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契約者達と家への帰還

 転移門を造り終えた俺は、後をリグレス公爵達に任せて、家に転移して帰ってきていた。今頃あちらではロベルトが居なくなった俺達の穴埋めに奔走しているだろう。そして帰って来た俺達は今、両親にファーレノールであった事を、一部を除いて包み隠さずに話している所だった。ちなみにタマミズキとルードルは、異世界という現実を受け入れられないのか、横で怖い程大人しく話を聞いていた。

 「・・・・・・・・・・此れが今回あった事だ」

 「・・・・・・・殲滅・・・・・・しかも王だと?」

 「本当に香織までが手を血に染めるなんて・・・・・・それも沢山の人を焼き殺したなんて・・・・・・」

 血の気の失った顔で言葉を零す両親の姿を、俺と香織は緊張と恐れを抱いて見つめていた。重たい沈黙が訪れた部屋にいる所為で、時間の流れが永劫にも感じられて、時が経つたびに自分の中の緊張と恐怖が大きく膨れ上がり、その事に押し潰されそうになって身が震えかけていた。そして俺は唐突に理解していた。俺が転移門を造った時に家族を再会させたのは、其の姿を見て安心する意味もあったのだ。心の片隅に『自らの判断で人を殺した自分を両親が受け入れてくれないのではないか?』と言う恐怖があったのだ。

 「はあーーーーーーーーーーーーーー」

 父さんが深く長いため息を吐いて席を立った。ガタッと椅子が響かせた音にビクつく俺達の頭を、父さんが大きな手で何度も撫でた。

 「二人とも良く無事に帰って来たな。あまり親に心配をかけるな・・・・。王になるとかの細かい事は日を改めて話そう。正直な所、今の俺は心の中の整理が出来ていない。聞いた話が想像以上だったんだ」

 「・・・・・・そうね。今の私が話したら感情的になってしまいそうだわ。今言えるのは無事で良かったと言う事だけだわ」

 父さんと母さんの無事を喜ぶ言葉が、俺と香織にとって涙が出る程嬉しかった。そんな俺達に父さんがわざと明るい声を出して話し掛けてきた。

 「なあ、直哉、あの初めて見る美女は誰なんだ?頭に耳がついているし、直哉の好みじゃないのか?どうやって口説いて、家につれてきたんだ?」

 「ナッ・・・・・・・・・・」

 抗議の声を上げようとした俺に、ニヤリと笑って父さんは席に戻った。横にいる香織は平静を装っているが、俺には父さんが『直哉の好み』と言った部分で気が揺らぐのが分かった。

 「彼女はタマミズキと言って天狐の女王の姉で、此方の魔狼はルードルと言って香織が飼う事になった。今後は此方に一緒に来て、父さんと母さんと一緒に居て貰う心算だ」

 俺の言葉に香織は表情を緩めて首を傾げ、父さんは真剣な顔になって無言で頷いていた。

 「ねえ、お兄ちゃん。タマミズキとルードルは私達と一緒に行動しないの?」

 「ぞろぞろと学校に行っても意味ないだろ。父さん達と一緒に居て貰えば、お互いが異世界に慣れると思ったんだ。香織は反対か?此れからの事を考えると、父さん達にも慣れて貰った方が良いだろ」

 「ウーン、それもそうかな?まあお兄ちゃんには考えがあるみたいだし、反対はしないわ」

 「よし、決まりだな。俺はルードルが父さんと、タマミズキが母さんと一緒にいるのが良いと思うんだが、父さんがタマミズキが良いなら考えなくもないぞ。タマミズキは俺の好みと言うより、父さん好みの体形だろ」

