契約者と燃える森
「転移魔法は便利だな。里から里の移動が一瞬だ。登校にも使えれば朝の睡眠が三十分は増えるな」
「直哉、そんな事言っていると、香織に報告する事になるんだ」
「さて、真面目になろう。二日居なかっただけで龍の里も変わったな。慌ただしい上に怒声が響くとは・・・」
直哉とシグルトは見ない様にしていた森の東側を見た。
「燃えているな」
「燃えているんだ」
見事に森の東側が燃えている。龍の森全体の一割に達する勢いだ。
「私は如何すればいいのかしら」
フレイシャーの声に我に返った。俺達はあまりの事に冷静さを失い、現実逃避していた様だ。
「よし、まずはシグルトの両親かザインさんを探そう。そして何が起こっているのか確かめよう。火の方は龍が消火活動をしているし、俺達が行っても邪魔になるだけだろう」
「父さんは多分消火の指揮を執っていると思うんだ。母様も手伝っていると思うんだ」
「分かった、じゃあザインさんを探そう」
俺達は走り回って広場にいたザインさんを見つけ話をした。
「帰って来たようじゃな。だが状況は最悪じゃ。人間の襲撃が有り、撃退したまでは良かったのじゃ。しかし人間共は森に火を放ちながら逃げたのじゃ。油か何か知らんが撒いてあったらしく、一気に燃え広がりその所為で逃げられたそうじゃ」
「火の消火は問題無い様ですが。怪我をしたり契約石にされた龍はいないのですか」
「全員無事じゃが、メルボルクスが先頭で追っていた故に、火に巻き込まれて軽傷を負った様じゃ。まあどこぞの人間の様に小癪な真似をした所で、我を倒すなど百万年早いと叫んでいたそうだから問題ないじゃろ。其れより困った事は、魔狼が入った契約石を一つ取り戻した事じゃ。中に入った魔狼の子供は、明らかに致命傷を受けているのじゃ。魔狼の使者に依ると、この子よりも軽傷の子を前に出した時は、治療も出来ず亡くなったそうじゃ」
俺はメルボルクスの発言に、後で覚えて居ろと思いながら、魔狼の子供の事を考えた。シグルト達も同じ事を考えて、同じ結論になった様だ。
「魔狼の子供は何所にいるのですか?俺なら治せるかも知れません」
「確かにお主の強化を使えば可能じゃが、反対させて貰おうかの。致命傷の上、普通の回復魔法も効かない状態の魔狼を治療するとなると、下手をすると寿命を縮めるじゃろ。寿命を使うのは精神に負担が大きいから、下手をすると廃人になるのじゃ。止めて置くのじゃ」
「大丈夫よ、直哉は私の弟を蘇生して、二百年も使っても正気を保ったのよ。今更問題ないわ」
話を聞いたザインさんの顔が、正体不明の生物を見た様に歪んだのを俺は見逃さなかった。
「何か問題でもあるのですか?」
ザインさんは俺の言葉に躊躇いながら口を開いた。
「はあーー、そうじゃの。お主は人間か?人間なら精神が壊れているのが当たり前じゃ。人間としての限界は五十年が限度じゃ。お主・・・四倍は無理じゃよ、普通に見えるが本当は壊れているんじゃろ。破壊衝動があるとか、襲いたくなるとか、奇声を上げるとかないかの」
まるで異常者の様な言われ様に、シグルトとフレイシャーが俺から距離をとり、窺う視線を向けた。この行動を心に刻み、後でこの借りは返すと決めてから、断固とした否定の言葉を告げた。
「まあ良いじゃろ、今はまだ真面みたいじゃしの。魔狼の子供なら五龍星の館にいる。ここから北に向かって三百メーラ行った青い館じゃ」
俺達は礼を言ってこの場を後にした。
五龍星の館に入ると、激しく言い争う声が聞こえてきた。
