表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/194

契約者達と一人の男

 昨日一日かけてマルイルの町でやるべき事を済ませた俺達は、今リラクトンに行く街道を歩いていた。

 「如何やら餌に掛かった様だな」

 「うん、町を出てから後ろについて来ている奴らがいるんだ」

 「なら当然この先にも待ち構えているのですわね」

 「クスクス、今度は私も戦って良いよね」

 「勿論だ。魔法で援護してくれ。シグルト達は逃げ出す奴を確実に倒してくれ」

 「了解しましたわ」

 「分かったんだ」

 二クーラ程歩いた草原でやっと待っていたイベントが始まる様だ。後ろについて来た奴らが急速に距離を詰め始めた。そして前から百人を超える人間が現れた。

 「よう兄ちゃん、また会ったな。色々と調べていたみたいだが、何か分かったかい」

 俺はニヤニヤ笑みを浮かべながら近寄るバルマーに、満面の笑顔を向けて言ってやった。

 「遅かったじゃないか。来るなら早く来てくれ。退屈だったぞ」

 バルマーは俺の言葉に意表を突かれて一瞬ぽかんとした顔をしたが、ハッと我に返るとすぐに顔を赤くして怒声をあげた。

 「てめえ、この人数差で俺達に勝てると思っているのか。こっちには中級魔法を使える魔法師までいるんだぞ」

 バルマーが自慢げに指さす先には、ローブを着て薄ら笑いを浮かべる奴らがいた。その笑みは自分の魔法の力への自信と、他者を見下す意思が透けて見えた。バルマーは気づいていない様だが、俺には見下す対象の中にバルマーが入っているのが何と無く分かった。

 「自分自身ではなく、魔剣の力を誇っていたお前に、そんな人脈があるとは驚きだ。中級魔法を使えるとなると、Aランカー以上だろ。Bランカーのお前如きに従うはずがない」

 俺は魔法師達が本当は誰に従っているのか探りを入れようと、わざと嘲る様に挑発すした。すると怒ると思ったバルマーは怒らずに、ニヤニヤと嘲笑を浮かべながら一人の男を指さした。

 「はははは、残念だったな。如何やら此方にいるギルド長が、お前の目には見えていない様だな」

 「へえ、ギルド長がいるとは・・・やはりギルドは駄目だったな」

 「ふう、バルマーお喋りが過ぎますよ。さて、私を認識したからには消えて貰う必要があるのですが・・・その前に一応聞いておきます。貴方は何所の手の者なのです」

 バルマーの言葉に顔を歪めた小柄な男が前に出てきて、猜疑心の籠った暗い視線で尋ねてきた。

 「俺は今の所、何所にも所属している心算はないんだけどな。そっちこそこんな事をして、今までと同じ暮らしが出来ると思っているのか?ギルド長になってまでやる事か?」

 「ふふ、無駄だとは思っていましたが、やはり言いませんか。それと貴方に心配して貰わなくても、私はこの仕事が終われば帝都のギルド長です。と言う訳で、おかしな事をする前に消えてもらいますよ」

 「そう言う訳だ、兄ちゃんには死んでもらうぜ。妹の方は昨日恥を掻かされた分まで可愛がってやるから、あの世で先に待っているんだな。そら、あの男を燃やしてやれ」

 バルマーの言葉を合図に、火炎球、爆裂球、そして高温の火炎を使った高炎球が次々と俺に放たれた。暫くの間炎が燃え、爆音が響き、地面が融解し、凄まじい熱気が俺の周りを満たした。

 「ひゃははははは、ざまあないな、もう跡形も残ってないだろ。さて、兄ちゃんは死んだんだ。そっちの御嬢さんは無駄な抵抗は止めるんだな」

 「ねえ、バルマー、笑える冗談はやめてよねーー。この程度でお兄ちゃんが死んだとか、滑稽過ぎてほんと笑えるわよ」

 「ははははは、何言ってやがる?あの炎が目に入らないのか?此れで死なない人間なんかいないんだよ。そうだろなあ」

 「「ははははははは、そうだぜ嬢ちゃん」」

 沢山の人達の嘲り笑いが辺りに響き渡った。その声を聞いていると、炎の中で俺には見えないはずなのに、香織の不愉快そうな怒り顔が目の前に浮かんで見えそうだった。

 「何を笑っている?妹の言う通りだぞ。たかが中級魔法を使ったくらいで、俺が倒される訳ないだろ。まあ暑くて汗は掻いたがな」

 俺が炎の中で冷たい声を出すと、バルマー達の笑い声がピタリと止まった。そして俺がアッサリと魔法で消火し、何事も無かった様に一歩前に踏み出すと、其れを見たバルマー達はまるで理解不能の化け物に会った様に、ガタガタと震えながら後ずさった。

