契約者達と従門からの帰還
ガルーンに転移した俺達は、ガルトラント卿の館の部屋に集まり、皆で話し合っていた。
「遅くなりました。でも龍との交渉は多少の誤差はありますが、無事に成功しました」
「おお、では協力して貰えるのだな」
「はい、今頃龍達がガルーンとバルグーンに向かって移動しているはずです。数は其々九十匹で、町から少し離れた場所で、ガルトラント卿とバルトラント卿が来るまで待機する事になっています。其の中の五十匹はあとで国境に向かう予定です。ガルトラント卿とバルトラント卿の指示に従う様に言われているはずですから、其の心算でいてください」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
話し掛けたのに無言で黙り込む二人に首を傾げていると、リグレス公爵の笑い声が響いた。
「ははははははは、凄いな二人とも龍に指示するなんて、めったに経験出来ないぞ」
「リグレス公爵、他人事の様に笑っているが、此の様子だと、どうせ後でリラクトンやメルトーンにも龍が来るのだと思うぞ」
「其れでもリラクトンにはロベールが居るから問題無いだろう」
此方を見てそんな事を言うリグレス公爵に、俺はニッコリ笑って話し始めた。
「龍との交渉などは俺が居る時は承りましょう。何と言ってもリグレス公爵には、リラクトンの地下に造られた新しい国の根幹をなす、最重要施設の管理を任せる心算ですから」
仰々しい言葉にギョッとして凍りついたリグレス公爵に、俺は反論の隙を与えない様に早口で告げた。
「何とこの度、リラクトンの地下に常時接続型の転移門が造られました。此の転移門は主門で、各地の従門と繋がる最重要施設で、五百年程持つ様に造りました。此処ガルーンにも後で従門を造る心算ですが、造り終わったらすぐにリラクトンに帰れますよ。リグレス公爵もメイベル様やミーミルちゃんに会いたいでしょう」
俺の言葉に部屋の雰囲気が変わり、帰って来た俺達以外の全員が、ピタリと動きを止めてしまった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
六半クーラ経ってもピクリとも動かないリグレス公爵達に、段々怖くなってきた俺は、冷や汗を流しながらどうしようか考えていた。すると香織が小声で俺に話し掛けてきた。
「お兄ちゃん、ルードルやタマミズキも凍り付いているぐらいだし、転移門はかなり常識外なんじゃないかな」
「ああ、俺もそう思い始めた所だ。俺としては凄い物が出来たんだと言って、軽く自慢したかっただけなんだけどな・・・・・・・。俺はてっきり、皆が諸手を挙げて喜んでくれると思っていたんだが・・・・・。しかしこの状態を見ると・・・・・・今の俺には嫌な予感しか・・しないんだが・・・・・・シグルト如何なっているか分かるか?」
「僕はロベールが分かっていなかった事の方が驚きなんだ。大龍玉を強化して初めて実現出来る転移門が、凄い程度の物の訳がないんだ」
「そうですわね。五幻種ですら驚く物ですから、人間が知ったら太陽が落ちてくる様な衝撃だと思いますわ」
「うわーー、其れでああなっているのね。まだ龍の事も詳しく説明してないのに・・・・お兄ちゃん如何するの?」
香織の言葉に顔を引きつらせて途方に暮れていると、ようやくタマミズキが我に返って震える声を発した。
「どどどど、如何言う事ですの?常時接続など出来るはずがありませんわ。どれだけの力が必要だと思っているのです」
「・・・それは・・・・此れを強化して使ったんだ」
皆の驚きがあまりにも酷かったので、俺は躊躇しながら大龍玉の残りを取り出した。
「なっ・・・・それは・・まさか・・・大龍玉?」
驚きの声を漏らしたタマミズキは、ギョッとするほど目を見開き、蒼白な顔でブルブルと震え始め、最後には、全身の力を抜いて机に突っ伏してしまった。そしてピクリとも動かないタマミズキを見た周囲の人達が、ようやく我に返って騒ぎ始めた。
