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契約者達と香織の両親

 「武俊様、昨日に引き続き、今日もポケットに紙が入れられていました。独断ですが、此れ以上は不味いと思い、増員した者達を引き揚げさせました」

 「フゥ、何時から家の者達は、子供が雇った護衛とやらに負ける様になったのかな?それで、まさかとは思うが、昨日と同じで気づけなかった訳ではないだろうな」

 「申し訳ありません。注意していたのですが、何時入れられたのかも、護衛の姿も不明です。此れが今日の物です」

 私の厳しい視線に晒された敏次が、強張った顔で紙を渡してきた。紙を見て見ると、其処には昨日より厳しい表現が使われていた。

 「此れ以上はお互いの為にはならないぞ。引き際を誤る者では無い事を祈っている、か・・・・。・・・・確かに気付けなかったのなら、大人しく引いた方が良さそうだな。しかし此れが直哉の筆跡なのは本当か?」

 「はい、私はノートを見た事がありますから、断言できます」

 確信に満ちた声音に、私は手に持った紙をマジマジと見つめる事になった。

 「娘が未熟なので見つけられないのかと考えましたが、如何やら私の思い違いだった様です。何者か分かりませんが、とんでもない手練れです。悔しいですが相手の方が上手でしょう」

 敏次の声音に戦慄の響きを感じた私は、昔会った子供の姿を思い浮かべて首を傾げていた。

 「昔会った時に、確かに子供にしては行動力があり、危険な存在になるかも知れないとは思っていた。しかし報告されていた事に間違いが無かったのなら、如何考えても此処までの事が出来る様になっているとは思えないし、何よりこういう事が出来る様にならない様に監視していたはずだ」

 私が沙月に厳しい視線を向けると、彼女は身を強張らせて震えていた。

 「武俊様、娘だけでは無く他の者の報告もあります。おかしな所は無いので、報告は正確で監視体制に落ち度は無かったと断言できます」

 「そうだな。私も報告を受けて、今まではそう思っていた。だが今の現実を考えると、何処かに不備があったとしか思えない。フゥ、しかし直哉達は、一体どこで手練れの護衛と接触したのだ?それに敏次に上手と言わせる程の者を雇うとしたら、それ相応の大金を積まなければならないはずだ。そんな大金を動かしたなどと、私は報告されてはいないぞ」

 「その様な大金は香織様しか持っていないはずですが、動かした形跡はありません。護衛の話を聞いてから色々と調べ直しましたが、生活に異常は見られませんでした」

 「フゥ、其れでは結局何も分からないと言う事では無いか・・・・」

 私は今まで監視していて知らない事は無いと思っていた直哉達が、一瞬で何も分からない未知の存在になった事で、心に冷たい刃が突き刺さった様な気分を味わっていた。

 「今母上が何故か直哉に興味を持っているのは知っているな」

 私の低い声に敏次達は神妙に頷いたのだが、ずっと発言をしなかった息子の武人が一人で笑い声をあげた。

 「ははは、父さんはお婆様が怖いのか?確かにお婆様の影響力は馬鹿に出来ないが、俺が香織と結婚すれば如何にでもなるだろう。父さんは警戒し過ぎじゃないのか?」

 「武人、この場に居るのに黙り込んで、興味無さそうに聞いていると思っていたが、そんな短絡的な事を考えていたのか。確かに結婚出来れば良いが、出来ない可能性もあるのだぞ。報告を見る限り、直哉が大人しくしている可能性は皆無だぞ」

 「其の直哉に何が出来るんだよ。香織の義兄らしいけど抑々一族じゃないだろ。父さんは警戒している様だけど、どうせ一族の集まりでは発言権さえないだろ」

 「お前は何を言っている。香織がついている以上、其れを背景とした発言権があるだろう。更に言うと、最悪の事態なら母上が動く可能性もある」

 武人は肩を竦めると、嘲笑を浮かべながら軽い口調で言い放った。

 「父さんもだけど、香織って女は状況を理解出来ない程馬鹿なのか?普通に考えて俺達と敵対したら、両親が死んでいて後ろ盾のない香織は終りだろ。親の事を知れば弘嗣の奴と手を組む心配も無いし、何より香織の親についていた奴らは、既に俺達についているんだぞ。奴らも今更裏切る程馬鹿じゃないし、孤立無援の状態を知れば大人しくなるさ。それに未成年だから出来る事も限られるだろ」

