契約者と龍の森
「さて準備も整ったし行ってくるよ」
直哉が声を出すと皆の顔が珍獣を見る顔になった。
「直哉、お前正気か?香織と集めた荷物は如何した」
「ああ、成る程そう言うことか。全部持っているよ。異空間に入れてあるから問題ない」
言葉を聞いて複雑そうな顔をする母さんが言った。
「はあ異空間なんて言葉を現実で聞く事になるなんて・・・私の常識を返して欲しいわ」
「まあまあ、お母さん、お兄ちゃんの出発前だしそれくらいでね。あとお兄ちゃん、約束は忘れてないと思うけど、帰ってくる時はお土産期待しているね」
「待て、香織七日で如何にかするなんて無理だぞ」
「大丈夫だよ、お兄ちゃんなら不可能でも可能にすると固く信じているから」
香織はとても良い笑顔を見せた。しかし俺は心が和む処か、重い荷物を背負わされ死地に赴く気分を味わっていた。
「わ、分かってる。最優先で行うつもりだ。シグルボルト、早く転移してくれ」
シグルボルトが頷くと足元が光始めた。
「行ってきます」
その声と共に俺たちはこの世界から消えた。
十分くらいの浮遊感を得て、足が地に着く感覚に目を開けると、辺りは森になっていた。見渡す限り木々が在り、中でも大きな木は直径百メーラはある。因みにセンチ、メートル、キロはファーレノールではミーラ、メーラ、キーラとなる。重さはトミーラの様にトを付けるらしい。
「凄いな、ああまで大きな木を見ると登って景色を見たくなるな」
「いや、今は其れよりも早く移動しよう。ここは僕が襲われた場所から五十メーラしか離れていない」
緊張したシグルボルトの声を聞いて、直哉は素早く思考を切り替えた。如何やら初めて見る大自然に心を奪われてしまって居た様だ。
「分かった。まずは予定通り、森の中央に在る龍の里を目指そう。シグルボルトも其れで良いよな」
「うん問題無いんだ。あと僕のことはシグルトで良いよ。親友になるんだし」
「分かった。よし行こうシグルト」
二人は駆け足で里を目指した。直哉の時計で二時間、現地時間で二クーラ経つと遠目に里が見えてきた。シグルトも里を見て安心した様だ。
「良かったなシグルト、無事に帰って来れて」
「ありがとう直哉。直哉が契約してくれなかったら、今ここに居ることは無かったんだ」
その時里で大きな声が響いた。如何やら此方に気づいた様だ。龍が何頭か空を飛んでくる。
「あれは父さんと母様みたいなんだ。迎えに来てくれたんだ」
シグルトは満面の笑顔を浮かべて、とても嬉しそうだった。しかし俺はどうも嫌な予感がしていた。そしてやはりと言うべきか、距離が近づくと明らかに、此方に対する敵意が感じられた。シグルトが敵意に気づき、愕然とし声を上げようとした時、周囲に響き渡る怒声が放たれた。
「貴様が我が息子を傷つけて意思を奪い、力を得る道具にした人間か。生きて帰れると思うなよ。森をうろついていた五百人と同じ場所に送ってやる。」
「ちょちょ、ちょとまて・・・」
「問答無用。目障りだ消えるが良い」
そう言うと龍は火炎のブレスを吐いた。直哉は咄嗟に時空魔法で空間を歪め、火炎のブレスを逸らした。しかし直撃こそ何とか避けたが、熱風が体に吹き付けてとても熱かった。
「あち、この野郎話を聞きやがれ」
「貴様・・・その時空魔法・・・やはり我が息子の力を奪ったのだな」
怒りを押し殺した低い声を出した龍の目つきが悪くなり、すぐに爪と尻尾で攻撃をしてきた。重い尻尾の一撃が直哉の体を掠め、そのまま地に叩きつけられた。そしてすぐにズシンと重たい音が響き、地面が陥没するのを見せられた。
「くそ、此の儘じゃ不利だな。一度引くべきかな?」
「ふん、引く隙など与える物か、此処で死ね」
龍の攻撃は増々過激になり、遂に尻尾の直撃を受けて直哉は吹っ飛ばされた。