「ロロロ、ロベール、タマミズキ殿がこんな風になる、それは何なのだ?私が見ても、力と輝きが尋常な物には見えないのだが・・・・」
「うむ、見ているだけで平伏しそうだ。其れは龍から受け取ったのか?」
「父上、私の勘が知らない方が良いと訴えています。先程の話の非常識さを考えれば、聞いても良い事は無いかと・・・・」
「まあまあ、そう言わずに・・・・。兎に角話を聞きましょう」
視線でメルクラント卿に促された俺は、淡々とした声を意識して話した。
「此れは大龍玉と言います。力のある龍が命を削って作る物で、龍達も秘蔵品として保管するだけで、非常時以外には使わない物だそうです。詳しい話は約束したので言えないのですが、ギルドの裏に居る敵は、思った以上に厄介かも知れません。その所為で龍の協力は得られたのですが、交渉で敵に関係する情報などを、包み隠さずに共有する事になりました。そして龍とした約束を違えない様に、元々俺が個人的な目的の為に龍玉を求めていたので、其れを利用して大龍玉を渡す事で恩を売って、裏切られない様に配慮したと言っていました。大龍玉を貰った事でおまけもありますが、まず此処までで質問はありますか?」
「いや、大筋は理解出来た。気になる部分や言い回しが怪しい部分はあるが、言えないと言った以上、私達は聞かない方が良いのだろう?」
「・・・・・・はい、龍の信頼を損ないたくないので、話す事が出来ません。申し訳ありません」
俺が皆に頭を下げて詫びていると、突然タマミズキが危うい感じの笑い声を出しながら顔を上げた。
「フフフフフ、オマケねえー、クスクス、ロベールは知らないわよねーー。フフフフフ、天狐は一度里の結界を張る為の力として、大龍玉を求めた事があるのよ。其の時、龍はこう言ったそうよ。龍玉は渡せても大龍玉は渡せない。其れを龍以外に渡す時は、其の者の下に付く時だけだ。天狐と龍は同じ五幻種で、不文律で対等となっているはずだ。それ故に渡せない」
タマミズキが発するドンヨリとした、呪われそうな雰囲気に呑まれた皆は、緊張に体を強張らせていた。そして同時に言葉の意味に気づいた人は、俺を驚愕の視線で見つめてきた。
「まさか、ロベール・・・・・・・・・」
「いや、いくらなんでも・・・・・・それは無い」
「父上・・・・・だから・・・・知らない方が良いと・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・私が促したのだ聞かない訳には・・・・・・」
「龍が指示に従うのは・・・・・・・・・・」
「おいおい、ロベール・・・それはもう交渉じゃないだろ」
俺達にざわつく周りの視線が行き来しているが、タマミズキは気にも留めずに、俺だけを厳しく見つめて口を開いた。
「ねえ、今の龍との関係についてハッキリと教えて貰えるかしら・・・・・・」
「・・・・・ああ、俺が新王の新しい国になったら、其の国土の中に龍の自治領が含まれる事になる」
言った瞬間にリグレス公爵達は、無表情になって頭を抱え、うんうん唸って机に突っ伏してしまった。そして問題のタマミズキはワナワナと震えると、キッと睨み付けてから、跳びかかってきた。
「ちょ・・・・・なに・・・・・・」
跳びかかって来ると、少しも考えてなかった俺は、避ける事も出来ずに襟首を掴まれて床に引きずり倒された。
「がは・・・・・・」
衝撃に息を吐く俺を下にして馬乗りになったタマミズキは、叫びながら拳を振るって来た。
「貴男って人は・・・・貴男って人は・・・・私に恨みでもあるの?コノ、コノ、コノ」
「ちょ、待て、・・・・うお・・・危な・・・・・」
必死に避ける俺の姿に、タマミズキはますます熱くなっていった。其れを見て香織が俺を助ける為に動こうとしたけど、タマミズキの次の言葉を聞いてピタリと動きを止めた。
「少し前にカリーナと話した事さえ、タマシズクに話してないのに・・・コノ、コノ、コノ」