「なぜ分からない?龍は此処までされて何もしないと言うのか?赤帝国の仕業だと明白だろう。何もしなければ奴らは付け上がるだけだ。我ら魔狼が北から龍が西から攻め、ルベイル、マルイルの町を潰せば、奴らも暫くは大人しくするだろう」
「潰すと言っているが、ガレオス殿達魔狼は、復讐の為に皆殺しにする心算でしょう。我ら龍は其処までしたら、多くの種を巻き込む大戦が始まると考えているのだ。そして我ら龍は大戦など望んではいない」
「大戦に成ろうとも勝利するのは我ら魔狼だ。数だけの人間に負けたりはしない。思い上がった人間を制裁するべきだ」
「大戦になればどれだけの犠牲が出ると思っている。平和に暮らしている者達も巻き込むのだぞ。その者達からして見れば、我らが悪になり恨まれるのだ。恨みは消すのが難しい、極力増やさない様に行動するべきだ」
「龍はまだ犠牲者を出していないから、そんな事を言っているのだ。我らには寝言にしか聞こえない。先に仕掛けて来たのは人間だ。この契約石を見ろ、この子供は致命傷を負わされているのだ。助ける事も叶わない我らの気持ちが分かるのなら、その様な言葉は出て来ない。まだ言うのなら、この子供を助けてからにしろ」
部屋に入って話を聞いた俺は、重い沈黙を破る様に鋭い大きな声を出した。
「治せば良いのか?俺なら出来るぞ」
部屋に居た全ての者の視線が向けられた。特にガレオスは、人間がいる事と言われた事に混乱している様だ。
「もう一度言う。俺なら治せるぞ。後五龍星の方々とお見受けしますが、炎鳥への使者は滞りなく済みました。詳しくはシグルトと炎鳥の王女のフレイシャーに聞いてください」
丸投げする俺に白い眼を向ける者がいるが、ザインさんの時の態度を話したら、喜んで引き受けてくれるそうだ。少々顔に隠せない感情があったが、俺は気にしない事にして魔狼の返事を待った。
「使者と言ったな?お前の事は聞いているが人間には違いがない。我らと対等に話が出来ると思うな。まして我らでも手の施し様が無い子供が治せるだと?戯言を言うと殺すぞ。龍の顔を立てて目を瞑ってやっているのだ、身の程を弁えろ人間」
「人間、人間煩いぞ。俺は直哉だ名前で呼べ。ガレオスだったな、お前が出来ないから俺も出来ないと思っている様だが、一緒にするな。シグルト、フレイシャー俺が治せないと思うか?」
「直哉なら治せるんだ」
「まあ治せるでしょうね」
「ほら見ろこう言っているぞ」
「ならば治すが良い。治せば先程の発言を忘れ、生きる事を許してやろう。後本当に治せるのなら魔狼の里に連れて行ってやる、里には意思を奪われた子供がいるから治すが良い。人間がやった事なのだから、当然の事だ感謝しろ」
ぶちぶちと堪忍袋の緒が切れる音が脳裏に響いた。此奴は此処で一度止めないと暴走して、俺の目的と妹の安全の確保に邪魔になるだろうと考えた時、少し殺気が混じってしまった。今後注意しなければと頭の片隅で考えつつ、怒りを押し殺した声を出した。
「お前、何か勘違いをしていないか?俺が魔狼の子供を治療するのは、俺が傷ついた子供を放って置くと気分が悪いからだ。何故俺がお前に感謝しなければいけないんだ?そう言えばお前は町を潰すとか言っていたな?子供も殺すと言う事か?」
「当たり前だ。我らの子供を傷つけたのだ全員こ・・・・」
奴の言葉を聞きながら必死に怒りを押し殺していると、突然奴の声が途切れた。
「如何した?最後まで言うと良い」
俺が促しても口を開け閉めするだけで声が出ていない。不思議に思い周囲を見回すと、何故か皆が揃って目を合わせようとしない。
「あああ、あのさ直哉そんなに威圧されると困るんだ」
「はあ?何を言っているんだ?威圧なんかしていないぞ?」
