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契約者達と取り戻す記憶

 「準備は良いな。一度始めたら後戻りはできないぞ」

 「ああ、やってくれ、父さん」

 「うん、僕の方も準備は良いんだ」

 俺とシグルトが返事をして真っ赤な紙に触れると、すぐに父さんが力を込めた始めた。そして俺は数瞬の後に眩暈を感じたものの、シグルトのおかげか今度はある程度の周囲を認識する余裕があった。

 「クッ、まだ耐えられる程度の苦しみだな。シグルトは如何だ?」

 「負担はあるけど耐えられない程じゃないんだ」

 「黙っていろ。此れからが本番だ」

 父さんの厳しい声が響いたと思った時には、俺達の口から自然と苦痛の叫びが飛び出した。

 「がっ・・・があああああああ・・・・・ああ、あああ・・・何かが見え・・・・・」

 「グッ、ぐあああああああああ・・・・・・此れは・・・・まさか・・・・僕までこんなに・・・・・」

 俺はあまりの痛みで必死な顔の父さんの呼び声を認識出来ずに、其のままシグルトと共に意識を失っていった。


 「此処は何所だ・・・・・」

 俺が首を振りながら起きると、そこは真っ暗な闇の中を思わせる場所だった。しかもどんよりとしてじめじめした感じがし、ハッキリ言ってあまり長居する気にならない場所だった。

 「此処は・・・・・現実じゃ無いな。此れはまさか夢見かなにかか?だとしたら俺一人で・・・・・シグルトを頼る事は・・・・・」

 俺が何と無くシグルトの名を口にすると、数メートル前に光が現れて消えた。そしてそこには意識の無いシグルトらしき龍がいた。

 「おい、シグルトなのか!?おい、無事か!?」

 「・・・・・・・ううーん、僕は・・・・・・あれ、直哉?」

 「・・・・・一応聞く。本物か?」

 「ムッ、失礼な。強化した繋がりを認識すれば分かるはずなんだ」

 「・・・・・確かに・・・だが発言した夢見の力と言う可能性もある」

 「ムッ、僕が夢の産物だと言うの?・・・・僕だって痛い思いをしたのに・・・・・そんな直哉はこうしてやるんだ」

 シグルトは不機嫌そうに目を細めると、俺の頬に容赦なくザックリと爪を立てた。

 「痛い、痛いって、シグルト。悪かった、許してくれ」

 「人間は頬を抓るらしいけど、僕は龍だから爪を立てるんだ。此れに懲りたら気を付けるんだ」

 「・・・・ううう、痛かった。分かったよ、シグルト。で、冗談は此れ位にして此処は何所だと思う?」

 「・・・・・うーん、現実では無いと思うんだ。僕は直哉に呼ばれた気がして・・・・・後は分からないんだ」

 「呼ばれた・・・・・。確かにさっき名を呼んだが・・・・まさかな。いや試してみるか・・・・父さん、直幸」

 俺は近くに居たはずの父さんを呼んでみた。しかし俺の声がむなしく響くだけで周囲は何も変化しなかった。

 「駄目か・・・・なら・・・香織、フレイ」

 別の者なら如何かと思って当たり前の様に真っ先に香織達を呼んでから、しまった今は顔を合わせづらかったのにと思っていると、残念?ながら変化は全くなかった。

 「ふぅーー、なあシグルト。此れから如何すれば良いと思う?」

 「僕に言われても・・・・・・」

 「だよなーーー。仕方ない・・・・前に歩いて見るか・・・・」

 俺は肩を竦めてからシグルト見て、頷いて同意したのを確認してから歩き始めた。そしてテクテクテクテクと歩いてみたものの、体感時間で十分、二十分、三十分歩き続けても一向に変化は無かった。

 「・・・・・・・・・歩いても無駄の様だな」

 「うん、僕もそう思うんだ。そして付け加えると、僕達は全く移動していないんじゃないかな」

 「うぇーー、俺も途中からまさかなとは思っていたけど、まさに骨折り損だったって事だな」

 俺が心底からウンザリして足を止めると、シグルトがビクッと身を震わせた。

 「うん?如何した?まさか何かあったのか!?」

 「うん、あっちの方の空間に波紋が生まれたんだ」

 「なに!?本当か!?・・・・・うーん、俺には見えないんだけど?」

 「いや確かに見たんだ。直哉、香織が傷つけられた事を想像して怒って見てくれないかな?」

 「・・・・・・分かった」

 俺が想像を始めると直ぐに右斜め前の空間が危険な感じに歪み始めた。

 「ウオッ、まじか!?」

 俺が驚いて中断すると、空間はすぐに元通りに戻った。

 「やっぱり・・・・・今直哉が感情を動かしてくれたおかげで確信出来たんだ」

 「ほう、何となく言いたい事は察せるけど・・・シグルト、何が分かったんだ?」

 「この空間は直哉の感情に反応しているんだ。もしかすると強い意思で思えば何か変わるかも知れないんだ」

 「強い意思ね。なら此処から移動したい。俺にはやらなければならない事が・・・・・」

 「本当に?」

 俺が意識して強い意思を込めた声に、シグルト以外の誰かの甲高い声が返ってきた。

 「ナッ!?誰だ!?シグルト!!」

 「うん、後ろは僕に任せるんだ」

 ギョッとした俺達はすぐに背中合わせに身構えたのだが、予想に反してそれ以降は何も起こらなかった。

 「・・・・・・・・・・・・誰だ。何所に居る」

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 俺が警戒しながら再び誰何の声をあげると、微かな気配をさっき歪んだ空間の方に感じた。しかし声は何一つ返ってこなかった。