「カリーナと話したと・・言われても・・うお・・俺は何も・・聞いてない・・・」
息を乱しながら必死にかわす俺の耳に、動きを止めた香織のアッと言う声が聞こえた。
「・・・ごめんお兄ちゃん、シグルトの家では色々あったから言うのを忘れてたわ。魔法の知識の事で相談されたのよ。えっとね・・・・・・・・・・と言う訳よ。タマミズキも、かなりストレスを感じていたみたいだから、気を付けてね、お兄ちゃん」
「遅いわ、もう手遅れだっての・・・・・」
俺の叫びに香織がばつが悪そうに視線を逸らした。
「コノ、コノ、コノ、コノ・・・・・・」
段々速くなる拳に薄ら寒くなりながらも、如何にかしてかわし続ける俺は、現状を頭の中で整理して如何するか考えていた。
「聞いたわね、理解したわね、なら私の気持ちも分かるでしょう。コノ、コノ、貴男って人は・・・唯でさえ問題だらけなのに、更に大龍玉を受け取って・・・・転移門ですって・・・・ふざけないでよ。龍が下に付いて、其の領域が自治領になるなんて、タマシズクにどう説明しろって言うのよーーーー。コノ、コノ、コノ」
涙目になり始めたタマミズキの拳を掴んだ俺は、視線を合わせて真摯な顔で、落ち着かせる為にゆっくりと宥める様に話し掛けた。
「此れから色々とお世話になる予定のタマミズキの為に、俺が天狐の里に行って直接説明しよう。先触れは契約石に捕らわれている天狐を治療して、その天狐に頼もう。大丈夫だ、俺が龍の時と同じように、天狐とも上手く交渉する」
俺の言葉に机に突っ伏している人達がビクついた様に見えたが、見なかった事にして、体の力を抜いたタマミズキの下から抜け出した。そして俺は反射的に香織にするみたいに、涙目のタマミズキの頭を優しく撫でていた。
「妹におかしな事をしたら許さないわよ。其れに天狐の足元を見たら呪うわ」
「はいはい、悪い様にはしないよ。タマミズキとは長くやって行きたいからな」
上目使いで睨んでくるタマミズキの姿に苦笑いして、何となく撫でる場所を耳に変えた。そして触れた瞬間に、俺は今まで感じた事の無い手触りに感動してしまった。サラサラとしながらシットリとしていて、まさに何とも言えない感じで、自然と声に出していた。
「素晴らしい・・・・・まさかこんな感動があるとは・・・・」
先端から耳の付け根、果ては耳の内側まで触った俺は、温かくピクピク動く耳に、すげー此れこそ本物だと満足していた。
「ちょっと、ちょっと、流石に触り過ぎよ」
我を忘れて耳を撫でていた俺は、タマミズキが赤く上気した顔で、抗議の声を上げて離れるのを、心底から名残惜しげに見ていた。すると何時の間にか顔を上げていたロベルトが、ニヤニヤしながら声を掛けてきた。
「おいおい、そう言うのは場所を選ばないと駄目だろ。遺書は書いたか?」
「はあ・・・・・・・・・・・・・・ウッ」
初めは感動で呆けていた頭だったので、意味が理解出来なかったが、冷静になった瞬間に、自分の血の気が引く音を聞く破目になった。そして錆びついた機械の様な動作で香織の様子を窺うと、そこには想像と違ってにこやかな顔の香織が居た。
「如何したの?お兄ちゃん、そんなに不思議そうな顔をして」
「いいい、いや、怒っているんじゃないかと思ってさ」
「怒る?何かお兄ちゃんは私に怒られるような事をしたの?」
「いや、ししし、していない心算なんだが・・・・・・」
「ふふふ、素晴らしいとか口走っていたけど、お兄ちゃんはタマミズキを落ち着かせただけだものね。私もよく頭を撫でて貰うから、その効果は誰よりも知っている心算だよ」
「そうか・・・・・・そう言ってくれるんだな」
「うん、今回は私が話して無かった事もあるし、お兄ちゃんはおかしな事をしていないんだから、気が咎める事も無いはずだし、堂々としていれば良いんだよ」
「ウッ、そうだよな。ははははは」