「貴男本気ですか?魔力の質が変わっています。しかも垂れ流しているのですよ。ハッキリ言って私は、貴男の妹と契約するので、傷つけられない保障があるから喋れるのです。そうじゃなければ声を出す事も無理でしょう」
その言葉に俺が気持ちを静めると、皆が疲労を滲ませてぜいぜいと息をしていた。居た堪れなくなった俺は、魔狼の子供を渡す様に言った。俺の言葉にビクつきながら魔狼の子供が渡された。素早く契約石の中から出し、強化した魔法で治療した。寿命の方も百半クーラ程度で済んだ。一分以下なので良しとしよう。
「この通り治す事が出来る事は証明された。俺は魔狼の里に行く積りは無いから、お前達が帰って連れて来い。後言って置くが、俺は無償でやる心算は無いから、対価と町の事を話す事が出来る奴を連れて来い。いいな」
魔狼達は苦しげな表情で、歯を食い縛りながら頷いた。
「シグルト、悪いけど俺はザインさんの所に行ってくるから、後を頼む」
「分かった、僕も後から行くから待っているんだよ」
俺は頷き足早に出て行った。
「彼奴は何者なんだ」
皆の動揺混じりの視線が答えを求め僕に突き刺さった。
「直哉は直哉なんだ。僕の契約者で親友なんだ」
「全く後八百年で隠居出来るのにとんでもない事になったのう。儂はのう何度か死にそうになった事はあるが、そんな場面でも戦う意思を捨てた事は今の今まで無かったのう。だが先程は今戦ったら死ぬと思い動けなんだ。龍の契約者を見た事もあるが・・・」
「確かに直哉殿と戦うのは得策では無いでしょう。先程妹さんと炎鳥の王女が契約すると聞いたのですし。本当だとしたら炎鳥と戦いになるかも知れない上、妹さんも普通の保障は無いでしょう」
「炎鳥が動くかは分かりませんが、王は一人で炎鳥を滅ぼせるかもと言っていました。まあ私が妹さんと契約するので、問題は無いでしょうと言う事で落ち着きましたわ」
「成る程、其れで王女がこの様な所にいる訳ですか。炎鳥も思い切った事をしましたね」
「其れが全てではありません。私が頼み事をして、その対価でもあります」
「契約が対価として釣り合う願いに、好奇心が抑えられないのですが」
「秘密ですわ。如何してもと言うのなら直接聞いてください」
五龍星の三匹が残念そうにため息を吐いた。皆知りたかったのだろう。
「其方で話を聞きながら話している魔狼の皆さんは、のんびり話を聞いていて良いのかなと思うんだ、僕は」
「何を言っている?子供の事なら今話が終わる所だぞ」
「違うんだ。こんな事言うとあれだけど、直哉は子供を殺す者と手を結ぶ事は無いんだ。故に人間でも襲った敵と仲良くする事は無いから安心なんだけど、確か魔狼は戦いの準備を進めているんだよね。もし何か不測の事態で戦いが始まって、計画通りに町を潰したりしたら、もう直哉は絶対に魔狼と手を結ぶ事は無いんだ。最悪の場合は敵になるんだ。龍は如何動くのかな」
僕が視線を向けると三匹は視線を合わせ頷いた。
「儂らはその場合、魔狼には付けないのう」
「一応言って置きますが、炎鳥も魔狼には付けませんわ」
その言葉を聞いた魔狼たちは顔色を変えた。
「我らを敵にすると言うのか」
「敵も何も儂らは町を潰すのに反対しているからのう」
その時、治療された子供が目を覚ました。
「僕は・・此処は・・・」
「我らが分かるか?言葉は理解できるか」
「確か人間に囲まれて其れから思い出せない。後何故か凄くお腹が減っている」
そう言う子供を一匹の魔狼が、表情を緩めながら別室に連れて行った。
「さてのう。此れで治療が可能な事が確かになったのう。確実に助けられる子供達を見捨ててまで、復讐するのならば止めないが、我ら龍は協力は出来んのう。儂としては状況が変わったのだから、一度話し合うべきではないかと思うんだがのう」