「いたたた、全く契約者に成って無かったら死んでたな。あの龍め、もうシグルトの親でも絶対に許さん。必ず一撃入れてやる。よし、まずは視界から消えることだ」
そう呟くと直哉は時空魔法で空間を歪め、光学迷彩の様な効果を生み出した。そして龍が来るのを待ち構える場所探し潜伏した。一方龍は人間が消えたことに気づき、慌てて追って行った。残されたシグルトは我に返ると、目の前で嘆きながら見つめてくる母様を詰問した。
「何故直哉を攻撃するのです。直哉は僕の契約者ですよ、僕を殺す積りですか。事と次第に依っては、母様とて容赦しませんよ」
怒りに声を震わせる息子を見た母親は、何かがおかしいことに気づき問かけた。
「シグルトは人間に襲われて、力の媒体にされて意思を奪われたはずです」
「何を言ってるのか理解不能なのですが?僕は直哉と契約したけど、それ以外は問題なんてないんだ」
「直哉とは先ほどの人間の事でしょう。無理やり契約させられたのではないのですか」
「何をバカな事を・・・僕がお願いして契約してもらったんだ。そんな事より今は早く父さんを止めて下さい。直哉が死んだら僕も死ぬんだ。早くして」
シグルトに急かされた龍は、急いで止めるために飛ぼうとした。しかし如何やら手遅れの様だった。龍の向かった先から爆音が響き、龍の絶叫が上がった。驚く二匹は急いで声の場所に向かった。
追って来た龍が自分を探している間に、素早く準備を済ませた直哉は動かず潜伏し続けていた。暫くしてついに龍は直哉が隠れている空間の歪みに気づいたのか、ニヤリと笑いこちらに向かって来た。そして慎重に距離を開けて声を掛けてきた。
「ふん成る程な、空間を操って姿を隠し不意打ちを仕掛けるだけかと思ったが、時空魔法で狭間を作り切断する罠を仕掛けるとは・・・人間にしてはよく考えている。だがそもそも龍に対して時空魔法で戦うのが無謀なのだ。龍以上に時空魔法を使いこなせる者など此の世界に存在しない」
「そう思うのなら挑んで来ると良い。狭間は既に固定しているし、如何に龍といえども此処までの数の狭間に近づくことは危険だろう。一々狭間を消すしか無いだろうが」
「ふん、愚か者が・・・我にはブレスがある。確かに数だけは在るが隙間がありすぎる。我がブレスをそんな物で防げるとでも思ったか?死んで出直してこい」
龍は即座にブレスを放った。火炎が向かってくるのを見た直哉は、即座に狭間から空間魔法で作った反射収束する板状の空間を取り出した。そして火炎を一つの狭間に送り込んだ。龍は驚いた様子だがもう遅い。火炎の送り込まれた空間は、狭い代わりに頑丈に作られていて壊れたりはしない。ブレスは入口から入り、溜まって圧縮され出口を求める。しかし出入り口は一つしかないので、ブレスの勢いがあるうちは出られない。勢いが無くなった時が破滅の時なのだ。龍も気づいたのだろう。だがもはやブレスを止める訳にもいかない龍は、時空魔法で自分の体を守る障壁を作り始めた。そしてついに破滅の時が訪れた。圧縮された火炎は小規模の太陽の様に輝き、龍に向かって飛んで行って障壁にぶつかった。拮抗は一瞬ですぐに障壁は突き破られ、そのまま龍の体に着弾して大爆発を起こした。
「があああああああああああああああ」
龍の絶叫が響く。直哉はそれを聞きながら爆風を受け背後の木に向かって吹っ飛ばされた。
「がは、痛いがこれで一矢報いたな。問答無用で襲って着やがって・・・」
直哉がそう言って起き上がると、周りの木が無くなってクレーターになった場所に龍が倒れていた。鱗もボロボロでかなりの傷を受けている。だが其の目は怒りを持って睨んでいた。
「おのれ人間め、小癪な真似をして唯で済むと思うなよ」
「いやあんたは何も出来ないさ。シグルトも母様と呼んでいた龍と共に此方に来ている見たいだし」