 「ななななな、何で無傷なんだ。てててて、てめえ、何をしやがった」

 激しく声を震わせ動揺するバルマーに、ニッコリと笑いながら簡潔に答えてやった。

 「風の障壁を張っただけだ」

 「ふざけやがって。障壁を張った処で数十人の魔法を防げるはずが無い。お前は一人で数十人を超える魔力を持っているとでも言う心算か」

 「よく分かっているじゃないか。なあ妹よ」

 「そうだね、お兄ちゃん」

 俺達のやり取りに何を思ったのか、バルマーは蒼い顔をして叫ぶ様な声を上げた。

 「ここ、攻撃しろ。兎に角、最大の攻撃をして奴らを排除しろ」

 声に反応した魔法師達が慌てて魔法を使おうとしていた。しかしその速度は驚くほど遅く、黙って見ている心算の無い俺と香織は、目配せし合って意思を確認すると、容赦なく魔法で左右にいる魔法師を攻撃した。

 「さっきのお返しだ。今度は俺の魔法を受けろ」

 俺が放った雷の魔法に晒された魔法師達は、防ぐ間も無く次々と絶叫をあげて地面に倒れ、ビクビクと体を震わせていた。

 「私の前でお兄ちゃんを嘲笑った事を死ぬほど後悔しなさい」

 怒った香織に風の砲弾の魔法を放たれた魔法師達は、辛うじて張った障壁を粉砕された上に、腹に斜め下から抉る様にくらって空高く飛ばされ、地面に激突して手足の骨を折る重症を負った。そのまま呻き声を上げ、脂汗を流して立ち上がれない様だ。

 「おい、やりすぎだぞ。殺さない様に気を付けろよ」

 「ごめん、お兄ちゃん、まだ威力の調節がうまくいかなくて。でも私を怒らせたあいつらの自業自得でもあるわ。自然と力が入ってしまうのよ」

 「おいおい、物騒だぞ」

 「ふふ、手加減はちゃんとするから大目にみてよ」

 その言葉に苦笑いを零した俺の耳に、香織の次の声が響いた。

 「不愉快だからあっちの残りも手早く終わらせましょう、お兄ちゃん」

 攻撃する間もなく壊滅した魔法師の集団を見て顔を青くしていた残りが、香織の冷たい視線を向けられて真っ青な顔で逃げようとした。しかしシグルトとフレイが隠れながら即座に動いて倒していった。

 「ぎゃあああああああああ」

 「ひいいいいいいいい」

 「何だ?何が起きてやがる」

 「俺達は今何と戦って、何をされているんだよ」

 姿の見えないシグルトとフレイに攻撃されている者達は、自分がどこから攻撃されているのかも分からず、血走った目をして周囲を見回していた。挙げ句の果てに混乱した者達は、同士討ちすら始めてしまった。もはや全員倒されるのも時間の問題だった。

 「バルマー、これは如何なっているのです。何ですかこれは・・・・・」

 「何なんだよ、こんな馬鹿な事が・・・・・」

 愕然として立ち尽くし、逃げ出そうとしなかったバルマーとギルド長の周囲の数名以外を皆で倒し終えると、俺達は厳しい表情で威圧しながら二人と向き合った。

 「さて、もう良いよな。聞きたい事があるんだ。大人しく答えてくれるよな」

 俺の声を聞いた瞬間に、ギルド長が顔色を変えて後ろに走り出した。しかし想定していた俺は、即座に水の鞭を作って足を絡め取って、容赦なく引きずり倒した。

 「おいおい、この状況で逃げられると思うなよ」

 足元まで引きずってから背中を踏みつけて声をかけた俺に、ギルド長は恐怖に震えながら喚き始めた。

 「バルマー、早く助けろ。何をボケッと見ている。この男をすぐに殺すんだ」

 「黙れ」

 踏みつける力を強くして黙らせてから魔力を全て解き放ち、バルマーに向けて殺気まじりの怒りをぶつけると、悲鳴をあげてブツブツ言いながら正気を失ってしまった。あまりの狂態に見て居られないので、俺は素早く気絶させて残りに尋ねた。

