第60話
執務室には、ヘルベルトをはじめ主だった家臣が集結している。
軍が帰還したことで、改めて戦後の報告書を受け取った。
「死者388人に負傷者157人か」
前世の知識で言えば、死者より負傷者の方が多くなると思っていた。
だが、それは間違いで医療などの技術はこの世界では発展していない。その結果どうしたって感染症や適切な治療が行えず死者が増えるのは道理であった。
「まぁよくこの程度で済んだと言うべきでしょうな」
ヘルベルトの発言に皆が納得する。
まぁ、この世界では農民兵なんて使い潰すものだから、その死者数は跳ね上がる。
実際、今回俺らが戦った包囲貴族の農民兵の死者負傷者の合計は2000人近くだと推定されている。
それに比べれば、数的劣勢な状況でこの程度の被害に収めたのは上々と言えるのかもしれない。
だけど、このままの状況にしておきたくはない。
本来であれば、多少傷を負った所で村に帰れば村社会で援助してくれることもある。これは利益になるという話ではなく、自身がそうなった際に助けてもらえるように枠組みを作っているのだ。
だが、今回はそうはならない。
なぜかと言うと、兵士たちは基本的にスラムや、村からの厄介払いで追い出された者たちで構成されている。そんな彼らが村に戻っても地元社会の援助を期待できない状況なのだ。
そうなると、やはり負傷者を救う技術の発展は必要だし、負傷した兵士たちの今後の身の振り方の支援もしていかなくてはいけない。できるなら兵士たちに社会復帰して欲しい。公爵領で職を見つけれるように、領民との関係性を今一度見直さないといけない。
まぁ今すぐ改善できることではないか……時間をかけてコツコツやっていくしかない。
そう思考を切り替えて、次の報告書に目を通す。
「新たな騎士見習いが3人か。これは喜ばしいな」
今回の戦闘で才能が開花したのか、オーラを感じれる人材が3人発掘できた。
「現在は、ヘルベルト殿が中心となってオーラ技術の指導を行っています」
まぁヘルベルトなら安心安全だろうが、俺は2つほど気にかかることがあった。
「2つほど検討したいことがある」
「なんでしょうか?」
そう言うと、反応したのはエーリッヒだった。
「1つ目は個人的な要望だが、ヴェルナーを補佐において、ヘルベルトとヴェルナーの二人で指導を行ってほしい」
「アイン様!」
ヴェルナーが声を上げるが、それを手で制す。ヴェルナーからしたら贔屓してもらっていると感じたのだろう。
見習い騎士への指導などは後々の影響力を考えたら、重要な仕事だ。
周りから見れば贔屓されているように思えるかもしれないが、俺にはちゃんとした理由があった。
「理由としては、彼らの出身だ。基本的にスラムや村を追い出された人材なので、出身が似通っているヴェルナーのほうがより親身に接しやすいと思ってのことだ」
オーラの才能は遺伝の傾向が強い。
そのため、貴族や既存の騎士の家系に多く生まれるのだが、最初から貴族や騎士の家系だったものと、生まれが平民だと価値観が違う。
そのため指導で摩擦が起きてしまう事を懸念している。
まぁそれでも教育と指導の過程で人格を変容させていくのだが。まぁスパルタ教育ってやつだ。
そして立派な騎士が産まれる。
それはさておき。
俺が理由を述べた後、家臣の顔を見渡すが不満に思っている者はいないようだった。
とりあえず、納得しているようなので2つ目の要望を切り出す。
「そして2つ目だが、内政の補佐などの教育は行わない方針で行きたい」
俺の発言に皆が戸惑う。
まぁ当然だろう。内容は騎士は内政に関わるなと言ってるわけだからな。騎士の彼らからしても自身の職権を侵すような発言だ。
「安心してほしいのだが、お前たちの扱いを変えるつもりはない。今後そうしていきたいというだけだ」
「……理由を聞かせていただいても?」
そう質問してきたのはエーリッヒであった。
ヘルベルトやクルト。ヴェルナーは興味なさそうだったが、他の家臣の騎士は心配そうに見ていたので彼らの心配を代弁したのか。
「理由としては、戦における騎士の喪失が国力低下に直結するからだ」
騎士の不足に散々悩まされた俺としては、騎士に依存しない統治体制を構築したかった。戦で騎士が死ぬことは、役人と言うべき領地経営の手足が減ることだ。何度も戦争をして騎士が減り、その度に国力が低下する。
もちろん無暗に死なすつもりはないが、備えはしておかなければいけない……。
まぁ騎士が統治に密接に関わっているのは、恐らく強者に権力が付随したからだと考えている。この王国の成り立ち自体が土着勢力に権威を与えているし、強者に様々な権力や権威が付随していったのだ。
「将来的には内政の補佐のみを行う文官のような存在を育成するつもりだ。なんなら傷を負って戦えなくなった兵士たちに教育を施し積極的に登用していきたい」
まぁ負傷の程度にもよると思うが、片足とかなら両手は使えるし、片手だけでも文鎮を使えば文字は書ける。全員が全員、文官にできると思ってはいないが、負傷した兵士たちの今後の受け皿になれればと思う。
戦いの後の手助けをすることも、戦うことを命じた俺の責任だと思うからな。