「貴様、我が息子を馴れ馴れしく呼ぶな」
「おいおい、何で本人から許可を得ているのに、親とは言っても行き成り襲ってくる奴に言われないといけないんだよ。ほら二匹のお出ましだ」
二匹の龍がそれぞれの元に降りてきた。
「うわーー、父さんをよく倒せたもんだ。正直直哉が死んで無いか戦々恐々としてたんだ」
「まあ何か知らないが怒り心頭で冷静さが無かったからな。しかし龍人に成ったことがよく実感出来たよ。普通の人間なら死んでいる場面が何回かあったし、何よりもう傷が無い」
「ごめんなさい。襲われないと言ったのに父さんが襲ったし・・・」
「まあ良いよ怪我も治ったし。但し香織には内緒だぞ」
シグルトは苦笑しながら頷いた。その間に向こうの二匹の話も終わった様で、此方に話かけて来た。
「シグルトよ、意識を奪われていないのか?人間に襲われたのではないのか?その人間が契約者だと聞いたが本当なのか?何より今まで何所に居たのだ?」
「直哉が契約者なのは本当なんだ。僕からお願いして契約したんだ。直哉に非は無いんだ。寧ろ行き成り襲った父さんの方が悪い。確かに人間に襲われたけど直哉は完全に無関係だし、今までのことは里に入ってから話すんだ。長い話になるから・・・。其れより何でこんな事になったんだ。説明してくれないと事と次第に依っては僕にも考えがあるからね」
シグルトが強い口調と視線を向けると明らかに龍は怯んだ。
「まあまあシグルト、誤解みたいだし、俺も大怪我させたし、お互い様って事で良いだろう」
「ふん誰も大怪我などしては居らん。勘違いも甚だしい。人間如きの攻撃で怪我などするものか」
「シグルトの顔を立てて穏便に済ませてやろうとした心使いを無にするとはな。ああそうだな、お前は無様にも自分のブレスで怪我をした間抜けだもんな。そもそも俺はシグルトの親の様だったから攻撃していないしな。はははははははは」
俺の発言を鼻で笑う龍は笑う俺を見て怒りに声を震わせた。
「貴様死にたいらしいな、如何やら自分の立場を理解していないらしいな」
「ははは、理解していないのはお前だろうが、隣にいる奥方に自分の立場を聞いたらどうだ」
龍は隣に居る妻を見て白い視線を向けられていることに気づき、途端に体をビクつかせた。
「メルボルクスの行動はシグルトの話で誤解なのは明白です。何よりの問題は、間接的では在りますが、シグルトを殺そうとしたことです。そして今の発言を聞くまで、向こうも攻撃したのだから、まだ言い訳なり釈明なり出来ると思っていたのですが・・・。はあ、まさか攻撃されたのでは無く、自分のブレスで怪我をしていたなんて思いもしませんでした」
メルボルクスは理解したが納得出来ない様だ。最早意地を張っているだけだ。
「いやいやあれは攻撃だろう?我のブレスを圧縮して打ち出したのだから」
「いや違う、あれは入口が一つしか無い空間にブレス攻撃をして、行く場所のないブレスが圧縮され、その後入口から出て行っただけだ。後は入口の前でブレス攻撃をしていた龍に当たっただけだ」
此の発言でメルボルクスに向けられる視線が、物理的な重さを持つ様な気がする物に変わった。
「父さん、僕は今正直失望しているんだ。本当に父さんは龍の中で五番以内に入る五龍星なのかな?」
「なななな、何を言う当然だろう。我が本気をだせば人間など塵も残らんわ」
「メルボルクス、もう喋らなくて良いわ。これ以上見てられないわ。この続きは里で話ましょう」
その言葉に俺とシグルトは頷くと里に向かって歩きだした。すると一匹で残されそうになったメルボルクスも慌てて付いて来るのが見えた。
里に入りドーム状の家の中に入ると、暖かい春の気候の様な空気に変わった。それに家の外観と中の広さが最低でも七倍はある。時空魔法なのだろうが後でシグルトに教えて貰うことに決めた。