 「まだ戦うか?」

 すると残った中の一人が突然他の者に攻撃し、気絶させてから態度を変えて話かけてきた。

 「いや、これ以上戦う積りはない。どう見ても勝ち目がないからな」

 そう言った男は気まずそうな顔をしながら、覚悟の籠った重々しい声を出した。

 「襲った側なのに厚かましいのは重々承知しているが、俺の命と引き換えに一つ頼まれてくれないか?此処に今まで俺が調査した事が書いてある。これをある場所まで届けて欲しい」

 「調査だと?・・・・ある場所とは何所だ」

 何も言わずにギルド長をジッと見る男を見て、俺は此奴の前では話せないと言う事に気づいた。

 「ふう、分かった。まず此奴から聞きたい事を聞くから、妹と一緒に五百メーラ程先に行って大人しく待っていろ。分かっているとは思うが、俺の妹におかしな事をしたら地獄を見るからな」

 俺が魔力で威圧すると、男は引きつった顔をして何度も頷いていた。

 「先に行ってくれ」

 「分かったよ、お兄ちゃん。早く来てね」

 香織とフレイが男と共に行くのを見届けた俺は、ギルド長の肩を掴んで起こしてから話を始めた。

 「誰に頼まれてこんな事をしたんだ」

 「おお、お前を襲ったのは、バルマーからキルグス虎の事を探っている奴がいると聞いたからだ」

 「キルグス虎は本当にいたのか?」

 体をビクつかせるギルド長を威圧すると怯えながら話を始めた。

 「貴族神官の一人が見たと言っていた。私はおかしいと思ったが、この案件を上手く処理すれば、帝都のギルド長に推薦してやると言われて受けたんだ。その後バルマーが来て、自分が倒した事になったから封鎖を止めて、暫く様子を見たら帝都へ行くと言ってきた。だから今回の事が終わったら、其のまま帝都へ行くはずだったんだ。なのにお前の所為で台無しだ、如何してくれるんだ。私の未来を返せ」

 うるさく喚き始め、支離滅裂な事を言い始めたので、俺は反射的に叩いて気絶させてしまった。

 「さて、バルマーにも話を聞きたいが、フレイがいるとはいえ、素性の分からない男と長い時間香織を一緒にしたくないな。仕方ない、此奴ら全員絵を描く時に作った空間に入れて、時間を止めておくとしよう」

