SIDE/ユリアナ③
同盟を組んだミヤ第一皇女様は認識よりも残忍で、想像していたよりもポンコツだった。
なんっっっでわたくしの毒を飲むかなぁ!
第一皇女と第二皇女をその地位に留め続けるということは、国内外の天秤の均衡を〝静〟の状態に保ち続けるということを意味する。第一皇女が皇帝成りすると得をする華族、第二皇女が皇帝成りすることで利益が得られる華族、という閥で括り、利害をシンプルに整理した。二つの閥の目線の高さを合わせ、視野を狭めた。自分たちの方が優位にいるという錯覚を両者に与え続けた。
もちろんすべてが上手くいくわけではないから、邪魔になりそうな華族はあらゆる手立てで排除した。
時にはわたくし自身がミヤの暗殺を目論んだ。
それに対してミヤが報復を行い、両陣営がそれなりに消耗した末に満足する、という流れをやりたかったのに……、あれだけシグナルを送っていたのに、なんであの毒を飲んじゃうかなぁ……!
ミヤの側に仕えているわたくしの間者によると、そのせいで味覚を失ったのだという。
それを聞いてわたくしはとても嬉しくなった。
わたくしもとっくに味覚がない。
喜びは半分、苦しみは二倍。
これこそが共犯にあるべき関係だろう。
わたくしたちはあらゆる代償を払いながら国を静的な状態に留め続けた。
しかしこの国を壊すには、どこかで〝動〟がなければならない。
そしてそれはいつだかキリヱと出会ったときのような痛烈な天啓によって現れた。
きっかけはユリウスに付いていた剣聖三位セイラの死だった。
セイラの死は明らかであった。
システムに死の判定を下されていたし、あの夜会にいた者たちに契約魔石を握らせ問うても、その言葉は事実であるようだった。
しかしわたくしには俄かに信じがたかった。
もちろんキリヱや天位と刀を交えた結果がそうだったならわたくしも信じる。
あるいはわたくしがその気になれば、低戦力で彼女を殺せる方法を五でも十でも挙げられる。当然そういう仕込みはしていた。でもそれは共に食卓を囲み、彼女の実直さを知っているわたくしだから出来ることだ。
あの夜会に手を出したのは、無能ゆえにその地位に留めおかれていた第五皇子だった。
しかもセイラの遺体はいつの間にか消えていたという。
仮にセイラが死んでいないとする。
ならばその裏には、継承戦のシステムを無視できる手技を持った存在がいるはずだ。
この国のシステムを非正規のルートで内側から凌辱できるということだ。
この閃きこそが、わたくしの進むべき道筋だった。
***
セイラ発見の報は、密かにユリウスに付けていた護衛からもたらされた。
その護衛は、かつて剣聖のセレクションでセイラに刀を折られたうちの一振りだった。
セイラのおかげで、この世代には有能で従順な人材が溢れている。
曰く、アルス王国内キエルヒ魔法学院でグルナート公爵家のエルミナ嬢と共にいたという。
エルミナ――ユリウスの婚約者が亡くならなければわたくしの義妹になるはずだった人間である。彼女の父親には、一国の経済が傾く規模の値で死転の毒を譲ったこともある。
こんな身近にセイラがいたなんて!
しかしアルスの公爵家なんて四手目には調べる場所だ。
その時にわたくしが見つけられなかったということは、巧妙に隠していたはずだ。
それをわざわざユリウスのいる学院まで連れてくる意図はなんだろう。
思いつく可能性が多すぎて絞ることができない。考えを一度ふるいにかけることにした。
ユリウスを斬ってみる。
それを見過ごすような相手にあのセイラが仕えているとは考えにくい。
わたくしたちは同じ食卓についた仲なのだ。飼い主の意図は分からずとも、その点だけは確信があった。
果たしてそれはセイラであった。
*
「ごめんなさい。なんの話だったかしら?」
「私が皇女殿下を斬るとは考えないのですか?」
「今のあなたがこの状況で私を斬ったとして、これを継承戦の規定に当てはめると私の死後はユリウスが第二皇子に繰り上がってキリヱを引き継ぐことになる。私としてはそれはそれで全然あり。だから斬ってもらっても構わないのだけど」
セイラがユリウス付きの剣聖だったとき、わたくしは万が一に備えて彼女を殺す方法をいくつかストックしていた。
そのうちの一つがこの嘘だ。
他人を操る上でもっとも簡単で効果的な方法は、前提を誤認させることだ。
セイラは当時、継承戦のルールを正しく認識していなかった。わたくしがさせていなかった。
わたくしを斬ることがユリウスの不都合になる、というルールを彼女は信じていた。
さて、今はどうだろう。
セイラは継承戦ルールを出し抜くことができる主に握られている。
どのような認知を植え付けられているだろうか。
「……斬りません。ただ、私はキリヱを斬りますよ。〈剣聖〉を失う。あなたにとってそれが一番望ましくないのでは?」
「――――」
……本当に?