笑いながらも俺の心には香織の言葉が突き刺さっていた。何となく後ろめたいのは耳を撫でた所為だろう。さり気無く顔を逸らした俺は、心の中で香織に埋め合わせをする事を誓って席に付いた。そんな俺の様子を香織がジッと観察していた事に、顔を逸らした俺は気づかなかった。
「従門だったか?其れを造ればリラクトンに帰れると言ったが、騎士や兵士達は如何する心算だ?」
「その事ですが。リラクラントの騎士は西の町に行って、サザトラントの境を防衛して貰おうと思っています。兵士はガルーンやガルトラント全土の防衛の為に、残って貰おうと考えています。交替制にすれば、転移門を使ってリラクトンに帰れますから不満も少なくなるでしょう」
「リラクラントだけで良いのか?我がメルクラントの騎士や兵士も、残す事は可能だぞ」
「メルクラントとバルクラントの戦力は、全てバルクラントの国境に駐留させます。ハッキリ言って商連合国が、またすぐに攻めて来る可能性は低いでしょう。今は虎視眈々と弱体化したこの国を狙っている可能性の高い、蒼王国を警戒するべきです」
「バルクラントを治める者としてはありがたいが、ロベールは蒼王国が攻めて来ると考えているのか?」
「戦いの結果が伝われば躊躇して来ないと思っています。そして防備を固めて龍が姿を現せば、もう絶対に大丈夫だと思います。唯一危険なのは未だに結果が伝わっていない、今この時でしょう。戦って負けるとは思いませんが、死者が沢山出ると混沌獣などが気になりますし、何よりギルドを抱えたままなのは御免です」
俺の顔をジッと見つめたニルストさんは、自分の中で結論を出したのか一つ頷くと話し始めた。
「ギルドの問題は龍が下に付く程ですから、今は勝てたとしても戦いなど出来ないと言う事ですね?なら転移門を急いで完成させた方が良いでしょう。知っているか分かりませんが、蒼王国の第一王女クリーミア殿下は、武略に長けているので将軍に任命されたそうです。ただ苛烈な性格で即断しがちで、普段から他国への侵攻を口にしているそうです。増援の中には必ずクリーミア将軍がいるでしょう。第一王女でもありますから総指揮権を持つ事は確実です」
「はあーーー、苛烈な性格の王女か・・・・・。まさかとは思うが・・べサイルみたいなのじゃ無いよな」
「いや、とても聡明な王女で剣を持っていない時は容姿も良いので、大人しい可憐な淑女に見えるそうだぜ。実際に血を見て気絶したなんて噂もあるくらいだ。親父さんに一度聞いた事があるだけだが、政略に長けていて男に生まれていれば国王になれる器の持ち主だそうだ。国民の人気も高いんだが、その所為か他の王族から妬まれているとの噂もあったな」
王族と聞いて皇族だった男を思い出して零した愚痴に、ロベルトが答えてくれたのだが、その内容は俺を混乱させる事になった。
「ちょっと待てよ、ロベルトの話した王女とニルストさんが話した王女は同一人物に聞こえないんだが?」
「其処が不思議なとこでな。双子で入れ替わっている、何かに憑りつかれている、猫を被っている、呪われているなどと言われているんだ」
「・・・・・・・頭が痛くなってきたな。出来ればそんな王女には関わりたくないな」
「ふふふ、お兄ちゃんは関わりたくないと言って、殆ど成功した例がないでしょう。それに私は話しを聞いていて、会った事も無いのに、何故かその女を排除しないといけない気分になってきたわ」
「おいおい、カリーナ、何を言っているんだ。冷静になれ」
「私は冷静だよ、お兄ちゃん。その上で私の女の勘が警告しているの。その女はお兄ちゃんを傷つけるかも知れないと・・・・・・その女と会う時は私の見ている時にしてね」
冗談の混じる余地のない真剣な顔で話す香織に、俺は薄ら寒くなって肌をさすってしまった。
「分かった。王女と会う時が来たら必ずカリーナも同席させよう」
「うん、約束だよ、お兄ちゃん」
「ああ、話がそれたけど、そう言う事なら、兎に角急いで従門を造ろう。ガルトラント卿、ガルーンの地下を掘って良いですか?」