 「其れなら僕が魔法で運ぶから、直哉は空間の入り口を開いて置いてほしいんだ」

 「ああ分かった、急ごう」

 素早く全員を入れると、俺達は香織の元へ急いで向かった。


 俺が走って香織の元にたどり着くと、男が陽気に話しかけてきた。

 「ようご苦労さん。こっちは何もなかったぜ」

 「おい、何を寛いでいる。命をかけた頼み事はどうなった」

 俺が半眼で睨むと、男はすぐに真面目な顔に切り替えて話を始めた。

 「俺の名前はロベルト、一応Aランカーになる。頼みたい事は、この調査書をリラクトンにいる、ミリステアと言う娘に渡してほしい」

 「リラクトンには行く心算だから出来なくはないが、調査書の内容はなんだ。持って行ったら捕まったりしないだろうな」

 「内容については言えない。ただ急がないと不味いんだ」

 「ではその娘とはどんな関係なんだ?後その娘は何所にいる?まさか場所も分からずに、探せとか言わないよな?」

 ロベルトは一瞬口ごもると、諦めた表情で重たい口を開いた。

 「ミリステアは俺の実の娘だ。アリステアと言う貴族の娘と結婚して出来た子供だ。今はリラクラント公爵夫人になった皇妹の、直属騎士団の隊長の一人になっている」

 「ええーー、おじさん貴族なの?とても見えない・・・・」

 確かに香織が驚くのも無理は無い。如何ひいき目に見てもひげ面のおっさんで、酒場あたりでおーーいねーちゃん酒持ってきてくれとか言っている方が似合っている風体だった。

 「いや、俺は貴族じゃ無い」

 「ええーー、だって貴族の奥さんと結婚して娘さんがいるんでしょ?」

 香織の言葉にロベルトは口元を引きつらせて、小さな声でボソボソと話し始めた。

 「若い時にアリステアと出会って、まあ・その・だな・・・・妊娠させちまったんだよ。それで知った親父さんは大激怒だよ。幸いにも結婚と会う事は許してもらったけど、親父さんの目の黒いうちは屋敷に入れないんだよ。入ったら剣を持って追われる事になるし、むろん貴族として名乗る事は許されていないんだ」

 「おいおい、マジかよ」

 「アリステアさんを連れて行こうとは思わなかったの?」

 「当時の俺はDランカーで、まだとても母娘二人を安定して食わせられない様な奴だった。むしろ結婚と会う事を許されただけでも奇跡だよ。娘が生まれて親父さんの気持ちも分かるから、俺は今それなりに満足している。だが俺の様な奴が父親の所為で、娘がしなくて良い苦労をしているのは申し訳なくてな。こうやって足が軽い事を活かして、役に立つ情報を集めて定期的に渡しているんだ」

 「ねえ、お兄ちゃん・・・・」

 香織は如何やら頼みを引き受けたい様だ。

 「悪いがもう一つ聞かせてくれ。何でギルド長と一緒にいたんだ」

 俺が厳しい視線を向け尋ねると、ロベルトは躊躇う事無くアッサリと口を開いた。

 「調査書の内容を調べるためだ」

 嘘をついている様には見えないし、答えを聞いて調査書の内容に興味が湧いた。シグルト達に視線を向けると頷いたので、引き受ける事にして話しかけた。

 「娘さんの後で良いから、俺達にも内容を教えてくれないかな」

 「教えるもなにも此処で死ぬ俺に聞くなよ。ミリステアに聞いてくれ」

 「ええ、何でおじさん死ぬの?理由を教えてよ?」

 「いや、あの戦闘見たら誰でも分かるぞ。あの魔力は明らかに普通じゃないから、見た以上は口封じに殺されるのが当たり前だろ。まして俺は襲撃した方だしさ」

 「安心しろ殺す心算は無い。ロベルトには此のまま俺達と共にリラクトンに行ってもらう。そして話が本当だったら、戦いについて喋らない約束をして話を聞いてから開放する」

 「襲った側にいた俺が言うのもなんだがな・・・甘い事言ってると寝首を掻かれるぞ。喋らない約束だって守られると思っているのか?」

 俺は笑いながらロベルトの肩を叩くと、耳元で淡々と囁いた。

 「ははは、大丈夫だ。今の話が本当なら俺は妹が大事、ロベルトは妻と娘が大事な訳だ。そんな俺達がやられて嫌な事はお互いに手に取る様に分かるだろ」

 ロベルトの顔が一瞬で引きつったが、俺は其のままジッと見続けた。

 「はあーーーー。聞かなきゃよかったぜ。その年齢でその思考とは末恐ろしい子供だな」

 「何所にでもいる普通の子供に向かって何を言っている」

 「・・・・・・・はあーーーー」

 「俺は直哉で妹は香織だ。暫くよろしくなロベルト」

 俺は明るい声で肩を叩いたのだが、ロベルトの返事は無かった・・・。

 

