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脱獄するぞ

 それでは私のスレイ皇国での記念すべき初宿を発表します。


 ……牢。


 投獄された檻の格子は、なんと竜の鱗でできていた。

 つまり、闇魔法での脱出は不可能だった。


 もちろん、私たちのうち三人が闇魔法が使えることは開示していない。だから竜の鱗の檻に閉じ込められたのは偶然というか、ただ単に手元にある檻を作るのに足る丈夫な素材が竜の鱗だったということなのだろう。エルフと竜は仲良しだから。


「私たちってどうなると思います?」

「さあ」


 疲れた様子のエルミナが答える。

 エルミナがこんなにげっそりとしているのは珍しい。年に三回くらいしかないだろう。因みに直近でこの顔を見たのはほんの十日ほど前の夜会だ。私のエルミナ様にこんな顔をさせるなんて、一体どれだけ悪いやつなんだ。


「ご存じないかもしれませんけど、わたくしが消耗するときには不思議と近くにいらっしゃる方がいますわね」

「え~、誰だろ。怖いですね」

「…………」


 流石に申し訳なかったので、エルミナの上体を引っ張って膝枕してあげる。


「私が見張っておくから、眠ってていいですよ。交互に体力を回復していきましょう」

「そうですわね」


 素直に彼女が目を瞑った。今日の墜落時の浮遊感が本当に嫌だったのだろう。

 ごめんね。


***


 山頂付近で竜に囲まれていることに気が付いたとき、私たちの手札は少なかった。


 私とエルミナは、闇魔法も光魔法も通さない普通の(魔竜ではない)竜を倒す術を持っていなかったし、ユナちゃんには他の四属性魔法があるけれど、青銅等級の魔法は基本的には竜には通らない。だからあの遥か天空で竜に対抗する手段はセイラの斬撃だけだった。そしてそれは最強の切り札でもあったのだけど、私はそのカードを切れなかった。


 私は犬が好きだ。

 アルやマユナの影響だと思うけれど、犬と人間だったら犬の方が好きだ。

 温かいし、表現が豊かだし、賢いし、寂しいときは一緒に寝にきてくれる。

 呼んだら走ってくるのに、途中で急に「あなたのことなんて知りませんよ?」という顔になって横をトコトコ通り抜けていくところも愛おしい。

 馬も好きだ。大きくて、一歩一歩の躍動がパワフルで、触れているだけで元気をもらえる。


 要するに、私は動物が好きなのだ。そして、卵の頃から育てているカロのおかげで、最近はそのカテゴリに竜も加わっていた。

 だから竜を傷付けたくないと思ってしまった。テリトリーを侵したという非がこちらにあるにも関わらず、暴力を振りかざし、致死性の斬撃を加えるということに抵抗があった。これが竜ではなくて知らない人間相手だったのなら、迷わずにゴーだっただろうから、自分でも自分のことが難しいなと思う。


「でも姉さんが止めてくれてありがたかった。私はこの状況なら仕方がないなってどこかで諦めてたから」


 確かに竜を好きな気持ちは私よりもユナちゃんの方が強いだろう。


「そう言ってくれると助かるよ」

「でもここからは出ないとだよね。セイラ、斬れる? 刀を取られちゃったけど」


 少し離れたところにいる見張り役のエルフに聞こえないようにユナちゃんが声を落とす。

 セイラが格子を触ってから、「時間をいただければ」と答えた。


「私たちってどうなるんだろうね。姉さんはどう思う?」

「逆の立場だったら、普通に処刑が選択肢に入る気がする」

「……だよね」


 火災自体はエルフたちの水魔法ですぐに沈下されていたものの、それとは関係なくエルフたちからすれば私たちの心象は最悪だろう。アルス王国内のエルフの集落には保守派と革新派がいて、「人間」に対して温度差があったけれど、ここの人たちは明らかに一丸となって私たちに殺意を向けていた。というか同じことをすれば、同種族でも殺意が湧くだろう。