 「出て来い。気配は感じている。いるのは分かっているぞ」

 「・・・・・拒絶しているのはそっちでしょう?そこから移動しないのも自分の意思でしょう?僕の方は初めから拒絶も妨害もしていないよ」

 「何だと!?如何言う・・・」

 「直哉、ちょっと待つんだ。僕には何となく意味が分かったんだ」

 俺の肩を掴んで鋭い制止の声を発したシグルトは、厳しい顔でジッと見つめてきた。そして傷ましげな顔になってそっと静かに告げた。

 「此処は直哉の心の中なんじゃないかな。そしてたぶん直哉の心のあり様が反映されているんだ」

 何度も瞬きしながらシグルトの言いたい事を理解した俺は、額や背中にジットリした嫌な汗を掻き始めた。

 「移動できないのは俺が移動したくない、此処から先に進みたくないと本心で思っているからって事だな」

 「うん、たぶん・・・・・」

 視線を落としたシグルトを見た俺は、震える手で優しく抱き抱えると毅然と前を見据えて叫んだ。

 「俺は捨ててしまった過去と向き合わねばならない。君が言う様に知る事を恐怖し、拒絶する意思もあるのだろう。だが俺は香織の為、両親の為、そして何より自身の未来の為に進まねばならない。如何か道を示してくれ」

 「道は初めから目の前にある。僕の元に行きたいと強く願っているなら見えるはず」

 俺はギュッとシグルトを抱きしめて、その温もりを心の支えにしながら強く強く願った。すると儚く消えそうな程ぼんやりとした光が、薄らと道らしきものを作っているのが見えた。

 「・・・・・・・・・・・・・・・・これか・・・・行くぞ、シグルト」

 「うん、僕がついているんだ。安心して。遅くても一歩一歩確実に歩こう」

 「ああ、そうだな」

 俺は震える足で恐る恐るゆっくりと一歩一歩踏み締めて行った。そして暫くすると遥か彼方に白い空洞がポッカリと開いているのが微かに見えた。

 「あれが目的地か・・・・・・遠いな。今十キロ程歩いたはずだから・・・・・」

 「直哉・・・・・僕の感覚では三キロも歩いていないんだ」

 「・・・・・・・・・・・・・そうか。なあ、シグルトには残りの距離がどれくらいに見えている?」

 「たぶん七キロ位だと思うんだ」

 「七キロ・・・・・俺には三十キロはある様に見える」

 お互いの発言に絶句した俺達は、一度立ち止まって確りと周囲を見回した。するとぼんやりとしていた道の光が強まり、道の先で光の欠片の様な物が生まれた。俺が驚きに何度も目を瞬かせると、先程の甲高い声が聞こえてきた。

 「へえーー、ようやく見つけたんだ。ははは、其れに触れれば捨てた記憶が蘇るんだよ。さあ触れる勇気はあるかい?」

 小馬鹿にしたような口調の声が響き、俺は身を硬くしてシグルトは視線を険しくした。

 「直哉・・・・・・」

 「大丈夫だ、シグルト」

 不安そうなシグルトの頭を優しく撫でると、俺は嫌な汗を流しながら光の欠片に近寄った。近くで見た光の欠片は場所によって明るさが違い、陰りの様な物が見え隠れしていた。その陰りは俺の心を激しく揺さぶり身を粟立たせ、触れる事を躊躇させていた。だがその時シグルトとの繋がりから温かい思いが伝わり、その思いに背中を押された俺は己が意思を振り絞って光の欠片に触れる事に成功した。するとすぐにパーッと光が弾けて頭の中に一つの情景が浮かび上がった。


 「うああああああああああああ。はあ、はあ、はあ、ゆゆ、夢か。何なんだよこの・・・・・」

 「直哉、如何した!?入るぞ」

 幼い直哉が絶叫と共に跳ね起き、異常を察した直幸がドアを叩いて慌てて入って来た。

 「・・・・・・父さん」

 「如何した?何があった?」

 「・・・・・・・・・夢を見たんだ。でも今日の夢はいつもより更に生々しくて・・・・・しかも和希さん達が・・・・・・」

 「夢だと?・・・まさか・・・・・。なあ直哉、そんなに顔を真っ蒼にしているが、今日見た夢は何時も見る夢とは違うのか?」

 「・・・・・・何時もと一緒でもあるし、違うともいえる」

 「何?」

 「父さん、こんな事を言うと馬鹿にされると思って今まで言わなかった。けど・・・僕が見る夢には二つの種類があるんだ。一つは現実感の無い夢、そしてもう一つが現実感のある夢だ」

 「・・・・・・・・・・・何時から見ている。そしてどんな違いが分かっている。分けると言う事は違うんだろ」

 「うん、気のせいだと思うんだけど、現実感のある夢は本当になる様な気がするんだ。今まで何回かそんな風に思う事があったんだ。でで、でも気のせいだよね。じゃないと・・・・和希さん達が・・・・・・」

 幼い直哉の顔が恐怖に歪み、今にも泣きそうなものに変わった。それを直幸が厳しい瞳で見据えていた。

 「直哉、俺に詳しく話せ」

 「父さん?如何したの?そんなに怖い顔して」

 「確かめたい事があるんだ。兎に角今は話してくれ」

 「うう、うん。えっと、初めて見たのは・・・・・・・・・・・・・・・なんだよ」

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・此れはやはり・・・夢見なのか?だがまだ直哉は危険な目には・・・いや、直哉は四世代目の男・・・・・まさか・・・・・」