 リラクトンに向かって黙々と歩いていたが、日が沈んだので手ごろな場所で野営をする事にした。

 「ロベルト、大丈夫か?」

 「・・・・・・・・・・・・・・・・」

 ロベルトは無言でゼイゼイと荒い息をしていた。

 「はい、お水だよ。無理しちゃ駄目だよ」

 水を飲み息を整えたロベルトは、此方を見て頭を振ってから話を始めた。

 「お前さん達の体力は如何なっているんだよ。速歩で延々と休み無しで歩くとか正気か?後なあ、言いたかったんだが荷物は如何した、俺の食糧は分けられる程ないからな」

 「見てれば分かるよ。俺はテントを張るから香織は料理をしてくれ」

 「分かったよ。お兄ちゃん」

 香織が鍋を出して嬉しそうに料理をするのを横目に見ながら、俺は素早くテントを出して張った。

 「おいちょっと待て、今何所からだした?」

 「気にするなよ。気にしたら負けだぞ」

 「荷物を持っていないと思えば・・・・。何なんだ・・・・・」

 「ブツブツ言ってないで、此れをやるから一緒に食べよう。美味しいぞ」

 イカサの実を渡すと、何故かロベルトは食べようとしないで、マジマジと見てしんみりとした声を出した。

 「此のイカサの実は一つ銀貨十二枚はするから、娘が病気になった時に買ってやった事が何度かあるだけだ。貴重な果実だから俺なんかに渡さずに、二人で食べろ」

 そう言って返そうとするロベルトに、俺はどの様に説明しようか迷っていた。ハッキリ言ってしまえば、龍の里の近くの森に捨てる程あるのがリトリの実、イカサの実だ。果実や野菜を主食とする龍達にとって、飽きている食べ物で価値は無いのだ。シグルトを見ると目を逸らされた。

 「あの・・・・だなイカサの実は沢山採れる場所を知っていてな。だから沢山持っているんだよ・・・」

 半ば目を逸らしながら言った言葉に嫌な沈黙が漂った。

 「・・・・・・・・・・・・・何だと?」

 此方の雰囲気に気づいた香織が言葉をかけた。

 「そんなに価値のある実なら、娘さんに会う時のお土産に二十個ぐらい持っていったら如何かな。銀貨十枚も貰えれば損はしないのよ」

 香織は重い雰囲気を何とかしようと思ったのだろうが、その言葉は止めになってしまった。ロベルトは無言で皮をむくと、何かを堪える様な表情で全て食べ、銀貨十枚をポイッと投げてきた。イカサの実はリラクトンについてから渡す事になった。

 「まあ、気を取り直してご飯が出来たから食べようよ。ただの豚汁ならぬ熊汁だけどね」

 「おお、この前の熊か?ロベルトも一緒に食べよう」

 「俺が食べても良いのなら、折角だから貰うとするかな」

 シグルトとフレイの態度がおかしいが、後で食べさせるから待つ様に小声で言って食べ始めた。

 「香織の料理は何時食べても美味しいな」

 「ありがとう、お兄ちゃん。今日は普段使わない材料も使ったから、少し不安だったのよね」

 「気にする事はないぞ。むしろ普段のより美味しいくらいだ」

 ロベルトが会話をする俺達を見て、微笑ましい者を見る様な目をしながら話かけてきた。

 「そうしていると兄妹より夫婦の会話に聞こえるぞ」

 「ええーーー。夫婦に見えるそうだよ、お兄ちゃん」

 驚きながらも顔は嬉しそうにしている香織を見て、否定の言葉を口に出来なかった俺は食べる事に集中した。

 「しかしこの肉は本当に美味しいな。初めて食べるがどんな熊の肉なんだ」

 俺の中の何かがこの質問に警戒をしたが、香織は素直に答えてしまった。

 「たしかデルワー熊だと言ったよね。お兄ちゃん」

 「ああ、そうだ・・・・・」

 答えながら悪寒がして肌をさすっていると、ロベルトが限界まで目を見開き愕然としながらプルプルと震えていた。

 「ははははは、騙そうとしたってそうはいかないぞ。デルワー熊と言ったら高魔力の魔獣で、Bランカー以下が出会ったら死ぬしかない強さだ。Aランカー以上が、専用の討伐チームを結成して倒す魔獣だぞ。倒された熊は基本的に、王族や五大貴族や五大神官に献上または買われてしまい、其れなりの貴族のアリステアの親父さんでも手に入らず、一度で良いから死ぬまでに食べたいと言っていた熊だぞ。親父さんに持って帰ったら屋敷に入れるかもしれないんだぞ」

