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第1話、衝撃の再会。

時が止まる瞬間というものを俺は生まれて初めて体験できたんだと思う。


それも自宅の玄関口に俺が帰り着いた矢先だ。

「……」

「……」

くそ重たい沈黙の重圧が我が兄妹の間にかかっていて。体感的には長らく時が止まっているかのように感じられた。


「あ……」

この沈黙を打ち破ろうとしたのは事の発端を担う人物、我が妹こと杉崎アヤジ(スギサキ文路)その人であった。

「あの私…」

アヤは俺と鉢合わせてしまったその時から、悪戯が発覚した子供のように震えており、なんとか弁明の一言を出そうとしていた。

「私、その…」

しかし覚悟が決まらないのか、それとも言い訳が見つからないのか。

助けでも求めるように俺を見つめた。

そんなアヤに俺は眼差しだけで応えた。

“無理だ”

それは切実だった。


不意にアヤが目をつぶる。

大きく息をついて大量の酸素を体内に取り込もうとした。

そうして吐き出す。


「私、露出狂なのッ!!」


目の前にたたずむ全裸の妹は、その場で最も説得力の高い一言を大声で叫び散らした。


「下着姿でいるのが好きなのッ!!

裸でいるのが好きなのッ!!

ばれるかもしれないっていう恥ずかしさが好きなのッ!!

誰かに見られるのがたまらなく大好きなのッ!?」

叩き売りセールのように上記のセリフをポロポロッと発言していくアヤ、もはや自分でも気持ちに収拾がつかなくなっているのだろう。

玄関口は最初から隔たりもなく開け放たれているというのに、どういう状況下でどうするとどう快感を覚えるのかまで発言し始める始末だった。


とりあえず俺は事態の早期解決を目的として発端であるアヤにラリアットをくらわせた。




***




それは休日の出来事だ。

友人と遊ぶ事を約束していた俺は、暇そうにしている妹にその旨だけを的確に伝えた。

その際、妹は何故か今までに見たことのないようなとびっきりの笑顔になっていたのだが、それが何を意味していたのか、あの頃の俺に分かるはずなどなかった。

とにかく出かけるに至った俺は満開の笑みを絶え間なく振りまき続ける妹に微かな不信感を抱きつつ見送られ、友人の家へと旅立った。


友人とは俺が通う中学校の級友である牧野テツヤ(マキノ哲也)だった。

今回彼は飼っているセミの幼虫がめでたく脱皮の時期を迎えたので、この感動を俺にもお裾分けしたいと思い立ち、わざわざ誘ってきたのだ。

でも、俺にセミのストリップを覗きたいなどという欲求は一つも無く、半ば泣き落としのような状況で仕方無く付き合ってやることになった。


結果から言えばその末路は余りにもあっけないモノで。

テツヤの飼っているセミのアブちゃん(彼はそう呼んでいた)は、彼の実の母親の手によって葬り去られた。

……殺虫剤で。

「だってゴキ○リかとおもったんだもん」

それが母君の言い分だ。

「アブっちやああぁぁーーーーーん!!」

逝ってしまったアブちゃんを抱きかかえたテツヤは、うおおぉーーッという雄叫びと涙を残して逃走してしまった。

後に残された俺は彼の家に居座り続けることも出来ず、予定を前倒しにして帰宅する事にした。


我が家の門限は5時に設定されている。

普段の俺であったならそのぎりぎりまで遊びほうけていた筈だ。

だから、午前11時に帰宅する羽目になるなんて俺にも“あいつ”にも予想がつかなかった。


帰宅してまずはじめに玄関口で出迎えたのは、靴を履いて出かけようとする全裸の妹だったのだ。




***




実の兄に渾身の力で薙ぎ倒されたアヤジは、不機嫌そうに眉を歪めて居間に正座していた。

まったく、先ほどの気弱な彼女はどこへ行ってしまったのか?