「事情を話して納得してもらうしかないね。……よし!――……ごめん、私、好き、飲む、水、今、お願い」


 ユナちゃんが古典エルフ語で近くの起きている方の見張りに声をかけた。

 私に拾えた単語がそれだけだったから、本当はもうちょっと流ちょうに伝えていただろう(なのでここからは、たぶんこんなことを話しているだろうなという意訳を含む)。


「お前はエルフ語が喋れるのか」と見張りが答えた。

「はい。私は少し喋れます。エルフの友人がいるので」

「どんな友達だ」

「名前はシエラです。私たちは仲良しです」

「知らん」

「私たちはアルス、山の向こうの国から来ました。そこにシエラの村はあります」

「待て。お前はなぜそれを知っている」


 見張りが近づいた。


「シエラが案内してくれました」

「嘘を吐くな。エルフは人間を招かない。それは破滅への道だからだ」

「理由があります。なぜなら私の姉がシエラを助けたからです。それでシエラは私たちに招待を与えました」


 今の三つの文章はおそらくそれぞれに時制が異なっていた。よくこんなにスラスラ出てくるものだと感心する。


「ではなぜ竜に乗っていた」

「その竜の名前はカロです。カロは大丈夫ですか?」

「竜は心配ない。治療を行っている。エルフは竜を大切にする。質問に応えろ」

「カロはシエナにもらいました。私たちの竜です。私は竜騎士のメダルを持っています」


 ユナちゃんが首に下げていたメダルを檻越しに示した。


「なぜそれをお前が持っている」

「里を燃やす竜を倒しました。そのあとで、これをもらいました」


 見張りが慎重にメダルを覗き込む。

 それから顔を引いて、品定めするように私たちの全身を眺めた。


「……お前の名前はユナ?」

「そうです」

「本当に!?」


 急に公用語だった。


「うそ、実在するんだ……。ではステラも?」


 声のトーンから威圧が消えている。


「ステラは私です」

「出た! 邪光聖滅女!」

「じゃ、じゃこ、……なに?」

「ん……、失礼しました。あなたたちの活躍を題材にした(うた)を知っています。別の里にいたときに、巡礼中のエルフから教えてもらいました。邪光聖滅女のステラと、白光竜騎士ユナの旅路を歌ったものです」