 「父さん?やっぱり僕はおかしいのかな?」

 「ッツ、いやおかしくなんかないぞ。父さんも偶に見るからな。だがそれは他の人には言うなよ。おかしな目で見られるから。父さんと直哉の男同士の秘密だ。勿論沙耶にも内緒だぞ」

 「ウッ、母さんにも言っちゃいけないの?うーーー、黙っていて怒られたりしないよね」

 「ははは、大丈夫だ。怒られたりしない」

 「うん、なら分かった。ねえ父さん。今日見た夢は大丈夫かな?」

 「その事は少し時間をくれ。ちょっと色々と考えなければならないからな」

 「うん」

 幼い直哉が不安そうな顔をしながら頷いていた。


 「グッ、今のは・・・・・・・」

 「直哉!?大丈夫!?」

 「ッツ、シグルトか?ああ、大丈夫だ。・・・・・シグルトには見えなかったのか?」

 「うん、僕には見えなかったんだ。でも直哉の感情が薄らと伝わってくるんだ。だから今直哉が動揺しているのは丸わかりなんだ」

 「そっか・・・・なら隠し事は出来そうにないな。・・・今過去の情景らしきものが見えた。詳しい事は父さんも交えて話すよ」

 「・・・・・分かったんだ。でも僕もいるから無理はしない様に・・・」

 シグルトの言葉に頷いた俺は、道を見据えて一歩一歩足を進めた。するとまた甲高い声が聞こえてきた。

 「へえーー、まだ進むんだ。何所まで耐えられるのか見ものだね。一度捨てて逃げた奴が・・・」

 「確かにかつての俺は逃げたんだろう。今記憶らしきものを見て心の奥深くまで動揺しているからな。でも今の俺はかつての俺とは違うし、嫌でも向き合わなければならない時が来たんだ。もう逃げたりしない」

 「へえーー、でも口では何とでも言えるんだよ。僕は此れからの行動で判断させて貰うよ」

 「ああ、好きにしろ。其れよりこのまま進めば君にも会えるのか?その声は・・・・・」

 「ふふふ、記憶を見た以上気づくだろうね。まあ進めば分かるよ。ふふふふふ、全ては直哉の心と行動にかかっている」

 そう言って声は聞こえなくなり、気配も完全に消えてしまった。俺の言葉を途中で遮った事といい、質問される事を嫌ったのだろう。シグルトはすぐに警戒してキョロキョロと周囲を見回していたけど、俺はもう記憶を取り戻すまで話しかけてこないと何故か確信していた。

 「シグルト、行くぞ」

 「エッ、うん分かったんだ」

 俺達が歩き始めるとすぐに次の欠片が道の先に現れた。

 「次の破片か・・・・・今度は何が見えるんだか・・・・」

 俺は其れを先程より冷静に見つめると、立ち止まる事無く一歩一歩近寄って触れた。そしてまた頭の中に一つの情景が浮かんでくるのだった。


 「父さん、いきなりこんな所に連れて来て如何したの?」

 「良いか直哉、良く聞け。家に来る途中で和希達が事故に遭った」

 「ッツ、ほんと!!和希さん達は無事なの!?無事なんだよね・・・・・」

 「・・・・・・・・・直哉、落ち着いて聞くんだぞ。・・・和希達は当たり所が悪く、殆ど即死の状態だったらしい」

 直幸は幼い直哉の肩を両手で抑えてから視線を合わせ、ゆっくりと自分にも言い聞かせるように言葉を口にしていた。幼い直哉はすぐに目を見開くと、嫌だそんな事信じないと言いたげな様子で首を振りたくって後ずさっていた。そして今にも嘘だーーーと叫んで暴れそうになった時、直幸は機先を制して感情を押し殺した静かな声で告げた。

 「直哉、静かにするんだ。思い出せ。今この家には預けられた香織ちゃんが居る。今は沙耶と一緒にお菓子を作っているけど、まだ香織ちゃんには話していないんだ」

 「アッ・・・・・ウッ・・・・・・・ウウッ・・・・・」

 幼い直哉が真っ蒼な顔で口をパクパクと開いていたが、そこからは真面な声は出なかった。直幸はそんな直哉の背をそっと擦って落ち着かせると、耳元に口を寄せてそっと囁いた。

 「直哉は此処にいろ。俺は今から香織ちゃんに告げてくる」

 「父さん・・・・・・」

 「大丈夫だ。それと夢の事は言うなよ。今そんな事を言ったら香織ちゃんを混乱させて追い詰めるだけだ。幼い直哉には酷だが、年下の女の子の香織ちゃんの為にも胸に抱えて耐えてくれ。此れから一番つらいのは香織ちゃんなんだ」

 「・・・・・うん、頑張るよ、父さん。僕は男だもんね。母さんのつらい荷物を背負っている父さんの様に僕も香織ちゃんの分くらいは背負わないとね」

 「おーおー、一丁前な事を言っちゃって。じゃあ、行って来る」

 直幸は泣きそうな顔で強がっている幼い直哉の頭を優しく撫でると、重苦しい雰囲気で部屋を出て行った。その後暫く経ってから心につまされる悲しい悲しい泣き声が響いた。幼い直哉はその泣き声にギュッと手を握ると、自然と溢れてくる涙を何度も拭っていた。そして数分後に涙を止めた幼い直哉は、強張った表情で部屋を出て行った。