「ふん、契約者だから仕方なく歓迎してやる。感謝するが良い人間よ」
「ははーー、この通り伏して感謝致します。偉大なる龍メルボルクス様」
頭を下げる俺を見たメルボルクスは唖然としていた。そして頭を下げさせた父親を見たシグルトの、厳しい視線にさらされて苦々しい顔に変わった。俺の意図を理解したのだろう。
「直哉殿でしたね。私はシルフレーナと言います。シグルトの母親です。二日前森に人間の集団が入ったと知らせを受け、里から出ていたシグルトを必死に探しました。しかし其処には人間しかいませんでした。在るのはシグルトの血だまりだけでした。怒りと共に人間を全滅させ、時空探査魔法を使って調べたら、この世界に存在しないと出たのです。途方に暮れ一度里に戻ると、里に北の森に住む魔狼の使者が来ていました。五龍星として使者の話を聞いたメルボルクスの言葉によると、魔狼の子供が傷付けられ赤魔宝石の中に入れられ、人間はそれを契約石と呼んだそうです。何でも契約石を持つと、契約者と同じ魔法が使えるのだそうです。実際子供を取り返す際、その力に依って魔狼の一匹が重症を負い、契約石にされたそうです。犠牲を払って取り戻した子供も、無理やり力を引き出された所為で、精神に傷を負い人形の様に無反応だとか。しかも傷が原因で死んだ子供もいるそうです。今も他の五龍星が使者と今後のことを話あっています」
思った以上に悪い現状に、俺は眉を顰める破目になった。シグルトも自分が襲われた原因を聞いて、ため息を吐いて此れからのことを考えている様だった。
「参ったな。香織の契約相手を探す処じゃないなこれは・・・。だが諦める訳にも行かない。シグルト、まず此方の現状を話そう」
その言葉に頷くと、シグルトは襲われてからのことを全て話した。二匹はころころと表情を変え、最後に何とも言い難い表情をした。
「ぬう、口惜しいがシグルトを助けた事には、親として礼を言わん訳にはいかんな。感謝する」
早口で言うと頭を下げた。シルフレーナさんも頭を下げ言った。
「直哉殿が協力してくれた様に、此方も協力するわ。目的に必要な物も時間さえ貰えるなら何とかしましょう。でも契約相手は無理ね。今は最悪の時期としか言いようがないわ」
「話を聞いて難しい事は分かりましたけど、香織と約束したのでやれるだけの事はしようと思います。まずは此処から南の炎鳥の森に行って、駄目なら東の天狐の森を目指そうかと思います。シグルトは其れで良いかな」
「僕は構わないんだ。北の魔狼は駄目だろうし」
「まあ待て、そう急ぐな。今日は此処に泊まると良い。シグルトも帰ったばかりであろう。其れに炎鳥の森に行くのなら、使者として行くことが出来るかもしれない。今はこんな状態だから、人間がのこのこ現れたら最悪殺されるかも知れん。其れに契約者だと言っても信じて貰えないかも知れんし、我が他の五龍星と話をして使者をシグルトとおまけにする様に頼もう。其れなら立場を証明できよう」
そう言うとメルボルクスは素早く立ち上がって出て行った。
「俺も里を見せて貰いたいのですが、外に出ても良いでしょうか?」
「良いわよ。食事の用意が出来たらシグルトを呼びに行かせるから、其れまでゆっくり見てくると良いわ」
答えを聞いて礼を言った俺は外に出て行った。
「気を使わせた様ね。でもシグルトが無事で良かったわ。心配したのよ。帰って来たら契約しているし」
「ごめんなさい母様。でも直哉も香織も二人の両親も良い人達だよ。暫くは世界を行き来するけど、最終的にはファーレノールで暮らすと言ってくれたから、僕は世界を捨てさせる分の百年くらいは、直哉の目的のために時間を使う事に決めたんだ」