「其れは・・・・・・」
「儂は今シグルトを説得して、直哉殿と共に人間の町まで行って情報を集めて貰いたいと思っているんだがのう」
「直哉に聞いて置くけど、香織の契約が終わってからになるから、四日目以降になるのは確実なんだ」
「構わないが、明日からの予定は如何なっているのかのう」
「三日目に直哉の家に帰る予定だから、子供を早く助けたいのなら急いだ方が良いんだ。時間が経てば経つ程治療が難しくなる可能性があるんだ」
魔狼達はジッと真剣な表情で考えると口を開いた。
「我らは一度里に帰る事にする。では失礼する」
そう言うと魔狼は風の様に去って行った。
「では炎鳥の里での事を説明します。里では・・・・・・・・」
「おお、直哉無事だったのじゃな。シグルト達がいないが無事じゃろうな」
「シグルトは報告をしているだけだから大丈夫だ」
「そうか、突然巨大な力が生まれたから心配して居ったのじゃ」
「ああ悪いな、それは俺の力らしいんだ」
「なんじゃとお主の力じゃと?」
俺は今までの事を話した。
「魔力の質が違うとは思っていたのじゃが・・・。儂が思いつくのは、何か強い感情を持っている可能性じゃな。元々お主の魔力は普通では無かったのじゃ。それが強い感情によって増幅しているのじゃ。まずどの様な思いか確かめないと危険じゃ。まずはシグルトが危険にさらされると考えるのじゃ」
俺は言われた様に考えた。
「ふむ、少し増えたのじゃ。他人が引き金なのは間違いないのじゃ。次は親じゃ」
俺は親の事を考えた。
「シグルトの時より増えたが、あまり変わらないのじゃ。次は恋人じゃ」
俺は恋人と言われてもピンと来なかった。
「だめじゃの。基本より下がったのじゃ。お主、女に対する思い入れが無いようじゃ。お主の恋人には憐みを禁じ得ないのじゃ」
「まて、俺は恋人がいないだけだ。其処まで言われる必要はないだろ」
慌てて反論した俺にザインさんは首を振って告げた。
「いや、普通は理想の恋人でも良いし、最悪でもこんな女を手に入れたいと考えれば上がるはずじゃ。だがお主の場合下がったのじゃ。つまりお主にとって、女は居ても居なくても変わらない存在で無価値なのじゃ」
ザインさんの言葉に動揺して俺は必死に考えたけど、確かに俺は女性の好みなど考えて無かった事に気づいただけだった。
「まあ今気づいたのじゃ。此れから変えれば良いじゃろ。他に身近な人間がいるじゃろ考えるのじゃ」
俺は身近な人間として香織の事を考えた。そして香織が傷つけられる事を考えた時、自分の中から巨大な力が湧くのに気づいた。慌てて止めたけどザインさんは見事に凍り付いていた。
「大丈夫ですか?」
「ああ、何とかじゃがな。お主何を考えた?まさに激変としか言いようが無いのじゃ」
「妹の香織の事を考えました」
「妹じゃと・・・そうか妹なんじゃな。お主がまさか妹に執着しているとは思わなかったのじゃ。若い時に其れなりの経験がある儂じゃが、妹は無理じゃな」
「いや、俺は家族として兄として妹が大切なだけだ。邪推はしないでくれ」
反論を聞いたザインさんは頭を振ってから憐みの視線を向けて来た。
「お主・・・そんなすぐ分かる嘘を吐いてまで、誤魔化さなくても良いのじゃ。まず先程の事で、親の時と妹の時では同じ家族のはずなのに、反応が違い過ぎるからお主にとって妹が特別なのは確定じゃ。次に妹を女として見ているのなら、先程の女に対する反応も納得出来るのじゃ。お主の中では女とは妹を指すのじゃから、他の女に興味が無くても当然じゃ。」