 ロベルトの言葉にシグルト達を見ると激しく頷いていた。香織がお兄ちゃん如何しようと視線で訴えかけてきたので、覚悟を決めた俺は危ない雰囲気のロベルトと向かいあった。

 「あああ、あのさ・・・・・・」

 「分かってるって冗談だったんだろ。で、本当は何の肉だったんだ?」

 「いや、本当にデルワー熊だよ・・・・」

 「・・・・・・・・・・・・・俺食っちまったよ。親父さんより前に・・・・・・」

 今にも泣きそうな男を前に俺は肩を叩いて言った。

 「大丈夫だ、まだ肉はある」

 「でも俺は買う金が無い。金貨を積み上げるなんて無理だ」

 「俺達はただであげても良いぞ」

 「其れは駄目だ。物が物だけに貰ったなんて言ったら、親父さんに激怒される」

 「よし分かった。なら半年間俺達と一緒に行動して、常識を教えてくれる代金として先払いなら如何だ。むろんその間に見た事の口止め料込みでの話だが」

 ロベルトは色々考えていた様だが最終的には頷いた。

 「じゃあ、明日は早いからさっさと食べて休もう」

 皆が頷き見張りを交代しながら休んだ。


 翌朝俺達は早くからリラクトンに向かって歩いたので、昼過ぎにたどりついた。

 「如何だ。此処が帝都に次ぐ人口を持つ商都リラクトンだ」

 「思ったよりも大きいが、人や馬が多い所為か衛生環境は微妙だな」

 「もうちょっと考えてほしいよね」

 「おいおい、はあーーー。もう良い、悪いが俺の用事を先にすませるぞ」

 了解の返事をしてロベルトについて行った。

 「何者だ、止まれ」

 小さな城の様な建物の門の前で制止の声をかけられた。

 「俺の名はロベルトだ。此処の白鳥騎士団のミリステアに会いにきた。取り次いでもらいたい」

 「お前みたいな男がミリステア様に何の用だ」

 「ちょっと伝えたい事があるだけだ。悪いが急いでいる。だから早く俺が来た事を伝えてくれ」

 急かしたのがいけなかったのか、門番は疑いの視線を強くしていた。

 「要件を述べないとはあやしい奴だな。ミリステア様は美人だから、おかしな男が会わせてくれと言ってくる事もあるんだぞ。お前は本当に知り合い何だろうな」

 「ぷはははははははは・・・・・」

 「お兄ちゃん笑っちゃ駄目だよ。ふふふ」

 話が正しければだが、実の親なのに疑われている姿を見て、悪いとは思うが堪えきれずに笑ってしまった。

 「自分の事を話せばすぐに取り次いでもらえるだろうに・・・・何やってるんだよ」

 笑う俺達を一瞥して忌々しそうに舌打ちしてから、ようやく自分の事を伝えた。

 「チィ、良いかよく聞けよ。俺はミリステアの父親だ」

 「はあ?嘘だろ・・・・・・・」

 「本当だ。ミリステアに会えばすぐ分かる嘘などつかんわ。いい加減にして娘に俺が来た事を伝えろ」


 「失礼しました。此方でお待ちください」

 慌てて客間まで連れてきた門番は急いで出て行った。

 「そう言えばほら、此れを渡しておくぞ。笑ってしまったお詫びに、二つオマケしておいたから許してくれ」

 何か言いたそうなロベルトに渡して、皆で静かに娘さんがくるのを待った。そして半クーラ程経った時に、小柄の整った顔立ちの金髪の女性が乱暴に扉を開けて入ってきた。

 「お父様連絡もなく、いきなり訪ねて来るとは何事です。私にも色々やるべき事があるのですよ」

 ミリステアさんは其処まで言ってから俺達に気づいて、素早く作り笑顔を浮かべ、礼儀正しく挨拶をしてきた。

 「失礼しました。私はミリステアと申します。知っているかも知れませんが、そこにいるロベルトの娘です」

 俺達はもう殆ど疑っていなかったが、ミリステアさんの言葉に安堵した。しかしどんな女性を妻にすれば茶髪のおっさんから、金髪の美しい女性が生まれるのかとの好奇心が湧くのは抑えられなかった。

 「俺は直哉で、こっちは妹の香織です。よろしくお願いします」

 和やかに俺達と挨拶を交わしたミリステアさんは、自分の父親には厳しい視線を向けていた。

 「まずはそうだ、土産があるんだ。ほら見ろ、イカサの実だぞ」

 イカサの実を見てさらに厳しい視線を向けるミリステアさんに、訳が分からず皆驚いていた。

 「何をなさったのです。またお母様と誕生日に会う約束を忘れたのですか?それともおじい様の怒りでも買いましたか?私に何をさせたいのです。金貨を払ってまで用意したのですから余程の事なのでしょう」