「シグルトが自分で決めたのなら良いわ。でも今はこんな時だから慎重に行動なさい。あと直哉殿はどの位魔法を使い熟しているの?」
「まだ基本的な事だけなんだ。特殊能力も発現していない」
「あらまあそうなの。なら後で時の館で訓練を積んで貰いましょう。特殊能力を使えるのが、龍と契約した者の最大の長所ですからね」
「特殊能力が使えるのは龍人だけだし、龍も使えない力だから強いのは分かるけど、簡単に使える物なのかな?」
「考えがあるわ。メルボルクスの攻撃に耐える空間なんて作れるのかしら、もしかして特殊能力で創ったのかも知れないわ。想像が正しいのなら訓練で使える様になれるわよ。さて食事の用意をするから手伝って、ある程度出来たら直哉殿を呼んで来てね」
二匹は共に居られる喜びを噛み締めながら準備を始めた。
「しかしあれだな、赤魔宝石だかに入れるって事は、シグルトを見れば誤解なんてすぐ分かりそうなもんなんだけどな。余程余裕がなく判断力も無くなって居たのかな。見た訳じゃないからかもな・・・。はあ、如何にも厄介だな此れは・・・チィ、戦争も在り得るのかな。契約石なんて使ったら五幻種を敵にするのは誰でも分かる。勝てるとはとても思えないんだが・・・まだ何かあるのかな?契約石を強引に作って何をする?平和利用なんて事は無い。やはり戦争の二文字しか頭に浮かばん。一日目からこんな事で大丈夫か俺?道が無いことすらある世界と魔獣が存在するだけで、もう勘弁して欲しい気分なのに・・・。」
「そこな人間よ。お前が契約者かね」
突然の呼びかけに顔を向けると、右に見える広場に座る龍が居た。
「シグルトと契約した事を言っているのなら俺のことです。直哉と言います」
「儂の事はザインと呼んでくれ。八千年程生きていて長老とも呼ばれている。故に龍人を見るのは三人目なんじゃ。少し話をせんかね」
他の龍人を知っていると言う言葉に興味を持って近づくと、ザインは見定める様な視線を向けてきてから話を始めた。
「直哉は雰囲気からして違うな、何か場違いな感じがするのう。何より魔力の質が違うのう。気づく者は儂以外にはいないだろうが、特殊能力で強化もされているようじゃ」
「待ってください。俺は特殊能力なんて使えない」
「いや確実に使っているのじゃ。しかし無意識ならまずいぞ、お主の特殊能力は明らかに生命力を使って発動しているのじゃ。今のレベルなら疲れるだけだが、能力を強くすれば寿命が削られるのじゃ」
「嘘だろ・・・・知らない内に寿命が減るのは嫌だな。何か対処法はありますか?」
「うむ、まず能力を頭に浮かべるのじゃ。あやふやな認識だが全体を認識できるはずじゃ。それをレベル一レベル二と分割するのじゃ。そうすると整理され詳細が理解できる様になるはずじゃ。どうかの」
ザインさんの言う様にして見ると能力が理解できる様に成った。俺の能力は強化らしい、空間や魔力を無意識に強化していた様だ。だが理解した能力は危険な能力でもある。最低な威力の魔法でも五十年寿命を使えば山一つぐらい消滅すると認識できる。また回復魔法と時空魔法を併用して使い強化することで死んでから時間が経っていなければ蘇生できる様だ。但し最低百年以上は減る様だ。
「教えて貰わなければ大変な事に成っていました。ありがとうございます」
「その力が儂の想像と同じなら多用はするでないぞ。まあ低レベルならよいのじゃが。さて魔力の質については心当たりはないかの」
直哉は迷ったが自分の事を話した。
「成る程のう。この年に成っても未知の事に出会えるとはのう。よし此れからは何か困ったら儂に相談するとよい。この世界での判断に困る事は沢山あるだろうしの。シグルトはまだ子供だが儂も付いておる、一人ではないのから安心するがよいのじゃ」