 先程の仕返しと本当の目的の誤魔化しを兼ねて言い放った言葉を聞いて、香織の白く冷たい視線と母さんの苦笑が父さんに向けられた。

 「ななな、何を言っている直哉。香織に怒られるのが嫌だからと言って、俺を巻き込むな」

 「父さん、動揺が声に出てるぞ。タマミズキもそう思うよな」

 俺が異世界に連れて来てからずっと沈黙しているタマミズキに視線を向けると、其処には首を傾げる姿があった。如何したのかと思っていると、タマミズキが初めて口を開いた。

 「直哉が何と言ったのか分からないのですが?」

 「はあ、何を・・・・・・・・アッ・・」

 タマミズキの言葉を聞いた両親が、揃って首を傾げたのを目にして、俺はようやく言葉が違う事を思い出した。契約者になったおかげで、自然に両方の言葉を使い分けていたので、すっかり忘れていたのだ。嫌に大人しいと思ったらそんな理由だったとは・・・・。頭の中で急いで対応策を考えた俺は、思いついた事を口に出した。

 「初めて会った時にシグルトがやっていたんだが、頭に直接語りかける事は可能か?」

 「出来ますが、絶対にやりませんわ。其れは精神の接続を意味するので、天狐は伴侶としかしませんわ。直哉が私としますか?」

 伴侶と言う言葉に顔を赤くした俺を見た香織が、顔を引きつらせて叫ぶ様に口を挟んだ。

 「待ちなさい、お兄ちゃんに何を言うの。伴侶なんて冗談じゃないし、抑々お兄ちゃんとしても意味が無いわよタマミズキ。すぐに何か別の方法を考えなさい」

 「別の方法ですか・・・あるにはあるのですけど・・・あれは効果が・・・・」

 顔を歪めたタマミズキは首を振ってから話し始めた。

 「確かに天狐には知識を転写する古代魔法があるけど、効果が現れるのは一クーラ後で、更に二クーラも持たないで忘れてしまうのよ。そして酷い事に、忘れた後は頭痛もするのよ」

 「・・・・・・それは・・・いくら何でも使い勝手が悪すぎるだろ・・・」

 俺はすぐに使えないと思って、別の方法が無いかと考えたが、香織は何かを思いついたみたいで、タマミズキに質問し始めた。

 「ねえ、其の古代魔法の知識を転写する事は可能なの?」

 「・・・・・可能ですわ」

 「なら私とお兄ちゃんに転写してくれないかしら。そうしたら私達が改良出来るかも知れないわ。改良した魔法はタマミズキに教えるから悪い取引じゃないでしょう」

 「・・・・普通なら不可能と言って一笑に付す所なのですが・・・・ふふ、驚いた事に此処は異世界ですし、異世界の知識なら、私が分からない方法があるかも知れませんわね。良いでしょう、でも場所を移した方が良いですわ」

