妹と両親
「香織、少しは落ち着きなさい」
お兄ちゃんが異世界に行ってから長い時間が経ち、私は今か今かとお兄ちゃんが帰って来るのを待ち構えていた。
「直哉なら無理はせず、香織の元に帰って来るから大丈夫だ」
お母さんに続きお父さんにまで言われ、私は深呼吸をして心を落ち着ける事にした。
「危険の対処は大丈夫だと思うけど、お兄ちゃんは料理も出来ないし、普段は結構抜けているんだから・・・。まあいざという時は頼りになるけど」
「龍の方々が里では助けてくれると聞いているから大丈夫でしょう」
確かにお母さんの言う事も分かるのだが、私の感情が納得しないのだ。今はお兄ちゃんが嫌がるから料理だけだが、いずれは部屋の掃除も洗濯も私がやると心に決めているのだ。今もお兄ちゃんの為に作った料理が、テーブルに乗っている。レンジでチンすれば、何時でも食べられるのだ。
「私がいない間に、お兄ちゃんにおかしな人間が近寄らないかも心配何だから」
クスクス笑う両親にキッと視線を向けると、お父さんが苦笑しながら話しかけてきた。
「人間なんて言って隠さなくても、直哉は俺の子だし、女が寄ってくるとは思えないな」
「まあ、確かに直幸さんは、女の気持ちの分からない鈍感な人だったものね。ふふふふ」
お父さんがお母さんに笑われて顔を引きつらせているが、両親はお兄ちゃんの事を分かっていないのだ。
「二人とも分かってない様だけど、お兄ちゃんはモテるんだよ。私が知っているだけでも片手じゃ足りないんだから」
両親はポカンとした顔をした後、好奇心に突き動かされて質問してきた。
「冗談じゃないのか?直哉がモテるとは思えないんだが?」
「人が困っていると助けているのよ。男女問わず助けるから男達も妬めず、女達には下心が無いから人気が高いんだよ。出来る限り私が傍に居て牽制しているし、私の存在が女子の会話の中で流れているから、告白されないけど大変なんだから」
「あらあらあら、香織も素直になったのね。直哉の事に対処していると告白するなんて」
お母さんの言葉で自分の口が滑った事に気づき、顔に血が上るのを自覚した。異世界に行って心配をかけたお兄ちゃんの所為だ。帰ってきたお兄ちゃんに何かねだろうと決めた。
「わわ、私の事は良いの。兎に角お兄ちゃんは、お父さんと違ってモテるんだから」
私の言葉にお父さんが地味に傷ついた様だ。心の中で詫びつつ話を続けた。
「其れにお兄ちゃんは成績だって上位だし、運動も得意でしょ。本当に優良物件なんだよ。まあ一部女子が怪しげな噂を聞いて、玉の輿を狙っていて不純な奴もいるけど、私が完璧に排除しているから大丈夫だよ。うふふふふふ・・・」
噂と聞いて眉を顰めた両親は、黒い雰囲気を発して笑う私を見て、家の娘は困った者だと思って口元を歪めている様だ。だが私もお兄ちゃんの妹として、やるべき事に手を抜く事はないのだ。
「しかし直哉が女の扱いに慣れているとは思えないのだが?」
「そんな事ないよ。髪を切ったらすぐ気づいて褒めるし、小物を変えたりしたのも、すぐ気づいてくれると評判なんだよ。髪を切ったんだ、よく似合っているよ、とか平然と口にするんだよ。あんな行動は止めて欲しいんだけどな」
「香織、気づいていないのかしら、貴女の所為でしょう?髪でも服でも変えたらすぐ直哉に感想を求めていたでしょう。だから直哉は鍛えられて、口から褒め言葉が簡単に出る様になったに決まっているでしょう。むしろあれだけ求められて、何も学ばない方が問題になるわよ」
お母さんの言葉に、私の顔が羞恥で赤くなる。そんなに褒めて貰っていただろうか?そんな心算は無かったのだが。
「成る程、納得した。香織に鍛えられた訳か。俺には兄弟はいなかったからな。俺も姉や妹がいればモテたのかもしれないな。勿体無かったな」