「・・・・・・いやに嬉しそうなのが気になるが・・・・転移門の設置の為なら仕方あるまい」
「ありがとうございます。リグレス公爵達は出来るまで此処で待っていてください。さあ皆行こうか」
俺がワクワクしながら行動しようとした時、ロベルトが後ろから呼び止めてきた。
「ちょっと待ってくれ。シグルトに話したい事があるから、少し貸してくれないか」
俺達が振り向くと、真剣な顔の中に何かを押し隠した様に感じるロベルトがいた。俺は何事だろうと思いながらシグルトと視線を交わして頷き合った。
「ロベール、僕は此処に残るんだ。転移門の方は任せるんだ」
「分かった、転移門を設置したら戻って来るから此処に居てくれ」
そう言った俺はシグルトを残して部屋を後にした。
地下を掘ってまず広場の空間を作った俺達は、
「さて、従門を造るんだが、其れだけじゃあ面白くないよな」
「うわー、お兄ちゃん、ヤッパリ其の心算だったのね」
「まあな。規模は小さくするけど、子供達の遊ぶ遊技場や商店街をつくるのは決定している。後は先程の話にあった学校も考えている」
「なら子供が怪我をした時の為に、一緒に治療院も作らないといけないわね。お兄ちゃんは従門を造らないといけないから、学校と遊技場と治療院は私が作るわ」
「なんだ、カリーナも乗り気じゃないか」
「・・・実を言うと前にお兄ちゃんが、リラクトンの地下を造った時、羨ましかったのよね」
「ははは、リラクトンは新しい王都にする予定だから、地下をもっと拡張する心算だ。だからその時に色々作れるぞ」
「そっか、なら今度女性だけで集まって、何か考えてみようかな。さて、じゃあ私は右の方に行くね」
「了解、俺は此のまま此処で色々作ったら、真っ直ぐ行って従門を造ってくる」
香織達と別れた俺は、一通りの施設を造ると、本来の目的だった従門を造り始めた。主門と違い従門は、地面では無く門自体に対となる主門の転移陣を刻み、他の主門に転移しない様にするのだ。此れをやらないで従門を通ると、何所の主門に出るか分からない上に、最悪の場合は転移事故を起こして、何所とも知れない時空の狭間に、転移してしまう事すらあるのだ。慎重に慎重を重ねて転移陣を刻んだ俺は、何度も何度も間違いが無いかを確かめた。そしてようやく大丈夫だと確信して緊張をとき、安堵の息を吐いた。
「ふう、シグルトがいないと、流石に緊張するな。だが其れで後は主門と繋ぐだけだ。すぐに始めよう」
俺は一度精神集中してから声を響かせた。
「時空よ、我が望みのままに従門を固定し、空間を歪めよ」
すぐに門の中の空間が振動して歪み始め、後ろに見えていた壁が見えなくなった。そして門に刻まれた転移陣が光を放ち始めた。
「歪みし空間よ、光りし従門よ、今こそ主門と繋がり、時をかけず万里を移動する転移門となれ、転移門創造」
最後の言葉と同時に歪んでいた空間に波紋が広がり、従門の輝きが強くなった。そして暫く待つと、空間の波紋が無くなり銀色になって安定した。
「ちゃんと繋がっているか確かめないといけないよな・・・・・」
緊張にゴクリと息を呑んでから、俺は慎重に一歩一歩踏み締めて門の中に入って行った。
「ウッ、眩しいな。・・・此れは香織の炎か?おお、本当に入ったらすぐに此処に出るんだな。凄いな此れは・・・・・・」
感嘆しながら後ろを振り向くと、其処にはきちんと起動した光り輝く主門があった。
「魔力の線から門に流れる力も安定しているみたいだな。其れに力も思っていたより消費していない様に感じるし、此れなら一安心だな」
「お兄ちゃん、私の方は終わったわ。何と学校には温水プールもあるのよ」
「おいおい、プールまで作ったのか?」
笑顔の香織が門から現れて、開口一番に言った言葉に、俺は思わず苦笑してしまった。
「もう・・良いでしょ、私は泳ぐのが好きなんだから・・・・其れよりも転移門が完成して、通れる様になったのなら、皆の所に報告に行きましょう」
