第3話、つわもの共が夢の跡。
草の根を掻き分けて踏み入った雑木林。
目の前には意気揚々と勇ゆく小スケールの奴が1人。
そいつはこの間死んだはずの男だった。
「ほらスッギー、そんな所で突っ立ってたら何も始まらないぜ! ぼーいずびーあんびしゃすッ!」
「……」
牧野テツヤ(マキノ哲也)。
こいつは殺した筈だ。
確かに5日前、追いつめられた俺は学校の三階からテツヤを突き落……放り投げたはずだ。
いや、別に俺はテツヤに死んでほしかった訳じゃない。でも、俺だって校庭の血溜まりに浮かぶ変わり果てた奴の姿を拝んでいるし、地元のテレビでは『自殺した少年T』と報道されていたし、葬式にも参列したし。
それがなんだ、今朝になったら電話で「うあっそぼーぜスッギー!!」の一言を放って、返事を云う前に切りやがった。
半信半疑の俺は兎柄のパジャマを着たまま牧野家へと駆けつけたのだった。
──そして今に至る。
「お、おいテツヤ、お前大丈夫なのか?」
「は? いかように?」
ダメだ、大丈夫そうだけ全然大丈夫じゃないぞ。
──俺は彼を殺してしまった罪悪感から、言われるままに近くの公園の雑木林まで駆り出されてしまったのだった。
一体なぜ、病み上がりのテツヤはこんな場所に来たがったのだろうか?
「よーしセミの幼虫探し開始ッ! スッギーはあっちの杉の木からあっちの杉の木までを頼んだぜ。
アブちゃん2号になり得る逸材を捜すんだ!」
状況が大変よくわかった。
というか俺に拒否権は無いのか、…いや、殺されかけた筈のテツヤは恨むでもなしに誘ってるんだ、これを拒むなんて道理が俺にあるはずがない。
「よし任せろ! 体長二メートルオーバーのセミを探し出してきてやる!!」
「その意気だぜスッギー、今夜はごちそうだ!」
「「わっはっはっはっは」」
高らかな高笑いを後に、俺とテツヤはそれぞれの持ち場へと散っていった。
「あぁーッ!?」
ん、なんだ誰か入るのか?
俺は声のした方角に目を向けた。
「うおっアヤ?」
我が愛しき妹の杉崎アヤジ(スギサキ文路)が草葉の陰から飛び出してきたのだった。
……ていうか。
「何でまたそんな挑発的な格好をしてんだよぅ!?」
今回はスカートは穿いていた、そうスカート“は”穿いていたんだ。ただその上の方が問題だった。
なぜならアヤジの上半身はワイルドに裸だったからだ。
「ひ、人違いです」
アヤジは明後日の方向に顔をそらせた。
「このあんぽんたん! そんな奇抜なファッションセンスの奴を俺はお前以外に知らねーよ!」
すぐさまアヤジにラリアットをくらわせて茂みに薙ぎ倒した。
大変だ、大変で大変なんだ。俺は妹に急いで服を着せてから大人しく家まで送り届けなくてはならない。それを果たす為に排除しなければならい当面の障害は……
「おーいスッギー、アブちゃん2号はみつかったかー?」
そうだ、あのカス野郎をなんとかしなければ。…でもどうやって?
「んー、いたた。兄貴それ止めてっていってるのに…」
くそ、起き上がらなければいいものを…寧ろ永遠に転がっとけば良いのに、茂みに転がっていたアヤジはそこから頭だけを覗かせた。
「妹スッギーじゃん!」
「あ、兄貴の友達の無駄にテンションが高い奴」
だー!
何でこうも数奇な展開ばっかり起こりやがるんだよ。お前ら少しでいいから黙っとけよ。
…もういい、手段なんか選んでられない。
俺は遠くの方で大手を振っているテツヤに駆け寄ってその胸倉をつかみあげた。
「死にさらせぇ!!」
それを混信の力で持ち上げると、そばの木の幹に向けて叩きつけた。
「うぎゃあぁぁぁぁ!」
そんな悲鳴をあげた後、テツヤはめっきり動かなくなってしまった。
目標は沈黙した。
「あ、兄貴何を!?」
茂みから立ち上がったアヤジは困惑を露わにした様子で駆け寄ってきた、彼女のブツは彼女の動きにあわせて揺れまくっている。
「アヤジ、月曜日に約束したよな。もうしないって」
あの日テツヤをトカゲのしっぽにした俺は妹によく言ってきかせたのだ。ノーパンはよせ、と。
「だ、だから、その……ショーツは、その、穿いてるし」
アヤジは伏目がちでそれだけをいった。
「ショーツ穿いてりゃそれ以外は良いなんて道理があるか!? とにかく早くそれを隠すんだ、上着はどこにやった?」
「……滑り台の上」
俺は雑木林から顔を出して滑り台の位置を確認する。
なんてことだろうか、滑り台は公園の中央に健在していた。
昼間だというのに滑り台の周りには近所の子供たちがわんさかだった。
「俺が回収してくる、アヤは茂みに身を隠していて」
あんな所にアヤを出せば二分と待たずに通報だ。
それだけは避けたい。
「ん、アヤ?」
返事がない。
後ろを振り返ってみると気絶しているテツヤしかいなかった。
「私は束縛なんてごめんなの! 支配からの卒業よ!!」
見れば真反対方向の公衆トイレ方面に走っていっていた。
俺は叫ぶ。
「お前まだ12歳じゃん!!」
去り行くアヤジにその言葉は届かなかった。
***
にげていったアヤジを追いかけるか上着を先に取りに行くのか、悩んだ末に俺は先に滑り台によってから公衆トイレに行く事に決めた。
そうであるなら早いところ回収しよう。
ダッシュで滑り台の階段を駆け上がる、しかし…
「あれ、無い」
そこには服はおろかゴミ一つなかった。
ふと、近くの子ども達の話し声が耳に入る。
「おやびん、そこの滑り台の上でこんなものを拾いました」
何だろうか、滑り台の下にたむろしていた小学生男子の1人が大柄の少年に何かを上納していた。
「あぁん? なんだこの窪みがついた紐は」
おやびんと呼ばれた少年は怪訝そうにソレを持ち上げる、それはブラジャーみたいな布だった、ていうかブラジャーだった。
「だあぁ!!」
よく見れば奴らが所持している布一式はアヤジの衣服じゃないか。
「おやびん、きっとそれは帽子ですよ」
「何か窪みが2つ付いてるけど?」
「二人用とかじゃないですか」
「なるほど!」
ちげー!!