「あら、直幸さんは他の女にモテたかったのですか?認識を改める必要がありそうですね」
「いや違う違う、一般論の話に決まっている。おおおお、俺は沙耶だけに決まっている」
お父さんはそう言うが、お母さんも私もテレビや本で、胸の大きな女性を見て顔を緩ませているのを知っているのだ。小さかった私がその事をお母さんに告げると、知らないふりをして、時々釘を刺すくらいが丁度良いと言われた。その言葉から「私のお兄ちゃんはそんな事しないよね」を完成させたのだ。此れを言うとお兄ちゃんは行動を改めてくれるのだ。乱用すると効果が薄れるので滅多に使わないが、他にも直哉はお父さんの息子だから、似ているかも知れないと、色々お母さんから教わったものだ。
「沙耶、ここ等で勘弁して貰えないだろうか?」
「次の休みは二人になる可能性が高いから、その時直幸さん持ちで食事に行きましょう。臨時収入もあったみたいだし」
お父さんは何故知っていると驚愕の表情をした後、ガックリと肩を落とした。そして此のままでは不味いと思ったのか、さり気無く話題を変えてきた。
「香織も契約する心算だよな。反対は無駄だと分かっているからしないが、異世界では何が有るか分からないから、絶対に直哉から離れるなよ。いいな」
「そうね、香織は女の子何だから、気を付けて置くに越した事はないわ」
「お兄ちゃんが一緒だから大丈夫だよ。其れより私の契約相手は何かな?やっぱり龍かな?聞いた話だと天狐は人化出来るから止めて欲しいな。美女に成られたら困るし」
「まだ一度目だから契約相手を連れて来れるとは限らないぞ」
お父さんは連れて来れない可能性を考えている様だが、お兄ちゃんは必ず約束を守って連れて来てくれるとの思いは揺るがなかった。今まで私が本気で頼んだ事は、必ず叶えてくれたのがお兄ちゃんなのだ。今回も問題無いに決まっている。
「香織の期待を背負って直哉も大変ね。でも香織は程々にして置かないとだめよ」
私の表情を見て考えている事が分かったのか、お母さんが鋭く忠告してきた。私も理解はしているのだ。お兄ちゃんは超人では無いのだから、不可能な事は多々あるのだ。でも過去から今まで、ずっとお兄ちゃんに守られている私にとって、お兄ちゃんは特別で変えようとしても変えられないのだ。
「しかし話していたら小腹がすいてきたな。其処のから揚げを一つ分けてくれないかな」
「駄目に決まっているでしょ。これはお兄ちゃんのご飯なんだから、お父さんはお母さんの料理を食べててよ」
お父さんがさり気無く聞いてきたが、私は冷静に却下した。私の料理はお兄ちゃんの為に作られているから、テーブルの上には、お兄ちゃんの好物が並んでいる。心が籠った私の手料理を一つとて渡せるはずが無い。
「前の時は味わえ無かったんだから、一つくらいくれても良いだろうに・・・・」
「分かっているでしょう、香織の手料理を食べれるのは直哉だけなのよ。私の料理で我慢しておきなさい」
お父さんはため息を吐きながら頷いていた。時計を見ると話をしている間に一時間経った様だ。私達は皆で話をしていても、やはりお兄ちゃんの事が心配で、時々時計をチラチラと見ていた。本当に早く帰ってきて欲しい。そう強く思っている時に、お兄ちゃんがファーレノールに転移した所の床が光始めた。私の表情が変わったので両親も気づいた様だ。光が段々強くなりお兄ちゃんとシグルト、そして真紅の羽の鳥が現れた。私はお兄ちゃんだと気づいた瞬間飛びついていた。
「お帰りお兄ちゃん」
お兄ちゃんは驚いていたが私の頭を撫でると優しく声を掛けてきた。
「ただいま香織、心配をかけたけど約束は守ったよ」
その言葉で私の心の不安は無くなった。