「ふふふ、その前に準備を済ませないと駄目だろ」
「準備?何をする心算なの?」
「此処にメイベル様やミーミルちゃん、ミルベルト卿やアリステアさんを呼んでおいて、感動の一幕を見たいと思わないか?」
「ふふふ、それはおもしろそうだね。お兄ちゃん」
「だろ、・・と言う訳でフレイとルードルに呼んできておいて欲しいんだ。ああ、其の時にメイベル様には、無茶をしたリグレス公爵の事も説明して、窘める様に言って置いてくれ」
「ふう、仕方ありませんわね。了解しましたわ」
「良いだろう、任せておけ」
フレイが飛び去り、ルードルが走り去って行くのを見届けた俺達は、視線を合わせて笑い合うと、転移門に入って皆の元に向かった。
「ははは、リラクトンの地下と言う前例を知っているから、ロベールなら必ずやると思っていたぞ」
「おいおい、またかよ。灯光花も植えているし・・・良いのか此れ・・龍から文句が来ないか?」
「転移門の護衛に龍を配置する心算だから、花に関しても問題無いだろうと考えている。ガルトラント卿も龍と戦う心算は無いでしょう?」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
俺が話し掛けてもガルトラント卿は、顔を引きつらせて無言で立ち尽くしていた。その姿を見かねたバルクラント卿が、肩を叩いて言葉を掛けていた。
「まあ、この程度の事なら気にしない方が良いぞ。此れからは龍と話さないといけない時代だからな」
「・・・ッツ、何故平然としていられる?いきなり治める町の下に小規模とはいえ町が出来たんだぞ」
「儂はリラクトンで見ているからな。転移門から行けると言うから一度見て置くと良いぞ」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「お父様この地の統治は私にやらせてくれませんか?色々と面白そうではありませんか・・・・」
無言になるガルトラント卿と違い、セルフィーヌさんは瞳を輝かせていた。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「否定しないのなら良いと言う事ですわね。さあベルス様、貴方もリラクトンの事は御知りなのでしょう。私に案内してください」
セルフィーヌさんは、未だに呆然としているガルトラント卿が返事をしない事を良い事に、勝手に話を進めてベルスに話し掛けていた。ベルスの顔は誰の目にも分かるほど引きつっていたが、セルフィーヌさんはお構いなしに腕を取って、勝手に移動しようとしていた。
「はいはい、待ってください。今は転移門が先です」
「・・・・・・・・・・・・・」
無言で邪魔をしないでと訴えて来るセルフィーヌさんに、苦笑した俺は香織に目配せをした。すぐに香織がセルフィーヌさんに近づいて、耳元で何かを話すと途端にニコニコし始めた。
「さあ、転移門を使ってリラクトンに参りましょう」
いきなり態度の変わったセルフィーヌさんに、首を傾げて訝しみながらも、皆は転移門に向かった。
「ほう、此れが転移門か・・・・・。思っていたより大きいな。此の中に入ればリラクトンに行けるのだな」
「そうですよ、一度出入りして安全も確かめていますから問題ありません。さあ入りましょう」
早く感動の再会場面を見たいと思って、俺は皆を急かして門に入れた。そして一瞬で場所が移動し、大きな金の炎が燃えている光景に、俺達以外の皆が目を奪われているのがわかった。
「お父様、お帰りなさい」
「あなた・・・・・・」
炎を見ていた人達は突然響いた声に其方を見た。其処にはミーミルちゃんに抱き着かれるリグレス公爵とアリステアさんに抱き着かれるロベルトが居た。
「ミーミル、走ったら危ないぞ」
「お父様、もう今は目が見えるのだから大丈夫です」
「ふふ、そうだったな」