 武人の言う事は確かにそうなのだが、其れはあくまでもグループ企業内の勢力争いを前提とした考え方だ。私が直哉を警戒しているのは、香織の為にグループ企業自体を気にしないで動く事なのだ。武人には私達が争っている物を、歯牙にも掛けない存在がいるなど想像もしていないのだろう。其れに香織は名家の本家の和希の子供で、其の血筋には意味がある。今私がそれらの事を告げたとしても、武人には直哉と香織に会うまで理解出来ないだろうと考えた。そして私は唐突に、結局の所直哉と香織に会わなければ何も分からず、始まらないと気づいてしまった。

 「敏次、沙月、木曜日は直哉と香織を車で別宅に案内してくれ。あの別宅は、結婚する前に香澄が使っていた物だから、そこで話をしようと思う」

 「了解しました。私が車で学校まで迎えに行きます」

 「学校で会った時に伝えておきます」

 二人の返事に満足していると、無視されたと思ったのか、武人がムッとした様子で口を挟んで来た。

 「父さん、俺も行くからな」

 「すきにしろ。お前の考え通りになるのか試してみるんだな」

 更にムッとした顔をする武人を見ながら、私は会った時の直哉の目を思い出していた。その目の中には狂的なものが窺えたのだ。直哉は香織の様子を知って、引き取るのを止めたと思っているだろうが、私は直哉の様子を見て引き取るのを止めたのだ。そしてすぐに直哉が暴走しても処置できる様に、護衛と同時に監視して掌握していたはずだった。しかしよりによってこの重要な時期に、手の平から逃げられるとは思っていなかった。自分の顔が苦笑いになっている事を自覚しながら、会った時の対応に頭を悩ませていた。


 昨日に引き続き、二度目の忠告をしてから家に帰って来た俺達は、香織の手料理の夕食を皆で食べていた。

 「いやー、娘の手料理は美味しいな」

 「そいつは良かったな。父さんは次に何時食べられるか分からないから、一口ずつ味わいながら食べると良い」

 「おのれ、此れだから何時でも食べれる奴は・・・・・・・」

 歯ぎしりして悔しがっている父さんを見て、皆は苦笑しながら食事を楽しんでいた。のんびりとした雰囲気が続き、冗談を口にしながら皆が食事を終えようとした時、俺は気持ちを切り替えて真剣な顔で話を切り出した。

 「今日此れから大龍玉を使って過去から魂を召喚しようと思う」

 一瞬で父さんと母さんの顔色が変わり、場の雰囲気が硬くなって香織が不思議そうに首を傾げていた。

 「直哉、私は直幸さんから聞いたばかりなのだけど、そんな事をして現実に影響は出ないのかしら?」

 「召喚する為には大龍玉を使って時間軸から切り離した、特別な空間を作って維持する必要がある。召喚したものは其の空間の中でしか維持出来ず、出た瞬間に消滅する事になるから、良くも悪くも影響を与える事は出来ない。母さんが心配している様な変化は起こらないと断言する」

 俺の言葉にシグルトが勢いよく頷いているのを見た母さんは、深い安堵のため息を吐いて体から力を抜いていた。

 「ねえ・・お兄ちゃん・・・過去から魂を召喚すると言ったよね。・・・それって、もしかして・・・・・」

 俺の言葉の意味に気づいた香織の顔に、動揺と微かな期待が見受けられた。俺は頷いてから視線を合わせて静かに告げた。

 「香織の両親が生きていた時の時間から、二人の魂を召喚する。触れる事は出来ないが、会話はする事は出来るぞ」

 香織が目を見開き、激しく動揺するのが分かった。肩に手を置いて、香織が落ち着くのを待った俺は、自分を見つめる視線を感じて振り向いた。すると其処には何かを言おうとして、躊躇しているルードルが佇んでいた。