 「分かったわ。お兄ちゃん行こう。後ルードルも何時までも呆けてないの」

 香織に抱き抱えられたルードルは、大人しいと言うより元気がない様に俺には感じられた。

 「おい、ルードル大丈夫か?」

 「問題無いと言いたいところだが、この世界は魔力が無さ過ぎるので、違和感がぬぐえ無くてな。どうも感覚が鈍くなっている様だ」

 「何だと?ヤバいのなら向こうに帰す事も可能だぞ」

 「いや、慣れれば問題無いだろう。朝には対応出来ているはずだ」

 「もうルードル、辛いのなら早く言いなさい。フゥ、此のまま私が抱えて行くわ。移動する場所は私の部屋にしましょう」

 香織はルードルが心配なようで、返事も待たずに足早に部屋に向かった。遅れて皆と共に俺が移動しようとすると、シグルトが真剣な顔で声を掛けてきた。

 「直哉、悪いんだけど、僕は此処に残るんだ」

 「・・・・・・・・・・・・そうか、分かった。終わったら合流してくれ」

 「うん、すぐに行くから・・・・・」

 俺はシグルトを置いて、戸惑う両親を一瞥してから、香織の部屋に移動した。


 「何か私達に話しがあるのかしら?」

 僕はその声に頷くと、空間を隔離してから話し始めた。

 「手紙をロベルトから預かってきたんだ。二人は読めないから僕が読むので聞いて欲しいんだ」

 「・・・・分かった。読んで貰えるかな」

 頷いた僕は手紙を出して読み始めた。

 「まず初めにお詫びさせてください。直哉達から其方の世界で住んでいる場所は、平和な場所だと聞いています。此方に来なければ、二人が人を殺す事など無かったでしょう。戦場の別の場所で戦っていたので直接見ていないのですが、勝ち目など無いのに向かって来た敵兵を、二人は一方的に攻撃する事になった様です。詳しくはその場に居たシグルトに聞いてください。以前協力すると言って置きながら、結局こんな事になってしましました。王になる事も最終的に直哉が決めた事ですが、周りの人の求めと何より厳しい状況があり、断ると人々を見捨てる事になると考えたのだと思います」

 僕の読んだ見捨てると言う部分に、直幸さんの眉がピクリと動き、沙耶さんは俯いてしまった。

 「私も全力で支える心算ですが、王になるまでも、なった後も問題は山積みです。特に不味いのは敵が死者の魂まで使う、狂った奴らだと言う事です。普通なら龍人の直哉が如何にかなるとは思えませんが、龍が下に付く程の事態となると予断は許しません。最悪の事態になる可能性は、零では無いと考えるべきです。直哉達が言う事を聞く可能性は低いと思いますが、『行くな』と言う権利が親にはあると思います」

 二人の体がビクリと震えるのを目にしながら、僕は続きを読んだ。

 「次に言われるまでも無い事だとは思いますが、二人をゆっくり休ませてください。此方では何所に居ても真の意味では寛げないでしょう。そして此方で二人の精神的負担を、本当の意味で想像出来るのは私と妻ぐらいです。他の人達は異世界人だと言う事を知りませんから、やはり此れ位なら大丈夫と考える基準が、間違っていると思います。此の手紙を書く前の二人の身に纏う雰囲気も、変化している様に感じました。私にも経験がありますが、気が昂ったままの状態では、まだ完全に己が行動を受け入れていない状態です。平和な時間を過ごしている間に気が静まると、自分の行動について、ようやく冷静に考えられる様になり、すると行動の結果が心に重く圧し掛かってきます。そんな時は、乗り越えた経験のある周りが支える必要があるのですが、其方に戻って此方に来るまでに七日経ってしまう以上、其の時に私は傍に居られません。なるべく時間を作って、傍にいる様にしてください。全てを受け入れるまで、一人にするのは危険です。具体的には・・・・・・・」

 手紙の内容に、聞いている二人の表情が、段々と強張って行くのが感じられた。そしてその気持ちは僕にも理解出来た。実際に起きた事と対処法が色々と細かく書かれていたが、その内容は受け入れる事が出来なかった場合の最悪の事態まで、余す事無く書かれていたのだ。

 「・・・・・此れで私が知る限りの事は書きました。其方で上手く対処してくれる事を祈ります。最後に二人がファーレノールに来なかったとしても、此方は何とかしますからご両親は気にしないで、子供の事だけを考えてください」

 僕が全てを読み終えて手紙を差し出すと、直幸さんが震える手で受け取った。沙耶さんの方は血の気の失せた顔で俯いて震えていた。

 「返事は出発する時に渡すから、ロベルトに渡して欲しい」

 「あなた・・其れは・・・・」

 僕が頷くのと同時に悲鳴のような声を上げた沙耶さんに、直幸さんは首を振ってから、感情を押し殺した声で告げた。

 「俺達が行くなと言っても二人は必ず向こうに行く。理由が如何であれ、直哉が自分の意思で王になると決めて戦ったのなら、もう手遅れだ。そして香織は言うまでもないだろう?」

 「・・・・・私は直哉が何を目的として、ファーレノールに行く事にしたのかさえ知らないわ。あなたは知っているのよね?」

 「知ってはいるが、目的を達成するのは簡単ではないと聞いている。話すのは準備が整ってからで良いだろう」

 「アッ、言い忘れていたけど、大龍玉が手に入ったから、目的の一つは何日か後に行う予定なんだ」

 「・・・・・・本当か?なら話せるのか?」

 「うん、魔法自体は難しくないから失敗する恐れはないんだ。結局の所、問題だったのは特殊な空間を構築し、安定的に維持する為の力だったんだ。大龍玉の力なら其れだけで構築も維持も出来るから、もう何時でも行えるんだ」