ザインさんの確信した様な口調の言葉は、俺の心を突き刺して打ちのめした。
「そんな馬鹿な事があるはず・・・・」
頭の中はグチャグチャだが、それでも俺は必死に言葉を探した。
「過去に香織が危険な目にあったから、兄として守ろうとする気持ちが強い所為でしょう」
「其れも理由の一つなのじゃろうが、お主の心の一番深い所に妹の事が刻まれているのじゃろう。例えば行動の指針を、妹にして考えていたりしているじゃろ?今此処にいる理由も妹が関わっているじゃろ?」
「其れは・・・・・」
言葉に詰まった俺に、ザインさんが諭すように告げた。
「一概に悪いとは言わんが、きちんと向き合わないと力も安定しない上、いざという時失敗する事になるやも知れんのじゃ。これは年寄りからの忠告として聞いて置くのじゃ」
落ち込みながら辛うじて頷く俺を見て、笑声を上げるザインさんが口を開いた。
「フォフォフォ、しかしあのような強化を使っても無事だった理由が分かって、スッキリしたのじゃ。妹を手に入れる為に行動するとは、ある意味超えてはならぬ一線を超えているのじゃ。子供に問題が出てもお主なら治療出来るから良かったの」
「こここ、子供だと何を言っている。抑々俺と香織は血が繋がっていない、義妹だから問題は無い」
「問題は無いじゃと?本音が漏れとるのじゃ。フォフォフォ・・・」
ニヤニヤ笑うザインさんを見て、俺はからかわれた事に気づき、屈辱に全身を震わせた。此のままやられたままでは居られないので、一矢報いる方法を必死に考え行動した。
「そう言えばザインさん、奥さんはお元気ですか?」
「三匹の孫の世話をしているのじゃが?何の話じゃ?」
いきなり変わった話に不思議そうな顔をしながらザインさんは答えた。答えを聞いた俺は、獲物が掛かったと思って黒い笑みを浮かべながら告げた。
「そう言えば先程若い時は其れなりの経験があると言っていましたが、奥さんはご存じですかね」
言った瞬間ザインさんの顔色が変わった。
「ななな、何を言っているのじゃ。男なら其処は見ていない、聞いていない、そして言わないのが暗黙のルールじゃ」
「残念ながら俺は異世界人ですので知りませんね」
「おおお、お主・・・・・」
「全く此れだから男は信用出来ないのですわ。こんな所で何を言っているのかと思えば・・・」
「直哉がシスコンなのは薄々気づいていたけど、まさか子供だなんて・・・・」
フレイシャーとシグルトの非難と呆れの声を聞き俺は肩を竦めた。
「説明は終わった様だな。何時から聞いてたんだ」
「妹を手に入れると言う所からですわ。直哉が妹を大切にしているのは気づいていましたが、まさかそんな意思を持っていたとは思いませんでした」
「だから違うって言っているだろ。ザインさん丁度良いので、此れで失礼させて頂きます。ほら行くぞ」
俺は皆を急かしてシグルトの家に向かった。
皆が食事を食べ終わると、メルボルクスが話し始めた。
「如何やら無事に使者を務めて来た様だな。まあ普通にすれば良いだけだし失敗する方が難しいだろうがな。くくくく・・」
「百羽の炎鳥と戦う事になったが、概ね問題無かったよ。まあどこぞの龍と戦うのよりは大変だったがね。ああ、聞いたぞ。人間に突撃して火に巻き込まれて怪我をして叫んだそうだな。ふふふふふ・・」
「魔狼の子供を取り戻す為だから名誉の負傷と言うやつだし、あの程度の負傷怪我の内に入らんわ。ふん」
鼻を鳴らし誇るメルボルクスを見て、何故か苛立ってきた俺は言った。
「確かに自分のブレスよりは大した事ないだろうよ。ははははは」
「小僧・・・・」
俺とメルボルクスは視線を合わせて睨み合った。