 「香織ちゃん・・・・・・」

 「うううう、直哉君・・・・・お父さんとお母さんが・・・・・ううううううううわーーーーん」

 泣いていた幼い香織が幼い直哉に抱き着いて号泣し始めた。幼い直哉は幼い香織の頭を自分の胸に押し付けるに抱いて、その腕に優しく力を込めていった。そしてただただ言葉も無く立ち尽くしていた。そしてその内心では「ごめんね、香織ちゃん。でも和希さん達の代わりにはなれないけど、此れからは僕が傍にいて守るから」と硬く硬く誓っていた。


 「直哉、また見えたんだよね・・・・・」

 「ああ、見えた。しかしこんな事まで忘れて・・・・・いや、香織が泣いた事は覚えているから・・・・クッ、一部を都合よく書き換えたって所か?ふん、自分に嫌気がさすな」

 「直哉?」

 「大丈夫だ。シグルトも感じているだろうけど、自分に苛立っているだけだ。さっさと先に進もう。まだまだ先は長いんだ」

 「・・・・・・・・・分かったんだ。でも無理はしないでよ。今も顔色は良くないんだ」

 「ああ、分かっている。ありがとう。でも今無理をしないで何時無理をするって状況なんだ。ここはやせ我慢でも、意地でも、見栄でも、なんでも張って何とかするさ」

 「直哉・・・・・・・・・・」

 心配そうなシグルトの声を背にしながら、俺は重い足取りで一歩一歩進んで行った。


 「直哉!!」

 「グッ、大丈夫だ、シグルト」

 「でも・・・・・」

 「フッ、そんな思いつめた顔をするな。俺の心はシグルトと繋がっているから耐えられているんだ。それに魔法で回復させられないのも仕方ない。此れは記憶を取り戻しているだけで、別段害がある訳じゃ無いんだ。むしろ本来の正しい姿に戻っているんだからな」

 「・・・・・そんなに脂汗をだらだら流して苦痛の混じった声音で言われても全然説得力がないんだ。僕は一度此処で休憩した方が良いと思うんだ」

 「・・・・・それは・・・でもあともう少しだぞ。あれほど遠く見えた白い空洞が一キロを切った場所に見えるだろ」

 「うん、僕にもそう見えるんだ。でもだからこそ一度休憩するんだ。あの先にあれから話し掛けて来ない声の主がいると思うんだ。だから・・・・・」

 シグルトが険しい顔で白い空洞を見据える中、俺は視線を別の場所に釘付けにされてしまっていた。其処には今までの光の欠片とは一線を隔する大きさの欠片が、デンッと立ち塞がる様に道に現れていたのだ。

 「これは・・・今までと違って歯ごたえがありそうだな・・・・・・」

 「・・・・・直哉?何を言っているんだ?」

 「何って・・・あれだよ」

 俺が大きな光の欠片を指さすと、シグルトは怪訝そうな顔をして首を傾げた。そして驚くべき事を口にした。

 「あれってなに?僕には道以外には何も見えないんだけど?」

 「はあ?本当か?あんなに大きな光の欠片が道を阻む壁の様にデンッと立ち塞がっているだろう?」

 「・・・・・僕には見えないんだ」

 「そうか・・・・・なら此れは俺がシグルトにも見られたくないと思っているのか?大きい分陰りも大きいし、これは厳しいものになりそうだ・・・・」

 「直哉、兎に角今は休もう。ちょっ、直哉!!」

 俺は口を引き結んで覚悟を決めると、止めるシグルトの声を無視して引き寄せられる様にそれに近寄って触れていた。その途端に光が弾け、当たり一面を眩い輝きで満たした。そして俺は今までにない苦しみと痛みを感じながら其れを見た。


 「おお、お兄ちゃん朝だよ」

 「はあはあ・・・・・香織か・・・・・もう起きたから先に行っていてくれ。ああ、それとコーヒーを入れて置いてくれ」

 「おお、お兄ちゃんよくあんな苦い物を朝から飲むよね。私は紅茶の方が好き」

 「・・・・・頭を覚醒させるにはあの苦みが良いんだよ。熱いのを頼むな」

 「ふ、ふーん、そうなんだーーー。じゃあ先行ってるね、おお、お兄ちゃん」

 頬を赤く染めた幼い香織がぎこちなくお兄ちゃんと呼んでどたばたと部屋を出て行くと、幼い直哉は顔色を一変させて布団に拳を叩き込んだ。

 「クソ、また失敗だ・・・・走り出すのをもっと早くしないと・・・・クッ、あと何日時間は残っているんだ。此の夢での行動は本当に意味があるのか?こんな事をしているより何処か遠くに逃げた方が良いんじゃないのか?だが父さんは・・・・・無駄だと・・・・・クソ、僕は・・僕は・・・また何も出来ないのか?」