 「言いたい事があるなら聞くぞ」

 俺がそう声を掛けても、なお躊躇しているルードルに、此れはただ事ではないと思って、近づいてから耳元で囁いた。

 「今なら親の護衛をして貰っているから、無下にはしない。俺が出来る事なら全力で手を貸すぞ」

 「・・・・・僕の母も死んでいる。魂を召喚して話す事は可能か?」

 ルードルの弱弱しい声音の言葉に、フレイがハッとして見つめるのが分かった。

 「・・・・・・・召喚するのならファーレノールで行う事になるが、絶対の成功は約束出来ない。此の魔法は遡る過去の年月が長い程魔力を消費する。対象が生きていた時間まで、遡れるだけの魔力が無いと如何にもならない。長く生きる魔狼の事だから、百年二百年で死んだのではない可能性の方が高いと思うんだが・・・・・如何なんだ?」

 「千年以上前の事だ」

 「千年か・・・・。強化を使って如何にかするしかないな。成功の確約は出来ないが、試してみる事は約束しよう。それで良いか?」

 「ああ、十分だ。・・・・・・その時は父も呼びたい」

 「分かった。いずれ魔狼と交渉する事になるから、その時に里に行く事になるはずだ。其の時に行おう」

 神妙に頷くルードルに香織が近づいて、優しく頭を撫でて話し掛けていた。その会話の内容から、香織はルードルの母親が死んでいるのを、知らなかった事を気に病んでいるのが窺えた。親を失った者同士、分かり合う所があるらしく、お互いを気遣う姿を見て、言葉に出来ない気分になった俺は、シグルトを抱えて訓練に使っている部屋に移動してから、素早く準備に取り掛かった。


 「シグルト、此れで良いのか?」

 「強化した大龍玉は其処で良いんだ。でもこの魔法陣はファーレノール用の物だから、この部分を変更しないと駄目なんだ」

 「アッ、そうか・・・そうだよな」

 シグルトに指摘された部分を書き換えた俺は、唖然と立ち尽くしている両親の方に向いて話し掛けた。

 「今から始めるから、少し離れていてくれ」

 「ああ、分かった。しかし直哉の今の行動を冷静に見ると、痛い奴にしか見えないな」

 「そうね。この年の息子が真面目な顔で、床に魔法陣を書いている姿を見るとは思わなかったわ」

 母さんの視線に含まれている何かが心に突き刺さり、俺はその事に気づかない様にさり気無く視線を逸らして、厳かな声で古代魔法を使って儀式を始めた。

 「時空よ、空間を隔離し、時の戒めから内部を解き放て」

 隔離された空間で魔法陣が明滅し、強化大龍玉から恐ろしい程の力が解き放たれて、すぐに消費されていった。その勢いは俺の予想以上で、驚きながらシグルトに尋ねる視線を向けた。

 「ファーレノールと違って魔力が少ない世界だから消耗が激しいんだ。でもまだ一割程度だし、其の内安定するから問題無いんだ」

 シグルトに頷いてから暫く見続けていると、ようやく力の放出が安定してきた。俺はすぐに儀式を続ける為に声を響かせた。

 「空間よ、固定し、安定せよ。空間よ、清浄なる大気を生み出し、満たせ。時絶ちの空間」

 場の雰囲気が一変して、身が引き締まる様な雰囲気に変わった。今この空間は、過去、現在、未来の何所にも存在しない、時間の概念が通用しない空間になったのだ。皆が雰囲気に呑まれて緊張する中で、タマミズキだけが心地よさそうに寛いでいた。そして俺だけに聞こえる様に小声で話し掛けて来た。

 「天狐の聖地を思い出すわ。・・・・まさか力で聖地に似た空間をつくるとは思わなかったわ」

 「天狐に聖地があるとは初めて知ったな」

 「フフフ、異世界で無かったら口にしていないわ。聖地は天狐にとって禁断の地でもあるから」

 タマミズキの笑い声と言葉にゾクリとする物を感じた俺は、自然と背中に冷や汗を掻いてしまった。今俺は知ってはいけない事を知ってしまったのかも知れないと、心底から後悔しかかっていた。