開き直ってしまった彼女は、自分の行いを棚に上げてしまったようだった。

「アヤ……なんであんな事をしたんだ?」

同じ様に正座して俺は追究した。

「……兄貴には関係ない」

昔はお兄ちゃんお兄ちゃんって寄ってきて逆にうざい位だったのに、いつからお前はそんなに反抗的になってしまったんだ。

「関係ない何てこと無いだろ? 俺はお前のかぞk」

「うるさいうるさい! 私は露出狂なの! 仕方ないでしょ!?」

「仕方ないってお前…」

言い分を曲げない彼女の態度に、俺は次の言葉を失ってしまった。

まさか、自分の家族…それも妹が露出狂だったなんて、普通の神経をした兄なら易々と信じられるわけがない。

でも本人がそうだと豪語しているのなら、俺は何としてでも彼女を更生させなくちゃならない。

俺は妹が心配で仕方がないんだ。

「分かったアヤが露出狂だって云うことは認めてやる」

一歩引き下がる。


「だからとりあえず服を着てくれないか?」


先ほどは人の目が怖いばっかりに彼女をラリアットで薙ぎ払ってから、無理やりここまで引きずり入れたのだが、その際に服を着せている暇なんてなかった。

だから彼女の装いは相変わらず大胆不敵であり、端から見たら非常に犯罪チックな光景なのだ。

このままではPTAに怒られてしまいそうだ。


「いやッ」

それは即答だった。

「私はこのまま出かけるの!」

とんでもない事を言ってのけている。

ここで頭ごなしに否定をしたら余計に反発するだけだろう、俺は説得を試みることにした。


「まぁまてアヤジ。今現在のレベルにその装備じゃスライムだって倒せやしないぞ。この“木綿の下着”に“布の服”、それとあと雨も降りそうだから“傘”を装備していけって」

「私は最初の装備で裏ボスまで攻略するのよ」

「お前そんな変な意地をはるなよな、初回プレイで縛りなんて自殺行為…ていうか最初の装備ってそれ人生最初の装備だからな!?」


「もう、私の勝手でしょ放っといてよ!!」

作戦は失敗だ。

逆上してしまったアヤジが居間から出て行こうとする。


そうはさせるか。


「取りあえず防具屋によろ…ぐぁっ!」

縋るように彼女の肩を捕まえた俺だったが、長時間の正座により脚部の血流が圧迫されてしまい、それが痺れという形で我が身に降りかかってきたのだった。


俺の体は主軸を失った。

「きゃぁ!」

直前に掴んでいたモノを巻き込んで俺は盛大にずっこけた。

「いったー…」

気がつくと妹の顔がすぐ目の前に迫っていた。

どうやら俺はアヤジに覆い被さる形で倒れ込んでしまったようだ。

腰でも打ってしまったのだろうか、アヤジの表情は苦痛にゆがんでいる。


クシャッ…


すぐ近くで生卵のパックが潰れたような音がした。


「あ、お袋」


そこには今帰ってきたばかりと思しき出で立ちをした母親が床にマイバックを落っことして立っていた。

我が家の両親は両働きで、仕事が忙しいからと休日にだってなかなか帰っては来られなかった。

今日は仕事が一段落ついたのだろうか、とにかく久しぶりに一緒に晩御飯が食べられるようだ。よかった。


そこで自分達の今現在の状況を思い出す。

簡単にまとめると。


妹、裸。

俺、押し倒してる。

母、唖然。


こ、これは!?


「その、母さんね、今日は早く仕事が終わったから、晩御飯にすきやきを作ろうと、思ったのね」


「お、おお袋?」

やけにハキハキとそれだけを述べた母さんは落ちたマイバックを拾い上げた。


「でもね、卵がね、あのね…」


ふと母さんの瞳が潤んだかと思うと、そこから大粒の涙が溢れて零れた。


「また……買ってくる、ねッ」

母さんは予備のマイバックとお財布を握りしめて走り出した。


「ま、まってくれ、お袋!! 誤解だ、誤解なんだよお袋ー!!」


「我が家は二階建てよ!」


その一言だけを残して母さんは出て行ってしまった。

……とんでもない誤解をしたまま。


ベショッ……


さらに今度はバースデーケーキ的なものの潰れる音がした。


「お、親父」

そこには頭に三角のとんがり帽子を被って鼻眼鏡をかけた親父が巨大クラッカーを携えて立っていた。親父の足下には剥き出しのバースデーケーキが無残にも潰れていた。


「その、父さんはな、今日は母さんの誕生日だったからな、サプライズパーティーをな」


やけにハキハキとそれだけを述べた父さんは落ちたケーキを素手で拾い上げた。


「でもな、ケーキがな、ケーキが…」


ふと父さんの瞳が潤んだかと思うと、そこから大粒の涙が溢れて零れた。


「これ……返品してくるッ」

父さんはべちゃべちゃのケーキと領収書を握りしめて走り出した。


「お、親父。お袋の誕生日は来月だぞ!!」


「うわああぁぁぁぁん!」


その一言だけを残して父さんは出て行ってしまった。


くそ、大変だ。

このままでは家庭崩壊してしまうかもしれない、うちの両親は繊細なんだ、早くしないと自殺しかねないぞ!

俺は早急に立ち上がった。

「アヤ、お前はここにいろ! 俺は親父とお袋をさがしてくる。絶対にどこにも行くんじゃないぞ!」

「う、うん」

その返事だけを聞いて家を飛び出す。

たしかお袋は卵が帰る店、親父はケーキ屋に行ったんだっけか?


くそ、何で俺がこんな目に遭わなくちゃならないんだ?


「ちっくしょぉぉぉーッ!!!」


俺の悲壮な叫びは平凡な休日の昼下がりに、どこまでもこだましていったのだった。

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