 「そうか、なら沙耶には場所を変えて俺が話しておく。シグルトは直哉の元に向かってくれ。もう一時間以上経っているみたいだ」

 僕が時計を見ると、確かに一時間二十分経っていた。流石に来ない僕を直哉が心配していると考えて、慌てて香織の部屋に向かった。


 「はあーーー、成る程ね、此れは最低の魔法だわ。脳を全く理解していないのが良く分かるわ」

 「香織、そう言うなよ。脳の構造や機能を知っている、俺達だから言える事だぞ」

 「でもお兄ちゃん、私達にかけられた魔法は、確実に頭痛じゃすまないわよ。知識の転写を記憶する部分だけじゃなくて、全てに満遍無く行ったのよ。此れじゃあ、脳が悲鳴を上げて痛むのは当然だわ」

 香織の言葉に反論出来ない俺の横で、最低の魔法と言われたタマミズキが顔を怒りに染めていた。

 「なな、何を言うの。かけろと言ったから私はかけたのよ。抑々貴方達はこの魔法の難しさが分かってないわ。其処まで言う以上、当然改良出来るのでしょうね」

 「出来るわ。と言うか改良では無く効果範囲を狭めるのよ。忘れるのは余計な部分にまでかかっているから、命が危険にさらされて、対抗魔力が発生して効果を消しているのよ」

 「残念ながら香織の言う通りだ。其れに無駄を省けば二クーラ程度の今の効果なら、上級魔法で同じ効果を得られそうだ」

 香織の言葉に動揺していたタマミズキは、肩を竦めた俺の言葉に絶句してしまった。

 「じゃあ動くなよ。今から言葉や文字の知識と共に、新しくなった魔法の知識を転写するから」

 俺は素早くタマミズキに魔法をかけた。するとタマミズキは愕然とした後、真っ蒼になってガタガタ震え始めた。

 「ちょっと、如何したの?タマミズキ」

 「何なのですか、此の脳とか言う知識は?如何してこんな知識が存在するのです」

 「???、普通に学校で教わる程度の知識だぞ?何か問題でもあるか?」

 俺が首を傾げるとフレイが苦笑いを浮かべて呆れた声を出した。

 「私も香織と契約した時に手に入れた、知識の内の何割かには戦慄しましたわ。ただ私は其の知識が、この世界では当たり前に皆が学ぶ物だとも、同時に知りましたわ。でもタマミズキはそう言う周辺事情を知らされないままに、脳の知識だけを与えられたのですわ。こうなるのも当然でしょう?」

 「ああ、なるほどね。ウフフフフ」

 香織は頷いて納得した後、すぐに妖しい笑みを浮かべて、ソロリソロリとタマミズキに近づいて行った。

 「ねえタマミズキ、解剖って知ってる。ウフフフフ、解剖って言うのは・・・・・・・・」

 悪乗りした香織が怪談を話す様な口調で、タマミズキの耳元で囁いていた。

 「きゃああーーーーーーーーーーーーー」

 「う、きゃあーーーーーーーーーーー」

 「うわあーーー何?何なんだ?」

 香織に脅かされたタマミズキが悲鳴をあげ、その悲鳴に香織が驚いて叫び、更に狙っていた様なタイミングでシグルトが部屋に入ってきて、驚きの声を上げていた。途端に部屋が騒がしくなって、ベットで寝ていたルードルまで飛び起きる事になってしまった。

 「はあーーー、香織、悪ふざけが過ぎるぞ。怪談が御所望なら俺が話しても良いんだぞ」

 俺が軽く睨むと、香織はビクついてすぐに視線を逸らしてしまった。その姿に俺は、全く自分も怖がりなくせにと考えて、やれやれと思って首を振った。そして俺はフレイを見てから、真剣な声で頼み事をした。

