帰路
ひたすら暗いです。
お読みする際はご注意を。
「帰るわ。私」
そう伝えた時、その男の人はうんざり顔で言いました。
「はい。分かりました。帰ればいいじゃないですか」
先ほどまでは随分と私の話を聞いていてくれたのに、急に何もかも言わなくなってしまいました。
どれだけの時間、私の話を聞いていてくれたのか分かりません。
けれど、きっと。
我慢の限界だったのでしょう。
「それじゃあ」
そう言って私はふらふらと歩き出します。
一体いつからこんなにも足が動かなくなったのでしょう。
幼い頃は山を駆けていたのに。
一体ここはどこなのでしょう。
私の故郷は山と川が広がった長閑な場所であったのに。
それなのに。
私は今、全く知りもしない建物の中に居ます。
『ようこそ』
折り紙で作られた平仮名が。
脳に刻み込まれます。
壁に写真が貼られていました
数えきれないほど。
その全てが私と同じような姿形をした人物ばかり映っています。
「家に帰ろう」
自分を勇気づけるために呟いたものの、それが無理なことは自分自身が一番よく分かっていました。
今は何時でしょうか?
ちらりと見えた窓から夜であるのは間違いありません。
私はどうやって帰るのでしょうか?
ここがどこかも分からないのに。
バスはあるのでしょうか。
電車はあるのでしょうか。
いっそどれだけお金がかかってもいいからタクシーでもあれば――。
あぁ。
けれど、私はパジャマ姿です。
こんな格好で運転手さんは乗せてくれるのでしょうか。
お金。
パジャマにはポケットがないから。
私、一円も持っていない。
だけど。
だけど、帰りたい。
そう思いながら進んだ廊下の結末。
自動ドア。
「開けてください」
ドアの前で呟く。
「家に帰してください」
叶わないことを知りながら。
「家に帰して」
お願いだから。
*
彼女の声が玄関から聞こえる。
本当に腹が立つ。
「言ってんだろ。帰れねえって」
深夜2時。
忙しいのに仮眠も取れない。
挙句、今日はハズレだ。
彼女が『スパーク』しているから。
「病気なんだから帰れねえって言ってんだろ。馬鹿」
離れた場所で見守りながら、私は刻一刻と減っていく休憩時間に苛立つばかりだった。