 「直哉、もう召喚出来る様になったんだ。強化大龍玉の力の消費は、最終的に一割五分で済みそうなんだ」

 「予定よりかなり消費したな・・・・。まあ良い、其れより香織は心の準備は済ませたか?」

 「うん、初めは突然で戸惑ったけど、もう心の準備は終わったよ、お兄ちゃん」

 香織の毅然とした声を聞いた俺は、一度深呼吸して緊張を解してから、最後の仕上げにかかった。

 「時空よ、時を超越し、我が望みしものを召喚せよ。時空召喚」

 最後の言葉と同時に、俺の中の魔力が恐ろしい勢いで消費されていった。今まで体験した事が無い消費速度に、眩暈を起こしてふらついてしまった俺を、香織が横に来て腕を掴んで支えてくれた。其のままの体勢でジッとしていると、唐突に魔力の消費が収まった。そしてすぐに薄ぼんやりとした影が現れ、輪郭を作って人の姿になった。

 「ヌッ、此れは夢か?其れとも私は死んだのか?」

 「あら、私はどうなったのかしら?確か・・・・・・」

 状況が分かっていない男女の声が響いた時、横に居た香織が万感の思いを込めて、涙を流しながら叫んだ。

 「あああああ・・・・お父さん、お母さん・・・・グスグス」

 その声で此方に気付いた二人は、不思議そうに泣く香織と横で支える俺を見つめて来た。

 「ムッ、お父さんとは私の事かね?生憎と私の娘はまだ子供で、泣いている御嬢さん程美人ではないのだ。まあ時が経てば、美人になるのは香澄の娘だから確定している事だが、ははは」

 自分の娘だと気づかずに、真顔でそんな事を言って笑う男を見て、俺は常識的に考えて仕方がないのかも知れないが、香織の気持ちを考えると、気づけ馬鹿と言いたくなってしまった。一方女性の方は泣いている香織の顔をマジマジと見て、驚愕している所を見ると、自分の娘だと気づいたみたいだった。

 「・・・・・・・・・・香織なの?」

 「ううう、うん、そうだよ、お母さん」

 震えて今にも消えそうな声の香織の返答に、男が目を見開き愕然として立ち尽くし、香澄さんは驚きながらも近づいて来て、泣く娘の涙を拭おうとして頬に触れた。しかしその手は顔を貫いてしまい、お互いに凍り付いた様に固まってしまった。やれやれと思いながら二人を見た俺は、二人が似た表情をして凍りついている事に気付いた。笑みを漏らした俺は、流石に実の母娘だなと妙な処で納得ながら、香織の手を引いて二人を引き離した。そして引き離してすぐに、また感極まって泣き始めた香織を抱きしめ、頭を撫でて落ち着かせようとした。

 「お兄ちゃん・・・・・お父さんとお母さんが・・・・・」

 「ほら、折角両親と会えたのだから、泣いていないで話しをしよう。成長した香織を二人に見せて、安心させよう。それにずっと維持出来る訳じゃないから、時間を無駄には出来ないぞ」

 グスグスと泣いていた香織が泣き止み始めたのを見て、俺は泣く自分の娘に触れられず、何とも言えない顔で居心地悪そうに佇んでいる二人に、そっと静かに話し掛けた。

 「俺は直哉と言います。其の名を聞いて誰か分かりますか?」

 「直幸と沙耶さんの子供の名だ」

 「はい、その直哉です。今は香織の兄でもありますが・・・。さて今御二人は、状況が分からずに混乱していると思います。香織が落ち着いたら一緒に状況を説明させて貰いますから、もう少し時間をください」

 そう言った俺に緊張しながら頷いた二人は、俺達の様子をジッと見つめて静かに待っていた。暫くしてからようやく落ち着いた香織は、自分に向けられる両親の視線が恥ずかしくなったのか、パッと勢いよく俺から離れた。