如何やら異世界で一人になって、先の事に不安に成っていたのに気付かれた様だ。ザインさんの配慮に頭が下がる。年の功とはこんな感じなのだろうか。
「僕は子供だけど直哉の事は僕が支えるんだ」
シグルトは拗ねているみたいだ。
「フォフォフォ、威勢の良いことだのう。じゃがまあ自分だけで支える積りなのがまだまだじゃな。直哉の様な特殊な事情を持っている場合、一人でも多くの味方を付けるのが大事なんじゃ。もう少し考えるべきじゃな」
「確かにそうだけど、香織がいない間の直哉ことは僕の責任なんだ。長老は良いけど、もし直哉がおかしな女と仲良くなったり、変な友人が出来てたりしたら、香織に責任を追及されてお話をする事になるんだ」
そう言ったシグルトは体を震わせ哀願する視線を向けてきた。
「シグルト、まさかとは思うが俺の行動を香織に報告するのか?ははは、そんな事は無いよな?親友が監視者なんて事は・・・」
「ごめん、香織には逆らえないんだ。兄として相応しくない行動は報告しろと言われた。他にも言われたけど喋るなと言われているんだ」
シグルトの言葉に俺は凍りついた。正直異世界に行けば多少破目を外しても問題無いだろうと浮かれていたのだ。鬼の居ぬ間になんとやらだ。異世界の美人にも興味があったのだが、今この瞬間からそんな考えは頭から消し飛んだ。後に残るのは香織との約束だけだ。もし果たせなかったら俺は如何なるのだ?胃がキリキリ痛む。
「ははは、まあ良い早く知れて良かった。万難を排して香織の約束を果たそう。其れだけが生きる道だ。邪魔をする者は実力行使だ。シグルトも良いな」
「うう、うん分かったんだ。そうだ食事なんだ家に戻ろう」
渇いた笑い声を響かせて目を据わらせた俺に、シグルトは引きつりながら答えて頷き、必死に話を逸らそうとした。ザインは話を耳に入れながら、この年ですでに尻に敷かれる者達に、哀れみの視線を向ける事を止められんかった。
「御馳走様でした。龍が果実や野菜を主食として食べるのは意外でしたけど」
「ふん、どうせ龍は生肉でも食べているとか考えていたんだろう?残念だったな」
「まさかメルボルクスなら兎も角、お二方には似合いませんよ、はははは」
「小僧、喧嘩なら即座に買うぞ」
「俺も不思議なんですよね。何故か対抗心が溢れてくるのが。此れはもう不倶戴天の敵なのではないかと思う次第です」
「そうかそうかよく言った。我もどちらが上でどちらが下かハッキリと決めたかったのだ。くくく」
シルフレーナとシグルトは夫と直哉を見てため息を吐いた。
「お止めなさい。穏便に話しなさい。いい年した大人が落ち着きのない。五龍星としての立場を考えなさい。子供時代に戻ると言うのなら私も戻りますよ」
「すまなかったな直哉殿、大人気なかった。五龍星の皆で話して直哉殿に使者として炎鳥の里に行ってもらう事に成った。よろしくお願いする。行きは転移魔法で炎鳥の森の外まで送ろう。帰りはシグルトの転移魔法で帰って来ると良い。シグルトは此処に探査杭を打って置くように」
「わわ、分かったよ父さん」
正直行き成り態度が変わったメルボルクスに、シグルトも直哉も気味が悪かった。
「直哉殿、特殊能力をまだ使えないと聞いたのだけど訓練をしないかしら」
「ザインさんから習ったので今は使える様になりました」
「あらそうなの・・・どんな能力か聞いても良いかしら?」
「強化の能力でした」
「成る程それでなのね。無意識で魔法を強化していたのね」
意味が解らない直哉にシグルトが説明した。
「父さんの攻撃に耐える空間なんてまず作れないんだ。普通は圧縮された後限界を超えて吹き飛ぶはずなんだ。僕は直哉が異世界人で魔力が違うからだと思ったんだけど・・・」
「魔力が違うだと?我には感じられないが本当なのか?」
「ザインさんも言っていたので本当でしょう」
