不思議な引力
どうやら私には、他の人とは違う目に見えない力が働いているらしい。
ひとまず「働いているらしい」としたのは、私自身が半信半疑で、単なる偶然の積み重ねではないか、と今ひとつ確信を持てないからだ。
例えば、私はかなりの高い確率で道を尋ねられる。
自宅や勤務先の近辺ならばいざ知らず、初めて訪れた土地だったとしてもお構いなしだ。こちらが明らかに旅行者だと分かる格好や大きな荷物を持っているというのに。
なぜ、ああも私なんかに尋ねようとするのだろう。理解し難い。
それから空いている電車に乗っていると、次の駅で乗り込んできた人が私の隣に座る、なんてこともよくあった。
何も私の隣でなくたって向かいの席にも、横に三、四人は並んで座れるくらい空いているのに。そんなに私の隣は座りやすいのだろうか。
これが美人であればまだしも、恰幅のある汗掻きな男性に密着されるときなんて気分は最悪だ。
このように、どうも私には他人を引き付ける何か――“不思議な引力” とでも呼ぶべきものがあるらしかった。記憶を遡れば、思い当たる節が山ほどある。
私自身に何か特別な魅力があるとは到底思えなかった。
容姿だって決していいとは言えないし、コミュニケーション能力だって必要最低限のものしか持ち合わせていない。どちらかと言えば、誰かと一緒に過ごすよりも一人でいることを好むタイプだ。
けれども、私のことなど知らない赤の他人たちは、どうしても無意識にこちらへ引き寄せられるらしい。
そんな話を学生時代の友人と久しぶりに居酒屋で飲んでいるときにしたら、それは面白いと言ってくれた。
「じゃあさ、今度ウチの店でバイトしてくれないか?」
「バイト?」
「ああ。オレ、三ヶ月前に高級焼肉店をオープンさせたんだ」
「へえ、そうだったのか。知らなかった」
「けどさ、開店直後はそこそこの客の入りだったのに、最近は閑古鳥が鳴いているような状態で、このままだと従業員に今度の給料を払えそうにないんだ」
「やっぱり、飲食店業界は厳しいんだな」
「そこで物は相談だ。お前がウチで働いてみるってのは? そうすりゃ、焼肉を食べに客が大勢来てくれるかもしれない。なあ、面白いアイデアだと思わないか?」
私はこの冗談みたいな誘いに戸惑った。
学生時代からの付き合いだから助けてやりたいのは山々だが、こっちにだって自分の仕事がある。休日の予定をバイトで潰したくない。
「だったら、さすがに店の手伝いは出来ないけど――」
妥協策ではないが、私はひとつの提案をしてみた。
翌週、定時で退社した私は電車を乗り継ぎ、友人が出店したという高級焼肉店を訪れた。アルバイトとしてではなく、一人の客として。
「おお、よく来てくれたな」
外からは立派な店構えに見えたが、中へ入ってみると客が一人もおらず、ガラガラの状態だった。友人の言う通りだ。もう夜の六時半を回っているから、食事に来た客が席を埋めていてもよさそうなものだが。
「なっ? 開店休業状態だろ?」
私を自ら出迎えてくれた友人は自嘲気味に笑みを浮かべながら店のメニューを差し出してくれた。確かに、まだ営業前かと錯覚してしまいそうだ。
「お役に立つかどうかは分からないけど……まあ、あまり期待しないでくれ」
そう言って私はメニューを拡げ、値段の高そうな肉を何皿かと生ビールを注文した。友人は私のテーブルに火を入れると、注文した品を店の奥にある厨房へ伝えに行く。
そのときのことだ。友人の背中が厨房へと消える寸前、店のドアが開き、品の良さそうな老齢の夫婦が来店した。
「あのー、予約は入れてないんですが、二名よろしいですか?」
「どうぞ、どうぞ! ご案内します!」
奥から引き返してきた友人が満面の営業スマイルを浮かべて新規の客をテーブルに案内した。