わたくしと違って彼女は政治的な嘘を吐かない(少なくとも私はそう信じている)。
その言葉には、自分やミヤにあるような嘘つき特有の淀みも軽薄さも含まれていなかった。
だけど一方で、彼女はわたくしみたいな政治的嘘つきに握られて良しとする刀でもない。
「セイラ」という刀の握り手は、セイラが握られたいと思うくらいには実直でまっすぐな眩く煌めく存在だろう。かわいいわたくしの弟みたいに。
これらの欠片から整合性を取るならば、セイラを継承戦から脱獄させた者は、その意図を持っていなかったということになる。
目の奥がチカチカした。
寓話のようだ。
汝、継承戦の潰滅を欲すれば、潰滅を欲すべからず――。
わたくしがこれだけ考えているのに、実際にそれを成し遂げた者はなにも考えていなかったのだ。
「よんだ?」
キリヱがやってきて、
「なんじゃよんどらんのか」
と消えていく。
その慣れ親しんだ影に平静を取り戻した。
「随分と口が達者になりましたね」
「そういう友人たちにこちらで良くしていただいています」
「楽しくやっているようでなにより」
「おかげさまで」
この子は良い方向に変わったな。
スレイという暗く呪われた国に生を受けても、人は変われるのだな。
だからだろうか、こんな無意味な言葉が出た。
「ねえ、私が皇帝になったら皇国に戻ってこない? キリヱを〈天位〉にするから、あなたには〈冠位〉を用意する。あなたにとって、特別なものでしょう?」
ただそうだったら素敵だなと思えるありえない未来が、思わず口から零れ出た。
「確かに魅力的な響きですが、私の中で〈冠位〉に相応しいのはただ一人だけですから」
「……それもそうね。なら私が皇帝の間は〈冠位〉は空位にしておくわ」
「感謝します」
セイラが実直に頭を下げた。
「これはセイラのものじゃろう? お主のにおいがベッタリじゃ」
「どうも……」
「人のものを勝手に持ってきてはいけませんよ、キリヱ。ユナさん、こちらはユリウス皇女殿下。スレイ皇国の次期皇帝です。こちらはユナさん、私の柄を握っている方です」
「――――ッ」
……お前か!!!!
表情の抑制を心掛ける。
過去に類を見ないキリヱのお手柄だった。
戻ったら干し肉を一年分プレゼントしてあげよう。きっと数日で食べきってしまうだろう。
「ユナさんね。覚えたわ。セイラを連れてきてくれるなら、皇国はいつでもあなたを歓迎します」
何者だこいつは。
失礼と取られない範囲で観察をする。
純粋に若い。
……であるのに、その若さに見合わず、しっかりと、外見年齢にしてはしっかりすぎるほど両足で立っている印象を受けた。
これは経験が外見に表れないエルフに見られることの多い特徴だ。
しかしキリヱに抱えられて生きているということは、エルフではないということだ。
この子は極めてエルフ的な人間だということになる。
あるいはセイラが死んだにもかかわらず死んでいないのと同じように、この「ユナ」にもユナであってユナでないような矛盾的なギミックが存在するのだろうか。
「ありがとうございます。覚えておきます」
ユナと呼ばれる少女が応える。
礼儀正しいという点において、やはり彼女はエルフではなさそうだ。
「ねえ、セイラ。私たちは入国料に一帯の魔物を全部倒して帰るつもりだけど、流石にそれくらいは手伝ってくれるでしょう?」
セイラの代わりにユナが小さく頷いた。
まずはこの子を知るところから始めよう。
もう少し、このユナと呼ばれる生き物を試してみたい。
「姉上」
ユリウスの声がする。
「うん?」
「その、お元気で」
「……――ユリウスもね。会えて嬉しかったよ。私、がんばるから」
久方ぶりに思っていることと口に出す言葉が一致した気がする。
私、がんばるから。
がんばってスレイ皇国を終わらせるから――。




