんです」
「いない。新條双治は一人だ。弘嗣の事は兎も角、親も既に死んでいるから、今後おかしな親族が出てくる事は無い」
「そうですか・・・・なら良いんです。此れで失礼させて貰いますが、最後に言っておきます。先程俺には分からないと言いましたが、武俊さんは父親で俺は香織ですが、お互いに一人の人間にこだわっています。だから全く理解できない訳ではないんです。そしてそれ故に、お互いに決して引かない事も分かります」
其処まで言った俺は一度言葉を区切ると、自分の中の強い気持ちを全て込めて力強く言い放った。
「俺の思いは誰にも負けない。香織、帰ろうか」
「うん、分かった。伯父さん、私の為に行動するお兄ちゃんは誰にも負けないわよ」
香織が実感の籠った声を出して立ちあがると、敏次さんがすぐに車を出そうとしたが、丁重に断って外に向かって歩いた。俺のその背に武俊さんの窺う視線が、ジットリと注がれていた。
「さて、此処までくればもう安心かな。つけて来ている者はいないよな」
「いないと思いますが・・・・お兄様どうですか?」
「いねえよ。其れより何で俺はバイクを押して歩いているんだろうな」
ウンザリした声音に苦笑した俺は、傍に見つけた自販で買った缶コーヒーを、皆に配ってから立ち止まって話す事にした。
「二人はバイクで帰って、克志さんに今日の事を話してください。そして急いで名家の動きと、認知症だと言われている須王の現当主と、妹の彩希さんの動きを徹底的に調べてください」
「護衛に途中で去れと言う意味は分かっているよな」
「すいません。誇りなどを傷付けている事は分かっていますが、急ぎなんです。彩希さんが親族の集まりを二度にしたのは知っているでしょう。其れまでに調べて欲しいんです。じゃないと最悪の場合、後手に回る事になるかも知れません」
「チィ、分かったよ。俺達は言われた通りに帰りますが、親に報告する時に、交渉は失敗したと報告して良いんですかね?」
「いや、あちらの行動待ちだが、多分引き分けだ。元々手を組めるとは思っていなかったから、資料を読んで武人を集中的に攻撃した。仕込みは終わったから武人は動くだろうし、武俊さんも俺に説得されない様に動くだろう。普通なら疑る必要は無いけど水無月家が動いたから、もしかしたらと不安になっているはずだ」
「良い性格をしていますね、直哉様。確かに武俊様についたとはいえ、優遇されている訳ではありません。その上で行動を制限されたり、疑られたら・・・・・・」
「はい、其処までだ。誰が聞いているか分からないからな。本当はこういう話はしない方が良いんだが、したのは信用している証だと思ってくれ」
「信用ねえ、なら最後の質問の意図を教えてくれるか?昔親父が調べていた事と関係あるんだろ」
「調べた事の内容は知っていますか?」
「いや、調べた当事者しか知らない。俺が知っているのは新條双治について調べていた事だけだ。親父は珍しく俺にも教えなかった」
「なら克志さんに聞いてください」
「・・・・・・親父が言う訳無いだろが・・・・。お前が何か知っている事は、報告するからな」
「構いません。知られて困る事では無いですから」
今にも舌打ちしそうな表情をした貴志さんは、バイクに素早く乗って美夜さんに声を掛けた。
「行くぞ美夜」
「はい、では直哉様、香織様、失礼します。ああ、最後に一つ言い忘れていました。沙月さんと私はライバルの様な関係ですの。一緒に働かせるのなら気を付けてくださいね」
美しいけどゾクゾクする笑みを見せた美夜さんは、俺の返事を待たずにバイクに飛び乗った。すぐにバイクが発進して、音を響かせて見えなくなった。
「・・・・・おい、ヘルメットかぶって無いぞ」
瞬く間に見えなくなった背に、唖然として呟いた俺の声がむなしく響いた。
二人と別れて人の気配がしない所で、家の近所の小さな公園に転移すると、香織が言い難そうに話しかけてきた。
「ねえ、お兄ちゃんの事だから必要だからしたんだと思うけど、武俊さんと武人さんの親子の関係が修復不可能になる事はないよね。私・・・・・」
「安心しろ。全てが終わった後で、ちゃんと手を差し伸べる心算だ。香織が家族と言う関係を大事にしている事は、俺が一番わかっている」
「うん、そうだよね。ありがとう、お兄ちゃん」
心が温かくなる微笑みを浮かべた香織に、俺は頭を撫でながら耳元でそっと告げた。
「武俊さんのあの様子を見れば分かると思うが、あのままじゃ良くない。其処ら辺もついでに何とかしようと考えている。だから香織も手を貸してくれ」
「うん、任せてお兄ちゃん」
明るい笑顔を見せた香織を眺めながら、新條双治は一人だと言う武俊さんの言葉を思い浮かべていると、シグルトとフレイのジッと見つめる視線が突き刺さった。
「二人が仲良くしていて、幸せそうなのは良い事なんだ」
「そうですわね。でも何だかこの頃、私達の扱いがぞんざいな様な気がしますわ」
「生死を共にする契約相手にも、二人の幸せを分けても罰は当たらないと思うんだ」
「・・・・・・何が望みだ」
「鈴凛堂のケーキで手を打ちますわ。ああ勿論、丸いのでお願いしますわ」
「ちょ、待て、いくらすると思っているんだ」
「お兄ちゃん、ごちそうさま」
「かか、香織ーーーー」
一瞬で手の平を返した香織が、非難の矛先から逃げて敵に回っていた。俺がシグルトに目配せして助ける様に要請したが、微笑みと共に首を振られてしまった。
「はあーーー、分かったよ。一つだけだからな」
「やりましたわ」
フレイの勝利宣言に俺は、ガックリと肩を落としてトボトボと家に向かった。家で待っていた両親がその話を聞いて、甘い物が好きな母さんに父さんが同じ目に遭う事を今の俺は知らなかった。
次話の投稿は21日の19時以降を予定しています。
少し早く投稿出来たのは新しく評価して頂いて、嬉しかったからです。ありがとうございます。気分で書く速度があがるとは、正直に言って思っていませんでした。
読者様の反応が分かると、やる気がでますので、よろしければ感想などを頂けると幸いです。では今後ともよろしくお願いします。