 「直哉、顔を洗って来い。お前は香織ちゃんの家族に・・・兄になると言ったんだろ。そんな顔じゃあ頼りがいのある兄にはなれないぞ」

 「・・・・・父さん・・・何時からいたんだ」

 「香織ちゃんと入れ違いって所だな。だからコーヒー入れてくれと言いながら、香織ちゃんの頭を誤魔化す為に撫でていたところは見ていないぞ」

 「父さん・・・・見てるじゃないか・・・・・」

 「ははははは、視野が狭まっているから見られている事に気付けないんだ。俺は隠れてなんかいないんだぞ。普通にしていれば気づけるはずだ」

 何も言わずにジトッとした目つきで幼い直哉が睨み付けると、形勢不利と悟った直幸はささっと踵を返して去って行った。

 「・・・・・・焦っても仕方ないって言いたいんだろうけど・・・・僕にはとても父さんの様には出来そうにないよ」

 去る時まで微塵も陰りを見せなかった直幸に、俯いた幼い直哉の暗い声が部屋に響いた。そして暫く経ってから顔をあげた幼い直哉は、暗い影を瞳に宿しながらも熱い口調で硬い決意の宿った言葉を口にした。

 「今度は・・・今度だけは何としても・・・・いや、何を犠牲にしても変えて見せるんだ。香織は死なせない」


 「はあ、はあ、はあ、やった、刺されたけど二人とも生き延びられたぞ。後は此れを現実にすればいいんだ」

 歓喜の声とは裏腹に幼い直哉の顔色は真っ蒼だった。ガタガタと震える体は自身の言葉に怯えているみたいだ。いや本当に怯えているのだろう。現実と口にして夢で刺された恐怖が現実感を増し、其れを実現しなければならない重圧が小さな体を竦ませていた。

 「クッ、情けない。僕は・・・・この程度で・・・・僕は・・・僕は・・・・・。クッ、和希さん達の時の後悔を忘れたのか?香織の慟哭と食事を食べなくなったあの時の事を忘れたのか?僕は・・・・・いや、俺はこんな所で止まる資格は無いんだ」

 強い後悔の念が幼い直哉の小さな全身から漂い、その口から自然と執念を感じる言葉が飛び出ていた。

 「全ては香織が生きていてこそ。死んだら・・・死んだら駄目なんだ。俺は何があっても香織を守るんだ」


 「香織、これから何があっても俺の手を離すなよ」

 「エッ?う、うん、分かったわ、お兄ちゃん」

 真剣な顔をして告げる幼い直哉に、不思議そうな顔になった幼い香織は首を傾げながら返事をした。幼い直哉は其れを見るのもそこそこに、前方にある十字路の右側を緊張しながら見つめていた。するとそこからスーツを着た男が現れた。

 「お兄ちゃん?」

 「大丈夫だ。常に俺の斜め後ろに居る様にしてから、男を刺激しない様に後ろ足でゆっくりと、後ろの十字路に向かって進んでくれ。後ろは向くなよ、香織」

 「う、うん」

 幼い直哉の緊張した雰囲気から不穏を察したのか、不安そうな幼い香織の呼び声が響いた。幼い直哉は男に視線を固定したまま指示をして、気付かれない様にあらかじめ準備していた眼鏡型端末で近づいてくる姿を撮影していた。夢では後ろを向いたり眼鏡に触ったりすると、一気に男が駆け寄ってきて逃げられなくなるのだ。

 「僕達良いかな?道を聞きたいんだけど・・・・・」

 「良くない。知らない人と話したらいけないってお父さんとお母さんに言われている」

 「・・・・・・・・いや、そんな事言わないで・・・ちょっと駅までの道を聞きたいだけなんだ」

 「ふーん、なら何で今も近づいて来るの?そこからでも話は出来るよ」

 夢で見て此れからの事を知っている幼い直哉は、ジリジリと後ろに下がりながら顔に冷たい汗を滴らせていた。

 「・・・・・・坊主?もしかして気づいているのか?」

 「何を?アッ、おじさん駅って言っていたよね。ならこの道を真っ直ぐ行くんだよ?」

 無邪気さを装って駅への道を指さした幼い直哉に、男の口元がつりあがった。そして決定的な言葉が口にされた。

 「簡単な仕事だと思っていたんだがな。如何した事か感の良い坊主がいましたとさ・・・ククク、なあ坊主大人しくする心算はあるか?その配置は気づいているんだろう?」

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 無言で瞳をきょろきょろと動かし周囲を見回した幼い直哉は、夢で見た電柱が視界の隅に入ったのを確認して行動を開始した。

 「俺を舐めんな。大人しくする訳無いだろ、くそ野郎!!走るぞ、香織」

 「チィ、待ちやがれ!!逃がすと思ってるのか!!」

 幼い直哉が幼い香織の手を引いて後ろに全力で走り出すと、すぐに男が怒声を上げて刃物を取り出して追いかけてきた。必死に手を引いて逃げる幼い直哉だったけど、幼い香織が突然向けられる殺気と光る刃物を見て驚いてもたついた。

 「ヒィ、おお、お兄ちゃん」

 「大丈夫だ。頑張ってくれ、香織」

 「おら、待ちやがれ!!これでどうだ!!」

 当たらない場所だったので威嚇だろうが、男が怒声と共にこれ見よがしに刃物を振り回した。

 「きゃああああーーーーーーー」

 男に斬り付けられた事で幼い香織が悲鳴を上げて棒立ち同然になってしまい、ついにその距離が詰まってしまった。そしてそんな幼い香織に向かってギラリと光る刃物が容赦なく突き付けられた。

 「・・・・・クッ、怖くない、怖くない、香織を守るんだ。ここだーーーー、うおおおおおおおおおおーーーーー」

 小さな声でブツブツと呟いていた幼い直哉は途中から雄叫びをあげ、幼い香織の代わりになる為に刃物に向かって一直線に飛び出した。そしてすぐにブスリと幼い直哉のお腹に刃物が突き刺さった。