 「ごめん、お兄ちゃん。もう大丈夫」

 「よし、なら二人に説明するから協力してくれ」

 頷いた香織は傍に来ると、俺の手をさり気無くそっと握ってきた。俺は仕方ないなと思いながら、そのまま二人に向き直って、香織と協力して大まかに状況を説明し始めた。

 「まず龍や魔法と言う言葉が出てきますが、からかっている訳では無いので、質問や反論があっても最後まで話を聞いてください。此処は魔法で創った空間で・・・・・・」

 前置きをした俺と香織の話が進むにつれて、二人の顔色が変わっていき、雰囲気が重苦しくなっていった。

 「・・・・・・・・私達は既に死んでいて、今の私達は過去から魂だけ召喚したと言うのか?はあー、未来はそんな事が出来る世界になったのかね?」

 「先程言った様に、異世界の龍のシグルトと契約して得た、時空魔法で行っています」

 「はあーー・・・・・君が直哉で香織や龍が横に居なければ、愚弄されていると思っただろうね」

 「和希さん」

 「分かっているよ。あっちに老けた親友がいるのを見れば疑う事も出来ない」

 「ふん、羨ましいか和希。生きている俺は順調に老けているぞ」

 視線を交わした父さんと和希さんは、ジーーーーーとお互いの顔を見続けていた。その様子はお互いの間に横たわった時間の流れを、ジッと耐えて受け入れている様に見えた。そこに親友同士にしか分からない、二人だけの空間が出来たので、俺はふと周囲を見回した。すると何時の間にか香織が、香澄さんや母さんと穏やかに話をしているのが見えた。香織の顔に笑顔があるのを見てホッとしていると、和希さんの声が聞こえた。

 「香織を此処まで育ててくれた事に感謝する」

 真剣な顔で和希さんが頭を下げて告げると、父さんは肩を竦めてニヤリと笑って告げた。

 「俺は何もしてないぜ。先程の様子を見れば分かるだろうが、香織の世話をするのは直哉だけの特権だからな。俺も殆ど食べれない香織の手料理を、直哉の奴は一人で何時も美味しそうに食べてるぜ」

 和希さんが複雑そうな顔をして此方を見たので、俺が何を言われるかと身構えていると、香織と話していた香澄さんの驚きの声が響いた。

 「もう香織は沙耶に悪影響を受け過ぎているわ。そんな事したら男に逃げられるわよ」

 「ええー、でもお兄ちゃんはお父さんと基本的な部分が同じだから、此の方法が一番だって聞いたわ。実際に効果あるし、大体、他の男なんてどうでも良いのよ私は」

 「ふふ、香澄には悪いけど、香織に必要なのは私の実践済みの管理方法なのよ」

 声が大きくなっていて、俺達が聞いている事に気付いた香織達は慌てて声を潜めた。しかし俺達は其々何とも言い難い複雑な気持ちを抱える破目になった。

 「香織にお父さんと呼ばれているんだな・・・・・・・」

 ポツリと零された和希さんの独り言に、父さんは頭を掻いて静かに告げた。

 「其れだけの時間が経ったんだ」

 たった一言だったが、その言葉は何よりも重く重く響いた。重苦しい沈黙が訪れて、不自然な程明るかった香織達の雰囲気も、一瞬で幻の様に消え去った。俺が香織達が意識して作っていた雰囲気をぶち壊した父さんを睨むと、和希さんが俺達を見回してから首を振って声を出した。