どうやら早速、“不思議な引力” の効果が働いたらしい、と自分の席で料理を待つ私も安堵に胸を撫で下ろす。
よく道を尋ねられたり、電車で横に座られたりという経験の他に、私には飲食店でも似たような経験があった。
ランチタイムを過ぎた時間帯、空いている飲食店で遅めの昼食を摂っていると、その後どういうわけか次々と客が訪れて来るようになり、たちまち賑わい始めるのだ。そういうとき、自分がまるで招き猫にでもなったような気分になる。
そのことを先日の居酒屋で思い出した私は、友人の店で食事をすれば、やがて他の客も釣られるようにやって来るのではないか、と閃いたのだ。
その思惑はどうやら当たったらしい。
老齢の夫婦以外にも、男の子の兄弟を連れた四人家族や勤め帰りの会社員たち、法事を終えたらしい親族一同など、店にはたちまち客が押し寄せるようになった。高級焼肉店と看板に掲げている割に、どれも予約なしの飛び込みなのが驚きだ。
注文した肉を運んできてくれた友人は、私に向かってウインクした。
「お前のおかげだよ。こんなにも店が盛況になったのは、いつ以来のことやら」
「どうやら力になれたようで、こっちもホッとしているよ」
「今日はオレからの奢りだ。遠慮なく食べてくれ」
「いいのか? じゃあ、ご馳走になるよ」
張り切って他のテーブルに呼ばれて行く友人の背中を見送りながら、私は旨そうな上カルビを熱した鉄板の上に乗せると、冷たい生ビールのジョッキをグイッと傾けた。
良かった。本当に良かった。
さすがは高級焼肉店。なぜ、これだけ品質のいい肉を提供しているのに客が来ないのか首を捻りたくなるくらい、充分に美味しい食事を堪能した。こんなに満ち足りた食事をしたのは久しぶりな気がする。
すっかりご馳走になった私は、一万円の謝礼まで是非にと手渡され、友人の店を出た。
「また来てくれよ。食事は只でしてくれていいからさ」
きっと久しぶりに店が繁盛したからだろう、帰り際、友人は上機嫌で私を見送ってくれた。
私自身も嬉しくなり、誰かのためになるなら、こんな “不思議な引力” もいいものだと思えた。
少し酔っぱらってしまったらしく、いささか危なっかしい足取りで最寄り駅へと向かう。これを商売にしてみたら面白そうだ、と色んな想像を巡らせながら。
どんっ!
あまりにもフラフラしていたせいだろう、私は反対側から歩いてきた通行人とぶつかってしまった。
「すみませ……」
すぐ相手に謝罪しようとして、頭を下げかけた私は、そのまま前のめりになって地面に倒れてしまった。
あれっ、立てない……酒に強い方でないのは確かだが、歩けなくなるまで酔っぱらったつもりはないのに。
うつ伏せになった私はお腹の辺りが冷たくなっていくのを感じた。何だろう、と思い、手で触れてみるとひどく濡れている。
えっ、とビックリした私は濡れた自分の手の平を見てみた。真っ赤だ。
まるでボウリングの球みたいに、やたらと重たく感じる頭を苦労して動かすと、ぶつかって立ち尽くしたままの通行人を見上げた。
それはフードを目深に被ったパーカー姿の若い男だった。手には血のついた包丁を握っている。刃を伝って滴り落ちているは私の血か。
「……ごめんなさい……誰でもいいから人を殺してみたかったんです」
そいつは私にしか聞き取れないような声でボソボソっと喋った。
「と……通り魔……」
次第に遠退いていく意識の中、私は自分の身に何が起きたのか悟った。
どうやら私の持つ “不思議な引力” は、殺すのは誰でも構わないと言いながら、ほとんどの場合、抵抗されにくい女性を狙うことが多いはずの通り魔まで引き寄せてしまったらしい。
「うっ……ううっ……」
今回ばかりは、さすがの私も自分の持つ “不思議な引力” を恨めしく思った。