「此れは何なのでしょう?」
「父さんと直哉は初めの出会い方が悪かったんだ」
横で俺達の会話を聞いて、不安そうなフレイシャーにシグルトが説明している様だ。それを気にせず俺達は話を続けた。
「あの魔狼の子供が助かったのは本当か?」
「ああ、俺が治した。あれは力を使う度に強引に搾り取っているのだろうが、その所為で生命力が削られているから回復魔法も効かないのだろう。元になる生命力が無いのを、俺の強化で誤魔化して傷を治したが、後は安静にして体力さえ回復すれば問題無い」
「そうか、我が人間から取り戻したので気になっていたのだ。助かるとは思えない傷だったのだが・・・強化は常識を覆す力の様だな。我らに何を隠している」
厳しい視線を向けるメルボルクスに、俺は一度目を瞑り覚悟を決めて話を始めた。
「俺の強化能力はレベルがあり、高レベルの力は寿命を削る事になります。魔狼の子供を助けるのに百半クーラ程使っています。だが報告しなければならない重大な事は、此処にいる炎鳥の王女を妹と契約させる為に、死んだ王子を蘇生する必要があり、自分の寿命だけでは足らず、シグルトと合わせて二百年もの寿命を使ってしまった事です」
言葉を言った瞬間シルフレーナさんは凍り付き、メルボルクスは怒りと共に殴り掛ってきた。俺は当然の事だと思って動かない様に自分を律した。後少しで殴られる時にシグルトが割って入った。
「そこを退けシグルト」
怒りを押し殺した声が重く響く。
「いやなんだ。退かないんだ。僕は直哉の契約相手で親友なんだ」
「その男はお前の寿命を自分の目的の為に使ったのだぞ。此処で処罰して置かないと、今後も調子に乗って好き勝手するかも知れないのだぞ」
「直哉は寿命を使う時は、相談して合意してから使っているんだ。僕は炎鳥の時も今度の魔狼の事も了承しているんだ」
「ありがとうシグルト、大丈夫だ。俺が殴られるのは当然の事だ。親にして見れば、信頼して息子を預けたのに、守る所か寿命を削らせたのだから、裏切られたと考えるのも当然だ。合意の有無の問題じゃないんだ。そして俺は過去に親を悲しませた経験があって、こうなる事を分かってやったんだ。シグルトの親の怒りと悲しみを受ける義務が俺にはあるんだ」
そう言ってシグルトの頭を撫でて横に退け、怒りに震えるメルボルクスと視線を合わせた。
「ふん、此れで今回は目を瞑ってやる」
その言葉と同時に俺の体に拳が突き刺さり、俺の体は凄まじい勢いで壁に衝突した。口に血の味がしたと思ったら俺は吐血していた。一切の防御をしなかったので内臓まで深く傷ついた様だ。過去に刺された時とは比べ物にならない痛みで、龍人でなかったら確実に致命傷だろう。
「ちょっと直哉、大丈夫ですの」
フレイシャーが慌てて駆け寄って来た。
「少し痛いだけだ問題無い」
俺はフレイシャーの手を借り元の位置に戻った。
「目を瞑っていただき、ありがとうございます。さてシルフレーナさんも母親として言いたい事があると思います。どの様な言葉でも聞く覚悟があります。どうぞお言いください」
頭を下げ傷付きながら話す俺を、シルフレーナさんは目を細めて、見定める様な視線で見つめていた。
「直哉さんに問います。シグルトに隠し事をしてはいませんか?以前言った目的に嘘はありませんか?そして今後もその力を使うお積りですか?」
「シグルトに答えられない事は今の所ありませんし、目的に変更もないです。力はシグルトと話しましたが、基本的には例外とする、妹の香織以外は蘇生しない心算です。寿命を削らない力は使う心算ですが、寿命を削る力は俺が使いたいと思って、シグルトが許可した時だけにする心算です。まあ使わないと死ぬ場合は独断で使いますが、此れは許して貰いたい」