 「召喚には手間暇かけたのだろうし、何か私達を召喚した理由があるのだろう」

 「はい、聞きたい事や話したい事があります。香織、悪いが少しだけ二人の時間を貰うぞ。香織は此処で待っていてくれ」

 「え?お兄ちゃん、私も一緒に・・・・・・」

 「俺の事件の話もするから待っていてくれ。折角両親と会話出来るんだから、香織には今日くらいは嫌な話は聞いて欲しくないんだ。な、頼むよ」

 「お兄ちゃん・・・・・・・・・・・・」

 香織が黙ったので、俺はシグルトと共に香織の両親を伴って移動した。そして決して話を聞かれない様に、俺達の周りを厳重に隔離した。

 「時間が無いので単刀直入に伺います。俺は御二人を死ぬ直前から召喚しています。御二人の死は事故ですか?それとも・・・・・・」

 俺の発言に顔を歪めた二人は、ジッと考え込んでしまった。

 「・・・・・・・今考えて見るとあのトラックはブレーキを踏んでいなかった様な気がする」

 「そうね。其れにわざとだと言われると否定出来ないわ。良く考えると私達の乗っていた車が近づいてから、挙動がおかしくなった様な気もしてきたわ」

 二人の言葉を聞いた俺は、やはりそうなのかと失望を隠せなかった。俺は疑いながらも、心の中では唯の事故であって欲しいと考えていたのだ。香織に如何言えば良いかと考えて、暗い気分になっていると、和希さんが話し掛けて来た。

 「君がそう言う発言をするからには、何か理由があるのだろう。香織に聞かせられない部分を話して貰え無いかな」

 頷いた俺は自分の予測も含めて全てを話した。話しを聞いた二人は目配せすると、チロチロと俺の様子を窺いながら、小声でぼそぼそと相談していた。暫くして話しを終えた二人は、表情を厳しいものに変えて話し掛けてきた。

 「直哉君、香織が相続した物の中には、私達や父さんが持っていた株式もあるわよね」

 「はい、事件があった事で、邪魔も入らずに全て相続したと聞いています」

 「なら私の認知症?の父が持っていた物が、今どうなっているのか調べた方が良い。私は一人息子だから相続権は香織にある。そして私の知る限り父が持っていた分を合わせると、二十五%を超えるはずだ」

 ギョッとする俺に追い打ちをかける様に香澄さんが告げた。

 「後はお母様と私達についていた何名かの説得をするべきね。それで四十%を超えるはずよ」

 「ちょちょ、ちょっと待ってください。俺はグループをどうこうしようとは思っていません。事件の全容を明らかにして、香織が狙われなくなればいいんです」

 俺の言葉に更に表情を厳しくした二人は、叱責する様な口調で話しかけてきた。

 「甘いわ直哉君。そんな事じゃあ香織は守れないわよ。お母様の生家で和希さんの継ぐはずだった家は、名家と言える家系で、しかも本家よ。その血筋を主家とする分家などが数多くあるし、分家の者達は香織が権利を放棄しても付きまとって来るわ」

 「君には分からないかも知れないが、私も香澄も結婚するまで付きまとわれていたんだよ。奴らにとっては自分の家にその血を入れる事が、箔を付ける事に繋がるんだ。後ろ盾のない香織は格好の獲物になるし、やりように依っては本家を乗っ取れる機会でもあるんだ」

 「いや、待ってください。例えそうでも結婚すれば収まるのでしょう。其れくらいの間なら如何とでもなるはず・・・・」

 焦った俺が二人の言葉を否定しようとして、苦し紛れに言った言葉に、二人は首を振って沈痛な表情で告げた。

 「君には言い難いけど、結婚したからだけでは無いんだ。私達はお互いが名家の血を引いていて周囲も黙らないといけなかったんだよ」

 言葉を聞いた瞬間に理解した俺は、自分でも気づかない内に手を強く握りしめていた。親同士が親友なだけで、俺の家は名家などではなく、大金持ちでもないのだ。自分では結婚しても周囲を黙らせる事が出来ないと突き付けられた俺の耳に、香澄さんの感情を押し殺した厳しい声が聞こえた。

 「お母様とお父様の結婚も、お爺様が決めた政略結婚なのに、下賤な血と言って反対する者が大勢いたそうよ。お父様が会社をグループ企業にまでしても、そう言う人達は血筋だけで判断して、最後の最後まで認めなかったのよ。兄さんがその事でよく苛立っていたわ」

 「確かに奴らはそうだったな。しかし今まで香織に、そう言う意味での接触が無かったのが異常だな」

 「其れは多分、兄さんの仕業でしょう。和希さんの血を引く香織の血は兄さんより格上よ。もし奴らに接触して香織が取り込まれたら、兄さんにとっては最悪だわ」

 「そうだな、其れに他にも・・・・・・・・・・・・」

 次々と語られる言葉に、俺は認識の甘さを露呈させられて、ドンヨリと落ち込みそうになっていた。まさか此方の世界で、名家の血と言う考え方に接しなければならないとは、微塵も考えてもいなかったのだ。血統という覆せないものに立ち塞がれた俺は、向こうでは王になるんだが・・・と考えて、現実逃避しそうになってしまった。だが唐突に此方の世界で此れだから、俺が王になる時の向こうの貴族の反応は、もっと煩わしいのだろうと想像出来てしまい、余計にドンヨリと暗い気分になってしまった。