 「フレイ、悪いんだが教科書を見せながら、タマミズキに脳の事を教えて欲しい。俺の魔法は二時間しか持たないんだ」

 「分かりましたわ。任せてください」

 「さて香織はルードルと共に休め、俺もシグルトが来たし、今日はもう寝る事にする。此れから負担がかかった脳が悲鳴を上げる事になるしな」

 「うわ、お兄ちゃん、嫌な事を思い出させないでよ」

 「はは、じゃあ、お休み香織」

 「うん、お休み、お兄ちゃん」

 就寝の挨拶をした俺は、シグルトと共に自分の部屋に戻った。


 「お兄ちゃん・・・・朝だよ・・・・・・・・・」

 香織のドンヨリとした声に起こされた俺は、薄らと目を開けてから告げた。

 「後十時間眠らせてくれ。昨日は想像を超えた痛みで、眠るどころじゃ無かったんだ」

 「其れは私も一緒だよ、お兄ちゃん。酷い目に遭ったけど学校ある・・・・・」

 「・・・・・・休む訳には・・・・」

 「行く訳無いでしょう。お父さんとお母さんも待っているから、お兄ちゃんも早く来てよね」

 香織が部屋から出て行く気配がして、暫く経ってからノロノロと起き上がった俺は、魂が抜けそうな深い深いため息を吐いてから、支度を整えて部屋を移動した。

 「皆おはよう」

 「おはようございます、直哉のおかげでこうして話せる様になりましたわ。其れにしても異世界の知識は素晴らしいですわ。脳を知っただけで、忘れるはずの知識の保持に成功しましたし、此れなら他の魔法の改良も期待できますわ」

 「・・・・それは良かったな」

 俺達が酷い目に遭ったのが分かっていても、喜びを隠せない様子のタマミズキに、何とも言えない気分を味わっていると、父さんと母さんが俺の様子を窺いながら話し掛けてきた。

 「香織の顔色も酷かったが、直哉はそれ以上だな。大丈夫か?」

 「ああ、魔法の反動で寝不足になっただけだから大丈夫だよ」

 「本当に其れだけなの?無理をしていないわね」

 「???、大丈夫だけど?」

 「・・・・・・・ふう、まだのようだな。直哉、香織、向こうで色々あったのだから、気づかない所で色々疲れているはずだ。今日の学校では無理をするなよ」

 父さんの言葉に頷いた俺達は、時間が普段より過ぎている事に気づいて、素早く食事を済ませた。

 「今日の夜に必要な知識を渡すから、其れまでルードルとタマミズキは姿を消して大人しくしていて欲しい」

 「ついて行くだけで良いのだな」

 「ああ、命に係わる様な非常事態にならない限りはそうしてくれ。後、此方の世界では怪我をさせたり、まして殺しは絶対にしないでくれ」

 「フレイから聞いていますわ。ルードルにも私の魔法で教えています」

 フレイを見ると確りと頷いているので、俺は安堵してから席を立った。

 「よし、じゃあ俺達は学校に行く。香織、行くぞ」

 「うん、お兄ちゃん。お父さんお母さん行ってきます」

 「無理はするなよ」

 「気を付けて行くのよ」

 父さんと母さんの声を背に俺達は学校に向かった。


 教師の声を聞きながら眠気と戦う俺は、のんびりした穏やかな日常を満喫していた。退屈な日常だが、殺伐として気の抜けない戦場よりはましだと感じていた。しかし何故か俺の頭の中には、戦いの事が次々と思い浮かんで消えなかった。

 「其処、ぼっとしてないで此の問題を答えろ」

 俺が気を抜いているのに気づいた教師に、叱責と共に当てられて立って解答すると、教師の眉が顰められたのが分かった。

 「座っていいぞ。だが授業に集中するように・・・」

 「はい」

 神妙な態度で返事をした俺に満足したのか、すぐに次の人が当てられていた。ホッと息を吐いた俺はすぐにまた物思いに沈んでしまった。そしてハッと気づいた時には授業は終わってしまっていた。一日中そんな感じで過ごした俺に、明人が訝しげに話し掛けて来た。