「その言葉に偽りはありませんね。その言葉を信じこの場は引きますが、もし破れば後悔させますよ」
最後の言葉と同時に向けられた威圧は、正直メルボルクスの力が吹けば飛ぶ物の様に感じられ、俺はおろかシグルト達まで凍り付いていた。
「もう一つ聞かなくてはいけませんでした。直哉さんは蘇生出来るのですか?」
「死んで時が経っていなければ可能ですが、百年単位で寿命を削る事になります。魔狼の子供の治療では、精神と繋がった魂の傷を治す為に寿命を使いました。魂が傷ついた状態では意思が戻る事はありません」
「契約石は魂も傷つける物だとすると、普通では在り得ない事態ですね。魔狼の子供の入っていた石は如何したのかしら」
「ああ、そう言えば返して無かったな。これがそうだ」
俺は石をポケットから取り出した。
「我にはただの赤い石にしか見えないな」
「僕にもそう見えるんだ」
「この石は私を入れようとした石とは違う様に見えます。此れは石ですが、私が見たのは宝石の様に輝いていたはずですし、確か子供が入っていた時も今より輝いていて宝石に見えました」
言われて見ると確かにそうだった様に思い、俺の世界の知識で作った俺とシグルトしか知らない、オリジナル魔法の精密探査魔法を使って見た。そして俺はすぐに見たのを後悔した。分かったのは石に加護が宿っている事と、加護に依って捕まえた生物の持つ力を増幅して、無理やり引き出して使用する使い捨ての道具らしい。最悪なのは最後の最後まで絞り尽くす構造だ。意思を完全に失うまで、すり潰される苦痛に耐えなくてはならないのだ。俺が蘇生の時に味わった苦痛を、無理やり与えられる様な物で、普通の拷問の方がまだましだろう。似た経験をしている所為で想像出来る事が、俺に恐怖を与えて冷や汗と共に体の震え、そして吐き気を与えた。
「どどど、如何したんだ直哉」
「大丈夫ですか直哉」
俺は蒼白な顔で、今知った事を早口で伝え最後に言った。
「この石は全ての魔力を持つ生物を入れる事が可能だ」
初めは意味が分からなかった様だが、理解すると皆絶句していた。
「馬鹿な・・・・・」
「何て物を・・・・・」
「冗談にしたいんだ・・・・・」
「私はもう少しで・・・・・」
「俺はまだまだ考えが甘かったな。此れは人間も入れられる以上、俺も力を知られたら襲われるだろうな。時空魔法が便利でそればかり使っていたが、次に来る時は普通の人間の魔法も覚えてないと不味すぎる。何より香織はこの現状を聞いても俺と一緒に来るだろうし・・・此れは参ったな・・・」
「確かにその心配は必要だが、まずは石の事を五龍星で話し合うべきだ。我は此れから緊急の会合を行うので、皆は先に休んでいてくれ」
言うが早いかメルボルクスは緊迫した表情で走り去って行った。
「直哉さん蘇生については・・・」
「分かっています。香織以外には絶対に使いません。契約石にされて好き勝手にされる何て嫌ですから・・・」
「炎鳥の方もお願いしますね」
「王子が殺された事は家族しか知りませんが、こうなるとやはりあの人間達を生かした事が裏目に出ないと良いのですが・・・」
フレイシャーの言葉で色々と考えさせられたが、まだ俺は生物、まして人間を殺す覚悟は持てない様だ。だが現状は最悪で、香織が此方に来るのならいざという時に守れる様に、俺も覚悟を決める必要がある事は理解していた。そのまま深く考えに沈んだ俺は、その時自分を見つめるシグルト達の視線に気づかずに、シグルトとフレイシャーの決めた覚悟にも気づけなかった。