「ちなみにそれって良い話ですか?」と不安になった邪光聖滅女(わたし)が尋ねる。

「様々なアレンジがありますから……。私が知っているものだと、悪だくみを行った邪光聖滅女のステラに、白光竜騎士ユナが罰を与えるという類型が多いです」


 膝の上で眠っているはずのエルミナが笑いをこらえるように肩を揺らしている。

 めちゃくちゃ起きてるじゃん。


「えっ、二人は姉妹なのですか?」

「私がお姉ちゃんです」

「新解釈だ……。私はステラがユナの気を惹くために悪だくみをしているのかと考えていました」

「そもそも悪だくみしてないからね!」

「やっぱり姉さんの悪そうな感じが出てるんだよ」

「ユナちゃん……。……ところで邪光聖滅女と白光竜騎士が今困ってるんですけど、助けてくれませんか?」

「それはちょっと……私に言われても……。そもそもなんで上から落ちてくるんです?」

「下から落ちてくるよりは自然じゃないですか?」

「は?」

「あ、いや、すみません、なんでもないです」

「ここの上空って外側から竜たちが見えないように隠蔽の魔法がかけられていませんか?」


 返答を間違った邪光聖滅女私に代わって、白光竜騎士ユナちゃんが引き継いでくれる。


()()()()()()ですね」

「それです。それでギリギリまで竜たちに気が付かなくて」

「それは変です。境界面は属性魔法が交じり合って嵐のようになっています。気づかないことはないんじゃないですか?」

「はい、嵐のようでした。もちろん私たち三人は避けようとしたのですが、そこの姉……邪光聖滅女が嵐の中を飛ぶ練習もしておいた方がいいと主張して……突っ込んだんです」


 視線を感じる。


「ごめんなさい……」

「その結果、墜ちてしましました」

「…………驚いた。本当にこんな感じなんですね」

「〝こんな〟とは?」

「いえ、私の知る詩はどれも邪光聖滅女のめちゃくちゃから始まります。彼女は、無謀で陰湿で誠実で明るく前のめりなトラブルメイカーなんですけど」

「姉さんじゃん」

「……私はいま、泣いています」

「……みなさんを牢から出してあげたいです。その代わり、私のことも詩にしてほしいです」

「別に私たちが自分でうたっているわけではないので……」

「そうですよ。あなたの名前は?」とユナちゃんが訪ねる。

「エレコです」

「エレコ、あなたの詩はあなたが紡いでください。物語(うた)とはそういうものだと思います」

「私が、ですか……。どうかな、できるかな、でもやってみたいかも……!」

「今私たちが言うことじゃないんだけど、大丈夫? 怒られたりしない?」と私。

「もちろんこの里からは追放されちゃうかもしれませんが、それは気にしません。元々ここの生まれじゃないし、全然愛着ないし……。(ネタ)にもなりそうですし」

「そんな軽い感じなんですか?」

「少なくともここら辺ではそうですね。久しぶりに生まれ故郷に帰ったら消失していた、なんて詩にもならないあるあるです。この里のエルフたちも、ほとんどがそういう流れ者です。それが少し早くから住んでるからって偉そーに」

「そうなんだ……」


 彼女をシエラの里に連れていったら、保守派のエルフたちが卒倒しそうだ。


「カロ――私たちの竜はどうしていますか?」とユナちゃん。

「〝揺り籠〟で治療を受けています。エルフは人間を好みませんが、竜は絶対に大切にします」

「私ってエルフだったのかも……」

「姉さん黙ってて。カロの具合は大丈夫でしょうか」

「さっき少し見ました。翼を怪我していたので、少なくとも今すぐ飛ぶのは難しいでしょうね」


 ……となると私たちが逃げれたところで、ここにカロを置き去りにしてしまうことになってしまう。


「その選択肢はありませんわね」


 エルミナが上体を起こして言った。


「私もそう思います」


 この二年間、私たちが王国を維持できているのは百パーセント、カロのおかげだ。他の人たちが馬車で三日かけて届いた報告に三日かけて対応にしに行くところを、私たちだけがリムケーブルの光信で即座に情報を受け取り、夜中にカロで対応しに行くことで、それを一日で終えられる。なんなら「何も起こっていませんが?」という顔すらできる。カロがいてくれるおかげで、王国運営の円滑さが普通の十倍にも二十倍にもなっているのだ。


 夜な夜な一緒に旅をしている……それはつまり相棒であり、私にとってもエルミナにとっても、とても大事な存在であるということだ。それを見捨てる選択肢はない。


「でも姉さんはここで時間を食わずに皇都に行った方がいいと思う。じゃないとこの国に来た意味なくなるよ」

「それもそれでそう思う」

「私とセイラで残ってカロを連れて行くから、姉さんとエルミナさまは先に行くといい」


 エルミナと目のやりとりをする。


「……お願いします」

「そのための(わたし)でしょ」

「セイラもよろしくね」

「承知」

「そういう風にお願いできる?」


 エレコに尋ねる。見張り係にする問いではないけれど。


「私もそれがいいと思います。ユナはエルフ語が喋れて、竜騎士だ。きちんと事情を話したら大丈夫ですよ。ちなみに魔法は何種使えますか?」

「ろ……全部です」

「なら実質エルフだ。邪光聖滅女がいなければ、そんなに悪いようには扱われないと思いますよ。私も伝え方をがんばります。これまで生きていて、今がいちばんワクワクしています! あ、ちょっと待って。行く前に写本にサインをください」


***


 朝焼けを背に、マユナに乗ってエルミナと二人で山を駆け下りた。


 これはシエラのところもそうだったけれど、エルフの里は基本的には人が迷い込む余地のない奥地にある。この里の場合は、ほぼ垂直に切り立った崖の上だった。

 地面に脚が触れるたびに下向きに加速しないとバランスを崩して転がり落ちてしまうだろう。

 最後の方は、ほぼほぼ落下だった。


 エルミナの爪の形が食い込んだ二の腕を治しながら、今日は一日優しくしてあげようと思った。

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