 「如何した直哉。今日は朝からボーっとしていないか?」

 「昨日、よく眠れなかったんだよ。だから今日は此のまま帰る心算だ」

 「直哉、それは無理そうだぞ。沙月先輩がお出ましだ」

 振り向いた先には笑顔の沙月さんが待ち構えていた。俺と視線を合わせた沙月さんの顔が、一瞬だけ真顔になったのを見て頷くと、上を指して去って行った。

 「明人、悪いが香織に伝言を頼む」

 「やな役回りだな。はあ、でもこの前の事もあるから断れないな。香織ちゃんが限界を迎える前に来てくれよ」

 「分かってる。俺も香織を何度も怒らせたくないからな」

 素早く立ちあがった俺は、屋上を目指して足早に移動した。


 「また何かあったんですか?連続で呼ばれると香織の機嫌が悪くなって大変なんですよ」

 「申し訳ありません。ですが武俊様から伝言を預かったのです。内容は親族の集まりが来週の月曜の祭日に決まった、その前に一度会いたいので『香織様と共に木曜に会いに来てほしい』との事です」

 沙月さんの言葉に気持ちを引き締めた俺は、すぐに頭の中で考えを纏めると、気になる疑問点を尋ねた。

 「・・・・・・・・・いやに早くないか?例年通りなら親族の集まりは早くても、二週間以上は先の事だと思っていたのだが?」

 「今回は二度に分けるそうです。香織様が初めて来られるので、顔合わせに一度集まる事になったとか。此の事は彩希様がお決めになった事だそうです。直哉様にも会いたいとの事でした」

 彩希様が自分に会いたいと言っていると聞いても、俺は戸惑いしか感じられなかった。香織は幼い頃に親に連れられて一度会っただけだと聞いているし、俺に至っては本当に何も知らないのだ。

 「俺は彩希さんの事を何も知らないんだが、彩希さんは俺の事をどの程度知っているんだ?」

 「彩希様は娘の香澄様達がお亡くなりになった時に、香織様の身辺は一通り調べたと伺っています」

 「今まで会いに来なかった理由を知っていないか?」

 「香織様の状態と、何より彩希様は認知症のお兄様の面倒を見ておられます。其の所為かと思われます」

 「・・・・・・待て、彩希さんの兄と言うのは香織の父親の父親ではないのか?」

 「はい、香織様の父方の祖父になります」

 「認知症になっているなんて、今まで聞いた事が無かったんだが?」

 「言う機会が無かっただけでしょう。あまり言いふらす事でもないですし・・」

 ジッと沙月さんの顔を見つめたが、其の表情からは内心を窺う事は出来なかった。

 「・・・・・・はあ、まあ良い。だが説明不足で誤解から対立したくは無いものだな」

 「ええ、本当に。そう言う意味では直哉様と香織様についていると言う、護衛の詳しい説明を聞きたいものです。お互い知らずに護衛同士で戦うなど考えたくありません」

 見つめる沙月さんの視線にゾクリとした俺は、その中に巧妙に隠されていて、戦いで憎悪を向けられる前の自分には気づけなさそうな、冷厳な視線が混じっているのを感じた。自らの変化に自嘲しそうになりながらも、俺は何か反応が得られないかと考えて、少し挑発して見る事にした。

 「俺の護衛は今この屋上に居るぞ。見つけられたら教えよう」

 顔色を変えて必死に周囲を見回した沙月さんは、当たり前の事だが姿を隠したシグルトを見つけられずにいた。そしてからかわれたと思ったのか、俺に怒りの籠った厳しい視線を向けて来た。