ミーミルちゃんの頭を優しく撫でるリグレス公爵の姿に、此れが見たかったと思って、香織と一緒にほのぼのとしていると、ロベルト達の様子が目に入った。其方はそう言うのは結婚式の時だけにしろと、言いたくなる光景になっていた。俺はあの光景が普通なら、ミルベルト卿が斬りたくなるのも、仕方ないかもしれないと思ってしまった。
「ちょっと、羨ましくなる光景ね。私の夫になった人は、結婚して時が経っても愛情を見せてくれるのかな?」
チロチロと此方を窺う香織の視線に、俺は顔色を変えない様に気を付けながら、心の中では結婚もしていないのに答えられるはず無いだろと叫んでいた。
「あなた・・・・・・無茶をしたそうですわね」
カツカツと足音を響かせて、リグレス公爵に歩み寄ったメイベル様が、一言声を出した瞬間に、場の雰囲気が一変した。
「・・・・・・・一騎打ちをした事を言っているのか?あれは状況的に仕方なかったし、こうして五体満足だから問題無いぞ」
「ふふふふふ、仕方なかった?五体満足?あなたは昔から誤魔化すのが上手いですわね。でも今回は騙されませんわ。何でも自分から向かって行って戦った挙句、槍に刺されてロベールが居なければ致命傷だったとか」
「何故・・・いや抑々何で私が一騎打ちしたと知っている?」
「フレイさんを問い詰めて詳しく話させましたわ。始めは詳細をぼかしていましたが、何度も問い詰めて話して貰いました。あなたはこの前も致命傷を負ったばかりなのに、うう、何をしているのですか」
メイベル様の目から涙が零れ落ちて、リグレス公爵は焦った声を出した。
「悪かった。もうしないから泣かないでくれ」
「ううう、その言葉は此れで十回目ですわ。信用出来ませんわ」
「お母様・・・・・・」
泣く母親を見たミーミルちゃんが、リグレス公爵に非難する視線を向けた。
「今度は本当だ。此れからは国を新しく創る作業で忙しくなるから、戦うのは騎士や兵士に任せる事になる。私も出来るだけリラクトンから移動しない様にするから・・・・一緒にいるから大丈夫だ」
「・・・・何処かの誰かの様に仕事や鍛錬に忙しくて、何処かに行ったまま記念日にも帰ってこないなんて事はないわね」
「勿論だ。其れに転移門が出来たから、此れからは多くの場所が二日以内で移動可能になるはずだ」
「そうですね。転移門が出来た以上魔獣に襲われて、戦いになったから到着が遅れたなどと言う、明らかに怪しかった数々の言い訳が出来なくなるのですわ。ふふふ、此れは良い事に気が付きました」
メイベル様の発言に男達の顔色が悪くなるのが分かった。如何やら其々に思い当たる事があるみたいだった。
「ああ、他にも気軽に女だけで集まってお話出来る様になりますわね。皆で話せば他の町での男の行動も把握しやすくなりますわ」
誰とは言わないが、男達の顔色が悪くなり、俺に向けられる視線が変化して痛くなってきた。
「フッ、俺は殆どカリーナと一緒だから困らないな」
胸を張って宣言すると、何故か男達から憐みの視線を向けられた。居心地が悪くなった俺は、戻って来てから何かをジッと考え込んでいて、話し掛け辛かったシグルトに覚悟を決めて話し掛けた。
「・・・・何を話した?何か問題でもあるのか?顔色が悪いぞ」
「・・大丈夫、相談を受けただけなんだ。でも話した内容は言えないんだ」
ジッとシグルトの顔を見つめたが、顔を強張らせて口を堅く閉ざす姿に、話す気がないのが雰囲気から伝わって来た。
「・・・・・・そうか、分かった。シグルト、今度はバルグーンに向かおう。早く従門を設置するべきだ」
「心配してくれているのにごめん。さて其れじゃあ、転移するんだ。でも大勢で転移する必要はないから、僕とロベールだけにするんだ」
「ああ、それで良い。従門を設置すれば、すぐに帰って来るからカリーナは此処で待っていてくれ」
頷く香織を残して俺とシグルトはバルグーンに転移した。転移する前に一瞥した抱き合うリグレス公爵達の様子に、メイベル様の生きていて良かったと言う声が聞こえた様な気がした。




