約束の雨
雨の日になると、私は帰り道を思い出す。
梅雨の終わりだった。
放課後、私と真由と由紀は三人で帰っていた。
細い雨が降っていた。
校庭の土は黒く濡れていて、人の姿はなかった。
校庭の横を通るとき、真由が足を止めた。
「……ねえ。」
小さな声だった。
「見える?」
真由の視線の先を、私も見た。
校庭の端に、ぼんやりとした形があった。
雨の中に、何かが立っているようだった。
「誰?」
由紀が言った。
私たちはしばらく黙って見ていた。
でも、もう一度目を向けたとき、そこには何もなかった。
「今、いたよね?」
由紀が笑った。
私は答えなかった。
そのとき真由が言った。
「このこと、誰にも言わない方がいい。」
「どうして?」
私が聞くと、真由は少しだけ考えて言った。
「……なんとなく。」
雨の音だけが聞こえていた。
「まあいいよ。」
由紀が言った。
「約束ってこと?」
私たちは顔を見合わせて、うなずいた。
雨は静かに降り続けていた。
それが、約束の証みたいだった。
数日後の昼休みだった。
窓の外は雨だった。
教室の奥で、由紀の声がした。
「ねえ聞いてよ。この前さ――」
女子たちが集まっていた。
由紀は笑っていた。
「帰り道でさ、変なの見たんだよ。校庭に――」
私は足を止めた。
その先を聞くのが怖かった。
窓の外では、雨が降っていた。
次の日、由紀は学校に来なかった。
先生は体調不良だと言った。
放課後、私は真由と二人で帰っていた。
雨が降っていた。
校庭の横を通るとき、私は立ち止まった。
そこに、由紀が立っていた。
傘もささずに、雨の中に。
「由紀?」
私が呼ぶと、由紀はゆっくりこちらを向いた。
雨粒が頬に落ちるたび、
由紀の輪郭が少しずつ薄くなっていった。
水に触れた紙のように。
由紀は自分の手を見ていた。
指先が透けていた。
「……なんで……」
小さな声だった。
雨が降るたび、形が崩れていく。
私は叫んだ。
「どうして……!」
隣で真由が言った。
「約束、破ったから。」
真由の声は静かだった。
由紀の姿はゆっくりと薄くなり、
やがて見えなくなった。
そこには、ローファーだけが残っていた。
濡れたローファーが二つ並んでいた。
私は動けなかった。
真由は、最初に影を見つけた場所を見ていた。
真由が言った。
「これで二人目。」
雨は、まだ降り続いていた。(終)