 「直哉様・・・・・・・・・」

 「俺は嘘は言っていない。だが悪いが、絶対に見つけられない事は確信していた」

 俺と沙月さんの視線がぶつかって、激しく火花が散った様に感じられた。

 「私にも誇りがあります。侮辱を大人しく受ける心算はありませんわ」

 「其れは分からなくもないんだが、沙月さんの要求も大概だと思うんだけどな。俺達の護衛の情報を渡せと言うなら、俺の仲間になって貰わないとね」

 「私は味方で御二人の護衛ですよ。其の私に教えられないと言うのですか?」

 「俺は味方では無く仲間と言っただろ。それに本当は沙月さんだって、俺の言いたい事の意味に気づいているだろう。俺は其の違いを混同した事はない」

 俺の厳しい視線に晒されて、沙月さんが顔を背けたのを機に、踵を返しながら告げた。

 「木曜日の事は了承した。学校が終わった後になるだろうから、移動手段と会う場所は其方にまかせる」

 了承の返事を背に受けながら足早に去った俺は、沙月さんが見えなくなった所で、張り詰めていた心の中を解きほぐす為に、大きくため息を吐いていた。


 香織と合流した俺は明人達と校門で分かれて、屋上での事を話しながら家に向かっていた。

 「ふーん、武俊伯父さんねえー。私は真面に話した事ないし、会いたくも無いんだけどなあー。正直言って如何でも良いかな。其れより沙月さんの事を、私に隠していたお兄ちゃんの方が問題だよ」

 ジロリと香織に睨まれた俺は、顔が引きつるのを止められ無かった。

 「まま、まあ、俺にも色々あるんだ。香織を傷付ける事じゃないから大目に見てくれ」

 「其処は信じているけど、お兄ちゃんは、他にも何か陰でコソコソしているでしょう。お父さんも怪しいし、何となく勘で気づいているんだからね」

 「あーー、それについてはまだ聞かないでくれ。時がくれば嫌でも分かる。其れより気づいているか?」

 「十人ぐらいの人間が、後を付けている事なら分かっているわ。敵意が感じられないから放置しているけど排除するの?」

 香織の言う通り今俺達は監視されていた。敵意が感じられないから、武俊さんの手の者だろう。俺は正直、どうしようか迷っていた。今は状況が不安定だから不用意な行動はしたく無いのだが、一人二人なら兎も角、十人以上の人間に監視されてストレスを感じない訳ではないのだ。

 「香織、其処の店でハンバーガーを食べよう」

 「ええ?何で?」

 「良いから入るぞ」

 香織の手を引き、店に入って注文して、窓際の外が見える席に座った。

 「奴らも止まったな。フレイ、会話を聞けないか」

 「ああ、そう言う事ですか。行ってきますわ」

 フレイは素早く店を出て行った。そして俺はポテトを摘みながら次の手の準備をして、フレイが帰って来るのを静かに待っていた。

 「武俊さんの手の者で間違いないみたいですわ。如何やら二人の護衛を探しているみたいですわ。沙月さんが見つけられなかったので、人員を新たに派遣したみたいですわね」

 「其れで先程、沙月さんが顔色を変えて必死に護衛を探してたんだな。此れは少し悪い事をしたかもな。今度詫びておくか」

 俺の発言に香織は不満そうな顔をしていたが、俺に対しては特に何も言わなかった。

 「シグルト、フレイ、この紙を仕事熱心な人達全員のポケットの中に、気づかれない様にして入れて来てくれないか?」

 「分かったんだ」

 シグルトが返事をしてフレイと共に店を出て行った。

 「お兄ちゃん、手紙の内容は?」

 「ただのお願いだ。木曜の話の前に事を荒立てたくないからな」

 「ふう、多少目障りだけど、向こうと違って命の危険が無い分、気が楽だわ」

 「・・ああ、そうだな」

 一瞬言葉に詰まりそうになった俺は、目の前で寛いで笑っている香織を見ながら、必ず守って見せると心の中で誓っていた。その後戻って来たシグルト達とハンバーガーを食べて、何事も無かった様に家に帰った。

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