「そうかなら何かあったら言うと良い。シグルトにも関わる事だから無碍にはしない」
「ありがとうございます。シグルト、俺は先に休ませて貰うよ」
「分かった。真っ直ぐ行って右が僕の部屋だから」
直哉は頷くと部屋に向かった。
「直哉殿は何かを隠していますね。追及を受けない様に移動したのでしょう」
「父さんが居たからだと思うんだ。僕には後で話してくれると思うんだ」
「信頼しているのですね」
「誓いの言葉の話もしたでしょう。直哉の目的の事もあるし疑う必要は無いんだ」
「その目的が本当なら良いのだがな。本当だったとしてもそれ以上を求め始めないか不安だがな」
「直哉は香織がいるから大丈夫。香織の手から逃れるのは無理なんだ。昔から気づかれない様に管理されている様なんだ」
「管理だと?小僧は首に縄つきか?しかも気づいていないだと?成る程道化なら心配ないな」
「父さん・・・そんな事言ってると香織とお話しする事になるんだ。後悔する事になるんだ。僕は知らないからね。巻き込まないでよ」
「シグルト我が人間の小娘に如何にか出来るはずなかろう」
無言で目を逸らすシグルトを見てシルフレーナは尋ねた。
「香織とはそんなに危険な人間なのですか?」
「香織は良い人間だけど過去に何か在ったらしく直哉を尊敬し大切に思っている上に、たぶん愛情もあると思うんだ。だから悪意でも好意でも一線を越えると相応の対処をするみたいなんだ。実際に今僕は直哉の行動を報告する義務があるんだ」
「あらあら中々の人物の様ね。今度会って話してみたいわ。私もメルボルクスには困らせられる事が多々あるし」
そう言って目を細める母様に焦った父さんが口を挿んだ。
「待て待てシグルト、とにかく無事で良かった。正直里の外に行くのは心配なのだが契約した以上とやかく言うつもりは無い。これは里の使者の証明紋だ渡して置くぞ。基本は警告と今後の行動に付いて話して来れば問題ない。あちらの状況に依るが、我らは基本情報を集めてから行動する事にした。魔狼は今すぐ戦いたい様だがな。統率が執れていたから軍だろうが何所の軍か判らないと戦えない。まあ八割方赤帝国だろうがな」
「しかし父さん、現皇帝は穏健派でその所為で赤き太陽教会とも水面下で対立していたはずなんだ」
「その通りだ。だから契約石の騒動は大事件で長引きそうだ。また戦乱の時代が訪れる可能性が高い。我ら龍からして見れば、また始まったなという気持ちだな。前例通りなら不干渉だが今回はそうも言ってられない。契約石の存在は全ての種での大戦の始まりになるかもしれないのだ」
「うん分かった直哉と話して置くよ。僕も襲われたから無関係では無いからね」
「さあ明日からまた出かけるのだから、今日は家で安心して休みなさい」
「うん、ありがとう母様。父さんもおやすみ」
そう言ってシグルトは部屋に行った。その後探査杭を打ち明日の話を直哉とすると家で安心感に包まれて眠った。
「ねえメルクス、使者に直哉殿を選んだのは試す為ね。他の五龍星は何と言ってるの?」
「様子見だな。契約者を見た事の無い龍もいるからな。とにかく使者を任せて結果しだいだな。無難に終わらせれば里に滞在できるだろう。我もシグルトを外に行かせたくはない」
「此方は良いとして異世界に行き来するそうよ。異世界は大丈夫なのかしら龍が居ない世界だと聞いたわ」
「向こうに行く事は出来ないが、此れからの此方よりは安全だろうさ」
「そう願いたいわね。まさか自分の子供が契約する何て思わなかったわ」
「全くだ。未来の事は分からないな。まあ長老も協力してくれるそうだから心配するな。今はシグルトが無事に帰って来ただけで良いだろう。我らも寝よう明日はまた忙しくなる」
二匹は我が子の無事を噛み締め眠りについた。