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帰路

作者: 小雨川蛙
掲載日:2026/11/02

ひたすら暗いです。

お読みする際はご注意を。

 

「帰るわ。私」


 そう伝えた時、その男の人はうんざり顔で言いました。


「はい。分かりました。帰ればいいじゃないですか」


 先ほどまでは随分と私の話を聞いていてくれたのに、急に何もかも言わなくなってしまいました。

 どれだけの時間、私の話を聞いていてくれたのか分かりません。

 けれど、きっと。

 我慢の限界だったのでしょう。


「それじゃあ」


 そう言って私はふらふらと歩き出します。


 一体いつからこんなにも足が動かなくなったのでしょう。

 幼い頃は山を駆けていたのに。


 一体ここはどこなのでしょう。

 私の故郷は山と川が広がった長閑な場所であったのに。


 それなのに。

 私は今、全く知りもしない建物の中に居ます。


『ようこそ』


 折り紙で作られた平仮名が。

 脳に刻み込まれます。


 壁に写真が貼られていました

 数えきれないほど。

 その全てが私と同じような姿形をした人物ばかり映っています。


「家に帰ろう」


 自分を勇気づけるために呟いたものの、それが無理なことは自分自身が一番よく分かっていました。


 今は何時でしょうか?

 ちらりと見えた窓から夜であるのは間違いありません。


 私はどうやって帰るのでしょうか?

 ここがどこかも分からないのに。


 バスはあるのでしょうか。

 電車はあるのでしょうか。

 いっそどれだけお金がかかってもいいからタクシーでもあれば――。


 あぁ。

 けれど、私はパジャマ姿です。

 こんな格好で運転手さんは乗せてくれるのでしょうか。


 お金。

 パジャマにはポケットがないから。

 私、一円も持っていない。


 だけど。

 だけど、帰りたい。


 そう思いながら進んだ廊下の結末。

 自動ドア。


「開けてください」


 ドアの前で呟く。


「家に帰してください」


 叶わないことを知りながら。


「家に帰して」


 お願いだから。



 *



 彼女の声が玄関から聞こえる。

 本当に腹が立つ。


「言ってんだろ。帰れねえって」


 深夜2時。

 忙しいのに仮眠も取れない。

 挙句、今日はハズレだ。

 彼女が『スパーク』しているから。


「病気なんだから帰れねえって言ってんだろ。馬鹿」


 離れた場所で見守りながら、私は刻一刻と減っていく休憩時間に苛立つばかりだった。

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― 新着の感想 ―
最後まで読んで意味がわかりました。 そういうシチュエーション……! こうなってしまったら戻ることはないのでしょうか。 彼は介護士さんかお医者さんか、色々な想像が膨らみました。 小雨川さん、ありがとうご…
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