 「ごごご、誤解だ。安く手に入ったから土産にしただけで他意は無い。二人も笑ってないで何とか言ってくれ」

 「はははは、大丈夫ですよ。言っている事は本当です」

 「ふふふふ、私達が保障します」

 「そうですか・・・。それで此れだけの為に来た訳では無いのでしょう」

 「ああそうだ。此れは確定情報として聞いてくれ。メルクラントの兵が魔狼と龍に戦いをしかけた」

 部屋の中の雰囲気が一変して、俺達も関わりのある話に態度を改めた。

 「冗談はやめてくださいお父様。魔狼や龍と戦いになるなら一大事です。その様な報告は受けていません」

 「だがマルイルの町の貴族神官、ギルド長、メルクラントと取り引きしていた商会、さらにはSランカーの斬鬼アラインを筆頭に一部の上位ランカーが怪しい動きをしている」

 「それは・・・・・・。しかし魔狼や龍と戦って勝てないのは分かり切っているはずです。戦いを挑んでも無駄な犠牲を出すだけで、意味などないでしょう」

 「俺だって耳を疑ったさ。だが戦ったのは事実だ。そして魔狼や龍が此のまま大人しくしている保障も無いし、龍の領域に一番近いのはマルイルの町で、リラクラント家が知らなかったと言って龍が話を聞くと思うか?それと直哉達はギルド長の手勢に襲われている」

 視線を向けられ問われた俺達は、バルマー達との事を話して聞かせた。

 「帝都ですか・・・・嫌な感じです。今公爵は緊急の貴族議会の招集で帝都に行っています。分かりました此の事はメイベル様に報告します」

 厳しい表情で席を立って移動しようとするミリステアさんに、俺は素早く声をかけた。

 「なあ、メイベル様が皇妹の名で良いのか?」

 「そうですが何か?」

 「会う事は出来ないかな?」

 「お父様とご一緒の方とはいえ、素性の分からない者を騎士として会わせる訳には行きません」

 眉を顰めて答えるミリステアさんに、頭の中でどう説得するか必死に考えていると、ロベルトが真剣な顔をして口を挟んできた。

 「なあ、何で会う必要があるんだ?」

 「そうだな。今の話に付け加えられる情報があると言ったとこだな」

 ロベルトはピクリと表情を動かすと、厳しい視線を向けてきてから口を開いた。

 「それが話を聞きたがった理由か?」

 「何か俺達の知らない情報があるかと思ってな」

 「では私が聞いて伝えましょう」

 「ミリステアさんには悪いが役不足だ。俺は公爵夫人と領地の事で話したいのではなく、皇妹と赤帝国の今後について話したいと思っているんだ」

 「大きく出ましたね。ですがいくらなんでも言い過ぎではありませんか?それにまるで国に害意がある様にもとれます」

 「今の俺に害意も敵意もない。だが対話を拒むとそちらが不味い事態になる事は知っている。素性については他言しないのなら話しても良いけれど、最悪の場合は本当に口封じもありえると思ってほしい。これは皇妹であろうとも、権力や武力で反故にする事は出来ないと思ってくれ」