 「まあそう落ち込むな。立ち振る舞いと対処方は私が後で教えよう。其れより今は二人で話した時に浮かんだ疑念について話したい。まず一つ目の疑念だが、私の父は何時から認知症なんだ?抑々本当に認知症なのか?息子の私に言わせると、あの父が認知症などと言われても悪質な冗談にしか聞こえないんだよ」

 「知ったのは二日前ですが、先程話した通り彩希さんが面倒を見ているそうですから、嘘では無いでしょう」

 「お母様もグルの可能性が抜けてるわよ。あの二人なら周囲を騙すぐらいは平然とするわ。自分の母親だけど油断して良い人じゃないわ」

 自分の母親の事を語る目つきとは思えない程鋭い視線に、俺が冷や汗を掻いていると、更に視線を鋭くした香澄さんが冷え冷えとした声を出した。

 「それと二つ目の疑念になるけど、毒を盛られたはずの兄さんが、何で後遺症も無く生きているの?毒を盛られたら死ぬのが当然で、後遺症も無いなんてありえないわ」

 武俊さんが死んでいるべきだと言う態度に、俺が動揺して戦慄していると、それに気づいた香澄さんが目を細めて告げた。

 「あなたは甘すぎるわ。良く聞きなさい。此の世に存在する毒は、即効性や遅効性の物などで分けていくと、何種類になると思っているの。何の毒を呑んだか分からなければ、解毒薬だって分からないはずだし、抑々解毒出来ない無い物だってあるのよ。其れを考えれば兄さんの様に、本当の意味で無事なのはあり得ない奇跡と言って良いと思うわ。違う?」

 動揺しながら考えた俺は、確かにそうかも知れないと思ったが、警察が犯人を捕らえた以上、毒を盛られたのは確定事項のはずだ。そう思って反論した俺に香澄さんが薄ら笑いを浮かべて淡々と告げた。

 「違うわ。私は兄さんが毒を呑まなかったと言っている訳じゃないの。兄さんが呑んだ毒は、予め解毒薬の用意された物だったのじゃないかと言っているの」

 「待ってくれ。じゃあ武俊さんの自作自演で、捕まった奴らは冤罪と言う事か?」

 「いや、捕まった奴らの顔ぶれを考えると、本当に計画して毒を盛ったはずだ。ただ何処かで毒が飲んでも問題無い物に変わったんだと思う。そして私達はその様な工作を出来る手の者が、武俊さんの下にいる事も知っている」

 「たぶん兄さんは事前に計画を知って、其れを逆に利用して邪魔者を排除したんでしょうね。兄さんなら確実に其れくらいはやるわ。・・・・後、此れは最悪の想像で違っていて欲しいけど、私達が殺される事を知っていて、阻止しなかった可能性もあるわ」

 「そんな、馬鹿な・・・・・・・・・・・・」

 絶句した俺に香澄さんが寂しそうに笑って話し掛けて来た。

 「兄さんは全てを継いで、グループ企業をもっと大きくして、最後までお父様を認めなかった者達を黙らせたいのよ。私は兎も角、和希さんが生きていたら、兄さんにとって邪魔者になっていた可能性は否定出来ないわ。私達が死んで、香織が直哉君じゃ無くて兄さんに引き取られて、更に異母兄が現れなかったら、兄さんは今頃グループ企業の全てを完全に掌握していたはずよ」

 聞かされた内容のあまりの酷さに戦慄して、全身から嫌な汗を流した俺は、不覚にも長い間思考に沈んで立ち尽くしてしまった。そしてそんな俺の心の中は、全てが想像通りなら、香織が暴走すると言う考えで埋め尽くされていた。

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