 「あああああああああ・・・・・・・・」

 「・・・自分が盾になるか・・・・痛いか、坊主。大人しく後ろのお嬢ちゃんを渡してればよかったんだぜ。俺の目的は遺産の相続人のお嬢ちゃんだけだったんだからな」

 「いやーーーーーーーーー、おにいちゃーーーーーーーん」

 ぼたぼたと直哉の血が滴る中、香織の悲鳴がこだました。熱くなってズキズキと痛みを発する傷口を押さえた幼い直哉は、目を見開いて立ち尽くしている幼い香織の手を強く握ると、右手に持っていた荷物を男の顔に振るった。すると男は「へえー、刺されてもまだ抵抗するんだ」と言いたげな顔で素早く刃物を引き抜きながら後ずさった。

 「すぐに反撃したのは良い判断だぜ。何もしなければあのまま捻って抉ってやろうと思っていたんだ。さて此れの痛みはよくわかっただろう。そこをどいたら見逃してやっても良いんだぜ。其のままだと出血多量で死ぬぞ、坊主」

 にやりと笑った男が余裕を見せつけ、血に染まった刃物をまざまざと見せつけて心を折ろうとした。しかし痛みを我慢した幼い直哉は男を鬼気迫る表情で睨み付け、その言葉を無視して躊躇なく荷物を投げ付けた。そして自失してしまっている幼い香織を引きずる様に駆けだした。

 「グッ・・・・こっちだ香織・・・・早く・・・・」

 「チィ、ガキが逃げられると思って・・・・・ゴホゴホゴホ・・・・・ここ、これは・・・・・・」

 幼い直哉にとっては夢の通り、男にとっては不運な事に、荷物に刃物が当たって辺りに小麦粉の粉が舞い散った。咳き込む男の声を背に素早く反転した幼い直哉は、十字路を一瞬の躊躇も無く真っ直ぐ直進した。一瞬でも躊躇したり左右を見れば、追い付かれて殺される事は経験済みだった。

 「やはりガキだな・・・・真っ直ぐ進んだら見失う事もない。見失わなければ走る速度の違いでガキを捕まえることなんて簡単なんだよ。おら、待ちやがれ!!」

 男が怒声を発して十字路を直進しようとすると、ちょうどよく速度違反のトラックが猛スピードで走ってきた。

 「ナッ・・・・・・」

 危うく引かれそうになった男が足を止めている間にも、前だけを見ている幼い直哉は幼い香織の手を引いてどんどん直進して行った。今も押さえている傷口から出血は止まらず、遅くなれば遅くなる程動きが悪くなり、捕まって殺される事を幼い直哉は夢で嫌という程理解していたのだ。故に傷口が開くのもお構いなしに鬼気迫る表情で全力で走っていた。

 「チィ、だいぶ離されたな。だがまだ甘い。こっちの道の方が近道なんだよ。あのガキの目の前でお嬢ちゃんを殺してやる」

 男が脇道に入って暫くすると、必死に走っている幼い直哉の前方にある左の小道から男が現れた。

 「ガキにしては良く逃げたが残念だったな。さあ死んで貰う・・・・なに!?」

 男は幼い直哉が驚いて足を止めると思っていたのだろう。だが夢で知っていた幼い直哉は驚きも止まりもせずに、むしろ速度を上げて右わきを通り過ぎようとした。

 「馬鹿が・・・通すかよ」

 その躊躇の無い無謀な行動に驚いていたものの、男はすぐさま冷静に道を塞いでしまった。ニヤリといやらしく笑う男に、苦痛の混じった笑みを浮かべた幼い直哉は、あらかじめポケットに入れていた玉ねぎを取り出した。そして男に向かって全力で投げつけた。

 「馬鹿が何度も同じ手が通じると思うなよ」

 男は嘲りながらサッとかわすと、直哉に向かって刃物を振りかざそうとした。しかし其の時背後からキャンと言う鳴き声が響き、グルルルルルと言う唸り声が響いた。男がギョッとして振り向くと、そこには野良犬らしき犬が玉ねぎをぶつけられて怒りを発していた。咄嗟の事で反射的なのだろうが、男は直哉達に向けていた殺気を犬に放ってしまった。其の所為で犬は男を敵と認識したらしく、野良犬らしく野生の戻った鋭い目つきで足にかみつこうとした。

 「チィ、この犬畜生が、大事な時に・・・・・・・・おい、待ちやがれ」

 犬と対峙する事になった男をしり目に、何時の間にか道の反対側に移動した幼い直哉達は、必死の形相で横を駆け抜けて行った。

 「香織・・頑張ってくれ。はあ、はあ、もう少しで駅だ。はあはあ、其処まで行けば助かる」

 「・・・・・・・・・・・・ああ、血、血、血が・・・・・・・」

 「よしこれとこれ・・・これも・・・・ごめんなさい・・・とりゃーーーーー」

 夢と寸分違わない様に、道にある看板やゴミや新品の自転車を蹴り飛ばして倒しながら・・・これが追って来る男の妨害になるのだ・・・・幼い直哉は幼い香織の手を引いて走りに走り続けた。

 「・・・こら、待ちやがれ!!うお、なんだこの猫の大群は・・・・・どこから出やがった足の踏む場も・・・・くそ、避けようにも自転車まで倒れてやがる・・・・まさか犬の時みたいにあのガキが・・・」