 マジマジと見つめてくる視線に、表情を変えない様にして見つめ返すと、ため息と共に視線を逸らされた。

 「はあー、ミリステア部屋から出て行け。俺が話を聞く」

 「お父様、何を言って・・・・・」

 「この調査書を渡すから黙って説明に行け」

 ミリステアさんがしぶしぶ出て行き、俺達は向かいあって座った。

 「話を聞かせてくれ」

 「ああ、その前に空間を隔離してくれるか、シグルト」

 シグルトが即座に部屋を隔離してくれた。一方ロベルトはいきなり知らない名を呼んだ俺を、訝しげに見つめていた。

 「シグルト、フレイ出て来てくれ」

 「・・・・・・・・馬鹿な・・・・・・・・」

 龍と炎鳥が突然現れて絶句しているロベルトに、シグルトとフレイが話かけた。

 「姿を隠していたけど、ずっと直哉の傍にいたんだ」

 「貴男の話も聞いていましたわ」

 「お前達はその、あの・・・・・」

 言葉に詰まるロベルトに向かって香織がアッサリと告げた。

 「うん、そうだよ。おじさんが今気づいたとおり、私もお兄ちゃんも契約者だよ」

 「成る程・・・あの力は契約者だからか・・・・・」

 ロベルトは顔を手で覆うと、深いため息を吐いてから俺と視線を合わせた。

 「はあーーー、覚悟を決めたから話してくれ」

 「俺は龍人で、使者として此処にいる。今言えるのは・・・・・・」

 俺は襲われた後の結論の部分だけを話して、対話しないとどうなるかだけ理解させた。

 「肝心な事を話していないが、今言った事は本当の事だな?」

 「ああ、嘘は一つもない。だからロベルトが求めるなら、最悪の時は家族を保護してもいいぞ」

 真剣な顔で保護すると言った所為で、ロベルトは俺の話が本当だと確信したみたいだった。強張った顔で首を振ると、重々しい声を出した。

 「分かった。俺が命がけで何としても対話をさせてみせる。保護は時が来たら話す」

 空間の隔離をやめるとロベルトは、覚悟を決めた表情ですぐに部屋を出て行った。


 「ミリステア、今すぐにメイベル様に会うからついて来てくれるか」

 「お父様?何を言っているのです。会える訳ないでしょう」

 「ミルベルト家の次期当主として会う心算だ。これなら断れないはずだ」

 「お待ちください。何があったのです。お父様が家名を使えばどうなるか忘れた訳ではないでしょう」

 「忘れてなどいない。親父さんには勝手に家名を名乗ってもいいが、斬られる覚悟をしろと散々言われたからな」

 「何を聞いたのです。私に話してください」

 「今はまだ言えない」

 父と娘は睨み合いながら長い間話し合って、メイベル様の元に向かった。


 「遅い時間に申し訳ございません」

 「いいのです。表に出てこないはずの貴女のお父様が話したいと言うのだから余程の事なのでしょう。さてミルベルト卿、話とはどの様な事ですか」

 「はっ、明日一番に直哉と香織と名乗る兄妹に会っていただきたい。それも出来ればお一人で」

 「待て、自分が何を言っているのか分かっているのか」

 護衛の騎士団長が怒りの声をあげた。

 「お怒りは御尤もですがこの対話が無されない場合、私は家族を連れて直哉に保護を求める覚悟です」

 「お父様、その様な話は聞いていません。如何言う事ですか」

 娘の怒りの声を無視して、私はジッとメイベル様の返答を待った。私の余裕のない言葉と態度に、強張った表情のメイベル様が鋭い声で尋ねてきた。

 「二人が何者か答えられますか?」

 「会えば二人が話すでしょう」

 「先程保護と言っていましたが。脅されていたりしませんか?」

 「違います。私と家族の話を聞いて、個人的に情けをかけて貰ったと言うのが正解です」

 難しい顔をしてメイベル様が更なる質問をした。

 「・・・対話をしなかった場合は、ミルベルト家の力でも家族を守れない事態が起こると考えて間違いありませんか」

 「はい、そのとおりです」

 私以外の顔に驚愕が見えた。ミルベルト家の力は五大貴族を除けば五本の指に入る家なのだ。それが如何にもならない事態など数える程だろう。

 「何故私なのか分かりますか」

 「領地が北西のリラクラント家である事と皇妹だからだと思います」

 「皇妹でなかった場合はどうなりますか」

 「話はするでしょうが救われるのは最低限になるかも知れません」

 目を瞑り考えるメイベル様を緊張しながらジッと見ていた。そして暫くの時が経ち目を開いたメイベル様は、真剣な表情で私を見てから毅然とした声を出した。

 「話をしましょう」

 騎士団長が何かを言おうとしたが、メイベル様が素早く視線で反論を抑えていた。その時私はメイベル様の決断にそっと安堵していた。もし話し合いが行われないのなら、本当に妻と娘の手を掴んで逃げる事も考えていたのだ。

 「卿は共に話すのですか?」

 「許されるのならば」

 「では明日一番にこの部屋へ連れて来てください」

 「了解いたしました」

 私は食事をしていた直哉達に明日一番で話が行われる事を伝え、新しい客間に案内して隣にいる事を話して眠りについた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