そんな前衛的な帽子があってたまるか。
俺は滑り台から飛び降りた。
「君たち、その帽子はお兄さんのだから返しなさい」
できる限りの笑顔を振りまいてから請求する。
「な、なんだこいつ、おやびんなんかウサギ柄のパジャマを着た変な奴が現れました!」
しまった、俺はいまウサギ柄のパジャマを着ていた。
おやびんは既に前衛的な帽子の試着段階に至っていた。頭に乗せて顎でフックを止めているその姿は、親に顔向けができない有り様だった。
「へっ、それは俺達がこのあたりを仕切ってるウサギ団だって知っての狼藉か?」
前衛的なおやびんが凄んだ。このあたりを仕切っているドンは目も当てられない状況だ。
「おいおい、誰の了解を得てほざいてやがるんだ?
この辺りの王は我々カメ団の若頭だ!」
突然別の小学生のグループが現れた。
「はっはっは冗談は顔だけにするんだな、真の番長は俺たちインコ団の親方だぜ!」
さらに別のグループが名乗りを上げる。
「我らアルマジロ団も忘れちゃ困るぜ、うちのオジキがナンバーワンだ」
砂場で遊んでいた連中も便乗して出てきた。
***
数分後。
自称この辺り一帯のドンとなのる小学生の団体は30を越えていた。
「み、見ろウサギ団の奴何かかぶってるぞ」
内のアリンコ団と名乗る連中の1人がアヤジのブラジャーを指差して言った。
それを聞いて人集りに波紋が広がる。
「すげーかっけー」
「ほ、欲しい」
「なんかリーダーぽい」
それに対してウサギ団のおやびんは照れくさそうに、でも自慢げに、クルッと一回転して見せつけた。
「…このままではらちがあかない、よし、どうだろうかみんな、あの格好いい帽子を手に入れた奴が真の番長に君臨するということにしないか?」
頭脳明晰なハト団のリーダーがみんなに提案した。みんなこの覇権争いにに半ば飽き飽きしていたのだろう、異論の声は無かった。
俺はおやびんの背後に無音で忍び寄ると彼の頭からブラジャーを奪い取った。
「うわ何をしやがる!」狼狽したおやびんをそっちのけて俺は怒鳴る。
「てめーらうちの妹のブラジャーで遊ぶんじゃねー!!」
まったくとんでもない連中だ。これだからガキは嫌いなんだ。
「ぶ、ぶら…あ?」
「ぶらじあって何だ?」
「おまえ知ってるか?」
「知らねー」
そんな声が有象無象からあがる。
みんな純粋だった。
よし、何とか回収できた。
後は妹を保護してから無理やり装備させるだけだ。
「ちょうどいいぞ、あのパジャマ男からブラジアを奪った奴が帝王だ!!」
おい煽るな。
「うおっしゃー、みんな行くぞ」
いや、行くな。
どうしようもない事に盛り上がった小学生達は一斉に飛びかかってきた。
くそ、かくなる上は…
「こんなもの……飛んでけッ!」
俺は力一杯ぶん投げた……
──石を。
「あ、投げたぞ追え」
石とは気づかずにその軌道を追いかけての民族移動が始まる、さながらヌーの大群だ。
石が放物線を描いて落下したのは先程の雑木林だった。
「ぐぅ、いててて」
気絶していたテツヤが目を覚ます。
「あれ、ここは? あれあれ。
ん?
え、ちょっ、なに?
君達なに?
ちょ、やめ、やめッ
いぎゃああぁあぁぁあぁあ!!?」
暴動に巻き込まれて、テツヤは藻屑と消えた。
すまないテツヤ、不可抗力だ、ゆるせ。
心の中で僅かに謝った、何だかんだでテツヤには悪いことばっかりしている、こんどアイスとか奢っとくか。
暴動の砂煙を尻目に俺は上着の一式を回収すると公衆トイレに向かった。
***
「……兄貴、ごめん」
「分かればいんだよ、分かれば」
トイレで見つけたアヤジは説得(主にラリアット)のかいあってか、しっかりと反省した様子だ。
今はちゃんと上着も着用して落胆している。
何でも少し前辺りからここの公園で露出行為をする事が日課になっていたのだそうだ。
本当にとんでもない妹だ。
次からはこんな事がないように監視の目を光らせておく必要があるな。
「ほら帰るぞ」
「はーい」
彼女の袖を引いてトイレから連れ出した。
…
トイレから出てみるとそこは血の海になっていた。あちらこちらに鼻血を噴いて亡骸が転がっている。
「あ、兄貴、これ…」
その地獄のような惨状にアヤジもたじろいでいるようだ。
「……」
俺達は無言で公園を後にした。