 「こらーーーー、家の店の看板を倒したのは誰だい。まさかあんたかい!?」

 「なっ、ちが・・・やば・・刃物・・・・・こここ、この猫の大群だろ」

 「あん?猫だって?ふざけてんのかい!?」

 背後から追ってくる男の焦る声が響いた。夢の通り血まみれの刃物を慌てて隠して鬼の様に目を吊り上げた老婆の相手をしているのだろう。そして一分後にやってくる猫まみれ・・・詳しく想像してはいけない・・・になった元新品の自転車の持ち主とも口論になるはずだ。しかもごみ・・・店の残飯の焼き魚の欠片と何故か入っているキャットフードとマタタビを漁る猫達は満足するまで動く事は無く、猜疑の目つきで見ている老婆たちの手前、蹴り飛ばす事も出来ずに立ち往生する事になるのだ。これで男は夢で初めて知った時に喝采を上げてしまった程の時間をロスするのだった。ちなみに老婆達だけだと走って振り切られ、猫だけだと容赦なく蹴り飛ばされ、共に追いつかれて殺されるのは夢で経験済みだ。

 「はあ、はあ、はあ、はあ・・・・・あと少し・・・・あと少しなんだ・・・」

 此の時の幼い直哉は既に出血で手足が重く感じ始め、意識も朦朧とし始めていた。此の時の幼い直哉の脳裏にあったのは、ただただ何としても生き延びる、香織は絶対に守ると言う執念だけだった。

 「おい、待ってくれ。俺を覚えていないのか?君のお父さんの知り合いで一度会った事があるだろう」

 駅に近づいて人目を気にしたのか、追って来る男が呼びかける言葉が丁寧なものに変わっていた。まあ内心では度重なるハプニングに、はらわた煮えくり返っているだろうが・・・・如何やら老婆達と猫は無難に切り抜けた様だ。男は既に刃物も殺気もしまっているので、周囲の人の目も迷惑そうだが騒ぎになる程では無かった。そしてついに幼い直哉達と男との距離は間に何人か人を挿んでの五十メートルとなった。

 「・・・はあ・・・はあ・・・はあ・・・・こ、こ、交番が・・見え・・・・はあ、はあ、もうここら辺で・・良いはずだ・・・・・ぐあああああああああーーーーーーー、遺産欲しさに俺を刺すとは何を考えているんだあの男はーーーーーーーーーー」

 直哉は残された力を振り絞って絶叫しながら、ずっと傷口を抑えていて血まみれの手を振り回した。すると周囲に血が飛び散り、周りにいた人々の顔や手足に付着した。

 「・・・・・赤い液体・・・・・・・きゃあああああーーーーーーーー」

 一番近くにいた女性が自分の顔を手で触って、その正体を知って悲鳴を上げた。それが皮切りになって次々と悲鳴が轟いた。そしてそれと同時に力を振り絞った所為で倒れてしまった幼い直哉に皆が気づき、その服が血に染まっている事にざわめきと警察と救急車を呼べと言う叫びが響いた。これで男に迷いが生まれ足を止めるはずだ。昨今の流行で野次馬はすぐに携帯端末で写真などを取って、ネオネットに投稿するのが普通だった。駅で血を流して遺産と大声で叫んだ子供など、まさに話題性抜群だった。ちなみにこの時ネオネットに流れた情報の所為で此れから怪しげな女達の誘惑が待っている事を・・・・・後に香織を激昂させる地獄が待っている事を幼い直哉は知らなかった。

 「・・・・・おお、お兄ちゃん・・・・わわ、私・・・・・・」

 「はあはあ、俺は・・・大丈夫だし・・・はあはあ、もう助かるから・・・・だから香織は・・・俺の傍で手を・・握って・・ジッとしていてくれ。・・・・頭が痛いんで・・・膝枕もしてくれると男は元気に・・・・・」

 痛みに強張っている顔で必死に気づかう様に軽口を言う幼い直哉に、幼い香織は言われるままに頭を抱えて膝に乗せた。そして生きている事を確かめる様にぎゅっと強く手を握っていた。

 「おい、君大丈夫か?今救急車を呼んでいる。まだ意識はあるな?止血するから気を確り持てよ」

 「そうだ。もう大丈夫だぞ。二人とも何があったか言えるか?」

 駅の交番のお巡りさんだろう。騒ぎを聞いて駆けつけて来たらしい二人の警官服を着た男が、傍に来て次々と話しかけてきた。計画通りに携帯端末をいじっている野次馬も沢山集まり、騒ぎはますます激しくなっていった。

 「子供が刺されて血まみれだって・・・うわ、真っ赤・・・撮っておこ・・・」

 「えーー、嘘ーーー、怖ーい」

 「遺産とか叫んでいたぜ」

 「うわーーー、じゃあ、あの子あの年でお金持ちなの?」

 「さあな。ほんとか如何か何て分からないっての」

 「うー、高い服に血が飛び散ってとれない」

 「不運だったわね。まあ刺されたあの子供よりはマシでしょうけど」

 周囲の人々の騒々しい声が朦朧としている幼い直哉の意識を浮き上がらせた。そして野次馬に囲まれて如何するかと此方の様子を窺っている忌々しそうな顔の男と視線があった。

 「はあ、はあ、端末に襲って来た男を撮影している」

 「なに!?」

 「ナッ!?」

 警官と男の驚き声が響く中、幼い直哉は震える指で眼鏡と男を指さした。一人の警官が眼鏡を取り、もう一人の警官が振り向くのと同時に男がサッと踵を返した。

 「おい、そこの男・・・」

 警官が声を発するのと同時に男が猛然と走り始めた。

 「待て!!おい、此処は任せた。俺は男を追う。応援を呼んでくれ」

 「分かった。此方・・・・・・・繰り返す、至急応援を。子供を刺した犯人と思わしき男が逃走中、繰り返す、犯人らしき男が逃走中、未だに凶器を所持している可能性あり。至急応援を求む」

 事態を察した周囲の野次馬から悲鳴が溢れて辺りが騒然とする中、遠くから救急車のサイレンが聞え始めた。その後しばらくして救急車に幼い香織と警官が乗った所で幼い直哉は意識を失ってしまった。そして幼い香織の「お兄ちゃん死なないでーーー、私を一人にしないでーーー」と縋り付いて絶叫する声が車内に響くのだった。


 「グッ・・・・・ガッ・・・・・」

 「直哉!!」

 「大丈夫だ・・・・・しかし刺されまくった夢見と刺された現実の記憶は来る物があるな。此れは幼い俺が耐えきれなかったとしても理解出来る」

 「そんなに酷いの?」

 「ああ、夢見と寸分の狂いも無く完璧なタイミングで刺されないといけなかったらしい。失敗すると何故か助からないから、其れを毎日練習していたらしい。フン、もしもう一度やれと言われたら、今の俺でもふざけんなと叫ぶだろうな」

 「それは・・・・・・」

 毎日完璧に刺される訓練をしていたと言う俺の発言に、シグルトは言葉も無いみたいだった。今も苦渋の表情で何か話そうとして口を閉じる事を繰り返していた。

 「そんな顔をするな、シグルト。もう昔の事だ。そんなに気にする程の事じゃない。こうして耐えられている事がその証明だ」

 「直哉・・・・・でも今度こそ休んで貰うんだ」

 「ウッ、そんなに睨まなくても・・・・・・・」

 「何か言ったかな?直哉」

 「いや・・・・・休ませて貰います」

 さっき無視して触った事が腹に据えかねているのか、ギロッと刺々しい監視の視線が返ってきた。仕方なくスゴスゴと座って休んだ俺は、今までに見た記憶を整理する事にした。そして俺は暫くしてから眉を顰める事になった。

 「何かあったの?直哉。顔色が変わっているんだ」

 「・・・・・取り戻した記憶の中に、記憶を失った時の事が無いんだ。やっぱりそれが最後なのかな?」

 「ふふふふふ、それは当たり前でしょう。そんな所で休んでいないで、早く僕の所に来ればいいんだよ。その様子だと自分でも気づいているんだろう。その記憶以外は全て取り戻したんだって」

 「・・・・・やはりそうなのか・・・・・・だとしたらもう道を阻むものは無いんだな?」

 「無いよ。そもそも欠片は阻む為の物じゃ無いしね。早く来てよね。僕は長い間待たされて退屈だ。そうそう、今すぐ来れば心に湧いている疑念にも答えてあげるよ」

 突然語りかけて来たと思った声は、言いたい事を言って気配と共に消えて行った。残された俺が素早く立つと、シグルトが鋭い声を出した。

 「直哉、まだ休んでいた方が・・・・」

 「いや、すぐ行く」

 「あの声が言っていた疑念の所為なんだね。直哉は何が疑念なんだ?」

 「さっき幼い俺が耐えきれなかったとしても理解出来ると言ったけどこうも思ったんだ。俺はこの程度で香織との記憶を捻じ曲げて改変して忘れるのか?ともね」

 「何か隠された事実があると?」

 「ああ、あの声で確信できた。父さんの言っていた理由とは別の何かがある」

 俺がそう言って歩き始めると、シグルトは難しい顔をして考え込みながら後ろをついてきた。

 「此処が終着点か・・・・鬼が出るか蛇が出るか・・・・・さあ行くとしますか」

 意を決して白い空洞を潜ると、そこは今まで居た所とは対照的な穢れ一つない純白の空間だった。其処に幼い男の子がポツンと佇んでいた。

 「鬼も出ないし蛇も出ないよ。出るのは僕だ。ずっとずっと長い間此の時を・・・・僕を切り捨てた本体と会う時を待っていたんだ」

 俺はその子供の顔を見た瞬間にやはりと思って全てを悟った。この目の前の子供は幼い自分が作った分身なのだと・・・・・それ故にあの時記憶を切り離して力を封印した時の自分の姿なのだと・・・・・そして最後の記憶の欠片そのものなのだと。だが俺は分身の凍える様な空虚な瞳を前に戦慄して一歩も前に進めないでいた。そしてなにより心の中に早くあれから逃げろと警鐘が鳴り響いていた・・・。

 次話の投稿は1日以降としておきます。理由は明日と明後日に執筆出来なくなった事と月末の予定が分からないからです。

 さて気づけば前の投稿で百話になっていました。そしてこの投稿時に百人がブックマークしてくれている様です。ただの偶然ですがかなり嬉しいです。始めた時は何人が読んでくれるかと戦々恐々としていたくらいですから・・・・。この歩みの遅い小説・・・今回も力を取り戻すところまで書こうとして出来なかった・・・一体何話で終わるんだ・・・を読んでくださる皆様に改めて感謝します。どうか今後もよろしくお願いします。

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